μの軌跡・逆襲編 第13話「告白」
【人間→ポケモン】
たとえ世界中で様々な事柄が起きても、普遍なものは必ずある。その1つが、必ず沈んだ太陽は再び昇ること。 この星が営みを止めない限り、朝は必ず訪れる。少しずつ辺りが明るくなっていくその気配を感じたのか、深い森の中で1匹のミュウが・・・ セイカがゆっくりとその瞳を開いた。そして疲労で重いその身体をゆっくりと起こし、グッと1度伸びをする。全身の筋肉が一瞬緊張し、 すぐに緩んだ事で少し身体に感覚が戻ったのを確認すると、隣にいるはずのチコリータの方を振り向いた。・・・しかし、 その先にはいるはずのチコリータの姿が見つからなかった。慌てて辺りを見渡すが、チコリータの姿は見当たらない。
『・・・エリザ・・・?エリザ、どこにいるの・・・!?』
セイカは一気に眠気が覚め、その表情には焦りが見える。昨日の時点で、チコリータ・・・エリザは心身ともに衰弱していた。もしまだ、 あのままの状態で辺りをうろついて、更にそこに野生のポケモンやトレーナーと遭遇でもしたら・・・一巻の終わりだろう。 もしもエリザの身に何か起きたら・・・両親の生死が分からない今、父の残したあの文章に偽りが無ければ、エリザはセイカにとって唯一の・・・ 。
『エリザ、お願い返事をして!どこなの!』
セイカは少し浮かび上がり高いところから見渡すが、それでもエリザの姿はおろか、気配すら感じない。ふと下を見れば、 自分があの家から持ってきた、ミュウに関する資料が無くなっていることに気付く。・・・まさか、誰かに連れ去られたのだろうか。しかし、 ミュウである自分を連れ去るなら兎も角、エリザを連れ去るメリットは誰にも無いはずだ。だとすれば、 エリザが1匹で資料を持ったまま何処かへ行ってしまったのだろうか。いずれにしても、 このままではまずいと思ったセイカは慌ててその場から飛び去り森中を探し出そうとした、まさにその時だった。
『どうしたの、セイカ?私ならここにいるよ』
草の茂みが揺れたかと思うと、そこから1匹のチコリータが顔を出した。それは紛れも無い、エリザの姿だった。その表情には、 昨日のような弱りきり疲れきったような様子は無く、いつも通りの・・・いつも通り過ぎるぐらいエリザらしい表情だった。
『エリザ・・・』
『・・・のど渇いたからね、水を飲みに行ってただけだよ。・・・私の日課でしょ?そこまで心配してくれなくても大丈夫だよ』
『・・・エリザ、大丈夫?』
セイカはエリザの方に近寄るように、徐々に下の方に降りていく。セイカの表情に安堵は無く、未だ不安と、 どこか寂しげな影を浮かべていた。一方のエリザは、対照的なほどの笑顔でセイカを出迎える。
『大丈夫だよ。ほら、この通り元気!だってほら、一晩ゆっくり眠ったから、もう大丈夫!うん、大丈夫だよ!』
『・・・エリザ、あなた・・・』
『ほら、セイカも顔洗いに行こうよ!近くに川があってさ、すごい綺麗なの!きっと疲れも吹っ飛ぶよ!』
『ねぇ、エリザ・・・私』
『あ、そうだ、朝何食べよっか?この辺美味しい木の実あるのかなぁ?後で探さなきゃ・・・』
『エリザ!』
何処か必死で喋り続けようとするエリザの言葉を遮って、セイカは彼女の名前を叫んだ。 エリザは口を止めて驚いた表情でセイカのほうを見つめた。セイカの表情は、どこか複雑だった。何か言葉を切り出そうとするけど、 上手く言葉が出てこないようだ。しかし、少し詰まりながらもセイカは何とか言葉を繋いでエリザに問いかける。
『・・・お願い・・・エリザ、無理はしないで。・・・エリザ、お願いだから・・・我慢しないで・・・』
『・・・無理なんかしてないよ。私はいつも通りだって!ほら、じゃなきゃこんな風に笑顔なんて・・・』
『エリザは・・・そんな辛そうに笑ったりしない』
『っ・・・!つ・・・辛く・・・なんか・・・』
エリザがセイカに言い返そうと、今度はエリザが言葉を詰まらせていると、急にセイカがエリザの後ろへと回り、 その腕を背中から回して後ろから抱きつく格好になった。
『ちょ、セイカ?急に何?』
エリザは慌てて振り返ろうとするが、真後ろから回りこまれている状況では上手くセイカの姿を捉える事が出来なかった。 セイカはその小さく、暖かな手でチコリータの身体を抱きしめたまま、彼女の体温を肌で感じていた。この触れ合う肌が、心が、 何故だか遠くに感じる。だからこれ以上遠くなってしまわないように、セイカはしっかりとエリザのことを抱きしめ、そして自分の思いを、 心をぶつける。
『・・・お願いだから、話して。私たちの・・・本当のことを』
『・・・本当のこと・・・って何のこと?私は・・・』
『エリザの・・・失われた記憶の話』
『・・・セイカ・・・どうして・・・!?』
それまで笑顔を作っていたエリザの表情が急に曇った。セイカはエリザの問いかけに対してゆっくりと答える。
『・・・エリザの記憶が無い事は・・・ずっと知ってたの。・・・だけど、聞いちゃいけないことなんだと思ったし、 聞く必要も無いと思ったから聞かなかったけど・・・だけど・・・』
『セイカ・・・』
『お願い・・・エリザ、もう・・・一人で抱え込まないで・・・!エリザには私がいる。エリザが私を支えて、私がエリザを支える。・・・ そうすれば、きっと心の底から・・・笑えるはずだから・・・だから・・・!』
『・・・ありがとう、セイカ・・・そして・・・』
エリザの言葉がつまり始める。上手く言葉が出てこない。呼吸も不規則に荒くなったかと思うと、赤く澄んだ瞳から突然涙がこぼれ始める。
『どうしたの、エリザ!?』
『・・・ごめんなさい・・・』
『・・・え?』
『ごめんなさい・・・セイカ・・・ごめん・・・私のせいで・・・セイカ、私・・・!』
『エリザ・・・エリザ、落ち着いて。大丈夫、私は大丈夫だから・・・ゆっくりと話して』
セイカはエリザを後ろから抱きしめたまま、彼女の頬をつたう涙を、その小さな手でそっと拭った。 しかしエリザの涙は止まることなく流れ続ける。まるで溜め込んでいた様々な思いや記憶が一斉に吹き出したかのように。
そしてエリザはセイカの腕を振り払うように小さく身体を振りニ、三歩前へと歩み出る。 そして呼吸を整えるように何度か深呼吸を繰り返し、ようやくゆっくりとセイカのほうを振り向いた。・・・ その視界に飛び込んできたミュウのあどけない優しい表情を改めて見て、エリザは胸が締め付けられそうだった。 だから中々話を切り出すことが出来なかったが、改めて一息つくと、意を決したのか静かに語り始める。
『・・・昨日のあの家には・・・昔あるポケモン研究者が住んでいたの。彼は妻との間に2人の子供を儲けるんだけど・・・ 兄が生まれたのは今から36年前、妹が生まれたのは16年前・・・2人は20歳も歳が離れていたの』
『・・・親子ぐらいだね』
『うん。・・・しかも、2人の母親は妹を生んですぐ病気で息を引き取ったの。元々身体が弱かった上に、高齢での出産に耐えられずに・・ ・。だけど、生まれた妹も、そんな状態の母体から生まれてきたから、とても身体が弱かったの。おまけに父親は、 亡くなった妻を悲しむばかりで、新たな自分の娘の方は見向きもしなかった。だから、 歳の離れた兄は本当の父親のように妹を育てる事になったの』
エリザの言葉は静かに、だけどしっかりと紡がれていく。セイカは、自分の知らない過去の話を・・・ 大切な真実を知るためにしっかりとエリザを見つめ、耳を傾けた。
『・・・だけど、やがて兄は一人の女性と恋に落ち、彼女との間に1人の娘を儲けるの。・・・そしてその娘と彼の妹は、 しばらく2人一緒に育てられるの』
『・・・その娘が・・・』
その娘が私・・・セイカはそう言いかけた言葉を途中で止めた。エリザの話の途中だったし、 口にしてしまえば全てを認め受け入れなければならない気がして、すぐにそこまでの勇気も出てこなかった。
『・・・妹と兄、その妻、2人の娘、4人は幸せに暮らしていたけど、ある日大きな転機が訪れる。妹が3歳の時・・・ 生まれつき病弱だった妹が病状を悪化させてしまったの。命に関わる危険な状態に。しかも、現代医学ではどうしようもない、 絶望的な段階まで進んでいた。・・・だから兄は医学には頼らなかった。確かな不可能よりも、不確かな可能性にかけることにしたの。・・・ そして訪れたのが自分の父親。ポケモン研究の権威である父に、意見を求めたの』
『・・・どうしてポケモンの研究者に意見を?』
『携帯獣学で得たノウハウが医学に活かされることは意外とよくあることなの。異なった視点で見ることで、 治療方法や予防方法が見つかることがあるからね。・・・そこで彼の父は、一つの提案をしたの。・・・それは、神に抗う行為。 ヒトが踏み込んではいけない世界・・・』
『・・・神に・・・?』
エリザの言葉がどんどん曇っていく。再び涙の流れる勢いが増す。その緊張感に、セイカはそれ以上声をかけることも出来ず、 ただ息をのみ、エリザの様子を黙ってみていることしか出来なかった。エリザはもう目の前が涙でかすんで見えないし、 セイカへの想いが募って彼女の事を直視できなかった。・・・だけど、言わなきゃいけない。たとえ、 それを言った事でどんな悲しみが待っていたとしても、ここまできた以上真実を告げるしかなかった。エリザは思い口をゆっくりと動かして、 細い声でセイカの問いかけの答えを告げる。
『・・・人間と・・・ポケモンの・・・融合・・・』
『・・・ぇっ・・・!?』
その言葉を聞いた瞬間、セイカは全身が凍るような寒気を感じた。エリザのそのセリフが頭の中でこだまする。・・・ それが科学として可能なのか不可能なのか、そんな問は沸いてこなかった。ただ愕然とするしか出来なかった。 そしてその言葉から色々想像してしまう。ポケモンと融合した人間はどうなるのか。もしかしたら・・・セイカは慌てて自分の身体を見る。・・・ もしかしたら・・・もしかしたら・・・。
『・・・人間とポケモンを融合する事で、その人間は高い生命力を得ることが出来るの。だから病気や怪我に強くなる。・・・だけど、 そこまでメリットがある方法がタブーとされるのは、決して倫理や道徳だけの問題じゃなかったの』
『・・・どういうこと・・・?』
『もし・・・その人間の本来の生命力・・・融合前の生命力ね・・・それが怪我や病気で尽きて、 ポケモンの生命力だけで身体を維持しようとしたら・・・その人間が・・・融合したポケモンの姿に・・・なってしまうの・・・』
『・・・それじゃ・・・エリザ、貴方は・・・!』
『兄は妹と・・・チコリータを融合させた。その妹は、それで一命を取り留めた。幸い、人としての生命力も尽きずに済み、 人の姿のまま生きながらえる事が出来たの。・・・もっとも、その妹はそれから12年後に、人としての生命力を失うのだけれど・・・』
『エリザ・・・』
そこまで言い終えたエリザの表情はまるで未来に絶望したかのような、今まで見たこと無いほど悲しげな表情だった。 エリザは涙が流れ続けるその赤い瞳で自分の前足に視線を落とし、まるで自嘲するような、悲しげな笑みを浮かべた。・・・ きっと自分の気持ちをどうしていいか分からないのだろう。
『・・・だけど、これで話は終わりじゃないの』
『え・・・?』
『人とポケモンの融合の有効性を実感した兄は、大学院の研究室で更に研究を進めたの。・・・ そして高い生命力を持つポケモンと融合させれば、より高い効果を得られると確信した兄は・・・早速実験に踏み切ったの・・・』
『・・・それって・・・』
『・・・幻のポケモン・・・ミュウと・・・自らの娘を・・・融合・・・させたの・・・!』
『それじゃあ・・・それじゃあ私は・・・!?』
改めてセイカは自分の身体を・・・ミュウの身体を見直す。ようやく自分がポケモンになってしまった、その謎が解けたが、 決してセイカの表情は明るいものではなかった。
つまり、セイカがミュウになってしまったのは、父の実験でセイカがミュウと融合してしまったからだ。実験の後、 特に病気も怪我もすることなく健康に今まで過ごしてきたが、恐らくあのフェリーでの事件の時・・・ セイカは生命力を失ったわけではなかったが・・・しかしそれがきっかけになってセイカの中で眠っていたミュウが目覚め、 セイカは人間であることを失ってしまったのだろう。この身体は初めから、セイカだけのものではなかったのだ。
『私の・・・せいなの・・・』
『・・・エリザ・・・?』
『私が生まれたから・・・母さんは死んで、兄さんは道を踏み外して、そして・・・そして貴方をミュウにしてしまった・・・私が・・・ 私なんか・・・生まれてこなければ・・・!』
『ダメ!エリザ!』
『ッ!?・・・セイカ・・・?』
セイカは大声でエリザの言葉を遮った後、先ほどよりも更に一層強くエリザのことを抱きしめた。 それ以上の言葉はしばらく出てこなかった。だけど、抱きしめる側も抱きしめられる側も、それだけで十分だった。こうして肌を触れ合わせて、 お互いの呼吸や鼓動を感じていると、不思議と互いの優しさや悲しみが重なり合って、互いを包み込んでいるような感覚を覚えるのだ。切なくて、 はかなくて、だけどとても温かく安らぐことが出来る。セイカはその温かさに包まれながら、ゆっくりと腕をほどき、 両手をエリザの身体に副えたまま正面からエリザに向かい合って言葉をかける。
『・・・ダメだよ、エリザ。そんなこと言っちゃ・・・。エリザが悪いわけじゃないし・・・私、エリザに会えてよかったと思ってる』
『だけど・・・セイカ・・・』
『・・・もしかしたらね、エリザが・・・私にとって最後に会った家族かもしれないから』
『え・・・?それってどういう・・・?』
エリザは首をかしげながら、戸惑いの表情でセイカを見返した。セイカは視線を足元に落としながら言葉を続けた。
『・・・母さんも父さんも・・・もういないかもしれない』
『え、待って・・・それ・・・母さんと父さんって・・・兄さんとワカナさん?・・・待って、どういうこと・・・?』
『そうだね・・・ワカナは母さんの名前・・・だけど、あの時・・・エリザと出会う直前に・・・私達はポケモンに襲われたの。・・・ その中で・・・母さんは・・・!』
セイカは唇をかみ締めるように、声を押し殺した。その小さな拳を精一杯握り締め、表情には悔しさや悲しみがにじみ出ていた。 その表情があまりに辛そうで、エリザはそれ以上聞きたいことがあったが、結局聞けずじまいだった。
『この姿じゃ他の親戚だって・・・もう私だって気づいてもらえないだろうし・・・だから、エリザと出会えて・・・ しかも血の繋がった家族だってわかって・・・本当に嬉しかった・・・!』
『セイカ・・・』
『・・・だから・・・わがまま1つだけ聞いて・・・一緒に泣いて・・・一緒に笑って・・・一緒に支え合って。もう・・・1人で・・・ 苦しまないで・・・!』
『そう・・・だね・・・だったら・・・セイカもだよ?』
『え?』
『・・・やっぱりさ、私達似てるんだよ。・・・セイカもそうだよ、すぐに1人で悩んで苦しんだりする悪い癖は』
エリザはそう言ってセイカに微笑んだ。その笑顔はまだ、悲しみと寂しさと、疲れも混じっていて複雑なものだったが、 不思議と辛い表情には見えなかった。支えあう相手を互いに認めた2匹には、もう辛い事なんて何も無かった。どんな悲しみも、 どんな幸せも2人で分ければいい。悩みだって、1人で悩まずに相談する。些細な事だけど、勇気と信頼が必要なこと。だけど、その両方とも、 今の2匹はしっかりと持ち合わせていた。
太陽が少しずつ高く上っていく中、2匹はようやく心の底から笑い合うことが出来た。小さい頃に別れた、 血のつながりを持つ2人の少女は、2匹のポケモンとなって再び出会い、そして今真実を知りその絆は今まで以上に深まっていた。だから、 このつながりがずっと途切れる事がないと、2匹は信じて疑わなかった。
μの軌跡・逆襲編 第13話「告白」 完
第14話に続く
まだ多忙が続いているため、今後もこの物語の更新は不安定かと思いますが、是非今後ともご愛読のほどよろしくお願いいたします。
そして、久々の話でいきなり大事な話をしているので、今までの12話を一度全部読み返すことをお勧めいたしますw
★宮尾レス
myuu様コメント有難う御座います。
久々の公開にもかかわらず、今回は色々な真実を盛り込んでしまいましたw
更に詳しい物語は追ってストーリーの中で語られていきますので、是非楽しみにお待ち下さい。