μの軌跡・逆襲編 第14話「復讐」
【人間→ポケモン】
「クソ・・・やはりあいつを一人にしたのは間違いだったか・・・!」
深い森の中、一人の身体の大きい男が厳しい表情を浮かべて携帯端末を睨みつけていた。 さっきから連絡を取ろうとしている相手に繋がらないのだ。
「・・・ロウト・・・どういうつもりだ・・・何処へ行ったんだ・・・!?」
男は・・・ゼンジは辺りを見渡しながら、恐らくはもう近くにいないであろう若き仲間の姿を探した。当然見つかるはずも無く、 ゼンジは深いため息をつきながら携帯端末のスイッチを切った。
「・・・何を考えている・・・エリザは・・・ミヤマエリザは死んだんだぞ・・・!」
それは、何処かへ行ってしまったロウトに対しての苛立ちであり、自分に対しての言葉でもあった。ゼンジ自身は、 人間の少女エリザと直接の面識は無い。しかし、あのミヤマ博士の歳の離れた妹であり、ロウトとも浅からぬ関係であった事は十分理解している。 そして・・・もうこの世界にいない存在である事を。いてはならないのだ・・・彼女は・・・。
「・・・どうした、ゼンジ。お前らしくない顔だな」
不意に後からかけられた声に、ゼンジは慌てて声の方を振り向いた。耳慣れたその声、見慣れたその姿に、ゼンジは思わず声を荒げた。
「ソウジュ・・・!?」
「・・・久しぶりだな、直接会うのは」
風にたなびく長い髪をすっとかきあげながら、彼女はゆっくりとゼンジに歩み寄ってきた。・・・しかし何故彼女が、 ソウジュがここにいるのか。今まで通信端末で指示をするだけで、自分は別の仕事を進めていたはずなのに。
「・・・どういうつもりだ?」
「私が呼んだんだ」
ゼンジの問いかけに答えたのは、ソウジュではなかった。また別の女性の声がソウジュの後ろから聞こえ、姿をのぞかせた。ゼンジは再び、 口調を荒げてその女性の名を呼んだ。
「アリナ・・・貴様・・・!」
「あの時のミュウの力を見て・・・主任の力が必要だと判断したんだ。・・・お前たちでは捕まえられないだろうと思ってな」
そう言うとアリナは、一つため息をつきながら辺りの様子を見渡し始めた。・・・5日前、 謎のポケモンであるミュウを捕まえるためにここに派遣されたのがゼンジ、ロウト、そしてこのアリナだった。と言っても、 アリナは一部隊の隊長として、ミュウの捕獲には直接参加せず、森の中の他のポケモンを制圧に専念していたため、 実際にミュウの捕獲の現場にはいなかった。そして、ミュウ捕獲失敗の直後から連絡がつかなくなり、ゼンジも戸惑っていたところであった。
「何故今まで連絡をよこさなかった!?」
「・・・何故お前に連絡をする必要が有る?・・・お前に責任をとってもらうつもりは無い。・・・私は私の任務を果たすだけだからな」
表情一つ変えず、アリナは淡々と語った。・・・或いはそれは、前線の人間であるゼンジと、 所詮は本部の人間であるアリナとの温度差なのかもしれない。任務をこなす、と言う意味そのものに差があるのかもしれない。 何のための任務なのか・・・何を為すが任務なのか。微妙な解釈の違いがそこに有るのだろう。
「・・・ところで・・・ロウトはどうした?姿が見えないようだが・・・?」
2人の会話に割り込むように、ソウジュは辺りを見渡しながらゼンジに問いかけた。 ゼンジと行動を共にしていたはずのロウトの姿が見当たらないのだ。当然責任者として問わなければならない。
「・・・昨日から、姿を見ていない・・・」
「見ていない!?お前は何をやっていたんだ!」
それまで落ち着いた素振りだったアリナが、声を大きくしてゼンジに詰め寄る。もっともその表情に崩れは無いが。
「気にする必要は無いわ。ゼンジ」
「・・・ソウジュ・・・?」
「・・・ミュウを追えば、いずれロウトが一人先走るのは予測の範囲内。・・・思ったよりも、それが早かっただけ。・・・ ロウトにも考えるところは、あるだろうし」
珍しく心から落ち着いたような・・・何処か諦めにも似た声でソウジュはそう呟き、ゼンジを諭した。
「・・・だが、あいつが連れていたポケモンも一緒にいなくなっちまった。これじゃあ・・・」
「心配するな。ポケモンなど・・・必要ない。・・・そのために・・・私が来たんだ」
ソウジュはそう言うと、懐から何かを取り出した。それは普段使っている見慣れた携帯端末。・・・しかし、 その表についているエンブレムを見たゼンジは表情を変えて口調を荒げた。
「お前・・・それは・・・正気か!?」
「私は・・・全ての責任を負わなければならない。ミュウの事は・・・私が、私が決着をつけなきゃいけないの」
ソウジュは、遠く空の果てを見つめながら呟くようにそう答えた。・・・そう、全てに決着をつけるときがきた。 CP150-MT4を追い続けて約2週間・・・いや、ミュウに関わってからの12年間、その全てをこの手で、 納得の行く形でけりをつけなければならない。そのために出来る、最後の手段。
「・・・それで・・・お前はいいんだな?」
「・・・言ったろう?全ての責任を、私が負うと」
そう言ったその表情は、しっかりと前を見据えた瞳と、僅かに下唇を噛んでいて、決意と、悔しさが何となく感じることが出来た。 もう後には引けないところまで来てしまったのだと、ゼンジも・・・アリナも、悟っていた。
「MT4は必ずミュウと接触を図る。それが最後のチャンスだ」
ソウジュが携帯端末を懐にしまいながら告げたその言葉に、2人も頷いた。・・・やるべきことは決まった。ミュウも、 MT4も2度にわたって取り逃がしてきた。もう、後は無い。三度目の正直とはよく言ったものだ。全てをかけて、ミュウとMT4を捕獲する。 それ以外の結末は、3人に・・・いや、ソウジュには無かった。
風が静かに木々を揺らす音が聞こえる。川のせせらぎが聞こえる。鳥ポケモンの鳴き声が聞こえる。 大きな森なら当たり前のように聞こえてくる音が、今は何だか心地よくて、新鮮だった。それはきっと、 2匹のポケモンにとって長くつかえていた何かが外れ、再び自分として歩み始める事の出来た、新しい瞬間だったからなのかもしれない。 チコリータはつるで器用に木の実を押さえながら、口いっぱいにほお張り、ミュウもまたそんな彼女の姿に微笑みながら、 小さな口でみずみずしい木の実をゆっくりかじっていた。
『・・・ねぇ、セイカ?』
『何、エリザ?』
2匹の透き通った声が、風に揺れた。互いに向き合い、木の実を口から離し、互いの目を見た。
『・・・覚えてる?・・・ほら、初めて会った日も、丁度こんな感じで・・・』
『うん・・・勿論。・・・でも、あれが始めての出会いじゃ・・・無かったんだよね・・・』
『そうだね。・・・何だか、あのころに戻ったみたい。・・・ずっと封じていた記憶の中に、確かに、赤ん坊のセイカはいるもの』
チコリータは少し照れながら恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
『・・・あ、だったらあれですよね。エリザ叔母様には敬語を使いませんと』
『ちょ、やめてよセイカ!3つしか違わないじゃん!』
チコリータの大きな声が、森に響いた。急にシンと静まる辺り。・・・そしてぶわっと波が押し寄せるように、 チコリータとミュウは大きな笑い声を上げた。
それを一言であえて言うなら、幸福だろう。・・・2匹とも、自分がポケモンに変えられた人間だったことを知り、悲しさや寂しさ、 そういったマイナスの感情が湧かないはずは無かった。だけど、そんな事も小さな事だと思えるほど、そんな小さなことを包み込んでしまうほど、 2匹の間を繋ぐ暖かな絆は確かなものになっていた。まるで2匹の周りだけ、不思議な何かに守られているような、心地よい安心感。 傍に相手がいる、ただそれだけで他の何よりも強い勇気が湧いてくる。
『・・・きっと、多分だけどさ』
おもむろに、セイカは木の実を口から離し、エリザに語りかけた。
『・・・何?』
『多分・・・本当は・・・ううん、本当はって適切じゃないね。・・・でも、もし人間のままだったとしても、私達こうやって、 きっと笑い合えていたかもね』
『そうだね。・・・姿なんて関係ないもの。私はエリザで、セイカはセイカ。・・・記憶が戻った今だから分かるけど・・・ たとえ記憶が有っても無くても、私は・・・私なんだって思うんだ』
『うん。エリザは・・・エリザだよ。昨日までのエリザも、今私の目の前にいるエリザも。・・・同じエリザだよ』
セイカはそう言って、手に木の実を持ったまま、エリザの傍によりその小さな腕でぎゅっと彼女を抱きしめた。 絹のように滑らかで柔らかなセイカの体温を感じながら、エリザはそっとその腕に包まれた。互いの温かい鼓動が、心の脈動が伝わってくる。 何よりも心地よい温かさ。ずっと、出来ればずっとこうしていたい。2匹は互いに微笑みながら、そっと身体を寄せ合った。家族以上のあなた。 隣にいてくれる事が、何よりの幸せ。もう、ずっとこうやって傍にい続ける。・・・2匹は、そう願っていたしそう信じていた。
・・・だから、信じる事に、願う事に、裏切られるとは思っていなかった。・・・2匹が別れることになるとは、思っていなかった。
不意に、2匹は自分たちを包み込む温かさを引き裂くように、凍るような寒気を背筋に感じた。ミュウの短く細かい毛が逆立ち、 チコリータの緑色の皮膚が僅かに青ざめるほど、その悪寒は衝撃的だった。まだ、その寒気の原因が何なのか分からないのに、身体は振るえ、 心は押しつぶされそうになっていた。・・・見えないプレッシャー。それも、異常なまでの。
『何・・・この・・・張り裂けそうな・・・威圧感は・・・!?』
傍にいるミュウに問いかけるように、チコリータは荒くなる呼吸でそう叫んだ。・・・だが、 横にいるミュウからの返事は一向に返ってこない。いつの間にか、ミュウの腕はエリザの身体から離れていた。 不思議に思いエリザはセイカの気配がするほうを振り返った。・・・彼女の目に映ったミュウは、エリザのことを視界にも入れず、 じぃっと空を睨みつけるように僅かに中に浮かびながらたたずんでいた。
『・・・セイカ・・・!?』
呼びなれたその名を、エリザは少し強い口調で呼んだ。しかし、ミュウに反応は無かった。・・・ そしてそのミュウの瞳に映る影の存在に気がついたエリザは、ミュウの視線の先を見上げた。・・・そこにいた存在に、 エリザは思わず息を飲み込んだ。紫がかった白い肌が、太陽の逆光を浴びて不気味に光っていた。人に似た体躯、球状の指先、長い尻尾・・・ それは脅威をそのまま象徴したかのような、力強く、雄々しく、不気味な姿だった。
『そんな・・・まさか・・・本当に・・・!?』
その姿を見たエリザはうろたえていた。・・・記憶にあるのだ。彼女の中の、封じられた記憶の一枚に、 そのポケモンの名が刻まれていたのだ。
『本当に・・・ミュウツー・・・なの・・・!?』
その名を知る者は多い。150番目のポケモンとして正式に登録されている、紛れも無いポケモンだ。・・・だが、 その姿を知る者は少ない。見る機会がそもそも少ないから、認知度が低いのだ。・・・だがエリザは知っている。その存在を・・・そして、 その脅威を。
『・・・ダメだ、セイカ・・・逃げよう!あれは・・・あれには関わっちゃいけない!』
エリザは、その緑色の皮膚でも分かるほど青ざめた顔を引きつらせながら、必死で叫んだ。逃げ出さなきゃいけない。 ここにいてはいけない。セイカを・・・そして自分を守るために出来る事は、この遭遇を無かった事にすることだけだった。
しかし当のセイカは、その呼びかけにも反応しなかった。・・・何か様子がおかしい。ミュウは未だに、 宙に浮かぶミュウツーを見つめ続けていた。・・・エリザの声が届いていないのか。何処か虚ろな瞳でたたずむミュウに、 エリザは静かに近寄った。・・・その時耳に確かに聞こえた。セイカの、かすかな呟き声が。
『・・・さん・・・前が・・・』
『・・・セイカ・・・!?』
・・・虚ろな目。小さく何かを呟く口。力無い身体。・・・その様子にエリザは心当たりがあった。・・・ エリザ自身がソレと同じ光景を見たわけじゃない。しかし・・・しかし、その様子は確かに・・・昨日の自分と重なって見えた。 記憶に振り回され、自分を見失った、あの瞬間のエリザに。
『セイカ!しっかりしてよ!セイカァ!!』
『お前が・・・お前が、母さんを・・・母さんを、母さんを、母さんをっ』
・・・エリザが何かを叫んでいる。自分が何かを口走っている。ソレは分かった。でも、セイカにはもう、エリザが何を言っているのか、 そして自分がなにを言っているのか理解できていなかった。
ただ、目の前にいるポケモンの姿だけが視界に入り、その周りに思い出したくない、あの時の光景がまとわり付くように回り始めるのだ。
船の中。崩れ落ちた天井。姿を消した母。足元に流れる・・・綺麗な赤。後にたたずんでいた、あのポケモン。薄紫色の身体が不気味で、 奇妙で、そして・・・何か運命を感じた。だけどその運命を考える余地を、セイカは与えられなかった。ただ、訳が分からなくて、 何が起きたのか理解できなくて。ウチから湧き上がる感情と、更にそのうちからあふれ出た何かの力を抑えることが出来なかった。
・・・いや、理解できなかったんじゃない。理解する事を拒んだんだ。・・・認めれば、全てが終わってしまう。母さんが・・・ もういないことを。母さんは、母さんが、母さんを、お前は。
『・・・お前が・・・お前が、お前はっ、お前が、お前がっ・・・母さんを・・・お前がァァッ!』
『ッ!?セイカ!?』
その瞬間、セイカから眩いばかりの光がほとばしった。エリザは思わず目をそむけた。・・・ まるで巨大なライトで照らされたかのようにまぶしい光。・・・セイカの身体からその光が放たれるのを、エリザは何度も見てきた。・・・ しかし。
『・・・違う・・・』
いつもと同じ蒼白い光。それがただいつもより強いだけ。・・・それだけのはずなのに、エリザはその光に異質を感じていた。・・・ いつも光は、誰かを・・・特にエリザを守る時に発生していた。救いたいと願う心に、セイカの中のミュウが反応するからだろう。・・・だけど、 この光は違う。セイカは今、エリザを守ろうとしていない。エリザ自体が視界に入っていないのだ。・・・ただ分かるのは、 その光を生んでいるのが、負の感情だということ。
『やめて、セイカ・・・その力は・・・違う、そんな力は・・・!』
『ァァァァァッ!!』
エリザの言葉を遮るようにセイカは言葉にならない叫び声を上げ、同時にミュウツー目掛けて飛び上がった。ミュウツーは、 静かにたたずみながら、すぅっと手をかざすとそこに見えないエネルギーの壁が生まれ、襲い掛かってくるミュウの動きを止めた。そして、 ミュウツーは我を失っているミュウに対して、どこか寂しげに小さく呟いた。
「それが・・・お前の答えか・・・イブ」
『・・・イブ・・・!?』
エリザは、ミュウツーの声を聞き逃さなかった。・・・確かにあのミュウツーは、ミュウの事を・・・セイカのことをイブと呼んだ。・・・ 勿論、セイカにイブと言う別名は無い。誰の名前なのか・・・。
『まさか・・・セイカの中の・・・ミュウの名前・・・!?』
ミュウツーはミュウを見てイブと呼んだ。セイカとは呼ばずに。だとすれば、このミュウの姿が、イブと言う名のミュウのものなのか。 エリザは混乱の中必死で頭を働かせる。何とかして助からなきゃいけない。何とかしてセイカを助けなきゃいけない。何が出来るのか、 何をしなければならないのか。・・・だが、時間は止まることなく進み、環境は悪化していく。 ミュウツーがミュウを跳ね除けるように腕を大きく振るうと、それが衝撃波となって森中に飛び散った。激しい音を立てて、木々がなぎ倒され、 土がえぐられ、砂埃が巻き上がった。
『違う・・・ミュウの力は・・・憎しみのための力じゃない・・・こんな、こんな悲しい力じゃない・・・!だから、お願いだからセイカ、 止まって!もう・・・やめてぇ!』
エリザは舞い上がった砂埃で姿が見えないセイカに対して、必死で呼びかけた。・・・だが、セイカは・・・いや、ミュウは止まらない。 勢いよく砂埃から飛び出したかと思うと、また再びミュウツーと衝突し始める。2匹の、常識を超えた力が激しくぶつかり合う。 そのしわ寄せが全て、辺りに飛び散り、森を壊していく。・・・木が、花が、そして・・・ポケモン達が傷ついていく。 エリザは必死に2匹の影を追おうとするが、2匹がエリザのことを、地面でうごめく小さなチコリータのことに気付く事も、 気を払う事も無かった。ぶつかり合う衝撃波はついに、エリザにも向かってきた。息を付く暇も無いまま、目の前の空気が陽炎のように歪んだ。・ ・・やられる!そう思った瞬間だった。
「エリザァァッ!」
不意に響いた自分の名。エリザが声のした方を振り向いた瞬間、彼女の身体は何者かによってすくい上げられた。
「チコォッ!?」
思わず、言葉にならない声を上げてしまった。・・・それは救い出されたことへの驚きもあったが、 それ以上に自分の名前を呼ばれたことに対しての驚きが勝っていた。・・・今の声は確かに人間の、男の声だった。しかし、 人間に自分の名前を呼ぶことが出来る人間がいるはずが無いのだ。なのに・・・。エリザは慌てて自分を担いでいる人間の顔を見た。
・・・見た瞬間、エリザの目が潤み始めた。・・・有り得なかった。彼が、自分を救い出してくれるなんて、考えも及ばなかった。だけど、 その顔は間違いなく彼の顔だった。記憶に封じられていた、あの頃の記憶。懐かしいその顔。そして・・・記憶を失った中で、何度も戦った、 その男の名は。
『・・・ロウト・・・!』
チコリータの小さな鳴き声が、自分の名を意味していることには当然気付かず、ロウトは無我夢中で走っていた。・・・ 何故自分がこのチコリータを助けようとしているのか、このチコリータをエリザと認めたのか、自分でも理解できなかった。ただ・・・ 或いは本能なのかもしれない。ここでこのチコリータを助けなければ、一生後悔するかもしれないという、根拠の無い、直感的な本能。・・・ いずれにしても、この騒ぎから逃げ出して、このチコリータの事を調べればミュウの事だって・・・この暴走の事だって何か分かるかもしれない。 そう考えロウトは必死で走っていた。
・・・だから、見えなかったのだ。背後から再び、あの衝撃波が自分に向かってきている事に。
響いたのは、チコリータの悲鳴と、身体が折れ曲がる鈍い音。バランスを失った青年の身体は、力なく飛び上がり、地面に落ち、 何度かバウンドし、そして・・・動かなくなった。
『・・・ロウト・・・!?』
チコリータは痛みをこらえながら、動かない青年の名前を呼びながら立ち上がった。・・・だが返事は無い。
ロウトが何故自分のことをエリザと呼んだのか。確かに、昨日も同じようにエリザと呼ばれた。・・・ エリザの正体に気付いているのだろうか?・・・いや、だとすれば反応が鈍すぎる。恐らくは・・・直感的にエリザの中に、 人間のエリザを見つけて、思わずそう叫んだんだろう。エリザを助け出せば、きっと何か真実が分かるかもしれないと。
・・・なのに、ロウトは動かなくなってしまった。呼吸を・・・していない。エリザは近づいて彼の頬をつるで叩いてみた。 頭の葉っぱで身体を叩いてみた。体当たりもしてみた。・・・だけど、動かない。
『やだ・・・動いてよ・・・ロウト、折角・・・折角私、記憶取り戻したのに・・・あなたに会えたのに・・・!・・・私なんか・・・ 私なんかを助けなければ・・・こんな・・・!』
エリザはまた、自分を呪った。・・・初めは母、次は兄、さっきはセイカ、そして・・・今は目の前のロウト。自分を救おうとした人間が、 必ず自分から離れていってしまう。誰も失いたくないのに、運命はエリザから全てを奪い去っていく。・・・エリザは哀しみばかりがこみ上げて、 最早声さえ上げることなく静かに涙を流した。・・・そして滲んだ視界には、再び自分へと向かってくる衝撃波を捉える事が出来なかった。・・・ いや、その衝撃波の存在には気付いていた。しかし・・・よけようとはしなかった。よけたくなかった。
・・・私も・・・強いダメージを受ければ・・・ロウトと一緒に・・・なれるだろうか?
エリザの心を覆った闇は、彼女に逃げて生き残るという冷静な選択肢を奪っていた。そして・・・衝撃波は再び鈍い音を響かせた。それで、 全てが終わった・・・はずだった。
『・・・?衝撃が・・・!?』
確かに衝撃波が何かに当たる音はしたのだ。しかし、エリザの身にダメージはほとんど無かった。エリザは慌てて瞳を開けて、 衝撃波が飛んできて方を見た。・・・そして目に飛び込んできたのは。
『・・・ロウト・・・!?』
その姿は、さっきまでそこに倒れていたはずの、青年の姿だった。そう、ロウトが衝撃波を再び受け止めたのだ。・・・ 全く動けないはずなのにどうして・・・エリザは頭の中で様々な疑問を浮かべていたが、不意に彼の身体から何かが放たれているのが見えた。・・ ・それを見た瞬間、エリザは動揺した。・・・ロウトを包んでいたのは、まるでさっきのセイカのような、オレンジ色の光だったのだ。しかも・・ ・その瞳はやはり、先ほどのミュウのように虚ろで、意思を感じなかった。
『・・・そんな・・・!でもロウトは・・・だとしたら・・・まさかロウトは・・・!?』
「グァァァァッ!」
チコリータの鳴き声を遮るように、ロウトは鋭く、強く、激しい叫び声を上げた。そしてその叫び声と共に、 ロウトの身体は更に激しく光り・・・そのうちから人ならざるものの力を溢れさせた。そして、その力を受け入れるために、 器の形も変わる必要が有った。
ロウトの顔は、大きく鼻先が突き出したかと思うと皮膚は硬くなり、その色は炎のような赤いものへと変質した。 まるで鳥のくちばしのように尖った口先、その上の額からは2本の鋭く長い角が生え始めた。髪の毛も人の毛から変質し、 薄い黄色の鳥の羽毛へと変わり長く伸びる。その羽毛は胸から背中までも覆っていった。それ以外の皮膚は赤く変色していく。 一回り大きくなった体が、彼の着ていた服を突き破った。そして現れた身体は・・・既に人間のそれとはかけ離れていた。
シルエットは人間に近い。だが、手は色黒く変色し、指の数は3本に減っており、手首からは炎が噴出していた。 脚も途中まで赤く膝下からは黄色い毛で覆われており、その長い毛で覆われた中にある足もまた、鳥そのものの形となっていた。 後からは短いながら尻尾も伸びている。・・・それを見たものは恐らく、ついさっきまでそれが人間だったとは思わないだろう。力強く、 雄々しく、獰猛なその姿はまさに猛禽。その名は・・・。
『・・・バシャーモ・・・!』
変化の一部始終を見ていたエリザは小さく呟いた。・・・そう、目の前でロウトが、人の形を失い、 代わりに形どったのが全国図鑑257番、バシャーモだったのだ。
『そんな・・・ロウトは・・・まさか、本当のアルファ・・・!?』
戸惑いの表情を浮かべながら、チコリータは目の前のバシャーモのことを見上げた。・・・しかし、バシャーモからは返事が無い。・・・ まさか・・・バシャーモ、ロウトも・・・!?
「・・・シャァァァァッ!」
バシャーモは何かを振り切るかのように、猛々しい叫び声を上げたかと思うと、衝撃波が飛んできた、 2匹のポケモンがぶつかり合う空中を見上げて、飛び上がった。・・・その姿に、その瞳に、その行動に、最早ロウトの面影は無かった。 いるのはただの、1匹のバシャーモだった。
『そんな・・・何で・・・何でこんな事に・・・!?』
『・・・どういうことだ、あのバシャーモは・・・!マスターは!?』
不意に、エリザとは別のポケモンの鳴き声が聞こえた。エリザは慌てて声のするほうを振り返った。そこにはロウトがつれていた、 そして自分と何度も戦ったあのカイリキー、イルだった。
『・・・カイリキー・・・!』
『チコリータ・・・どういうことだ!マスターはどうなった!あの・・・あのバシャーモは・・・本当に・・・!?』
『・・・ロウトは・・・ロウトが、バシャーモになったの。・・・ロウトは、アルファだったの・・・!』
『アルファ・・・!?』
『兎に角・・・ロウトを、セイカ・・・ミュウを止めないと大変な事になる!お願い、力を・・・力を貸して!』
つい昨日まで、敵対していた相手であるイルに対して、エリザは頭を下げて懇願した。イルはそれに少し戸惑ったが、 今は敵味方をどうこう言っている時ではないことは、彼にもわかっていた。
『・・・俺は、何時だってマスターのためだけに戦ってきた。・・・そのためなら、俺は恥も、名誉も、惜しまない』
カイリキーはミュウツーに向かっていくバシャーモを見上げながら、静かに語った。何故ロウトがバシャーモになってしまったのか、 何故このチコリータがロウトの事を助けようとするのか、疑問はいくらでもあったが、それらはイルにとってこの瞬間、無意味な事だった。ただ、 ロウトを救いたい。その一心だけだったし、その願いは多分、目の前のチコリータとも共通だろう。カイリキーは空を見上げながら走り出した。
『・・・助けるんだろ?マスターを』
『・・・うん・・・!』
チコリータはそんなカイリキーを追いかけながら小さく頷いた。荒れていく森の中、敵同士だったはずの2匹のポケモンは、 互いに同じ物を守るために共に戦うことを決めた。空では二つの光りが、直一層強く輝き、ぶつかり合っていた。
μの軌跡・逆襲編 第14話「復讐」 完
第15話に続く
ソウジュの覚悟など気になるコトは沢山ありますが、あまり詮索しないでおきます(笑
今後の展開に期待ですw
追記:此方のサイトのバナーの直リンクが出来るようになりました(原因発覚/遅
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
確かに急展開ですねw 実際のところ、この物語もいよいよ第一部がクライマックスに突入しようとしていまして、この逆襲編もそうですし、もう一つの幻編も、一つのターニングポイントを向かえることになります。
物語の終わりは、新たな物語の始まりでもあります。そこへ上手く繋がればいいなと思っておりますw
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
確かに急展開を迎えてますね。もうすぐ第1部もクライマックスを迎えるので、逆襲編、幻編共に今後の展開にご期待下さい。