2005年10月04日

μの軌跡・幻編 第1話

μの軌跡・幻編 第1話「願う心・救う影」

【含TF(人間→ポケモン)】

※ただしTFの直接描写はなし

人の命があっけないものだと知ったのは、つい最近のことだった。タツキの母親と1つ年下の弟は2ヶ月前、交通事故で突然他界し、 そのことで気を違えた父親はタツキを残し自ら命を絶った。しかし幸か不幸か、それらの場面を彼女は一度も目撃していなかった。 どちらも普段どおり授業を受けていたら、事務の先生が教室に入ってきて、そのことが告げられた。葬祭に参列して、家族の写真を見ても、 悲しみと言う感情が湧いてこなかった。喜怒哀楽という言葉をどこかに置き忘れてしまったような感じだった。ただただ、呆然とし、 自分ひとりしかいないだけのただの箱になった家は、今の彼女にはどうにも広すぎた。 割と自立した少女だったタツキにとって生活は意外と今までと代わりが無くスムーズに移行できた。しかし、 一人で出来てしまっている自分が妙に孤独で、かわいそうだった。自分自身を悲観して、というよりは自分を第三者から見たとして、 そう見えるのではないかと考えていた。いつの間にか自分自身のことも冷めた目で見ることが出来ている自分もまたいやだった。 そんな自分と決別したいと思っていたときにその話は舞い込んできた。

 

「タツキちゃんがいいと思うんだったらで構わないのだけれどね」

 

電話の相手は父の姉、叔母である。自らを殺めるという弟の行為によって孤独のみとなった彼の娘を案じて、 自分が引き取りたいと申し出てきたのであった。タツキはこれを快諾した。

 

「私も、ユキ姉さんのところで暮らせるなら喜んでお受けします」

 

タツキは、悲しみとか、喜びとか、感情を出さずにただ淡々と答えた。それが叔母にとって返って胸が苦しくなった。 あれだけ感情豊かだった少女が、家族の喪失でこうまでなってしまうものなのかと。叔母も彼女への償いとか哀れみとかではなく、 ただ彼女を救いたいと願うようになっていた。

 

こうして叔母の実家のあるオワリへと向かうことになったタツキは今、一人でフェリーの中にいる。家族の思い出が詰まっているとはいえ、 住むのさえ息苦しくなったあの家はキッパリと決別するために、叔母夫婦に頼んで売りに出してもらうことにした。売れば少しでも金になり、 叔母夫婦にかける面倒も少なくなるだろうと考えてのことだった。頼るべきは頼るし自分ですべきは自分でなす。そう生きていこうと決めた。

 

「・・・凄く現実的で・・・嫌な中2だよね?私って・・・」

 

家族の写真に向かって、小さく呟いてみる。返事は当然返ってこないが、きっと家族だったら、母は笑いながら冗談で返してくれて、 父は向きになって叱ってくれて、弟は冷めた目で同意してきたのだろうな、などと考えていた。冷静に、 悲しみも無く家族を回想できる冷めた自分が、嫌いだった。そんな自分に、思わず苦笑いしてしまう。

 

(考えるのやめよ・・・自己嫌悪が止まんなくなっちゃうよ・・・気分転換にジュースでも買ってくるか)

 

そう思い立ったタツキは部屋から出て自動販売機のあるフロアに向かった。その時丁度曲がり角で、 走ってきていた少女とぶつかってしまい、お互い倒れてしまう。

 

「ご、ごめんなさい!急いでいてよく見てなくて!」

 

タツキは自分にぶつかってきた少女を見た。自分と歳は同じぐらいだろうか、 鮮やかな栗色の髪を肩にかからない程度のショートでまとめており、その髪の色をさらに鮮やかで美しくしたような瞳がタツキを見つめていた。

 

「あぁ、大丈夫だよ。こっちも見ていなかったんだし」

 

タツキは長い黒髪を一度ざっとかきあげて、壁に手をかけてゆっくりと立ち上がった。

 

「それより、君の方こそ大丈夫?」

「あ、私は大丈夫です!」

 

お互いに立ち上がったとき、少女の母親らしき人物が少女の名を呼んだ。

 

「セイカ!いつも周りはよく見るようにいっているでしょ!」

「ご、ごめんなさい!」

 

少女は母親の元に駆け寄り、そして一度こちらのほうを見ると深く頭を下げて、振り返り母親の後を追ってその場を去っていった。

 

「母親か・・・」

 

タツキはその親子の姿が見えなくなるまで見届けると、再び自動販売機に向かって歩き始める。・・・事故さえなければ、 きっと自分もああいう普通の親子で今もあり続けたのだろうなと思いつつ。

 

そして自動販売機でジュースを買ったタツキは甲板に出てみた。広い海原と晴れた青空を見つめ、心地よい風に当たっていると、 何も考えなくても気持ちが楽になっていく。何かを考えれば考えるほど冷めた自分に気が付いてしまい、それが嫌だった。 だからめいっぱい風を感じて、今は兎に角何も考えないようにした。

 

(・・・あれ?)

 

その時タツキはふと、空の異変に気付く。遠くの方に無数の黒い点がうごめいているのだ。 始めは虫ポケモンか鳥ポケモンの大移動か何かだろうと思っていた。しかしその点は徐々にこちらに近づいてくると、 特定の種のポケモンと言うわけでなく、様々な種類の飛行ポケモンがこの船に向かってきていたのだった。 そしてそのまま船に降下し暴れ始めたのである!

 

「ちょ・・・え・・・何!?」

 

流石に突然の事態に普段は冷静なタツキも慌ててしまう。途端に人々が騒ぎ出し、甲板にあふれ出す。 スピーカーで船長が何かを叫んでいるようだが、もはやまるで聞こえない。

 

「キャ・・・!?」

 

そして目の前に広がる人とポケモンが入り乱れる異様な光景。攻撃が燃料に引火したのだろうか、 不定期に大きな爆音と黒い煙があたりに立ち込める。もはや周りがどういう状態になっているか分からない中、 タツキは少しでもこの状況から脱しようと人の群れを掻き分けていく。しかしか細い少女の身体は途端に大人たちに押し出されてしまい、 はずみで転倒してしまう。

 

「ウッ・・・」

 

タツキはすぐに身を立て直そうとするが、その時再び爆音が轟く。それもタツキのすぐそばでだった。その爆風で彼女はさらに奥へと、 しかも炎の渦と化した先端へと飛ばされてしまう。人にもみくしゃにされた時と、今吹き飛ばされた時の衝撃で、 彼女は自身の骨が何箇所かやられてしまったことに気付く。さらに全身の打ち身やら切り傷やらの痛みで、もう身体を動かすことはおろか、 呼吸さえ苦しかった。その上周りは火の海。容赦なく弱った少女に熱を与え酸素を奪っていく。

 

(私・・・死ぬの・・・?)

 

身体が限界に達している。絶望的な状況。まだ若い彼女にだって、それがどうしようもない状況だとすぐに悟った。

 

(みんな・・・待っててくれるかな・・・母さん・・・父さん・・・リヒト・・・)

 

心に去来するのは、家族だった。心の中で両親と弟の名を呼ぶ。このままここにいれば、みんなに会える。会えるんだ。 もう一人でいる必要が無いんだ。それなら、それでいいかもしれない。タツキは、ゆっくりと目を閉じようとした。

 

しかしその時また爆風が船上を駆け抜ける。その風が炎をあおり、タツキの身体に迫った。その熱さ・・・ もはや痛みに近いその焼かれる感覚に、タツキは薄れ掛けていた死への恐怖を取り戻す。

 

(・・・そうだ・・・死んだら・・・時が止まってしまう・・・!)

 

しかし、どうにかしたくても体中の痛みでどうすることも出来ない。逃げ出しも出来ない。目の前の惨状をどうすることも出来ない。 自分自身の命さえ満足に守れない。今までずっと一人で生きていけると思っていたのに、なんて、なんて無力なんだ。 タツキは自分の無力さを嘆いた。しかしそれでも、それでも。

 

(私は・・・まだ・・・生きたい・・・生きたいんだ!)

 

彼女がそう強く願った瞬間、にわかに空が曇りだし、やがて頬に何かが当たった感覚を覚える。冷たいそれは、頬をつたっていく。

 

(・・・雨?)

 

やがてその雨は勢いを増して周りの炎をあっという間に消していく。

 

(・・・偶然・・・?・・・兎に角・・・今のうちに・・・どこかに避難して・・・)

 

タツキは、痛みをこらえて必死で地面を這いつくばり、船の先端の手すりにつかまり立ち上がる。このまま少し、 10メートルも歩けば室内に入る階段がある。そこまで歩いていけば、まだ避難している人がいるはずだ。タツキは必死で手すりにつかまり一歩、 また一歩と歩みだす。しかし、痛みで思考の低下し、視線もぼやけていた彼女には、手すりが途中で壊れていることには気付かなかった。

 

「あっ!?」

 

そのまま手をかけようとした瞬間、手は空を切り、バランスを崩した彼女の身体は船からまっ逆さまに急落して、水面に叩きつけられた。

 

「っ!」

 

タツキは声にならない声を上げるが、既に身体は水中深くへの沈下を始めていた。口を大きく開けた際に大量に水を飲み込んでしまう。 再び意識が朦朧としてきた。

 

(・・・ダメだ・・・今度こそ・・・本当にダメかも・・・)

 

水の中は、さっきまでの船上での騒音が嘘のように静まり返り、不思議な安堵感があった。冷たいはずの海の、 その暖かさにタツキは身をゆだねる。そのぬくもりと、僅かに感じていた青い光が自分から発せられていることも気付かずに。

 

(・・・?)

 

その時タツキは何かの影を見つけた。自身よりもかなり大きな影・・・船?違う、船にしては形が奇妙だ。あれは・・・。

 

(・・・ポケモン・・・?)

『大丈夫・・・君は・・・死なない・・・死なせない・・・』

 

タツキは、そのポケモンに話しかけられるような感じがしたが、やがて口から空気が完全に漏れ、ふっと意識を失う。 その大きなポケモンは優しく彼女を抱きかかえると、そのまま暗い海の中を、加速して行った。

 

 

μの軌跡・幻編 第1話「願う心・救う影」 完

第2話「出遭う心・誓う決意」 に続く

posted by 宮尾 at 01:48| Comment(4) | μの軌跡(ポケモン・→) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
μの軌跡・逆襲編の第1話でのカギヤッコ様の書き込みを見て、色々話を思索した後、某チャットで冬風様のご意見などを受けつつ、結果的にその某チャットで公言した2本立てでストーリーを進めていくことにしました。

この「幻編」では、謎のポケモンに助けられた少女、タツキの物語が展開します。

偶然出会った2人の少女、セイカとタツキ。家族を失うという似た境遇を持ち、偶然同じ事件に遭遇し、お互いそれぞれ謎のポケモンとの遭遇を果たす。普通の少女だった2人の運命が大きく動き出します。

この2作の関係は、イメージ的に種とあすとれいとか思って下さい。二部構成は作っていて楽しいけど、ストーリーの同期を考えるのが結構ムズイス。前代未聞の無茶がどうなることか、自分でワクワクしてます。
Posted by 宮尾@あとがき at 2005年10月04日 02:04
同じ事件に巻き込まれる二人の少女が、どのように出会って、どのように物語を紡ぐのかが非常に楽しみです。

無茶>世界観と言う土台を固め、シナリオをまとめきれれば、絶対に面白い物になりますよ。期待してます、頑張ってくださいね。
Posted by 乱入人 at 2005年10月04日 10:21
乱入人様、お読みいただき有難う御座います。
>世界観と言う土台を固め、シナリオをまとめきれれば
そうですね、世界観は大分まとめることが出来たんですが、シナリオの流れを上手く2本お互いにリンクしあえるようにするのが難しいです。2人が活躍できるよう頑張っていきたいと思います。
Posted by 宮尾@レス at 2005年10月05日 23:01
はじめて読んで最初からたのしいです。2人が展開していく勇気友情の物語、まさにポケモン版ブレイブストーリー、ポケモンになってしまった2匹はどこかであうのだろうか。

★宮尾レス
myuu様コメント有難う御座います。
ブレイブストーリーに例えていただくとは恐縮ですw
2人の冒険は似た境遇と運命を背負いながらも、異なる道を歩んでいき、いずれはそれは交わる予定です。が、長い物語なので何処で交わるか今はまだ自分でも未定です(爆
Posted by myuu at 2006年08月23日 08:28
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