ラベンダーフォックス 第15話「精霊憑変!司るものと精霊の力!」
【人間→獣人】
空はようやく雨脚が弱まって、雲も薄れてきていた。穏やかな風が、4月にしては蒸し暑いくらいの湿気を運んでいる。 そんなどんよりとした空気さえ吹き飛んでしまうかと思えるほど、今私の家の中は緊張感で張り詰めていた。
「2対2・・・っていうかアレかい?父親のほうは頭数にカウントしていいのかい?」
「そっちの自由で構わないよ。・・・僕は生身でも、十分君たちよりは強い」
「アレかい?自信満々ってやつかい?」
私の目の前で、茶色い毛で覆われた獣人・・・サルの更科は含むような笑いを伴いながら、父さんに向かって聞き返した。 その横ではイノシシの井筒刑事が静かにたたずんでいた。・・・そういう私も、その姿は狐の獣人。紫色の毛並みは、まるで更けていく夜の、 夕闇のようだ。静かで・・・だけどその内からは太陽のように熱い心が沸々とわきあがってきた。
「・・・どうして・・・私の家を知ってるの!?あなたたちは・・・何者なの!?」
「はっ、アレかい?そうやって・・・時間稼ぎのつもりかいぃぃっ!」
「くっ・・・!」
更科の返答は途中からただの奇声となり、それを私の部屋中に響かせながら、一気に床を蹴って私の傍まで近づいてきた。 大きく振りかぶった左腕を見た私は、とっさに左後に一歩下がり、少し身をかがめ、振り下ろされた更科の左腕を自分の右腕で受け止めた。・・・ 鈍い痛みが、身体に伝わってくる。
「俺達のこと、知りたきゃぁあ、教えてやるさぁっ!・・・てめぇが死ななきゃなぁ!」
私の耳元で、キンキン響くその声を響かせながら、更科は今度は空いている左腕を大きく振りかぶっていた。・・・ その手にはナイフが光っていた。まだ持っていたのか・・・!私は少しあわてたが・・・何度も、そう簡単にやられはしない!
「力み・・・過ぎっ!」
私はふぅっと自分の身体の力を抜き、上体を大きく後に反らした。力に任せて私を押し切ろうとしていた更科も、 当然身体のバランスを崩し、前のめりになっていた。・・・勿論私はそれを見逃さない。私の背が地面に付く前に、私もまた、 空いていた左腕を地面につき、片足で床を蹴り上げそのままもう片方の足で強く更科を蹴り上げた。そのまま左腕一本で身体を支えたまま、 その腕を屈伸させ、バネの要領でなんとか腕一本で飛び上がると、蹴られて更にバランスの不安定な更科に向かって、もう一発蹴りを喰らわせた。
「っクハァッ!?」
更科の身体は加速し、そのまま庭に面したガラス戸を突き破って庭に飛び出した。
・・・。
・・・って、私やりすぎ!?自分で自分の家壊しちゃってるじゃん!
「畜生がぁぁ、アマはアマらしく、大人しく俺に可愛がられてればいいんだよォォッ!」
更科は私の攻撃のダメージなんてものともせず、すぐに起き上がり最早見た目どおりの猿の鳴き声のような甲高い叫び声を上げた。・・・ 動物の喚き声、家が壊れる衝撃音・・・これ、ご近所迷惑じゃ?というか、冷静に考えても、このままじゃ私たちの戦いが周りに分かってしまう・ ・・!
「父さん、これじゃ・・・!」
「分かってる、今やってる!」
振り返って父さんの方を見ると、父さんは手元で何かをしていた。・・・よく分からないけど、多分”印”を結んでいるんだ。 小さな声で呪文のようなものを呟きながら、両手をいろいろな形で絡めている。そしてすぐに、その表情に何かを確信したような明るさが浮かび、 小さく叫んだ。
「出来た・・・”界離”!」
その瞬間、父さんの手元から光があふれ出し大きく広がったかと思うと、すぐに光はやんで元の状態に戻った。
「・・・今のは・・・!?」
「結界を張って、この家を周りから空間的に切り離したんだ。・・・僕が念じた者以外、この中に入ることも外に出ることも出来ない」
「父さんが・・・やったの・・・?」
「今この瞬間、他に誰がやったって言えるのさ?」
父さんは力を使って少し疲れたのか、やや呼吸が荒くなっているが、それ以外は変わらず冷静かつ落ち着いた表情で私と、 2人の獣人を見ていた。ふと外を見れば・・・確かに、微かだが光が屈折して反射しているのが見えた。微妙な空間の歪みが、 光の流れも歪めているんだろう。もっとも、外からそれに気付く事は無いだろうが。
「・・・ったく、妙な術を使いやがって・・・さぁッ!」
そう叫んで再び飛びはね、私との距離を縮めてきた更科。とっさに身構えるが、 今度は更科は手に持ったナイフをやたらめったらに振り回してきた。・・・私はそれをギリギリでかわしていくが・・・ こういう攻撃が一番厄介だ。相手は隙だらけだけど、こちらにもその隙をつくタイミングが与えられない。彼のナイフを弾こうと手足を動かせば、 その瞬間ナイフの餌食になってしまう。・・・それも強化された獣人の肉体で振り回しているナイフだ。 切りつけられたらそのダメージも大きいはず。
「おらおらぁッ!さっきまでの威勢はどうしたいッ!?アレかい?所詮はただの一人のか弱い女の子・・・ってことかいッ!?」
「ッ・・・調子に・・・乗るなぁぁッ!」
私は一瞬、我を、そして痛みを忘れて更科の振り回すナイフを、その軌道を見極めて素手で握り、 彼から奪い取るともう一方の腕を大きく振るい、目の前の猿の獣人の首筋目掛けて鋭く叩きつけた。そして彼の身体が傾いたのを見て、 更に私は彼の腕を掴み、脚を払って彼のからだのバランスを完全に失わせると、腕に紫の炎を浮かべそのまま思いっきり床に彼を叩きつけた。 激しい音が響き、フローリングが滅茶苦茶に砕けた。・・・彼はもう小さなうめき声を上げるぐらいが精一杯だった。
私の手には、ようやくさっきのナイフで切れた傷の痛みが伝わってきた。・・・でも大した痛みじゃない。 どれぐらい切ってしまったのだろうか・・・そう思い私は肉球膨らむ自分の手の平を見た。柔らかな肉球にすっぱりと傷がついているが、 深くは無いし、余り血も出ていない。・・・どうやら大したことはなさそう・・・そう安心していた・・・その時だった。
間違いだったんだ。まだ、戦いの途中なのに安心をするなんて。
それは一瞬だった。そう一瞬、少しだけ私が気付くのが早かった。倒れていたはずの更科が、 その手に三度ナイフを手にして私のわき腹目掛けて突いて来た。私がとっさにのけぞったから、最悪の事態は免れた・・・けど、 更科はそのまま立ち上がると、私を壁に追い詰めて、首筋にナイフを突きつけた。・・・そう、最初の対峙の時と、同じように。
「ッ・・・!」
「ハッ、アレかい?・・・ようは回り回って、チェックメイトってやつかい?」
私の目の前で、猿は血で汚れた顔に少しいやらしい笑みを浮かべながら、嬉しそうに手元のナイフをちらつかせた。化と思うと、 突然父さんの方をキッと睨みつけて、少し強い口調で話し掛けた。
「今度は父親の方も動くなよ・・・?もう油断はしねぇ・・・ちょっと動いたら・・・紫色の毛が赤く染まるかもなぁぁ!」
「ッ・・・!」
父さんは言葉も話せずに、ぐっと握りこぶしを作っていた。・・・ダメだ、私。任せてなんていっておいて・・・ 何も出来ていないじゃないか。
相手と互角に戦えた事で調子に乗っていたのかもしれない。ユキがいなくても戦えた事で油断したのかもしれない。傍に父さんがいるから、 甘えていたのかもしれない。・・・でも、そんなの言い訳なんだ。喉にナイフを突きつけられる・・・それはつまり、私の負けを意味する。 相手が相手だから、私にすぐ止めをさそうとしないだけで、もしその気になれば、もう私はここに立っていない。・・・ そう思うと悔しくて仕方が無かった。
まだ、私は無力なのか。
皆のために、強くなりたいと、戦えるようになりたいと願い、自分なりに考えてきた。それでも、 所詮はたかだか1週間前に力を得たばかりの、弱い私なのか。
・・・私は、誰かに助けてもらわないと・・・戦えないの・・・!?
「無様だな。ラベンダーフォックス」
その時突然、庭の方から女の人の声が聞こえた。・・・その声に聞き覚えがあった。彼女もまた、今日始めて会った・・・ 私にとっての仲間。私のピンチにも顔色一つ変えず、冷静を振舞う彼女は。
「・・・睦美ちゃん・・・よかった、間に合って!」
私が言う前に、父さんが彼女の名を呼んでいた。・・・細身の身体のラインがくっきりと分かる、膨らみの少ない巫女服を身にまとい、 何処からか吹く風に髪と袖をなびかせながら、彼女は私のほうを見ていた。・・・確かに無様だ。戦うための力を得ておきながら、 何も出来ずに追い詰められている。
「あぁアッ!?アレかい?増援って奴かい?念じた者って・・・そういうことかよぉ!・・・しかもまた、女だしなぁ!」
「うるさい。変態は黙れ」
更科の言葉を遮るように、静かに、低い声で睦美さんはそう言い放った。流石の更科も、威圧感たっぷりの睦美さんに少したじろいでいた。 ・・・つまり、父さんはあらかじめ睦美さんが来ることを考えた上で、睦美さんが結界の中に入れるように念じていたんだ・・・。
「相変わらず、睦美ちゃんはきついねぇ。・・・まぁ、そんなところがゾクゾクするけどね!」
睦美さんの後ろから、もう一人影が見えた。・・・松原さんだ。
「ラベンダーフォックス、大丈夫?怪我は無い?」
「ッ・・・何とか・・・」
「良かった・・・でも、ナイフを押し付けられているラベンダーフォックスもそれはそれで心くすぐられ」
「うるさい。変態は黙れ」
小柄な睦美さんは、松原さんの不謹慎なセリフをかき消しながら、彼の脇腹に一発肘打ちを入れた。・・・何だか緊張感に欠けるけど・・・ こうして捕まっている私に言えたことじゃないだろう。
「そこの猿。その狐を解放しろ。・・・さもなくば、覚悟しろ」
睦美さんは、その綺麗な顔立ちからは想像出来ないほど強烈な剣幕で更科をにらみつけた。
「ハッ、覚悟ォ?・・・それは・・・てめぇの方が必要なんじゃないかい?」
更科はまた、その口元を大きく上げて不気味に笑った。・・・私を人質にしているアドバンテージがあっても、 この場は明らかに私たちのほうが数的にも有利だ。それなのにこの余裕・・・何か策があるのか?私は、更科のナイフを気にしながらも、 辺りの様子を窺った。足手まといになっている以上、何か状況を打開できる解決策を見つけないといけない・・・何か・・・!
「・・・大した自信だな。猿のくせに」
「ハッ、ただの人間と比較するなよぉ・・・?俺が変身して・・・ただそれだけだと思うなよ?」
更科はそう言って私にナイフを突きつけている手と反対の手にもナイフを持ち、その先を睦美さんのほうに向けた。彼のナイフが鈍く光る。
・・・ちょっと待って・・・?
何時から更科はナイフを二つ持っていたの?・・・何処かに隠し持っていた・・・?
・・・違う。そんなんじゃない。冷静に考えれば、この状況自体おかしいんだ。
一体、更科はこの戦いの中で何度ナイフを落とした?そして、それをどうやって取り直した?・・・変身前、 父さんに蹴りを入れられた時は、ナイフは放さず持ったままだった・・・だけど、その後の変身の時に、更科の両手には、 自分と井筒刑事に埋め込んだあの禍々しい札があった。・・・その時ナイフは何処にいったのか。その後だってそう。 何度も彼は身体のバランスを崩していた。その際に、ナイフを手に持ち続けることが出来たとは思えない。 落としたナイフを拾う素振りもなかった。・・・だとすれば初めからあのナイフには・・・落とすという概念も、拾うという概念も存在しない・・ ・!?
・・・そう、出来るはずのないことが、彼は可能にしている。ナイフを持ち続けるという不可能を。しかも、 明らかに持っていなかった2つ目のナイフを手にしている。・・・不可能を可能にする・・・!?
まさか・・・そういう能力・・・!?
「・・・そんな離れた距離でそんな小さい刃物を見せられても、何のプレッシャーにもならないぞ」
「ハッ、あれかい?そんなことを言って、本当はソッチが近づくのが怖いんじゃないのかい?」
相変わらず、更科と睦美さんは挑発しあいながら、互いの事を牽制しあっている。・・・この間に考えるんだ。打開方法を・・・ 更科の行動を・・・!
仮定するんだ・・・もし・・・もしも彼がナイフを自分の手に持ち続けることが出来るとしたら・・・いや違う、もしも・・・もしも、 彼が”無尽蔵に自由にナイフを生み出す事”が出来るとしたら・・・!?もし私がその能力を持っていたら・・・どうやって戦う・・・!? 睦美さんがそれから回避できる方法は・・・!?
「もし・・・そんなにナイフが見たければ・・・見せてやるよォ!いくらでもよぉぉっ!」
「睦美さんっ!竜巻をォォッ!」
私は、更科の叫び声を打ち消すほどの声で、精一杯叫んだ。それが今の私に出来る最大限の事だ。 更科は睦美さんがただの人間だと思っているから、先に仕掛けるはずなのは分かった。それに更科が能力を発動するタイミングなら・・・ きっと私に対しての集中力も落ちるはず。そして一番の賭けは・・・睦美さんの能力を信じる事だった。
初め睦美さんは私の言葉の意味が理解できなかったみたいだけど、すぐに状況を飲み込んだようだ。
「・・・チィッ・・・!」
睦美さんの目に飛び込んできたのは、無数の鈍い光。・・・そう数え切れないほどのナイフが、睦美さん目掛けて飛びかかってきたのだ。・ ・・やっぱり、更科の能力は”ナイフを無限に生み出し、自由に扱う”力なんだ。・・・だけど、私には確信が有った。睦美さんなら、 この状況も打破できる事を。何故なら彼女の能力は・・・風。全てを吹き飛ばす、形を持たないが、この星でもっとも強大な自然の力の一つ。
「風ェェェッ!竜巻だァァァッッ!」
睦美さんがそう叫んだ瞬間、彼女の身体が淡い緑色に光り輝きだすと、彼女の周りから渦巻くように強い風が吹き出した。 彼女を突き抜けようとしたナイフ達は、その風によって運動エネルギーを奪われそのまま高く舞い上がった。・・・ そしてとっさのことだったからだろう。睦美さんの風のコントロールは雑になっていた。 そのまま竜巻は勢いを増すとリビングを無茶苦茶に吹き飛ばし、天井も少し崩れてしまった。
だけどこの混乱は、私が逃げ出すチャンスでもあった。私は突然のことに戸惑う更科を突き飛ばすと、彼から距離をとり、 睦美さんと松原さんがいる庭の方まで飛び出した。
「・・・ハッ、アレかい?・・・ひょっとしてお前、ただの人間じゃないのかい?」
「・・・私は自分のことを、ただの人間だと名乗った覚えなど無いが?」
睦美さんは、まだ荒れている風に髪をはためかせながら、静かに応えた。その身体からはまだ、緑色の光が放たれている。
「・・・ラベンダーフォックス」
睦美さんは更科のほうに視線を向けたまま、私に声をかけてきた。私は目だけを睦美さんの方に向けた。
「・・・その程度の実力なら戦わない方がいい。・・・お前のためにはな」
「ッ・・・!」
「ちょ・・・睦美ちゃん・・・!」
「・・・いいんです、松原さん。・・・睦美さんの言う通りです・・・から・・・」
私をかばおうとした松原さんの腕を下ろさせて、私は小さく呟いた。・・・そう、睦美さんの言う通りだ。今の私は・・・ まだ戦えるレベルじゃなかったんだ。・・・だけど・・・!
「・・・だけど・・・それでも私は戦います・・・一度・・・決めたから・・・!」
「使命感だけで戦えると思うな!」
「戦いの中で強くなる道だってあるはずです!」
私達2人の声が響いた。・・・そう、私はまだまだ未熟だ。・・・だけど、だからこそ戦わなきゃいけない。 戦って強くならなきゃいけない。私が・・・ラベンダーフォックスである以上は。
「・・・副代表。やるぞ」
「・・・やるって・・・何を・・・?」
「そこの小生意気な娘に、戦い方を教えてやる」
「小生意気な娘・・・って、睦美ちゃんと2つしか歳違わな」
「うるさい。黙れ変態」
睦美さんはまた、松原さんの脇腹を肘打ちした。・・・毎回それ、痛そうなんですが・・・。
「・・・来い、風。・・・本気でいくぞ」
不意に睦美さんが、何も無い空間に向かってそう呟いた。・・・すると睦美さんの目線の先に突然、 睦美さんと同じような薄い緑色の光が収束し始め、それが次第に一つの形あるものへと変わっていく。しかも次の瞬間、 急にその光がまるでパチンコから放たれた玉のように勢いよくそこから動き出し、風を纏いながら部屋の中をぐるりと一周すると、 再び睦美さんの元へと戻り、肩へとゆっくり止まった。やがて光が収まると、そこにいたのは・・・小さな1羽の鳥だった。
「・・・ツバメ・・・!?」
柔らかで曲線的な外観と、鋭く直線的な外観を併せ持つ、流線型の身体。ゆっくりと羽根をたたみ、つぶらな瞳を輝かせ、 小さなくちばしを開閉するその姿はとても愛らしくもあり、凛々しくもあった。そのツバメが私のほうを振り返りしばらく眺めた後、 また口をパクパクと動かした。
「・・・なるほどね。あなたが新しいラベンダーフォックスって訳ね?」
・・・ツバメが喋った・・・。
・・・いや、普通のツバメじゃないことは確かだ。・・・睦美さんが”風”を呼んだらこのツバメが現れたのだ。・・・だとすれば・・・。
「あなたが・・・風の力・・・!?」
「そ、アタシが風・・・風を司る精霊。よろしくね?」
ツバメは私のほうを振り返って微笑みかけようとしたが、すぐに睦美さんに制止された。
「風、おしゃべりは後だ。さっさと片付けるぞ」
「ヤダ」
「・・・ふざけるな。使役される分際で」
「だって、睦美は精霊使いが荒いんだもん。アタシがいなきゃ何も出来ないくせに」
「いい加減にしろ。戦いの最中だ」
「・・・わかったよぉ。仕方ないなぁ。睦美はアタシがいないと、ホントだめなんだから」
ツバメは呆れた表情を浮かべると、たたんでいた翼をゆっくりと開き、それを少しはためかせて静かに中に浮かび上がる。 同時にその身体が再び薄い緑色の光で覆われると瞬く間にツバメの輪郭はぼやけて消え、再び緑色の光そのものへと変化した。 そしてゆっくりと睦美さんが両手を突き出し手の平を広げると、その中に納まるように光はふわふわと動いた。 そして完全に自分の手の平の中に光が収まったことを確認すると、睦美さんは大きな声で力強く叫んだ。
「・・・精霊憑変!」
その瞬間、睦美さんの手の中にあった光が大きく拡散し、辺りに飛び出すと、すぐに睦美さんの身体目掛けて急カーブを描いて戻り、 再び集結した光が彼女の身体をまぶしく包んだ。それと同時に、睦美さんの周りから激しい風が吹き荒れる。・・・この光・・・この力・・・ この流れ・・・そしてあの掛け声・・・もしかして・・・!?
「・・・ハァッ!」
光の中で睦美さんが息を吐き出すかのように声を上げると、光は更に強くなり、服は光の中ですぅっと消え、 その内にある彼女の輪郭もぼやけさせた。・・・そしてその輪郭が徐々に変化していく。細くしなやかな両腕を広げると、 その腕からぶわっと灰色の羽毛が噴出すように広がり、瞬く間に彼女の腕は大きな翼へと変化していく。そしてその翼の先だけが、 他の灰色とは異なり、彼女を包む光と同じ鮮やかな黄緑色に変色していた。
羽毛は彼女の身体全身にも広がっていき、人の肌を覆っていく。やがて足の形も変化を始めた。脚の長さこそ、 人のものとあまり変わりは無いが、その足は指の本数を減らし、鋭い鳥の足へと変化していた。腰の辺りからは他の部分より長く、 扇状に羽毛が伸び尻尾のように変化した。顔ももう、睦美さんの面影は殆どなくなっていた。
顔全体にも短く柔らかな羽毛が覆い、瞳の色は黄金色に輝き、その口はくちばしへと変化していた。目の上からは長い眉・・・ 或いは外耳のような、角のような、兎に角鋭い黄緑色の羽毛が凛々しく伸びた。やがて、全身の変化が落ち着き始めると、光が徐々に収束し始め、 パァンとはじけるとその光はさっきまで睦美さんが着ていたような巫女服を形作った。ただ、 その袖は翼を動かしやすいようになのか短くなっており、私と同じように袴の隙間から尻尾が姿を出している。ただ、 その袴の色は鮮やかな黄緑色をしていた。
「・・・睦美さん・・・!?」
「よく見ておけ。・・・これが私の・・・戦う力だ」
その言葉通り、私は彼女の姿を目に焼き付ける。・・・結論を言えば、そこにいたのは人の形に似て、巫女の服を纏った・・・ フクロウだった。翼の先と、ミミズクの様な目の上の羽毛が黄緑である以外は、まさにフクロウそのものなのだ。・・・ 鳥人とでも言えばいいのだろうか。そしてその鳥人が小さなくちばしを開き語った言葉、その声は紛れもなく・・・睦美さんのものだった。
「これが・・・風の力・・・!」
「・・・そう。私と・・・風の力・・・そうだな、お前になぞらえて・・・トルネードオウルとでも呼べ」
「トルネード・・・オウル・・・」
「元々呼び名など、私には必要ないが・・・無ければ無いで不便だろう」
フクロウは・・・いや、睦美さんが変身したトルネードオウルはそう語りながら、目線は私のほうには向けずじっと前を見詰めていた。・・ ・そう、更科のほうを。
「ハッ、アレかい?・・・選手交替って奴かい?」
「・・・私は素人とは違う。・・・お前を倒すこと以外は、考えていない」
トルネードオウルは、その大きな翼を身体の前に突き出し、ゆっくりと構えた。更科もまた、 両手にナイフを再び手にして素早く臨戦態勢を整えた。・・・2人の間を形容出来ないほどの強い緊張感が漂っていた。・・・ そして私はトルネードオウルのその横で、自分の不甲斐なさに・・・人知れず歯を食いしばっていた。
ラベンダーフォックス 第15話「精霊憑変!司るものと精霊の力!」 完
第16話に続く
更科・・・猿なのにナイフとはなかなか厳ついです(ぇ。でも想像するとなんとなくカッコイイですねぇw。睦美も鳥人になっちゃったし、光音の家崩壊・・・w?
では次回を楽しみにしてますね^w^。失礼しました〜。
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
猿って見た目的にやはり人間に近いので、人間が使う武器を持たせても様になると思ったんです。で、更科は小物なので(爆)、よく小物が持ち歩いてるナイフを持たせてみようかとw
睦美の登場でますます白熱する青藤家バトル。果たして青藤家の運命は!?
まさに「小説は事実よりも奇なり」で。
燕の精霊から化身したふくろう戦士…なんだかかっこいいかも。
果たしてこの戦いから光音はラベフォとして何を得るのか…成長譚としてのドラマ、期待です。
(と言うより宮尾さんワールドではその辺はむしろ安心して読めそうで)
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
更科は宮尾作品には珍しい"根っからの悪い人"ですw
典型的な悪役なだけに、意外と書きやすいし、書いていて楽しかったりします。
睦美と光音、この2人が今後どのように絡んでいくのかが、光音の成長の鍵にもなりそうです。
精霊の姿と、睦美の変身後の姿が別の動物なのは・・・深い意味は無かったりしますw
でも、どっちもかっこいい鳥ですよね。だからです(マテ