2008年04月12日

醜く 美しく

醜く 美しく

【人間→獣】

by 音響雷鳴様

 

―時代は現代より少し先の未来。東京の隅にひっそりと立てられたビルである実験が行われようとしていた。


コツコツコツ…

社長室へと向かう廊下を黒いスーツにサングラスを身に着けた男性が
革靴独特の音を立てながら歩いていた。傍には一人の女性がおり、女性が少しでも足を止めると
「ホラッ!!とっとと歩け!」と背中を強い力で掌で押して無理やり歩かせる。
女性は痛みに顔を歪ませながらも、何も抵抗できずにただ命令に従うしかない。
やがて歩いているうちに社長室に着くと、ドアをノックしてゆっくりと開いた。
部屋の中にはソファに座って寛いでいる男性が居た、おそらくこのビルの社長なのだろう。

「おいおい、随分と遅いじゃあないか」

「待ちくたびれたぞ」と悪態をつくとタバコに火をつけて口にくわえる。

「申し訳ございません社長…。例の女を連れてきました」
「ご苦労、ちょいと席を外してくれ」

サングラスの男は黙って頷くと女性をソファに座らせた後部屋から出て行き、部屋には
社長と女性の二人だけになってしまった。

紹介が遅れてしまった、社長の名前は安住泰三。
もう知っていると思うが先ほどから述べているように、この会社の社長なのである。
年齢は20代と若いのだが、その天才的な発想力と経済力でここまで登りつめたのだ。
そして女性の名は江笠真里。こちらはごく普通のOLである。
…真里の方だけ極端に紹介文が少ないのはこの際目を瞑っていて欲しい。

しばらくの間沈黙のときが続いていたが、社長はタバコの煙を吐き出すと「くくく…」と不気味に含み笑いをする。

「久しぶりじゃないか…江笠」
「…アンタなんかにはもう二度と会いたくないと思ってたのにね…」
「相変わらず減らず口は健在なようだな」
「…アンタもね。虫唾が沸くよ」

二人ともまるで前からお互いを知っていたかのような話し方だと思われそうだが、実際にそうなのだ。
安住と江笠は小、中、高、偶然的にずっと同じ学校だったという同級生だった。しかしだからといって
仲が言い訳では無く江笠はいじめっ子、安住はいじめられっ子と言う仲だったのである。
大学は違ったから安住は江笠からのいじめから解放されたのだが彼はずっと江笠が憎くて憎くて
仕方が無く、いつか復讐をしてやろうと昔から心に堅く誓っていた。

江笠自身も薄々安住の企みに気付いていたらしく、拳をギュッと握り締めると安住を睨みつける。

「で、今日は何のよう?アタシに復讐でもしようと拉致った訳?」

怒気が入り混じった言葉を聞き、安住は鼻で笑い飛ばす。
それが癪に障ったのか江笠の表情はさらに険しいものになった。だが、そんな事はお構いなしに
安住は手元に置いてあったリモコンの様な物を手に取るとリモコンについているボタンを押した。
一体何をし出すのか分からずに見つめていると、安住が口を開く。

「…話しておこう、君には今から我が社の開発した薬のモニターになってもらうんだ」
「モニター…っ!?」
「その通り。実は俺は特別なプロジェクトの為にある薬の開発を依頼された。動物実験は
成功したもののこの薬が人間の体に効くのか分からなくてね…で、君にモニターを頼みたいのさ」

タバコの灰を灰皿へ捨てながら淡々と、次第に感情を込めながら話続ける。

「君の性格だ、「嫌だ、そんなのやる訳が無い」なんて生意気な言葉を言うんだろうね…
しかしだ、君を選んだのは君が言った様に復讐をする為。有無を言わさず実験台になってもらうよ。
これは、何の罪も無い俺を虐めた罰だ…え・が・さっ」

そう言うとニタリと笑みを浮かべる。あまりにも馬鹿げた話だ。
いきなりこんなビルに連れて来られて昔虐めていた男に再会したかと思ったら
実験台になれ?そんなのあまりにも可笑し過ぎる、理不尽だ。付き合ってられない。

そう思い安住に殴りかかろうとしたその時、ドアをノックし入ってきたのは
先ほどのサングラスの男と男の部下達だった。慌てて逃げようとしたものの、
女性と男性では体格と力が違いすぎる。力ずくで抑えられると手錠で拘束されてしまう。

「実験室に連れて行け」

「い…嫌っ!離してよバカ!!」

このままでは彼の思い通りだ。そんな事になってたまるかと必死に抵抗するが
それも空しく、スタンガンで気絶させられると数名がかりで実験室へと運ばれていった。

部屋に残った安住はノートパソコンを起動させ、何かをキーボードで打ち始める。

「…くくく…、もうすぐだ。もうすぐで全てが叶う。俺の新しい人生の転機も、奴への復讐も…!」

社長室に、安住の笑い声が木霊した。

 

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あれから何分、何時間寝ていたのだろうか。
再び起きた時はあの時から大分時間が経ったときだった。

『………きろ、起きろ!江笠真里!!』

男性の声で目が覚める。
モーターの回る音、見覚えの無い真っ白な天井。まだ上手く動かせない体を起こす。
辺りを見回してみると特に家具か何かが置いてあるわけでもなく、部屋を照らす蛍光灯と
頑丈そうな鉄製の大きな扉、そして監視カメラらしきモノがある程度の酷く殺風景な部屋だった。

『気分はどうかな?江笠。素晴らしい部屋だろう。壁は最先端の特殊配合素材でできていてな、
並大抵の力じゃあ壊れない。これから君に試す薬にピッタリの部屋さ』

どこからかノイズが多少混じった安住の声が聞こえてくる。

「…どういうことよ?」
『どういう事って…今言ったそのままの意味だけど』

遠まわしな安住の口調に苛立ちを覚え始める。だが彼の言う事が本当なら、
今自分がどれだけ部屋からの脱出を試みたとしてもそれは無駄な抵抗に終わるのだろう。
ただ黙ったまま、何もする事が出来ない江笠を見ていて気分がいいのだろうか「ふふっ」と笑いを漏らす。
その安住の行動一つ一つが癪に障り、怒りが爆発しそうになる。
恐らく安住も分かっていてやっているのだろう。いちいち彼女の神経を逆撫でするような行動をし
反応を見て楽しんでいる。
つくづく最低な男だ、と江笠は心の中で思った。

『さてと、ではそろそろ打とうじゃないか。薬』

再び部屋に安住の声が響くと、重そうな扉が開き筋肉質の男性が2人部屋の中に入ってくる。
突然の事に何も出来ずにいると後ろから押さえつけられた。もう一人の男性が持ってきた鞄から
灰色の液体が入った注射器を取り出した。これから自分はどんな薬を打たれるのか、不安と恐怖で
江笠は顔を強張らせる。男性はゆっくり一歩づつ、まるで獲物を捕らえようとしている
ライオンのごとく歩み寄ると江笠の服の袖を捲り、針をそっと指して液体を注入する。

―ドクンッ

薬が体内に入ると同時に、視界が大きくぶれた。
自分の身に起きた異常な事態に驚き、江笠が地面に倒れこむのを確認すると
安住は男たちにただちに部屋から出るように指示する。そして江笠に視線を移す。

『何の薬を打たれたのか気になるだろ。どうせもう君とまともな会話をする事は不可能に
なるのだろうから何もかも説明してあげよう。』

"もう君とまともな会話を”…妙に胸に引っかかる言葉だが、静かに安住の言葉に耳を傾ける。

『君に投与した薬はね、生物細胞列変換肉体改造薬…早い話『獣化薬』だ。
薬の製作を依頼してきたのはとある動物園のスタッフでさぁ?最近馬が極端に減ってきているから
人間を動物にする事ができる薬を開発してくれと言われたの。どう?凄いだろ?』
「…ッすごい訳ないでしょ!?今すぐ止めて!馬なんか嫌よっ!!」

頼むというより、脅すに近いトーンの声で叫ぶ。
人間が動物に変身するなんてアニメや漫画のフィクションでの出来事でしか在り得ない、
そう思いたいがもし本当に馬に変身してしまったら洒落にならない。
注射された腕を押さえながら監視カメラに詰め寄る。

しかし、安住は「は?」と間の抜けた声を上げるとしばらく悩むように唸り、
信じられないといった表情で江笠にとって衝撃的な言葉を吐き捨てる。

『もしかして元に戻れると思ったの?そんなの無理だよ。』
「………え…っ!?」
『だから無理だと言ったんだ。これは遺伝子を直接組み替えることで変身させる薬なんだから
遺伝子レベルで君は完璧な馬になる。そうなれば一生元に戻ることは不可能さ』
「そ…そん…な…っ」

『そんな事より今の事を心配しな。もう"始まってる”よ』

"始まっている”…!?
江笠はそう言われ腕を見てみると安住の言うとおり、変化が始まっていた。
薬を打たれた部分から江笠の腕は白銀の毛に包まれていくではないか。
変化はそれだけではない。手の中指が大きく太く肥大化し、他の4本の指が中指に溶け込むように消える。
爪は黒く、より堅くなり指先を覆い蹄へと変わっていく。もう一本の腕も変化も同じようになってしまった。
足も手同様毛に覆われ、爪が黒く変化する。骨格が鈍い音を立てながら徐々に変わり
それに合わせて太ももの筋肉が膨らんでいく。

自分が自分で無くなっていく気味の悪い感覚が怖くなり、思わず江笠は悲鳴をあげた。

「いっ、嫌…やめて…!あたしを…あたしを壊さないで!!」

だが無常にも体の変身は止まることなく進行していく。
最初は腕だけを覆っていた毛も、変化と共に体を包んでいき最終的には体全体を覆ってしまった。
毛が体を覆い終えるとズボンがムクムクと膨らみ始め、尻尾が勢い良くズボンを突き破る。

そして、四足歩行しかできなくなった江笠の体のバランスを保つ為にお腹がどんどん膨らんでいく。
一応江笠も一人の女性、美容や健康には人一倍気を使って体を管理していたので
それがこんなにも変わってしまうというのはあまりにも酷な事だろう。

「嘘よこんなの…アタシは…アタシは江笠真里…人間よ…人間…人間……にん、げ、ん…」

江笠はよろめきながらブツブツと自分に言い聞かせるかのように『人間』を何度も呟き続ける。
その様子があまりにも愉快だったのだろう、安住は腹を抱えながら大声で笑う。

『ははははははっ!!江笠、お前はまだ理解してないのか!とことん疎い人間だ。
そこまで自分は人間だというのであれば…、現実を見せてやらなければな?』

そんな安住の声が聞こえたと思うと、天井に4つ僅かな隙間が開いてそこから
薄い巨大な鏡が降りてきた。鏡は4枚、四方に現れて必然的に江笠の体全体を映す。
恐る恐る俯いていた頭を上げ、鏡を覗き込んでみた江笠は自分の姿を見て絶叫する。
それも無理は無かった。何故ならそこには人間の『江笠真里』ではなく顔は人間、体は馬という
馬とも人間とも呼ぶことが出来ない気味の悪い生物が写っていたから。

「い…いやああぁぁぁああああああああああああああああっ!!!」

絶叫をあげると同時に何かの糸が切れてしまったかのようにみるみる江笠の体は
一匹の馬へと変身していく。耳はピンと尖り頭の上へ移動し、上唇と鼻が一体化して
下唇と共に前へ大きく突き出してしまった。視界はどんどん広がり最後には前も後ろも、
自分の周り全体が見えるようになってしまった。

「いや…や、い、いひ…ひひひひん…ぶひひひん…ッ!」
『見事な鳴き声じゃあないか江笠ぁっ!お前はもう人間じゃない、正真正銘の立派な馬さ!!」

「ひひ…ぶひひひひひぃいんっ!!!!」

顔の大きな変化の影響でまともな言葉を発する事ができなくなった。
自分は人間である事を証明したい、そう思って江笠は必死に『私はまだ人間よぉ!』と
喋ろうとするが出てくる声は馬そのものの声でしかない。改めて鏡を見直す。


馬だ、どこからどう見ても馬だ。
数分前までは人間のOLとしてごく普通に暮らしてきた江笠真里の面影など無い、
一匹の美しい白銀の毛並みを持つ白馬だった。
体を僅かに動かすたびに静かに揺れる綺麗な尻尾、鏡の光が当たりキラキラとまるで
宝石のように光っている毛並み。それは、江笠から見てもとても美しい馬だった。


ダケド 醜イ


なんて可笑しな話だ、美しいと思うのに醜いだなんて。

無意識の内に江笠…、いや、白馬は悲鳴を上げていた。
その鳴き声は一人の女性の、もう自分は人間ではないのだと言う絶望の嘆きに聞こえ
そして、悪魔の お前はただの一匹の馬でしかないのだと言う 囁きにも聞こえたと言う。

 

―後日、社長室で安住はパソコンのキーボードを打ちながらテレビを眺める。
テレビは丁度ニュース番組が流れており、女性アナウンサーがニュースの原稿を読み上げた。

『X日午後6時、XX県に在住する江笠真里さん(26歳)がワープロで書かれた
一枚のメモを残したまま行方不明になりました。調べによると行方不明になった当日に
黒いスーツを着た男性と接触していたとの情報があり、警察はその男性と事件に関連性があると見、
現在も調査を続けている様子。ちなみに、メモの内容は以下の通りです。

"私を探さないでください。
 どこを探しても 私は誰にも気付かれない

 私を探さないでください。
 どんなに探しても 貴方は私に気付かない

 私を探さないでください。
 どこをどれだけ探しても アタシは人間を辞めたから 皆は決して気付かない”』

 

 ―END―

posted by 宮尾 at 20:58| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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