μの軌跡・逆襲編 第1話「鎮魂の涙」
【含TF(人間→ポケモン)】
※ただしTFの直接描写はなし
それはただの旅行だった。中学2年の夏休みに今住んでいるカズサから、母方の実家があるオワリまでの、 家族揃ってのフェリーでの旅行だった。長時間船で揺られるのは少し疲れるけど、それ以上に楽しみだった。普段、 あまり休みを取れなかった両親が、この日のために長い休みを取ってくれた。家族一緒の時間を作ってくれた。その時間を精一杯、 満喫するはずだった。
でも、それはあっけなく崩れ去った。
今この状況は何?
少女には理解できなかった。いや、理解するのを拒んでいた。慌てふためく人々。もはや何と言っているのか理解さえ出来ない断末魔。 サイレン。何処から広がったのか、全てを焼き尽くす炎。色々なものが焼ける匂い。幸せな船上は・・・悲劇の戦場と化していた。 両親と離れてしまった彼女はあまりのことに逃げることも、助けを呼ぶことも出来ず、ただただ炎の向こうに見える、戦いを呆然と見つめていた。 しかし、だから彼女はこの騒ぎでもまだ無傷だった。 逃げ回れば同様に逃げ回っているほかの乗客たちによって彼女の華奢な身体はもみくしゃにされてしまっていただろうし、助けを呼んだところで、 誰もが自分のことだけに必死なため助けが来るはずもなかった。むしろ敵・・・ この船を突然襲ってきたポケモンに自分の場所を知らせるようなものだった。彼女がそこまで物事を考える力を持ち合わせていたわけではないが、 それを本能的に感じていたのかもしれない。
しかし、ふとした瞬間から彼女はふらふらと歩き出す。その本能がまるで引き寄せられるかのように彼女を静かに歩かせ、 その戦いの場へと導いた。そこは船内の中でも1番広いホールだった。 1体の見慣れない人型のポケモンが何十というポケモンと人間相手に戦いを繰り広げていたのだ。 彼女は崩れた柱の陰に隠れてその様子を見ていた。
その人型ポケモンは全身の殆どが白い皮膚で覆われ、下腹部から股下を抜け長い尻尾に抜けるラインのみ紫色だった。 その体躯は殆ど人間そのものだったが、その細い腕の先にある手の形状は人のものとは異なり、人間のように長い指ではなく、 球状の指が手のひらに3つくっついたような形状になっている。頭部も人に似ていたが、 やや鼻先は長く左右の頭頂部から1対の角のようなものが生えている。
その謎のポケモンを取り囲むかのように様々な種類のポケモンが並び、入れ代わり立ち代わり攻撃を繰り返していく。 数で圧倒的に勝るはずのポケモン達だったが、 それを相手にしている人型のポケモンはもはやポケモンとも思えない尋常ではない強さを誇っていた。彼・・・と呼んで良いのだろうか・・・ そのポケモンが球状になっている指先に力を入れると、途端に周りに衝撃波が走り取り囲んでいたポケモンが全て吹っ飛ばされる。
「えぇい・・・!ひるむなぁ!」
瞬間に女の声が響いた。彼女がポケモンや他の人間に指示を出している存在のようだ。 彼女も人型ポケモンの攻撃を受けたのか傷だらけだった。
「CP150-MT4!今お前がなすべきことは無意味な殺戮などではないはずだ!」
女が叫ぶ。CP150-MT4というのが謎のポケモンの名前なのだろうか。呼びかけられた彼は答える。
「貴様等が我を追わなければ我もまた戦わず済んだ。そもそも船を攻撃したのは、貴様らだろうに」
(・・・ポケモンが喋ってる・・・!?)
ポケモンは、通常その種固有の鳴き声を持つ。しかし目の前の、CP150-MT4と呼ばれたポケモンは人の言葉を話していた。 突然船をポケモンに襲撃された上、見たことも無いポケモンの存在に少女の頭は混乱していた。その時彼女が来た方から声が聞こえてきた。
「・・・カ・・・!・・・こにいるの・・・!・・・セイカ!」
少女は自分の名を呼ばれ声のするほうを振り向く。そこに母親の姿を見つけた彼女は思わず走り出す。 その時再びポケモン達のぶつかりあいが起きたことに気が付かなかった。
「母さん!」
「セイカ・・・?セイカ!」
混乱の戦場でようやく親子は再会することが出来た。2人は駆け寄ろうとするが、その時CP150-MT4が放った衝撃波、 その衝撃波によって吹き飛ばされたポケモンがあちこちの壁や柱にぶつかる。 今まで耐え続けた頑丈なつくりのホールだったが外からの襲撃とここまで受けたダメージがついに限界を向かえ、ホールは音をたてて軋み、 天井が崩れだした。
「ッ!そこの親子、危ない!」
「チィ!」
ポケモンに指示を出していた女とCP150-MT4は同時に叫んだ。今歩み寄ろうとしている親子の頭上から天井が崩れ落ち、 彼女たちめがけて落下してきた。
少女が気付いた瞬間に天井だった鉄板は鈍い音をたてて目の前に落下した。彼女は奇跡的に無傷で済んだが、 次の瞬間に母親の姿を見失ったことに気付く。代わりに足元に広がる紅い液体。炎の光を受けてそれは鈍く輝く。 それは崩落した天井だった鉄板の下から流れ出ている。それは、つまり、そういうことだった。
「この殺戮が貴様の望んだ自由と言うものなのか、MT4!?」
「我の望みは我であることだ!死を撒き散らしているのは貴様等であると理解しろ!」
MT4と女が言い争いをしている。しかし目の前で母親を喪失した少女にはその声は聞こえない。どうでもいいことなのだ。 どちらが母親を奪ったかなどは関係ない。正しく言えばそのレベルでの思考がもはやできる状態でもなかった。ただただ彼女を襲うのは無力感、 喪失感、絶望感。立ち尽くし、自分の靴が紅く染まっていくのをただ呆然と見つめるだけしか出来なかった。
「母さん・・・?母さん・・・?」
小さな声で母親に呼びかける。しかし、答えは返ってこない。彼女は、人々の悲鳴やポケモン達の咆哮、船が壊れていく音など、 今このあまりに騒々しい空間の中にありながら、どうしようもなく静寂を・・・いや、無を感じていた。何も聞こえない。何も見えない。 映る全て、聞こえる全て、現実を否定しようという彼女の無意識中での自己防衛であった。しかしそれが逆に彼女の精神を孤独に追いやっていく。
「イヤァァァッ!!」
逃げ出したい。
逃げ出したい。
この戦いから、目の前の現実から、私の中の私を壊していく何かから、逃げ出したい。
彼女の精神は限界点をついに超える。その瞬間に、彼女の中にあった何かが目覚めた。
「ーーーーーッ!!」
少女は声にならない叫び声を上げた。その突然の声にMT4と女も少女の方を見て、今度は彼らがその異様な光景を目にすることになった。 少女の身体が淡く青い光で包まれているのだ。その光は優しく、暖かく、哀しげな光だった。
「コレは・・・まさか!?」
「この少女は・・・我と同じ・・・!?」
2人が彼女を見ている間にも、彼女を包む光はその強さを増していき、やがて少女は完全にその光に包まれ、 光の外からでは彼女の輪郭を捉えることは困難となっていた。そして光はフゥっと浮かび上がったかと思うと素早く上昇を始め、 崩壊した天井の穴から一筋の光線となり外へと飛び出していった。やがて光が消えると少女の姿も消えていた。その天井の穴を見ていた女は、 そこから水滴が落ちてき始めていることに気が付いた。
「・・・雨?」
その水滴は紛れも無く雨であった。しかし、確か今日この海上で雨が降るという話は聞いていなかった。 第一女がこの船に乗り込んだときには雨など降っていなかったし、空は雲ひとつ無かった。それが僅か1時間も経たない今は、黒々とした、 まるでこの船から立ち上る煙と混じりあったかのような色をした雲が空を覆い、雨を降らせている。
「我は・・・たとえ如何なることをしてでも・・・我としてあれる場所を見つけ出す・・・」
不意にMT4の声が聞こえてきた。女は急いでMT4がいた所を見直すが、既にそこには何もいなかった。
「逃げられた・・・!」
女の表情が険しく歪む。その間にも雨は止むどころか激しさを増していく。まるでこの船で起きた悲しみを嘆く涙のようにふり続ける。 その時女が所持する携帯端末の呼び出し音が鳴った。彼女は携帯端末を手に取り応答する。
「ソウジュです・・・はい・・・えぇ・・・CP150-MT4を取り逃がす結果になりました・・・申し訳ありません・・・はい・・・ わかっています・・・整い次第引き上げ、後は捜査班に引き継ぎます」
相手は少し苛立った声だったが、しかしその声もCP150-MT4の能力は知っていたため、こういう結果もやむをえない、 想定内であったため特別彼女を責めるつもりは無かった。
「それと・・・実はその途中で偶然見つけた少女なのですが・・・」
女は、さっき見た光につつまれて消えた少女の話も続けて報告した。雨はまだ、降り止みそうになかった。
2005年 8月11日未明 イズ海上
新トーカイフェリー所有 ムサシ-オワリ間を結ぶ大型フェリー「ヒマワリ」爆発炎上事件
死傷者、行方不明者多数 現在イズ地区警務隊事件部が詳しい原因、被害状況を調査中
μの軌跡 第1話「鎮魂の涙」 完
第2話「始まりの森」 に続く
この第1話は簡単な序章として書くつもりで話に含めるつもりは無かったのですが、1話分の中身を持ったので1話として公開することになりました。
ちなみに当分はまともなTFは出てこなそうです。期待されてる方はしばらくお待ち下さいm(_ _)m
さらにちなみに、宮尾はポケモンTFを処女作でしかもメインで書いていこうとしているのに、実はあまりポケモンに詳しくなかったりして。なので世界観はオリジナルのもので、原作とは全く異なりますのでご注意下さいm(_ _)m
MT4…やはりミュウツー系でしょうか。それを追うのはやはりR関係でしょうか…。
そしてそれに巻き込まれて母親を失った少女、次回では彼女が…と言う事でしょうけど、彼女に秘められた秘密なども含めてこれからドラマが動くと言う感じですね。
やはり最後は少女とMT4がいずこかで静かに暮らすと言う感じでしょうけど、そこまでの紆余曲折は避けられないのも事実。
どうか二人を導いてやってくださいの一言です。
ご指摘通り、MT4はミュウツーですね。ただ、あとがきに記述の通り世界観はオリジナルのものなのでR団は出てきません。それに該当するような組織だと思ってください。
>やはり最後は少女とMT4がいずこかで静かに暮らすと言う感じ
実はセイカとMT4との関係は深い関係にするつもりは無かったのですが、カギヤッコ様の記述を見て、そっちの方が面白そうだなと思って、そちらへの方向転換をしようかどうか考えています。ただそうなると大幅なストーリーの組み換えが必要なので悩みどころです。。。
ただ、公開しながら連載していくと、皆様からのご意見やご感想が受けられるので、自分一人で一気に長く書くよりかは、自分には無いアイデアを取り入れることが出来るので、考えていたものよりも面白く出来るかもしれないですね。
宮尾様のメインストーリーですか。主人公いきなりぶっ飛んでったわけですが…。また続きが楽しみなものが増えて、嬉しい限りです。
他の人の意見や感想を受けて、物語を書いていくのは、いい方法だと思います。ただ、それに流されて宮尾さまの書きたいものではなくなってしまわないようにだけ、お願いします。自分が書きたいものを書いてこそ、自作小説ですから。
個人的には、死んだ(?)母親がなぜこの少女の母親をやっているかが気になりますね。
新作の方拝読させて頂きました。
ようやく予てから書かれて下りましたメインストーリーの始まりですか、少女に秘められた真実、そして謎の組織・・・ロケット団とはまた別の組織と言う事で色々と興味が惹かれます。
何はともあれ続編に期待しております、中々楽しみです。
他の方からの意見の中には自分では考え付かないような物や見過ごしていた物等が多々含まれている事がありますので、大変貴重な物です。とは言えそれに頼りすぎて自分の持ち味を損なう事の無い様に注意しながら活用してみて下さい。
それでは、また。
現時点での予定ですが、彼女の母親は本当に彼女の母親の予定です。が、やはり母親が秘密を知っているのは間違いないようです。
冬風様、お読みいただき有難う御座います。
このブログのアカウントを取ったのは実はずいぶん前の7月頃で、その頃から書く予定だったのですがストーリーが全く出来上がらず、一方で暖めていた太陽と月の方が完成度が高くなったため、この作品の公開が遅れてしまいましたが、このブログの柱を担ってもらえるよう彼女たちには頑張ってほしいです。
お二人にご心配頂いている「自分の持ち味」ですが、そこは大丈夫です(と自分では思ってます)。カギヤッコ様の書き込みを見て考え付いたのも、元々のストーリーも結局ベタベタの恋愛に結局はなりそうです(爆
よく雑誌連載だと担当編集が付いて色々意見をもらえるのですが(それが必ず漫画を面白くするとは限りませんが)、一人で書いてネット公開だとなかなか他の方の意見が聞けないので、皆様からの意見があれば素直に聞いて、自分の物として消化できるようになりたいですね。
とはいえ、自分の考えた大筋を活かしつつ、折角思いついた新しい展開を広げていくか苦難中です。もしかすると強引な手を取るかもしれないです(汗
というわけで作品とともに作者の脳味噌も激動な次回をしばしお待ち下さい。。。
MT4と出会ったセイカの話は「逆襲編」として進めていきます。これからも皆さん宜しく御願いします。