μの軌跡・逆襲編 第4話「深緑の賢者」
【含TF(人間→ポケモン)】
「まさか空を飛べたとは・・・エスパータイプか・・・?」
深い森の中から、男がようやく姿を現し、眼下に広がる樹海を静かに漂う青い光を見つめて呟いた。 そんな男をカイリキーが申し訳なさそうな目で見る。
「お前のせいじゃない・・・仕事を安易に考えすぎた俺の責任だ。・・・まぁいいさ。戻れ、イル」
男はそういうとモンスターボールを手に取り、カイリキーのイルを戻した。
「・・・とりあえずは・・・」
そう言うと男は携帯端末を手に取り、相手を呼び出す。端末から女性の声が聞こえた。
「・・・ロウトね。そろそろかけてくる頃だと思ったわ」
「流石ソウジュさん、優れた予見能力をお持ちで・・・」
「お世辞はいいわ。結果を聞かせて」
どうやらソウジュは少し焦っているのか、ロウトは彼女の声に苛立ちを感じた。
「・・・貴方が割り出したとおりです。フジの・・・カイ側の樹海で例のポケモンを見つけましたよ」
「それで?」
「はは・・・取り逃がしましたよ、生憎イルしか連れて行ってなかったんでね」
「・・・貴方に最初から成功は期待してないわ」
「ははは、ひどいなぁソウジュさん。俺を信用してないってことですか?」
「貴方が最初から真面目に仕事をやるとは思っていない、と言う意味よ・・・どうせ初めは適当にやって、面白そうだったら本気でやる・・ ・そんなところでしょう?」
「はは!ソウジュさんにはばれてたか!」
「・・・それで?本気でやれそうなの?」
ロウトの笑いをソウジュは聞き流す。話に付き合っている余裕は無いと判断したロウトは、本題を切り返す。
「・・・本気でやったら何くれますか?」
「質問の仕方が違うわ。成功したら、でしょう?」
「はいはい・・・じゃあ、成功したらどうなります?」
「200万でどう?」
「はぁ?・・・本気か?」
想像をしていた以上の額にロウトは思わず聞き返す。
「貴方が本気で仕事してくれるんだったらこっちも本気でこれぐらい出すわ。・・・貴方のことだから、 地位とか名誉よりもこっちの方がいいでしょ?」
「・・・ソウジュさんがそこまでするってことは、それだけのヤマってことか?」
「・・・余計な詮索はなしという約束でしょ?」
「はいはい、分かりましたよ・・・まぁ、ソンだけ貰えりゃ文句も無いですわ」
「じゃあやってくれるのね?」
「勿論。あ、でもさっき言ったとおり、イルしか連れて来ていないんですよ。なんか適当に俺のポケモンを送ってもらってもいいすか?」
「そこらへんは手配するわ。念のために上からも応援を出させる予定になっているから」
「上から、ねぇ」
めったに動くことが無いであろう上がじきじきに応援をよこす。それだけあのポケモンの重要性が上にとって高いということとがわかる。 そしてそれを任せられたロウトにかかる期待の大きさもかなりのものだった。
「まぁ、金がもらえて、現場をこっちに任せてくれるんだったら、方針や準備はそっち任せで構いませんよ」
「・・・それはそれで無責任な発言ね?」
「ソウジュさんを信頼していると解釈して欲しいね」
「まぁ、いいわ。準備に約1週間。その間貴方はそのポケモンに悟られないように見張っていて」
「分かっているよ、じゃあ頼みましたよ」
そういってロウトは携帯端末の通信を切った。
「さぁて、一週間後が楽しみだ・・・」
ロウトは静かな笑みを浮かべながら、大分遠く小さくなった光を見つめて静かに呟いた。
『・・・いいよ、ここら辺で降ろして』
『うん』
セイカはエリザに言われるがまま、彼女が指差した開けた草原に向かってゆっくりと高度を下げる。ある程度の高さまで降りたところで、 そっと手に握っていたエリザのツルを放すと、エリザは前足から地面に降り、4つの足でしっかりとその感触を確かめた。
『空も気持ちいいけど・・・やっぱ植物ポケモンは大地に足が付いてないとね』
『でも・・・エリザ、大丈夫?怪我とか無い?』
『ん?あぁ、大丈夫だよ。あいつ、狙いはセイカで私と本気でやるつもり無かったみたいだし』
『・・・私のせいかな・・・やっぱり』
セイカは宙に浮かびながらエリザの言葉を聞いて、あのトレーナーが狙っていたのが自分であることを再認識した。しかし、 何故自分が狙われなければならないのか。あのトレーナーは自分を珍しいポケモンといっていたし、上がどうのと言う話もしていた。 理由はわからないが、多分、推測でしかないがあのトレーナーはもう一度自分を狙いに来る。そんな不安ばかりが胸をよぎる。
『ほら、またそんな暗い顔ばかりしてる』
セイカの足元にいたエリザが彼女を見上げる。エリザもまた、心配そうな顔でセイカを見た。
『・・・ごめん』
その言葉しか出てこなかった。セイカがもしエリザと出遭っていなければ、今頃自分がどうなっていたかは分からない。しかし、 少なくてもエリザはあのカイリキーにやられることは無く、こうした迷惑もかけることが無かったはずなのだ。
『謝らなくていいからさ・・・私だってセイカが空飛べなかったら今頃大怪我だし。ほら、そんな顔してないで。笑顔見せてよ、笑顔』
『・・・うん』
迷惑だけじゃない。心配だってかけてしまっている。・・・せめて、彼女の前ではもうこんな表情はやめよう。セイカは自分に言い聞かせ、 エリザのほうを向いて笑顔を見せる。
『うん、セイカにはそっちの方が似合ってるよ』
『ありがとう、エリザ』
『いいよ、それに空飛べたこと、ただ単に助かっただけじゃないし』
『え?』
『ほら、さっきまで私たちがいた崖、見てみなよ』
エリザに言われて振り返る。すると、崖はもはや景色の一部分として辺りの森に隠れるかのような遠い距離にある。 飛ぶことに夢中で気付かなかったがかなりの距離を飛んできたようだ。
『セイカには悪いけど・・・正直、あのペースで歩いてたらいつジュテイのところにつけるか分からなかったんだよね』
そういってエリザは気まずそうな笑顔を見せる。セイカは遠くに見える崖を見つめながら答えた。
『そうだね・・・でも、ということはジュテイがこの近くにいるっていうこと?』
『うん、もう後少し歩けば・・・』
『その必要は無い』
突然、2匹とは別の太く、力強い男の声があたりに響いた。正確には、勿論それはポケモンの鳴き声なのだが。その次の瞬間、 2匹の後ろに広がる森が大きく揺れ動いたかと思うと、 木々の間から巨大な・・・いや、 大きさとしては普通のフシギバナより僅かに大きいかどうかぐらいだが、今のセイカから見れば自分の身長の5倍近い物が目の前に現れたのだ。 まるで家一軒が移動しているかのような迫力があった。
『あ、ジュテイ!来てくれたんだ!』
『遠くからお前たちが下りてくるのが見えたからね。よく来たねエリザ・・・それと・・・ミュウの子』
『え・・・私・・・?』
フシギバナ・・・ジュテイはセイカを見るなりそう呼んだ。
『へぇ〜、セイカってミュウっていうポケモンなんだ』
『・・・?ミュウの子は・・・自分が何者なのか知らなかったのか?』
『実はセイカには色々あって・・・ね?』
エリザとジュテイがセイカの方を見る。セイカは小さく頷いた。
『色々・・・?どれ、詳しい話を聞かせてくれないか・・・?』
そういうとジュテイは足を折り曲げ、その場に体をおろす。セイカとエリザはその近くの木の下にもたれるように座り込んだ。 そしてセイカは事情を話す。まず初めに自分が本当は人間であると断りを置いて。話の始まりは、家族の旅行のところから。 その時突然ポケモンの群れに襲われたこと。気付いたらこの森でポケモンになっていたこと。そして、エリザとの出会い。 そこからは2匹で事情をかわるがわる説明した。ジュテイは、相槌を打ちながら静かに彼女たちの話に耳を傾けていた。
『・・・ジュテイ、どう思う?セイカってやっぱり人間?』
最後まで話したところで、エリザがジュテイに向かって率直な質問を投げかける。セイカは、本当だと主張したかったが、 その前までで散々しているのであえてまた言うつもりも無かった。ジュテイは、静かに目をつむり、しばらくそのまま動かなかったが、 やがてゆっくりと目を開けると、重い口を開き始める。
『・・・昔から・・・人がポケモンになると言う逸話はこの国にも、人々の伝承として多く語り継がれているのは、 人間だったなら知ってるね?』
『おとぎ話とか・・・ですか?』
『そう、人がポケモンに変身してしまうなんてのはおとぎ話の世界。しかし、人のことわざには火の無い所に煙は立たぬというものがある』
『・・・昔からポケモンに変身してしまう人がいたって・・・決して、ただの伝承ではなく・・・そして今も有り得る・・・ そういうことですか?』
『流石に物分りがいいようだね・・・』
ジュテイのセイカを見る目が優しく、しかし鋭く光る。その威圧感に思わず無意味に萎縮してしまう。エリザが小声で、
『怖かったら言っても大丈夫だよ?』
と言ってくれたが、セイカは首を横に振った。・・・別に怖いわけでは、ないのだ。ただ、何となく彼に見透かされているような、 他のポケモンには無いオーラが漂っている感じがした。本当に、ただの物知りなだけのフシギバナだろうか。
『しかし、人間が始まりのポケモン・・・ミュウになる話は聞いたことが無いね・・・』
『・・・いえ、自分が、人間だった自分がポケモンになってしまうっていう・・・なんていうか・・・ありえない話だと思ってたんですが、 そうではないと・・・これは夢とかじゃなく、実際に起こり得てる話なんだと認識できただけでも、よかったです』
『私も、セイカとジュテイの話聞けて面白かったし』
エリザは2匹を交互に見ながら満足そうな笑みを浮かべた。
『まぁ、ひとまずセイカが人間だったってことは間違いなさそうだってことは言えそうだし、早いけど今日は休もうか?』
『うん、でもどこで・・・』
『少し行った所の池のほとりにジュテイの住んでる広場があるから、そこで休ましてもらってもいいよね?』
『あぁ、勿論だとも』
ジュテイは大きく頷きながら答えた。
『じゃあ早速・・・』
『あぁ、エリザ。待ちなさい』
2匹が立ち上がろうとすると、ジュテイがエリザを呼び止めた。
『・・・すまないが、少しエリザと話がしたいんだ・・・セイカ、申し訳ないが先に一人で行っていてくれるかな?・・・ 場所は今自分が来たから通り道が出来ている・・・その通り歩けばすぐにたどり着くから』
『・・・わかりました』
2匹は、ジュテイの言葉に首をかしげながらも、その言葉に従いセイカは意識を集中させ、 少し宙に浮かびゆっくりとジュテイの後ろに回りこみ拓けた森をゆっくりと進んでいった。
『・・・何でセイカじゃなくて、私に話があるの?』
『・・・彼女を見ていると、お前が始めてこの森に現れたときを思い出してな・・・』
2匹はセイカの後姿を見ながら言葉を交わす。
『・・・記憶を失くした幼いチコリータに、エリザと名付け森のもの皆で育てていたのと何だか重なってな・・・』
『・・・まぁ、似てるって言えば似てるのかな・・・境遇が』
『お前たちが出会ったのは・・・或いは・・・』
『・・・何?』
『・・・いや、それは、どうでもいいことなのだ』
ジュテイの表情がどこか曇っている。あまり表情を表に出さない彼がここまではっきりとした表情を見たのはエリザだって多くない。
『・・・お前は・・・』
『・・・?』
『いや、エリザ。お前とあのミュウの子・・・セイカはきっとこれから、お互いに重要な存在になっていくと思う』
『・・・そうだね、私たちもっと仲良くなれると思ってるし』
『・・・そうだ。彼女を・・・ミュウを支えていけるのはきっとお前なのだ』
エリザには、そのジュテイが放つ言葉の深い意味は理解できなかったし、難しそうだから考えもしなかったが、ただ、 あのジュテイがそこまで強く言うのだから、何かセイカには自分たちには分からない深い事情が有るのかもしれない。そう感じた。
『大丈夫。経った数時間でこれだけ意気投合できたんだもん、もう親友みたいなもんだよ』
『・・・そうだな・・・』
『じゃあ、私そろそろセイカ追わなきゃ。いくらなんでも一人じゃ心細いだろうし』
『じゃあその前に・・・これを渡しておこう・・・』
そういうとジュテイは自分のツルを使い、何処からか小さな装飾品を取り出した。人間が指輪と呼んでいる物である。
『・・・何これ?・・・ていうか何処に持っていたの?』
『それは、人間が指にはめるアクセサリの一つだ・・・ある人間から貰った物でね・・・お守り代わりさ』
『そんな大事なものを何で私に・・・?』
『2人を守ってもらうために・・・だな』
『・・・』
ジュテイはまた、深い言葉を残す。エリザもツルを伸ばしその指輪を受け取る。勿論彼女ははめる指がないから、 とりあえずツルにはめておく。
『まぁ、よくわかんないけど、今度こそ本当に追わなきゃいけないから行くよ?』
『あぁ・・・自分も後からゆっくり追いかけるよ』
そういってエリザはセイカが進んでいった森の中へと入っていく。その姿をジュテイは静かに見守る。深い森は大分暗くなってきたが、 彼女たちは進むべき道を兎に角進んでいった。
μの軌跡・逆襲編 第4話「深緑の賢者」 完
第5話「震える森」 に続く
前話では、自分の小説を参考にしていただいたそうで…。こちらこそ大変感謝したします。(でも自分も初心者なんだけどな・・・いいのか?(汗))
エリザとリヒト、今のところこの2匹がお互いに直接関わる予定は無いのですが、記憶喪失と言う共通の特徴が、セイカとタツキの運命に大きな意味を持つのは間違いないと思います。
都立会様の小説はよく考えられた作りで非常に参考にさせていただいてますよ。自分もまだまだ書き始めたばかりの未熟者ですが、これからも読んでもらえるような小説を書いていければと思っております。