2007年10月01日

見えない真実、確かな絆

見えない真実、確かな絆

【人→獣】

由薙六馬様からの小説バトンを受けて

お題:「獣人」「手」「徐々に」

 

目に見える全てが、真実とは限らない。

 

私がその言葉を始めて耳にしたのが何時だったのか、今は思い出せない。初めてその言葉を聞いたとき、 よく意味が分からなかった記憶があるから、割と小さい頃だったんじゃないかと思う。だけど、その言葉は私の中で強く印象に残っていて、 今でもふとした瞬間にその言葉を思い出すときがある。

 

例えば、食品添加物の話が出たり、人は見かけで判断しちゃいけないなんて話になった時とかに、 私の中にはふとこの言葉が浮かび上がってくる。・・・だけど、だからどうということはない。確かにその言葉を正しいとは思いながらも、 それほど深く意識もしていなかった。だから私がどうしてこの言葉が私に強く根付いているのか、自分でも分からなかった。

 

「どうしたの、ソウちゃん。ぼうっとしちゃって」

「え?」

 

私が放課後一人教室でそんなことを何と無く考えていると、ふと横から一人の少女が声をかけてきた。

 

「ユッコ・・・ううん、何でもない。ただ、何となく考え事してただけ」

 

私は、声をかけてきた幼馴染にそう答えながら、すっと立ち上がった。

 

「ソウちゃんってさ、昔からすぐに考え事とかするよねー。時々声かけても気づかなかったりとか」

「はは・・・まぁ、うん、そういうこともあるってことで」

 

少し笑いが乾きながら、私はユッコの言葉にそう応えた。私はすっと髪をかき上げて、そばにあったカバンを持ち上げた。 そして教室の外へと向かう。

 

「それじゃ、帰ろっか」

「うん」

 

ユッコは私の傍にぴったり寄り添って、2人揃って教室を出た。・・・私達はいつも一緒にいることが多かった。幼馴染として、 中学2年になった今でも、ずっと変わらず親友のままだった。それだけ私達は、互いのことを信頼していた。

 

「双葉ー、悠子ー!」

 

私たちが玄関で靴を履き替えようとしている時、クラスメイトの女の子が声をかけてきた。

 

「これからさ、ちょっと町の方に行こうと思うんだけど、一緒に来ない?」

「うん、行く行く!」

 

ユッコは明るい笑顔でそう答え、くるっと回って私のほうに振り返った。

 

「ソウちゃんも、一緒に行こ!」

「うん、勿論」

 

私が小さく頷くと、ユッコは私の手をぎゅっと握って笑顔を浮かべた。そして急いで私の手を引きながら、 私たちを呼び止めた女の子の傍に向かう。友達と笑いながら話をして町へと向かう私達。楽しい学校生活をまさに満喫している私達。 極普通のありふれた女子中学生ライフを続けている私。今までも、そしてこれからも、こうした毎日が続くと思っていた。

 

 

 

ソウちゃん、それはユッコが私を呼ぶ時のあだ名。私の名前が”双葉”だから、”双”を”ソウ”と読み間違えたのがきっかけだった。

 

ユッコ、それは私が、私の親友、悠子を呼ぶ時のあだ名。こっちは何のひねりも無い、分かりやすい呼び名だ。

 

私達はもうずっと、小さい頃からその名前で互いを呼び続けてきた。あだ名を付けたのもお互いで、何をするのも一緒。私が泣いていた時、 ユッコが慰めてくれたのが2人が出会ったきっかけ。それ以降、幼稚園、小学校、中学校と共に育ってきた。勿論、 互いにとって互いだけが友人と言う事も無い。他の生徒たちとも仲良くしているし、だから友達も多かった。それでも、 例え友達が増えても一番の親友は私にとってユッコだったし、ユッコにとっては私だった。傍にいると、安心する。喜びも悲しみも、 沢山分かち合ってきた大切な存在だった。

 

 

 

「それじゃあ、またねー」

 

町で一通り遊び終わった私達は、日が暮れる頃互いの家へと帰っていった。勿論、ユッコや私も。しかも私達は、 互いの家が町から見ると逆方向にあるため、すぐに別れなければならなかった。でも、明日になれば、またユッコに会えると思っていたし、 寂しいという感情はわかない。むしろ、明日またユッコに会える楽しみの方が強かったから。

 

・・・そう、ユッコが私の傍にいてくれる事が当たり前だと思っていた。ユッコが私と一緒にいることを喜んでくれていると思っていた。 それが、私にとって極当たり前の・・・真実だと思っていた。

 

その日の午夕方、もう日も落ちかけた頃、私は家に向かって歩いていた。あまり遅くなれば両親が心配してしまうから、 私は少し小走り気味で道を駆けていった。・・・その時、私の前の方から一人の少年が歩いてきていた。姿を見ると、ウチの制服を着ている。・・ ・だけど顔に見覚えが無い。別のクラス・・・いや、別の学年だろうか。・・・第一、こんな時間に町の方に向かうなんて、ちょっとおかしいな・ ・・そんなことを考えながら、彼の横を通り過ぎようとした・・・その時だった。

 

「比留間・・・双葉・・・」

「えっ・・・?」

 

私は、不意に自分の名前を、フルネームで呼ばれて思わず立ち止まってしまう。・・・周りに人は・・・他にいない。だとすれば、 私の名前を呼んだのは・・・すぐ傍にいるこの少年しかいない。

 

「・・・あの、何か・・・?」

「・・・君が、比留間 双葉で間違いない・・・よね?」

「はい・・・あの、何組でしたっけ・・・?」

 

私は、顔に覚えの無い彼に対して、何とか記憶の中に彼の情報が無いか、 或いは知らなくてもせめて同じ学校の生徒としてその存在を知る素振りを見せないと失礼だと思い、彼に問いかけた。

 

「・・・君は、何組?」

「え・・・4組・・・ですけど・・・」

「じゃあ、俺も4組だな」

「・・・ぇ・・・?」

 

言ってる意味が分からない。何故私のクラスと彼のクラスが同じになるのか。・・・私は彼のことは知らないし、 第一クラスメイトは全員把握している。・・・ひょっとして転校生?・・・いや、時期的にも転校生が入ってくるようなタイミングじゃない。・・ ・じゃあ・・・誰・・・!?

 

「・・・あの、どちら様・・・でしょうか・・・?」

「・・・俺の姿に・・・記憶は無い?」

「え?・・・何処かで・・・お会いしましたっけ・・・?」

「・・・まぁ、良いさ。君にとって・・・俺は・・・その程度の存在だろうから」

 

・・・何だか意味深な言葉だ。・・・やっぱり何処かで会っているのだろうか。だとすれば、彼を傷つけてしまっている事になる。 謝った方が良いだろうか・・・そう考えているうちに、彼は小さく笑みを浮かべると私の傍に寄ってきた。

 

「・・・まぁ、明日になれば分かるさ・・・君の見てきた真実が・・・本当に真実だったのか」

「えっ!?」

 

私は思わず目を見開いて彼の顔を見た。・・・と同時に、私の中で浮かび上がる一つの言葉。

 

目に見える全てが、真実とは限らない。

 

その瞬間、ドクン、と何か私の中で一つ脈打ったような、不思議な感覚を覚えた。・・・何だろう、この感じ・・・凄く懐かしくて・・・ 温かくて・・・なのに、凄い不安な感じは。安堵と、恐怖が同時に押し寄せてくる。私は・・・。

 

「・・・何か・・・忘れている・・・!?」

「そう不安そうな顔をしなくていい・・・明日になれば、真実が分かるはずだ」

 

少年の声は、私の不安をよそに軽い口調でそう告げた。私は慌てて反論しようとする。

 

「明日になればって・・・大体貴方は・・・誰ッ・・・」

 

そう言って顔を見上げた・・・のに、既に彼の姿は何処にも見えなかった。

 

「・・・何なの・・・あいつ・・・!?」

 

彼は私を知っている。私は彼を知らない。・・・だけど、彼と話をした瞬間、懐かしいような感情を覚えた。・・・やっぱり、 私は彼に何処かで会っているのだろうか。それに・・・あの言葉。

 

”君の見てきた真実が・・・本当に真実だったのか”

”明日になれば、真実が分かるはずだ”

 

まるで私が「目に見える全てが、真実とは限らない」と言う言葉を意識している事を知っているかのようなセリフだった。・・・ 明日になれば・・・真実が分かる・・・どういう意味なのか。

 

「・・・帰ろう・・・帰らなきゃ・・・私」

 

私は、混乱している頭を落ち着かせるためにも、まずは自分が家に帰るよう自分に言い聞かせた。・・・ おかしな少年の話にばかり意識を集中しちゃいけない。まだ明日だって、学校がある。とりあえずは、普通に帰って、普通に風呂に入って、 普通に晩御飯を食べて、普通に寝よう。・・・あ、宿題もやらなきゃいけないし。

 

「・・・ょし・・・!」

 

小さな声で気合を入れる。忘れよう。努めて今のことは忘れるようにしよう。嫌でも意識してしまうけど、意識したってどうしようもない。 とりあえずは普通に過ごせばいいだけだ。もし彼の言う通りに明日真実が分かるとしても、 だからって今日のうちから意識したって仕方の無い話だ。とりあえずは家に帰る。私は自分に心の中で何度も言い聞かせながら、 自分の家路を急いだ。

 

 

 

 

そして次の日。結局昨日は、自分に言い聞かせたとおり、あの後普通に生活できたけど、寝るときになって静かになると、 ふと彼のことを思い出してしまい、中々寝付けなかった。それでも、1時ごろには寝ることが出来たから、ちょっとだけ寝不足だったけど、 特に今日と言う日を過ごすには問題の無いコンディション。

 

「・・・真実・・・か」

 

私は学校へ行く支度をしながら昨日の彼の言葉を思い出す。・・・真実。何を意味しての真実なんだろうか・・・。彼の真実?・・・ それとも私の真実?・・・やっぱり考えても分からない。そもそも、彼は誰なのか。

 

「・・・気にしても・・・仕方ない・・・か」

 

・・・そうだ、今は深く考えたって仕方が無い。とりあえず今は学校へ行くことが大事。遅刻したら大変だ。

 

「行ってきまーす!」

 

まだ忙しく家事をしている母さんに私はそう告げて勢いよく家を飛び出し、学校へと向かう。・・・だけど、元気よく飛び出たはずなのに・ ・・何だか学校に向かうにつれて急に気持ちが重くなっていく。・・・別に何か、気分が悪くなるわけじゃない。・・・なのに、 いつもと学校が違うような気がしてくる。・・・なんだろう、この感じ・・・昨日感じたのと同じような・・・懐かしくて・・・にもかかわらず、 何処か怖いような・・・。

 

「・・・何を怖がっているんだろう・・・私は・・・」

 

自分の中で沸々と湧き上がるわけの分からない感情に私は自分で戸惑いながらも、学校へと足を走らせていた。 そしてようやく学校に到着し、自分の教室へと入った・・・その時だった。ふと、私の目の前に・・・ありえない光景が存在していたのだ。

 

「やぁおはよう・・・ソウちゃん」

 

そう呼びかけられるのは、いつものことのはずだった。だけど、その言葉をかけてくるのは・・・ユッコのはずなのに・・・ 今日声をかけてきたのは・・・。

 

「あなた・・・昨日の・・・!?」

 

そう、ユッコがいるはずの席で、ユッコが言うはずのセリフを言ったのが、昨日出会ったあの少年だったのだ。

 

「・・・何で・・・ここにいるの!?」

「何でって・・・自分のクラスの、自分の席に居ちゃいけないのか?・・・ソウちゃん」

「そ・・・その名前で呼ばないでよ!」

 

私は教室の入口で思いっきりそう叫んでしまった。その声にクラスメイトは皆びっくりして私の方を見たが、 その後すぐ今度は少年を方を振り返って声をかけた。

 

「何だよ、服部。比留間と喧嘩でもしたのかよ」

「おいおい、折角幼馴染同士、仲良く行ってたんじゃなかったのか」

「珍しいね。双葉ちゃんが健一君のこと、怒鳴ったりするなんて」

 

・・・え?

 

皆・・・あの子と普通に接してる・・・!?しかも・・・私と・・・この少年が幼馴染・・・!?

 

私ははっと気がついて、あたりを見渡す。・・・少年がその席に座っている・・・と言うことは・・・ユッコは何処に・・・!?

 

「ねぇ、ユッコはまだ来てないの?」

「・・・ユッコ?・・・え、誰のこと?」

「え・・・ちょ、え、クラスメイトの八重樫悠子!皆一緒に授業受けてきたじゃん!」

「八重樫・・・?ちょっと、双葉熱でも有るんじゃない?」

「・・・そんな・・・」

 

・・・何が・・・どうなってるの・・・!?ユッコのことを・・・誰も覚えていない・・・代わりに、あの少年が・・・服部健一・・・ と言うんだろうか・・・彼が私の幼馴染と言うことになっている。・・・皆の記憶から・・・八重樫悠子の記憶と・・・ 服部健一の記憶が入れ代わってる・・・!?

 

「・・・ちょっと来て!」

 

私は少年、健一の傍にいくと、ぐっと彼の腕を掴んで強引に教室の外へと連れ出す。 私は周りがざわめいたり何かを言ったりする事を全く気にも留めず、彼と共に一気に屋上まで駆け上がった。そして、 屋上のドアを閉め他に誰もいないことを確認すると、キッと少年のことを睨みつけて問いただした。

 

「・・・何が・・・どうなってるの!ユッコを返しなさい!」

「落ち着けよ。・・・ソウちゃん」

「その名前で・・・呼ばないで!その名前で呼んでいいのは・・・ユッコだけなの・・・!」

「・・・幼馴染だから?」

「ッ!・・・大体、あんたは何なのよ!」

 

私は彼に詰め寄りながら口調を荒げる。ユッコがいなくなってしまった不安と、ユッコが皆の記憶から消えてしまった不安。そして、 突然現れて幼馴染面しようとする、この少年。

 

「何って・・・俺は、君の幼馴染さ」

「ふざけないで!私の幼馴染は・・・」

「八重樫悠子・・・だろ?」

「・・・そう、ユッコだけが、私の幼馴染・・・」

「・・・どうして、ユッコ”だけ”なんだ?」

「・・・え・・・?」

 

そう言う彼の表情が、どこか寂しげに見えた。・・・誰か大切な人と別れるような・・・辛そうな表情をしている。・・・ そうさせているのは・・・私なの・・・!?

 

「・・・目に見える全てが・・・真実とは限らない・・・」

「ッ・・・!その・・・言葉・・・!?」

「・・・この言葉は・・・覚えているんだな・・・」

 

・・・どういうこと?やっぱり、この少年は・・・服部健一は、私のことを知っている・・・本当に私の幼馴染なの?・・・ 私の記憶にいないのに・・・!?どういうことか分からず、混乱する私は彼から離れるように数歩後ろに後ずさりする。・・・ 困惑の表情を浮かべる私を見て、少年は少し複雑そうな顔をしていたが、急にはっと何かに気付いたような表情を浮かべ、 屋上の入口の方に目を向けた。

 

「・・・何が真実で・・・何が、偽りなのか・・・直接君の口から問いただしてみるのも・・・良いかもしれないな」

「え・・・?」

 

彼につられて、私も入口のほうに目を向けた。・・・そして次の瞬間、私は一気に緊張が解けるような深い安堵を感じた。・・・ そこにいたのは。

 

「ユッコ・・・無事だったんだ!」

 

私は心から笑顔を浮かべて彼女に近寄ろうとする。・・・だけどふと・・・何かがおかしいことに気付く。ユッコが・・・私の方を見ずに、 少年の方ばかり見ている・・・しかも、その表情が険しい。・・・こんな顔のユッコ・・・初めて見る・・・。

 

「まさか・・・生きていたとはな・・・あの時の小僧が・・・」

 

ユッコは少年、健一を睨みつけながらそう語りかけた。・・・口調もユッコじゃないみたいだ。・・・何が・・・どうなっているの・・・! ?

 

「俺も、まさか立ち直れるとは思って無かったよ。・・・何せ、あれから10年。・・・たった4歳であんたを相手にして生き残ったんだ。 褒めて貰いたいぐらいだね」

「あぁ、勿論褒めてつかわそう。・・・だが、このやり方はいただけんな」

 

ユッコはそう語りながら、視線を健一から・・・ようやく私のほうへと向けた。

 

「ユッコ・・・どうしたの!?・・・何か・・・変だよ・・・!?」

「・・・よもや、人々の記憶から私の存在を消し・・・正しく書き直すほどの力を持っているとはな。・・・小僧と思って甘く見ていたか」

「なぁに、あんたと同じことをしたまでさ・・・規模は俺の方がでかくて、大変だったけどな」

 

健一は首を軽く鳴らしながら、ユッコの方へと歩み寄ろうとする。・・・ダメだ、私一人話から置いてけぼりになっている。・・・ 記憶を書き直す・・・どういうこと・・・!?

 

「・・・ふん、私にたてついたこと・・・今一度・・・後悔させてやる!」

 

ユッコはそう叫ぶと、突然両手を地面につけて四肢に力を入れ始める。

 

「・・・ユッコ、どうしたの!?」

「近づいちゃダメだ!」

 

心配になってユッコのそばに駆け寄ろうとした私を、健一は慌てて制止する。驚いた私は健一のほうを振り返って声を荒げて問いただす。

 

「何なの!私は・・・ユッコを!」

「アレを見ても・・・君の大切な・・・幼馴染だって言えるのか!?」

「えっ・・・!?」

 

私は健一に言われて改めてユッコのほうを振り向いた。・・・なのに・・・そこにいるはずのユッコの姿が・・・小さな音と、 大きな威圧感を放ちながら、徐々に変化を始めていたのだ。

 

「クゥッ・・・!」

 

まず、すぐに気付いたのが、屋上のアスファルトの床につけた両手、それが見る見るうちに形を変えていく様だった。 彼女の細くて長いしなやかな指は、徐々に短くなっていき、その先には鋭い爪が飛び出してきた。そしてその手には白い・・・いや、 銀色といった方が適切だろうか・・・朝の太陽の光を浴びて輝く、美しい毛が覆っていくのだ。それはもう人間の手じゃない・・・獣の、 四足動物の前足そのものだった。そして次の瞬間、ユッコは足を・・・いやもう、後足と言ったほうが正しいのか・・・兎に角、 足を後ろの方に高く蹴り上げた。すると彼女がはいてた靴が軽々と宙に飛んだ。そしてその中から姿を現したのは・・・やはり、 毛で覆われた獣の後足だった。

 

「そんな・・・ユッコ・・・ユッコが・・・!?」

「よく見ておくといい・・・君が幼馴染だと・・・親友だと”思い込んでいた”彼女の・・・本当の姿を・・・!」

「思い・・・込んでいた・・・!?」

 

・・・何を信じれば良いのか。横で私をかばうように立つ健一の言葉は俄かに信じられないし、 目の前で起きているユッコの変化も信じられない。・・・そしてこの状況の中で、今まで私が生きてきた、楽しい思い出が・・・ ユッコとの日々が・・・揺らぎ始めていた。・・・私は・・・何を、信じればいいの・・・!?

 

「キ・・・キャゥゥッ!」

 

私の戸惑いをよそに、ユッコの変化は止まることなく進んでいく。彼女の身体は少しずつ大きくなっていき、 気付けば二周りほど大きくなっていた。そして身体が大きくなったことに耐えられなくなった学生服のブレザーとスカートは、 軽々しい音を立てて簡単に破れてしまった。・・・そしてその内側から現れた彼女の身体・・・ だけどそれはもう私の知っている人間の身体じゃなかった。・・・手足を覆っていた毛は、彼女の全身も既に覆い尽くしており、 更に彼女の尾てい骨の辺りからはフサフサとした・・・毛の固まり・・・つまり、尻尾が生えていたのだ。・・・だが、それに気付いた時、 私は一瞬目を疑った。・・・本数が多いのだ。始めは見間違いかと思ったが、すぐに健一が説明を始めた。

 

「・・・君だって伝説とか・・・或いはフィクションで聞いたことあるだろう?・・・彼女が・・・それだ」

「嘘・・・だって・・・だって”アレ”は・・・作り話じゃないの・・・!?」

 

作り話。出来れば今目の前で起きている出来事も、作り話の一幕であってほしいと願っていた。・・・こんなこと有り得ない・・・。 だって・・・目の前のユッコは・・・ユッコが・・・!

 

「クウォゥンッ!!」

 

ユッコはまるで何かを振り切るかのように、高らかと声を上げた。・・・だけどその声はもう、私の知ってるユッコの声じゃない。・・・ 獣の・・・イヌ科の獣の鳴き声そのものだった。そしてその声に呼応するように顔も歪み始める。鼻の先が黒ずみ始めたかと思うと、 顔全体の肉を巻き込むように前へと突き出し、口は大きく裂け、ついにはイヌ科独特のすっと伸びたマズルへと変化してしまった。 耳はピンと上に立ち、辺りの様子を探るようにせわしなく動き回っている。・・・そこにいるのは・・・どう見てももう・・・ ユッコじゃなかった。

 

「・・・見ただろう・・・これが・・・彼女の本当の姿だ」

「・・・嘘・・・何で・・・何でユッコが・・・!」

 

私は何とか目の前の現実を拒絶しようとした。・・・だけど、これは夢でもないし、幻でもない。・・・私の目の前で・・・ユッコは・・・ 銀色の毛並み、しなやかな身体、すっと伸びたスマートな顔、そして・・・九つも生えた尻尾。美しく、妖しく、そして・・・ 恐ろしさを感じさせるそれは・・・。

 

「ユッコが・・・九尾の・・・キツネ・・・!?」

「そう、君が10年近く親友だと思って接していたのは・・・この国屈指の大妖怪だったってわけさ」

 

・・・嘘だ。ユッコは人間だ。ユッコはずっと私と一緒に成長してきた。昨日まで、極普通の女の子だったのに!

 

『ふ・・・流石に久々にこの姿になると・・・心地がよい』

 

不意に頭の中に声が響いてきた。・・・それは聞き慣れた、大切な彼女の声。ユッコの声そのものだった。・・・だけど何処か、重々しく、 気高く聞こえ、まるで別人の声のようにも聞こえた。

 

「何で・・・頭の中で・・・ユッコの声が・・・!?」

「・・・今、彼女は完全な獣の姿になっているからね。喋ることは出来ないだろう・・・だから、直接俺らに語りかけてきたんだ」

「でも、何で!?何で・・・ユッコが・・・化物・・・なの・・・!?」

「化物・・・か。そう言われると・・・少し辛いかな。・・・俺も・・・君自身も」

「え、何?・・・何で・・・私が・・・」

『さぁ、小僧。相手をしてやる。・・・貴様も本性を現したらどうだ?』

「へっ・・・仕方ないな。・・・ソウちゃんの前では、極力変身したくないんだけどな」

 

・・・変身・・・!?健一は確かにそう言った。・・・待って、まさか・・・健一も・・・!?

 

「危ないから、下がってて」

「え・・・うん・・・」

 

彼に言われるがまま、私は少し後ろに下がった。すると彼は着ていた学生服の上着を脱ぎ、すぐに上半身裸の状態となった。 そして静かに目を瞑り、呼吸を整え・・・少し間を置いて・・・次の瞬間!

 

「タァァッ!」

 

健一は私をかばうように広げた両腕を、更に大きく広げ、大きな声を上げながら天を仰いだ。私は思わず驚いて二、三歩更に後ろに下がり・ ・・少しだけ横にずれた。・・・自分でも知らず知らずのうちに・・・彼の変化を・・・しっかり見なければいけないと・・・ 思ったのかもしれない。・・・そう、彼もまた、変化を始めていた。

 

彼の広げた腕が、少し脈打ったかと思うと、その腕からぶわっと何かが噴出してきた。・・・柔らかく、ふわふわした・・・ それでいて逞しさを感じる・・・黒い鳥の羽毛だったのだ。それが見る見る間に彼の腕を覆っていき、気付いた時には彼の腕は・・・ 完全に鳥の翼と化していた。その羽毛は彼の背中も覆っていき、やがて下半身の近くまで来るとその羽毛が他のところよりも長く伸びていった。・ ・・そうだ・・・カラスにとっての尻尾だった。

 

「クゥ・・・クワァッ!」

 

健一は、人とも獣ともつかない叫び声を上げる。・・・まるで変化を更に勢いづかせるかのように。事実彼のからだの変化は加速していた。 既に彼の足は人間のものではなかった。彼のスポーツシューズをいとも簡単に突き破り、中から飛び出したのは、鋭い爪を持つ鳥の足だった。 彼の顔も、見る見る間に健一の面影を失っていく。口の辺りが盛り上がったかと思うと、あっという間に硬く変質し、黒く変色し、 前へと突き出していく。それは完全に鳥のくちばしだった。・・・顔中にも黒い羽毛で覆われ・・・それはもう人間とは程遠い存在だった。・・・ だけど・・・。

 

「・・・カラス・・・なの・・・!?」

 

そう、彼が変化したその姿は、見た目はカラスそのものだ。漆黒の羽毛、スマートなくちばし。闇に溶け込みそうな、静けさと、 風を切り裂く逞しい翼を持ったその姿はカラスに違いは無い。・・・だけど、根本的におかしい点がある。サイズが・・・人間大のままなのだ。 更に体躯は・・・関節の作りは、鳥よりも人間に近い。・・・鳥の獣人・・・鳥人とでもいうべきか。

 

「・・・そんな・・・何なの・・・何がどうなって・・・」

「俺は・・・烏天狗。君の言う・・・化物、だな」

「・・・何・・・何が何だかもう・・・訳が分からないよ・・・!」

 

私の目の前で、人間がいきなり妖怪になってしまった。私の大切な幼馴染の少女と・・・私の幼馴染を自称する、見ず知らずの少年が。

 

『・・・覚悟は出来たか、小僧』

「10年前のあの日から・・・とっくに出来てらぁ!」

『殊勝な心がけだ!』

 

ユッコ・・・いや、九尾は高らかと叫ぶと、勢いよく地面を蹴り、私の目の前に入る烏天狗目掛けて飛び込んできた。・・・ そのあまりの突然のことに、烏天狗は目が追いつかなかったのだろう。バランスを崩して私のほうに向かって仰け反ってきたのだ。

 

「あ・・・危ない!」

 

私はとっさに、彼を支えようと彼の後ろに回りこんだ。・・・だけど、相手は半分鳥とはいえ、自分より身体の大きい少年。・・・ 支えきれるはずが無かった。・・・しかも、ここは屋上。・・・更に言えば、この屋上には今時珍しく・・・フェンスが無い。

 

『ッ!しまった!』

「そ、ソウちゃん!?」

「キャッ!?」

 

私は、彼の体重に耐え切れず、そのまま後ろに倒れこみ・・・そして・・・宙に放り出されてしまった。

 

「ソウちゃーーん!」

『ソウちゃん!』

 

2人が私を呼ぶ声が、やけにしっかりと聞こえる。妙に周りが静かだ。周りのことも、驚くほどしっかりと目に見えている。 九尾のキツネになったユッコが、烏天狗になった健一が、私を心配そうに見ている。九尾は、烏天狗に体当たりしたその反動で、烏天狗は、 逆に九尾に体当たりされたせいで、互いにバランスを崩し、私を助けに来ることが出来ずに戸惑っているその姿まで、はっきり視界に入った。・・ ・しかし、すぐに彼等の姿が見えなくなった。私の目線が、屋上よりも下に落ちたのだ。・・・重力が私を地面に叩きつけようとしている。

 

・・・不思議と心は穏やかだった。・・・もっとも、多分何が起きたのか把握しきっていなかったからだと思う。驚くほど自然に、 落ちている感覚を受け入れようとしていた。・・・だけど・・・このまま落ちていけば私はどうなるの?この高さから落ちて・・・ 普通の人間じゃ・・・助からない・・・!?

 

嫌だ・・・私はまだ死にたくない!ユッコにも、健一にも、聞かなきゃいけないことがあるんだ!・・・私は・・・私は!

 

『ソウちゃーん!』

「ソウちゃん、願って・・・信じて!自分の中の・・・目に見えない力を!」

 

自分の中の・・・目に見えない力を・・・信じる・・・!?

 

私は・・・私は、生きたい!

 

そう私が願った瞬間、また私の中でドクン、と脈打った。・・・自分でも分からないこの感覚。だけど、懐かしい・・・この感覚。そうだ・ ・・私は・・・私も・・・普通の人間じゃ助からない・・・なら・・・私も、変化するしか無い!

 

そう決意した瞬間、私の身体は急に熱を帯びてきた。・・・体が、軋む感じがする。だけど・・・不思議と怖くなかったし、 痛みも無かった。何故かそれを・・・私の身体の変化を自然に受け入れる事が出来た。

 

重力に引っ張られ、加速する中で私は私でなくなり始めた。まず私は手を頭よりも下にすっと伸ばした。すると手が・・・ さっきユッコの手が変化するのを巻き戻してもう一度見てるかのように・・・私の手も、徐々に指が短くなり、 その甲には黒く柔らかな獣の毛が覆っていく。その手の平は、柔らかな肉球が形作られ、 着地の衝撃を和らげようとまだ少し先にある地面に向けられた。そして手を完全に覆い尽くした黒い毛は、徐々に私の身体全体を包み込んでいく。 そしてそれに共鳴するように、私の身体つきも大きく変わっていった。

 

身体はやはり二回りほど大きくなり、私が来ていた制服は空中で静かに布きれとなって空を舞った。その中から出てきた私の身体は・・・ 既に変わり果てたものになっていた。逞しく太くなった筋肉、にもかかわらず更に引き締まったしなやかな身体。 全身のバランスをとるようにゆらゆらと揺れる尻尾。顔も既に変化は始まり・・・私は私の面影を失いつつあった。

 

その顔もまた、黒い毛で覆われ鼻先は黒ずんで前に突き出る。・・・だけど、ユッコとは違い、そのマズルは犬と言うよりもネコに近い。 そして・・・全ての変化が終わった瞬間、既に地面は目の前まで迫っていた。私はくわっと瞳を見開き、タイミングを見計らい・・・ 自分でも信じられないほど自然に、両手・・・じゃない、両前足を地面につけ、全身のバネを使って衝撃を和らげて着地した。・・・着地、 出来たのだ。下がたまたま・・・柔らかな芝生だったから助かったのかもしれない。とはいえ・・・人間の姿なら、恐らく命は無かった。

 

・・・そう・・・だ・・・私は・・・人間じゃ、なくなってしまった・・・!?

 

私ははっとその事実に改めて気付き、慌てて自分の姿を確認する。・・・すぐ近くに小さな池が作ってあったことを思い出し、 私は慌ててその中を覗き込んだ。・・・だけど、そこに映ったのは・・・14年間見慣れた私の顔じゃなかった。

 

「ミャゥウッ!?・・・ミャッ、グゥ・・・ミャォン・・・!?」

『猫ッ!?・・・何でっ、私が・・・ネコに・・・!?』

 

自分ではそう言ったつもりだった。・・・だけど、口をついて出てくるのが猫の鳴き声だったから・・・ 益々自分がどうなってしまったのか、認めざるを得なくなってしまった。

 

そう、池に映っていたのは、黒猫だったのだ。金色の瞳を驚きで揺らしながら、私を見返している。ただ、一つおかしいのは・・・ その大きさだ。見た目は猫そのものなのに・・・豹かと思うほど大きい。だけど、顔つきや身体つきからは・・・ 豹よりも大きな猫といったほうが適切だ。・・・そして私は・・・そっと自分の前足を・・・水面に近づけた。すると水面に映る黒猫も、 前足を同じように動かした。そして、チョンと水面に触れる。・・・波紋が、猫の顔を揺らした。そして私の・・・前足は・・・黒い前足は、 水でぬれている。

 

『何で・・・私が・・・こんな、姿・・・!』

「ソウちゃん!」

 

水面を見つめたまま放心状態だった私の上から、少年の声が聞こえてきた。・・・健一がゆっくり羽ばたきながら降りてきた。・・・ だけど、私は顔を上げることが出来なかった。・・・水面が落ち着き・・・そこに再び私の顔が映るけど・・・やっぱりそれは、猫のものだった。 ・・・そして、今度は私も、誰も水面にふれていないのに、水面に波紋が起こった。・・・私の目から、ぽたりと落ちた雫が、 水面を揺らしていた。

 

「ソウ・・・ちゃん」

『・・・何で・・・私が、私、猫に・・・なっちゃったの・・・!?・・・しかも、身体大きいし・・・!』

「・・・ソウちゃんは・・・火車(カシャ)・・・なんだ」

『・・・火車・・・!?』

「うん。・・・罪人を裁く権利を持った・・・妖怪。言い換えれば・・・悪意を持った人間・・・妖怪に取り付かれた人間を裁く・・・ 妖怪でありながら妖怪を取り締まる存在・・・それが、君なんだ」

『違う!私は・・・私は比留間 双葉・・・中学2年生・・・私は人間だよ!・・・人間・・・私は・・・人間じゃ・・・なかったの・・・ !?』

 

・・・どうしよう。涙が止まらない。・・・自分が人間じゃないって真実が・・・私の心を、まるで私を包み込む黒い毛皮のように、 真っ黒く包み込んでしまいそうだった。

 

「・・・俺達は・・・人間でありながら、妖怪の力も受け継いだ人間なんだ。人であり物の怪でもある。どっちでもあり、 どっちでも無い存在だ」

『嘘・・・だってずっと・・・私は人間として生きてきたのに・・・!』

「・・・そう、思い込まされて生きてきたんだ。・・・九尾に!」

『・・・ユッコに・・・!?』

『・・・その通りだ』

 

私たちの会話に割り込むように、もう一つ声が聞こえてきた。ユッコの・・・九尾の声だった。九尾もまた、 そのしなやかな身体のバネを使い、柔らかに地面へと降り立ってきた。そして、それを見た瞬間、 烏天狗が私のことをかばうように翼を大きく広げた。

 

「・・・ソウちゃんは覚えていないだろうけど・・・前にも、同じようなことがあったんだ・・・10年前に」

『10年前・・・私とユッコが・・・』

『そう、初めて出あった時だ』

「・・・君たちが始めて出会った時・・・九尾は妖怪に敵対しようとする妖怪を駆逐しようと駆けていた。・・・そしてその矛先は・・・ その身に妖怪を宿す人間にも向けられた」

 

健一は、そのくちばしを小さく動かしながら、私に背を向けたまま語り始めた。

 

「・・・ある町にまだ4歳と言う幼い2人の・・・男女の子供が、幼馴染として育てられてきた。ただし・・・その2人の子供はそれぞれ、 烏天狗と、火車の力を受け継いでいた」

『・・・それって・・・!?』

「そして・・・そんな幼い子供に九尾は牙を向いた。・・・いや、幼いからこそ、倒そうと考えたのだろう。力も満足に使えないうちに・・ ・消しておこうと。・・・だけど誤算があった」

『・・・誤算・・・?』

『火車の力が・・・想像以上だったのさ』

 

健一の言葉に割り込むように、九尾はそう語った。

 

『烏天狗は・・・強いからこそ、逆に楽に倒せたよ。・・・強く、幼い存在は扱いやすくてね。・・・だが、烏天狗を倒した瞬間、 火車の力が暴走してしまった。・・・私や、烏天狗・・・そしてもう一人、たまたま通りかかった少女を巻き込んで』

『・・・嘘・・・私が・・・そんな・・・!』

『・・・だから、考えたのだ。この力が私のものになれば・・・私に敵はいなくなると・・・な』

「そうして、九尾はたまたま通りかかり、火車の暴走で瀕死の状態だった少女に取り付き・・・その少女に成りすまし、 力の暴走で戸惑う火車・・・から元に戻った少女に優しく声をかけた。・・・そして・・・幼馴染の烏天狗を葬って、 自らが幼馴染に成りすましたんだ」

『そんな・・・ユッコが・・・そんなこと・・・!』

 

・・・私がユッコと初めて出あった時、何故泣いていたのか・・・。それは、幼馴染がいなくなってしまったことにおびえ、 自分の身体の変化と大きすぎる力におびえていたんだ。・・・覚えていなかった。・・・いや、忘れようとしていたのかもしれない。

 

「・・・だが、幼馴染の烏天狗は、すんでのところで生きていたのさ。・・・そしてそれから10年、リハビリと、 九尾に勝つために修行を積んできた」

『ふん・・・だったらその修行の成果・・・見せてもらおうか!』

「へっ、お前を倒して・・・ソウちゃんを俺が助けてみせる!」

 

私の目の前で、九尾の狐と烏天狗が激しくにらみ合い始め、今にも飛びかかろうとしていた。私は慌てて4本の足で立ち上がり、 二人の間に入り込んだ。

 

『ちょ、ちょっと待って!』

「な、何だよソウちゃん!危ないから下がって!」

『ごめん・・・だけど・・・九尾に一つだけ聞かせて』

『・・・何だ・・・?』

『・・・私との10年間・・・それは・・・全て・・・嘘だったの・・・?』

『・・・』

 

私は、九尾の狐の瞳をじっと見ながら問いかけた。ユッコと一緒に過ごした、この10年、互いに喜び合ったり、悲しみあったり、 苦楽を共にしてきた10年間。・・・それが・・・私には・・・嘘には思えなかった。

 

『・・・それを聞いてどうする。私は・・・お前を利用しようとしたんだぞ・・・』

『だって・・・さっき私が屋上から落ちた時・・・ユッコは確かに、私のことを”ソウちゃん”って呼んでくれたから』

『ッ・・・!』

『・・・確かにユッコは・・・九尾で、私は火車で・・・ユッコは私を利用していたのかもしれない・・・けど。この10年で・・・ 私たちが過ごしてきた想い出は・・・嘘じゃないと思う』

『・・・想い出なぞ・・・目に見えないものなど・・・』

『・・・目に見える全てが、真実じゃない・・・から』

『ッ・・・!』

「・・・その言葉を・・・ソウちゃんに言い聞かせたのが・・・この九尾なんだ」

『えっ!?』

 

私は慌てて健一の・・・烏天狗の顔を見て、すぐさま九尾の方に向きなおす。

 

『・・・あの時、お前に私のことを信用させるために・・・目の前の現実を拒絶し、私を求めるように・・・ そういう意図で言ったつもりが・・・フフ、まさか、お前にそれを言われるとはな・・・』

 

そう言って九尾は・・・何処か呆れた表情で笑みを浮かべた。そしてその笑みを浮かべたまま、私の方を見て問いかけてきた。

 

『火車・・・お前の大切な八重樫悠子は・・・私の中に存在している。九尾と八重樫悠子は、一つの身体に共存しているんだ』

『・・・それじゃあ・・・さっき私を”ソウちゃん”って呼んだのは・・・!』

 

私がはっと気付き、目を潤ませて九尾の方をじっと見つめた。すると、急に九尾からふっと、今まで感じていた威圧感が消え去り・・・ 逆に九尾の身体からは・・・いつも私の傍にいてくれた、彼女の気配を感じた。・・・そして九尾は、今までとはずっと違う・・・ 優しげな表情で・・・小さく呟いた。

 

『・・・心配かけて・・・ごめんね?・・・ソウちゃん』

『・・・ユッコ・・・なんだね?本当に・・・ユッコだよね!?』

『うん!・・・ソウちゃん!』

『ユッコ!』

 

私は思わず、九尾の・・・いや、ユッコのほうへと飛び出してそのまま彼女の柔らかな銀色の毛を包み込むように飛びかかった。 急なことに九尾はバランスを崩してしまい仰向けになって、 私はその上に覆いかぶさるように4本の足で立って目の前の狐の顔をじっと見つめていた。すると、 その狐の口が小さく開いて私に問いかけてきた。

 

『何か、ソウちゃんが猫だと変な感じ・・・だけど、その姿でも、ソウちゃんは・・・やっぱり、ソウちゃんだよ』

『ユッコも・・・狐の姿でも、ユッコに変わり無いよ。・・・良かった・・・本当に・・・!』

『アハ、そうだ・・・私、狐なんだよね。・・・ソウちゃん・・・ありがとね。ソウちゃんが九尾さんの心・・・動かしたんだから』

『・・・ユッコ・・・!』

『おっと、勘違いするなよ?』

 

私が感動に浸っていると、また急に狐の表情や気配が威圧的なものに変わった。・・・九尾に入れ代わったんだ!

 

『そう一々驚くな。私と八重樫悠子は同体。・・・入れ代わりも自在だ』

『・・・悠子の身体を・・・どうするつもり・・・!?』

『ふん・・・この身体で妖怪を束ねる準備でもしようかと思ったが・・・興醒めだ』

『・・・え?』

『この身体とて、100年程度で朽ちるだろうが・・・今まで何千年生きてきた私にとっては短い期間だ。・・・ たまには私もやすむとしようかな』

『・・・九尾・・・』

「・・・えーっと・・・何だつまり・・・」

 

それまで狐と猫の会話をじっと見ていたカラス鳥人が、釈然としない表情で割り込んできた。・・・そして首を傾げながら、 自分なりに状況を整理する。

 

「・・・九尾が活動やめて・・・ソウちゃんも無事ってことは・・・俺が九尾を倒すために努力してきた10年は・・・無駄ってことか!? 」

『・・・健一、えーっと、ほら、努力は無駄にならないって言うし・・・!』

「何だよぉ、九尾がこんな話分かる奴なら・・・立ち向かわないで初めから話し合ったほうが早かったじゃん!俺の努力を返せよ!」

『ふん、小僧が生意気な口を利くな。・・・それに、私が休むからといって・・・努力が無駄になるとは・・・平和になるとは限らんぞ?』

「へっ?」

 

健一は素っ頓狂な声を上げて、狐のほうをじっと見る。九尾は一つため息をついて、 それまでとはまた違う真剣な表情で私たちに語りかけてきた。

 

『・・・私が活動をやめたことも、火車が目覚めたことも・・・国中の妖怪にすぐに知れ渡るだろう。・・・ だとすればこれを契機に動き出す輩がいても不思議は無いのだ』

『・・・私を狙って・・・やってくるかもしれないってこと?』

『妖怪と言ってもピンからキリまでいる。いわば火車はそれを取り締まる警官や裁判官のようなものだからな。・・・ 当然邪魔に感じている妖怪も多い』

「だったら・・・今度こそ、俺がソウちゃんを守ってみせるよ」

『健一・・・』

「あ、できれば昔みたいにケンちゃん、って呼んでくれると嬉しいんだけどな」

『無理』

「・・・そんな・・・あっさり・・・」

 

烏天狗はその頭をかくっと下げて、寂しそうな表情を浮かべた。・・・ごめんね、健一。・・・だけど、10年以上経ってるから、 記憶も曖昧で、何だか今更照れくさくて・・・。

 

『でも、ソウちゃんと健一くんみてると、私とソウちゃんみたいに、本当に幼馴染みたい』

『あ、今度はユッコね?』

『うん。また入れ代わってもらっちゃった』

「いや、幼馴染みたいじゃなくて、俺達が本当の幼馴染なの!」

『違うもん!ソウちゃんと幼馴染なのは私だもん!』

「お・れ・だ!」

『わ・た・し!』

 

すると再び私の目の前で九尾の狐と烏天狗が修羅場を迎えた。・・・さっきまで互いに殺気をみなぎらせていた光景とは、 随分違って和やかムードだけど。・・・いや、気のせいか逆に殺気が強いような・・・!?止めなきゃ・・・大惨事!?

 

『ゆ、ユッコも健一もストップ!ね、2人とも幼馴染なんだから・・・ね?』

『ムゥ・・・!』

「ソウちゃんが・・・言うなら・・・しょうがないなぁ・・・」

 

狐とカラスはそれぞれ不満そうな表情を浮かべながらも、一つため息をついて互いにそっぽを向いて気持ちを落ち着かせる。

 

『・・・っていうかさ、さっきから私達、随分この姿でいるけど・・・周りから見られたらやばくない?』

「あぁ、それなら大丈夫」

 

すると健一がすっと私の方を向きなおして、その翼を広げながら高らかと説明を始めた。

 

「この学校の皆は勿論、町の人達にもある程度俺達の変身に関する記憶が曖昧になるように、結界を張ってあるから。 ばれても問題になることはないからさ」

『・・・健一・・・何気に・・・めちゃめちゃすごい?』

「だから言っただろ?ソウちゃんを守るために、10年努力したって。その賜物かな」

『・・・ねぇ、ばれないんだったらさ・・・このまま学校サボっちゃわない?』

 

そんなことを言い出したのは、ユッコだった。

 

『ちょ、何言ってんの!?』

『・・・だって、九尾さんは・・・自由に私と身体入れ替えられるとは言っても・・・お休みするわけだし・・・ 私もこの身体に慣れなきゃいけないなと思って』

 

そう言って九尾の身体を改めて確認しながら、ユッコは身体の感触を確かめていた。・・・ユッコもまた、 私と同じで獣の姿にまだ慣れていないはずだ。

 

『この身体に慣れて・・・使いこなせるようになって・・・ソウちゃんを守りたいなって』

『ユッコ・・・!』

 

その言葉が、凄く嬉しかった。素直で、飾らないユッコらしい。・・・やっぱり、どんな姿でも、どんな運命を背負っていても、 ユッコはユッコ。・・・そして・・・私は私だ。人間でも、火車でも、猫でも。私が私であることに、変わりは無いんだ。

 

『・・・そうだね・・・じゃあ、このまま川原の公園まで競争!』

 

そう言って私は思いっきり校庭を駆け出し始めた。

 

『あ、ソウちゃんずるーい!』

 

校庭を砂煙上げながら走り抜ける、大きな猫を追って、九つの尾を持つ狐が楽しそうに駆けて行く。

 

「・・・ま、ソウちゃんが行くなら、俺も行くか!・・・空飛べる俺が一番有利だしな!」

 

そう叫びながら、黒い羽毛を持つ、カラスの鳥人が翼と化したその腕を大きく振るわせて、宙へと舞い上がった。 健一の結界で私たちの存在に気付かない人々を尻目に、私達3匹は楽しそうな声と表情で明るい街を駆け巡った。そこには確かに、 目に見えないけど、強く結ばれた絆があった。

 

 

 

きっと、これから私たちを待ち受ける運命は・・・決して楽なものじゃないだろう。自分が妖怪であることに気付いてしまった私達3人。 人間でありながら妖怪でもある私たちを、きっと妖怪たちは狙ってくるだろう。

 

だけど、私たちには、確かな絆がある。それは決して見ることは出来ないもの。だけど、 目に見えないものだけど私たちにとってはそれは何よりも確かな真実だから。

 

目に見える全てが、真実とは限らない。むしろ目に見えない真実ほど、大切なものが沢山ある。

 

愛、友情、信念、決心、覚悟。その全てが今の私たちにはある。例えどんな辛い運命でも、私たちなら乗り越えられる。私達は互いに、 確かに、そう感じていた。

 

だから、来るべき日に向かって・・・私達は駆け出し始めた。新たな身体と、新たな運命と共に。

 

 

見えない真実、確かな絆 完

posted by 宮尾 at 00:00| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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