2007年01月29日

ラベンダーフォックス 第10話

ラベンダーフォックス 第10話「疾風怒濤!風の巫女と九重ノ司!」

【人間→獣人】

 

木の陰となり日が当たらず凍った階段を、滑らないように慎重に昇っていく。時に爪を使い、 四本の足でしっかりと踏ん張って狐は長い長い階段の中盤を駆け上っていた。その遥か上のほうで別の白い狐が一声鳴いた。

 

『光音!早く来てよ!』

『わ・・・わかってる・・・けど・・・!』

 

答えた狐の、つまり私の息はもう随分上がってしまっていた。だけど何とか頑張ってようやく階段を昇りきる。白い狐、 ユキは待ちくたびれたようにだらんと鳥居の傍に伏せていた。

 

『光音遅いよー。もっとその身体に慣れてもらわないと』

『わかってるけど・・・!』

 

反論する体力さえも無かった。華核の力で普通の狐よりも身体能力は向上したとはいえ、私自身の身体であることには違いない。 最後は私自身の体力の問題にぶつかってくる。私は一つため息をついた後、呼吸を整える。そして、ゆっくりと下がっていた頭を上へと向ける。 視界に飛び込んできたのは、年季と重みを感じさせる、大きな境内だった。

 

『ここが・・・!』

『そう、リョッコ様が祀られており、僕達の・・・リョッコ様に仕える”九重ノ司(ここのえのつかさ)”の本拠地だ』

『ここのえの・・・つかさ・・・?』

『うん。リョッコ様に仕える人間や動物たちの集まりの名前。・・・本当は元々そんな組織なんて無かったんだけどね。 この土地の安泰を願う全ての生命の結束を強めようと・・・2年前に結束されたんだ』

『へぇ・・・そんなものが』

 

私は神様であるリョッコに仕える存在が、意外としっかりとした組織化されていて少し驚きながら石畳の上をユキと並びながら歩いていく。 しかし、他人事のように感心していた私を見て、ユキはポツリと小さく呟いた。

 

『・・・まぁ、設立したのは大地なんだけどね』

『・・・え?・・・大地・・・って・・・父さん・・・!?』

『うん。九重ノ司を作ったのも、今代表を務めるのも青藤大地。・・・代表らしく活動してるところなんて見たこと無いけどね』

 

ユキは呆れたようにため息をついた。その白い背中からは苦労が窺えた。・・・口に出さなかったけど、何となくゴメンって思った。 父さんのせいでユキには結構な気苦労をさせているようだ。

 

『やっぱり・・・父さんの居場所、まだ分からないの?』

『・・・どうも日本全国で、神々の調査をしているみたいなんだけどね。交通機関を利用した形跡とか見当たるし。・・・だけど、 はっきりとした現在位置が中々つかめないんだ』

『そう・・・』

 

私は俯きながら小さく応えた。・・・父さんが神に仕える人間で一番偉い立場にあることには少し驚いたけど、 もう大分驚き慣れた気もする。そんなことよりも、父さんに色々聞かなきゃいけないことがあるから、 それを整理することの方が今の私には大切だった。

 

『とりあえず、九重ノ司の事務所は裏にあるからそっちを案内するよ』

『うん』

 

そう言ってユキに案内されながら、私達は神社の裏手へと回る。すると、急造の選挙事務所のような、プレハブ小屋が目に飛び込んできた。

 

『・・・もしかして、あれ?』

『・・・まぁ、一見外見はアレだけど・・・ね』

 

ユキも少し乾いた笑いを浮かべながらその事務所へと歩みを進めた。その時不意に強い風が横から私たちに吹き付けた。 私達2匹は小さな身体で必死に飛ばされないように堪える。ようやくその風が止んだかと思うと、 透き通った細く高い声が何処からともなく聞こえた。

 

「・・・防狐。その子が戦姫?」

『睦美?戻ってたんだ。・・・何時こっちに?』

「・・・私の質問が先」

『あ・・・うん、そうだよ。彼女が青藤光音。大地の娘で・・・”紫”を持っている』

「そう」

 

会話を断つように小さく応える声が聞こえると、私達の頭上から突然一人の少女が・・・落ちてきた。 少女はまるで浮くように地面に着地すると私たち2匹の狐のほうを振り返る。・・・気のせいか、彼女の身体から淡い緑色の光が見えた気がした。 巫女服に身を包み、ユキに睦美と呼ばれたその少女は空気のように音もなく私たちのほうへと駆け寄った。

 

『じゃあ、今度は僕の質問に』

「・・・長野を中心に甲信越、北陸、北関東を見て回ったけど、代表は見当たらなかった」

『そっか・・・』

「群馬と石川で、代表の風を感じたけど、辿っても見つけられなかった」

『・・・まぁ、探すところはいい線いってるみたいだね・・・』

『ねぇ・・・探してるのって私の父さん?』

 

彼等の話を横で聞いていた私が口を挟んだ。ユキは小さく頷くと、私に説明を始めた。

 

『うん、彼女は・・・楓睦美は元々この神社の巫女なんだけどね。高い呪力と霊力を持っていて、人の気配を掴むのが上手いから、 彼女に大地を探してもらっていたんだ。彼女の・・・』

「・・・報告は以上。次に行くから」

 

ユキの説明を遮るように、睦美は両腕を羽ばたくように大きく振るった。すると再び彼女の身体がうっすらと光り、 その身体が宙へと浮かび、あっという間に上空まで舞い上がりすぐに姿が見えなくなってしまった。

 

『・・・相変わらずせわしないなぁ、睦美は』

『空を・・・飛んだ・・・!?』

『まぁ、あれも彼女の能力でね。風を自在に操り、自らも風の如く振舞う。・・・まぁ、あの性格がちょっと問題だけどね』

『風を操る・・・能力・・・』

『・・・そう、睦美は君と同じ”力を司るもの”だ』

『え・・・?』

 

私はユキの方を振り返った。ユキは睦美が去った果てしない空を見上げていた。

 

『・・・彼女を見たとき、何か感じなかった?』

『何か・・・?・・・そうだ・・・薄い緑色のような光・・・!』

『・・・リョッコ様が司りし御力は全部で九つある』

『リョッコ様の・・・力?』

 

ユキは小さく頷いた。そしてそれっきり黙ってしまい、そのまま再び事務所の方へと歩みを進める。事務所の前で力を込めると、 お得意の呪力でそのドアを開けた。中へ入るとパソコンが乗った4つの机が並んでいて、本当に普通の会社の事務所のようだった。 そしてその静かな事務所の中に一人だけ人がいた。奥の机でパソコンとにらめっこをしている、 メガネをかけたスーツ姿の若い青年がドアから入ってきた私達2匹の狐に気付いたのか、椅子をずらして私たちのほうへ視線を落とした。

 

「お!雪の奴、おかえり!・・・そっちの可愛い狐は・・・あ、ひょっとしてコレ!?」

 

青年はユキに高速で近寄り、ユキの目の前で小指を立てた。

 

『まぁ、それはそれで面白いけど、残念ながら違うよ。・・・いつも話してる、大地の娘』

「あぁ、それじゃあ君が光音ちゃんか!いやー、人間の姿は代表から写真で見せてもらったこと有るけど、狐の姿も可愛いね!どう? 俺の彼女にならない?」

『は?え、いや・・・え?』

『気にしなくていいよ・・・この人変態だから』

 

いきなり告られて動揺していた私に対して、ユキは呆れたように声をかけた。・・・というか、告られたことも驚きだけど、 それよりさっきからずっと気になっていたことがあった。

 

『・・・ねぇ』

『・・・何?』

『さっきの睦美さんといい、この人といい、私たちの言葉が理解できるのは・・・どうして?』

「何だ・・・雪の奴、まだ教えてなかったのか?」

『一度に色々詰め込んじゃっても、大変だろうし。でも、事を知ってもらうには、同じ”力を司るもの” である太一に会ってもらうのが早いと思って』

「まぁ・・・それもそうか。そだな、何事も早いが一番だ。・・・ってことで今晩一緒に寝ない?狐姿でいいから。ね?」

『いい加減にしないと、リョッコ様のばちが当たるよ!・・・ったく、神主のくせに・・・』

『か、神主!?この人が!?』

「あ、そこ食いついてくれた!?」

 

驚きと不安の表情で私から見つめられて、メガネの青年は・・・何故か嬉しそうだった。・・・なんか、本気で、ヤバイ人?

 

『そんな話はどうだっていいの。太一が神主でも、ただの変態でも、”力を司るもの”には違いないから』

『・・・その司るものって・・・?』

『リョッコ様の九つの御力・・・それは自然の理を司る要素そのもの。君の紫の力もその九つの力の一つ・・・もっとも尊く、 もっとも脆く、そして世界にもっとも溢れている力、”生命力”をね』

『・・・生命力が・・・私の力・・・!?』

『そう。・・・前にウォルブレインもそう言ってたでしょ?・・・だから、君が変身して力を酷使することは君の生きる力を奪う・・・ 自殺行為になりかねないんだ』

 

ユキは口調はさっぱりしていたけど、その表情は少し曇っていた。私は私で、 改めて自分の力と責任の大きさを突きつけられたような感じだった。

 

『・・・他にある8つの力。そのうちの一つが、さっき睦美が使った”風”の力』

「え!?睦美ちゃん帰ってたの!?何だよ〜、顔出してくれればキスぐらいしたのに」

『僕が睦美でも、太一に会わずに帰ると思う。・・・そして・・・まぁ、残念なことに・・・ウチにいるもう一人の司る者が・・・』

 

そう言ってユキは青年の方を見上げた。 青年はその身をうずうずさせながら私のほうを見下ろしてよく分からない決めポーズをとりながら叫び始めた。

 

「そう!俺こそがこの神社の神主であり、九重ノ司の副代表であり、元刑事であり、ネット世界を縦横無尽に駆け回る伝説のクラッカー! 松原太一19歳おとめ座AB型!主食はパンに限る!よろしく!」

 

・・・。

 

『・・・ユキ』

『何?』

『・・・何から突っ込むべき?』

『どれにも突っ込んじゃいけない。調子に乗るから』

『・・・分かった』

 

・・・まぁ、世界は広いという解釈をしておこう。そうしないと、多分理解できない人だ。私は狐の顔で何とか愛想笑いを作り、その青年、 松原さんに会釈をした。

 

『満足した?』

「・・・大満足!この乾いた笑顔がいい!優しさが伝わってくるよ!・・・睦美ちゃんの人を人とも思わない冷たさもゾクゾクするけどね! 」

『・・・で?頼んでおいたものは調べたの?』

「勿論。俺を誰だと思ってる?俺こそが!」

『はい。分かったから状況を教えて』

 

一人テンションがどんどん上がっていく松原さんを軽くあしらって、 ユキはさっきまで松原さんが座っていた机に乗っているパソコンを覗き込んだ。すると松原さんは急に態度を改めて、 真面目な表情で椅子へと座りパソコンのキーボードをすごいスピードでタイプしていく。

 

「この間の光音ちゃんの戦いで、分かったことを幾つか上げていくよ」

『あぁ、頼むよ』

「まず、襲われた金融会社。それは名ばかりで、ヤーさんと内通していて結構あくどく稼いでいたみたいだね。金だけじゃなく、 素敵なお薬とか、ハジキとかね。はっきり言えばかんなりヤバイ橋渡ってたみたいでね。当然警察も目をつけていた」

 

松原さんはそういいながらもキーボードのタイピングをやめない。画面はなにやら黒い画面へと切り替わり、 そこへ目にも止まらぬ速さで英語や数字を打ち込んでいく。すると何かポン、という通知音と共に普通のパソコンの画面へと戻った。 そこに映ったのは、何かのデータベースのようだ。

 

「これがうちの所轄のデータベース。最高権限でハックした」

『・・・すごい・・・』

 

見れば、警察官や犯人、事件に関するデータが大量に表示されていた。・・・簡単にアクセスしてしまった松原さんもすごいけど、 簡単にアクセスされてしまった警察のコンピューターって・・・何でも機械で管理しようとするIT時代の弊害だろうか。

 

「すごいと思う?そう思うんだったら、是非俺の彼女に!」

『はいはい、後回し後回し。・・・で?見せたいデータは何?』

「そうそう。これを見て」

 

松原さんが何かのデータをクリックすると一人の警察官の顔と個人情報が映し出された。

 

「井筒司郎、26歳。北海道警察の巡査部長で、所轄の刑事。この金融会社の調査を行っていたメンバーの一人・・・だった」

『・・・過去形なのは?』

「行方不明だからさ。事件の前日、一昨日から」

『・・・彼の行方の手がかりになるものは?』

「・・・光音ちゃんの鼻・・・かな?」

『え・・・私・・・?』

 

松原さんは私の鼻を指差して微笑んだ。上手く意味が理解できない私は少し戸惑ったけど、 次に松原さんが取り出したものを見てはっと気付く。彼が取り出したのは、小さな布の切れ端だった。

 

「・・・光音ちゃんは、記憶力や頭の回転速いって聞いたんだ。・・・これ、何か分かる?」

『・・・多分・・・あの時、イノシシの怪人が身につけていた・・・破れたスーツ』

「ご名答。じゃ、お二人さん、ちょっと匂い嗅いでみてもらえる?」

 

私たち2匹は言われるままにその布に鼻を近づけて匂いをかいだ。・・・記憶にある、あのイノシシの匂いだ。 その瞬間あの時のことがフラッシュバックしてきて、思わず唾を飲み込んだ。そしてその匂いと混じって、若い人間のオス特有の匂いも感じた。

 

「サンクス。じゃ、今度はこっちを嗅いでみて」

 

松原さんは今度は別の布を取り出した。よく見るとそれは割と使い古されたハンカチだった。再び私達は匂いをかぐ。・・・洗剤の匂い・・ ・油や汚れの匂い・・・それと混じって記憶に新しい匂いを嗅ぎ取ることが出来た。それに気付いた私・・・いや、ユキもだ。 2匹はお互いの顔を見合わせて、そして松原さんの方を見上げた。

 

「気付いた?」

『同じ男の人の匂いが・・・』

「・・・このハンカチは井筒刑事の自宅から押収したものだ」

『ッ・・・!』

 

・・・それはつまり、そういうことだった。井筒刑事がイノシシに変身して、あの事務所を襲った。それ以外の可能性は考えにくい。

 

『・・・現場に、井筒刑事か、或いはイノシシの血液が残ってたんじゃない?照合は出来ないの?』

「荒れようが酷かったからね。科捜研でもしばらく解明に時間はかかるだろうね」

 

そう言って松原さんはまた素早くキーボードを叩くと、画面をログアウトした。そしてメガネを外し、 少し疲れたという表情で椅子の背もたれにもたれかかり、一つため息をついた。

 

「雪の奴」

『・・・何?』

「俺も今回はウォルブレインや・・・彌麓様の仕業じゃないと思う」

『根拠は?』

「無いさ。・・・ただ、今回の事件をもしウォルブレインや彌麓様がやったと仮定すると、 あっちにデメリットが多すぎて実行する理由が不明瞭になる。こそこそ水面下で動いて、天下取るつもりみたいだからね。あっちは」

 

松原さんは再びメガネをかけると、またパソコンを操作し始める。それと同時に、私に話しかけてきた。

 

「光音ちゃん」

『・・・はい』

「この戦いの事、雪の奴から詳しく聞いてないんだろう?」

『え・・・はい』

「だったら、俺が教えてあげるよ。・・・九重ノ司の副代表として・・・代表が、君の父さんがいない今、 君を巻き込んだ責任を俺は背負っている」

 

そう語る松原さんの指に、何か力がこもっているのを感じた。私は小さく頷いて、語られる真実をただ静かに待っていた。松原さんも、 ユキも、あの睦美という少女も、そして・・・父さんも何かを背負ってそれぞれの使命を果たしている。私にも、 それを背負う時が来たのだと強く実感した。

 

 

ラベンダーフォックス 第10話「疾風怒濤!風の巫女と九重ノ司!」 完

第11話へ続く

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