μの軌跡・逆襲編 第3話「希望の光」
【含TF(人間→ポケモン)】
『ほら、水分の多い果物とってきたよ』
『あ、ありがとう・・・ごめんね』
セイカはエリザから赤い果物を渡され、一度匂いをかぐとそれを口に運び、味を確かめた。
『・・・みずみずしくて美味しい!』
『でしょ?私もお気に入りなんだよね』
そういって、自らのツルを上手く操り彼女も自分の分の果物を食べ始める。
『・・・ごめんね・・・まだ歩き始めたばかりなのに』
『仕方ないよ・・・体が慣れてないんでしょ?』
『うん・・・』
セイカは申し訳なさそうに首を下げる。ジュテイに会うために歩き始めたのはいいが、なれない体のためか、 セイカはものの数分ですぐにばててしまい、今こうして木陰で休みを取っているのである。
『それに・・・なんだかこの体、歩きづらくて』
そういってセイカは自分の手足を見つめた。・・・手足と呼んでも問題は無いだろう。彼女の手は、 人間のように長くはないがはっきりと指があり物を握ったりするのには適しているが、 それを前足と呼んで自分の体重を支えるには頼りないものだった。しかし、一方の足は四足獣の後足そのものであり、 二本足で立つにはあまりに不安定で、非常に歩きづらいものだった。二足歩行するにも四足歩行するにも不利な体躯。 本当のこのポケモンはどうやって移動していたのだろうか。セイカはこれからこの姿で生きて行かなければならない以上、 自分の体のことは真剣に考えなければならなかった。
『どうしてこんな歩きづらい体なんだろう・・・』
『・・・もしかして』
自分の分の果物を食べ終えたエリザが口を開いた。
『もしかすると、歩くことを前提としていないんじゃないのかな?』
『え?』
エリザの意見に思わず手に持っていた果物を落としてしまい慌てて拾う。
『歩くことを前提にしていないって・・・どういうこと?』
『例えば・・・空を飛んだり、海を泳いだりってこと』
『・・・』
『・・・信じてない目だ』
『いや、別に、そんな』
セイカは動揺して折角拾った果物をまた落としそうになってしまったが、今度はエリザがツルで落ちかけた果物を掴み、 地面に落ちるのは防いだ。
『ご、ごめん・・・』
『気をつけてよね・・・って、私が言うのもなんだけど』
エリザは果物をセイカの手の上に置きながら小さく笑った。
『でも、空とか海って・・・』
『別にありえない話じゃないよ?・・・まぁ、海はチョット言いすぎだけど、 空を飛べるのは何も羽のある鳥ポケモンとドラゴンポケモンの専売特許じゃないよ?』
『・・・そう・・・?』
『例えば・・・ゴースト系とかエスパー系は、羽が無くても自分の力で空中に浮かぶのもいるでしょ?』
『・・・確かに』
『きっとセイカも、それ系のポケモンなんじゃないのかな?』
『そうなのかな・・・?』
そう言われても、どうもいまいち実感が湧かない。そもそも、 まだポケモンになった事だって夢ではないかと思えるくらい現実感が得られない。しかし自分の体の感覚、とくに尻尾が風に揺れ、 時々体に触れる感触が確かなものであり、そのことがこれが夢でないことを語っていた。しかし、 それでも人間だった自分が空を飛べるとは思えなかった。ためしに頭で自分が浮いている姿を想像して、意識を集中させるが何も起きない。
『ひょっとして、今浮こうとしてる?』
『あ、うん、でも上手くいかないみたいで・・・』
『さっき自分で体に慣れていないって言ってたでしょ?まずは慣れることが先じゃないかな』
『そうだね・・・』
たしかにもし本当に飛べるとしたら楽になるだろうが、段階を追って少しずつ体を慣らしていくしかないかもようだ。 ようやく果物を食べ終えたセイカは自分の手足をゆっくり上下したり、指を開いたり閉じたりなどを繰り返し、改めて体の感覚を確認する。 動かすこと自体は苦は無いが、複雑な動きをしようとすると頭がこんがらがってくる。足、腕、指の長さの違い、指の本数の違い、尻尾の存在。 人間のときとの違いはかなり多い。意識すればするほど、ギクシャクしてくる。緊張して歩いている時に手と足が同時に出てしまうのに似ている。
『また果物持って来るね』
『あ、うん。ありがとう』
エリザはそういうと森の中に入っていった。セイカは顔を上に向け、木の枝の隙間から見え隠れする青い空を見つめていた。 枝は森を吹き抜ける優しい風に揺れ、見える空はそのつどその姿を変える。それは綺麗な光景だったが、 同時に今のセイカには捉えづらい希望の光を絵に描いた様で、少し切なかった。もし今の彼女にとって最大の希望といえば、 エリザと出遭えたことだろう。歩いている時に話を聞いたが、エリザがセイカを見つけたのはセイカが目覚める前だったようだ。 エリザは気を失っているセイカを安全な場所に運び、自分は別の協力してくれそうなポケモンを探していたが、 近くに見つからなかったため一度戻ってきたところセイカが目覚めたのだという。 そして今こうしてエリザはセイカのために食事を取りに行っている。出遭ってまだ数時間も経っていないが、 今のセイカにとってのエリザの存在はやはり大きかった。彼女に見つけてもらっていなければ自分がどうなっていたか、想像したくない。
(・・・帰ってきたら、もう一度きちんとお礼言おうかな?)
セイカがそう思ったその時、草むらから物音が聞こえた。
『・・・エリザ?帰ってきたの?』
セイカは呼びかける。しかし返事が無い。それに感じる気配がエリザのものではない。まるで獲物を狙うような殺気。・・・狙われてる? とっさにそう感じたセイカがすっと立ち上がり身構えた、次の瞬間。草むらから影がセイカに向かって飛び出してきた。
「ミュ!?」
セイカは左に跳ね、その影を何とかよける。影はそのまま木にぶつかり、勢いで木は折れ曲がり、鈍い音をたてて倒れこんだ。しかし、 影のほうにダメージは全く無いようだ。
『ほう、かわしたか』
影は感心しながら呟く。そこにいたのは人に似た体躯に鋼色の体で4本の腕を持つポケモン、カイリキーの姿だった。
『どうして・・・攻撃してくるの!?』
セイカはカイリキーに向かって叫ぶ。カイリキーは表情を変えずに答える。
『・・・命令だからさ』
『命令・・・!?』
セイカが言葉の意味を考えていると、カイリキーの後ろからもう一つ影が現れた。しかし今度はポケモンではなく、 紛れも無い人間の姿だった。
「・・・なるほど、確かに珍しいポケモンだ・・・上が欲しがるのも無理は無い」
カイリキーの後ろから現れた男はセイカを見るなりそう呟いた。
「イル、捕まえろ」
『了解だ、マスター』
イルと呼ばれたカイリキーは4本の腕を構える。構えただけなのにピリピリと伝わってくる威圧感。 セイカは自分の短かい体毛が汗でぬれていることに気付く。戦わなければならない。そのことはセイカにも分かっていた。しかし、 体を動かすことすら満足に出来ない彼女に勝ち目は無い。
(逃げるしか・・・)
セイカが思考を巡らせてカイリキーへの集中を欠いた瞬間、カイリキーはその隙を狙って強烈なパンチを繰り出してきた。 セイカが危険を感じた瞬間には既にカイリキーの拳は目の前にあり、かわす時間は無かった。
『悪いが眠ってもらうぜ!』
『きゃあ!』
セイカは思わず目をつむってしまう。このままやられてしまう。そう思ったが、自分の体にはいつまで待っても衝撃が来なかった。 それどころか周りは静寂に包まれていた。その静寂を破るように聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『いつまで目をつぶってるつもり!?』
『エリザ!?』
セイカが目を開けると、そこにはカイリキーの拳をツルで受け止めるチコリータの姿があった。
『逃げるわよ!つかまって!』
『え?あ、うん!』
エリザはツルをカイリキーから放すとセイカの方に伸ばし、セイカはそれを掴んだ。瞬間にエリザは走り出し森の中を駆け抜ける。 彼女はツルにつかまり、振り落とされないように必死だった。
「イル、逃がすなよ」
『了解』
カイリキーも命令に従い、セイカとエリザを追いかけてきた。
『この森にはポケモン捕まえるような人が来ないんじゃなかったの!?』
『普段は来ないのよ!』
エリザは必死で走りながらもセイカの問に答えた。セイカはその返事を聞き、短く小さな手でいっそうエリザのツルを強く掴んだ。
(・・・まただ・・・)
また、こうしてセイカはエリザに助けられている。エリザがいなければ今セイカはあの男に捕まっていた。 いくら体が慣れていないとはいえ、自分の非力さを痛感せざるを得なかった。そこに母親を守れなかった自分が重なる。
(私には・・・何も出来ない・・・!)
セイカの表情が歪み目に溢れたのは、決してこの状況に対しての恐怖心ではなかった。
『あっ・・・!』
突然エリザは立ち止まり、小さく声を上げた。セイカは驚き、ツルを手放し、エリザのほうを見る。エリザの足元の先は存在していない。 いつの間にか切り立った崖の先端に抜けてしまったようだ。
『逃げ場は無い様だな・・・?』
ついで森からカイリキーが現れた。カイリキーのほうが移動スピードが遅く、体も大きい分森は進みづらかったが、 結果的にはカイリキーに追い詰められる形になってしまった。
『セイカ・・・下がってて』
『でも・・・!』
『今のセイカは、逃げることを考えて・・・私は・・・大丈夫、何とかするから』
エリザはそういうと、ツルを構える。力になりたい。足手まといにはなりたくない。しかし、今の自分には何も出来ない。ただ、 エリザの言葉に従って逃げる姿勢をとるしかなかった。
『健気だな・・・仲間を逃がすために自らが犠牲になるとは』
『誰が犠牲だって?私がやられるって決まっちゃいないでしょ!』
そう言ってエリザはツルを鳴らし、頭の葉を回転させて鋭い葉を体から生じさせ高速でカイリキーに向けて飛ばす。 カイリキーはその葉を難なく打ち落とすが、その隙にエリザは身の小ささを活かしカイリキーの懐に入り込み、 ツルを鞭の様に振るいカイリキーに叩きつける。
『やるな・・・だが!』
カイリキーはその巨大な体躯には似つかない素早い動きを見せ、四本有る腕を器用に使いエリザのツルを掴んだ。
『く・・・!』
『可哀想だが・・・お前を野放しにしてはあいつを捕まえるのに支障をきたしそうだ・・・』
カイリキーは暴れるエリザをものともせず、崖の端まで彼女を持ち上げて歩み出る。
『は、放してよ!』
『すぐ下に大きな木があるな・・・どうやら大怪我はしなくて済みそうだな?』
『ちょっ、えぇ!?』
『望みどおり放してやるよ!』
そういってカイリキーは崖の上からエリザを突き放した。エリザはとっさにツルを伸ばし崖を掴もうとしたが。
(ッ!?届かない・・・!)
彼女のツルは僅かに崖をかすったが掴みそこね、彼女の体は重力という絶対的な力によって加速度運動する。
『エリザァァーー!』
その時セイカの声が響いた。やはり、 折角出遭えた唯一のポケモンの友を置いて自分一人で逃げるわけには行かず引き返してきた彼女だったが、 その目に飛び込んできた光景はチコリータが宙に放り出される姿だった。エリザが今そこにいるのは自分をかばったからだ。今、 自分の目の前でまた大切な存在が危険に瀕している。また守れないのか。自分はまた、大切な存在を何も出来ずに目の前で失うのか。
(私は・・・私は・・・!)
自分には何も出来ない?違う、出来るとか出来ないとかじゃない。やらなきゃいけないんだ。セイカは、 無我夢中で走り出し自分も崖から飛び降りた。
『しまった!』
カイリキーが気付いた時には彼女の体は宙を舞っていた。
『エリザァ!』
『セイカ!?』
エリザは、自分を追って加速するセイカに気付いた。エリザはその目を疑った。セイカが自分を追って崖に飛び込んだことではない。 太陽の照り返しで分かりづらかったが、セイカの体が薄く青い光をまとっていたいるように見えたのだ。
『ツルを、ツルを伸ばして!』
『え・・・うん!』
エリザはそう言われて再びツルを伸ばす。エリザに追いついたセイカはそのツルを掴んだ。その瞬間に感じるエリザの重さ。 物理的に加速度を帯びた重さもそうだが、それ以上に彼女の命の重さも同時に掴んだような感じだった。しかし、 このまま落ちては2匹とも大怪我をしてしまう。
『・・・ダメ・・・!』
『ダメじゃない・・・今こそ、飛びたいって強く思って!』
『でも・・・!』
『自分を信じて!今はセイカが・・・希望の光なんだから!』
『・・・私が・・・!』
セイカはエリザの言葉を心に刻む。自分を信じる。自分はエリザを守れる。自分は・・・。
(私は・・・飛べる!)
セイカがそう思った瞬間、彼女の体はいっそう光を放ち、ふっと、重力の束縛から解放された感じがした。
『セイカ・・・飛んでる!飛べてるよ!』
エリザに言われてセイカは落ち着いて周りの景色を見る。さっきまで急速に動き、捉えることも困難だった世界が、 ゆっくりと自分の周りにたたずんでいる。眼下には広大な森が広がり、頭上には澄んだ青い空。 彼女の体が今感じている感触は手に握っているエリザのツルだけである。
『本当に・・・飛べたんだ・・・』
まるで、今までいた世界とはまるで違う世界のように見える。ずっと、暗い穴の中で鎖に繋がれていた、 その鎖を断ち切り初めて外の光を浴びたような、新鮮な感覚。そしてセイカは自分の力でエリザと自分を守れたことに、 心が満たされていく感覚を覚えた。しかし、同時に彼女の心を覆うものもあった。
(本当に・・・ポケモンなんだ・・・私・・・)
ポケモンとして中に浮く力を操ることが出来るということは、 セイカが見た目だけでなくそのポケモンとしての能力も持ち合わせているということに他ならない。 セイカは自分が人間だったことが否定されてしまったような感じがして、不安をかんじずにはいられなかった。
『セイカ・・・泣いてるの・・・?』
『え?』
セイカがエリザの言葉にふと我に返ると、目の前がかすんで見えないことに気付いた。慌ててツルを持っていないほうの手で目を押さえる。
『やだ・・・私・・・また・・・』
抑えても抑えても止まらない涙。ポケモンの友達であるエリザと出会えて、空を飛ぶ力を得て、孤独感も無力感も無くなったはずなのに、 心のそこからあふれ出る不安感がどうしても拭えなかった。
『セイカ・・・』
『・・・?』
『・・・ありがとう、助かったよ』
エリザは、セイカにつかまれたまま宙吊りの状態だったが、何とか顔をセイカの方に向けて優しく微笑んだ。その笑顔を見ると、 何だか心の中の不安感も一気に吹き飛んでいく気がした。
『ううん・・・私こそ、ありがとう』
『え?』
『エリザがいなかったら私・・・どうなっていたか分からない・・・こうして自分の力に気付けたのもエリザのお陰だし』
『・・・何か、ドジったのにお礼言われるって変な感じだけど・・・よかった。まだまだ元気そうで』
エリザの笑顔に、セイカは涙を吹き払い笑顔で答えた。森を駆け抜ける光は静かに、力強く、少しずつ新たな道を歩み始めた。
μの軌跡・逆襲編 第3話「希望の光」 完
第4話「深緑の賢者」 に続く
本当はジュテイと出遭うエピソードが先立ったのですが、ストーリ構成を考えこちらを先にもって来ました。深緑の賢者(仮)は第4話で。。。
でも力に溺れてしまったら人ではないですよね。かと言って、力が無ければ守りたい物は守れない。
彼女には某転生のように真ん中を歩いていってほしい物です。
大切なものを守るために自ら望んで得た力ですが、力を得たことによる不安はやはり避けられないですね。これから彼女は深くはまりすぎず、上手くミュウの力を使いこなして欲しいですね。