トランスフルパニック! 第1話「不思議の始まり」
【人→ポケモン】
それは今から少し先の、あるいはもうすぐ訪れるかも知れない未来の話。僕達私達にだって訪れるかもしれない、 だけど普通じゃありえないちょっと不思議な時代の話。その始まりの始まり、本当の発端は何時の何処の誰なのか分からない。 だから物語はとりあえず、一人の少女が目覚めるところから始まる。
さっきからけたたましくなっているその音は、少女の目覚まし時計の音。それが鳴ってることに少女は勿論いい加減気付いていた。だけど、 どうにも身体が動かない。身体が石にでもなってしまっただろうかと錯覚もするが、生憎彼女の姿は普段どおりの彼女の姿だった。
「んん〜・・・」
布団に包まりながら小さく低い声で唸る彼女。全くもって彼女は朝早く起きるのが得意じゃなかった。 部活だってあるし早起きしなくちゃいけないことは分かっていても、身体が求める休息への欲求についつい従ってしまう。
「さくら、もういい加減起きなさい!」
ドアの向こうから聞きなれた大人の女の人の声が聞こえる。誰って、誰でもない少女の母親だ。母親に自分の名前を呼ばれ、 さくらは流石に重い身体を何とか起こした。だけど何だかいつも以上に重く感じる。朝が苦手なさくらは当然いつも体が重く感じるのだけど、 今日は一段と体が重い気がした。そういえば、気持ちいつもより肌寒く感じる。・・・風邪でも引いたのだろうか?
「ぅぅ・・・しんどいなぁ・・・」
ついつい頭の中に浮かんだ言葉が口から出てしまう。身体がどうにもだるい。しかも熱っぽい気がする。 もしかすると本当に風邪なのかもしれない。
「・・・風邪だったら・・・学校休めるなぁ・・・」
あまりの身体のだるさに、さくらは真っ先にそんなことを考えてしまった。勿論、風邪であれば無理は出来ない。学校は休んで当然だ。・・ ・いや、お母さんに言って休んでしまおう。さくらの考えはもうまとまっていた。だけど、この身体のだるさが、自分の運命、 いや大袈裟に言ってしまえば世界の運命の一つのターニングポイントになるなんてことはまだ彼女は知るはずもないことだった。
身体を動かしたくないさくらは、少しにやっとした笑いを浮かべると、何とかベッドのへりを手で掴み身体を支えながら立ち上がった。 だけど、布団から身体が離れると、余計に肌寒さを感じる。熱が上がってきたのかもしれない。早めにお母さんに言って温かい格好でもしないと・ ・・そう思って一歩歩き出したとき、さっきからの肌寒さと一歩歩き始めたそのタイミングで吸い込んだ息が、彼女の鼻にむず痒さを覚えさせた。 そして一つ思い切りくしゃみをする。
「ァッッ・・・クシュン!・・・駄目だ・・・本当に風邪引いちゃったかも・・・」
さくらはそう言って鼻をすすり、更に歩き出そうとするが、 何故だかくしゃみの後から身体のだるさが勢いを増して中々一歩が踏み出せなくなっていた。身体も熱いし、頭もぼうっとしてきた。 身体のバランスも両足で支えられなくなって、膝をつきながらゆっくりと倒れこんでしまった。呼吸も荒いし、身体の感覚もハッキリしない。 声も上手く出せない。だけど、このまま倒れたままじゃまずいから何とかお母さんに助けを求めようと、 立ち上がろうとして手で身体を支えようとした。
だけど、その手の感覚が何だかおかしい。思いっきり力を入れて身体を持ち上げたつもりなのに、いつもよりも身体が持ち上がらない。 さくらは不思議に思って自分の手を見た。初めは熱で視界もぼやけてはっきり見えなかったけど、その内ことの異常さに気付いたのか、 一瞬だけ感覚に鋭さが戻った。そして呼吸が荒くなり始めた口から漏れたのは、驚きと戸惑いの言葉だった。
「な・・・何・・・これ・・・!?」
さくらはもうそれ以上の言葉が思い浮かばなかった。仕方ないだろう。自分の指が進行形で太く短く変化していたのだから。 自分の目の前で自分の身体が変化していくのは奇妙な感覚だった。だけどそれが夢じゃないことは、 驚きのせいで少しだけしっかりした意識が指に痛みに近い違和感を感じていたことから証明されてしまっていた。でも、 一体自分の身体に何が起きてしまったのだろう?さくらは頭の中で疑問を思い浮かべていたが、 その間にも変化はとどまることなく彼女の形を作り変えていく。
指は更に短くなり、手と同化し殆ど指の名残が無いほどになってしまい、その先には白くて小さい、だけど鋭い爪が3本生えていた。 手の色は血色のいい肌色から、気付けば薄い青緑に変色していた。 その変色は次第に腕から身体の方へと上るように広がっていき体の変化もそれに合わせるようにして進行していく。腕や脚もどんどん短くなって、 足は手と同じように指が短くなり爪が生えていた。着ていたパジャマのズボンはもうすっかりずり落ちてしまっている。
「いや・・・ダ・・・ダメ・・・ダァ・・・ダネ・・・ダ、ダネェェッ・・・!?」
そして彼女の顔や声も徐々に人の面影を失い始めていた。顔も他の部分と同じ薄い青緑の皮膚に変化し始めると、 口は横に裂けるように大きくなり、その中には八重歯のように小さく尖った可愛らしい牙が見える。鼻は上唇と同化するように前へと突き出し、 髪の毛はいつの間にか消え、耳は頭頂部に移動し、左右対になった角のように肉が盛り上がっていた。 更に背中からは着ていたパジャマを突き破り巨大な植物の種のようなものが姿を現した。
(何・・・私・・・どうなったの・・・?)
いつの間にか変化に伴う痛みが身体から引いたことに気付いたさくらは、 それでもどうにか自分のことを確かめようと立ち上がろうとするが、腕も脚も短くなってしまったため2本の足で立つことは出来なくなっていた。 仕方が無く4本足のまま上手く言うこと聞かない身体を引きずるようにしてゆっくりと歩みを進める。
お母さんに言わなきゃ・・・助けてもらわないと・・・そう思いながらドアの方へと進んでいくが、 その時ふと部屋にあった姿見が横目でチラッと自分の姿を映すのが見えた。さくらは、それを覗くのが怖くて一瞬視線をそらしたが、 でも姿見の存在に気付いてしまった以上、自分の姿を確認しないことにはどうにも落ち着かなかった。 さくらは意を決して姿見のほうを瞳を閉じながら振り返り、ゆっくりと瞳を開く。・・・その瞬間の衝撃は、 後にも先にもそれを上回るものなんてないだろうというぐらいだった。
鏡に映るその姿は、巨大なカエルの背中に、植物の種のようなものが生えた不思議な姿。薄い青緑の皮膚に濃い青緑の模様を持ち、 赤く大きな瞳と口の中から姿を見せる小さな牙が可愛らしさを強調するその姿に、さくらは見覚えがあった。
『フシギ・・・ダネ・・・!?』
「フッシャー・・・ダネェ・・・!?」
その姿の名を呟いたつもりだったが、自分の耳に聞こえたのはその姿の名に近い、 だけど本来の自分の声とはかけ離れた動物の鳴き声だった。そう、今目の前の鏡に映っているのは実在しないはずのゲームの中の生物、 ポケモンの図鑑ナンバー1、フシギダネ。そして、その鏡の前にいるのはさくらである。さくらの姿が目の前の鏡に映っているはずのだ。・・・ だとすれば。
(私・・・フシギダネに・・・なっちゃったの・・・!?)
鏡に映るフシギダネの表情が、驚きから不安へと変わっていく。赤い綺麗な瞳が動揺して大きく動きながら涙が滲み始めていた。 それと同時に、また急に身体のだるさと熱が身体に戻ってきた。フシギダネは、その短い4本の足でも身体を支えられなくなり、 膝を伸ばしたままうつ伏せになるように倒れこんだ。
『何・・・で・・・誰か・・・助けて・・・!』
「ダ・・・ダネ・・・ダネェ・・・フシャァ・・・!」
さくらは、熱で頭はぼうっとしていたが、すっかり変わり果てた自分の鳴き声はその耳に聞こえていた。姿、声、どれをとってももう、 さくらはさくらじゃなかった。何がどうなってしまったのか、これからどうなってしまうのか。ぼうっとした頭では何も考えられず、 ただ焦りと悲しみで胸は一杯になり、その苦しさと熱のせいか、涙は青緑の頬をこぼれ落ちていき、ついに彼女は気を失ってしまった。
だけどこれは物語の始まりの始まり。その変化はまだ、この世界の中では小さな変化。だってもうすぐ、 大きな変化の時代がやってくるんだから。それにはまず、この小さな変化の事を知らなきゃいけない。だからもう少し、 彼女の話を続けることになる。
(・・・ぅ・・・あれ・・・?私、何が・・・ここ・・・どこ・・・?)
さくらはまだはっきりとしない意識の中で状況を整理しようとする。意識が戻った時、彼女がいたのは自分の部屋ではなかった。 見覚えがある・・・だけど、視界がまだ熱のせいかハッキリしない。だけどその代わりなのか、不思議と匂いや音は研ぎ澄まされて鋭く感じる。 薬品の匂いにたくさんの人の匂い。いろいろな人の話し声。半分まだまどろみの中にいるような状態だから、 まださくらは自分の感覚が鋭くなっていることには気付かなかった。
しかししばらくしてようやく意識が少しずつハッキリしてくると、辺りを見渡せるように横になっていた状態から上半身を起こした。 その時、さくらははっと何かに気付いて自分の全身を見回して、小さく呟いた。
「私・・・人間に戻ってる・・・!?」
「あ、さくら。目が覚めたのね」
戸惑うさくらに声をかけたのは、彼女のお母さんだった。
「ビックリしたのよ。部屋で倒れてたんだもの」
「え、お母さん、私フシギダネに・・・!」
「・・・?何が不思議なの?」
「え?いや、そうじゃ・・・なく・・・て・・・」
そう話すさくらの声がどんどん小さくなっていく。段々と心の中で、あのフシギダネになった記憶が夢だったのではないかと思い始める。 そもそもさくらは熱で意識が朦朧としていたし、夢と現実の区別がつかなくなるのだって不思議なことじゃない。第一、 冷静になって考えてみれば人間がポケモンに変身するなんてありえない話だ。猫とか犬なら現実味も多少はあるかもしれないけど、 そもそもこの世に生息してない生物になるなんてありえない。
「結構ひどい風邪みたいだけど、安静にしてればよくなるそうよ。一応点滴うって何日か休めば大丈夫だって、先生言ってたわ」
「・・・うん・・・わかった」
さくらは小さく頷き、改めて自分の身体と辺りを見る。やっぱり、フシギダネなんかじゃない、見慣れた自分の身体。 その腕にはお母さんの言葉通り点滴が打ってある。辺りを見ればそれが病室であることはすぐ分かった。 丈夫で無機質なベッドの上にさくらは横たわっていた。ようやく、近所のかかりつけの病院であることに気付く。
「じゃあ母さんは先生呼んでくるわ。改めて診てもらわないと」
「うん・・・わかった」
そう言ってお母さんは病室から出て行った。さくらは一つため息をついて天井を見上げた。
(そうだ・・・全部夢だったんだ・・・だよね、だって私がフシギダネになるなんて・・・)
頭の中でそう整理をつけると、さくらの顔にようやく笑顔が戻った。気持ちの整理がついて心が落ち着くと、 張り詰めていた緊張が一気にほぐれたのか、急に全身をだるさと熱っぽさが襲った。空気が肌寒く感じる。
「ぅぅ・・・早く先生来ないかなぁ・・・」
さくらは身体を震わせながらドアのほうを見た。さっきお母さんが呼びに行ってまだ間もないけれど、 できれば早く戻って先生に診てもらってすぐにでも眠りにつきたかった。早く来ないかとじっとドアを見ていたが、 その時また全身に悪寒が走り鼻がむずむずし始めた。さくらは大きく身体をのけぞらせて、勢いよくくしゃみをする。
「ァッ・・・ッシュン!・・・ぅぅ、熱出てるんだなぁ・・・」
さくらはそう呟きながら、自分の左右の手の平をそれぞれ鼻と額に持っていった。片手で鼻をこすりながら、額の熱を確認しようとした。・ ・・だけど、それぞれ鼻と額に触れた時の感触が何だかおかしい。初めはそれがなんなのか分からなかったけど、 はっと気付き慌てて手を放して自分の手を確認する。
「嘘・・・また・・・!?」
予感は的中してしまった。今朝と同じように指が短くなり、皮膚の色が青緑に変色を始めていたのだ。
(夢じゃないの・・・夢じゃなかったの・・・!?)
熱で少しぼうっとはしているけど、意識はハッキリしている。やっぱり夢じゃない。さくらはそれを認めざるを得なかった。 そしてさくらは何とか助けてもらおうと、上手く出ない声を振り絞ってお母さんを呼んだ。
「た・・・助け・・・ダネェフシィ・・・!?・・・まだ、ダメェ・・・お母さん・・・おか・・・フ、フシャァッ・・・!」
何とか声を絞り出すが、その声はどんどんさくらの声ではなくなっていく。身体もどんどん変化が進み、手足は短くなって4本足になり、 そのはずみで服は脱げ、点滴は取れてしまった。その声が漏れる口元もすっかり大きく横に裂けて、もうその姿は人間じゃなくなっていた。
「どうしたのさくら!?」
丁度その時、先ほどの悲鳴を聞いてお母さんと、いつもお世話になってる若い医者の先生が一緒になって駆けつけた。・・・ しかし次の瞬間、2人の思考は一気に凍りついた。本来そこで寝ているはずの娘、或いは患者の少女の姿はなく、 いたのは巨大なカエルのような生き物が、大きな植物を背負っているという奇妙な光景。
『・・・お母さん・・・!』
さくらはすっかり変わり果ててしまった自分を分かってもらおうと、お母さんのことを呼ぶけれど、当然その声は人間の声じゃなくて、 奇妙な鳴き声だった。
「・・・ダネフシャァ・・・!」
お母さんは完全に思考が回っていないのか、その声を聞いても目の前の状況が一体何なのか理解できず、 言葉も無いまま一度先生を顔を見合わせた。そして再びさくら・・・がいるはずのベッドにいる奇妙な生き物と、 その生き物の足元にさっきまでさくらが着ていた服が有るのを見て、一気に血の気が引いてそのまま後ろへと倒れこんでしまった。
「ちょ、汐見さん!?し、しっかりしてください!」
『お母さん!?』
先生はそのままお母さんを抱きかかえて、身体に負担がかからないようにゆっくりと床へと横たわらせた。 どうやら完全に気を失ってしまったらしい。それを見たフシギダネ・・・さくらは慌ててベッドから飛び降りてお母さんの下へと駆け寄った。
『お母さん!しっかりして!お母さん!』
「ダネフッシャァ!ダネダネェ!ダネフッシャァ!」
その言葉がお母さんや先生に理解してもらえないのは分かっていた。だけどさくらはそんなことよりもお母さんのことが心配で、 自分の体のことも忘れたかのように精一杯呼びかけた。その様子を見て先生はようやく少し冷静さを取り戻したのか、少々顔はこわばっていたが、 落ち着いた口調でフシギダネに問いかけた。
「まさか・・・本当にさくらちゃん・・・?」
その名を呼ばれると、フシギダネはお母さんに呼びかけるのをやめて、顔を見上げて先生のほうを見つめ小さく頷いた。 その赤い瞳は悲しみを戸惑いを含んだ涙で溢れていた。先生はその姿に改めて異質を感じたけど、 何とか一つ唾を飲み込んで冷静さを保つよう努めた。
「その姿・・・確かポケモンの・・・何とかダネ・・・そう確か、フシギダネ・・・だっけ?・・・だよね・・・? 一体どうしてそんな姿に・・・!?」
「・・・ダネェ・・・」
フシギダネは、小さく鳴いたまま俯いてしまった。同時に目を細めた時に左右の目から一筋の涙が頬をつたっていった。・・・ 先生はすぐにさくら自身にも自分に何が起きたのか分かっていないことを悟ると、フシギダネの小さな身体に優しく触れ、撫でながら語りかけた。
「・・・とりあえず、気持ちを落ち着けて。不安で一杯かもしれないけど、まずは落ち着くんだ。お母さんのことは大丈夫だから。 まずはお母さんをベッドに運ぶのを先にしよう。さくらちゃんは、自分のベッドの上に戻って待ってて」
「・・・ダネェ・・・」
フシギダネは小さく頷くと、さっきまで自分がいたベッドの上へと戻った。先生は看護士さんを呼んで、 お母さんを一緒に支えながら別の部屋へと運んでいった。そして再びさくらの病室には静寂が戻る。 小さな病室にいるのは小さなフシギダネが1匹、不安そうな表情を浮かべながらドアを見つめていた。
小さな変化はまだ、ほんの少しの人間に驚きをもたらしただけでしかない。だけど、小さな変化は小さな変化を呼んで、 どんどん大きくなっていく。これはそういう物語。少女の変化は新しい変化を呼ぶことになるけど、それはもう少しだけ後の話。
トランスフルパニック! 第1話「不思議の始まり」 完
第2話に続く
最近新しいのが出てもなかなかコメント出来なかったので鬱憤が溜まっていたトコロでした(何故/冗談です
いきなり展開が凄いコトになってますねぇ、…親の前でとかとても見てられ(強制終了
幾ら好きだったとしても、いきなりフシギダネになったら流石に喜べないんでしょうね、やっぱり。(苦笑
兎も角今後の展開に期待ですw
今年も頑張って下さいーっw
★宮尾レス
コメント有難う御座います。今年もよろしくお願いします。
新年早々ポケモンTFはご堪能いただけたでしょうかw
今回は久しぶりに(少し未来の設定だけど)現実世界が舞台のポケモンTFです。最近設定を練る作品書くことが多かったので、たまにはライトな設定の作品も書こうかと思いましてw
フシギダネのこと嫌いじゃなくても、突然脈絡も無く変身しちゃったら、やっぱり困るかなぁと思いまして。これからの彼女の展開にご期待下さい☆
★宮尾レス
コメント有難う御座います。明けましておめでとう御座います。
今回は太陽と月以来の現代舞台なので、それで似ている印象を受けるのかもしれませんね。アレから1年以上経ってますので、似たテーマでどういう作品が仕上がるのか、是非楽しみにお待ち下さい。