2006年12月22日

ミリィの光 第3話

ミリィの光 第3話「胸騒ぎ」

【人→獣】

※「タイトルが先だ! 文学賞」応募作品・原題「猫がくわえてきた奇跡-彼女が猫になっちゃった!-」

 

「何か…すっかり寝ちまったなぁ…」

「ミャァゥ…」

 

少年と猫はぼうっとしながら体を起こす。外を見ると日は暮れかかっていた。テレビは夕方のニュースが既に始まっており、 深刻そうな表情でキャスター何か速報を読み上げている。

 

「へぇ…列車事故ねぇ…」

 

ぼうっとしている頭ではキャスターの言っている言葉はしっかり入ってこないが、結構大きな事故が有ったようだ。 幸い死者はいないらしいがけが人は大勢出てしまったらしい。責任問題は大変そうだ。

 

「…なんか…慌しいよな。世の中って」

「ミャウ?」

 

達哉の独り言に、美奈は首をかしげて一つ鳴いた。

 

「いや…何でもないよ…でも、ま、これだけの大惨事でさ、死者が出なくてよかったよな。…だれも…命を落とさなくて」

「ミャァウ…」

 

達哉はそう言いながら横にいる美奈の身体をためらい無く一撫でした。そうやって触りながら考えているのは、 きっとそこにいる美奈の事ではないだろう。

 

「どうすっかな…早いけど、風呂入っちまうかなぁ…」

 

達哉は面倒臭そうに頭をかいた。昼間暑い中で動いた分、しっかり汗をかいており、身体がべとべとしていて気持ち悪かった。 テレビは明日の天気予報を始めていた。明日も全国的に晴れるらしい。

 

「…あー、ダメだ。黙ってたら余計にだるくなるよな。やっぱ、俺風呂はいるわ」

 

達哉はそう言って立ち上がり、部屋の風呂場へと向かう。すると美奈も立ち上がり、とことこと達哉の後をついていく。

 

「…どうした?シャワー浴びるだけだから、ちょっと待ってな」

「ミャウ、ミャオン!」

 

美奈はそのまま走り出すと、風呂の入り口の前に立ちはだかった。そして風呂のドアをその小さな前足を上げどんどんと叩く。

 

「何だ?お前も風呂に入りたいのかよ?」

「ミャァウ」

「猫のくせに…って、元々猫じゃないから、やっぱ風呂入りたいのか…でも、いいのか?混浴だぜ?」

 

達哉はからかう様にしてしゃがみながら美奈の鼻をつんと突付いた。それが何かの癇に障ったのか、 猫は更に声を高く大きくして達哉に抗議を始めた。

 

「わかったわかったって、入れるから!落ち着けって美奈!…でも、身体洗うのどうするつもりだよ?俺…その…あれだ、俺が、 お前の身体を…いいのか?」

 

達哉は域を何度も飲み込みつつ、少し顔を赤らめて言葉を絞り出した。ついさっきまで何の意識も無く美奈の身体に触れていたのに、 風呂に一緒に入るとなると、途端に戸惑い始めた。その辺り、美奈は中々度胸が据わっていた。元々、風呂好きである彼女にとって、 例え自分が猫の姿であっても風呂に入ることは譲れなかった。外で他人に見られるのは恥ずかしくても、 幼馴染と一緒に風呂に入ることはもう抵抗なんて感じてはいられなかった。そしてもう丸一日猫として過ごし、達哉に触られてきた中で、 早くもその事に対する免疫はしっかり出来ていた。人間の適応能力って凄いなぁとか、美奈は猫の小さな頭で考えていた。

 

「ミャォウ」

「…ハァ、分かったよ。…でも、ちょっと待ってろ。ほんの少しだけ」

 

そう言って達哉は猫をそっと優しく持ち上げて、風呂場の外へと出し、ドアを閉める。そして数十秒後に再びドアが開くと、 既にすべて脱衣を終え、腰周りをタオルで隠した達哉が姿を表した。美奈の目線の角度からはギリギリ見えそうで見えない。 ここ数日ですっかり痩せた身体には昔ほどの逞しさはないものの、 それでも同年代の少年たちと比べれば比較的しっかりとした身体つきをしている。

 

「さ、入るぞ」

 

達哉はそう言ってしゃがむと、美奈に手を差し伸べた。美奈は静かに彼の手元へと歩いてくる。 そしてその指先を何故かその小さな鼻でくんくんと嗅ぎ始めた。

 

「…何だよ、臭いか?」

 

達哉は美奈のその様子を見て不機嫌そうにぼそっと呟いた。美奈はそれを聞いて首を横に振ると、達哉の手の平の内側へと身体を入れた。 そして達哉はもう片方の手も差し出し、美奈の軽い身体をひょいと持ち上げ、自分の胸元で抱えた。

 

正直、猫になって人間以上に敏感になっている美奈の鼻には、確かに達哉の匂いが強く感じられた。しかし、 それを不思議と不快とは思わなかった。匂いだけじゃない。こうして達哉の身体にしっかり近づくと、彼の胸の鼓動や体温がじかに伝わってきて、 人間だったとき以上に達哉を感じる事が出来ていた。達哉は風呂のドアを閉めると、お湯の入っていない浴槽の中に美奈を置いた。

 

「待ってろな。まず俺から洗わせてくれよ」

 

そう言って達哉は蛇口をひねる。途端にバスルームに立ち込める湯気。一気に室内の湿度が上がり、美奈は何度か身を震わせたり、 慣れない毛繕いをしたりした。全身毛で覆われてることを、このときは強く実感した。その間にも達哉は手際よく自分の身体を洗っていく。 そして一通り洗い終え一息つくと、浴槽の中で待っていた美奈を見下ろした。

 

「どうする?やっぱ…俺が洗ってやる…しかないよな…?」

 

達哉は少し苦笑いしながら美奈に顔を近づけた。美奈はそんな達哉の目の前で、ひょいと前足を上げ、後足だけで器用に立つと、 すぐにでも持ち上げろと言わんばかりに浴槽の壁に前足をかけた。

 

「ミャァウ」

「分かったって。じっとしてろよ?」

 

達哉は再び彼女を抱き上げると、お湯で濡れても尚冷たい床の上へと下ろす。そしてシャワーを弱くし、 そっと彼女の身体へとお湯をかける。ふわふわの柔らかな毛が、水で濡れしなっていく。達哉は慣れた手つきで手に石鹸を泡立てると、 一瞬その手を美奈に触れることに躊躇してしまうが、その様子を見た美奈が催促するように首を振り一鳴きすると、 決心したのかその手を彼女に触れ、そっと、優しく彼女の身体を泡で包み込んでいく。頭を、背中を、尻尾を。更に身体を反対向きにして、 肉球の間を。汚れが溜まりそうなところをしっかり洗っていく。

 

そしてその間、達哉はなるべく美奈に自分の顔が見えないようにするよう気をつけた。見られたら、 何を想像しているか見透かされそうな気がして見せられなかった。風呂場。猫の姿とはいえ、自分も美奈も、一糸纏わぬ姿。 年頃の少年が何を想像するのかは、それこそ想像に難くない。しかしそんな達哉の挙動は、 感覚が敏感になっている美奈に感じ取れないはずは無かった。指の動き、呼吸、彼から感じる無言の中のメッセージ。 美奈だってそれを意識せずにはいられない。

 

しかし、美奈はそれでもまだ冷静だった。いや、正確には他に考えている事があったため、一つのことに集中していなかっただけだが。 こうして、身体を洗うのも、食事をするのも、外へ出るのも、何をするのも達哉の力が必要だという事。達哉がいて、初めて成り立つ生活。 そしてもし、もし万が一人間に戻る事が出来なければずっとこれが続いていく。人間だったことが過去になり、猫として生き、 猫として飼われることが当たり前の日常になっていく。

 

そうなると達哉はきっとすぐに順応できるだろう。元々、ここの部屋は達哉とミリィの部屋。猫の中身が違うだけで、 そう大して以前の暮らしとの差は無い。でも、美奈は人間だ。猫の姿であっても、猫ではない。そう簡単に慣れることが出来るだろうか。いや、 なれることが出来たとしても、昼にドラマを見てる時に考えたような覚悟、人間だったことを捨て、猫として生きていく決意が出来るだろうか。 美奈は自問自答を繰り返す。

 

その時、少し考えすぎで朦朧とし始めていた美奈の頭に熱湯が降り注いだ。

 

「ミギャァウ!?」

「うわ!?な、何だ?急にシャワー熱くなって…調子悪いのか?」

 

美奈は突然の事に思わず我を忘れて泡だらけのままバスルームの中を暴れまわってしまう。

 

「おい、落ち着けって美奈!」

 

達哉はシャワーをすぐに止めると、美奈をやさしく抱き上げた。

 

「ほら、落ち着けって。あんまりそうやって暴れたりしてると、本当の猫にしか見えないぞ?」

「ミギャァウ…」

 

達哉に悪気は無いのだろうけど、本当の猫にしか見えないと言う事実は、美奈にとってやっぱり少しショックだった。確かに、 達哉は自分が猫になったところを見ていたから、ここにいる猫が元は人間の少女だったって知ってるけど、 他の人からすればこの猫は猫でしかない。

 

「…じゃあさ、もう一度シャワー出すから…温度ちょっと調節するから待ってろ」

 

達哉は蛇口をひねり、再び噴出したシャワーからのお湯に手を当てて温度を確かめる。そして丁度いい温度になったところで、 再び美奈にシャワーを当てて、体中の泡を丁寧に優しく洗い流す。

 

「よし、いいぞ」

 

すっかり泡を落とされた猫は、濡れた身体でその水を振り払うように身震いをした。

 

「うわ、冷たいって!」

「ミャオ!」

 

猫は達哉のことをからかうように、明るく鳴いた。達哉は微笑み、彼女の方を見ながらバスルームのドアを開けた。 美奈は勢いよく飛び出すと、乾いたマットの上でもう一度身を震わせた。達哉はその手にバスタオルを取り、一通り自分の身体を軽くふき取ると、 今度はもう一枚、一回り小さいバスタオルを取り出し、美奈の上にかぶせた。

 

「しっかり乾かさないとな」

 

達哉は美奈の細かな毛を傷めないようにバスタオルで優しく水分をふき取っていく。そしてドライヤーでしっかりと乾かしていく。 美奈はそうやって自分を乾かしている達哉の手の中で、じっとしながらまた色々考える。全てを飼い主に依存する飼い猫としての生活。 達哉はミリィを恋人のように可愛がっていたみたいだけど、ミリィはどう思って過ごしていたんだろう。もしミリィもまた、 達哉のことを人と猫の境界を越えて想いを寄せていたりしたら、さぞもどかしかったんじゃないのかと。

 

猫が人間に好意、ちょっと考えづらいことにも思えたけど、実際美奈は猫の姿で、行動こそ猫に近くはなったものの、 思考そのものは人間のままだ。猫だって人間と同じレベルで、考えたり悩んだり、恋をしたり。 その小さな身体で色々な想いが渦巻いていたっておかしくない。もし、ミリィも同じように色々な想いを抱いていたとしたら…。

 

「さ、身体も綺麗になったことだし、飯にするか」

 

そう言って達哉は下着を身につけ、上半身は裸のままでテーブルのところまでいき、猫缶と食パンを取り出した。美奈は彼に付いていった。 そして少し熱が落ち着いたのか、達哉は普段どおりの表情で美奈を見下ろし微笑んだ。美奈もまた、そんな彼に微笑み返す。…もし、 ミリィも同じように色々な想いを抱いていたとしたら、ミリィは何を想い、どう想って達哉との日々を過ごしてきたのだろう。 ミリィにとっての達哉は、飼い主なのか、それ以上の存在だったのか。

 

望まずであるとはいえ、ミリィの姿になった美奈には少しずつ、しかし既に大きくミリィへの関心が膨らんでいた。

 

 

 

「じゃあ、きちんと待ってろよ?」

 

達哉は玄関で靴をはきながら、見送る美奈の方を振り返ってそう言い聞かせた。

 

「ミャァウ」

 

美奈は肯定の意味で一つ鳴くと、達哉は彼女の頭を手で軽く撫でると、玄関のドアを開け、外へと出て行く。そしてドアが閉まり、 カギが閉まる音がカチャッと鳴り、廊下を歩く音が段々と小さくなっていった。美奈はそれを聞き遂げると部屋の奥へと戻っていった。

 

美奈が猫になってから数日がたっていた。日々を過ごす中で、達哉も美奈も、今の生活に大分慣れてきていったが、 その一方で美奈を人間に戻す方法は一向に見つからなかった。そもそも、人間が猫になってしまった事例なんて無いから調べようがないし、 他人に相談するわけにも当然行かなかった。それでも何か手がかりだけでも掴まないといけないと考えた達哉は、 図書館で人間が動物に変身することについて調べる事にした。勿論、見つかる資料の殆どは児童書や小説などのフィクション、 変身という事象に関する考察を記した論文などが中心だろうから、直接役に立つ情報が得られるわけでもないだろうけど、 何か身体を動かさなければ落ち着かなかった。

 

それは美奈も同じだが、いまだに猫の姿で外に出ることへの抵抗があるため、まだ一度も外へは出ていない。 猫の姿を他人に見られる羞恥心は大分無くなったものの、一方で達哉に依存せざるをえない生活の中で、達哉のいない状態で、 自分一匹で大丈夫だろうかという不安を感じずに入られなかった。

 

とはいえ、ここ数日ずっと部屋の中にいるばかりで、すっかり身体をもてあましているのも事実だった。結局やる事といえば、寝るか、 テレビを見るか、猫になりきってミリィが使っていた猫の玩具で遊ぶか位しかない。 初めのうちは不安な気持ちを紛らわす意味と猫の身体に慣れるために、玩具で遊んでは見たものの、元々が人間だった美奈にとってそれは、 初めのうちはともかくとしても長く楽しめるものではなかった。かといって、寝るにはまだ、昼寝にしたって早すぎる。 寝ようと思って寝られない事は無いが、ますます身体はなまってしまう。

 

結局、美奈はテレビを見ながら達哉が帰ってくるのを待つことにした。達哉もそれを理解していたのか、 それとも単純に付けっぱなしのまま消すのを忘れてしまったのかは聞かなかったし、聞けなかったから分からないけど、 テレビの電源はさっきからずっと入りっぱなしだ。流れていたのは良くあるワイドショー寄りのニュース番組。 タレントが不慣れな口調でニュースを読み上げている。

 

美奈はテレビの前に身体を丸めると、ぼうっとブラウン管を眺め始めた。しかし、いざ見始めたものの、暇は暇である事に違いは無い。 有名女性タレントに恋人発覚とか、お笑い芸人まさかの不祥事とか、面白い話題ではあるけど、でも一人で見たってそれを話せる相手がいないと、 この手の話題って言うのは面白くないものだ。今の美奈には、言葉が通じる相手がいない。話し相手が存在しないのだから。

 

結局、退屈さは時間を追うごとに増して行き、最終的には睡魔にも襲われ始める。その小さな口で一つ欠伸をし、ゆっくりと瞳を閉じ、 眠りの海へ意識を投げ出そうとした瞬間、美奈の耳にふと、聞きなれた土地の名が聞こえ、テレビを見た。美奈の目に飛び込んできたのは、 白く広い砂浜。女性リポーターが美しいとか綺麗とか、ありきたりな言葉を並べて歩きながらレポートしている。都心から近い、 夏の穴場スポットの特集のようだ。

 

初め美奈は何気なくそれを見ているつもりだった。しかし、どうもその浜辺を見ていると、奇妙な胸騒ぎを感じて仕方が無かった。まるで、 その砂浜に呼ばれているような、奇妙な感覚。聞き覚えがあるのは当然だった。決して近くではないが、 達哉のこの家の近くを流れる川がたどり着くのが、その海岸だった。何度か、遊びにいった事もある。人が少なく静かだから、 のんびりするにはもってこいだった。もっとも、のんびりするためだけに行ける様な距離ではないから、 数えられるほどしか行った事は無かったのだけど。

 

その海岸に行ったときのことを、テレビを見ながら思い出していたが、ふと気づくと、 何故か自分が前足で自分の首輪を押さえている事に気づいた。そしてその押さえている前足と首元がぽうっと温かくなるのを感じていた。 体温の暖かさじゃない、不自然だけど、でも不思議と優しい暖かさ。美奈はそれが何なのか直感的に感じ取った。ミリィ。この暖かさも、 あの砂浜を見て感じる胸騒ぎも、ミリィが私に何かを伝えようとしている。何の根拠も無いけれど、美奈は自分のその感覚を信じた。

 

そもそも人間が猫になってしまうということだってありえない出来事だったから、もう今更不思議な出来事が起きても動じないし、 疑問にも思わない。むしろ、今自分がミリィの姿になっていて、そのきっかけになったのがミリィの首輪に触れたことであり、 その首輪から何かを感じ取っている。それをミリィからのメッセージだと捉えるのになんら不自然な点は無かった。

 

何故その砂浜にそれほどの胸騒ぎを感じるのかは分からない。でも、 きっとこれはミリィが自分にその砂浜へ行くように導いていると美奈は解釈していた。そこへ行けば何故自分が猫になったのか、 そして人間に戻る方法が見つかるような気さえしていた。美奈はテレビを見つめながら一つの決意をした。

 

 

ミリィの光 第3話「胸騒ぎ」 完

第4話に続く

posted by 宮尾 at 21:42| Comment(1) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ブラウン官テレビって古いですね。
いまはだいたいデジタル4Kカラーテレビですからね。
Posted by at 2016年06月29日 16:39
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