μの軌跡・幻編 第13話「白の記憶」
【人間→ポケモン】
『んんー!朝だー!』
診療所の外で、ハクリューがその長い身体を思いっきり反らし身体を伸ばしていた。朝の少し冷たい新鮮な空気を思い切り身体に取り込む。 水平線から僅かに浮かんだ太陽の光が、まぶしくて、心地いい。時折吹き抜ける優しい風を、頭の横の羽根を揺らして感じ取っていた。
『おぅ、ハクリュー。朝早いな』
不意に後ろから声が聞こえたので、ハクリューは長い身体をひねらせて声のした方を振り返る。 そこにはグラエナのラズが息子であるポチエナのパルを連れた姿があった。パルはハクリュー、タツキの姿を見た瞬間、 ラズの傍から飛び出して突進するかのごとくハクリューの長い身体に飛びついてきた。
『お姉ちゃんおはよう!』
『おはよう、パル。朝から元気だね』
『うん!だって、今日ママが退院するんだって!』
『レナさんが?・・・そう、よかったね!』
タツキは、その長いハクリューの尻尾で、いつものようにパルの頭を優しくなでた。やがてラズもタツキの傍まで近寄り、声をかけてきた。
『何度も言うが、レナが助かったのはお前のお陰だ。感謝しているよ』
『ううん、ここまでよくなって、本当によかったよ。・・・レナさんとラズってさ、私にとって・・・母親と父親みたいな感じだし』
ハクリューは笑いながら、ラズにそう告げた。
『そう言ってもらえると、嬉しいよ』
ラズもまた、素直に笑顔でそう答えた。家族を失っているタツキにとって、頼れるラズと、優しいレナは本当に親のようだった。 パルからお姉ちゃんと呼ばれてもいることも、そんな意識を強める材料の一つとなっていた。勿論、ラズたちだけじゃない、リヒトやドク、 他のポケモンや人間たちもまるで家族のように接してくれる。タツキがこの島に来て、まだ僅か11日にもかかわらず。それだけ、 この島全体の人とポケモン達が一つの共同体として見事に共生しているということだろう。
『・・・そう言えばリヒトは?一緒じゃないの?昨日はラズのところに泊まったんでしょう?』
タツキは思い出したかのように、ラズにそう問いかけた。まだ住むところの決まっていない、 ピカチュウのリヒトがラズのところに泊まることは、昨日の時点で聞いていた。しかし、いつもなら真っ先にタツキのところに来そうな彼が、 まだ来ていないのだ。
『あぁ・・・どうも昨日から体調が悪いらしくてな。・・・まだ寝てるよ』
『体調が?・・・大丈夫なの、それ』
『・・・多分、疲れだと思うんだが・・・』
ラズはそう言って小さくため息を吐いた。・・・ラズには一つ、気がかりな事があった。昨日のリヒトの様子。 突然海に向かってわけの分からないことを口走り、本人はその事を覚えていなかったのだ。どうも精神が安定しているとは思えない。 昨日リヒトが寝静まった後も、その事ばかりを考えていた。本人も気にしているらしく、寝る前もずっと何か考えつめるような様子だった。
『まぁ・・・特別重い状態というわけでもないようだし、ドクに見てもらう必要も無いだろう。すぐに良くなるさ』
『・・・そう。ならいいんだけど』
タツキは心配そうな表情で小さく頷いた。・・・はっきり言ってしまえば、元気だけがとりえのリヒトが、 元気がないというのはタツキには一大事のように感じられた。まして、昨日の様子は何だか妙だった。急にタツキのことを意識しだしたり、 そうかと思えばぼぅっとしてしまったり。・・・何かの予兆で無ければいいのだけど。
『・・・ほら、何時までもこんな所で話していても仕方が無い。中へ入れてくれないか?』
『あ、うん。ごめんなさい。今開けるから』
ハクリューは、傍に寄り添っていたポチエナの背中を、そっとその尻尾でなでた後、彼から離れて診療所のドアの方へ進んでいった。 そしてその長い尻尾を起用に使い、ドアを開けようとした・・・その時だった。
『た、大変だー!ラズさん!大変だ!』
不意にラズの後方から声が聞こえてきた。やや若さを感じる、ラズとは異なるグラエナの声だった。息を切らしながら、 全速力でこちらの方に向かってきている。
『どうした!何があった!』
ラズはその若いグラエナに向かって思い切り吼えかける。ようやくラズの傍にたどり着いたその若いグラエナは、絶え絶えな呼吸で、 ラズに話しかける。
『ヤバイっす・・・!この間・・・ラズさんと一緒にいた・・・あのポケモンの言葉分かる人間が・・・!』
『・・・トウヤのことか・・・!?』
『そう、そいつが・・・皆を襲って・・・!』
『なっ・・・!?』
ラズは思わずその長い口を大きく開いて驚きの表情を浮かべる。言葉も出てこないようで口をパクパクさせている。その一方で、 診療所のドアを開けたばかりのタツキは妙に落ち着き払って2匹のグラエナの方を見ていたが、やがて割り込むように話しかけた。
『・・・ありえないと思う。トウヤが、今暴れているなんて』
『でも、見間違いじゃない!確かにあの顔は・・・!』
『だって、トウヤここにいるよ』
そう言ってタツキは診療所のドアを尻尾でさした。オレンジ色の髪を持つ背の高い少年が、少し戸惑った様子でグラエたちの方を見ていた。
「・・・えーと、うん。俺ならここにいるけど?」
『・・・』
「・・・」
『・・・ド・・・ドッペルゲンガー!?』
「ポケモンのくせに難しい言葉知ってるなオイ」
若いグラエナは目をぱちくりさせて、トウヤの方をずっと見つめていた。信じられないといった様子で、 前足で顔を何度かこすったりしていたが。
『・・・でも、間違いなく・・・あれは・・・あんただった・・・はずなのに・・・!?』
「まぁ、俺は確かにここにいる。・・・けど、まぁ・・・ドッペルゲンガーって言うのも、あながち間違いじゃないかもな・・・」
そう言ってトウヤは若いグラエナが走ってきた、”トウヤ”が暴れていると思われる方向に目をやり、じっと黙り込んだ。 その様子を見たタツキとラズは、はっとある事に気づく。
『・・・そうか・・・ドッペルゲンガーって・・・まさか・・・!』
『ビャクヤが・・・あいつが来ているのか!?』
「他に考えられないだろ・・・俺以外の・・・俺がいるってことはな」
トウヤは落ち着いた口調でそう答えた。が、表情はさっきまでの戸惑いの表情はすっかり失せて、緊張感と、恐らく苛立ちか何かであろう、 少し眉が歪んでいたものの引き締まった表情をしていた。
ビャクヤ。それはトウヤとラズが語る、トウヤの弟。顔や声までそっくりのところを見ると、どうやら双子らしい。ラズにいたっては、 過去にそのビャクヤと共に一緒に旅をしたこともある、パートナーのような存在だ。・・・しかし、 どういうわけか2人はそれ以上話したがらない。トウヤはお決まりの「アルファに目覚めていないお前じゃ・・・」と言い、ラズにしても、 あまり関わりをもたれたくないようだった。そういった2人の反応から、タツキには自然とビャクヤに対する興味がわいていた。
『・・・だとしたら、止めなくては!』
ラズが慌てた表情でトウヤの方を振り返る。トウヤは少し俯いて何か考える様子だったが、すぐにラズの方を見ると小さく頷いた。
「そうだな・・・少し待ってろ」
そう言ってトウヤは着ていた上着をその場で脱ぎ捨てた。そして大きく上体を反らし、天を仰ぎながら声を張り上げた。
「ウォォォーッ!」
その瞬間、彼の体がオレンジ色の光に包まれながら大きく変化した。叫んだその口が更に大きく開き、口の中から鋭い牙が姿を見せる。 鼻は大きく前へ盛り上がり、頭からは角が生えている。顔全体が、いや全身の皮膚の色がオレンジ色に変色し、体の形も変わっていく。 大きく突き出たおなか。鋭い手足の爪。長く逞しく、その先に炎を宿した尻尾。背中からは大きな翼が姿を現す。一瞬のうちに、 その姿はリザードンのものへと変化した。
「グルゥ・・・」
リザードンとなったトウヤは既に人の声を出せなくなった喉を鳴らし、、その身を慣らすように指を、翼を、尻尾を振るわせた。 人とは大きく異なるその姿、たとえ馴染んだその身体でも、人間から変身した直後は両方の姿で異なる感覚を思い出す必要があった。
『ラズ、俺の背に乗れ。飛んでいく』
『分かった』
そう言うとラズは、ひょいとトウヤの背中を駆け上がり、彼の長い首に前脚を絡めるようにしてつかまった。
『パパ!僕も行く!』
『だめだ!パルはここにいろ!』
父のようにトウヤの身体をよじ登ろうとしたパルを、ラズは強い口調で制止した。 その様子を見たタツキは再び尻尾でパルの頭を撫でながら話しかけた。
『パルはいい子だから、パパが帰ってくるの、待っていられるよね』
『・・・うん・・・』
パルは、少し不服そうだったが、タツキに諭されるようにゆっくりと頷いた。タツキはそれを確認するとトウヤの方を振り返り、 彼の傍に駆け寄った。
『悪いけど、私も行くからね』
『・・・来るなって言っても、ついてくる気だろ?』
『ばれたか』
『こられても困るが・・・お前は自分で勝手に飛んでこれるしな・・・』
トウヤは少し呆れたような表情を浮かべながら、その翼を大きく動かし始めた。2回振ったときには既に身体は宙に浮き始め、 3度目には前へと進んでいた。タツキは一度パルのほうを振り返り微笑みかけると、すぐに彼女も飛び立ちトウヤの後を追った。
『・・・パパ・・・お姉ちゃん・・・』
高く飛び立ったハクリューとリザードン、そしてその背に乗ったグラエナの、父の姿が徐々に小さくなっていくのを、 パルは診療所の前でただ見上げることしか出来なかった。・・・自分が幼いことが、悔しくてならない瞬間だった。
空高く浮かび上がった3匹のポケモンは、島の端から端まで一気に駆け抜けた。吹き抜ける風は心地よかったが、 今はそんなことに気をとられている場合でもないし、その風も徐々に張り詰めた空気を漂わせていく。
『・・・この感じ・・・間違いない・・・!』
トウヤは険しい表情を浮かべながら、小さくそう呟いた。空気で分かる。気配で分かる。
あいつがいる。
他でもない、血を分けたそいつがこの島に来ている。確信を得たトウヤのスピードは、また一つ加速した。そして次の瞬間、 少し開けた小高い平地の上で、一人の人間とその周りに集まる数匹のポケモンの姿を上空から見つける事が出来た。
その人間の顔を見た瞬間、トウヤの表情が大きく変わった。タダでさえ険しかったその顔は、大きな口を開き、 牙を光らせて眼は完全に瞳孔が開いていた。そして背中にラズを乗せていたことさえ忘れるほど興奮し、そのまま更に勢いをつけて、 地上にいる人間に向かって一気に急降下を始めた。
『ビャクヤァァァーーー!』
その人間に向かって、弟の名を叫びながら、トウヤの拳は硬く握られており、空中で既に大きく振りかぶっていた。地上にいた人間は、 その声を聞いてようやく上空を見上げた。その眼に映るのは、自分に向かって突撃してくるリザードンの姿。しかし彼は慌てることなく、 ゆっくりとその右腕を上げる。そして、静かに、しかし嘲うかのような不敵な笑みを浮かべ、リザードンを見返した。
そして次の瞬間、リザードンの拳が青年、ビャクヤに向かって振り下ろされるが、それをビャクヤは右手の手の平で受け止めた。 何も無い平地にもかかわらず、そのインパクト音はあたりに響いた。その中心でリザードンのトウヤと人間のビャクヤが、互いに向かい合い、 にらみ合いながら力で押し合っていた。
やがてビャクヤの方から、トウヤの力を受け流すようにしてその手を振り払うと、彼は1歩後に飛びのき、トウヤとの間合いをとった。 まだ興奮が冷めないのか、トウヤはリザードンのその鼻から激しい鼻息をあげビャクヤをにらみつけた。
『落ち着け、トウヤ!』
『そうだよ、いきなり無茶して!』
不意に背中からグラエナの声と、上からハクリューの声が聞こえた。ようやく、ラズを背負ったままだった事に思い出したトウヤは、 はっと我に返り、ハクリューの声がした方を見上げた。タツキはその長い身体をゆっくりくねらせながら、リザードンの横へと降り立った。 ラズもまた、トウヤの背中から飛び降りて、3匹は横一列に並ぶようにして立ち並んだ。
『・・・あれが・・・ビャクヤ・・・?』
地面に降り立ったタツキは、目の前にいる青年を見た。
・・・なるほど、確かにトウヤとは見間違えるほどよく似ている。表情も、全体的な雰囲気も、黙ってその場に立っていれば、 一見それはトウヤそのものだ。しかし、冷静に観察をすれば違いもはっきり分かる。トウヤと決定的な違いは、髪色だった。 変身後の姿であるリザードンを思わせる明るいオレンジ色の髪色を持つトウヤに対して、ビャクヤの髪の色は、雪のように白かった。また、 全身もトウヤより僅かに色白で、細身だ。服も白いものを着ており、この暑い夏場だと言うのに長袖を着ている。
しばらくそのまま、互いに一歩も動かないこう着状態が続いていたが、ようやくビャクヤの方から声をかけてきた。
「・・・久しぶりだね・・・兄さん」
『白々しい呼び方するんじゃねぇ・・・俺のことを、兄弟とも思ってないくせに・・・!』
「そんなことないよ。・・・まぁ確かに、兄さんなんて呼ぶのは変だよね・・・トウヤ」
トウヤの声は、勿論リザードンの鳴き声でしかないのだが、それがビャクヤには通じている。・・・それだけではない。 2人のやり取りを横で見ていたタツキは、ビャクヤを見た瞬間から、奇妙な感覚を感じていた。何処かで会ったような・・・既視感、 とでも言うのだろうか。それに、妙に心が浮ついてしまう。タツキは必死に冷静になって状況の整理に努めた。
目の前にいるのがビャクヤ。トウヤの弟。人間の姿で、リザードンに変身したトウヤと言葉を交わすことが出来る。それに、 ラズはトウヤと始めてあった時「トウヤがビャクヤの兄なら、アルファ」という言葉を考えれば、ビャクヤもアルファなのだ。 だとすれば何かのポケモンに変身するはず。
思えば、トウヤと始めて会った時も、似たような錯覚を覚えた。どこかで会った事があるような奇妙な錯覚。・・・しかし、 トウヤに対してはそれは錯覚でしかなかったけど、ビャクヤにはそれがはっきりと感じられる。・・・間違いない。 ビャクヤとタツキは何処か出会っている。・・・初めてトウヤと出会ったとき、感じたこと・・・ トウヤの髪の色とリザードンの色は同じオレンジ・・・そして・・・ビャクヤの白い髪の色。・・・白い・・・ポケモン・・・。
『・・・そうか・・・あなた・・・だったのね・・・!』
『・・・?どうしたハクリュー?』
小さく呟いたタツキの声を、ラズは聞き逃さなかった。タツキはリザードンの前に一歩出て、ビャクヤと向かい合わせに立ちはだかった。
『あなたが・・・ビャクヤが、あの時私を助けたポケモンなのね・・・!』
「・・・へぇ、やっぱり父親に似て頭が働くんだね」
『・・・どういうことだ・・・!?』
対峙するタツキとビャクヤの後で、相変わらず険しい表情を浮かべるリザードンが、 目の前のハクリューに少し荒いながらも落ち着いた口調で問いかけた。タツキは少し間を取りながら、逆にトウヤに聞き返した。
『・・・ビャクヤが変身した姿って・・・白くて・・・大きなポケモン?』
『あ?・・・あぁ・・・確かに・・・』
『死にかけた私を助けて、この島につれてきたのは・・・ビャクヤみたい』
『・・・ビャクヤが・・・お前を・・・?』
トウヤは眉をひそめてタツキに聞き返した。ハクリューのその瞳は、凛とした光を宿してじっとビャクヤのほうを見ていた。 そしてビャクヤは、変わらず不敵な笑みを浮かべながら静かにたたずんでいた。
μの軌跡・幻編 第13話「白の記憶」 完
第14話に続く
逆襲編、幻編と連続更新でしたね、続きが気になっていたのでとても楽しみでしたw
助けたのはビャクヤじゃないかなぁという予測は立っていましたが、まさかの洗礼でした。
唯彼が何を考えているのかそれはサッパリ分かりませんけどね(苦笑
動き出した運命に期待ですw
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
約半年放置していたμの軌跡でしたが、ようやく両方共に続きを書き始めることが出来ましたw
ビャクヤの行動にはまだまだ謎が多いですが、物語の中で少しずつ語られていく予定ですので、これからの展開をお楽しみ下さいw