μの軌跡・逆襲編 第15話「交錯」
【人間→ポケモン】
どうして、運命は非情なんだろう。どうして、試練ばかりが続くのだろう。いつまで、あとどれだけ、 悲しみを重ねれば解放されるのだろう。
空で激しくぶつかり合う二つの光、それを追いかける1匹の赤いポケモン、バシャーモ。そのバシャーモを更に追いかける形で、 エリザは走りながら、自分の背負ってきた運命を考えていた。人間として生きてきたのに、突然記憶を失ってポケモンに・・・ チコリータになってしまったこと。自分の姪であるセイカと知らずの内に親友となっていたこと。そして・・・幼馴染である、 ロウトと敵対してしまったこと。そのロウトが今、目の前でバシャーモになってしまったこと。
(・・・私が・・・皆に、不幸をばらまいてるんじゃないか・・・!)
そんな風には考えたくない。しかし、嫌でもそう考えてしまう。自分と巡り会った、自分の大切な人間が次々と傷を負っていく。 エリザの中に生まれる黒くて、とげとげしい何かが、彼女の胸を痛めつけていた。自然と、バシャーモを追うその足も鈍っていく。
『何をしている!チコリータ!』
足が止まりそうになっていたその時、先を走っていたカイリキーのイルがエリザのほうを振り返り、やや強い口調で声をかけてきた。・・・ 不思議な感じだった。今まで、何度もエリザと敵対してきたこのポケモンが、今はエリザの心配をしているということが。
『・・・大丈夫、ちょっと・・・疲れているだけ』
『マスターを止めると言ったのはお前だろう!・・・弱音なんて、吐いている場合じゃ・・・』
『分かってる・・・大丈夫・・・私が、止めなきゃいけない・・・!』
あのミュウがセイカであることを、あのバシャーモがロウトであることを、同時に知っているのは今エリザしかいない。 暴走する2匹のポケモンの心に呼びかけることが出来るのは、エリザだけなのだ。エリザが止めることが出来なければ、 あの2匹は恐らく体力が尽きるまで暴走し続けてしまうだろう。それだけは避けたい。自分の目の前で、 大切な存在が力尽きる姿は見たくなかった。
(私が・・・止めなきゃいけないの・・・!)
エリザは少し俯き気味に、心の中でそう自分に言い聞かせ、空を見上げた。一瞬、太陽の眩さに視界が揺らぐが、すぐに目が慣れてくると、 ぶつかり合う二つの光を目で追った。一つは、ミュウ。もう一つはミュウツー。ミュウの名を持つ2匹のポケモンが、争いあっている。エリザは、 ミュウの持つ大きな力を知っていた。その二つがぶつかり合えばどうなるのかも。普通のポケモンでは太刀打ちできるレベルじゃない。・・・ まして、ついさっき人間からポケモンになったばかりで、さらに自我を持たずに暴走しているだけの、バシャーモにとって、 ミュウツーに向かっていくなど、無謀以外の何物でもなかった。
『・・・マスターは・・・戻れるのか?』
『え・・・?人間に・・・ってこと?』
『あぁ』
不意に、横を走るイルが問いかけてきた。エリザは、また少し俯いて考えていたが、すぐに目線を上げて答えた。
『・・・断定は出来ない。けど、戻れる可能性は高いと思う』
『確率は?』
『・・・8割・・・強』
『・・・そうか』
イルは、少しの間をおいて小さく頷くと、バシャーモの動きを目で追った。・・・まさか、 自分が従ってきたトレーナーがポケモンになってしまうとは、夢にも思っていなかった。彼がポケモンになってしまったということは・・・ ポケモンとトレーナーの関係も解消となってしまうのだろうか。
(だとしても・・・俺のマスターは、マスターだ!)
マスターに従うポケモンとして、そのマスターが暴走したのなら止めなければならない。まして今は、同じポケモン同士。 主従関係は有って無いもの、無くて有るものなのだ。複雑で矛盾しているが、確かなことは、 イルのロウトに対する忠誠は変わらないということだった。それが、ポケモンとトレーナーの絆なのかもしれない。
『ロウトーッ!止まって!』
『マスター!聞こえないのか!戻って来い!』
2匹は声を荒げて目の前を走るバシャーモを追いかけるが、身体の重いカイリキーと、 逆に小さすぎるチコリータでは中々バシャーモには追いつけなかった。当のバシャーモは、 空でぶつかり合う2匹のポケモンしか眼中に入っておらず、後ろから迫る2匹のポケモンのことなど気にも留めていなかった。
「バシャ・・・!」
その青い瞳は何処か虚ろでくすんでいるようにも見える。バシャーモはようやくミュウとミュウツーが争っている下まで来ると、 狙いを定めるためか足を止め空を見上げた。・・・狙いが定まらないのか、少しそこにたたずむバシャーモだったが、やがて少し身をかがめると、 勢いよく地面を蹴り宙へと浮かび上がる。さらにそばにあった木を蹴り、バシャーモの身体はスピードと高度を上げていく。 方向は二つのポケモンのうち、大きい方・・・ミュウツーのほうだった。 流石のミュウツーも突然足元から飛びかかってきたバシャーモにはやや驚いた様子だった。
「ッ・・・このバシャーモ・・・ただのポケモンにして、我に向かうか!」
しかしながら、声を荒げこそしているがCP150-MT4は冷静だった。向かってくる光、ミュウの動きを見て、戦いながらもなお、 向かってくるバシャーモの動きを瞬時に判断し、 一方の手で黒く丸いエネルギーの固まりを作り出したかと思うと勢いよくバシャーも目掛けて撃ち出した。 冷静な判断力を持たないバシャーモにそれがよけられるはずも無く、エネルギー弾を思いっきり受けたバシャーモの身体は、 重力に引かれて地面に落ちていった。
「・・・ミュウの力に、敵うはずもないだろうに。・・・我が、それほど脅威か」
小さくなっていくバシャーモの影を目で追いながら、MT4は小さく呟いた。そして再び、その目線はミュウの方へと向けられる。・・・ ミュウもまた、さっきのバシャーモのように虚ろな目でこちらを見ている。ただ、何かの怒りのままにこちらに向かってきているようだ。
「イブ!何故そうも我に向かってくる!我々の戦いは無意味だ!・・・宿主の・・・感情に身体を任せるなど!」
『・・・君には理解出来ないだろうね・・・』
不意に、MT4の頭の中で誰かの声が響いた。MT4は落ち着いた表情のまま・・・しかし僅かにハッとした様に目を見開き、 声に向かって問い返した。
「・・・イブ・・・か?」
『・・・君が僕のことを、イブと呼ぶ資格は無いと思っている』
声の主は、目の前のミュウだった。・・・いや、厳密に言えば違うかもしれない。ミュウはまだ、虚ろな目のままコチラを睨みつけている。 しかし、声にはそんな怒りの感情を感じない。どちらかといえば、哀れみにも似た声でMT4に語りかけてくる。
『君には、人間の心も、ポケモンの心も感じない。君の存在は、不自然なんだ』
「・・・我は、我として存在したいだけだ・・・ミュウであるお前なら、私のことを理解できるはずだと! あの船で目覚めたお前と出会った時から、感じていたのだ!」
『僕は、神でも仏でもない。ただのポケモンなんだ。・・・慈悲深くも無ければ、非情だ』
そう答える、イブの声は淡白だった。惑うことなく、自らのことを述べているだけ。
『・・・僕は、僕を探している。そのために、セイカには力を貸してあげている。セイカが願うなら、僕はこの力で君を倒す』
「ミュウの力は、そんなことのために存在していない」
『それは、お互い様だよ』
ミュウはゆっくりとMT4の傍へと近寄っていく。MT4は小さく腕を上げ身構えた。
『君は結局僕を警戒している。・・・人であり、ポケモンである僕のことを、人でもなく、ポケモンでもない君は恐れているんだ』
「我は我だ!・・・ミュウツー以外の、何者でもない!」
『創られた意思・・・偽りの感情・・・不快だ』
その言葉と同時に、ミュウの身体が激しく光り始めたかと思うと幾つもの光がその身体から放たれて、 ミュウツー目掛けて襲い掛かってくる。ミュウツーはそれを見切ってなのか、全ての光をギリギリでかわしつつミュウへと接近していく。
『君は、セイカの母親の命を奪った。セイカの意思は僕の意思。・・・セイカのために、僕の力はある』
「そんな、小さな人間の心のために、ミュウの力を使うなど・・・イブ、それは貴様のエゴだ!」
『・・・自分の存在意義を保つためだけに力を使う、君と何が違う?』
「重みが違う!我はミュウツー・・・いや、我こそがミュウだ!」
『アダムなら、そんな自分本位なことは言わない』
ついにミュウを自分の腕のリーチに捉えたミュウツーはその腕をミュウの方に向け、バシャーモに放ったあのエネルギー弾を練り始める。 ゼロ距離で放つ気だ。ミュウもまたそれに応える様に両手を自分の前に突き出して、同じようにエネルギー弾を練り始める。 二つの巨大なエネルギー同士がぶつかり合えば・・・それがどんな結果を生み出すのか、想像は難しくない。 互いのエネルギー弾が十分な大きさに達したのを見計らって、2匹のポケモンはほぼ同じタイミングで、 互いの目の前にいるポケモンに向けてエネルギー弾を放った。
「・・・これが・・・ポケモン同士の、バトルのレベルなのか・・・!?」
「あの戦いには巻き込まれたくないな」
大きな音をたてて、爆光が空に広がっていく。空中で激しい戦いを繰り広げている場所から少し離れた場所で、 数名の人間たちがその様子を見ながら状況の分析をしていた。
「で、どうします?主任」
「・・・仕掛けるには、タイミングが重要だ。なるべく、ミュウは巻き込まないようにしたい」
「ミュウとMT4を、引き離さなきゃいけない・・・ということで?」
「一瞬でいい」
主任と呼ばれた女・・・ソウジュが、空を見つめながら短く応えた。その手には、さっきゼンジに見せた、 あのエンブレム付きの携帯端末が握り締められていた。
「狙うのは、MT4一体だけでいい。・・・むしろ、ミュウは捕獲対象。傷つけてはいけない」
「・・・”ミュウは”、か・・・それはつまり、MT4の捕獲は、断念・・・そういうことで、いいんだな」
言葉を探るように、ゼンジはソウジュの方を見ながら問いかけた。ソウジュはゼンジのほうを振り返ることなく、 二つの光を目で追いながら問い返した。
「私は・・・非情だろうか?」
「・・・非情なら、そんな質問しないんじゃないか?」
「・・・そう言ってくれると、助かる」
一瞬だけ、ゼンジのほうに視線を向けて、ソウジュは少しばかり切なげな笑顔を作った。 それが今のソウジュの心をすべて表現しているかのようで、ゼンジはそれ以上言葉をかけることが出来なかった。
「・・・アリナ、お前の部隊なら・・・可能か?」
「さっきの・・・ミュウとMT4を引き離す話ですか?」
「あぁ、少しで良いんだ」
「まさかここで、やれないとは言いませんよ」
アリナは、自信ありげにそう答える。組織を代表する部隊長として、 如何なる作戦でも成功に導かなければならないという使命感もあるだろうし、今まではそれをやり遂げてきたという自負がある。
「あの戦いには、巻き込まれたくないんじゃなかったのか?」
「巻き込まれなければいいだけだ。・・・巻き込まれたとしても、隙を作ることは十分に可能だ。・・・私の部隊ならな」
ゼンジの言葉に、アリナは最後を特に強調して答えた。それだけ、アリナの部隊が優れているということだ。ゼンジもソウジュも、 それを認めているからこそ、彼女の自信溢れる言葉に何も言わないのだ。そしてアリナは、腰元に手をやると、 腰につけていた幾つものモンスターボールを手に取り、それを全て目の前へと放り出した。飛び出すポケモン達は、 いずれも飛行能力を持つポケモンばかりだった。そのうちの1匹、トリコロールの鮮やかな羽毛を持つ、ツバメによく似たポケモン、 オオスバメがアリナのことを見上げて高らかと鳴き声をあげた。
『キサラギ部隊長、総部隊員出撃準備が整っています。ご指示を』
「ありがとう、アロ・ダス・グロゥシュヴァルベ。すぐに出撃する。皆に準備を指示してくれ」
『了解です』
オオスバメはそう言って、翼を額のところにあて敬礼をし、すぐに振り返って他のポケモンに出撃の準備を行わせた。
「よく教育されているな」
「私達は一つの”部隊”だ。スポーツ感覚のバトルとは違う。・・・責任と、命を背負うのだからな」
アリナはそう言いながら、自分の上着を突然脱ぎ始めた。しかし、ゼンジはそれに動じることなく問いかける。
「お前も出るのか?」
「待っているのは、性に合わないんでね」
アリナは、すっと長い髪をかき上げ、一つゆっくりと深いため息をついた。そしてゆっくり自分の両腕を胸の前にあて、少し身をかがめる。 しばらくそのままじっとしていると、彼女の身体から淡い光が放たれ始める。
「・・・ハァッ!」
アリナは力を込めて叫びながら、その両手を横へと大きく広げた。その瞬間、光は一気に強くなり・・・ その光に包まれるアリナの姿が急速に変化を始めた。
広げたその腕からぶわっと山吹色の羽毛が噴出し始め、彼女の腕は一瞬にして大きな翼へと変化した。 彼女が身につけていた服は簡単に破けて、その中から姿を現した彼女の身体も、既に羽毛で覆われており、足はかぎつめをもつ、 鳥のものへと変化していた。口元は硬く変質したかと思うと、前へと突き出してくちばしに変化した。眉間からはオレンジ色と黄色の、 長いタテガミが髪の毛の代わりのようにぶわっと伸び、風になびいた。そして、自分の変化が終わったことに気付いたアリナは、 まるでその身を慣らすかのように、全身の羽を小さく振るわせて、そして高らかな声を上げた。
「ピジョーッ!」
それまでアリナがいたところには、先ほどのオオスバメよりも更に一回り大きな身体を持つ、ハトによく似たポケモン、 ピジョットが鋭い眼光を光らせてたたずんでいた。すると、周りのポケモンへの指示を終えたオオスバメが、 ピジョットに変身したアリナの傍へとより、彼女を見上げるようにして、先ほどよりもやや砕けた口調で話し掛けて来た。
『変身お疲れ様です、キサラギ部隊長。やはり、そのお姿はいつ見てもお美しい』
『アロ、毎度言われると流石に、世辞にもならないぞ』
『失礼しました。ですが、これはオスのポケモンとしての本音ですから』
『お前のそういうところ、嫌いではない』
『光栄です』
2羽の鳥ポケモンは、互いに笑みを浮かべながら向かい合っていたが、やがてピジョットは後ろを振り返り、 今は目線がはるか上となったソウジュのことを見上げて指示を仰ぐ素振りを見せた。
「この作戦、お前たちの部隊にかかっている。・・・頼んだぞ」
「ピジョッ!」
ピジョットは首を縦に振りながら、一つ力強く鳴き声を上げた。そして再び振り返り、 さっき自分がモンスターボールから出した自分の手持ちポケモンであり、そして今は同じポケモンとして仲間である、 部隊のポケモン達を見ながら声を上げる。
『これより、任務を開始する!まずは・・・』
ピジョットが、ポケモンの鳴き声を上げながら仲間のポケモン達に指示を出していく、 その後ろでゼンジは少し不満そうな表情を浮かべていた。
「相変わらず、アルファが嫌いみたいだな」
「・・・人がポケモンになる・・・未だに、しっくり来なくてな」
ソウジュの問いかけに、ゼンジはやや苦笑い気味に答えた。
「変身する姿を見ても、ぞっとする」
「だが、戦力としては貴重だ。人とポケモン、どちらの力も、どちらの頭脳も、持ち合わせている」
「それは、認めるさ」
ゼンジは、再度ピジョットたちのほうに目を向けると、それに背を向けてその場を立ち去ろうとする。
「何処に行くんだ?」
「アリナも、お前も、大丈夫だろう。俺がいなくても。・・・ロウトを、探さなくては」
「・・・任務よりも、大事なことか?」
「優秀な人材を、つなぎとめておくことも、組織には必要だ」
ゼンジはそう告げると森の奥のほうへと入っていった。ソウジュは、一つため息をつきながらそれを見送ると、 手にしていた携帯端末を自分の目の前へと運ぶ。それをしばらく、神妙な面持ちで見つめていたが、やがてその目線を空へと上げた。
「・・・いや、やはり・・・非情、だな・・・」
太陽の光と、その周りで激しくぶつかり合う二つの光のまぶしさに目を細めながら、小さく呟いた。
空で激しさを増す戦いをよそに、チコリータとカイリキーはある場所へと向かっていた。さっき、空のミュウツーへと向かっていき、 返り討ちにあって地面へと落ちたバシャーモを探して、その落ちた場所へ向かっていたのだ。
『こっちで、間違いないな!?』
『うん!私、ずっと目で追っていたから!』
息を切らしながら、2匹は言葉を交わした。その表情には、明らかに不安がにじみ出ている。バシャーモは・・・ロウトは、 バシャーモになってしまう前に、チコリータのエリザを助けようとして、既に傷を負っていたのだ。たとえ、 人間よりも丈夫で回復の早いポケモンの身体になったとしても、あの時受けたダメージがゼロになったとは思えないし、 そこにさっきのミュウツーの攻撃をまともに受けたのだ。
(無事でいてよ・・・もう・・・誰も、失いたくない・・・!)
祈るように、エリザは心の中で呟いた。折角、ロウトのことを思い出すことが出来たのに、 その直後に彼はエリザを守ろうとしてバシャーモになってしまったのだ。これ以上、彼の運命を捻じ曲げてしまいたくなかった。
『チコリータ・・・見ろ、マスターだ!』
『ロウト・・・!』
カイリキーのイルが指差した先には、ひざまずきながらもなお立ち上がろうとする、バシャーモの姿だった。しかし、既に脚は震えており、 まともに立ち上がれる状態じゃなかった。しかし、その目は空のミュウツーへと向けられている。・・・まだ戦う気なのか。
『まずい!マスター・・・まだ、やる気だ!』
『止めなきゃ・・・私が、止めなきゃ!』
エリザはそう叫ぶと、力強く地面を蹴り飛び跳ねると、一度身体を大きく後ろにのけぞらせて勢いをつけ、 首の周りからつるを何本もバシャーも目掛けて伸ばした。つるはすぐにバシャーモの四肢に絡みつく。チコリータは地面に降り立つと、 身体をひねらせてつるをピンと張り、バシャーモの動きを抑えようとする。
『カイリキー、今のうちにロウトを捕まえて!』
『分かってる!』
エリザの横を、カイリキーのイルがその重そうな体からは想像出来ない俊敏な動きで、バシャーモに駆け寄っていく。しかしバシャーモは、 そのボロボロの体の何処にまだ力を残しているのか、絡みついたエリザのつるを必死で振り切ろうとする。 明らかに力負けをしているエリザだったが、何とかバシャーモを引きとめようと、四肢に力を込めて必死で彼を抑えようとしていた。
(私が・・・私が、止めなきゃいけない・・・ロウトを、助けてあげなきゃいけない!)
そう思うと、つるを引く力も次第に強くなっていく。まずはロウトを止めて、気持ちを落ち着かせなきゃ。・・・ロウト、 自我を取り戻したらきっと、自分の姿に戸惑うだろうなぁ。そうしたら・・・あの頃とおなじ笑顔で、迎えてあげよう。 過去のロウトを知っているのは私しかいない。そして、過去の私を知っているのも、ロウトしかいない。・・・だから、助け出す。 エリザはそう何度も何度も言い聞かせて、その小さな身体で踏ん張り、ロウトの動きを抑えていた。・・・が、その時だった。
『・・・姉・・・さん・・・?』
『ッ・・・誰・・・の声・・・!?』
不意に、エリザは聞き慣れない声を聞き取っていた。・・・いや、聞こえたと言う表現は少し適切ではないかもしれない。その声は、 まるで耳鳴りのように、エリザの頭の中で響いたのだ。しかも、その声はすぐには終わらずに、断続的に、断片的に、強まり、弱まり、 また強まりエリザの頭の中でうごめきまわるのだ。そして、それとあわせて、黄色い光が頭の中のヴィジョンに広がっていく。
『僕は・・・僕は誰なんだ!?』
『・・・誰、なの・・・この声は・・・!また、私の過去の記憶・・・違う、私の記憶じゃない、何かが、私の中に、入り込んで!』
『・・・何で・・・僕の中に・・・人間の姿の・・・』
『何・・・何なの・・・これは・・・ハクリュー?・・・リザードンに、グラエナ・・・これは・・・誰が見ているヴィジョンなの・・・! ?』
突然、頭の中に広がっていく不可解な声とイメージにエリザは動揺し、バシャーモを押さえつけられる状況ではなかった。 自然とつるは緩み、バシャーモはまた今にも飛び立ちそうになる。
『何をしている、チコリータ!?マスターが・・・!』
『ダメ・・・分からない、私は・・・何なの・・・!?どうして、私が・・・知らない誰かのヴィジョンを、知ることが出来るの・・・!? 』
『チコリータ・・・?おい、しっかりしろ!お前が・・・マスターを止めなきゃいけないんじゃなかったのか!?』
カイリキーがバシャーモに近寄るには、あと数秒必要だが、その前に、バシャーモはつるを振り払い飛び出してしまいそうだった。しかし、 完全に冷静さを失っていたチコリータには、目の前のバシャーモを止めなければならないという目的も見えなくなっていた。
『クソォォッ!』
カイリキーは沢山有る腕のうち一本を思いっきり伸ばした。せめて、少しでも早くマスターの傍へと駆け寄り、 彼を捕まえなければならない。その想いが、イルを焦らせてしまった。・・・踏み込むタイミングが早すぎたのだ。既にバシャーモは、 チコリータのつるを振りほどき、完全にその身体は自由を取り戻していた。バシャーモは、 素早くカイリキーとチコリータの方を振り返って少しの間見ていたが、すぐに上へと向きなおすと、 再びその脚に力を込めて空へと飛び上がってしまった。
『マスター・・・マスタァァァァッ!』
カイリキーの声が虚しく響き渡った。何も出来なかった。バシャーモの姿となり、自我を失い、 ただミュウツーに向かっていくだけのロウトを止めるどころか、触れることさえ出来なかった。不甲斐なくて、歯痒かった。ギリッっと、 歯を食い縛る音が小さく音が響いた。
『私に・・・何が起こってるの・・・私は・・・何のために、生かされてるの・・・!?』
チコリータは、自分の身に起きた出来事におびえながら震えていた。何もかも分かったはずなのに、何もかも思い出したはずなのに、 全ては指の間から落ちる砂のように、エリザの元にとどまらず流れ出ていこうとしている。それをつなぎとめるために、 エリザがもう一度立ち上がるには、少しだけ時間が必要だった。
μの軌跡・逆襲編 第15話「交錯」 完
第16話に続く
見ててドキドキしてますw
どこかで起こってる事を見る事ができる
これってエリザの力なんでしょうかね
次も楽しみです頑張ってください^^
★宮尾レス
ゼル様、コメント有難う御座います。
今回エリザが見えたヴィジョン、その意味が何なのかは、今後の物語の中で少しずつ語られていきます。
これからの展開もお楽しみ下さい☆