μの軌跡・逆襲編 第2話「始まりの森」
【含TF(人間→ポケモン)】
それは遠い昔の記憶かもしれない。それが本当に自分の記憶かどうかさえ分からない。 自分の記憶じゃないものを自分が何故持っているかという矛盾を指摘するような、そういう次元の話じゃない。空を駆け抜け、時と戯れ、 星と語り合ったあの頃の記憶。自分は自分であり、自分でない・・・それがどういうことかさえ今の彼女はどうでもよかった。 ただその記憶が紡ぐ心地よい夢の中にいると、何か悲しみまでも、すぅっと消えていくような感じがしていた。それは夢。ただの夢・・・。
どこからか鳥ポケモンの鳴き声が優しい風に乗って運ばれてくる。セイカは、その涼しい風と、 頬に落ちてきた水滴に気付き意識を取り戻す。
(ここは・・・?)
セイカはゆっくりと目を開ける。
(あぁ、そういえば私は船に乗っておばあちゃんちに行く途中で・・・船の・・・中で・・・)
まだ眠気が残る頭で記憶をたどる。しかし、たどっている記憶と、現在の景色が一致しない。
(・・・あれ・・・?)
まだ寝ぼけているのだろうか。目の前には雨で緩くぬかるんだ土の地面が広がっている。 自分はその中で草が生えているところに横たわっているのだ。
(船の中じゃ・・・ない・・・?)
セイカはもう一度自分の頭の中を整理する。たしか、あの時客室にいて、おやつを買いに部屋を出て売店に向かっている途中、 急に揺れが襲ってきて、そして・・・。
(・・・そうだ・・・!!ポケモンが襲ってきたんだ・・・!)
次第に記憶が呼び起こされてくる。辺りを包む炎、悲鳴、何かが焦げる匂い。そして・・・そして、その後。
(・・・母さん・・・?)
セイカは、そこまで記憶をたどったことを後悔した。・・・いずれ、向き合わなければならない現実ではあるが、しかし、 今自分の身がどうなっているかを確認する前にそのことを思い出してしまったことを後悔した。しかし切り替えも早い。
(母さんを・・・助けなきゃ!)
そう思って、体を起こして立ち上がり周りを見る。そこは、一面森だった。木々が生い茂り、 地面はぬかるんだ土にところどころまだらに草が生えている。どう見ても、船の中ではなかった。
(ここは一体・・・?)
セイカは自分の記憶と置かれた状況との不一致に頭が混乱し始めた。状況だけではない。まだ頭がぼやけていてよく把握できていないが、 絶対的に何か普段とは決定的な違和感があるのだ。それが何なのかが、分からない。その時セイカの背後にあった草むらから物音が聞こえた。 セイカは驚いて後ろを振り向く。そこに現れたのは1匹のポケモンだった。そのポケモンを見た時に、 セイカは自分の感じていた違和感にようやく気が付いた。
(チコリータ・・・大きい!?)
セイカの身長は145cmぐらいのはずだ。しかし目の前に現れたチコリータと彼女の目線の高さが大して変わらないのだ。 だとすると頭頂部の葉っぱの部分まで含めたら2~3mの巨大なチコリータということになる。いや、チコリータだけじゃない。周りの景色、 草や木や花、あらゆるものが巨大であり、それが違和感の原因だった。まるで自分が縮んでしまったかのような状況なのだ。 あまりに特異な状況に混乱するセイカにさらに追い討ちをかける。
『よかった!気が付いたんだ!』
・・・ヨカッタ?・・・キガツイタンダ?
目の前にいるチコリータから聞こえてきたのは、間違いなく人間の言葉だった。・・・いや、正確に言えば、 それはチコリータの鳴き声として彼女の耳には聞こえていた。しかし、自分はそれを言葉として認識できている。ますます訳が分からなくなった。
『もう随分動かないから大丈夫かなって心配してたんだよ!』
『ちょ、チョット待って!』
セイカは迫ってくるチコリータに驚いて思わず声を上げた。しかしその声は自分が知っている、普段聞いている自分の声ではなった。
「ミュ、ミュー!」
それは輝くように綺麗な、ポケモンの鳴き声だった。
『え!?』
「ミュ!?」
セイカは自分の声に驚きを隠せなかった。どれだけ言葉を喋ろうとしても、言葉が出てこずに聞こえてくるのはポケモンの鳴き声だけ。 それもやはり、一度はポケモンの声として聞こえてきて、頭の中で自然と人間の言葉に直されて、自分がなんと言っているのかは分かるが、 人間の言葉を喋れていないことには違いない。まさか、そんなはずは・・・。彼女の心は驚きから次第に焦りへと変化していく。
『どうして!?どうして喋ることが出来ないの!?』
『何言ってるの?さっきから普通に喋れてるよ?』
チコリータは不思議そうな顔でこっちを見ている。
『貴方には・・・私の言葉が分かるの?』
『・・・?ポケモン同士なんだから話せて当然でしょ』
・・・ポケモン同士。セイカはその言葉を聴いた瞬間全ての時が止まってしまったような、 何か高いところから足元が一気に崩れ落ちていくような感じがした。自分がポケモン。この状況からすれば当然、そういう結論になるが、 しかしどうも信じられない。信じたくなかった。だって、自分は人間のはずだ。ついこの間までは、 少なくてもあの時気を失う直前までは人間だったはずだ。それが今、否定されてしまったのだ。チコリータの言葉で、 と言うこともあるがそれ以上に現在のあらゆる状況は、自分が人間であるとして考えれば異常なことだが、自分がポケモンであるならば、 全て自然で話が通ってしまう。でも。
『私・・・ポケモンじゃない・・・』
『・・・え?』
『私は・・・私は人間なの・・・!』
『でも・・・どう見てもポケモンだよ・・・?』
『・・・人間の姿には見えないの・・・?』
『じゃあ自分で見てみる?自分の姿を』
そういってチコリータは駆け出し、数メートル離れたところで止まるとセイカを呼んだ。
『ほら、こっちにおいで!』
セイカはそこまで歩いていく。そこにあったのは大きな水溜りだった。比較的土質の固いところらしく、 他の場所と比較してぬかるんでおらず、綺麗な水が鏡のように輝いていた。
『ここで自分の姿を見てみなよ?』
チコリータに言われて、セイカは恐る恐る水溜りに近づく。近くまで来た時、セイカは一度目を閉じた。目を開けたとき、 そこにいるのが普段どおりの自分の姿であるという、淡い願いを抱いて。そしてゆっくりと目を開けていく。 そして水溜りに移った自分の姿を認識して、願いは、やはりもろくも崩れた。
そこに映っていたのは小さな生物。全身が薄桃色の短く柔らかな毛で覆われ、手は人間の形状に近いものの、指は短く3本しかなく、 腕も人間のバランスと比較するとかなり短くなっている。一方足はかかとからつま先までが長く、人間よりも動物の後足の形状に近かった。 顔は人間だった頃のセイカの面影は無かった。鼻先は前に、両耳は上に向かって尖っており、栗色だった大きな瞳は、 今は水溜りに映った空の青さを反射していっそう青く輝いている。その姿の後ろから身長よりも長い細長い尻尾がゆっくりと左右に揺れている。 それは紛れもなくポケモンの姿だった。自分が体を動かすと、そのポケモンも全く同じように動く。 セイカはいま水面に映っている姿が今の自分の姿であるということを嫌でも認めなければならなかった。
『・・・本当に・・・ポケモンになっちゃったんだ・・・』
それは揺るぎの無い事実。或いはこれが夢であることも願ったが、いくら頑張っても目が覚めない。つまり、これは現実なのだ。 ありえないことだが、人間の自分がポケモンになってしまったのだ。自分が人間じゃない。そう思うと、急に怖くて、寂しくて、 自分の感情をどう処理したらいいか分からなくなってしまい目から涙がこぼれ始めた。
『ちょ、ちょっと!?どうしたの、大丈夫!?』
チコリータは突然のことに驚き、心配そうにセイカを見つめる。
『・・・げんなの・・・!』
『え?』
『私・・・本当に人間・・・だったの・・・!』
『・・・』
『きゅ・・・急に・・・ポケモンになって・・・私・・・どうすれば・・・』
『・・・そうだね・・・』
泣きやまないセイカをじっと見つめてチコリータは考え込み始める。やがて一つ提案を出す。
『人間だったって言うのは・・・にわかに信じられないけど・・・』
『・・・』
『もし本当だったら、ポケモンの姿での生き方なんて分からないよ・・・ね?』
セイカは静かに頷く。
『とりあえずは、さ。泣いてたって始まらないし・・・この森でしばらく過ごしてみない?』
『え・・・?』
『この森は凶暴な野生のポケモンて殆どいないし、ポケモンを捕まえようとするトレーナーも来ないし、割と過ごしやすいんだよ』
『・・・』
『それに・・・ここの森の長・・・ジュテイだったら、何か君の力になれるかもしれない』
『ジュテイ・・・?』
『ま・・・伝説に出てきそうな凄そうな名前だけど心配しないで。ただの物知りなフシギバナだから』
『そう・・・なの?』
『そうそう。でも、物知りって言うのはポイントだよ?もしかすると人間がポケモンになることや、君みたいに珍しいポケモンのことも、 多分知ってると思うし』
『珍しい・・・』
言われて見れば、自分が何と言うポケモンなのかが分からない。少なくても、 自分がなってしまったそのポケモンの姿をセイカは今まで見たことは無かった。それに自分が何をしたらいいのか、どう生きていけばいいのか、 何者なのかさえ分からない以上、何かに頼って生きていくしかない。
『・・・そのジュテイさん・・・に会わせてもらえますか・・・?』
『いいよ、そのつもりだったし』
『ありがとうございます・・・!』
『あ、それと。』
『・・・?』
『さっきまで使ってなかったんだから、急に敬語とか使わなくていいよ』
『あ、その・・・』
『いいっていいって!堅苦しいのは無しでいこ?折角出会えた友達なんだし』
『・・・うん』
セイカは小さく頷く。友達。まさかポケモンの姿になってポケモンの友達を持つなんて考えてもいなかったけど、 ポケモンになって右も左も分からないセイカには、このチコリータの存在は大きかった。
『ところでまだ聞いてなかったけど名前は?』
『え?』
『君の名前だよ。なんていう名前なの』
『・・・セイカ・・・』
『セイカ・・・素敵な名前だね!私はエリザ、チコリータのエリザって言うんだ!』
『わかった・・・エリザ、コレから宜しくね』
『こちらこそ!』
チコリータのエリザは自分の右前足をすっと上げた。セイカも自分の右手を出し、握手を交わした。 お互い新たな友が出来たことを喜び微笑みあった。
『じゃ、挨拶もコレぐらいにして、行くとしますか!』
『行くって・・・どこへ?』
『決まってるでしょ?早速ジュテイに会いに行くの!』
そういうとチコリータはまた駆け出した。
『ほら、こっちこっち!』
『ま、待ってよ〜!』
深い森の中にチコリータと、珍しい薄桃色のポケモンの声が響き渡る。昨日の暴雨が嘘のように、空は晴れ渡り森をやさしく照らしていた。
μの軌跡 第2話「始まりの森」 完
第3話「希望の光」 に続く
いやーミュウ(って言っちゃってるし。爆汗)の姿書きづらかったです。意外と特徴って少ないですね。。。
どちらの作品もいつも楽しみにしております。感想は書き込まないが見ているだけの人がかなり居らっしゃるみたいですし…。
心理描写はやはり、主人公がどう考えて何をしたいのか分かりやすくしたいので特に丁寧に描写するよう心がけているのですが、どうしても長くなりすぎてしまいそうなので、いつもバランスに気をつけて書いています。
まだまだ序盤ですが、皆様に楽しんでいただけるような小説が書けるように努力して行きたいと思います。
★宮尾レス
長々とコメント有難う御座います。
これから頑張って書いていきたいと思います。
しかしTOKAIネットワーククラブ利用者からの書き込みが多いですね。静岡県はそんなにポケモン好きが多いのでしょうか?偶然とは思えませんが。