2007年07月17日

聖都のキマイラ #1-4

聖都のキマイラ #1-4

【人間→獣】

 

ハンターになろうと決めたのは何時の頃からだったろうか。

 

ハンターになったのは何時の頃からだったろうか。

 

魔獣を殺める事にためらいを覚えなくなったのは何時の頃からだったろうか。

 

魔獣を倒せば人々が救われるわけだし、俺は収入を得て生活をする。ただそれだけのことだった。

 

そう・・・ただそれだけのことで、広い視野で見る平和な世界と、狭い視野で見る平和な生活と、両方が手に入る。 そういう生き方に疑問は無かったし、それが俺の人生だと思っていた。今までそうやって生きてきて、 これからだって大きく変わることなんて無いと思っていた。

 

・・・だから、想像もしていなかった。自分の運命が大きく変わることなんて・・・考えたことも無かった。

 

だから・・・どうしたらいいのか分からなかった。自分の身に起きた、あまりに突然で、あまりに有り得ない変化に。 考えが追いつかないんだ。俺は改めて自分の手の平を見た。・・・いや、違った・・・そう、これはもう、手じゃなくて・・・前足だ。 そこに有るのは柔らかな肉球。返して甲を見れば、フサフサの黒い毛が生えている。そしてその毛は・・・体中に生えているのだ。そして・・・ 静かに声を出してみる。息の切れそうな、とても細く小さな声で。

 

「・・・グゥ・・・グォウ・・・」

 

・・・だめだ・・・何度やっても出てくるのは獣の唸り声だけ。どんなに喋ろうと思ったところで、人の言葉には成らなかった。

 

恐らく、ベッドの上で静かにたたずむ俺を見ても、一匹の犬がいるとしか思わないはずだ。・・・その犬が実は人間で・・・ 俺を知ってる人間だとしても、俺だとは気付かないだろう。・・・それ位、今の俺の姿に、俺本来の姿の面影は無かった。・・・ 当たり前かもしれない。人間と犬・・・姿が違いすぎる。

 

・・・でも、俺は犬じゃない。俺は人間なのに・・・このまま犬として生きなきゃいけないのか・・・?俺はもう・・・ ハンターじゃなくなるのか?ディアとは・・・これからどう接すれば・・・?

 

『・・・ウィル・・・』

 

考え詰める俺の横で、小さな赤いドラゴンが細く綺麗な鳴き声を上げた。それは俺のパートナー・・・だった存在。俺が犬になるまでは。

 

『ファース・・・』

『・・・ウィル・・・僕は・・・その、ごめん・・・何から・・・話せばいいか・・・』

『・・・お前は・・・、いや、まずは・・・まず、何が起きたのかから教えてくれ。ケルベロスは・・・お前は・・・俺に何をしたんだ・・ ・?』

『・・・わかった。そうだね・・・そこからゆっくりと・・・何が起きたのか・・・』

 

ファースは顔を俯けながら、申し訳無さそうにそう答えた。彼の青い瞳は、炎の精霊らしい赤い肌には良く映えた。

 

『結論から言うと・・・ケルベロスはウィルのことを・・・ケルベロスに変えたんだ』

『・・・俺が・・・この姿がケルベロス・・・!?』

 

瞳を大きく見開き、唸り声を上げる俺の横で、ファースは静かに頷いた。

 

『・・・何で・・・何で、ハンターの俺が倒すべき魔獣にならなきゃいけないんだよ!どうすれば、元に・・・戻れるんだよ・・・!?』

『待って!ケルベロスは・・・魔獣じゃない。ケルベロスは・・・聖獣だ』

『だったら何なんだよ!・・・確かにあの時のケルベロスの声もそう言っていたけど・・・でも・・・獣であることに違いはないだろ・・・ !』

 

・・・そうだ。魔だろうが聖だろうが、獣は獣。俺は・・・一匹の獣になってしまったんだ。そう思うと、 ぐっと胸の辺りが締め付けられるように息苦しかった。もう・・・人間じゃないという事実に押しつぶされそうだった。 こらえるように胸に手を当てようとするが・・・その手はもう、獣の前足と化し、触れた胸にはフサフサの毛が生え揃っていた。・・・ 自分が人間であろうと行動すればするほど、自分が人間では無いことを思い知らされてしまう。

 

『・・・俺は・・・人間に戻れるのか・・・?』

『聖獣は特別な存在なんだ。姿こそ獣だけど、人とか獣とか精霊とか、そういう次元を超越していて・・・』

『はっきり答えろ!俺はっ!俺は・・・人間に・・・!』

『・・・ごめん・・・』

『・・・戻れ・・・ないのか・・・?』

 

小さな火の精霊は、俺に目を合わせようとせず、寂しそうな瞳で静かに俯いていた。その瞳が全てを物語っていた。

 

『そうか・・・俺は・・・もう、人間じゃ、ないんだな』

『・・・』

『・・・そんな顔・・・するなよ・・・』

 

今にも泣き出しそうなファースの顔を見て、一つ小さく息を吐き出して呟いてしまった。・・・そんな顔されると、 俺だって何も言えなくなってしまう。俺はモヤモヤとした感情をかき消すかのように前足で鼻の横を数回掻いた。・・・何だかんだ言っても・・・ やっぱり俺は、ファースのことを何処かで信じたいんだ。ファースは・・・俺のパートナーだから。

 

『・・・なぁ。ファース・・・話してくれ。俺は・・・どうしてケルベロスになってしまったんだ?』

『ケルベロスは・・・炎の聖獣・・・だけど遥か昔にその肉体を失って・・・新たな肉体を求めていたんだ・・・自分の欠片を・・・ 精霊たちを使って』

『・・・それは・・・ファースは、初めから俺のことを・・・ケルベロスの肉体として・・・見ていたって事か・・・!?』

『僕だって初めは知らなかったんだ!自分が・・・ケルベロスの欠片だったなんて・・・僕は・・・僕は、ただ・・・』

 

ファースの青い瞳が、じっと俺のことを見つめる。その瞳には濁りは無くて。ファースの心をそのまま映しているかのようだった。

 

『ただ・・・ウィルの傍にいたかったんだ・・・ウィルと一緒に戦って、一緒に毎日を過ごしてそれが・・・楽しくて・・・』

『ファース・・・』

『・・・でも・・・ケルベロスがウィルを選んでしまった・・・自分の新たな肉体として・・・強力な炎を操ることが出来る・・・ 君の事を・・・』

『つまり・・・俺はケルベロスが現代に甦るための・・・器って事か・・・?』

 

また、ファースは静かに頷いた。そして更に話を続ける。

 

『ケルベロスは強力な力を持ったまま、古き神として肉体朽ちた後も封印されていた。・・・だけど、次第にその力を・・・ 魔獣たちがむさぼり、力を強めることになってしまった。・・・だけど、実体の無いケルベロスには・・・どうすることも出来なかった』

『・・・だから、ケルベロスの力を・・・改めて入れる器が必要だったってことか?』

『そう・・・それしか・・・道は無かった・・・だけど・・・僕は、ウィルを・・・大切なウィルを巻き込んで・・・!』

『・・・落ち着けよ、ファース』

 

俺は慣れない身体をぐっと動かしてファースに近づき、自分の鼻先とファース鼻先を重ね合わせた。 俺も犬になって身体は一回り小さくなったが、ファースの身体はそれでもまだ、俺より遥かに小さかった。・・・でも、 目線の高さは今までよりぐっと近い。・・・ずっと俺の腕にとまっていることが多かったから、俺は何時だってファースを見下ろしてきた。でも・ ・・だから、ファースにこんな豊かな表情があることに気付いていなかった。・・・パートナーとして、悩む彼の気持ちに、 俺は気付くことも無かったんだ・・・。

 

『・・・はっきり言えば・・・俺のことを勝手にケルベロスに変えたこと。・・・簡単に許すつもりは無い』

『・・・うん・・・』

『でも、ファースが・・・俺を・・・想ってくれる気持ちは・・・分かったから。俺も・・・俺は、ファースを・・・もう少しだけ、 信じたい』

『ウィル・・・ウィル!』

 

俺の名前を高らかと叫びながら、赤く小さな竜は俺の身体に飛びかかって、ぎゅっと俺の柔らかな毛を握り締め、身体にしがみ付いてきた。 俺はそんなファースを、自分の前足で優しく撫でた。・・・別に、何も変わっちゃいない。俺がケルベロスになって、 ファースの言葉が理解できるようになっただけで、俺達の絆は全く変わっちゃいないんだ。

 

俺達は互いを信頼している。だけど、考え方が全く同じはずは無い。俺は人間としてハンターとして誇りもあったし、未来もあった。 ファースにだって、ケルベロスの欠片としての使命と、俺との絆との間で葛藤があったんだろう。それを俺達は表に出すことも無く、 ましてや人間と精霊、こうして会話をすることも出来ないから、俺達は自分で気付かぬ間に心が離れていたのかもしれない。

 

『・・・お取り込み中、恐れ入りますが、よろしくって?』

『・・・リーザ。お前とも、言葉が通じるんだな』

『えぇ、勿論。マスター・トライ。聖獣は聖なる使徒、その従者である精霊とは言葉が通じて当然ですわ』

 

リーザはとても綺麗で澄んだ声でそう答えた。・・・だからだろうか、品のある言葉遣いと相まって・・・何か、ちょっと癇に障る。 ひとくくりに精霊と言っても、人間に様々な性格があるのと同じで、精霊にだって色々な性格の精霊がいたっておかしくは無いだろう。

 

『・・・で、何だ?』

『マスター・トライがケルベロスとなったことを納得なさったことはよろしいとして、 これからどうするかお考えにならなければなりませんわ』

『これから・・・どうするか?』

『今、マスター・パレスとオズワルド女史がマスター・トライをどうするかハンター本部と話し合ってらっしゃいます』

『ディアと・・・ダイアナが?』

『えぇ。何せ・・・マスター・パレスも含め、誰もがケルベロスを・・・魔獣だとお思いですもの』

 

・・・その時俺ははっと気付かされた。そうだ・・・俺だって、ケルベロスやファースから話を聞くまで、 ケルベロスを魔獣だと思っていた。倒すべき存在だと思っていた。・・・だが、実際は違う。ケルベロスは聖なる獣。倒してはならない存在。 でも、当然俺達以外は未だケルベロスは魔獣だと思ったままだ。だとすれば・・・魔獣が辿る末路はただ一つ。

 

『俺は・・・俺が、ハンター達に・・・狙われるって事か!?』

『えぇ。ハンターは魔獣を狩らなければならない。それは・・・魔獣になってしまった人間も同様のことでしょう』

『そんな・・・ハンターの俺が・・・俺だって、ハンターだぞ・・・!?』

『・・・申し上げにくいのですが、既にマスター・トライのハンター資格は取り上げられてしまった模様ですわ』

『ッ・・・!』

 

・・・俺はもう、リーザの言葉に返す言葉がなくなってしまった。・・・俺が気を失っていた2日間で、俺の知らぬ間に・・・ 話は勝手に進んでいたようだ。俺が何年もかかって築き上げてきた地位も、将来も、もう崩れ去ってしまっていたんだ。それどころか、 今度は今まで俺がそうしてきたように、ハンター達が俺を襲ってくる。俺を・・・凶悪な魔獣と思い込んで。

 

『・・・今はまず、逃げ出すことからお考えになった方がよろしいかと思いますわ』

『逃げる・・・俺が・・・?』

『言葉の通じない相手に、説得でもなさるおつもりで?』

『・・・そうかも知れないが・・・』

 

と、俺がリーザの言葉に反論をしようとした、その時だった。不意に部屋のドアの方に人の気配を感じてその方向に目を向けた。・・・ そこにたたずんでいたのは、見慣れた幼馴染の姿だった。

 

「グウォゥ・・・」

 

ディア。そう彼女の名を呼んだ俺の声は、当然言葉にならずただの獣の唸り声にしかならなかった。でも、ディアならきっと、 俺のことを分かってくれる。そう思っていた。・・・だが、ディアは暗い表情で、小さくポツリポツリと話し始めた。

 

「ウィル・・・目が・・・覚めたのね・・・」

『ディア、聞いてくれ!俺は・・・!』

「ねぇ・・・ウィル?・・・私達2人にとって・・・バースの町は特別な存在だよね?私たちが生まれ・・・育ち・・・ハンターに憧れ・・ ・ハンターになって・・・そして守ってきた町・・・」

『・・・ディア・・・?』

「・・・ウィル・・・ごめん、私・・・バースを裏切ることは出来ない。ウィルとバース・・・どちらを守るか聞かれたら・・・私は・・・ 私はっ・・・!」

 

ディアの言葉がそこで一度途切れた。そして背中に手をやると・・・ディアは愛用の巨大な斧を手にして・・・俺に対して構えたんだ。

 

『・・・嘘だろ・・・!?ディア、俺達は幼馴染で・・・何時だって一緒で・・・!』

「ごめん・・・ウィル・・・私は・・・バースを選んだ。・・・貴方を倒さなければ、バースを滅ぼすって言われたの。ウィルだって・・・ バースの町を・・・守りたいでしょ?・・・だから・・・お願い・・・!」

『ディア・・・ディアが・・・俺を・・・!?頼む、俺は魔獣じゃないんだ!頼むから・・・分かってくれ・・・!』

 

俺は必死でディアに真実を伝えようと吠え立てるが・・・当然それがディアに伝わるはずも無く、 徐々に俺は頭の中が真っ白になっていった。ディアは・・・大切な幼馴染。ずっと共に歩み、これからもずっと共に歩んでいく。・・・ そう信じていたのに。・・・だけど、それはディアも同じかもしれない。ディアの頬は既に一筋の涙が流れていた。そして・・・ まるで何かを振り払うかのように大きく斧を振りかぶり・・・僅かにためらう素振りを見せたが、すぐに俺を目掛けて大きく振り下ろしてきた。

 

「アァァァッ!!」

「グォゥッ!!」

 

瞬間、俺は大きく飛びあがり後ろへと跳ねた。彼女の斧はそのままの勢いでベッドを粉々にし、尚勢いとまらず床にめり込んだ。

 

本当に・・・本当に、ディアは俺を攻撃してきた。・・・もう、俺達は・・・本当にもう、共に歩むことが・・・出来ないのか・・・!?

 

『・・・ウィル。君にこんな運命を負わせてしまったことは・・・僕に責任がある』

『ファース・・・』

 

不意にファースが俺の背によじ登って、首筋まで駆け上がり声をかけてきた。

 

『ウィルのことは僕が守る。・・・だけど、僕だってディアとは・・・戦いたくない。悔しいけど・・・』

『・・・逃げるしか・・・無いのか・・・!?』

 

俺は魔獣じゃない。・・・だけどそれをディアにも、他のハンターにも伝える術は無い。まして抵抗して攻撃しようものなら、 ますます俺を害のある存在としてみなすだろう。・・・それに俺が討たれなければ、バースの町が滅ぼされてしまうと言っていた。・・・ 卑怯な方法だと思うけど・・・俺だって・・・バースの町は救いたい・・・。でも・・・!

 

「お願い・・・だから・・・抵抗しないでよ!」

 

ディアは涙の勢いが増しながら、再び斧を握りなおした。・・・すまないディア・・・俺は・・・俺は今、倒されるわけには・・・ 行かないんだ!

 

俺は一瞬の隙を付いて素早く駆け出すと、窓から外へと飛び出した。

 

「逃がさない!」

 

ディアは急いで俺の後を追おうとしたが・・・その時彼女の目の前に大きな氷柱が突然姿を現した。・・・リーザの力だ。

 

「リーザ・・・貴方まで抵抗するの!?貴方のマスターは・・・私なのよ・・・!」

「キュゥ・・・」

 

リーザは氷柱の上に静かにたたずみながら、悲しそうな瞳でディアを見下ろし、しばらくすると窓から飛び出して、 ファースと共に俺の背にしがみ付いた。俺は一心不乱で街を駆け抜ける。兎に角、まずは遠くへ逃げよう。遠くへ、 ハンターのたどり着けないような奥地まで逃げて・・・そこで・・・そこで、それから・・・どうする・・・?ケルベロスになった俺は・・・ 何をすればいい・・・?

 

俺は走りながら二、三度大きく頭を振った。・・・一旦、考えるのをやめよう。まずは逃げ続けよう。何とか、 俺の為すべきことがハッキリする時まで、逃げ続けよう。俺だけじゃない・・・大切なパートナーのファースや、 ディアから離れてまで俺についてきてくれたリーザと共に、解決の糸口を見つけよう。俺達3匹は、見えない未来へと向かって、足場の不安定な、 踏み鳴らされていない獣道を走り始めていた。

 

 

聖都のキマイラ #1-4 完

#2-1へ続く

posted by 宮尾 at 00:00| Comment(0) | 聖都のキマイラ(獣・→) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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