2012年09月14日

マルヨウ・怖

マルヨウ・怖

【人→獣】「いやぁ、まさか突然逃げ出すとは思いませんでしたよ」
「あの、なんか、すみません……」

 住宅街から少し離れた商店街にある喫茶店。タッキーとイタッチはそこでどういうわけか二人向かい合って座っていた。

「なかなかいないですよ? 警察だと分かった瞬間逃げ出す女生徒さんなんて」
「はぁ、まぁ、なんかすみません……」
「全力で逃げる女生徒さんを全力で追いかけたものだからですが、まさかその様子をたまたま見た交番の同業者に職務質問されるとは思いませんでしたし」
「いや、ほんと、マジで、なんか、すみません……」
「本当は署で、せめてそこの交番で話を聞くのが筋なのですが、あなたも私も走って疲れて喉が乾いてしまって思わず喫茶店に入ったのですが、こうして金髪イケメンスーツのチャらそうな私が女生徒さんと喫茶店で話をしていると何かのスカウトに見えてしまい周りの視線の痛いこと痛いこと」
「もう、マジ、勘弁してください……」

 さわやかな外見からは想像つかない、タッキーのブラックな皮肉に、イタッチはうつむいたままだった。そして必死に考える。何で関わらないように関わらないように気を付けてたのにこうなっちゃったのだろうと。
 やっぱりあの時とっさに逃げ出したのがよくなかったのだろうか。確かに、あの行動はフィクションの主人公っぽい。多分、フィクションの脇役は逃げ出したりせず、怪しげな雰囲気の二人の警察官にも、特別な反応は見せずに質問に答えていたはずだ。イタッチは知らず知らずのうちに、主人公っぽい行動を取り、自ら事件に巻き込まれに行ったのだ。イタッチは自らの行いに恐怖した。

「冗談はさておいて、きちんと話を聞かせてもらってもいいですか?」
「話、ですか」
「轟さんは、あなたに罪が向けられている、と話していました。しかしあなたは、それを言われる前から自覚していた……つまり、犯人を御存じなのですね?」
「……」

 イタッチは口を大きく開いたが、喉まで出かかったあのクラスメイトの名を呑みこむように、口をつぐんだ。イタッチは、慎重に判断をしなければいけなかった。
 イタッチに罪が向けられている、という捜査官たちの言葉の本質が分からないが、しかし確かに、イタッチはリサに次のターゲットとして狙われている。"確かに"と言えば語弊があるかもしれない。リサの言動からそうだとほぼ断定しているだけで、しかし現実にはまだ何も証拠はない。だが、それでも、イタッチの中でリサがイタッチを狙っている事は、"確か"だった。
 だとすれば、他人の心が読めるリサは、どこまでイタッチの心が読めるのか。あの時、同じ教室にいて、ある程度距離が離れていて、少しリサの気に障るようなことを頭で考えた時には、どうも読まれたようだった。だとして、イタッチが今ここにいることを、警察官に会っていることを、リサの事を話そうとしていることを、リサは気づいているのだろうか。
 そしてもし、リサの事をここで話してしまったら、リサはイタッチに何をするだろうか。イタッチはリサを恐れていないつもりだった。しかし、考えれば考えるほど、イタッチの手は震えた。

「何か言いづらい事があるのですか? あなたの、身を守るためにも、教えてほしいことなのですが」
「信じてもらえるかどうか……」
「女生徒さんは」
「あのっ」

 不意にイタッチに言葉を遮られ、タッキーは微かに驚いたような表情を見せた。

「何でしょう?」
「女生徒さん、というの、やめていただいていいですか?」
「大変失礼いたしました。そういえばまだお名前を聞いておりませんでしたね」
「伊達(だて)です。伊達美紀」
「伊達……美紀さん……」

 タッキーは何かの一覧が書かれたプリントを一枚取り出し、何かを確認する。

「確かに、行方不明になっている今田さん、天野さんとはクラスメイトのようですね。では伊達さん。伊達さんは捜査零課0係、とさっき聞いて、違和感を感じませんでしたか?」
「えっ?」

 突然の質問に、イタッチは戸惑ったが、すぐに質問の意図を汲んで、答える。

「聞いたことない、変わった部署、だなぁと」
「はい。あまり細かくお話しできるものではないのですが、捜査零課0係は特殊な部署です。警察組織として、組み込まれてこそいるものの、完全に独立した異質の存在だと思って頂いて構いません。というか、警察のことをライターがよく分かってないので、その方が都合が……」
「ライター?」
「いえ、こちらの話ですげふんげふん」

 げふんげふんを口で言うという、わざとらしさ満開のタッキーの言葉にイタッチは冷ややかな目線を送った。

「……捜査零課0係は、先ほども申し上げた通り特命やミショウの様な存在……いや、ミショウの方が近いかもしれません。つまり、普通では考えられない事件、予測付かない事件を担当する、特別なチームなのです」
「特別な、チーム。……じゃあ、例えばですよ。超能力、なんて信じます?」
「ものにもよりますが、そういう事件を扱って、特殊な存在が犯人だった事はあります。正体はまぁ、超能力者とは違うモノでしたが」
「……狭川理沙」
「ん?」

 イタッチがぼそりと呟いた人名を、タッキーはとっさに聞き取りきれなかった様子だった。イタッチはすぅっと息を吸い込むと、意を決したように言葉を続けた。

「私が、犯人だと思っているクラスメイトです。狭川理沙。私は普通にリサって呼んでます。そして私を襲おうとしている……」
「狭川……彼女も確かに、クラスメイトのようですね。その、狭川さんが……いえ、あえて、狭川容疑者……とでも思い切って呼んでしまいましょうか。狭川容疑者は、何か超能力を持っているのですか?」
「……確証はありませんが、どうも、相手の心が読めるみたいで」
「心が読める。なるほど」
「はい。それにコマ……いや、今田さんと天野……さんの行方不明に関わってる事、ほのめかすようなことも……さっき話していた西地区のアパート跡の事も、言ってましたし」
「そこまで聞いてるんだったら、何故警察に相談しないんです?」
「……」

 事件と関わりたくなかったから、などと本当のことを言ってしまえば、自分がまるでクラスメイトたちを見捨てた人間のように映ってしまうなと思い、イタッチは口をつぐんだ。
 ただ事実、イタッチはクラスメイトを見捨てた……というより、いなくなった事をどうでもいいとさえ思っているのは事実だった。迂闊ではあったが、今朝リサと会話した時に行方不明になった二人のことを「どうでもいい」と言い放ったのは、紛れもない事実だし、そうしてドライに、周囲との関係を断とうとしているあたりが、リサの癪に障ったのだろうとも、イタッチは推測していた。

「まぁ、とりあえず。犯人が誰であるのか。犯人がもし特殊な能力を持っている存在なら、どんな能力を持っているのか。それさえ分かれば、轟さんは大丈夫です。わざわざ色々とありがとうございました」
「え、あぁいえ……終わり、ですか?」
「終わりです」
「……あの」

 聞きたいことは山ほどあった。彼らはいったい何者なのか。何故リサは他人の心を読むことが出来るのか。知りたいことは山ほどあった。しかし、聞いてしまえば、興味を持ってしまえば、それだけ事件から抜け出せなくなる。イタッチはジレンマを抱えていた。

「何か?」
「いえ、何でも、ないんです。なんでも」
「……警察側から申し出ることではないのですが」

 とタッキーは前置きした上で、イタッチを見ながら問いかける。

「貴方は狭川容疑者に狙われています。必要であれば警護しますが。我々捜査零課0係の力でそれぐらいは出来ますよ?」
「あ……いえ、大丈夫です。大丈夫だと、思います……あの……」
「分かりました。伊達さんがそうおっしゃるなら、我々は特別何もしません。あ、ただこちらだけ」

 そう言ってタッキーは何かを手渡してきた。それは電話番号が書かれた紙と、3000円のギフト券だった。

「えっ、これ……」
「謝礼です。あと、もし何か問題があったらそちらに連絡してください。私が出ますので。まぁ、お守りの様だと思っていただければ」
「は、はぁ」
「さて、ここも私が払いますから。そろそろ出ましょうか」

 そうして二人は喫茶店を出た。日はもうだいぶ傾いている。

「お宅まで、送りましょうか?」
「いえ、その。大丈夫です。あの、色々すみませんでした」

 そう言ってイタッチは軽くお辞儀をすると小走りで離れていった。喫茶店の前でそれを見送っていると、タッキーの携帯がにわかに鳴った。画面を見て、轟からの電話である事を確認すると、着信ボタンを押した。

「はい、タッキーです」
「俺だ」
「お前だったのか。暇を持て余した神々のあそ」
「てめぇの遊びに付き合ってる時間はねぇんだよ」

 折角思いついた好きな芸人のネタを阻止されて、タッキーは不機嫌そうに答えた。

「なんですか轟さん、折角殺伐とした現場を和ませようとしたのに」
「うるせぇ。そっちはどうだ? 何か聞けたか?」
「えぇ、いくつか」

 タッキーは一つ咳ばらいをし、顔を引き締めてまじめな口調で言葉を続けた。

「容疑者は狭川理沙。行方不明になった天野様のお嬢様と今田真由さんの同級生です。さっきの女生徒さん……伊達美紀さんの話によれば、二人の行方不明に関わっていた事や西地区のアパート跡についても仄めかしていたようですし、、伊達さんを次のターゲットにしているのもどうやら事実の様な素振りでした」
「狭川……理沙。で、何か"超能力の様な不思議の力"の話出たか?」
「はい。伊達さんの話によると、狭川容疑者は相手の心が読めるそうです」
「心が、読める……ねぇ」

 轟は電話越しで唸った。相手の心が読める。実に超能力らしいベタな超能力である。そう言う不思議な力には慣れている轟ではあったが、相手の心が読める程度では、今回の事件を紐解く鍵にはなりそうもない。相手の心が読める程度では、同級生を誘拐したり、監禁したりできるはずがない。
 他に何かあるはずだ。他に何かが。他に何か……。

「……あっ」
「? どうしたんです、轟さん」
「ちょっと待ってろタッキー」

 そう言って轟は受話器の口を押さえて、旦那天野に問いかける。

「旦那天野さん、あんたさっき俺に言ったよな? 天野女史が『娘の"妖気"を感じた』って言ったって」
「あ、ああ。……元よりそう伝えていたはずだが」
「分かってる。確認しただけっす」

 轟は小さくうなずくと、あたりを見渡し、現場の刑事を探した。そして被害者の制服をしまおうとしている若い刑事を見つけて呼びとめた。

「おいちょっと、制服もう一度見せろ」
「な、何だよお前! いい加減にしろよ!」
「うるせぇ、いいから!」

 そう言って強引に制服を奪うと、制服の内側をチェックし始めた。そしてはっとした表情で何かをつまみだす。それも二人の制服両方から。

「轟さん、どうしたんです? 何か見つかったんですか?」

 電話の向こうからタッキーの声が聞こえてくる。轟は携帯電話を耳に当て答える。

「タッキー、天野女史は天野由利子の"妖気"を感じた事を何だと思ってる?」
「えっ? ……しっかり聞いていませんが、危機に瀕して、とっさに"覚醒した"とか、そう考えているのではないでしょうか」
「俺もそう踏んでた。だが、そうじゃあないかもしれない」
「どういうことです?」
「天野由利子の制服から妖気を帯びた獣の毛を見つけた」
「……それは、そうでしょうね」
「今田真由の制服からも、妖気を帯びた獣の毛を見つけたと言ったら?」

 電話の向こうのタッキーの声が途絶える。おそらく微かな驚きがあったのだろう。間髪入れず轟は話を続けた。

「犯人が何をどこまで知っているのか、自分の事をどこまで分かっているのか、把握できない。だが、天野由利子と今田真由の共通点は同級生である事だけじゃないってことだ。今日会った、あの女……伊達って言ったか? あいつもおそらく"そう"なんだろう」
「……そんな風には見えませんでしたが」
「俺にも確証はない。本人に自覚が無ければ、周囲はどうしたって感じる事は出来ないからな。そう、だから俺にだって、人間から出る"妖気"は分かり様がない。天野女史ならともかく、普通は気づけない。普通は」
「狭川容疑者は、普通ではない?」
「……心を読めるんじゃない。そんな能力じゃあないんだ、きっと。本人が分かっているかどうかさえ、怪しいが、ただ」

 轟はそう言ってすぅっと息を吸い込みはっきりと、強い口調で言い切った。

「"妖気"と"罪"は嘘をつかない」
「それが聞ければ十分です。そう言う時の轟さんの確信は、確証がなくても、確実ですから」
「口は減らせ。……あと、一応確認しておくが、"アレ"、渡してあるんだろうな?」
「はい」
「なら十分だ。……いや、もう一個だけ確認する」
「何でしょう?」
「"兎園会"の動きはどうなっている?」

 再びタッキーの言葉が止まる。数秒の間を空けて、タッキーは何かを探るように返答をする。

「どうも何も、動きなんてないはずですよ。動きがあるはずない」
「被害者二人に向けられた罪とは別の罪が、絡まっているのを感じた」
「別の、罪?」
「ああ。事件はその狭川ってのを追い詰めて解決、では済まないだろう。狭川をたぶらかしてんのか、或いはダマで被害者横取りしたのか知らねぇけど、下手したら狭川は被害者の今の居場所さえ知らねぇかもしれねぇ」
「その別の罪が"兎園会"の仕業だと?」
「他にあるかよ。裏で堂々とこんな"罪"を犯せる奴らが」
「……分かりました。"兎園会"の動きは私の方で、調べてみましょう」
「任せる」
「はい。轟さんもお気をつけて」

 そう言って二人は通話を終えた。轟は携帯を握りしめながら数秒、じっと何かを考え込むように動かなかったが、すぐに顔を上げると現場から離れようとした。

「行くのかね」

 呼びとめたのは、旦那天野だった。轟は足を止め、声の方を振り返る。神妙な面持ちの旦那天野を見て、しかし轟の態度は相変わらずだった。

「そんな深刻ぶった顔されてどうしたんすか。葬式でもするつもりっすか?」
「娘は、無事何だろうね? ……などとは聞かん。人事を尽くして天命を待つさ」
「天命ってアレっすか、天野の命ってところとかけてたりするんすか? 笑えない」
「……君の人間性はともかく、腕は聞いているし、信用している。ただ、我々の不安も理解してほしい」
「これから俺が尽くすのは人事ではないし、俺に人間性なんか無いっすよ。俺はただの……」

 一瞬、轟の言葉が止まった。彼女の、微かに下唇を噛む仕草に、旦那天野は気が付いた。目線は旦那天野からはずし、どこか違うところを見ている。少し短く呼吸をする。

「ただの、人外ですから」

 哀しい目だと、旦那天野は思った。旦那天野は轟の事情を全て知っているわけではない。国の要職についてる身分で、一捜査官の事を把握しているわけがない。しかし、彼女と同じ目をする人間を、旦那天野はよく知っていた。

「何ジロジロ見てるんすか。妻子ある身で若い女ガン見して。やらしい」
「もしそういう目で自分が見られているのだと思う気持ちがあるのなら、君は紛れもなく自意識過剰だし、人間だ」
「フォローしてるつもりなら、出来てないんで、ハズいっすよ。やれやれだぜっす」

 そう言って轟は旦那天野に背を向けてアパート跡を離れる。風が冷たく感じた。

「……まだ夜には早いんだよな……」

 轟はそう言って空を見上げる。まだ若干明るい。轟はあたりの目を確認する。周りには誰もいない。その事を確かめると轟はくっと足に力を入れて、飛び上がる。大した助走をつけた訳でもないのに、轟の身体は高く飛び上がり、道の横の塀に飛び乗ると、更にジャンプを繰り返して近くの民家の屋根へと飛び乗る。人間離れした動きを、轟は顔色一つ変えずにやってのける。
 そして町の方を見ながら、轟はゆっくりと目をつむる。感覚を研ぎ澄ませて、何かを感じ取ろうとする。

「……よし」

 轟は何かを感じ取ったのか、ゆっくりと目を開き、その人間離れした動きで屋根をトントンと飛び移りながら町の中へと消えていった。



 イタッチは少しずつ暗くなっていく住宅街を、小走りで駆け抜けていく。いい年をして、暗闇が怖いなんて事は思ったりはしない。ただ、ただリサに会いたくないのだ。
 西地区のアパート跡は今警察が調べている。そこにリサは行かないだろう。イタッチも行かないのだ。だとすれば、リサはイタッチに会おうとして、街をうろついている可能性だってある。
 リサの居場所がアパート跡に固定されているのなら、無視を決め込めばやり過ごせる。だが、そうではないのなら。心を読めるリサに会ってしまえば、家の場所を読みとられて、先回りされて、アウトだ。そっからどう逃げようが、全て行き先を読みとられてしまうだろう。だが、家にさえ辿り着けば、とりあえず今日はやり過ごせる。イタッチはそう踏んでいた。
 そうして焦っていると、大概注意力が散漫になるものである。イタッチはここを過ぎればすぐ自宅という狭い交差点の横から、目の前に何か小さなものが飛び出してくる事に直前まで気づかなかった。

「うわっ!」
「ニャアッ!」

 鳴き声を上げたその小さな生き物は、軽い身のこなしでイタッチの事をひらりとかわした。その生き物の前を通り過ぎた後で、イタッチは振り返って確認する。鳴き声で分かっていたが、やはり猫だった。

「お、驚かさないでよ……!」
「ミャォウ」
「……?」

 そう、猫。どれだけ見ても紛れもない猫。にも拘らず、イタッチは奇妙な違和感をこの猫に感じた。その感覚が何なのか、すぐには分からなかった。だが、まるでどこかで見たことあるような、言えばデジャ・ヴュのような、だがしかしその猫にまるで心当たりがない心地悪さに、イタッチは背筋が震えるのを感じた。
 イタッチは首を軽く左右に二度ほど振ると、猫に背を向けて自宅へと駆け出した。猫にかまっている暇は無い。家に駆け込まなきゃ。そう考えた。

「そう、猫にかまってる暇なんて、イタッチには無いよね〜」
「っ……!」

 イタッチは足を止めた。目の前にいたのは紛れもなく、リサだった。何と言えばいいのだろう。

「最悪だ……会わなければ、家の場所なんて知らないはずだからやり過ごせたはずなのに……! 何で家の場所を知ってるんだ……!? って思ってるでしょ? でも、そう。イタッチの考えてる通り。いや、それ以上に。私、何でも分かっちゃうんだー。すごいっしょ? うぇへへー」

 そのリサの緩い笑い方さえ、イタッチには不気味に思えた。だが、怯えたり、或いは変に反発しすぎても、リサの思うつぼだろう。イタッチは自分の呼吸が落ち着くのを待たずに、話しかけた。

「……あんたになら説明の必要無いだろうけど。アパート跡の警察。私が呼んだんじゃないから。でも、警察にはあんたが犯人だって喋ってる。どうやったって、あんた逃れられないよ」
「……そう言う冷静ぶるところ、私、大っ嫌い。クラスのみんな、私の事怖がって言うとおり動いてくれてるのに。あんたたち3人だけなんだよ。私の、言うとおりにならなかったのは」
「コマコは、ああいう性格だから、従う従わないって概念が根本から無いだろうね。天野は……まぁ、お嬢様だし、というか、あんたと接点ほとんど無かったから、正直気づいてなかった可能性あるし。……まぁ、私にとっては、どうでもいいんだけどさ。周りのこと、なんて」
「……そう、あんたたち3人だけが、他のみんなと違うんだ。何かが、違った。でも、それが分かったんだ。あんたたちには共通点があったのさ」
「共通点?」

 リサの話に興味を持ったふりをして、イタッチは様子を伺っていた。リサの言うとおり、リサはイタッチの家を本来知らないはずである。なのに、待ち伏せが出来た。ということは、リサの力は単純に心を読む程度ではなく、相手の知っている事なんかも読みとれる可能性が高い。こうして色々思考を巡らせることも、リサには読みとられてしまうだろうが、それは分かって上で、イタッチは色々と考えた。
 短絡的なリサの事だ。挑発をすれば、理性を欠いてボロを出してくれるかもしれない。しかし、イタッチが一体どうやって挑発しようかと考えていたその時だった。

「3人の共通点。それはね……3人が人間じゃあないってことさ」
「……」

 イタッチの思考が止まった。リサの言う予想外の「共通点」に、頭の中がはてなマークで埋まる。

「あはっ、そのリアクションやっぱ面白い! 天野の時もそうだったよ。何言ってるんだこいつは……みたいな表情でさ! でも、安心して。そんなこと、あんたは理解する必要ないの。すぐに、私を馬鹿にした事を後悔させてあげる。……そしてっ!」
「っ!?」

 自らの言葉も言い終わらぬうちに、リサはイタッチに向かって走り出す。リサには、イタッチの事が丸分かりだった。いつ走り出せば、イタッチは逃げ出すタイミングを失うか、全て手に取るように分かるのだ。
 例えば朝のように、リサが思考を読もうとしていない時であれば、言葉でリサを怒らせて冷静さを失わせる事は出来るかもしれない。しかし、最初から心が読まれている状態では、イタッチがいくら思考を巡らせたところで、その思考がリサよりも上手になる事はないのだ。
 とっさの事に、イタッチには何も反応できなかった。ただリサの接近を許し、リサの伸ばした手が、自らの首筋を捉えるまで、何も抵抗できなかったのだ。

「ガッ……!?」
「……何が起きたか理解できていない。何故こんな住宅街で堂々とこんな事が出来るのか理解できない。何故私がこんな事をしているのか理解できない。そう! あんたたちは! 理解できる私の前で! 理解できないままその姿を変えていくの!」
「グ……ふざ……けるなぁぁっ!」

 イタッチはリサの手を振りほどく。リサはその行動さえ、予見できていた様子だったが、純粋に力負けしたのか簡単に腕をはじかれる。

「ゲホッ……! な、何を言ってるのリサ……! あんた、おかしいよ! 狂ってる! 何言ってんのか、全然分からない!」
「……そうねぇ、じゃあ、例えば……そっと首筋に触れてごらん」
「首筋……ッ!?」

 リサに触れられた首筋に、イタッチは恐る恐る指を触れ、違和感に気付く。
 何か、毛が生えているのだ。柔らかな、何かが。

「あんた、3人の中で一番口数多くて、嫌なの。だから真っ先に、喉から変えちゃえって思って」
「な、何をしたの!? 私に……ッ、く、苦しっ……なにコ、キュ……!? こ、声ガ……ツブ……キャ、グゥゥッ!?」

 喉が、おかしい。声を出そうとしても、まるで動物の鳴き声のようになってしまう。イタッチはあまりの気持ち悪さに、その場にひざまずいてしまう。

「貴方の変化はどこから? ……そう、喉からどんどん変わっていくの! 貴方の、本当の姿に、獣の姿にね!」
「キャゥゥ……!?」

 もう、人の言葉が話せない。イタッチはその事実に愕然としたが、それは変化の始まりでしかなかった。次に感じたのは、喉だけじゃなくて、全体が何かに潰される、或いは何かに押し付けられるような感触。まるで自分の身体が小さくなっていくような。

「小さくなっていくような? いいえ違う! これは! 私自身が小さくなっているんだ! ……なーんて、代弁してあげてみたんだけど、どうかしら?」
「っ……!」

 リサのからかいに、反応などしていられなかった。自分の身体が縮んでいく。それと同時に、もう一つの変化もイタッチは気づいていた。喉元から生え始めた毛が、全身を覆い始めたのだ。
 イタッチは、自分の身に何が起きているのか、把握は出来ないし、信じられないし、信じたくないが、予想は出来た。
 リサの言うとおり、姿が変わってしまうのだ。獣の姿に。

「ガッ……ゥゥゥ!?」

 毛の生えるのと呼応するように、生えた個所の骨格が変わっていく。白く短く柔らかな毛が顔を覆っていくと、イタッチの顔は二回り以上小さくなり、顔の形が大きく変化する。鼻先は前へと突き出し、鼻の先がピンクに色づく。小さく小さくなった口の中は、小さな小さな、だけど鋭い牙が並ぶ。
 髪の毛はまるで逆再生のように消えていき、代わりに耳が頭の上に丸く、ちょこんと生えた。耳にもやわらかな毛が生えている。
 身体はどんどんどんどん小さくなり、イタッチの身体は制服の中に埋もれていく。制服の中で彼女の身体はますます毛で覆い尽くされていく。腕と脚は短くなり、手足の指先からは鋭い爪がのびる。それは手と足と呼べる大きさ、形ではない。獣の前足と後足そのものだった。

「ギィ……キュゥゥゥゥ……」

 全身を覆う痛みによって、イタッチは……イタッチだった獣は制服の中で震えていた。何がどうなってしまったのだろう。イタッチは自分の姿を確認する事が出来ずにいた。

「イタッチ……あんた、何で自分が"イタッチ"って呼ばれるのが嫌なのか、その本当の理由、自覚してなかったでしょ?」

 制服の中にいる獣からは見えないが、恐らくリサは制服の上からイタッチに声をかけているのだろう。次の瞬間急にあたりが暗くなる。それはリサの陰だった。リサは手を伸ばし、その場に脱ぎ棄てられた制服を拾い上げる。中から、バランスを崩した一匹の小さな獣が転がり落ちる。

「ピィィッ!?」
「理由は単純。イタッチって言葉が、自分の正体を連想させて、怖かったのさ。……そう、あんたはもうイタッチ、でさえない。ただの、イタチさ!」

 イタチ。その言葉がイタッチ……だった獣の小さな小さな耳に飛び込む。獣は慌てて二本足で立ちあがり、自分の姿を確認する。
 そう、二本足では立てるのだ。しかし、その脚はとても短く、手も同じぐらい短い。それに反して胴体は長く、バランスを取るのが難しい。
 手は……手じゃない。もう、前足だ。鋭い爪を持つ、獣の前足だ。かろうじて小さなものなら持てるかもしれないが、人として出来る事の、ほとんどは出来ないだろう。
 お尻からは長い何かが生えている。……それが尻尾である事にすぐ気付いたが、気づいた瞬間に獣は絶望した。
 自覚し、自認したのだ。自分の身体が、一匹の小さな獣に、イタチになってしまったことに。

「あはっ、あははっ、いい、いい! 自分が動物になってしまったことに対する絶望! それがあんたの正体! それが、私を怒らせた代償! お似合いの姿だ!」

 この、小さな獣の姿が自分の正体?
 この、非力な獣の姿が?
 イタチは小さくなった頭で必死に考えようとするが、頭の中さえ自分の毛のように真っ白になってしまい、もう何も考えられなかった。
 イタチになってしまった自分は、どうなる?
 学校には……通えない。すぐ目の前に家があるけど……帰れない。助けを呼びたくても……出るのはイタチの鳴き声。コレが悪い夢だと思いたくても、身体に感じる変化の痛みが、コレが夢でない事を証明している。
 じゃあ、これからどうすればいい? 今すぐにでもここから逃げる? イタチの姿で? 相手の心が読めるリサから? どうやって?
 仮に逃げ切れたとしても、その後イタチの姿のままなのだろうか? いつまでイタチの姿で生きればいい?
 明日まで?
 1週間?
 1カ月?
 1年?
 ……一生?

「あはははは! そうさ! 一生あんたはイタチのまま! あんたが伊達美紀だったって知ってるのは私一人……あんたは他の誰にも、自分だって気づいてもらえず、イタチのまま生きていくのさ!」

 追い打ちをかけたつもりでいるリサの言葉なんて、イタチの耳には入ってこなかった。ただじわじわと、心に、現実が、押し寄せて。
 こみあげてくるこの感情が、寂しさなのか、悔しさなのか、惨めさなのか、イタチ自身にも分からなかった。ただ、ただ、やり場のない、このどうしようもない感情が、やがて溢れだして、イタチの小さな小さな目からこぼれ落ちるのに時間はかからなかった。

「泣いたって、もう無駄。……悪いけど、あんたを欲しがっている人がいるんだ。大人しく捕まってもらうよ!」

 絶望に身動き一つ取れないイタチに、リサがゆっくりと手を伸ばした、まさにその瞬間だった。

「ハイ、それま〜で〜ョ〜、ってね」
「っ!?」
「どんなこと言われてその気になって、こんなことしてるのか知らねぇけど、俺からすりゃあ、フザケヤガッテフザケヤガッテフザケヤッテコノヤローってやつだよこれ」

 口は悪いが、それは紛れもなく女の声。しかも、その声にそれまで身動き一つ取れずにいたイタチがぴくんと反応する。その声に、イタチは聞き覚えがあったのだ。イタチはその小さな前足で目元の涙で濡れた毛を拭う。そして、声の方を振り返り、しっかりと声の主を確認する。
 ……間違いない。そこにいたのは、あの刑事の女、轟篝だった。

「だ、誰!?」
「誰? ってこたぁないだろう。まぁ、あえて言えば、あれだよ。ただの通りすがりの主人公……もしくは」

 女は懐から警察手帳を取り出し、リサに付きつける。

「警視庁捜査零課0係、"マルヨウ"筆頭、轟篝。あんたの罪……いただきにまいりました」



【マルヨウ・実】に続く
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posted by 宮尾 at 00:26| Comment(0) | マルヨウ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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