2005年10月10日

μの軌跡・幻編 第2話

μの軌跡・幻編 第2話「出遭う心・誓う決意」

【含TF(人間→ポケモン)】

命はあっけないものだって知っている。死にたいと願えばすぐに死ねるけど、どんなに生きたいと強く願っても、 生きることが難しい時だってある。でも、だからこそ。だからこそ私は生き抜いてやるって決めたんだ。この脆い命の強さを試すため、 証明するため、自分に命は本当はあっけなくなんかないんだと言い聞かせるために。それなのに。深い海に放り出され、 怪我で身動きが取れない状態。生きたいと、強く願っても自分ではどうしようも出来ない。ただただ、無力を味わわされる。結局、 自分の命もこんなにあっけないのかと。自分の命を守ることさえ出来ないのかと。タツキは冷たく静かな海の中で覚悟を決めていた。

 

その時。

 

『君は・・・死なない・・・死なせない・・・』

 

海の中のはずなのに響いたその声。タツキは、不思議とそれに安堵感を感じ、まだ自分は生きれるのだと、 本当に不思議だけど確信して意識を手放した。最後に見たのは白いポケモンの姿だった。

 

 

 

そして、タツキはゆっくりと目を覚ます。そこは静寂に包まれた小さな小部屋だった。しかし、船の中じゃないようだ。 それに様々な薬品の匂いが漂っている。病院だろうか?だとすれば自分は助かったということか?しかし、 病院なら自分のような患者はベッドに寝かせるはずなのに、何故か彼女は床の上に、冷たく痛くないようにだろうか、 柔らかなタオルが何枚も重ねられてその上に寝かされていた。

 

(ここは・・・どこ?天国とかじゃ・・・ないみたいだし・・・)

 

タツキはあたりを見渡す。しかし、体中が痛く、そのせいなのか自由が利かない。手足を動かすことも出来ないのだ。

 

(ていうか、生きているのが不思議なくらいか・・・)

 

考えてみれば、アレだけ身体的にも精神的にもダメージを受けていたのだ。 普通に考えたらまず間違いなく命を落としていた状況でありながらまだ生きているのは、素直に喜ぶべきことだろう。 自分の命が脆くないことを証明することにもなる。

 

その時、部屋のドアが開いた。そこから白衣を着た男が入ってきた。やはり医者だろうか。 男はタツキのほうを見るとにっこり微笑み語りかけてきた。

 

「よかった、気が付いたんだね」

 

タツキは、礼と挨拶をしようとしたが言葉が上手く出てこない。肺か、喉もやられているのだろうか。 どうやっても言葉を搾り出すことが出来ない。

 

「無理しなくていいよ、アレだけの大怪我だったんだ」

 

力んでいる様子のタツキを見てその男は優しく語りかけた。

 

「本当だったらベッドで安静にしなきゃいけないんだけど、君のサイズに合うベッドが無くて・・・ もっと大手の総合病院かポケモンセンターになら有るんだけど・・・」

 

男はそういいながら注射の準備をした。しかし、自分に合うベッドのサイズとはどういう意味だろうか。タツキは身長が155cmと、 中2の少女としては極普通の身長であり、まして太ってなどいない。普通のベッドがあれば十分寝ることは出来るはずだ。事実、 目の前には普通のベッドが置いてある。

 

(あれで十分寝れると思うんだけど・・・?)

 

タツキはそのことを訴えようとしたが、やはり上手く声が出ない。その時、 その小さな部屋でタツキが寝ている位置とは丁度真逆のところにある窓から、一匹のポケモンが顔をのぞかせた。

 

(あれは・・・ピカチュウ?)

 

そのピカチュウは窓が開いていることを確認し、外側からよじ登り窓を越え部屋の中に入ってきた。 そして寝ているタツキに声をかけてきた。

 

『あ!目が覚めたんだ!』

 

・・・て、ピカチュウ今喋った?タツキは目を丸くしてピカチュウを見つめる。

 

「あ、コラダメじゃないか・・・勝手に入ってきて」

『お見舞いだよ、やっぱり気になるじゃないか』

「いたずらに来たのか?今から注射するんだからどいてくれないと」

『いや、お見舞いだって!チョット挨拶するだけだから』

「ほら、注射が君の方に刺さっちゃうよ?」

 

医者の男とピカチュウが言い合いをしているが、会話が噛合っていない。男にはピカチュウの言葉が通じていないようだ。・・・ じゃあ理解できている自分は何なのか。自ずと一つの仮説が出てくる。・・・いやいや、まさかそんなはずは。 タツキはその考えを浮かんでは消し、浮かんでは消しを繰り返していた。

 

「ほらほら、さしちゃうぞ?」

『オイィ!?目的変わってんじゃんか!』

 

そんなこと考えている間にも1人と1匹の不毛なやり取りは終わらない。ていうかふざけているのか? 医者が注射器もってポケモンからかうって何だそれ?あれ?コントか、これ?ていうか、こんなところで私は何やってるんだ?そう思うと、 タツキは何だか内側から沸々と何かが湧き上がってきた。怒りとも呆れとも言える感覚。場を収集させる、会話術。

 

ツッコミたい。

 

しかし、言葉が出せない。まるで言葉の出し方が分からなくなってしまったかのようだ。そんなはずは無い。言葉を忘れるはずが無い。 というか、ここでツッコまないと、収拾つかない。・・・あれ、何考えているんだ私?ここでツッコむツッコまないとかじゃなくて、 話せなかったら困るからじゃないのか?タツキの頭は(無駄に)混乱してきた。しかし兎に角止めないと話が進まない。タツキは大きく息を吸い、 全身のありったけの力と神経を使いその息を大きく吐き出し喉で音を鳴らす。

 

『いい加減にしてー!!』

「リュ、リュー!!」

 

小さな部屋に響き渡った大きな鳴き声。医者とピカチュウは思わず驚いてタツキのほうを見る。しかし一番驚いていたのは、 タツキ本人だった。

 

(・・・嘘・・・今の・・・私の声!?)

 

それはどう聞いても人間の声ではなかった。それはまるでポケモンの鳴き声だった。まさかと思い何度か声を出そうと試みる。

 

「リュ・・・リュ?リュ・・・リュー・・・リュ・・・」

 

いくら声を出そうとしても喉から出てくる音はポケモンの鳴き声でしかなかった。 同じ言葉を何度も繰り返すその光景は傍から見れば滑稽なものだった。その様子を見たピカチュウが異様に思ったのか、話しかけてくる。

 

『・・・なにやってるの・・・?さっきから』

 

(・・・やっぱりこのピカチュウの言葉が理解できる・・・)

 

語りかけてきたピカチュウの声は、間違いなくピカチュウの鳴き声として聞こえてはいるのだ。しかしその鳴き声がタツキの脳で変換され、 言葉として意味を持つのだ。しかし逆に言えば、自分がポケモンの鳴き声しか出せないのであれば、ピカチュウに自分の言葉が伝わるはず。 タツキは思い切って、人の言葉で語りかけるように、ピカチュウに話しかけた。

 

『ねぇ・・・私のいっている言葉がわかる?』

『は・・・?そりゃあ・・・まぁ』

 

ピカチュウは、何当たり前のことを聞いて来るんだ、というような呆れ顔でタツキを見てくる。・・・視線が痛い。しかし、 めげずに質問を続ける。

 

『どこかに鏡とか・・・あるかなぁ?自分の姿を見たいから・・・大き目のやつ』

『大き目の鏡・・・?そこの壁に・・・あ、でもその位置から動けないなら箱が邪魔で見えないよね・・・。待ってて、どかすから』

 

そういってピカチュウは体の何倍もある段ボール箱を移動させ始める。

 

「ん?この箱をどかしたいのかい?」

 

その姿を見て医者も手伝う・・・というか、人間にとって見れば何のことは無い動作だ。あっという間に箱は移され、 そこに備え付けの鏡が現れる。そこに、ごくごく当たり前に考えれば、本来は長い黒髪の少女が映るはずだった。しかし、 そこに映し出されたのは人間ではなくポケモンの姿だった。

 

(これが・・・今の私の・・・姿・・・)

 

タツキは鏡の中のポケモンと目が合う・・・いや、鏡に映った自分の顔を見ようとしただけなのだ。そのポケモンがタツキを見返してくる。 タツキが体を揺らしたり首を傾けると、鏡に映るポケモンはタツキと同じ動きをとる。そのことは紛れも無い事実を告げる。 今そこに映っているポケモンが自分の姿なのだと。鏡の中のタツキの顔は、人間の頃とは大きく異なっていた。 全体的に水色のつややかな皮膚で覆われて丸みを帯びており、鼻先から口元までが長く突出して、瞳は大きく黒く輝いていた。 額からは白く小さい、それでいて鋭い角が生えている。そして顔の横には耳の代わりに小さな羽根が生えていた。 首から下も水色の皮膚で覆われていたが、首元から腹部を通るラインだけ白い皮膚が覆っており、 首元には水晶のようなものが窓からの太陽の光や鏡に反射した光を受けて、美しく、静かに輝く。そして胴体までは細く長くなっており、 手足は存在しない。道理でいくら手足を動かそうとしても動かないわけである。存在しないものを操れはしないから。 細長い胴体は次第に細くなっていき、丁度尻尾と呼べる部分には首元についていたものと同じ水晶が輝いていた。そのポケモンには見覚えがある。 ドラゴンポケモンのハクリューそのものだった。

 

『・・・やっぱり・・・ポケモンになっちゃったんだ・・・』

『なっちゃった・・・ってまるで、元はポケモンじゃなかった、見たいな言い方するね?』

 

横にいたピカチュウが不思議そうな顔で見つめてくる。

 

『・・・そりゃあ、私は人間だし』

『・・・ポケモンの姿なのに?』

『だから、人間の私がポケモンの姿になっちゃったんだって』

『何で?』

『何でって・・・それが分かれば落ち込んだりしないでしょ?』

 

たしかに、人間がポケモンになってしまう。どう考えてもありえない話だ。確かに目が覚める前、 船から落ちる直前までは人間だったはずだった。そして海面に投げ出されてから、 ここで目覚めるまでの間にポケモンになってしまったことになる。

 

(・・・あるいは・・・あの状況で・・・生きるためだったのかな・・・?)

 

そう、あのままなら間違いなく自分の命は無かった。それが、例えどんな姿になったとしてもまだ生きている。 それだけでもタツキは運命に感謝した。

 

『・・・考え込んでも仕方が無いか』

『・・・何だか・・・よく分からないけど、とりあえず気が付いてよかったよ』

 

ピカチュウは、さっきまでの表情とは一転して優しく笑いかけてきた。

 

『ありがとう・・・そうだ、自己紹介しなきゃね?』

『自己紹介?』

『そ、私はタツキ。人間・・・まぁ、元人間で、今はハクリューみたいだけど・・・よろしくね』

『・・・全然自己を紹介し切れていないんだけど・・・』

『何か言った?』

 

ハクリューは笑顔で、しかしその細めた目が笑っていない。

 

『・・・いや・・・別に・・・こちらこそ・・・宜しく・・・』

 

ピカチュウは瞳をそらしながら小さく挨拶をした。

 

『で、貴方の名前は?』

 

タツキは表情を戻しピカチュウに問いかける。しかしその瞬間、ピカチュウの表情が曇る。何か言いづらそうに見えた。

 

『・・・どうかした?』

『・・・無いんだ』

『え?』

『名前が無いんだ、僕には』

『それって・・・』

『名前だけじゃない、記憶が、ある時期からの過去が無いんだ。気が付いたらここにいて、皆と仲良くしていたけど、 でも僕にはそれ以前僕が誰だったのかという記憶が無いんだ』

『・・・』

『でも別に・・・みんなは・・・ピカチュウとか、ピカとか呼ぶから・・・別に不便じゃないから・・・タツキ・・・だっけ?君も僕は・・ ・』

『・・・リヒト』

『え?』

『リヒト・・・って呼んでいい?』

 

ピカチュウは突然の申し出に困惑の表情を浮かべる。それを見ていたハクリューはくすっと笑いながらピカチュウを見つめていた。

 

『ごめんごめん・・・そこまで悩まなくていいよ。なんとなく、そう呼んでみたくなっただけだから。 それに聞いちゃいけないこと聞いちゃったみたいで』

『大丈夫、別に気にしてはいないから』

『じゃあ、私も君のことは・・・』

『いいよ、リヒトって呼んで』

『え、本当?』

『・・・名前が無いのは・・・不便じゃないけど・・・でも、無いよりはあったほうがいいし』

『じゃあリヒト、改めてこれからもよろしくね?』

『うん、こちらこそ』

 

「お楽しみのところ悪いんだけどさ・・・?そろそろ注射打たせてもらってもいいかな、ハクリュー?」

 

2匹が微笑みあっているところに医者の男が割って入ってきた。医者は2匹の会話に割り込めずにいたが、 ハクリューの身を医者として考えていい加減薬の投与が時間の限界と思い割り込んできた。ピカチュウ・・・リヒトは、 すっとその場をよけて医者に場所を譲った。そして医者は手に持っていた注射器をハクリューに射した。ハクリューは一瞬痛がったが、 落ち着いてその痛みを受けた。タツキは改めて全身の感覚を確かめる。やはり全身に痛みがある。今、ポケモンの姿になった自分は、 とりあえずこの医者を信じて安静にするしかなさそうだ。タツキが心配そうな表情をしているのに気付いたのか、リヒトが語りかけてくる。

 

『大丈夫、ドクは信じていいよ。腕のいいポケモンドクターなんだ』

『わかったよ。ありがとう』

 

再びハクリューはピカチュウに向かって笑顔を見せた。あまりに突然のことが続きすぎて、まだまだ混乱はあるけれど、 とりあえず自分は生きている。タツキは、自分の命の重さを改めて感じながら、鏡に映る自分の姿を見つめた。

 

(折角生きながらえたんだ・・・これからも・・・生きていくよ・・・皆・・・見守っていてくれるよね・・・?)

 

たとえこんな姿でも、きっと家族は天国から見守っていてくれるはず。タツキは、鏡に映ったハクリューに向かって、 強く生きていくことを改めて誓った。ハクリューは優しく微笑んだ。

 

 

μの軌跡・幻編 第2話「出遭う心・誓う決意」 完

第3話「生まれた絆・ 新たな居場所」に続く

posted by 宮尾 at 00:44| Comment(5) | μの軌跡(ポケモン・→) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
幻編第2話です。幻編は無駄なギャグを織り交ぜてストーリー水増ししながら、シリアスパートとのギャップを楽しめる作品にしたいと思っているのですが・・・小説で面白い文章にするって難しいです。。。
今後の都合ではシリアス一本になっていく恐れもあり、手探りでの制作ですが宜しく御願いします。。。汗
Posted by 宮尾@あとがき at 2005年10月10日 00:53
 命の儚さ、重さを知るタツキだからこそ、ポケモンになった自分の運命を感謝で受け止める。
そうか、そういう受け入れ方もあったか…高度だ…。

 それにしても、ハクリュウって手足ないは、飛ばないといけないはとかなり大変そう…。
かなり高度な技術が要求されそう。。。

 1つの事件から始まった2つの物語・・・、はたしてこの後どうなるのか。期待値大です。
Posted by 都立会 at 2005年10月11日 23:30
都立会様、お読みいただき有難う御座います。
セイカとタツキは同じような流れで似た運命をたどっていきますが、その時のお互いのリアクションの違いなどを書き分けていく予定です。現時点では、事件前に悲劇を経験しているタツキのほうが一回り大人びて落ち着いている感じです。これからの2人の成長を上手く描ければと思っています。
Posted by 宮尾@レス at 2005年10月12日 02:11
 主人公が楽観的に考えるか、それとも悲観的に考えるか。それだけで世界観が変わってくるなんて思いもよらなかったです。勉強になります。
 こちらは主にコメディタッチ(!?)のシリアス作品になっていくみたいですね。
 リヒト(ピカ)の過去も気になります。
次回の作品も期待して待ってますね。
では失礼しました。
Posted by 乱入人 at 2005年10月12日 13:24
乱入人様、お読みいただき有難う御座います。
2本に分けて、主人公が折角2人のだから、2人にはそれぞれ違うものを感じて欲しいと思い、それぞれの根本的な性格を変えてみました。
ストーリーとしてリヒトの存在はタツキにとって大きな意味を持つことに今後なっていくと思います。彼が記憶を持たない理由が、どういうことなのか。それが明かされるのはまだまだ先話となりそうです。
Posted by 宮尾@レス at 2005年10月13日 00:43
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