PBE Beginning 第7話(最終話)
【人間→ポケモン】
歓声が聞こえる。スタジアムに溢れんばかりの観客が、これから始まるショーを心待ちにしている。ショーの主役は2匹のポケモン。 この春PBEが捕獲し、ショーバトルが出来るようになるまで調教したヒトカゲとチコリータ。今日はその新しい2匹のポケモンのデビュー戦。 これから始まるゴールドやプラチナの激しいバトルの前に、初々しいポケモン同士のバトルを前座として楽しんでもらいたい。
というのが対外的な設定だ。そのヒトカゲもチコリータも、その後に登場する多くのポケモン達が人間が変身した姿だということは、 恐らく観客の誰一人として知らないだろう。だからこうしてステージに立っているチコリータが内心何を考えているのかなんて、 きっと誰も考えていない。初めてのバトルで緊張をし、バトルとはいえ大切な相手を傷つけることに戸惑い、 しかし自分と相手だからこそ出来るバトルを見せたいと期待に胸を膨らませている事は、観客どころか私以外の誰一人分からないだろう。
私は一通り観客席を見渡した後ステージの反対側にいるポケモンに視線を移す。 ヒトカゲもまたその青い瞳に自らの尻尾に揺らめく炎よりも熱い闘志をみなぎらせている。
「それでは両者前へェ!」
司会の声が高らかと響く。その声にあわせてヒトカゲとチコリータは前へと歩き出す。そして再び私達は視線が合う。ヒトカゲ・・・ リョウの瞳にはチコリータ・・・私に対して、いいバトルをしようと目で話しかけているようだった。私は周りに気づかれないように、 リョウにだけわかるように小さく首を縦に振る。わかってる、大丈夫。私とリョウなら、きっとみんなを楽しませる事が出来る。 私にはその確信があった。
ヒトカゲは炎、チコリータは草。両者の実力に差が無いとすれば、相性から言ってリョウの方が有利だ。だとすれば、 考えられるシナリオは大別して2つ。ヒトカゲ相手にチコリータは苦戦するものの、奇跡の大逆転を遂げるか、 それとも善戦するが最後は力尽きるかの二択。状況に応じて盛り上がるほうを選択しなきゃ行けない。勿論、 前者の方が面白いバトルにはなるだろうけど、バトルの流れでリョウが手加減するなど不自然な点があってはいけない。 あくまで盛り上がる方法を観客の様子を見ながらとっさに判断しなければならない。それってかなり難しそうだ。
「ヒトカゲ対チコリータの新入戦、制限時間内に相手をダウンさせたほうを勝ちとする!両者構えェ!」
司会者のその声が聞こえると、リョウは静かに手の指を小さく動かす。・・・肉弾戦で来るつもりなの・・・? 私は彼の手から視線を彼の顔へと移す。私のその様子を見たリョウは静かに首を横に振る。・・・つまりフェイク。多分、 肉弾戦で攻めると見せかけて、別の攻撃を仕掛けてくる。だとすれば私は、 それに引っ掛かりそうになりつつもギリギリでかわすか耐えるかしてカウンターを仕掛けるのが良しだろうか?頭の中で数手考えた私は、 四肢に力をいれ走り出す準備をする。今度はリョウが私の目を見て確認を促してきたから、小さく首を縦に振った。 私の方はまずは小細工無しで突っ込む。調教したてのポケモンなら、やや慎重さに欠けていたほうが自然だろう。互いに派手なワザが無い以上、 攻撃の打ち合いに持ち込んで盛り上げる布石も必要だ。
そして私達二匹は互いに相手を睨みつけながら構えたままじっとしている。会場全体が、始まりの時を静かに待っている。 張り詰める緊張感。まだ体を動かしてさえいないのに、そのプレッシャーで少しだけ私の呼吸が荒くなる。 全ての視線がステージ上の小さな2匹のポケモンに向けられる。誰もが、ただ一つの言葉を待っていた。そして司会者は息を大きく吸い込む。
「始めェッ!」
その号令と共に会場全体に鐘の音がカーンと鳴り響いた。その瞬間に既に私達は互いに向かって走り出していた。 まずは真っ向勝負を挑む私に対して、リョウが一手先を読んで先制を仕掛ける・・・私の読みとリョウの読みが一致したか、最初の一手で分かる。
私はそのままリョウに向かって突っ込んでいく。体は加速していき止らない。リョウも全力で私に向かってくるが、 私が彼にたいあたりを仕掛けようとした瞬間、右足を軸に体を左にひねらせ、左足を後ろにつくと大きく後ろへ、 私から見て左の方向へ飛びのける・・・速い!やっぱりヒトカゲの方がスピードには優れている。 私は彼の動きを捉えるために慌てて四肢に力を入れてブレーキをかけ、ヒトカゲの方を見た・・・が、リョウの方がここは一枚上手だった。
「チコォッ!?」
既に私の方をめがけて無数のひのこが飛んできていた。私は止めかけた足を再び動かし何とかそのひのこの雨を駆け抜ける。が、 これだけの攻撃を完全に避けることは出来なかった。直撃は無かったが、草タイプの私には僅かな炎でも致命的なダメージになりかねない。 事実私は体力の減少を実感している。このままだと一方的な展開に・・・。そう思っていた時、突然背後に気配を感じた。
『うしろッ!?』
「カゲェッ!!」
振り向いた瞬間に、鋭い爪を持つヒトカゲの拳が私の体を直撃していた。丈夫なチコリータの体では大きなダメージにはならないが、 そのインパクトで私の体はバランスを崩してしまう。・・・スピードじゃやっぱり勝てない。 ひのこに気をとられてリョウを目で追えてすらいなかった。けど、これで間合いは一気に縮まった。私は揺らいだ体、 揺れる視線でしっかりとリョウに狙いを定めつるを放ちリョウの腕に巻きつける。
『うわッ!?』
油断していたのか、私のこの動きを読んでいたのか、それは分からないものの、リョウの体も私につられてバランスを崩し前のめりになる。 ・・・バランスを同時に崩した時に、どっちの方がボディバランスに優れているのかはハッキリしている。足の多いほうが有利。 既に体勢を立て直した私はその至近距離から思いっきり駆け出し、 未だふらつきながら地面に手をついているリョウ目掛けて思いっきりたいあたりを仕掛ける!
「チィコォォッ!!」
「カゲェッ!?」
ヒトカゲは直前で体勢を立て直したが、その事が余計に私のたいあたりを直に受ける形になる。ヒトカゲの体は一瞬宙を舞うが、 素早く空中で姿勢を建て直し、地面に降りてもダウンせず右手を付きながらもしっかりと体を立たせていた。 私はたいあたりの勢いそのまま少し走っていたが、ヒトカゲが着地に成功したのを見て私は彼のほうを見ながら足を止める。 互いに動きを止めて相手をじっと見詰める。と、その張り詰めた空気を裂くかのように観客が一斉に歓声を上げた。
「いいぞー!チコリータ!」
「頑張って!ヒトカゲ!」
私達二人はそんな観客たちを見上げる。・・・勿論、突然の大声に慣れていないポケモンが驚いてしまった、という小芝居は忘れない。 でも、その声が会場全体を揺るがし、私の体に染み入る感覚は、きっと忘れる事は無いだろう。もし今この瞬間に人の姿だったなら、 私の全身は鳥肌が立ち、熱い血が滾るのを感じていただろう。様々な声が入り乱れているのに、 その多くの声一つ一つが私の耳にしっかり聞こえてくる。
私はこの瞬間に誓った。スタジアム全体が一つになっているこの感覚は、きっとこれから何度も訪れるだろうけど、この歓声を、笑顔を、 臨場感、迫力、このバトルで観客に与えられる楽しみを全て与え、それを守っていこうと。今までPBEが私にそれを与え続けてくれた分を、 今度は私がPBEとして、ポケモンとしてみんなに与えていこうと。しっかりと、この光景を目に、歓声を耳に焼き付けながら。
そして私は再びヒトカゲと向かい合う。ヒトカゲの表情を見ると、彼もまた何かを得たような、満ち溢れた表情をしている。きっと、 リョウも私と同じことを考えたんだろう。昔から思考回路は似ていたから、何となく考えている事はわかる。だからこそ、 私はリョウとなら盛り上がるバトルを演じれると確信できたんだし、彼に惹かれたんだろう。・・・だとしたらリョウは・・・ 私と近い思考回路を持つリョウは、私との関係をどう思っているんだろう・・・?
『ぼぅっとするなよ、カナ!』
『ぁ、リョウ、ゴメン!』
私達はお互いに歓声にかき消されないように声をかけた。・・・その直後に辺りを改めて見渡す。・・・大丈夫、 誰も違和感は感じていないようだ。観客からすれば私たちの会話は鳴き声にしか聞こえない。けど、あまりに会話的に喋れば、 そこにポケモンとしての違和感は当然生まれてしまう。私は慎重に辺りを探る。
『・・・大丈夫・・・だね』
『あぁ・・・じゃあ、もういっちょいくぜ!』
「チコォ!」
リョウの呼びかけに、私は言葉にならない掛け声を上げた。そして私達は再び技をぶつけ合う。その攻撃が当たったりかわしたり、 その一挙一動ごとに観客の声援は上下を繰り返す。それはバトルでリズミカルに生じる激突音や衝撃音と相まって、 まるで一つの曲の様に会場全体に鳴り響く。さながらステージは舞踏会。戦う私達は舞うようにステージを所狭しと駆け巡り、 互いの持てる力をぶつけ合う。
『対戦相手はその場限りショーを盛り上げるパートナーになるの』
マイ先輩のセリフが頭をめぐった。そう、今私とリョウ、チコリータとヒトカゲはバトルという一つのダンスを演じる大切なパートナー。 相手の動きを読み、もっとも美しいバトルを演じるためにここに立っている。時にワザをよけ、或いはあえて受け、 会場のテンションが飽きて盛り下がる前に、つまり曲が終わる前に持てる力を全て出し切ってバトルを、ダンスを踊りきる必要が有る。 お互い確実にダメージを与えていき、バトルは終焉を迎えていた。
序盤のたいあたりが功を奏したのか、思っていた以上にバトルは互角に進んできた。しかしやはり炎と草タイプ、 いくらこちらに体力と丈夫さで分があっても総合的に見ればやっぱりヒトカゲの方が有利。 こっちの攻撃が当たっても中々まともにダメージ与えられないのは正直かなり辛い。
もう既に互いの体力は限界。次の動きが最後になるだろう。リョウは再び指を小さく動かす。今度は首を縦に振った。 今度は正面から突っ込んでくるようだ。私はそれを見て一度首を左右に振った。そしてその首をぐるんと小さく回し、 頭の葉っぱを揺らし小さく頷く。はっぱカッターを出す合図。勿論、ヒトカゲには余り効かないから、牽制として先に出すつもり。 それを見たリョウが小さく頷いたのを確認すると、私は今度は思いっきり首を回し葉っぱに反動をつける!
「チィィ、コォッ!」
衝撃波のように鋭い葉が何枚もヒトカゲ目掛けて飛んでいく。ヒトカゲは1枚目、2枚目とかわしていくが、3枚目で足に当たり、 姿勢を崩す。その好機を狙って、私はさっき同様再びたいあたりをねらう。リョウはまだ姿勢を立て直せていない。 私は一気に彼に突っ込もうとする。が、その一瞬ヒトカゲの口元が緩んだのが分かった。それを見て私は事態に気づく。姿勢が崩れたのも、 フェイクだったことに。既に彼の足はしっかり地面に付いていた。彼はまた右足を軸に体をひねり私の攻撃をよける。が、 今度は付いた左足を上げず、そのまま逆に左足を軸にして右足を私目掛けて蹴り出す!
「カアァァ、ゲェッ!」
「チィィッッッ!?」
そのまま勢いよく飛ばされる私の体。ヒトカゲは更に詰みに運ぶためにひのこで攻める。 体勢を立て直せていない今の私にそれをよける術はなかった。
「チコォッ!!」
痛々しいダメージ。私はとうとう膝を曲げ地面に伏してしまう。負けられない・・・負けたくない・・・ その思いで私は何とか立ち上がろうとする。が、その時ふと観客の温度を感じる。「頑張って」という声援も聞こえるが、 大半は小さなチコリータに対して負いすぎたダメージが問題ないかを心配している表情とどよめきだ。そしてヒトカゲの方を見る。・・・ 既に肩で息をしている。私が立ち上がっても、どっちも最早まともなバトルなんて出来ない。後に控えるゴールドやプラチナのバトルのために、 観客の興奮を冷ましてはいけない。・・・悔しいけど・・・。
「チィ・・・コォ・・・」
私は力弱く鳴き声を上げながら、再び倒れこんだ。静まり返る場内。聞こえるのは自分とリョウの荒い呼吸だけ。 その静寂を破るように司会の叫び声が高らかと場内に響く。
「チコリータ、ダウゥン!よってぇ、勝者はヒトォォカァゲェェ!!」
鐘が激しく鳴り響く。それを合図に会場が一斉に沸きあがった。倒れこみながら私はまた、その声援が私の体に染み入るのを感じていた。 全力は出し切った。満足のできるバトルが出来た。その上での敗北。悔いは無い。
『カナ』
『・・・リョウ』
いつの間にかヒトカゲが私の傍まで来ていた。その足は震えている。立っているのもやっとのようだ。 そのヒトカゲがそっと手を差し伸べてきた。
『一応、パフォーマンスはしておいた方がいいだろ?』
『うん・・・ありがとう』
私は彼の手をつるで掴み、震える足に力を入れて立ち上がる。その光景を見た観客はまた一段と盛り上がりを増した。観客の笑顔、歓声。 それを見て自分の選択に・・・この進路を選んだ事も、リョウとの関係も、バトルの判断も・・・全て選択に間違いは無かった事を悟っていた。 その時突然照明が暗転する。
「では!これよりぃ、皆様お待ちかね本戦を始めたいとぉ、思いまぁす!」
司会のそのセリフを聞いて、観客の勢いはどんどん加速していく。私たちの掴みは、どうやら成功と見てよさそうだ。 その時横から小声で人間の声が聞こえた。
「・・・さぁ、今のうちにはけてください。すぐに次のバトルが始まりますから」
「チコォ」
「カゲェ」
私達は互いにそれに返事をすると、ゆっくりと舞台袖へ歩いていく。この舞台に上がるために来た道を当然ながら戻るのだ。 ほんの一瞬のバトルだったけど、私は沢山のものを得ることが出来たような気がした。人々の思い、PBEへの決意、バトルの楽しさ。しかし、 その満たされた心に黒い一筋の光が射す。
『カナ・・・泣いてるのか?』
『・・・え・・・?』
暗闇の中、横を一緒に歩いていたリョウが私を見て言った。私はつるで慌てて頬を拭う。つたう涙。
『あれ?私・・・何で・・・?』
『カナ・・・』
充たされているはずなのに、こぼれ落ちる涙。止まらない。暗闇の中で更に目の前が潤み、視界が悪くなる。目の前が良く見えない・・・ と思ったその時、不意にヒトカゲが後ろに回りその短い腕で私に抱きついてきた。
『え!?ちょ、ぇ、何!?』
『正直に話して』
『・・・え?』
『カナの今の素直な気持ち。俺に話して』
リョウの暖かく優しい腕に包まれて、私の鼓動は再び早くなる。そして、涙はいっそうこぼれ落ちる。私の・・・素直な気持ち・・・。
『・・・凄い充実してる。いいバトルが出来てよかったって思ってる。リョウと一緒にバトルが出来て、本当によかった。・・・けど・・・ 』
『けど?』
『・・・ありがとう・・・言われて分かったよ。・・・やっぱり、私悔しいんだ・・・』
自分の素直な気持ち。リョウに言われて初めて向かい合った。充実しているのは事実。負けを選んだあの瞬間の判断も後悔はしていない。 はずだけど、やっぱりこの一週間頑張ってきた結果負けてしまったことは、悔しいことに違いは無かった。
『・・・もしあの時、カナが立ち上がって俺を攻撃してきたら・・・俺は多分負けてたよ』
『・・・リョウ・・・』
『五分。ぶっちゃけ五分。元々俺の方が相性いいんだから、俺とお前が互角に戦えたって凄い事だろ?自信持てよ』
『・・・ありがとう、そうだよね。・・・リョウ、ありがとう』
『気にすんなって。俺とお前の仲だろ?』
リョウはそう言って腕を解きながら私に笑顔を見せてくれた。私も微笑み返す。そうだ、私にはリョウが居てくれる。 私の思いを受け止めてくれる人がいる。そう思うと、ますます私の鼓動は加速する。・・・私の素直な気持ち。リョウへの想い。・・・今なら・・ ・言えるかもしれない・・・いや、言うしか・・・!
『・・・リョウ』
『・・・何?』
『リョウ・・・私・・・!』
「あ、いたいた!カナー!」
私の言葉を遮るようにマイ先輩の声が聞こえてきた。でも、それはピカチュウの鳴き声じゃない。人間としてのマイ先輩の声。 暗闇の中目を凝らすと、通路の奥で久しぶりに見た人間の姿のマイ先輩と赤い服を着た若い男性・・・多分、人間の姿のジョウ先輩だろう。 2人並んでこちらを見ていた。私達は2匹揃って歩きながら2人の元へと行く。
「まずは二人ともお疲れ様。スッゴイいいバトルだったよ!」
「練習の成果、しっかり出てたな」
「チコォ!」
「カゲェ!」
2匹のポケモンは嬉しそうに鳴いた。
「さ、まずはさポケモンとしてのデビューも終えたし。久々に人間に戻らない?服も持ってきてるし」
マイ先輩の言葉を聞いて私達は大きく頷いた。
「よし、じゃあ更衣室に行こうか」
そう言って私達はそれぞれの先輩に連れられて、男女それぞれの更衣室へと入る。そこは一般的なロッカーが並ぶ一般的な更衣室。 この時間、既に人もポケモンも準備が終わっているせいか、更衣室には私達以外誰もいなかった。その中のカーテンで仕切られた個室に入る。 鏡にはチコリータが映っている。
「じゃあ後ろ向いて・・・ボタン、押すからね」
そう言ってマイ先輩は私の背中に手を伸ばした。マイ先輩の指がボタンに触れると、そのまま勢いよく押し込んだ。
『ぅッ・・・!?』
急に視界がぼやけ始め、次第にあたりが真っ暗になってしまう。と、同時に体が凄く重くなっていくのを感じた。そのはずだ、 私の体はチコリータの形を失い、徐々に大きくなっていってた。色は黒ずんだスーツの色に変わり、手足は長く伸びる。 何時しか私の体はしっかりと人間の形へと戻っていた。そしてスーツの背中が割れると私はその間からゆっくりと頭を出す。 そして静かに瞳を開く。目の前の鏡に映った・・・その姿は。
「・・・私・・・だ・・・」
間違いなく、1週間前までの人間としての私の姿。声も、人間の言葉が喋れるようになっている・・・当然といえば当然だけど。私は、 まだ半身をスーツに包んだまま、その体の感触を確かめる。手を、指をゆっくり動かす。握って、開いて、握って、開いて。
「どう?久々に人間に戻った気分は?」
「・・・あぁ、何か、戻ったって感じです」
さっきまでのバトルの感触が抜けない上に、戻れたという安心感と、意外とあっさりと戻れたせいもあって、 マイ先輩の質問におかしな返答をしたことに自分でも気づいていなかった。そう、バトルの興奮が、感覚がまだ私の体を支配している。 人間に戻っても冷めない、冷めるはずがない。私は、鏡を見つめながら、後ろにいたマイ先輩に問いかける。
「・・・強くなれますか?」
「え?」
「私・・・バトル強くなれますか?・・・ううん、強く、強くなりたいです!」
「・・・大丈夫!」
そう言ってマイ先輩は私の肩をグッと抱きかかえた。
「うわっ!?」
「だーからー、最初に言ったでしょ?貴女はスターになれるって。私が見込んだんだから、間違いない!」
「はは・・・」
あの時のことを思い出して、思わず笑いが渇いてしまう。
「それに・・・」
「・・・それに?」
「貴女はこのバトルで大切なものを学ぶ事が出来た。元々強い心も持っている」
「・・・」
「大丈夫。今日感じたバトルの楽しさ、負けることの悔しさ、それを忘れないで。そうすれば、貴女は勝てるようになるから」
「有難う御座います」
私はそういいながら頭を下げた。俯きながら、静かに決意する。強くなりたい、強くなろうって。 家族のようにアットホームなPBEだけど、バトルで上位に行くためにはその家族のような仲間と戦うことになる。強い力と強い心。 持てるようになりたい。
「ほら、何時までスーツ着てるの?折角人間に戻ったんだから、服に着替えなよ」
「ぁ、そうですね・・・何かぼぅっとしちゃって」
笑いながら私はマイ先輩から手渡された服を着込んだ。久々に着る服。・・・ずっとポケモンの姿の時は裸同然だったから、 どうも違和感がある。・・・服を着るってこういうことだったんだなぁ・・・と再確認。
「じゃ、リョウ達も待ってるだろうし、早速・・・」
「あ、ちょっと待ってください・・・髪、縛るから」
そう言ってマイ先輩からゴムを借り、頭の上でポニーテールを作った。チコリータとお揃い。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
そう言って私達2人は元気よく更衣室を出た。外では既にリョウとジョウ先輩が私たちを待っていた。
「お待たせー!」
「ぉう、御疲れ・・・その髪型は?」
「へへ・・・ちょっとチコリータを意識してみたりして」
「・・・いいよ、似合ってる」
リョウは私を見て照れくさそうに言う。・・・久しぶりに見た人間の姿のリョウはあの頃と何も変わっていない。 だけどその仕草がヒトカゲと重なるから、少し妙でおかしかった。・・・だけど、一方でほっとしている部分もあった。 ヒトカゲの姿を見てから彼を意識するようになったから、 内心で人間の姿の彼を変わらず想うことが出来るのかと不安に思っていた部分があったけど、今彼を見てそんな不安は吹っ飛んだ。そう、 リョウは、リョウなんだ。
「じゃあどうする?この後のゴールド戦プラチナ戦見てく?」
「はい!勿論!」
私達は元気よくそう返事をした。そして私たち4人は関係者出入り口からこっそりと出るとPBEの観客席へとまわった。勿論、 ステージがよく見える特等席を用意してくれていた。私とリョウは並んで座る。既にゴールドの3試合目が始まっていた。 私たちよりもずっと強そうなポケモンが迫力のあるバトルを展開している。
「俺達も・・・あんなバトルが出来るようになれたらいいな」
バトルを見ながら、リョウは呟いた。私は静かに頷きながら言葉を返す。
「そうだね・・・また上のランクに上がった時に、リョウと戦えたらいいな」
「・・・楽しみだな」
私達はステージを見つめながらも、2人して笑った。が、急にリョウが何かを思い出したような表情でこちらを振り返って聞いてくる。
「・・・なぁ、さっき何か言いかけただろ?なんて言おうとしたんだ?」
「・・・」
「・・・カナ?」
「秘密」
「・・・いや、さっき言おうとしたんだろ?隠す必要ないじゃん」
「さっきなら言えたけど、今は言えない」
「な、何だよそれ・・・」
「大丈夫、その内言ってあげるから」
私がそう言って微笑むと、リョウは困惑した表情を浮かべ、視線を私から再びステージへと向けた。憧れのバトルは、 尚いっそう激しさを増していた。
大丈夫。その内言える。リョウの事を想う気持ち。好きだっていう素直な気持ち。だけど今はまだ胸に留めておく。この暖かい気持ちを、 もう少し独り占めにしたいから。
大丈夫。私の想いはこれからも伝えることはできる。プライベートでも、バトルでも。リョウとなら、 これからの毎日を乗り越えて強くなれる自信が有る。2人でならお互いを高めあえる。きっと、それが本当のパートナーだから。
PBE Beginning 第7話(最終話) 完
PBE Beginning 完結
それ以降、「次回で完結させます!」といい続ける事10ヶ月!本当は2話で終わるはずだったこの物語は気づけば7話という長い物語になりました。
途中執筆作品の増加や宮尾の多忙により、楽しみにしていただいていた皆様をお待たせする事が多くなってしまいましたが、それでも完成まで待っていただけて非常に嬉しく思っております。本当に有難う御座いました。
今回でPBE Beginningは最終回となります。・・・が、あくまでこの物語はPBEのBeginningです。それが意味するところは・・・皆様のご想像にお任せします(笑)。
それも含めて、今後も皆様に楽しんでいただける小説を書けるようがんばっていきたいと思います。今後とも是非お付き合いよろしく御願いします。
ウィルド・ウィンド・ポータル 宮尾
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
カナの敗北は初めから決めていました。PBEとは何か、そしてカナの成長を描く上でこうした方がよりメッセージが伝わるのではないかと思ってのことです。
バトルに関しては比較的すんなり書くことが出来ました。まぁ、元々余りポケモンには詳しくないので、わざや効果を調べる方が苦労した感じですw
残りの連載作も順次消化していければと思っております。
最後にカナがどう答えを表現してみせるのかが気になっていたんですが、納得の答えを見ることが出来ました。
確かにPBEは“魅せるもの”、けれどやっぱり「悔しいものは悔しいんだ」ってカナが思った瞬間ホッとしました。それがPBEの自然体ですから(笑)
それにしてもリョウ…良い男ですねぇ(苦笑)
現在ポケモン小説のみコメントですが、残りの作品も頑張って下さい。αの方はどうやらまだ結構続きそうですし(苦笑)
良い完結を有難うございましたw(ペコリ
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
カナがデビュー戦を通じて何を学ぶのか。その心理描写が上手く表現できればと思って書きました。PBEという特殊な部隊で彼女たちが頑張っていく、その第一歩を描ききれてよかったと思います。
リョウは・・・普段鈍感なのに、何故か無駄にかっこいいのが自分としても気に入ってますw
まだまだこれからも色々な作品を書きたいと思ってますので。是非お待ちいただければと思います。
楽しみにしていた分終わってしまうのは少し寂しい感じもしますが、読んでいて気持ちのいい終わり方だったと思います。
バトルのシーンも様子が浮かんできて良かったです。
他の小説もこれからも頑張って下さい。
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
楽しみに待っていただけたようで、嬉しく思います。連載作を書き終えるのは、育てた子供が巣立つのに似ていると思います。子供を育てた経験は無いので、推測ですがw
バトルは本作に限らず、文章で臨場感を上手く伝えられるかが書くときのポイントだと思って書いています。それが少しでも伝えることが出来たら嬉しいですね。
実際この作品は僕が書いていたポケモン小説を載せよう!と思うようになった切っ掛けなんです。だから、最後までじっくり読ませて頂きました。
カナとリョウ、二人が最後どうなるのかそれが気になっていましたが、バトルは自分的には意外な展開でした。でも、この結果があったからこそ、次から「パートナー」としていいバトルが出来るんだなぁ・・・そして、カナのリョウを想う気持ちも。とても感じが込められてて・・・(言葉で上手く表現できません。すみません・・・)
それではこれからもお互い、頑張っていきましょう!
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
この小説をお読みいただいて、ご自身の小説公開のきっかけになったというのは嬉しいです。小説を公開するという、不特定多数へのメッセージが誰かに伝わって形となったということなので。
バトルの展開は想像と異なったようですが、この展開が一番PBEの定義と、カナがPBEで戦っていく決意を表現しやすかったのでこのパターンを選択しました。リョウとの関係は・・・まだまだこれからといったところですねw
鈴様の小説も楽しみにしております。これからも互いの発展と成長を願います。
カナの黒星も「負けた事は悔しい」レベルで。
これからもPBEの人達と良き友(いわゆる好敵手と書いて)でい続けられる事は期待していいですね。
そして宮尾さんおなじみの展開…今回もまたいい感じでした。
カナがチコリータスーツを解除してからの流れ…人間としての自分を確認する仕草は改めて納得で、自分も見習いたいと思います。
いつかの第2部、そして新作に期待です。
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
そうですね、イメージとしてはトレーナー自らがポケモンの中の人として戦う感じなので、通常のバトルとは内外から見ても趣の異なった形ですね。その部分が表現できていれば嬉しいです。
御馴染の展開は・・・これはもう趣味の域なのでw バトルについても二人の関係も、これからも続いていくPBEという物語、そのBeginningを感じ取っていただければと思います。
これからの二人・・・いや、二匹の活躍とか関係とかを本当に楽しみに・・・そして応援してます!
だって『Begining』・・・まだ始まったばかりですからね!
これからも頑張って下さい!次の作品も楽しみにしてます!!!
★宮尾レス
コメント有難う御座います。
楽しんでいただけたようで光栄です。確かにこの作品は、普通のポケモンにはない要素を持ってますからね。自分でも楽しみながら書くことが出来ましたw
今のところ、続編の執筆の予定は入ってませんが、仰るとおりこれはBeginningなので、いずれは続編を書きたいと思っておりますw