ラベンダーフォックス 第8話「同属嫌悪!2人は似たもの同士!?」
【人間→獣人】
気付いた時、そこはいつもの夢の世界だった。一面に広がるラベンダー。その中を身が隠れそうになりながら走り抜ける1匹の狐。 狐は急ぐ。今日こそ、確認しなきゃいけない。この先にいる彼等が、何を言っているのか。このラベンダー畑の意味を、知らなきゃいけない。
駆け抜けた先には、いつもと同じように草原が広がっている。私の目線の先には、いつもと同じように、 白い狐と黒い人狼がにらみ合いながらお互い威嚇するかのように向かい合っている。空気が、ピリピリと張り詰めている。私は、 口に溜まった唾を飲み込み一歩、ゆっくりと草むらから歩み出る。躊躇していられない。この距離じゃ隠れていたって声は聞こえない。 例え気付かれたとしても、もっと近づかなきゃ。
そう思ってニ、三歩踏み出すとやはりと言うべきか、白狐がこちらの方に気付いたようで、私のほうを振り向いた。彼と私の目線が合う。 私は思わずユキ、と声をかけそうになるが、遮るように白狐の口がゆっくりと開き、何か言葉を口にする。その声は、私の耳に届いた、けど。
『・・・ぇ・・・!?』
私は、狐の目を丸くして白狐の方を見つめ返す。彼は今まで見たこと無いような鋭い眼光で、私のほうを睨みつける。 私は急に頭が真っ白になってしまいそこに呆然と立ち尽くしていたが、その途端私の周りを黒い光が覆っていく。夢の世界が、壊れていく。
『まって!今の・・・どういうこと!?』
私は消え行く世界の向こうにたたずむ白狐と人狼に向かって叫ぶ。だけど、返事は無い。広がっていく黒。消えていく紫。 ちっぽけな狐は自分の夢なのにどうすることも出来ずに、非力な自分を悔いながら、世界に堕ちていく。白い狐が放ったその言葉を、 頭の中で響かせながら。
君のせいだ。
気付けば私はいつもどおりベッドの上にいる。だけど、汗がすごい。呼吸も少し乱れてしまっている。そして、 耳にはユキの声であの言葉がまとわりついていた。『君のせいだ』と言われて、何が何故私のせいなのか、皆目検討はつかない。 そもそも夢の中の出来事なのだから深く考えるものじゃないのかもしれないけど、 ここまではっきり夢の中にユキとウォルブレインが出てくるのだから、私にはこれが何かを暗示しているのではないかと思えて仕方が無かった。
唾を飲み込み、一つため息をはきながら私はベッドから降り、ゆっくりと背筋を伸ばす。そのままのっそりとした足取りで洗面所へ向かい、 さっとタオルで汗をふき取った後、顔を洗う。鏡を見ると、映るのはいつも通りの私。
「ぅしっ」
小さく呟くと、洗面所を後にして朝ごはんの支度を始める。その内に景輔と姉さんが起きてきて私の作った朝ごはんを食べ始める。 いつも通りの朝が、いつも通り過ぎていく。・・・けどその時、 景輔が携帯電話のディスプレイを見て何か考え事をしているように黙り込んでいることに気付いた。
「ちょっと景輔、行儀悪いよ。食事中に携帯見るなんて」
「ぇ?・・・あぁ、うん、ごめん・・・」
景輔は一度私のほうを見るために首を上げ、すぐに視線を携帯に戻し、 またしばらくじっと見ていたがやがて惜しむように携帯を閉じ再び食事を続ける。私は首をかしげながら問いかける。
「何そんなに真剣になってるの?メール?」
「姉さんには関係ない」
「・・・まぁいいけど、変なことはしないでよ?」
「しねぇよ」
景輔は口を尖らせるようにしてそう答えた。私は一つため息をついてコップに入ったミルクを飲み干す。いつも通りの朝が、 いつも通り過ぎていく。だけど、私の頭の中はいつもと違う、夢の中のユキの言葉でいっぱいだった。そして景輔の頭の中でも、 何かがめぐっているようだった。いつも通りの朝のはずなのに、いつもよりずっと静かに感じた。
イノシシ獣人との戦いから1日あけた。ようやく一人で戦い、一人で敵に勝つことが出来た。 それは私にとって本当の意味でラベンダーフォックスとして独立し、戦いに身を投じることを意味している。ユキ抜きで戦うこと。 それは万が一の時には自分一人で変身の判断をして、自分一人で戦わなきゃいけないときがあることを示している。 いよいよもって私がラベンダーフォックスであることが避けられなくなってきた。
勿論、戦うことに抵抗が無いわけじゃないけど、ここまで来た以上引くことが出来ないんだなと再確認し、決意を新たにする必要が有った。 そして思うのは、知ることの大切さ。やっぱり私にはまだ味方のことも敵のことも分からないことだらけ。 こんな状態で戦い続けるのは良くない。聞くべき事は、もうしっかり聞かなきゃいけない、そういう時期なんだ。戦う理由、戦う相手、 きちんと理解しないと、この戦いそのものを混乱させかねない。
事実、昨日のイノシシ獣人が本当に私の戦うべき相手だったのかという確証は何も無い。ユキから聞いているのは、 私の敵がウォルブレインとヴィスタディア、彼等が作り出すモンスターたち。しかし、 あのイノシシはウォルブレインの仲間だという確証が無いどころか、むしろそうではない可能性のほうが高い気がしてならない。 だとしたらい一体何者なのか・・・だけど、考えれば考えるほどまとまりを欠いてしまう。
私は小さくため息をつきながら、学校の廊下を進む。・・・ラベンダーフォックスとして本格的に戦いを始めるからといって、 学生としての生活を疎かにするわけにはいかない。気になることは山ほど有るけど・・・とりあえず学校に着たんだから、 気持ちを切り替えて女子中学生、青藤光音として普通に生活することを心がけなくちゃ。
そう思い、私は教室のドアを開けた。
「あ、やっぱり会えたね」
「・・・」
教室の後ろ側、廊下に近い席に座っていたその少年は私が教室のドアを開けるなり笑顔で私のほうを見て声をかけてきた。それを見て、 思わず私はドアを閉めてしまう。
その少年に見覚えがあった。この学校で見たんじゃない。他の場所で会っている。私は必死に記憶を手繰り寄せる。そして・・・ 一つの記憶が呼び起こされた時私は改めて勢いよくドアを開き叫んだ。
「工事現場男ッ!?」
「僕の呼び名ソレッ!?」
私の叫びから僅かに間をおくようにしてその少年も叫ぶ。改めてその少年を見る。その顔は間違いなく、昨日変身を解いた工事現場にいた、 あの少年だ。彼が、私の学校の制服を着て、私のクラスの席に座っている。だけど・・・。
「昨日までいなかったじゃない・・・!?」
「・・・それは・・・」
「それは、日高くんが病弱だからなんだ」
「・・・雨宮くん」
私が声のほうを振り返ると、雨宮くんがこちらに向かいながら説明をしていた。
「彼は日高悠里(ひだかゆうり)。正真正銘ウチのクラスの生徒だけど、元々体が弱くて学校は休みがちなんだ。 今学期は始業式から着てないから、今日が初登校だよ」
「そう・・・なんだ」
「説明ありがとう、雨宮。・・・だけど」
工事現場の少年・・・日高くんは雨宮くんのほうを振り返り、椅子から立ち上がった。
「自己紹介ぐらい自分で出来る。わざわざ紹介してなんて頼んでないけど」
「面識ある僕から説明受けたほうが青藤さんだって安心しやすいと思って」
「だからって、それはお節介だろ?僕が自分で名乗らなきゃ、こういうのは失礼じゃないか?」
「日高くん、病弱だし」
「体のことは関係ないだろ」
「関係なくないよ。大概君が自己紹介したら病弱ってこと言わないんだから」
「言う必要が無いからだよ。僕が病弱って分かったって仕方ないじゃないか」
「クラスメイトなんだから、互いのいい部分だけじゃなく、弱い部分もきちんと知ってなきゃいけないよ」
・・・あれ?私そっちのけ?雨宮くんと日高くんは互い明らかに作っていると分かる笑顔で互いに向かい合い交互に言い合う。・・・ 擬音で言えば、ピリピリと言うか、バチバチと言うか、ゴゴゴゴゴゴと言うか、兎に角聞こえない何かが聞こえそうなほど空気が張り詰めている。
「あーあ、始まっちゃったね」
「え?」
不意に私の後ろから女の子の声が聞こえて、慌てて後ろを振り向いた。髪の短いボーイッシュな少女が、 私越しに笑顔でにらみ合う2人を呆れたような表情で見ていた。
「・・・あぁ、私?私は柊知子(ひいらぎともこ)。このクラスの出席番号42番。サッカー部のマネージャやってる」
「あ、ごめんなさい。私まだ顔覚えてなくて・・・」
「いいって。席離れてるから、覚えようがないと思うし」
柊さんは笑いながらそう言ったが、視線は相変わらずバトルが続く2人の方に向いている。私は柊さんのほうを振り返って問いかける。
「ねぇ、柊さん・・・」
「あ、知子って呼び捨てでいいよ。苗字で呼ばれたり、さん付けされるの、嫌いなんだ」
「ぁ・・・えー、と。とも・・・こ・・・でいいのね?・・・2人っていっつもこの調子なの?」
「大体ね。私は中1からだから、詳しくは知らないけど、その前から余り仲は良くないらしいね」
「ふぅん・・・」
「まぁ、こうして言い争うってことは、口も聞きたくないほど嫌い、ってわけじゃないみたいだし。まぁ、 互いに嫌いじゃないんだろうけど、馬が合わないとか癪に障るとか、いるだろ?そういう奴って」
「・・・同属嫌悪かな・・・」
「え?」
私の言葉に、柊さん・・・知子は私のほうを振り返り聞き返す。
「・・・いや、何となく似てるかなって。2人が」
「あー・・・言われてみれば・・・実際、成績とかもどっちもいいし・・・顔も同系統で近いし女にもてるし。 ライバル意識は有るのかもね」
「ライバル・・・」
私も2人の様子を見ながら、少し頷く。知子は面白そうに2人の様子を見ていたが、私はふと気になることがあって、 2人のやり取りを遮る。
「ちょっといい?」
「・・・何?」
「日高くん・・・だっけ?昨日私とまた会える・・・って言ってたよね?何で分かったの?」
彼は私のその問いを聞くと、私のほうを振り返り一つ小さくため息をついて答えた。
「昨日の自分の服装、考えたら?」
「・・・あ・・・」
・・・確かに、昨日彼に会った時には制服を着ていた。この学校の生徒であることをそれだけで示している。
「見たこと無いから転校生だってすぐ分かったし、名札でクラスも分かったからね」
「じゃあ、あの時そう言えばいいのに・・・大体なんであんなところにいたの?」
「病院帰り。薬貰って帰る途中で眠くなったから。あそこ人来なくて静かだから昼寝に丁度いいんだ」
日高くんはまるで当たり前のことを言うような口ぶりでそう答えた。・・・病気って何だろう・・・聞いちゃ・・・やっぱまずいのかな・・ ・?
私が聞こうかどうしようか躊躇しているうちに、チャイムがなってしまった。しばらくして山吹先生が教室に入ってきて朝の会が始まる。 私は一つため息をつきながら、自分の席から日高くんのほうを見た。彼の出席番号は大分後だから、教室の廊下側に席がある。 彼は何処か冷めたような雰囲気で先生の話を退屈そうに聞いていた。・・・病気がちだからだろうか、 肌は他の健康的な男子よりも僅かに白っぽく見える。極端ではないけど、でも丁度廊下側で暗い彼の席の周りは、彼一人だけ雪のように白く、 浮いて見えた。私は、何故か彼に目線を奪われつつも先生の方に視線を戻した。
そして授業、昼休み、給食。学校2日目も何事もなく一日を終えた。一つため息をつきながら学校の外へと出る。その時、 後ろから声をかけられる。
「ぁおふ・・・じ・・・さん・・・」
「・・・あ、梅本さん」
私の後ろを梅本さんが追いかけるように歩いてきていた。
「今日も・・・一緒に・・・帰っても・・・いい・・・かな・・・?」
「ぇ・・・うん、勿論」
私は笑顔でそう答える。と同時に言葉を続ける。
「昨日は御免ね。急に・・・あの現場が気になっちゃって」
「ううん・・・気に・・・しなくて・・・いいの・・・」
梅本さんも微笑み返してくれた。私達はそのまま二人並んで帰ろうとしたけど・・・その時。私のポケットからベルのような音が鳴り響く。 携帯電話じゃない。この音は・・・華核の音。多分・・・ユキが私のことを呼び出そうとしているんだ。
「ごめん、梅本さんちょっと待ってて」
「ぇ・・・うん・・・」
そう言って私は携帯電話を取り出して、それを開き電話に出る素振りをする。その手の内に華核を隠し、 それが梅本さんや周りの生徒に見えないように、上手く体で隠して。そして、華核のボタンを押す。
「・・・もしもし?」
『あ、光音?今・・・学校にいる?』
「うん・・・そうだけど、どうしたの?」
『今から学校の屋上に来れる?』
「・・・そっか・・・」
多分、何か話があるんだろう。行かないわけにはいかない。私は一瞬梅本さんのほうを振り返る。梅本さんは首を横に傾けた。
「・・・分かった。ちょっと待ってて」
『うん』
そう言ってユキの声が途切れる。私は一つため息をつき、梅本さんの方を振り返る。
「ごめん、梅本さん・・・弟に頼まれていたもの、教室に忘れてきちゃったみたいで・・・悪いけど先帰っていてもらってもいい?」
「ぇ・・・ぁ・・・」
梅本さんは少し寂しそうな顔を一瞬見せるがすぐに笑顔に戻って、返事をしてくれた。
「うん・・・いいよ・・・」
「ありがとう・・・ごめんね」
そう言って私は、梅本さんの横を通り過ぎて校舎へ向かって走り出す。ユキが私に会いに来たということは、 また何か重要な話があるからだろう。昨日の戦いのことか、父さんのことか・・・。それに屋上は、私とユキが初めて出会った場所。 そういう意味でも意識は屋上に集中していた。だから・・・。
「・・・姉さん・・・?」
だから、廊下で景輔とすれ違ったことも、声をかけられたこともまるで気付くことができなかった。
ラベンダーフォックス 第8話「同属嫌悪!2人は似たもの同士!?」 完
第9話に続く
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
確かに偶然としちゃ出来すぎてますよね。・・・じゃあ偶然じゃないとしたら・・・?今後はそのあたりに少しずつ焦点を当てて書いていければと思っています。
7話の時は、何となく感じが似てる気がしたので、
少年=
だと思ってたんですが…。
会話、様子はかなりそれっぽい感じ…休みがちというのもかなり怪しいです。そこは後のお楽しみということ正体が明かされるのを楽しみに待っています。
あとは夢の中でのセリフと、途中ですれ違った弟の様子も気になります。
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
悠里は、お読みいただいたとおりの性格、キャラです。そんな彼の存在そのものが意味することは・・・これからのストーリーを是非ご期待下さいw
そして景輔も少しずつ出番がありますが、彼が今後どのようにストーリーに絡んでくるかもうまく書ければいいなと思っています。