2007年10月22日

ラベンダーフォックス 第16話

ラベンダーフォックス 第16話「反撃脱兎!トルネードオウルとデュオデック!」

【人間→獣人】

 

雨上がりの重く淀んだ空気が、割れたガラスの隙間から吹き込んでくる。半分壊れかけた私の家の天井から、時折雨の雫が落ちてくる。・・ ・そして、その中心で今、2匹の獣人が互いに鋭い目つきでにらみ合っている。私の家に侵入してきた、猿の獣人である更科と、九重ノ司の一人・ ・・風の力を司る者である睦美さんが変身したフクロウの鳥人、トルネードオウルと。嵐の前の静けさと言うけれど、嵐は既に一度通り過ぎ、 この静けさはその嵐がもたらした沈黙だった。そして・・・更科が少しにやけた表情を浮かべながら、その沈黙を破った。

 

「・・・ハッ、アレかい?テメェはもう少し・・・楽しませてくれるのかい?」

「残念だが・・・無理な話だ」

 

睦美さんは・・・トルネードオウルは、そのフクロウの鋭い眼光を一層光らせて、そのフクロウのくちばしを静かに動かして、そう答えた。 ・・・そして、こう言葉を付け足した。

 

「楽しむ時間など・・・与えないからな!」

 

そう叫んだ瞬間、トルネードオウルは翼と化したその大きな両腕を大きく振るった。するとその翼全体が薄い緑色の光に覆われ、 瞬く間に激しい風が巻き起こった。彼女の周りの瓦礫や埃が舞い上がり、彼女の姿を覆い隠す。

 

「ハッ、アレかい?それで・・・隠れているつもり・・・!?」

「隠れなどしない」

 

更科の耳障りな声を遮るように、静かで力強い睦美さんの声が聞こえた。そしてその声は・・・それまで睦美さんがいたところではなく、 更科の後ろから聞こえてきたのだ。

 

「こッ・・・!?何時の間に・・・!?」

「遅いッ!」

 

睦美さんは、羽ばたくように翼を大きく広げ、バランスをとりながらその上体を大きく反らし、鋭い爪を持った足を更科へと叩きつける。 更科は急いで腕でそれを防ぎ、何とか持ちこたえる。

 

「・・・ハッ、こんな軽い蹴りでっ!」

「だから・・・どうした!」

 

更科が腕を解き、再び構えようとする前に、トルネードオウルは既に2発目の蹴りを中段から繰り出していた。それも更科は辛うじて防ぐ。 ・・・が、トルネードオウルはスムーズに重心を移動させると更にもう一発、反対の足を上段に放つ。 流石の更科も何度も素早く繰り返し繰り出される蹴りに対応できなかったのか、腕を上げようとした時には既に、 トルネードオウルの蹴りは更科の頭部にクリーンヒットし、彼の脳を激しく揺らした。

 

「ガッ・・・!?」

「・・・眠るには・・・まだ早い・・・ぞっ!」

 

意識と身体のコントロールを失いかけている猿の獣人に対して、梟の鳥人は容赦をしなかった。トルネードオウルは、 更科の頭に当てたその足をそのまま高く上げ、すぐに勢いよく振り下ろした・・・かかと落としだ。焦点の定まっていない更科に・・・ その猛攻をかわす術は・・・無く!

 

「セィァッ!」

 

その睦美さんの掛け声と共に、更科は床に叩きつけられた。・・・しかも、よほど強く蹴り下ろされたのか、彼の身体はバウンドして、 また少し浮かび上がった。・・・トルネードオウルがそれを見逃すはずも無かった。さっき振り下ろされたばかりの足は、 既に更科に対して再度ロックオンされていた。そして振り上げられるトルネードオウルの足。浮かび上がる更科の身体。・・・そしてなおも、 トルネードオウルはその鋭い目つきで更科を睨みつけながら、声さえ上げない更科に対して徹底して蹴りを打ち込んでいく。・・・まるで、 サッカーボールでリフティングでもしているかのように。しかも・・・トルネードオウルのくちばしは・・・心なしか緩んでいるようにも見える。 ・・・楽しんで・・・いる・・・!?

 

「・・・睦美・・・さん・・・!?」

「あ〜、ありゃスイッチ入っちゃったね」

「松原さん・・・スイッチ・・・って?」

「睦美ちゃんはね・・・潜在的に闘争本能が強いみたいでさ。・・・一度戦い始めると、止められなくなっちゃうんだよね」

 

・・・闘争本能。・・・つまりは、戦いたいという衝動、のこと。・・・という解釈で良いのかな・・・。

 

「・・・私には・・・無い感情かも・・・しれない・・・」

「え?」

 

松原さんが、聞き返してきて、私は思わずはっとした表情で松原さんのことを見返したが、すぐに戦いを続ける睦美さん・・・ トルネードオウルの方に向き直って、言葉を続けた。

 

「・・・戦いたいっていう・・・気持ち。戦わなきゃって思うことは出来るのに・・・」

「別にさ、ラベンダーフォックスが・・・戦いたいって強く渇望する必要は無いと思うよ?」

「・・・でも・・・」

「睦美ちゃんだってさ、戦いたいって思って戦ってるわけじゃない。・・・そうでもして奮い立たせないと・・・睦美ちゃんの場合は、 勝てないからね」

 

松原さんは、私の方を見つめながら、冷静な口調でそう答えた。・・・確かに、 睦美さん自身だって戦いたくて戦っているわけじゃないだろう。・・・だけど、今は不甲斐ない私の代わりに戦っている。・・・本来、 こういった戦いは、ラベンダーフォックスである、私の役目のはず・・・なのに。私は自分で自分が恥ずかしくて・・・どうしようもなく、 不甲斐ない自分が、情けなくて・・・思わず、耳も尻尾もたたんでしまっていた。

 

「・・・ところで、そっちでたたずんでる・・・イノシシさん?」

「・・・俺か・・・?」

 

松原さんは、私を慰めるように私の頭にぽんと手を置きながら、目線は奥にいたイノシシの獣人・・・井筒刑事の方へと向けた。

 

「おたくは戦わないのか?」

「・・・戦って欲しいのか?」

「いいや。・・・ただ、戦うってんなら相手になるし、戦わないって言うなら・・・ちょっと話を聞きたくてね」

「話?」

 

イノシシは、松原さんの言葉に尖った耳をピクっと動かして興味を示す様子を見せた。その仕草を見逃さなかった松原さんは、 少し口元をほころばせて・・・だけど、目つきは今まで見たこと無いほど厳しいものとなって、井筒刑事のほうを見ていた。

 

「・・・井筒司郎。26歳。北海道警察の巡査部長・・・調べはついてるんだ」

「俺のことを・・・!」

「知っているさ。井筒刑事さん。・・・あんた、金融会社の不正を追っていたはずだろ?・・・何でそんな姿で、そっちにいるんだ?」

「さぁ・・・な。成り行き上こうなっているだけだ。・・・止むを得なかったのさ」

「止むを得ない・・・ねぇ」

 

松原さんは一度井筒刑事から目線を放し、父さんのほうを見ると、私から距離を取って井筒刑事のほうに近寄りながら、 目で父さんに何かを合図した。・・・多分、私のことを守れっていうことだろう。そして松原さんは井筒刑事に近づいていく。

 

「他人の家に不法侵入して・・・荒らして・・・その上、命を奪うことが”止むを得ないこと”だっていうのか?」

「・・・捜査は実力だけじゃ成功しない・・・勘だけでも・・・人間関係だけでも・・・」

「・・・あんたの、刑事魂なんてこっちは聞いてないんだけど?」

「・・・自分のなすべき事は・・・自分で決める。・・・求める答えがあっていれば、求める式の・・・過ちなど!」

「そういう学者的な物言い、嫌いじゃないけど・・・こっちが問いかけている内容に答えてくれないと・・・腹が立つね。いい加減にさぁ! 」

 

・・・松原さんの表情が・・・それまで見たこと無いほど険しいものだった。・・・この人でも・・・こんな表情するのか。

 

「松原君も・・・少し頭に血が上ってきてるね・・・彼らしくない」

 

父さんは一人、冷静な口調で周りの様子を窺っていた。・・・だけど、噴出している汗が凄い。やはり・・・結界を維持し続けるのは、 並みのことではないのだろうか。

 

「父さん・・・大丈夫?」

 

私は、自分をかばおうとする父の額を、自分の腕の毛でそっとぬぐって見せた。・・・今の私には、こんなことしか出来ないと言う事実が・ ・・悲しかったけど。

 

「あぁ、大丈夫だ。これ位・・・僕だって乗り切らなきゃいけない」

 

・・・父さんだって、この苦しい状況を乗り切ろうとしている。睦美さんが戦っている。松原さんも、井筒刑事と戦うつもりだ。・・・ なのに・・・私一人が・・・こんな、こんなことで折れそうで・・・!

 

「私は・・・無力だ・・・!」

「光音ちゃん・・・」

「戦わなきゃいけないのに・・・守られて・・・!」

「・・・守られる勇気も・・・時には必要だ。君は・・・ゆっくり、強くなっていけばいい。・・・そのために、睦美ちゃんや、 太一君がいるんだから」

 

父さんは、少し微笑みながら私にそう言い聞かせてくれた。・・・ありがたい言葉だけど・・・同時に腑に落ちない言葉でもあった。 それじゃまるで・・・私のために、睦美さんや松原さんがいるような意味になってしまう。・・・人は・・・ 誰かのために生きているわけじゃないはずなのに。私が強ければ・・・皆に、こんな苦労なんてかけるはず無いのに。

 

「・・・悔しそうだね」

「・・・私は・・・ラベンダーフォックスは、戦うための存在だから」

「それは、僕等が・・・勝手に決めたことであって、光音ちゃんが・・・望まないなら、僕は・・・無理強いなんてしない」

「でも、戦うって決めたのは私なの。・・・だけど・・・私には・・・多分、何かが・・・足りない・・・」

 

私は呟きながら、自分の手を・・・肉球膨らむその手をじっと見つめていた。・・・たとえ、目線を戦いからそらしていても、 睦美さんが戦うその音は耳が拾っているし、松原さんと井筒刑事の張り詰めた空気はヒゲで感じることが出来る。・・・ ラベンダーフォックスの感覚が、きちんと戦いを捉えている。・・・なのに、そのラベンダーフォックスの身体を動かさなきゃいけない私は・・・ 何一つ、出来やしないじゃないか。何を決意して・・・何を願って・・・ここに来たの、私は!

 

「・・・もし、光音ちゃんが・・・力を・・・求めるなら」

 

不意に父さんが、狐の顔で悔しい表情を浮かべる私の顔を覗き込むようにしながら語りかけてきた。

 

「もし・・・光音ちゃんが望む力が・・・”戦う強さ”なら・・・僕はそれを手助けできるかもしれない」

「え?」

「・・・今すぐには無理だけど・・・こんな状況だし。・・・だけど、僕だって一応、光音ちゃんの父親だ。やれる限りのことはしたい。・ ・・娘の願いを叶えられないで、父親面するわけにもいかないしね」

 

父さんの眼鏡が、月の光を受けてきらりと光った。・・・それを見て、聞いて、感じて。私は・・・身体が妙にゾクっとなる感覚を覚えた。 ・・・何だろう、この感覚は。期待とも・・・不安とも取れる、自分で整理出来ない奇妙な感情。背中に氷を入れられたような、気味の悪い感じ。 ・・・どうして、実の父親が自分の身を案じる言葉をかけてくれたことに・・・こんなこと思うんだろう・・・?私が、 自分の胸に広がる言い知れないモヤモヤとした感情に戸惑っているその間にも、トルネードオウルは徹底的に更科に攻撃を加えていた。・・・ 私が目を放している隙に、更科は意識を取り戻して、自分の力で立ち直ったようだが、 トルネードオウルがマシンガンのように連続で繰り出す蹴りに、防戦一方だった。

 

「グッ・・・こ、ちぃ・・・アマのぉ・・・分際でェェッ!」

「弱い・・・猿ほど吠える!」

 

時折更科は、手に持ったナイフや空間に新たなナイフを作り出してトルネードオウルに攻撃を加えようとするが、風の力を持ち、 更にフクロウの広い視野を持つトルネードオウルには通用しなかった。・・・睦美さんは確かに強い。だけど、ここまで一方的なのは、 単に強さの差だけじゃなくて、相性の問題だろう。更科が最初に言ったとおり、トルネードオウルの蹴りは、端で見ていても軽く見える。・・・ だが、その蹴りを何度も繰り出されれば、それを止める術がなければ、簡単にワンサイドゲームになるのだ。

 

「俺はぁ・・・デュオデックのォ、選ばれた・・・デュオデックの、更科・・・八代(やしろ)だぞ・・・なのに・・・なのにィィ!」

「騒ぐな。耳が汚染される」

「このぉ・・・鳥女がぁ!」

 

明らかに理性を失った更科は、再びトルネードオウルに切りかかろうとし、 トルネードオウルは冷静に彼のナイフを蹴り落とそうと高くその足を上げようとした。そして更科の手をトルネードオウルが蹴り払う・・・ はずだった。なのに、トルネードオウルの蹴りは更科に当たらなかった。・・・よけられたわけじゃない。更科のナイフも、 トルネードオウルには当たっていない。・・・代わりに、それを受け止めていたのは・・・別の存在だった。

 

「・・・そこまでです・・・」

 

トルネードオウルと更科は、驚きの表情で間に割って入った存在に目をやった。・・・いや、驚いているのは2人だけじゃない。 私だって驚いている。・・・なぜなら、その影は今までここにいなかった存在なのだ。・・・しかも、その姿は・・・人間じゃない。

 

「・・・強すぎることも・・・弱すぎることも・・・罪ですね。・・・面白みが無いもの・・・」

 

更科のナイフと、トルネードオウルの蹴りを止めたのは、なんとそれぞれ左右の手の共に人差し指一本だった。・・・だが、その手は、 人間の健康的な皮膚の色じゃない。その手は・・・いや、全身が白い獣の毛で覆われているのだ。

 

「誰だ・・・貴様・・・」

 

トルネードオウルは、睦美さんは、その鋭い目で目の前の影を睨みつけながら問いかけた。・・・軽いとはいえ、 人間のそれよりも遥かに威力のある彼女の蹴りを、いとも簡単に止めたのだ。・・・冷静な睦美さんでも、少しはいらだつだろう。

 

「・・・味方だと思って?」

「敵なら・・・容赦はしないぞ・・・?」

 

間に割って入ったその影は、睦美さんの響くような脅しにも臆する様子一つ見せず、人差し指をすっと滑らかに動かし、 更科の腕とトルネードオウルの脚を軽々と払い除けた。・・・その時に起きた風で、その影の長い髪が・・・いや、違う。長い・・・耳だ。 長い耳が、ふわっとなびいた。そしてそのままゆっくりとこちらに振り返り・・・その赤く澄んだ瞳で、私のことをチラッと見たようだ。そして、 小さく呟く。

 

「はじめまして・・・九重ノ司の皆さん。・・・私は、デュオデックの・・・見ての通り、ウサギの者です」

 

・・・そう、更科とトルネードオウルの間に割って入った影、それは柔らかな白い毛を持つ、ウサギ・・・の姿を持つ人間・・・ ウサギの獣人がいたのだ。口ぶりや、声からすると女性だろう。身体つきも、腰元や胸元に丸みを帯びていて、 ウサギの柔らかな身体と相まって独特の魅力を持っている。・・・って、私何言ってるんだ。女なのに。・・・しかも、相手は敵なのに。

 

「テメェ・・・何で来やがった!?俺が・・・俺がラベンダーを任されたこと・・・忘れたのかい!?」

「・・・そのラベンダーフォックスの仲間一人倒せずに、返り討ちにあって・・・強気な発言が出来る神経は、私には理解出来ません・・・ 」

 

ウサギは、ボロボロになった更科のことを見向きもせず、赤く冷たい瞳は私に向けられたままだった。・・・それにしても、 一体いつの間にここに入り込んだのか。今は父さんが結界を張っているから、父さんが許可した人間以外は入れないはずなのに。それに・・・ 鋭敏になっているはずの、ラベンダーフォックスの本能が、五感が、全く彼女に気付かなかった。音も、気配も無く、彼女は突然現れたのだ。

 

・・・突然・・・気配も無く・・・?待って・・・前にもそんなことが・・・!?

 

「・・・何か・・・言いたそうですね・・・ラベンダーフォックス・・・」

「ッ!?」

 

私が記憶を辿ろうと考え込もうとした瞬間、今度はウサギの獣人は私と父さんの間に割り込んで立っていた。ふと、 トルネードオウルの方に目をやると、やはりそこには既にウサギの獣人の姿は無い。・・・この一瞬で移動したのだ。・・・そう、 こういう動きをする敵に・・・私は心当たりがある。

 

「・・・そう構える必要はありません・・・私は、戦っても・・・貴方に勝つことはできませんし・・・貴方も、 私に勝つことはできませんから」

「・・・戦う意思が無いのは・・・分かった・・・けど、だったら、一体何が目的でここに来たの?」

 

私は、ぐっと彼女を撥ね退けたくなる衝動を押さえながら、息を押し殺して、なるべく冷静な素振りで問いかけた。

 

「うちの者がご迷惑をおかけしたようですから・・・連れて戻ろうかと思います・・・」

「・・・昨日のように?」

「昨日・・・あぁ、あのビルで・・・」

「・・・あの時、私が倒した・・・井筒刑事を、音も無く、気配も無く、連れ去ったのは。・・・貴方でしょう?」

「流石に気付きましたか・・・ラベンダーフォックスは頭の回転が速いと聞いていました。・・・話の通りですね」

 

ウサギの獣人は、またいつの間にか移動をして、今度は井筒刑事と松原さんの方に移動していた。

 

「井筒さん・・・貴方も貴方・・・戦う素振りが感じられなかったようですが?」

「・・・だったら・・・どうだって言うんだ?」

「どうも言いはしませんが・・・ただ、貴方の立場だけは勘違いしない方がいいかと・・・」

 

赤く光る、ウサギの瞳は何処か・・・恐怖を感じさせた。丸みを帯びた愛らしい外見とは裏腹に、感じる気配は、とても冷たいもので。

 

「今日のところは、我々が引き上げます。・・・既に戦える状態ではない者と、戦う意思が無い者とでは・・・ 我々に勝ち目などありませんから・・・」

「そう簡単に逃がすと思っているのか?」

 

不意に、ウサギの言葉を遮るようにして睦美さんの声が聞こえてきた。それと同時に、 トルネードオウルが目にも止まらぬスピードでウサギとの距離を詰めていた。・・・そう、トルネードオウルも、 常識を超えたスピードを持っている。まるでウサギの獣人のように、いつの間にか、気がついたら全く違う場所に移動している。・・・だけど、 それはトルネードオウルのスピードが速いから、と言う理由がしっかりと理解できる。そして、 トルネードオウルの動きはたとえ対応できなくても、”移動した”と言う事実は情報としてしっかり理解して処理できる。例えば、気配の変化、 空気の流れの変化、熱量の変化、獣の本能でそれらをしっかりと感じ取ることが出来るから、 トルネードオウルが移動した事実を知ることが出来る。・・・だけど、このウサギの移動の仕方には、それを感じないのだ。

 

「・・・そう簡単に逃げられると・・・思っています」

 

トルネードオウルに応えるようにして聞こえてきたウサギの声は・・・既に、トルネードオウルの目の前にはいなかった。・・・しかも、 同時にあの大きな井筒刑事の、猪の姿も消えていたのだ。

 

「ッ・・・早い・・・!?」

 

早い・・・違う、スピードの問題じゃない。動きが早いということではなく・・・根本的に、違うんだ。多分・・・移動という概念が。

 

「私達はデュオデック・・・古びた神々の忌(いみ)の時代の幕を下ろし・・・新しく人の穢(けがれ)の時代を創世する者・・・」

 

ウサギの獣人は、既に井筒刑事と共に更科の横に移動しており、その口から低く・・・力強い声で、そう語った。

 

「忌まわしき世界から、穢れた世界への改革・・・ねぇ。その思想には、ちょっと魅力を感じないんだけどな」

 

対峙する相手を失った松原さんは、既に離れたウサギに対して、うっすらと笑みを浮かべながら切り替えした。・・・でも、 私にはウサギの言葉の意味そのものが納得言っていなかった。何故、神が忌むべきものなのか。何故、人が穢れた存在なのか。・・・神は、 信仰は大切な物だし、人がいるから、信仰は存在するのに。

 

「デュオデックは、何かのために戦う組織ではありません。・・・この戦いに、この戦いの結末に、魅力などあるはずありません」

「だったら、何のために・・・何をどうしたくて、ラベンダーフォックスの命を狙ったんだ?」

「簡単なことです。ラベンダーフォックスの生命力の解放・・・すなわち、”9つの力の集結”が成立しないことです」

「・・・なるほどね。よほどこっちのことを良く調べているみたいだ」

 

松原さんの瞳が、眼鏡の奥で光った。・・・また、私にはよく分からない話が出てきた。・・・予想は、何となくつくけど。

 

「神と神が戦うなど・・・下らない歴史は、神以外の手によって止めなければなりません。・・・それが、デュオデックなのです」

「ただの驕りだね。・・・神の戦いを、人が止めれるものではないし、止めていいものではない」

「・・・やはり、話は通じないみたいですね。所詮は、神を妄信する使いでしかないのですね。・・・松原太一さん」

「これはご丁寧にこっちの名前までご存知で。・・・かわいい女性にそう呼んでもらえるとやっぱり嬉しいね、ゾクゾクしてきた!」

「うるさい。黙れ変態」

 

そう言ってトルネードオウルは、その翼で松原さんの脇腹に肘打ちを入れた。・・・あれって肘って呼んでいいのかな・・・?というか、 こんなシリアスな場面でも、それをやるんですか。

 

「・・・デュオデックは、目的を遂行するために、手段を問うつもりは有りません。・・・ですが、私たちにも、信念があります。・・・ これ以上の戦いは、互いに望むところではないはずです」

「ま、損得勘定すれば、そうだろうね・・・いいよ、今日は見逃そう」

「副代表!正気か!」

「数的には優位に立っているけど、あのウサギの子には、攻撃当てられそうも無いしね。無駄な時間と労力を消費するのは、 避けたいところだし」

「・・・ふん」

 

トルネードオウルはその大きな翼を、胸の前で組みながら松原さんから目線をずらして、小さくため息をついた。松原さんはそれを見て、 少しほっとしたような表情の笑みを浮かべながらトルネードオウルの事を見たが、すぐにウサギの方を向き直した。

 

「帰ったら、君たちの大将に伝えてくれ。・・・喧嘩を売るなら買う。・・・けど、対話の余地が有るなら、その機会も設けたい・・・ ってね」

「帰ったら・・・そうですね、帰ってからお伝えします。・・・では・・・」

 

ウサギは一度、小さく頭を下げて、そして再び上げると同時に、腕を小さく振るった。・・・すると、ウサギと井筒刑事、 更科の影が急にぼやけ、次の瞬間には姿も、気配も消えていた。・・・まるで、そこに初めから何も無かったかのように。

 

「デュオデック・・・ねぇ。面白い組織があったもんだ」

「面白い?下らんだけだ」

 

松原さんとトルネードオウルは誰もいなくなった空間を見つめながら言葉を交わした。私はそれを後ろで見ながら・・・ 何も言葉を出せずにいた。

 

デュオデック。私たちにとっての新たな敵。・・・いや、目立った動きを見せないヴィスタディアよりも、 こちらの方が明確な敵と言うことになるだろう。・・・私の命を狙ってくるのだから。その敵に対して、私はまだ、守られることしか出来ない。

 

私は・・・弱い。ラベンダーフォックスとして。戦うには・・・力が必要なんだ。私は悔しさをぐっと押し殺しながら、 松原さんたちと同じように、誰もいなくなった空間を見つめながら、静かに心の中で決意した。強くなる。デュオデックに負けない強さを、 手に入れてみせる、と。

 

既に空の雨雲は晴れて、結界越しに月の光が差し込んできていた。光に照らされながら・・・私達4人は、新たな戦いの予感に、 不安と決意をそれぞれの胸に秘めた。

 

そしてこの瞬間が、九重ノ司としての、本当の戦いの始まりだった。

 

 

ラベンダーフォックス 第16話「反撃脱兎!トルネードオウルとデュオデック!」 完

第17話に続く

この記事へのコメント
更新お疲れ様です^^。今回も楽しく読ませてもらいました。

また新しいキャラが出てきましたねぇ。うさぎって所を見ると非戦闘向きの様な気もしてましたが、どうやらそうでもないみたいですね^w^;。

う〜ん、先が気になりますw。次も更新がんばってください!

PS、睦美の「耳が汚染される」・・・吹きましたwww。

★宮尾レス
人間100年様、コメント有難う御座います。
また新キャラが出てしまいました。が、これでメインキャラは全員出揃ったので、今後は沢山キャラが増えることは無いと思いますw
ラベンダーフォックスのライバルの一人にウサギを出す構想は当初から有りまして、あまり戦闘に向くキャラではありませんが、その分他にはない魅力や能力を持たせていければいいなと思っています。

睦美さんは・・・まぁ、ああいう人なのでw
Posted by 人間100年 at 2007年10月22日 21:40
新たな敵、新たな戦いの始まり
これからも見逃せない展開になりそうですねw

楽しみにしてます

★宮尾レス
ゼル様、コメント有難う御座います。
楽しみにしていただき嬉しいです。これで主要キャラが大体揃ったので、いよいよ本格的な物語の始まりとなりそうです☆
Posted by ゼル at 2007年10月23日 21:25
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