2007年02月16日

トランスフルパニック! 第2話

トランスフルパニック! 第2話「退院の後で」

【人→ポケモン】

 

人はどうして、自分の気持ちにこんなに盲目なんだろう。素直になれないのか、素直にならないのか。

 

 

 

何でこうなってしまったんだろう。静まり返った病室で、さくらは一人ぼうっと考え込んでいた。あまりに何もかもが唐突過ぎた。 今の自分に起きた出来事を、できれば悪い夢だとも思いたかった。だけど、夢だと思い込んで封印するには無理がある。1度ならまだしも、 2度も自分の身に同じ事が起きたのだ。それも1日のうちに。だからイヤでも認めなきゃいけない。認めるために、さくらは恐る恐る、 小さく細く喉から声を出した。自分を確かめるために。

 

「・・・ダ・・・ダネェ・・・フシャァ・・・」

 

(・・・やっぱり・・・フシギダネの鳴き声だ・・・)

 

さくらは予想していた通りの声に改めて落胆の色を隠せなかった。そして首を下に傾けた時に自分の手・・・いや、 今は短く太い青緑色の前足となったそれを見て、改めて確信する。

 

(私・・・フシギダネになちゃったんだ・・・)

 

さくらは無言のまま心でそう呟いて、フシギダネの大きな口から一つため息を吐いた。・・・本当に何でこうなってしまったんだろう。 ただの風邪だと思っていたのに、まさか実在しないはずの生物に・・・ポケモンになってしまうなんて。どう考えたってありえない話なのに、 現実にこうして起こってしまっている以上、現実として受け止めるしかない。一度人間に戻ったためか、 不安は相変わらず残っているけど恐怖心は大分和らいでいた。一生フシギダネの姿ではなく、人間に戻れると分かれば気も少しは楽だった。

 

とは言っても、やはりどうしたらいいのか分からないことに変りは無い。何故フシギダネになってしまったのか、 どうすれば人間に戻れるのか分からない以上、どうする事もできない。ひとまず何か心当たりが無いかここ数日を思い返してみた。しかし、 さくらは特別ゲームやアニメに興味があるほうではなく、ポケモンも余り目にした機会が少なかった。どう考えても、 自分とポケモンとの間に接点を見つけることが出来なかった。だとすれば一体・・・そう考え込んでいる時だった。 急に頭の中にモヤがかかったようにぼうっとし始め、身体に熱がこもったような、だるい感覚に襲われた。

 

(あれ・・・これって・・・!?)

 

さくらは、ぼんやりとした頭で状況を整理する。この感覚は初めてじゃない。自分の身体が、作り変っていく奇妙な感覚。 ふと自分の手を見れば、丸まっていた手の先から細くしなやかな人間の指が伸び始めていた。 他にも身体全体の皮が引っ張られる奇妙な感覚を全身に感じていた。小さなフシギダネの身体が徐々に膨らんでいき、 別の姿に変るのにそう時間はかからなかった。

 

「・・・うぅっ・・・!?」

 

思わずあげた声が、さくらにとって聞き慣れた自分の声であることにもすぐに気付く事が出来た。 さくらは慌ててもう一度自分の手をしっかりと見る。それは見慣れた自分の手。その手で身体を順に触っていく。顔、脚、そして背中に・・・ 何も無い。さくらはその事実を確かめるかのように呟いた。

 

「人間に・・・戻れた・・・!?」

 

自分の口から出た言葉は、確かに人間の、さくらの言葉だった。あまりに唐突に戻れた事にさくらは一瞬あっけに取られるが、 すぐに自分が一糸纏わぬ姿であることに気付くと、慌ててさっきフシギダネに変身した時に脱げてしまった服を着なおした。と、 丁度その着込んだタイミングでさくらの病室のドアが開いた。入ってきたのは、さくらの担当医である先生だった。先生は、 既に人間に戻っていたさくらを見て目を丸くして問いかけてきた。

 

「・・・あれ?さくらちゃん・・・?え、フシギダネに・・・あれ?」

「ぇと・・・何か・・・戻れたみたいです・・・」

「・・・あ、あぁ、そう。・・・別に、さっきの夢だったわけじゃないんだよね?本当に・・・ あのフシギダネはさくらちゃんだったんだよね?」

 

先生は自分の気持ちを落ち着かせるかのように、そうさくらに問いかけた。さくらは小さく頷いて、再び先生の方を見つめた。 そして心配そうな表情と声で、先生に問いかける。

 

「・・・あの・・・お母さんは・・・?」

「え?・・・あぁ、君のお母さんは、他の病室に寝かせてきたよ。ちょっと驚いただけだから、心配しなくても大丈夫」

「そうですか・・・よかった・・・」

 

さくらは安堵の表情を見せながら、ほっと温かいため息を一つ吐いた。だけど、 お母さんがフシギダネになってしまった自分を見て驚いて倒れてしまったのは少しさくらにとってショックだった。勿論、 普通自分の娘がポケモンになってしまったら驚いて当然だろうけど、それでもポケモンになってしまった自分が拒絶されてしまったみたいで、 少し寂しかった。

 

「・・・さくらちゃん、改めて聞くけど・・・どうしてフシギダネの姿に?」

「私にも・・・よく分からなくて・・・」

「んー・・・何か、こう、心当たりとか、きっかけとか。思い当たる事だったら何でも教えて欲しいんだ。何か分かるかもしれない」

「そう言われても・・・」

 

さくらは不安そうな表情で考え込む。さっきから自分とポケモンの接点を何度も繰り返し探しているが、心当たりがどうしても分からない。 大体全ての事が唐突過ぎた。特に体調を崩していたわけでもないのに、急に今朝から体調が悪くなって、くしゃみが出たと思ったら、 フシギダネの姿に・・・。

 

「・・・ぁ・・・!」

「何?何か思い出したの?」

「・・・関係ないかもないですけど・・・」

 

さくらは自分のはっとした表情をすぐに戻して、覗き込むように聞いてきた先生の方を見つめて、少し間を取った後、 胸に引っ掛かった事を話す。

 

「・・・フシギダネに変身したの・・・さっきが初めてじゃないんです。ここに運ばれる前・・・ 部屋で倒れる直前にも変身しちゃったんです。・・・それに・・・」

「それに・・・?」

「偶然かもしれないんですけど・・・その時も、そしてさっきも、変身する直前に身体がだるくなって、くしゃみが出たんです」

「くしゃみ?」

「・・・はい。まるでそのくしゃみをきっかけにしたかのように、私の身体が・・・」

 

そこまでさくらは口にして、自分の手を見つめたまま黙ってしまった。あの変身する時の感覚が、頭から離れない。 自分が人間じゃなくなっていくあの奇妙な感覚は、言葉で言い表すことなんて出来ない。思い返しただけで、背筋が震えた。・・・いや、違う。 背筋が震えたのは、身体に熱がこもり肌寒さを感じたからだ。そしてその震えは身体の上に上がっていき、鼻がむずむずし始めた。 さくらはまずいと思って必死でこらえたが、もう遅かった。

 

「ァ・・・ックシュンッ!」

 

口からくしゃみが出た瞬間、さくらははっとした表情で自分の身体を見つめた。変化はすぐに訪れた。全身をだるさが多い、 意識がぼんやりとしてくる。

 

「さ、さくらちゃん・・・体が・・・!」

 

先生が驚いた表情を浮かべてさくらの方を見ていた。改めてさくらは自分の手足を確認すると、どんどん短くなって、 色も変わり始めていた。

 

(・・・やっぱり、くしゃみで変身しちゃうんだ・・・!)

 

さくらは頭の中で事実を整理した。だけどそうしている間にも彼女の身体はどんどん小さく変わり果てていく。 短くなった手足は4本の足となりベッドの上につき、顔はつらそうな表情を浮かべながら人間の面影を失っていった。大きな口、 角のように尖った耳、背中から姿を見せる大きな植物・・・それだけを見て、この生き物があのさくらだと誰が想像できるだろうか。 もしその生き物の傍に脱ぎ捨てられたさくらの服が無ければ、その姿は本当にただのポケモンでしかない。

 

「本当に・・・変身した・・・!」

 

その様子を一部始終見ていた先生は、頭で理解は出来ていても信じがたいその光景に中々言葉も行動も出てこなかった。 医師としては若い方だが、それでも十分な学習と経験を積んできていた。しかし、それを全て否定されたような感じだった。勿論医学に、 いや全ての学問がそうだろうけど、完全や完璧などというものは存在しない。ありえない事象が起こるから、その分野が発展できるのは事実だし、 過去もそうだった。しかしいくらなんでも、くしゃみをしたらゲームに出てくる生物に変身してしまう、というのは聞いたこともない。 あまりにもSF染みていた。

 

「・・・ダネェ・・・」

 

先生が余りに動かないので、痺れを切らしたフシギダネは小さく呼びかけた。それを聞いた先生はようやく我に返って、 目の前のフシギダネを改めて見直した。赤く大きな瞳が、どこか悲しげに輝いていた。

 

「・・・とりあえず、断定は出来ないけど、さくらちゃんの言う通り、 くしゃみをしたらフシギダネになってしまうっていう可能性は高そうだね・・・」

「ダネフシャァ・・・」

「そうだね・・・ひとまず、くしゃみ止めの薬を処方してみよう。もし本当にくしゃみが変身の引き金なら、 それで変身が収まるかもしれない。原因を追うのはそれからだ」

「・・・ダネェ」

 

フシギダネは静かに頷いた。そして先生はその直後、他の患者さんの診察に呼ばれて部屋を後にしていった。また一人になった病室で、 さくらはその小さな身体を丸めて一つため息をついた。・・・ 流石に1日でもう3度も人間とフシギダネの姿をなったり戻ったり繰り返して疲れていた。いい加減どうしてなのかと考えるのも飽きてきたし、 とりあえず変身するきっかけや、人間に戻る事が出来ることが分かったことが精神的な余裕をさくらに与えていた。

 

(・・・でも、これからどうやって生活していこう・・・?)

 

さくらの考えは将来への不安の方が膨らんでいた。もしこれからもくしゃみをしたらフシギダネに変身してしまうようなら、 恐らく生活に支障をきたしてくるだろう。もしもみんなの前でくしゃみをしてしまったら・・・考えただけでも、怖かった。

 

「ダネェ・・・」

 

しかしとりあえずは風邪を治す事が先決だ。くしゃみが変身の引き金だとすれば、くしゃみさえ出なくなれば、 とりあえずまともな生活に戻れるわけだし、 逆にくしゃみが止まらなければずっと人間とフシギダネの姿をいったりきたりすることになってしまうのである。

 

(先生、早く薬作ってくれないかなぁ・・・)

 

さくらはまた一つ深いため息を吐いた。先の見えないこれからの生活への不安を振り払うかのように、フシギダネは首を数度横に振り、 天井を仰いだ。無機質な白い天井がただそこにあるだけだった。

 

 

 

さくらの入院生活は、結局1週間に及んだ。本当は3日目には退院可能なほど回復していたのだけれど、 くしゃみが完全に収まっていなかったため、中々退院へのgoサインが出なかった。そしてようやく1週間で、 くしゃみがほぼ完全に出なくなったので退院することになった。勿論、退院後もくしゃみ止めの薬は不可欠だけど。あと、 家族に変身してしまう事を理解し受け入れてもらうまで、しばらくかかった。お母さんは一度変身を見ているけど、 その分中々事実を受け止めきれない様子だった。少し寂しかったけど、最終的には理解してもらえて、 何とかさくらは普段どおりの生活を取り戻した。

 

そして久しぶりに学校へと登校したさくらを待っていたのは友人たちと、1週間で大分内容が進んでいた授業だった。

 

「ふぇぇ・・・覚える事多すぎるよぉ」

「ホラホラ、だらしないぞ学級代表」

 

頭を抱えて教科書とにらめっこするさくらに、友人の少女が話しかけてきた。

 

「だって、1週間だよ!1週間!30時間分もの遅れが有るんだよ!・・・学級代表の仕事もあるのに・・・」

「ま、風邪引いて休んださくらが悪いんだから。しゃーないしょ」

「もう・・・香奈枝、薄情だよぉ」

 

さくらの友人、香奈枝はさくらのそのセリフを聞いて意地悪そうな笑みを浮かべた。 必死の形相を浮かべるさくらの耳元に口を近づけて更に語りかけてくる。

 

「そうそう、アンタの彼氏の話なんだけどね」

「かっ・・・!!彼氏じゃないっていつも言ってるでしょ!」

「でも、ま、同じようなモンでしょ?さくらと木之下、幼稚園からの幼馴染なんだから」

「・・・賢太郎は・・・ただの幼馴染だよ。ただの・・・」

 

さくらはそれまで走らせていたシャーペンを止め、じっと考えにふけっていた。・・・そう、ただの幼馴染。 それ以上の感情なんて持っていない。・・・持つはずが無い、あんな奴に。さくらは自分にそう言い聞かせるように心の中で繰り返した。

 

「・・・まぁ、どっちでもいいんだけどさ。・・・でも、おたくら、やっぱり赤い糸か何かで結ばれてるかもしれないよ?」

「な、何言ってるの?」

「ずっと休んでたから知らないだろうけど、木之下もさくらと同じぐらい風邪で休んでたんだよ」

「あいつが・・・風邪?」

 

さくらはすぐには信じられなかった。体力だけがとりえの、あの賢太郎が風邪を引くなんて。

 

「さっき隣のクラス見てきたけどさ、あいつも今日から出てきてるみたいだし」

「そう・・・なんだ。・・・何とかは風邪引かないってよく言うけどな・・・」

「ま、そういうわけだしさ。彼氏と互いに見舞いあったらどう?」

「だから!彼氏じゃないって!」

 

さくらは再び強い口調で、香奈枝の方をにらみつけた。香奈枝は再び意地悪な笑顔を浮かべ教科書を指差した。

 

「ほらほら、来年には受験が控えているのに、そんなスローペースでいいの?学級代表さん?」

「・・・ぅぅ・・・今度のテストの点数落ちたら、香奈枝のせいだからね!」

 

さくらはそう叫ぶと、再び教科書とのにらめっこを始めた。中学2年生の冬。さくらにとって厳しい季節になりそうだ。

 

結局大して勉強が追いつかないままこの日は帰路につくことになった。

 

(土日で頑張るしかないなぁ・・・)

 

さくらは深いため息をつきながら、帰り道をとぼとぼ歩いていく。すると後ろの方から複数の女子生徒の黄色い声が聞こえてきた。

 

「じゃーねー、木之下くーん!」

「また明日ねー!」

「ぉう!まったなー!」

 

軽いテンションで少年は道を別の方向へ向かう少女たちに手を大きく振っていた。そして自分の進む道に振り返った瞬間、 目の前にさくらがいることに気付いた。少年は彼女の傍に駆け寄って、肩をたたいて声をかけてきた。

 

「ぉす!さくらじゃん!1週間ぶり?」

「ちょ、賢太郎、気安く話しかけないでよ」

「いいじゃん、幼馴染だろ?それにこっちの方に家が有るのって、俺とさくらの2人ぐらいだし。帰り道ぐらい仲良くやろうぜ?」

「私よりも、他の女の子と一緒に遊びにでも行けばいいでしょ?」

 

さくらは少年、賢太郎の方を見向きもせずに、すたすたと歩いていく。賢太郎もそれを追うように歩くが、 歩くスピードは賢太郎の方が少し早かった。しばらく無言のまま2人は歩いていたが、賢太郎が一歩前に出ると、 さくらの進路の前に入り込んで彼女の方を振り返った。

 

「・・・なんかさぁ、最近ずっとそうやって俺のこと避けてない?」

「・・・別に」

「そんなに俺が他の女子と話したりするの、イヤか?」

「別にって言ってるでしょ?・・・賢太郎には関係ない」

 

・・・ちょっと嘘だった。さくらは表情こそ平静を保っているが、内心少し動揺していた。 そんな自分の感情がさくらはどうしても認めることが出来ずにいた。汐見さくらと木之下賢太郎はただの幼馴染。 それ以上でもそれ以下でもないから、特別な感情を抱く事なんて無い。だから、年齢が上に行くほど自分以外の女子に優しくなり、 彼女たちと仲良くなっていく賢太郎に対して自分が抱くモヤモヤとした感情をどうぶつけていいか分からなかった。

 

「なんだよ・・・やっぱり、妬いてるんじゃないか」

「関係ないって言ってるでしょ!しつこいよ!」

 

賢太郎のデリカシーの無い言葉に、さくらは思わずヒートアップしてしまう。自分の体が興奮で熱を帯びたのが分かった。・・・ そしてすぐに後悔する。今は冬。冷たい風が吹き抜ける中、体調が万全でないのに体が温まり汗などかいたら、どうなるか想像に難くは無い。 冷たい空気が身体を冷やし、身体を振るわせる。まずい、こんな所で!そう思ったときには遅かった。

 

「ふぁ・・・っくしゅん!」

 

大きなくしゃみを一つしたあと、さくらの顔は一気に青ざめた。どうしよう、このままだと変身するところを見られてしまう・・・! 激しく動揺するさくらの普段と違う様子を見て、異変に気付いた賢太郎は覗き込むように彼女の方を見る。

 

「大丈夫か?・・・風邪か?顔色悪いぞ?」

「ぃ・・・いや、見ないで・・・!」

 

さくらは慌てて目の前の賢太郎を跳ね除けて、家のほうへと走り始めた。・・・早く家にたどり着かないと、 フシギダネになった姿を見られてしまう。もう既に変化は始まっている。体が思うように動かない。大きく振る腕が短くなり、 体が小さくなるのに比例して服も大きくなっていく。それでも構わずにさくらは走り続けた。

 

「ぉい、待てって!」

 

後ろから追ってくる賢太郎の声が聞こえたが、さくらの耳には聞こえていなかった。ただ走って、 賢太郎の視線から逃れようと必死だったから他の事になんて気付かなかった。後ろの方で、賢太郎もまた風邪気味の身体で急に走ったことで、 思わず一つくしゃみをしたことだって、全く気付いていなかった。

 

さくらは何とか走りづらい身体で自分の家の前までたどり着いた。しかし、その安心感からなのか、さくらは致命的なミスを犯してしまう。 すっかり短くなり自由が利きにくくなった足ではもう2足で走ることは難しく、更にスカートもずり落ちてきて、彼女の足に絡まってしまった。 当然、どうする事もできずさくらは地面へと転がってしまう。そのはずみでスカートは足から上手く外れたものの、 痛みですぐに身体を動かせなかった。そしてとうとう道端で倒れているその時に、変化がし始めた。体の変色が進み、 背中から制服を突き破って植物が生え、顔はさくらの面影を失い、別の生物へと変化していく。

 

「ダ・・・ダネェ・・・」

 

さくらが必死で喉から声を振り絞ったが、それはもうすっかり変わり果てた声だった。今までさくらがいたところには、散乱した制服と、 1匹のフシギダネがいるだけだった。そしてフシギダネの姿でさくらは震えていた。・・・今の姿を、特に変身するところを誰かに・・・ 賢太郎に見られてしまったのだろうか。もし見られたとしたら・・・もう学校へ行けないかもしれない・・・。フシギダネの赤い瞳が潤んでいた。

 

その時、さくらは自分の背後に誰かの気配があることに気付いた。・・・賢太郎が追いついたんだ。この姿を見られたらもう・・・。 さくらは絶望したように目を閉じた。しかし、賢太郎と思われる気配は中々声を出さない。驚きすぎて言葉が出ないのだろうか。 ようやくごくりと唾を飲み込む音と、呼吸を整える音が聞こえ、その気配が静かに口を開いた。

 

「ゼニィ・・・ゼニ、ゼニゼェニィ・・・!?」

 

(・・・え?)

 

さくらははっとした。聞こえてきた声が、想像とはるかに違う、聞いたことの無い生物の鳴き声だったのだ。それだけじゃない。 聞き覚えの無いはずのその鳴き声が不思議と聞き覚えがあるように聞こえ、しかも意味が理解できたのだ。よく知っている少年のような声で 『フシギダネ・・・まさか、さくらなのか・・・!?』という風に。さくらは慌てて4本足で立ち上がり後ろを振り返った。・・・ そこに立っていたのは見覚えがある少年の姿ではなかった。

 

結論から言えば、それは直立しているカメだった。だけど、普通のカメじゃない。皮膚の色は明るい水色で、 尻尾の先は柔らかそうに丸まっている。しかし、その身体にはさくらの学校の男子の制服が、半分破れた状態で巻きついていたのだ。 上に目をやれば、大きな口は全開といわんばかりに大きく開き、青みがかった紫色の瞳は驚きで揺れていた。・・・そう、そこにいたのは。

 

「ダ、ダネェ・・・!?」

 

『ゼ、ゼニガメェ・・・!?』

 

その姿は紛れも無く、自分と同じポケモン。図鑑ナンバー007であるゼニガメそのものだった。フシギダネにゼニガメ。 この世に存在しないはずの2匹のポケモンが、互いに向かい合っている光景は、実に奇妙な光景だった。しかも、互いに互いの声を聞き、 互いが身に纏った制服の切れ端を見て、目の前のポケモンが誰なのか、既に想像は就いていた。

 

『・・・賢太郎なの・・・!?』

『・・・マジで、さくら・・・なのか・・・!?』

 

2匹とも、それ以上次の言葉が出てこなかった。ただ驚いてすっかり面影の無い相手の姿を呆然と眺めるしかなかった。

 

 

 

それは”2人”だった幼馴染同士の少女と少年が”2匹”として初めて出会った瞬間。小さな変化が呼んだ、新しい小さな変化。 それは見た目だけじゃない、見えない何かが変化し始めた瞬間でもあるのだけれど、どう変わっていくのかは、それはもう少しだけ先の話。

 

 

トランスフルパニック! 第2話「退院の後で」 完

第3話へ続く

posted by 宮尾 at 00:40| Comment(1) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
就職活動で忙しい最中の更新、お疲れ様でした。

今回「トランスフルパニック」の意味が今更ですが分かったような気がします。
幼馴染の男の子も同じ症状を抱えて──一体この先どうなるんでしょう?(苦笑
2人の関係に今後期待です。

★宮尾レス
コメント有難う御座います。
トランスフルパニック、この意味が徐々に明らかになってきてますが、作中でも述べるとおりこれは「小さな」トランスフルパニック。ということは今後の展開はどんどん・・・?まぁ、オタノシミにw
Posted by 餅 雅李音(ガーリィ) at 2007年02月19日 22:53
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