REBORN OF WIND
【含TF(人間→レジェンズ)】
しかし、ニューヨークというのはいつの時代も慌しい街だ。人、車、あらゆる交通手段が行きかい、出会い、別れていく。 もはや何の物かとも分からない、色々な要素が交じり合った街の匂いや音。 雑踏というのはこの街のために作られた言葉だろうかという思い込みさえ、真実になってしまうのではないかと感じる。 それは何もニューヨークに限らず大都市であれば同じことが言えるのだろうが、 どの大都市もニューヨークという地理が持つ不思議なエネルギーは無かった。いや、都市毎にそれぞれのエネルギーの波長があるのだろうが、 結局男にはこの街の波長が一番合っていた。住むのさえ息苦しくなる街中も、彼にとっては考え方次第では巨大なステージなのだ。 人が1人でもいれば彼にとっては格好のショータイムの始まりだが、やはりショーは人が多いほどやりがいがある。
「この辺りにするか」
男は適当な廃ビルの前に腰を下ろし、背負っていたリュックをおもむろに下ろし中からいろいろなものを取り出す。 中から出てきたのは様々な大道芸の道具だった。ボール、ボックス、ステッキ、リングなど、まだまだ数え切れない数の道具が入っていた。 そして男は少し大きめのボックスの一つのふたを開け、通りに置く。
「よし、やるか」
そういうと男はリュックからラジカセを取り出し、プレイのスイッチを押す。軽快なミュージックが辺りを包みだす。 男は誰に対してでもなく一礼をすると、無造作に地面に置いていた手のひらサイズのボールを蹴り上げジャグリングをはじめた。 通りを行く人々が途端に彼に注目する。このストリートではストリートパフォーマーは珍しくは無いが、 大概は混乱を避けて人通りの少ないところを選択するのに、彼はあえて人通りの多い場所を選んだ。 彼のジャグリングの技術はかなりのものであり、あっという間に人だかりになり、置いていたボックスにはチップが投げ入れられていく。 彼はその投げ入れられるチップと周りの声援にこたえるかのように様々なパフォーマンスを繰り広げていった。
そして彼の芸は徐々に大きなものになっていく。おもむろに円柱を地面に転がし、その上に板を乗せてバランスを取り始める。 それならよくあるのだがその上にもさらに円柱を乗せ、もう一枚板を乗せる。さすがに2段となると尋常ではないバランス感覚が必要となるが、 彼はいともたやすくそれを乗りこなし、ジャグリングを続ける。その不安定な状態で彼は股下を通したり、 身体を一回ひねったりなど安定した状態でも決めるのが難しい技を次々と決めていき、観客のボルテージがどんどん高くなっていく。しかし、 取り囲む観客の一番外側から聞こえた声に張り詰めていたテンションが急に切れてしまう。
「そこの男!何をしている!」
声の主は警察官だった。遠めで見ても分かるぐらいの形相をしている。
「いや、まぁ、仕事だよ。お互いご苦労だね」
男は苦笑いをするが、警官は表情を変えない。
「そうか、ご苦労なことだが、一体誰の許可でここで仕事をしているのだ?」
「あれ?許可が必要だったのかい?」
男はとぼけるが、警官は表情を変えない。男は乗っていた板からひょいと飛び降りてラジカセを止め、道具を片付け始めた。 同じタイミングで警官はやっとの思いで観衆をかき分け男の前に現れた。
「ここは原則パフォーマンス禁止区域なんだ。そういう行為をどうしても行うには事前に届け出て許可を得てから金を払ってだな・・・」
「わかったわかったって。じゃあ払うよ。いくらだい?お陰で金はあるし」
男は笑ってボックスに溢れるチップを指差した。さすがに警官の表情が怒りで歪んだ。
「だからその行為自体が違法だと言っているのが分からんのか!」
警察官が警棒を男に突きつける。
「穏やかじゃないね・・・でも折角稼いだんだし、そっちがいらないって言うならもって行くぜ?」
男はとっさにステッキを取り器用にボックスを引き寄せ、他の道具とともにリュックに入れた。 そして警官がその行為に唖然としている隙にその場から逃げ出そうとした。
「ッ!逃がすか!」
警官はとっさに男の腕を掴もうとしたが、彼の腕はすり抜けて、ふっと男の姿を見失ってしまう。
「悪いけど、今はつかまっている余裕は無いんだよ」
男の声が警察官の頭上から聞こえてきた。男は廃ビルの横にあった螺旋階段の鉄枠につかまっていた。しかし、よく見るとその高さが高い。 2メートル近くあるだろうか。普通の人間が、しかもアレだけ大荷物のリュックを背負って跳躍をして、届く高さではなかった。 唖然としている警官を尻目に、男は螺旋階段の内側に下りて警官に向かって一礼すると素早く螺旋階段を上がっていく。
「ま、待て!」
警官は慌てて男を追って螺旋階段を駆け上がっていく。螺旋階段は廃ビルの屋上まで続いていた。 廃ビルといっても実際はビルと呼べるほどの高さは無く4階程度、かつては小さな店舗と住居が入っていたが、 隣の高いビルに挟まれて人が住める空間ではなくなり、そのまま廃れてしまったようだ。
男と警官との追いかけあいは廃ビルの屋上に上がった時点で警官は勝ちを確信した。隣を高いビルで囲まれた密閉空間。逃げ場は無い。
「追い詰めたぞ!」
「追い詰めた?」
「周りを見回してみろ!逃げ場は無いぞ!」
確かに、男の周りはビルで囲まれている。先ほどの人間離れした跳躍を見せても、飛び渡れそうな所はない。
「さぁ、おとなしくつかまれ!」
「だから、つかまっている余裕が無いんだよ、こっちには」
男は近寄る警官にそう言い放った。
「第一、逃げ場だったらあんたの後ろにあるじゃないか」
「後ろ?」
警官は後ろを振り向いた。彼の後ろ、それはさっきまで男がパフォーマンスを繰り広げていた通りに面しているから、 確かに行き止まりではない。が、繰り返すがここは4階建てビルの屋上。飛び降りれるはずが・・・。 しかし警官がそんなことを考えて男から眼を離した隙に、男は警官の横を走りぬけ、ビルから飛び出した。
「ッ!!」
警官も慌てて走り出し、端まで来て男の姿を探す。 増真下に飛び降りたというよりは少しはなれたところをめがけて飛び移ろうとするような踏み切り方だった。 警官はビルの上から通りを左右に見渡しようやく男の姿を見つける。もうずいぶん離れたトラックの上に、男はいた。
「走っているトラックの上に・・・飛び乗ったって言うのか・・・!?」
警官は自分の目を疑ったが、目に映る事実には変わらない。
「馬鹿な・・・!?トラックが来るのなんて、奴の位置からは見えないだろうに・・・!?」
確かに元々男が立っていたところからでは左右が見るに囲まれているし、奥にいた男には通りさえ見えないはずだった。それに、 トラックが通っていったところまでは大体10メートルぐらい離れている。
「化け物か奴は・・・!?」
警官は男のあまりの行動にそういった言葉しかもはや出てこなかった。
「ずいぶん稼げたな」
男はトラックに乗ったままずいぶんと街中から離れて、程よい交差点でトラックから飛び降りて、 その近くの公園にあったベンチに座っていた。手には売上金が握られており、男は一枚一枚紙幣と硬貨を数えていた。
『しかしなんだってああいう無茶をしたんだ?』
急に声が男に聞いてきた。しかし男の周りには誰もいない。
「手っ取り早く稼ぐにはああするのが一番さ」
男はなんら自然にその声に答える。どうやら男にとってはいつものことらしい。
「この金を使ってお前は生きていくんだ。文句は言いっこ無しだぜ?」
男は笑いながら勘定を続けていた。
『そうだな・・・お前を縛ってしまったのは結局俺なのだ・・・』
声は申し訳なさそうに響く。
「そう言うなって。お前のお陰で俺は長く生きられたんだぜ?あの日、偶然出会ったことで俺もお前も今生きていることが出来るんだから」
『・・・だが結局お前は人として死ぬことさえかなわない・・・』
「・・・あの時誰にも看取られずにくたばるぐらいだったら・・・お前に見守れながら消えるほうがマシさ」
『・・・』
「どうやって死ぬかも重要だが・・・どう思われて死ぬかって言うのが結局のところ人間は考えてしまうものなのな?」
『・・・そういう・・・ものか・・・?』
声はまるで首をかしげているようだった。
「そういうものさ・・・お前は難しく考えすぎなんだ」
『・・・人間の考えもやはり難しいと思うが・・・?』
「・・・そうか?」
『他人にどう思われているか・・・死ぬ人間には関わりの無い話では・・・?』
「そこら辺・・・まぁ、そうか、お前には難しいかもしれないな・・・?」
男はしばらく考え込み、そしてまた話し出す。
「そうだな・・・まぁ、言ってみれば・・・死んでそこですべてが終わってしまうってことではないって所だろうな・・・」
『死んでも・・・終わりじゃない・・・?』
「あぁ、その人間の存在は無くなるかもしれないが、生きていたという事実は結局死んだ後も残り続けるんだ」
『・・・つまり、記録としてとか・・・記憶としてということか?』
「勿論そうだし・・・まぁ、哲学だな。肉体の崩壊が存在の忘失には繋がらないというか・・・」
『何だか余計分からんが・・・?』
「んん・・・まぁ結局難しい話になっちまうか・・・」
男は笑う。笑いながら数えていた金をまとめ始める。計算が終わったようだ。
「しかし、まぁ分かりやすく言えば・・・お前そのものだってそうだ」
『・・・俺が?』
「お前もまた・・・歴史上・・・伝説として記録に残り、或いは口承で語り継がれ、忘れられることは無い」
『・・・確かに・・・そうらしいな・・・』
「・・・記憶を失っているお前にはピンと来ない話かもしれないが・・・お前はそういう存在なんだ」
『・・・』
声は、答えない。
「・・・つまり、人は、自分が存在しているということを感じていたい生き物なんだ、自分の生死に関わらず。 孤独って言うのがどういった形でも怖いんだ」
『・・・孤独・・・か・・・』
「あぁ、俺とお前が・・・互いの命と肉体を賭けてまで生きようとしたのは・・・お互いきっと求め合ったからだ」
『お前と・・・俺が?』
「そうだな・・・少なくとも俺がいなくなった後・・・お前は俺のことを覚えていてくれれば・・・俺が生きた意味はあるんだ」
『・・・俺はお前を忘れたりはしない』
「だろ?だから・・・お前が俺にしたことは・・・俺を苦しめてなどいないんだ」
男は再び笑う。そういって荷物を再びまとめる。声はすっかり黙ってしまっている。
「じゃあ・・・別れの挨拶しに行くか。この街に」
男はベンチから腰を上げ公園を後にした。
そこは静かなバーだ。まだ夜の始まり、人もまばらなこのバーに男は足を運んだ。 男はまたいつものようにカウンターの奥から2番目に座る。そこが男の指定席だ。男は、これもいつものカクテルを頼み、 出てきたグラスでゆっくりと飲み始める。しばらくすると横にコートを着た中年男性が座り、男と同じものを頼む。
「来たか」
「よぉ・・・相変わらず変わらないな・・・?」
コートの男は出てきたグラスを持ち、男の前に出す。男も応えるようにグラスを持ち、そしてグラスを鳴らす。
「ほら・・・例の遺跡の事件・・・そのレポだ」
男はリュックから封筒を取り出しコートの男に渡す。コートの男はコートを広げ懐にその封筒を入れた。
「中身は確認しないのか?」
「その必要は無いだろう?おまえがした仕事だ。確認するまでも無く確かなものさ」
コートの男はグラスを口に運び、その味をかみ締めるように、そして一気に飲み干した。
「まぁ、どれだけ有益なものかは、アジトに戻って先方と話しながら決めるさ」
「はは・・・そりゃどうも」
「ほら・・・前金だ。取っておけ」
コートの男は封筒を入れたのとは別方向から札束を出す。男はそれの厚みを確認し、リュックにねじ込んだ。
「しかし聞いたぜ・・・?街中で大道芸披露したそうだな?」
「早いな・・・?数時間前の話なのにもう耳にしてたとはね」
「腕はお前ほどではないが・・・仮にも俺もまた情報屋さ。ことこの街に関しての情報収集スピードは負けてないぜ・・・?」
コートの男は笑いながら、マスターに新しい酒を注文する。
「なぁ、早速で悪いんだが・・・次の仕事を引き受けてはくれないか?」
「次の仕事か・・・」
途端に男が黙る。沈黙する2人の間にマスターのシェイキングの音が響き渡る。 普段こういうときは即断するはずの男が仕事を請けるかどうかでこうも悩むのは初めて見た。
「どうした?何か都合が悪いのか?」
「まぁ・・・そうだな・・・」
「何か他に仕事が既に入っているとかか?」
「そうじゃないさ・・・ただ俺に・・・仕事をするだけの時間がもう無いだろうなって」
「!!」
コートの男は驚きのあまり声にならない声を上げた。その時タイミングよくマスターが次の酒を出してきた。 コートの男は心を落ち着かせるために酒を再び一気に口に含み、ゆっくりと味を感じて、のどに流し込む。そして男を見てゆっくりと問いただす。
「時間が無いって・・・後どれくらいなんだ・・・?」
「正直・・・多分今日の夜・・・かな?」
「そんな・・・そんなすぐか!?」
「そう騒ぐなよ・・・分かっていたことだろう?」
「・・・分かってはいたが・・・しかし・・・」
コートの男は隣にいる男を改めて見る。男はいつもと変わらぬ笑顔で酒をゆっくりとすすっていた。 今晩にはその命が尽きるような表情には見えなかった。
「・・・まぁ、いなくなるといっても、俺って言う人格が消えるだけで、この肉体はこんどコイツの持ち物になって、 まだこの世界にいるんだから」
男はそういって親指を立て後ろを指差す。男が他人に声の主の説明をする時に用いる仕草だ。 男には声は後ろから語りかけてくるように聞こえるからだと、いつか聞いたことがあった。男がいずれいなくなるということも話に聞いていた。 それが声と交わした契約なのだと。声の主が失ったエネルギーを取り戻すまで男はその声の主の魂の入れ物となり、 声の主のエネルギーが全て満ちた時、その身体を明け渡し自分は消滅するという契約をしたのだと。突飛な話だったが、不思議と納得できたし、 理解していたつもりだった。しかし、男からそう宣告されると、どうにも落ち着かない。
「どうにか・・・ならないか?」
「・・・契約は契約だしな・・・。まぁ、俺もアンタや他の奴らと出会えてよかったと思っている。 第一契約してなけりゃ会うことも無かったんだ・・・今更話すことじゃないさ」
「強いな・・・お前は・・・?」
コートの男は3杯目の酒を頼む。ただし今度は男と同じものではなく、飛び切り強いやつでと注文をつけて。
「まぁ、もしニューヨークにいることがあれば、そいつにもこのバーによるように言えよな?」
「大丈夫だって、きちんとこの話も聞いてるんだ。なぁ?」
男はそういって何も無いところに向かって声をかける。当然返事は無いが、男にだけは聞こえているようだ。
「分かったって言ってるよ、こいつも」
「そうか・・・何だかんだでお前の顔が見れなくなるのは寂しいしな・・・?」
コートの男のもとに3杯目のグラスが置かれる。
「マスター、俺ももう一杯頼むわ」
男は飲み干したグラスを差し出す。そしてやがて、男の前にも新しいグラスが置かれる。
「まぁ、あれだ。これからはコイツの分まで宜しくってことでもう一度乾杯でもするか?」
「そうだな・・・お前と・・・新しいお前との旅立ちと始まりに・・・乾杯」
男たちは再びグラスを交わす。ゆったりとした時間は、しかしどういうわけかあっという間に過ぎていってしまう。 コートの男は友人との別れを惜しむように酒を浴びた。
男がバーを出たときは既に空は満天の星だった。コートの男は今回のレポートの確認と、 次の仕事を別の人間に頼むためアジトに戻っていった。別れた後、男はしばらく街を彷徨い、やがて人の少ないビルの屋上に上った。
「・・・文明の黄昏時か・・・」
男は呟く。すると声が答えた。
『・・・お前はどう思う・・・?』
「どうって・・・何が?」
『今の時代が・・・本当に文明の黄昏時かどうかってことだ・・・』
「それは分からないな」
男はあっさり答えた。
「お前から何度か問われたが・・・考えれば考えるほど分からなくなっていって、 分かったのは結局何を持って今の人の文明が黄昏を迎えているのか判断するのは難しいってことだけだよ」
『・・・俺も同じ感想だ』
声は答える。
『今この時代にだって、どういった形であれ人の活気は溢れている。それを滅ぼす必要性が見つけられない・・・』
「しかし、避けられないことなのだろう?レジェンズウォーは」
逆に男が声に向かって問いただす。
『・・・記憶を失っている俺には・・・レジェンズウォーがどういうものなのか・・・思い出せないが・・・しかし、 きっと避けることは出来ない』
「なら、その戦争でお前が何をすべきかってことだろう?」
『・・・俺が?』
「そうだ、今この時代を文明の黄昏時として滅ぼすのか、それとも人々を守るのか、それはお前が選ぶことだ」
『・・・俺は・・・』
それから声はすっかり黙り込む。どうやら考えているようだ。男とともに彼もまた男の目を通して世界を見てきた。 しかし時に人々の暖かさや可能性に触れて守りたいとも思い、ある時は残酷さや絶望を目にして人の崩壊もやむを得ないと思ったこともあった。 しかしどちらか一方の考えに傾倒することは、結局今日この最後に日になっても結論が出なかった。声は、しかし静かに答える。
『・・・俺には結局まだわからないことが多すぎるが・・・お前の目を通して感じたこと・・・知ったこと・・・ いい面も悪い面も全て含めて人なんだと俺は知っているから・・・だからレジェンズだけに偏らないし、人だけに偏らない。情勢を見て、 本当に自分が守りたいものを見つけてみたいと思う』
「そうか・・・まぁそれも答えだろう」
男は静かに笑った。
『それと・・・』
「何だ?」
『さっきの・・・俺たちがお互いを求めていたって話だけどな・・・』
「あぁ・・・?」
『あの後ずっと考えていたが・・・もしそうだとしたら俺たちが出会ったのは偶然じゃないのかもしれないって・・・ そういう考え方も出来るのではないかと・・・思ってみたんだが』
「・・・そうだな、或いは必然的に・・・俺と・・・お前だから出会ったのかもしれないってことか?」
『あぁ、俺達は、互いに結局孤独だった。放って置けばお互いただ朽ちるだけだった。だからこそ・・・そこに引力に生まれた・・・ そんな気がしてきた』
「・・・そうかもしれないな・・・いや、そう信じてみたいな」
その時強い風がビルの間を通り抜けていく。その風は、時間を知らせる風。声の主の力が戻り、契約が満了となることを知らせる風。
「・・・時間か」
『・・・そうだな』
お互い少しずつ言葉を発するが、やがて男は自分の身体の感覚が徐々に失われていくのを感じた。初めは手足に痺れを感じていたが、 やがて動かなくなり、すぅっと身体から通り抜ける感じを覚える。そして気付いた時に自分の姿が自分の足元にあり、 今自分だと思えるその存在が不安定な魂として宙に浮いていることを感じた時いよいよ自分の最後を悟り始めた。ふと横を見ると、 今までずっと後ろに感じていた声の主と思われるシルエットがあった。ぼやけてしまっていてよく分からないが、 人のものとは異なった形状だった。
『・・・すまないな・・・俺のために』
シルエットが語りかけてきた。その声はやはりいつも聞いていたあの声だった。男は答える。
『気にしなくていいさ・・・お前と共存したことで俺は人間離れした身体能力を得て、 それを使って各地を飛び回りいろいろなことで稼げたし楽しめて満足しているんだ。今度はお前が俺の身体を自由に使える番が回ってきたんだ』
『・・・そうだな』
『・・・そうだ、俺の身体を使うんだから、俺の名を名乗ればいい』
『え?』
『結局記憶は戻らなかったんだろう?しかし名前が無いままでは過ごしづらいだろう?今まで俺と一緒にいたんだ・・・ 俺の名を名乗るのは自然なことだろう?』
『・・・わかったありがたく使わせてもらうよ』
男は、ぼやけてこそいるが、初めて声の主と対等に話が出来たことを嬉しく思っていた。しかしそれも最後の時を迎えていた。
『どうやら・・・限界らしいな』
『・・・本当に・・・』
『だから・・・詫びの言葉は要らないって・・・十分・・・楽しんだんだ』
『・・・』
『・・・俺は静かに・・・あっちの世界で・・・これからのこの世界・・・ゆっくりと見物でもするさ・・・』
『・・・そうだな・・・見守っていてくれ・・・』
『あぁ・・・見守っているさ・・・いつまでも・・・ずっと・・・お前を・・・』
やがて男の声は静かに聞こえなくなっていく。残された男の身体には、代わりに別の意識が入り込む。男の身体は静かに目を開け、 自分の身体を見渡す。正真正銘、声の主は男の身体に入り込んだ。
「さよならだ・・・シロン・・・」
彼は今までその身体の持ち主だった男の、そしてこれから自分が名乗っていく名を小さく呟いた。
「この身体・・・大事に使わせてもらうよ・・・」
そういうと彼は静かに再び目をつぶり、全身の意識を集中させる。一瞬男の身体から汗が激しく滲み出したかと思うと、 その汗はすぐに引き、しばらく何の変化も無いまま静寂が辺りを包んでいたが、ある瞬間から男の身体に異変が生じ始めた。
「そうだ・・・俺は・・・!」
全身の筋肉が発達をはじめたかと思うと、徐々にその形状を変えていく。彼の5本有った指のうち、 2本が退化するように消えていき残った3本は逆に太くなり、その先からは鋭く尖った爪が伸び青く光る。それは足にも同じ現象がおきていた。 男が履いていた靴を破ってたくましい3本指の足が姿を現す。脚の長さはほんの僅かに短くなるが、その太さは一回りも二周りも肥大していく。 胴体は重心を保つかのように下腹部がふくらみ逆に首は細く長く伸びていく。その後ろには今まで存在しなかった部位が発達してゆく。 尻尾である。先の尖った尻尾は十分な長さまで達すると、どしっと地面に垂れ落ちる。
「ぐ・・・!!」
体中の変化は苦痛にも恍惚にも似た感覚を男に与えていた。全身の変化で体中が焼けそうなほど熱くも感じるし、 凍えそうなほど寒くも感じている。しかし、ここまで来た変化はもはや止められない。 肥大していく各部は人間の象徴である衣服を軽々と破っていく。そこから見えた肌は、既に人のものではなく、腹部は純白の、 背面は澄んだ青い色の滑らかな皮膚だった。まるで青天を泳ぐ白雲のようだ。一方で肉体的変化はついに頭部に至る。 男の鼻から下が前面に突き出し、顔自体が細くなっていく。目は広い視野を捉えられるように僅かに外側に離れる。
「ガ、グゥアウゥッ!」
男は声とも鳴き声ともつかない叫びを上げた。大きく口を開けたとき見せるその歯も、人のものよりもはるかに鋭くなっていた。 やがて顔面も白い皮膚に変質し背中の青い皮膚の模様も頭頂部を通り鼻先まで伸びる。 その頭頂部からは豊かな金色のたてがみが風になびいていた。
「グ・・・ゥゥ・・・!」
変化は一つの安定状態に入ったようだ。苦しんでいた男の・・・いや、今は竜のような姿となった生物の表情が落ち着きを取り戻す。 しかししばらくすると再びその表情が険しさを増していく。まだ変化を終えていない部分があるのだ。
「ガ、ァァガウァ!」
竜は直立しながらも激しく悶える。その背中からやがて突起が現れるとそれは勢いよく伸びていき、 同時に数多もの柔らかな羽を生じていく。そしてそれは一方だけでその竜の身長の倍以上は有ろうかという大きな翼となった。 そしてその翼の生え際とでも言うのか、そこに翼を囲むように光が生じたかと思うと、左右2つずつのリングとなり翼を囲む。 その光は他の部分にも現れる。首の周りに現れた光は首輪・・・いや、胸当てとも見えるであろうか、ドーナツ状のプレートとなり、 手の先に現れた光はその手を包み込みグローブへと変化し、頭部の光は飛行士がかぶるような帽子とゴーグルとなり彼の頭に覆いかぶさった。 帽子の横からは青い耳のようなものが飛び出ている。
「グゥ・・・!」
全ての変化を終えたそこには、男の姿は無く、伝説で語り継がれてきたまさに竜の姿があった。竜は改めて自分の姿を確認する。
「そうだ・・・俺は・・・ウインドラゴン・・・」
古来から知恵の竜として人々に祀られてきた風の使い。それが彼の真の姿だった。
「俺はウインドラゴン・・・ウインドラゴンの・・・シロン!」
竜は自分の名前を叫ぶと、大きく翼をはためかせて一気に上空へと飛び上がった。その姿を、間違いなく何人かは見ていたはずだが、 しかしあまりのスピードであることと夜で周りが暗くなっていたことから、誰もそれが竜であるとは思いもしなかった。
「シロン・・・この身体は俺と・・・お前の身体だ・・・この魂も・・・2人のものだ・・・!」
竜は飛びながら自分と、自分のために生きてくれた人間のことを重ねながら夜の闇を風とともに駆け抜けた。
この街を走り抜ける風がやがて、世界を巻き込む伝説上の生物たちの戦いの中を吹き抜けていく希望の風となることはまだ誰も、 彼自身も知らない。
REBORN OF WIND 完
次回からはそろそろ「μの軌跡」を書いていければと思いつつ、ポケモンの資料と格闘中です。。。
早速拝読させていただきました。
確かにレジェンズTFと言うのは余り見かけませんね。ポケモンやデジモンはここ最近の国内や以前からの海外等での小説がありますが、現時点では珍しい存在なのではないでしょうか。
自分はレジェンズに関してはそう詳細を知りませんので、多くは書けませんが純粋にTF小説として変化描写、そしてそこに至るまでの描写は前作にも増して良かったのではないかと思います。
今回もありがとうございました。次作も期待しております。
ところで、自分のサイトからこちらのブログへリンクを結ばせていただきましてもよろしいでしょうか?
突然の申し出に付き申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。
リンクは喜んでお受けいたします。是非これからも宜しく御願いいたします。
おそらくレジェンズは、種類で分けられるポケモン等とは違い、登場人物が固有名詞になってしまうので、難しいのだと思います(自分もそこにに引け目を感じていますので)。今までに無いものだけに、これからの話も期待しています。
シロンの誕生秘話(?)いいですね。ここまで書けるのは本当に見事だと思います。
確かに都立会様の見解は有っているかもしれないですね。キャラ的に受けとか、TFさせ辛さは有るかもしれませんね。レジェンズTFはこれからも書いていきたいと思っております。
しかし、いつもながら変身の描写が精細ですね。今後ともよろしくお願いしたします。
あと私のブログからリンクはってもよいでしょうか?
リンクの方、ご了承下さいまして真にありがとうございました。
早速この度の更新にてリンクさせて頂きましたのでご確認願います、また相互リンクについては歓迎致します。こちらこそよろしくお願い致します。
それでは、また。これからもお互いに頑張って参りましょう。
レジェンズでケットシーの回は見逃してしまっていたのですが、どうやら期待したほどのアレではないようですね。レジェンズは楽しみにしていたアニメだったんですが、仕事の都合上半分以上見逃してしまい、今はレンタルして徹レジェ(徹夜でレジェンズ)しようか悩んでいるところです。。。
リンクは喜んでお受けいたします。こちらからも是非リンクに貼らせて頂いてもよろしいでしょうか?ご検討宜しく御願いします。
冬風様、リンクしていただき有難う御座いました。
こちらからもリンクを貼らせて頂きました。これからもお互いに益々の発展を願っております。
レジェンズ小説拝読致しました。
シロン君の復活がこの様な形で書かれているのが凄く新鮮で、変身過程も私的にかなり気に入りました。
まさか人の体と言う器から変化とは思っていなかったので読んでいるうちにどんどん楽しくなりました〜。
私も冬風様のサイトや私が運営しているケータイサイトにてTF小説を書いていますので、是非ご覧ください。(*^-^)b
シロンが現代に甦った過程にもう1つぐらいドラマがあっても面白いのではないかと思い書き始めました。ウィンドラゴンは知恵の竜、(自分の記憶は失ってるけど)色々なことを知っているので限りある記憶の中で人間シロンと契約した、という感じです。
紅龍様の小説は以前から拝読させていただいてました。元々ROM専野郎だったもので(汗
今度改めて小説の感想など書かせていただくためにサイトをお伺いさせていただこうと思います。これからも宜しく御願いします。