μの軌跡・幻編 第5話「紅の山・願いの雨」
【含TF(人間→ポケモン)】
燃え盛る炎。様々なものが焼ける臭い。入り乱れる叫び声。目に飛び込んでくる紅はただただ目の前のものを奪っていく。 タツキとリヒトはようやく山のふもとまでたどり着き、一度足を止めて特に出火の激しい辺りを確認する。 そして再びリヒトは走り出そうとしたが、その後からタツキがついてきていないことに気付き振り返る。
『・・・っ!』
『・・・?どうしたのタツキ!?』
遠くから炎に包まれたこの山を見た瞬間に、自然に走り出していた。自分がそこで何が出来るかなんて分からなかったが、 身体を動かさずに入られなかった。しかしいざ山の近くまで来てみると身体が動かなくなる。身体が、恐怖を覚えてしまっている。
『大丈夫・・・!ちょっと・・・気分が・・・』
『だったら、戻って休んだ方が・・・!』
『大丈夫だって・・・!こんな時に休んでいられない・・・!』
(・・・しっかりしろ、私!)
タツキは自分自身に喝を入れる。今止まっていてはいけない。何もしないでただ戸惑っているだけでは何も起きない。 フェリーの時にそれは嫌と言うほど味わった。あの時は自分の命を守ることだけで精一杯だったが、 今は自分が被害に巻き込まれているわけではない。あの時の自分のように山のポケモン達が助けを求めている。 自分のような運命を背負うのは少ない方がいいに決まっている。タツキは自分の心に言い聞かせてリヒトの後を追いかける。そして走りながら、 しかしながら抱える不安をリヒトに問いかける。
『でも、今の私たちに出来ることって何かあるかな・・・?』
『火を消したりするのは人と他の水ポケがするだろうから、それ以外・・・誘導とかなら出来ると思うけど・・・』
そういって緩やかな、まだ火の手が回っていない緑の草原の坂をかけていく。そして小さな高台に上ると、そこには他のポケモンも居た。 その中の1匹、夜の闇のような黒いたてがみを持ち、全身を灰色の長い毛で覆われた犬に似たポケモン、 グラエナがこちらを見るなり近寄ってきて話しかけてくる。
『ピカチュウに・・・この前流れ着いたハクリューか。こんなところで何をしている?』
『私たちにも手伝えることって何か無い?』
『無い』
『うわ、あっさり』
そう言ってグラエナは元々見ていたほうに振り向き他のポケモンとなにやら話をしている。どうやら彼がここら辺を仕切っているらしい。 今度はリヒトからグラエナに語りかける。
『そう言わないでよ、ラズ。僕らだってこの島に住むポケモンとして協力したいだけなんだ』
『・・・こっちは命のやり取りかかってるんだ。女子供にさせられる仕事は無い』
『でも・・・周りが慌しいのに、自分たちだけおとなしくしてるなんて、出来ないよ』
『・・・言ったとおり、ここから先は危険なんだ。十分成長したポケモンでも、命を賭ける事になる。お前らに出来ることは無い』
『そんなぁ・・・』
リヒトはがっくりと肩を落とす。その後ろからタツキはグラエナのほうを見つめ目で訴えかけるが、 グラエナはまるで相手にしない様子だった。しかし、しばし無言で周りを見渡し、タツキたちが来たのとは別の方向の坂の下を見つめる。
『・・・この島でポケモンの治療ができるのは診療所のドクしか居ない。・・・人間たちが本土に応援を呼んだようだが、 どれだけ時間がかかるかは分からないそうだ』
『・・・?』
『人手が足りない今治療が出来ない者も多い・・・しかしそれまでの間、誰かが励ましてやるだけでも違うものだが・・・ この坂の下でそんなポケモン達が待っているのだが・・・さて』
『・・・あ・・・』
そう言い、グラエナのラズはタツキたちの方を見る。その目は、つまりそういうことを示唆していた。
『ありがとうラズ!』
『ただの独り言だ・・・だが、くれぐれもこっちに首は突っ込んでくるなよ?』
2匹はラズにお礼を言うと坂を玉の様に駆け下りていく。
『・・・せめて、火事の原因が分かるまでは・・・何が起こるか分からんしな・・・』
小さくなっていくピカチュウとハクリューの姿を見つめ静かに呟く。そして再び他のポケモン達に混じり話し合いを始めた。
『これも、大事な仕事だよね?』
リヒトが走りながらタツキに問いかけてくる。ハクリューは前を向いたまま頷き応える。 やがてひらけた岩場が見えてくるとそこに様々なポケモンが避難をしていた。 時々島の人々がやってきて怪我をしているポケモンを2~3匹ずつ車に乗せて引き取って行く。さながらその慌しさは野戦病院を連想させた。
『ひどい状況だね・・・』
リヒトはそれを見て思わず呟く。タツキはその言葉に答えず、ただその様子を見ていたがやがてリヒトのほうを振り返る。
『だけど・・・だからこそ、自分たちに出来ることを今やらなきゃね?』
『うん』
リヒトは大きく頷く。そしてここを仕切っていたポケモンに話をして、自分たちにポケモンを励ます仕事をさせてもらうよう頼み、 邪魔にならないようにという条件で許可を貰った。そして怪我をしているポケモン達のそばにいき声をかける。
『大丈夫ですよ!』
『しっかりしてください!』
『頑張ってください!』
『もうすぐ手当て出来ますから!』
言える言葉はそれぐらいだったが、それでもポケモン達のためにタツキとリヒト、 他にも彼ら同様に消火や救助に回らなかったポケモン達が必死で言葉を繰り返し、仲間達を励ました。 この島に来たばかりのタツキにとってまず殆どのポケモンは会った事さえないものばかりだったが、死のあっけなさを知っている彼女だからこそ、 その喪失感から来る恐怖は知っているし、もう味わいたくなかった。幸い、火事の後の対処が早かったためか、 即死や瀕死といった危機的状況に陥っているポケモンは現れなかったが、 それでも火傷や外傷がかなりひどい重症ポケモンが次々山から運び出されてきて、 そのつどかわるがわる励ますポケモンと様子を見るポケモンがそばに寄り添い、人の車が着き次第また運び出されるの繰り返しだった。
そしてまた、1匹のポケモンが山から助け出されてきた。それはメスのグラエナだった。そのグラエナにはタツキが付き添うことになった。 意識を失っているらしく、初めのうちは呼びかけにも反応していなかったが、やがて静かに目を開けてこちらの声に反応をし始める。
『しっかりしてください!もうすぐ助けが来ますから!』
タツキはグラエナに必死で声をかける。するとグラエナは、息も絶え絶えな中、必死に絞って声を出し、タツキに何かを伝えようとする。
『・・・子供・・・まだ・・・山に・・・火の・・・中で・・・!』
『!!』
『どうしたの、タツキ!?』
別のポケモンを送り出したリヒトがタツキのそばに駆け寄ってくる。
『このグラエナの子供が、まだ山に居るみたいで・・・!』
『・・・!このグラエナ・・・さっきのラズのつがいだよ!』
『え!?つ、つが・・・』
『つがい!奥さんだよ!・・・しかもラズの子供が取り残されているって・・・大変じゃないか!』
そういってリヒトはさっきラズが居た高台を見る。しかしこの角度では、ラズが居るのかどうかよく分からない。
『子供は・・・子供は何処に居るんですか!?』
タツキはグラエナに向かって問いかける。グラエナは、その力を振り絞り前足と、自らの目線をある一点にむける。
『あそこに、子供が居るんですね?』
タツキの問いかけにグラエナは小さく頷く。
『兎に角、まずはラズにこのことを知らせなきゃ!』
『そうだね、リヒト御願い』
『わかった・・・て、えぇ!?』
リヒトがラズの居た高台に駆け出そうとするとタツキは逆の方向、あのグラエナの子供が居ると思われる山のほうに走り出そうとしていた。
『ちょ、タツキ、まさか!?』
『探すだけだよ、無茶はしない』
『で、でも!』
『だから、だからリヒトは早くラズをつれてきて』
そういってタツキはさっさと山に駆け出していく。
『ちょ、ちょっと待ってよ!』
リヒトは呼び止めようとするが、既にタツキの耳に彼の声は聞こえてはいなかった。 あっという間に炎燃え盛る木々の中へと姿を消していった。
『・・・もぅ!』
リヒトは兎に角、まずはラズにこのことを知らせることにした。そうするしかなかった。 タツキについていってもとめることが出来ないなら、少しでも頼りになるポケモンをつれてくる必要があり、 まして自分の息子が危機というならラズだって気が気じゃないはずである。
『・・・間に合ってよ・・・!』
小さなピカチュウの身体は風を切り、さっき来た坂道をまた登り始めていった。 そしてハクリューもまた丁度逆方向の坂をなれない身体ながら全速力で駆け上がっていった。目指すのは勿論、 あのグラエナの子供が居ると思われる山間。もし、まだ本当に子供がそこに居るなら、きっと孤独で心細いに違いない。・・・だから、 私が助けなきゃいけない。別に火事をなめてるわけでもないし自分に子供を助けるだけの力があるなんて過信しているわけでもない。ただ、 ただ兎に角助けたいだけなのだ。出来る出来ないではなく。それは、 きっと自分が誰かに助けてもらえなかったことに対する気持ちの表れかもしれない。孤独なのは、自分だけでいいと。
『・・・!あれは・・・!?』
肺が焼けるような熱気の中、流れていく景色の中にタツキは確かに何かの影を見つけた。灰色の毛を持つ、子犬のようなその影。 炎に焼かれた木々の間から見えたその姿は予想通りだった。
『ポチエナ・・・?』
タツキは細い身体を器用にくねらせ木々の間をすり抜け、影のそばに近寄る。影はこちらを見ると小さく呟いた。
『ママ・・・?』
『・・・ううん、残念だけど君のままじゃないよ・・・でもママの代わりに君を助けに来たんだ・・・』
『お姉ちゃんが・・・?』
ポチエナは涙で潤んだタツキを、タツキはその長い身体で抱くように優しく巻きつく。 そうするとポチエナはまるで糸が切れたように大きな鳴き声を上げ始めた。
『もう大丈夫・・・大丈夫だよ・・・』
タツキは優しくポチエナをあやすように語り掛ける。しかし、彼女の心も決して穏やかではなかった。周りを見れば分かる。 火の手は明らかに広がっている。ぐずぐずしていたら逃げ道がなくなってしまう。
『さぁ、こんなところじゃなく下に行こう・・・ママも待っているよ』
『・・・うん・・・!』
タツキは泣きじゃくるポチエナの背中を尻尾で優しくなで、そしてぴったりと寄り添い森の中を歩き始めた。しかし、 行く手を倒れた木々に遮られなかなか前に進めない。ハクリューの身体とポチエナの身体ではまるで勝手が違うため、 それぞれ進みやすい通り道は全く異なるのに、しかし今の2匹はお互いに離れることが出来なかった。 特にポチエナがしっかりとタツキに寄り添うためタツキも退路の確保を的確に行うことが出来ない。 そうしている間にも火はどんどんまわりに広がっていく。
『あぅ、お姉ちゃん・・・!』
『大丈夫・・・!大丈夫だから・・・!』
タツキはそういうしかなかった。ここで私の心が折れれば、2匹とも助からない。生きてやる。誓ったんだ。 ポケモンの姿になってでも生きながらえたこの命。自分の命。そして・・・。
(守れる命があるなら・・・守りたい・・・!)
タツキはポチエナを見つめる。絶対に守らなくてはいけない。今、私がこの子に手を差し伸べなければ、きっとこの子は・・・! その気持ちがタツキの中で確かに溢れる。今、彼のために出来ること。この子の母親を襲い、 そして今自分たちの退路を断とうとするこの炎を消す方法。
『すこし・・・下がってて・・・!』
そういってタツキはポチエナを自分の目の届くぎりぎり範囲で後ろに下がらせる。そして自分の意識を集中させる。思い出せ、 船の火に囲まれた時、自分を救ったあの雨を。アレは偶然だっただろうか。・・・いや、タツキは聞いた事がある。 ハクリューには天候を操る能力があると。それはただの伝承かもしれない。元々人間だったタツキにポケモンの力が使えるかどうかも分からない。 でも、あの時は。
(あの時は・・・空が私の願いを聞いてくれた・・・!)
なら、今もその時ではないか。偶然でもいい。奇跡でもいい。この火を鎮める、雨を呼ぶ。
(私たちを・・・守って・・・!)
タツキは強く願った。そして信じた。ハクリューの自分になら、出来るということを。 やがて彼女の身体は優しく穏やかな光に包まれていく。そして炎が生み出し天に昇る黒い煙より、 さらに濃い黒の暗雲が見る間に島の上空に集まり始め、そして溜め込んだ水分を吐き出すかのように、雨は島に降下し始めた。 そして島を染める赤を、まるで絵の具を洗い流すかのように消し去っていく。
『雨・・・だ・・・!』
タツキは、力なく呟いた。集中した分だけ、精神的にかなり疲れているようだ。しかし、この雨が自分の力で呼んだとしても、 ただの偶然だとしても、彼女の願いは通じたのだ。
『タツキィィーーー!』
その時、豪雨の猛烈な音の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『リヒ・・・ト・・・?』
タツキが声のしたほうを振り返ろうとしたが次の瞬間、全身の力が抜けてしまいその場に倒れこんだ。
『タ、タツキィ!?』
リヒトは急いでタツキのそばに駆け寄った。そしてリヒトの後ろにラズの姿が見えた。その姿を見るなり、ポチエナは力強く吼えた・
『・・・パパ!?』
『パル・・・!?パル!』
ラズもまた、自らの息子の名を呼んだ。そして彼を自らの懐に優しく抱き何度もその名を呼んだ。
『・・・よかった・・・!会えて・・・!』
その光景を見るタツキの心に、また何かが溢れていく。感動の親子の再会。しかし、タツキには二度とそれは訪れない。
『・・・タツキ・・・?』
リヒトは、タツキに問いかけようとしたが、とっさに言葉を止めた。確かに、彼はタツキの目が一瞬何かで輝いたように見えたが、 この雨の中では最早確認は出来ないし、それを問うのは男として無粋だろう。今は、何も聞かないで置くべき時だと、 若いリヒトにだって分かった。
『・・・おい』
しかし、ラズにはそういう考えは無いようだった。いつの間にかラズは倒れたタツキの前に立ち、力強く彼女に問いかけてきた。
『・・・何故注意を無視して山に入った?』
『・・・あなたの子供が・・・危ないって知ったから・・・』
『なら何故、俺にすぐ知らせずに自分で行ったんだ?』
『・・・あの時私の方があなたよりも近くにいたから・・・』
『これだけの火事だぞ・・・自分は危ないと思わなかったのか?』
『・・・自分の命よりも守りたいものがあるのは、貴方だって同じでしょ・・・?』
タツキはラズの問いかけに対して、逆に問いかける。ラズはそのまま無言で彼女を見つめる。 すると彼の息子であるポチエナのパルがたつきをかばうようにラズの前に立つ。
『お姉ちゃんは・・・僕を助けに来てくれたんだ!だから・・・怒らないで・・・!』
『・・・ラズ・・・タツキは、パルを守ろうとしたんだ。あんたに代わって。それを・・・』
『いや、すまない。責めているわけじゃないんだ』
ラズは自分を責めるパルとリヒトをなだめる。そして再びタツキのほうを見つめる。
『・・・本当にありがとう』
『・・・その子・・・パル・・・があなたに会えてよかった』
『あぁ・・・だが、君の命だって・・・この子の命と同様に大切なものだぞ・・・?』
『大丈夫・・・私、こう見えてしぶといから・・・』
そういって自分の体を立たせようとするが、やはり力が入らず倒れそうになり、リヒトとラズに支えられる。
『ご、ごめっ・・・!』
『全く・・・無理をしないでよ。そんな身体でさ』
『君はとりあえずここで休んだほうがいい・・・今俺が君を運べるような大型のポケモンか、人間を呼んでくるから』
そういってラズが走り出そうとしたとき、パルが彼を呼び止めた。
『パパ!待って!』
『・・・どうした、パル?』
『・・・あそこ・・・何かいるよ』
そういってパルは前足を使いある方向をさす。ラズは、そしてタツキとリヒトもその方を見る。
『あれは・・・人間・・・!?』
今まで炎で包まれた木々で隠れていて見えなかったが、その木々の向こう側に陰が横たわっているのが見えた。そこに倒れているのは、 間違いなく人間、10代ぐらいの青年の姿だった。しかも、明らかにおかしいのは彼が衣服を身に着けていない、つまり全裸だということだった。 さらに全身に数え切れないほどの傷を負い、苦悶の表情を浮かべていた。そしてその青年の顔を見たときラズの表情が変わる。
(・・・まさか・・・!?)
混乱の中、ラズのその驚きの表情に気付くものは無かった。彼はただ自分の頭の中に思い浮かんだ仮定を必死に振り払おうとしていた。 突然の山火事。その後に不自然な形で現れた青年。タツキは、自分が呼んだ暗雲を見つめながら、その晴れない空に自分と、 自分たちの未来に何が起こるのか分からない不安を重ねていた。
μの軌跡・幻編 第5話「紅の山・願いの雨」 完
第6話に続く
今回の幻編第5話は今までで最長の執筆時間がかかりました。兎に角話がまとまらずに苦戦しました。短いはずの幻編でこんな長い話になったのはそのためです。それでも何とか次に繋がる布石が打てたので、前半の山場は何とか乗り越えたという感じだったりします。。。