2007年05月23日

ラベンダーフォックス 第14話

ラベンダーフォックス 第14話「侵入襲撃!動き始めるデュオデック!」

【人間→獣人】

 

「ん・・・いいかな、こんな感じで」

「久々だから楽しみだなぁ、光音ちゃんのカレー」

 

台所で鍋を煮る私の後で、父さんは笑顔を浮かべながら楽しそうにカレーが出来上がるのを待っている。そういう姿は何処か子供っぽい。 元々顔も年のわりに若く見えるから、下手したら歳の離れた兄弟に見られても仕方の無いくらいだ。・・・こんな性格の人から、 何故私たちみたいな3人姉弟が生まれたのか不思議でならない。

 

「・・・未来さんのカレーも・・・もうしばらく食べてないけどね」

「・・・母さんのカレーには、かなわないと思う」

「未来さんは・・・誰よりもすごい人だから」

 

そう話す父さんの顔は、本当に嬉しそうで、寂しそうで、切なそうで。あぁ、本当に父さんは母さんの事を愛しているんだなと思える。・・ ・それなら、母さんの傍にずっといてあげればいいのに・・・という私の考えは子供染みているのだろうか。父さんが家庭にいてくれれば・・・ 母さんもここまで苦労しなかったはずなのに。

 

「・・・未来さんのことで、僕を恨んでる?」

「恨みじゃ・・・ないと思う」

「呆れ?」

「・・・近いかもね」

 

恨んでいるわけでは、ないと思う。自分でもよく分からないけど、 こんなでたらめな父さんの事を結局私は心の底から恨んだりはしていないはずだ。・・・恨めないんだ、母さんを愛している事を知っているから。 だから・・・そう、確かに父さんの言う通り、呆れが正しいのかもしれない。母さんを愛しているから、母さんのために、 母さんを放って仕事にのめりこんで。そんな父さんなんだ。

 

「・・・母さんは、私がラベンダーフォックスだって知ってるの?」

「未来さんの容体は・・・僕よりも光音ちゃんのほうが知ってると思うけど」

「・・・こっち来てから、忙しくてまだ会えてないから」

「そう・・・だったね。じゃあ・・・久々に今度家族5人集まるか!」

 

父さんは思い立ったようにそう思い切り叫んだ。もっとも、父さんがいつも口先だけの人だというのは分かっている。だけど、 今日の父さんはいつもと違って不思議な力と心に満ち溢れているようだった。

 

「母さんの見舞いにでも行くの?」

「その方がいいだろ?・・・というか、できるだけこういう機会を増やしたくて北海道に皆を呼んだんだから」

「ラベンダーフォックスのことだけなら、私ひとりで十分だってこと?」

「まぁね。・・・まぁ景輔君1人を東京に残すわけにもいかないし」

 

父さんはそう言うが・・・父さんはどれだけ私たちのことを気にかけて、どれだけ私たちのことを知っているんだろう。 みんなの気持ちがもうバラバラになりつつあることを知っているんだろうか。それとも、 だからこそ皆が一緒にいるべきだろうという考えだろうか。・・・一番家にいない父さんがそんなことを考えるだろうか。

 

「ほら、よそ見してると焦がしちゃうかもよ?」

「え、あぁ。大丈夫、きちんと見てるから」

 

そう言って煮えるカレーを見つめていた。我ながら、おいしそうな匂いが漂ってくる。おたまでそっとすくい、 小皿に少しだけよそって口に運ぶ。・・・うん、大丈夫。丁度いい味だ。

 

「・・・それにしても、景輔遅いねー。こんな雨の中、何処まで行ったんだか」

「すぐに戻ってくるようには言ってあったんだけどねー」

 

私はそう言いながらコンロの火を止め、カレーの鍋に蓋をした。

 

「あれ?すぐ食べるんじゃないの?」

「一応景輔が帰ってくるの待とうと思って」

 

火の前に長い時間立って滲んだ汗を、私は腕ですっと拭った。そして時計に目をやる。短針は8時を回っている。 中学1年生が1人で出歩く時間ではない。ましてやこんな雨の中。・・・景輔のことだから、変な心配は要らないだろうけど、それでも大切な弟、 心配にはなる。・・・と丁度その時、インターホンの音が家の中に鳴り響いた。

 

「ほら、景輔君じゃない?噂をすればなんちゃらって」

「多分ね。今出てみる」

 

私はキッチンから出て、インターホンに向かった。そして受話器を取ると、液晶モニターに外の様子が映し出された。・・・ だけどそこに映る姿は景輔の姿じゃなかった。聞こえてきた声も、違うものだった。

 

「すみません、青藤さんのお宅でしょうか?」

「え?・・・えぇ、はい」

 

声はやや若さを残してはいるものの低く響くような力強い男性の声だった。姿は・・・がたいのいい20代半ばぐらいの男性だった。・・・ が、その姿に何処か見覚えがあった。どこで見たものだったか・・・頭の中を探っていた時モニターの男性が懐から何かを取り出した。

 

「私、北海道警察のものですが・・・」

 

そう言ってカメラの前に突き出したのは警察手帳だった。その瞬間私ははっとした。・・・思い出したのだ。 画面の男性が何処で見たのかを。つい数時間前、松原さんに見せてもらった警察のデータ。そこにあった警官の名前。・・・井筒司郎。 昨日あの金融会社で、戦ったイノシシ獣人だと思われるあの警官だ。私は思わず声を上げそうになったが、 グッとこらえて冷静を装った声で聞き返した。

 

「・・・どういったご用件でしょうか?」

「青藤光音さんはご在宅でしょうか?」

「光音は私ですが」

「・・・そう・・・ですか」

 

井筒刑事ははっとした表情で言葉を詰まらせながらそう答えた。そして一瞬カメラではなく後の方を振り返った。 すぐにこちらに向きなおすと言葉を続けた。

 

「実はお伺いしたい事があります。よろしければ開けていただけますか?」

「・・・お話でしたら、このままでも構わないんじゃないですか?」

「直接伺いたいことですから」

「でしたらまずご用件を仰っていただけますか?」

 

・・・会話は平行線を辿る。井筒刑事が私に会おうとしている。目的は分からないが、そもそも昨日戦ったばかりの相手。 易々と出るわけには行かない。・・・でも、何故井筒刑事がここにいるのか。あの時の様子を見れば、 井筒刑事が変身したと思われるイノシシ獣人に自我が有った様には見えなかった。そうでなくても、 私がラベンダーフォックスだということは知らないはず・・・。そう考えを巡らせ押し黙っていると、 井筒刑事が再びカメラから目をそらし後ろのほうを見た。・・・誰かいるのだろうか。そう思っていると案の定、 井筒刑事の後から別の男性が姿を現した。

 

「おい」

 

その男性が口を開くと、受話器の向こうから井筒刑事とは別の男の人の声が聞こえてきた。井筒刑事よりも少し若い、軽い声だ。 その声は私の返事を待たずに言葉を続けた。

 

「アレかい?お前が青藤光音かい?」

「・・・そうですが?」

「お前が青藤光音って事はアレかい?・・・お前がラベンダーフォックスだってことかい?」

「ッ・・・!」

 

・・・やっぱり、あいつ等に私がラベンダーフォックスだということがばれている・・・!

 

「・・・何のことです?」

「とぼける気かい?」

 

若い男は微かな笑みを浮かべながら、カメラを覗き込んだ。・・・隠し通すことは出来ない・・・。でも、どう対処すればいい?敵は2人・ ・・もし戦うとなれば井筒刑事はイノシシ獣人に変身して攻撃してくるだろう。もう1人の男も、恐らく同様に変身して戦える可能性が高い。 1対2・・・数的不利をどうする・・・?

 

「アレかい?押し黙って時間稼ぎでもするつもりかい?」

 

若い男は笑みを浮かべながら、相変わらずカメラを覗き込んでいる。・・・確かにこのまま動かなかったら、埒が明かない。しかし、 だからといってむやみに戦いに走ってもメリットがない。どうするか・・・私は答えを仰ぐように父さんの方を見た。 父さんも流石に状況を悟ったのか、私の傍に来て、受話器に耳をそばだてた。そして私の耳元で小さく呟く。

 

「・・・誰・・・?」

「・・・さっき話した・・・井筒刑事」

「イノシシの?」

 

私は小さく頷いた。そして父さんも画面を見つめる。その瞬間、若い男のほうの動きに異変があった。 不意に画面から姿を消したかと思った次の瞬間だった。男が勢いよく玄関に身体をぶつけてきたのだ。 それと共に玄関の方から大きな音が聞こえてきた。

 

「あいつ等、蹴り破って入ってきたな!」

「父さん、下がって!・・・私が何とかするから」

 

すっと腕を出し、父さんを後へと下がらせる。私も受話器を置き、一歩二歩後に下がる。玄関からあの2人が入ってきたら・・・ 家の中で戦いになる。少しでも、広い場所に陣取りしなければ・・・そう思って家の中を見渡す。・・・あくまで家の中なら私に地の利がある。・ ・・玄関の方から、人が歩いてくる音がする。静かな中に響く足音が、緊張感を更に張り詰めさせた。私はいつでも変身が出来るように、 その手の中に華核を用意して。・・・そして息を潜めて感覚を研ぎ澄ます。何時、どのタイミングで攻撃を仕掛けてくるか、慎重に見計らって。

 

「・・・それで気配を消しているつもりかい?」

「ッ!?」

 

不意に私は後の方から声をかけられて、慌てて後を振り返る。けれど、その瞬間私はガッと肩を押さえられ、壁に押し付けられた。相手は・ ・・井筒刑事じゃない、もう1人の方。・・・ふと気付くと、男は私の首筋に何かを当てている。金属光が鈍く光った。・・・ナイフだ。

 

「楽な仕事だね。女1人殺すなんて。・・・変身さえしてなければ脅威でも何でもないんじゃないかい?」

「ぅっ・・・!」

 

男は笑みを浮かべながら、そのナイフを更に私の首筋に近づけた。・・・ヤバイ。この男は、ヤバイ。 ウォルブレインやヴィスタディアとは違う。あのイノシシ獣人とも違う。今まで会った誰とも違う危険な感じがした。この人の目は・・・ 人を殺す目だった。ウォルブレインもヴィスタディアも、強い殺意を感じたし、憎しみを宿した目をしていたけど、 彼等には憎しみだけじゃない感情がきちんと見て取れた。井筒刑事が変身したあの獣人は、意思そのものがなかったように見えた。・・・ だけどこの人は違う。この人の目は・・・人を殺す意思を持った目だった。

 

私は・・・このままじゃ殺される・・・!?

 

「させるかぁ!!」

 

私が不安で派を食い縛った瞬間、男の後から叫び声が聞こえた。・・・父さんの声だった。父さんは、高く上げたかかとを、 男目掛けて大きく振りかざした。男は突然の事に慌ててナイフを私の首筋から離した・・・その隙に私も足を上げて、 ナイフを持った男の手を力強く蹴った。更に次の瞬間には父さんのかかと落としが男に当たった。・・・だけど、とっさに男は腕で身構えたから、 クリティカルにはならなかった。

 

「・・・っっィィィッッテェェェ!」

 

男は父さんの脚を腕で払い、大きく宙返りをしながら、私達親子から距離をとった。

 

「ハッ、アレかい?今日は父兄参観かい?」

「・・・確かに僕は光音ちゃんの父親だ」

「・・・ケッ、麻生の野郎、大事な事言いやがれ・・・それともアレかい?俺をはめたのかい・・・?」

 

男は自問自答するように、私たちのほうを見ることもなく俯きながらブツブツと何かを呟いていた。だが、 すぐに鋭い目つきを私たちの方に向けた。

 

「落ち着け、更科。2人相手はお前も不利だろう」

 

男を抑制するように、後から別の男が入ってきた。・・・井筒刑事だ。改めて見てみると・・・その身体の大きさが分かる。 180ぐらいはあるだろうか。

 

「井筒・・・てめぇは、アレかい?俺が負けるとでも思ってるのかい?」

「青藤光音本人は兎も角、父親の方は実力も高いようだ。・・・戦うのは俺の役目じゃなかったのか?」

「ハッ、アレかい?あれだけ戦うのを渋っていたのに、どういう風の吹き回しだい?ひょっとしてアレかい?やる気になったのかい?」

「・・・俺の決心は、初めからついている」

 

井筒刑事は、そう答えるとその鋭い眼光で私のほうを見た。・・・だけど・・・この人の目は、 更科と呼ばれた殺意丸出しの男とは違う目をしている。・・・この人は・・・。

 

「ハッ、やるんだったら、さっさとやるしかないってことかい?」

 

更科はそう叫びながら懐から何かを取り出した。・・・それは2枚の札だった。だけどそれがただの札じゃないことは一見して分かった。・ ・・その札から漂う気配が普通じゃない。禍々しく、おどろおどろしく、まるで憎しみや悲しみや怒りや、 そういう感情が形になったんじゃないかと思うほど、見てて気分が悪かった。

 

「だが、覚えてるかい?・・・主導権は俺だって事をさぁ!」

 

更科はそう叫ぶと、自分の持っていた札の一枚を自分に突きつけた。・・・すると次の瞬間、 その札が彼の身体の中に吸い込まれるように消えていったのだ。

 

「何・・・アレ・・・!?」

「分からない・・・けど、アレは・・・危険だ・・・!」

 

父さんは私をかばうように、腕を大きく広げた。・・・いつも頼りない父さんだけど今は凄く頼りに見える。・・・ ある意味この人が自分の父親だと、確認できる数少ない瞬間かもしれない。

 

「オラァ、井筒!テメェもだ!」

「ぐっ!」

 

そう叫びながら、もう一枚の札を井筒刑事の身体に突きつけた。そうするとその札も、同じように井筒刑事の体の中に吸い込まれていった。 札と共に、札が放つ禍々しい気配も2人の体の中に入っていく。・・・私には見えた。 もしかすると他の人にも見えるものなのかもしれないけど・・・だけど、それは今まで見たこと無いものであることは確かだ。私や、 睦美さんが放っているような光じゃない、何色なのか分からない異様な気が2人から放たれ始めていた。

 

「ハッ、アレかい?変身しなくていいのかい?」

「っ・・・!」

「こっちはよォォ、変身する気満々だぜェェ!?」

 

更科がそう叫んだ瞬間だった。彼が身体を大きく反らすと、着ていた服が大きな音をたてて破れていく。そして・・・ その内側からは皮膚が・・・露出していない。茶色い獣の毛で・・・既に覆われ始めていた。

 

「この人達・・・!」

「光音ちゃん!憑変だ!」

「分かってる!」

 

私は父さんの呼びかけに、半ば怒鳴るようにして答え、手の内側に持っていた華核を目の前に出した。その間にも更科の・・・ いや井筒刑事も身体が変わっていく。茶色い毛が全身を覆っていき、身体の骨格まで変わってきていた。・・・私も早く変身しないと! 急いで意識を集中させ、紫の力を指先に集めて華核の水晶に触れながら大きく叫んだ。

 

「狐身憑変!」

 

その声に呼応するように、華核から紫色の光が、眩くあふれ出す。その光が大きくなり私の体を包み込むと、 私の身体に力が宿るのが感覚で分かる。私の中の紫が、強く躍動する。そのエネルギーが私の身体を変えていく。

 

光の中で私の顔は大きく変化していく。顔全体に紫色の毛が覆い、鼻先が黒ずみながら前へと突き出していく。耳は頭の上へと上っていき、 ピンと山のように尖った。紫色の毛は私の全身を覆っていき、手も足も、そして・・・尻尾も生え、私の身体は全身毛で覆われた。 足の形は既に獣のものと化し、その指先には鋭い爪が尖っている。そして私を包んでいた光は私の身体に凝縮すると、 それがパァンとはじけた次の瞬間には、私はいつもの、巫女服のようなラベンダーフォックスの戦闘服に身を包んでいた。

 

「華の戦姫、ラベンダーフォックス!」

 

変化を終えた私は、耳を、ヒゲを、尻尾を揺らしながら高らかに叫んだ。・・・そう、今の私はもう光音じゃない。戦うための・・・ ラベンダーフォックスだ!

 

「・・・ハッ、アレかい?いいのは威勢だけかい?」

 

狐の獣人と化した私の目の前にいるのは・・・ソレもまた、人ならざるものの姿だった。1人はサルと人が混じりあった姿、 もう1人はイノシシと人が混じりあった姿。・・・そう更科と、井筒刑事だ。やっぱり・・・ 昨日戦ったあのイノシシ獣人は井筒刑事だったようだ。

 

「安心しなよォ?あっという間に殺してやるからさァァ!」

 

だとすれば・・・サルの獣人は更科だろう。彼は人によく似た体躯だが、その身体つきは人の時よりも逞しくなっている。 そして大きな声で叫びながら私をにらみつけた。・・・さっきまでの殺意が、更に増している。・・・この敵は、本当に危険だ。私の中の・・・ 本能がそう告げていた。

 

だからこそ、私は逃げられない。戦うと決めた以上、私も戦う。私はそう小さく心の中で呟き、サルの獣人を・・・更科を睨み返した。 引き裂かれた日常、張り詰めた緊張感の中、カレーの匂いだけが、無駄に漂っていた。

 

 

ラベンダーフォックス 第14話「侵入襲撃!動き始めるデュオデック!」 完

第15話に続く

この記事へのコメント
こんばんわ^^。日記にコメントありがとうございます。

さて、更科がいきなり登場したのにはかなり意表を突かれましたw。猿だけにどんな奴なのか気になりますね・・・。

井筒がまたイノシシになったのは面白かったですw。今度井筒の絵でも描いてみますかな(へたくそですが・・・w)。

これからも更新がんばってください。では失礼しました。

★宮尾レス
コメント有難う御座います。
いよいよデュオデック本格活動ですが、いきなり家に乗り込んできましたw 更科は宮尾の書く小説の中では数少ない「根っからの悪役」なんで楽しく書ければなと思っています。
井筒の絵は、もし機会がありましたら、見せていただけると嬉しいですw
Posted by 人間100年 at 2007年05月23日 22:59
ご返事ありがとうございます^^。

早速なんですが、井筒の絵はHPの日記に貼っておきましたので、見ていただけると嬉しいですw。あまりにも汚いので期待しないほうがいいかもしれませんが・・・OTL。

では今後も更新もがんばってください^^。では失礼しました。

★宮尾レス
コメント有難う御座います。お返事遅くなってすみません。
井筒のイラスト、WWPで公開させて頂きましたー☆。パワフルでとってもグッドですw
これからも応援よろしくお願いします!人間100年様も頑張ってくださいね!
Posted by 人間100年 at 2007年05月26日 22:40
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: