2006年09月04日

Fascination2 第2話

Fascination2-闇は光に導かれて- 第2話

【人→獣】

「・・・どうしたの?早く食べないと、カレー冷めちゃうよ?」

「え・・・?あ、あぁ、そうだね」

 

彼女の言葉に、僕は自分の手元にあったカレーの存在を思い出し、スプーンでそれをすくって口に運ぶが、2〜3回それを繰り返すと、 また手を止めてぼぅっと考えにふけってしまう。気になるのは勿論、あの豹のこと。

 

「・・・やっぱり、あの豹のこと気になってるの?」

「・・・僕って顔に出るタイプ?」

「ううん、そうじゃないよ。・・・さっきあれだけ豹のこと気にしてたんだから、気づかないほうがおかしいでしょ?」

 

それもそうか、と僕は頷きまた少しカレーを口に運ぶ。24時間ぶりの食事。空の胃袋に刺激的なカレーは少々冒険が過ぎたが、 彼女の話どおり、こういった動物園みたいな施設内のレストランにしてはなかなかの味ではあった。

 

「どう?」

「何が?」

「・・・カレーの味以外に何かある?」

「・・・うん、美味しい。ヒナが言うだけのことはあるよ。・・・うん・・・」

「ほら、またそうやって考え事する」

 

彼女、ヒナにそう言われて、悪いなとは思っているものの、やはり食事中でもあの豹のことを考えずに入られなかった。・・・ やっぱり腹が満たされて、冷静になって考えれば少しおかしいのかなとも思えてくる。・・・豹に一目惚れだなんて。 それに夜中に見たあの豹だって、見間違いかもしれないし夢かもしれないとも思える。・・・まぁ、 実際のところはそう言い聞かせて自分の気持ちを落ち着けたいだけなんだけど・・・。

 

「あの豹の・・・何処が気に入ったの?」

「・・・笑わない?」

「・・・多分」

 

ヒナの言葉に、僕は一瞬言葉を呑みかけたが、彼女の眼が答えを待っていたので、僕はふぅっと鼻から息を吐き出し、 一呼吸ついてから小さく呟くようにして答えた。

 

「・・・惚れたんだ」

「え・・・?」

「あの豹、凄く綺麗だろ。・・・一目惚れ、なんだ。正直なところ」

「・・・ふぅん、そう、なんだ」

 

彼女の僕を見る眼が少し変わった気がした。

 

「・・・変かな?やっぱり」

「変わってるって言えばやっぱ変わってるかな・・・けど」

「・・・けど?」

「動物愛せる人に、悪い人いないよ」

「そう言ってもらえると・・・嬉しいな」

 

僕がそう言うと、彼女はすっと立ち上がり、飲み物取ってくるといって席を立った。僕は小さく頷くとスプーンを皿の上へ置き、 豹の檻が有る方角を向いた。レストランの立地場所の関係で、その檻が見える位置には無かったが、 そっちの方を見ていなければ気持ちが落ち着きそうも無かった。

 

・・・昨夜豹が駅前を走っていた事、ヒナに聞くべきだろうか。やっぱり、 あれが見間違い出ないとすれば豹が外に出ているなんて一大事である。事実なら職員である彼女が知らないはずはないし、万が一知らなければ、 知っておかなければならないことだ。・・・豹に一目惚れって時点で変わった人間だと思われたわけだし、別に今更どうってことは無いだろう。 彼女が戻ってきたら言おう・・・そう思った時に、手にカルピスウォーターをなみなみ注いだ彼女が戻ってきた。

 

「お帰り」

「ただいまー・・・っとぉ、危ない・・・こぼす所だった」

「はは・・・気をつけないと」

 

僕はそう笑いながらも、頭の中では何時豹の話を切り出そうか、そればかり考えていた。何とない世間話的な会話を繰り返す中で、 豹の話を降るタイミングを窺ってみる。・・・しかし中々どうにも言う勇気が、踏ん切りがつかない感じが有った。 本当に聞いてもいいことなのだろうかという迷いもあった。仮に昨日の事が事実だとして、 それを見て見ぬふりをしてしまった方がいい事なのかもしれないと思えてくる。

 

「・・・どうしたの?」

「・・・ぇ?」

「何か言いたそうな顔しているから」

 

彼女にそう言われて、僕は息を飲み込んだ。・・・どう切り替えそうか一瞬迷ったけど、 ヒナにこっちに言いたいことがあることが悟られた今が、逆に話を振るチャンスだと踏んだ僕は、少し恐れながらも、声を小さくして、細く、 しかししっかりと言葉を切り出す。

 

「・・・僕が豹の事気になっているの、一目惚れって言っただろ?」

「うん」

「でも・・・それだけじゃなくて・・・どうしても気になることがあったんだ」

「気になる・・・こと?」

「・・・聞いていい事なのかどうか迷ったんだけど・・・」

 

首を傾げる彼女を見て、僕は今一度息を少し飲み込み、吐き出し、呼吸を整える。

 

「・・・見たんだ」

「え?」

「昨日・・・豹を見たんだ」

「知ってるよ、ずっと檻の前で・・・」

「ここじゃなくて・・・外で」

「・・・外・・・?」

「駅前・・・昨日寝ている時に、豹が前の道を通ったんだ・・・」

 

最後の方には僕の声は小さくなっていた。やっぱり、言うのをどこかでためらっていたのか、うまく言葉を運べなかった。しかし、 もう言ってしまった。・・・後は彼女がどう反応見せるのか。真実をつかれて戸惑うのか、 それとも僕を頭のおかしい人間を見るように振舞うのか、言ってしまった以上どちらにでもなれと思っていた。・・・ しかしヒナは表情を特に変えることなく、ゆっくりと手に持っていたコップを口元へ運び、フゥと一つため息をつくと、 何かを調べるように僕のことを上から下まで見回した。そしてまたゆっくりとコップをテーブルの上に置くと、静かに席を立ち上がる。

 

「・・・ちょっと、外に出よっか」

「え・・・うん」

 

僕もまた、立ち上がると彼女を追って店内を外へと向かう。彼女が少し早足だったから、僕は見失わないように急ぐ。 そして彼女は会計もせずにレストランの外へと出てしまう。

 

「待って、ヒナ!」

 

彼女の名を呼び彼女を止めようとした時、僕はふと食券の自販機があったことを思い出し、 その一瞬で見失いかけたヒナの姿をすぐに視界から見つけ出すと再び彼女のあとを追った。

 

 

 

ようやく彼女に追いついた時、ふと辺りを見るとそこはさっきの豹の檻の前だった。

 

「一つクイズ」

「・・・え?」

 

僕は少しあがった息の中で、ヒナの突然の言葉に思わず口を大きく開けて固まってしまう。

 

「豹、今何処にいると思う?」

「何処って・・・檻にいなければ奥にいるんじゃないの?」

「ハズレ、今この中には豹はいないの」

「いない・・・って・・・じゃあ・・・!?」

 

僕は思わず声が大きくなりそうになり、慌てて途中から声のトーンを落とす。

 

「じゃあ・・・今豹は何処に・・・?」

「園内にはいるよ・・・園内には、ね」

 

彼女は少し笑いを含んだ言い方でそう呟いた。僕には彼女のその笑いの意味が分からなかったから、ただきょとんとするばかりだった。

 

「・・・じゃあ、今度は質問」

「・・・質問?」

「この動物園の事、どう思う?」

「どうって・・・」

 

僕は言葉に少しつまり、辺りを見渡し、昨日見た動物たちの事を思い出しながら、言葉を組み立てていく。

 

「・・・なんていうか、生き生きしてる・・・うん、それは凄い感じた。檻の中にいるのに・・・そんな感じがしなくて・・・」

「うん」

「でも・・・」

「・・・でも?」

「・・・何だろう、自分でもよく分かってないけど・・・何か引っ掛かってるんだ」

「・・・引っ掛かる?」

 

僕はそう言って頭をかく。その様子をヒナは何かを期待するようにじっと待っていた。・・・僕はまとまらない考えを、 少しずつながらも口にしていく。

 

「・・・違和感というか、不自然というか・・・何か違うんだ」

「何か・・・って何?」

「それが自分でもよく分かっていないんだ・・・でも・・・」

 

僕は少し間を取り、頭で言葉を整理しようとする。・・・僕が感じてる違和感、それは・・・。

 

「動物って・・・本当にああいう風に・・・生き生きできるものなのかな・・・?」

「何言ってるの。野生の動物っていうのはみんな生き生きしてるでしょ」

「・・・野生・・・!?そうだ、それだよ!」

 

突然大声を出した僕に驚いたのか、彼女は瞳を大きく見開いて、少しだけ口を開いてこちらを見ていた。・・・野生。 彼女のその言葉を聞いて僕の中で何か合点がいった。

 

「分かったよ、違和感の正体」

「・・・何?」

「動物がさ、あんなに生き生きとしているのに、ここの動物たちからは野生の・・・たくましさというか・・・雄々しさ・・・ それは違うか・・・兎に角、本来の野生動物が持つオーラのようなものを感じられなかったんだよ」

「オーラ・・・かぁ・・・」

「・・・そう、生き生きとした、っていうのが野生そのもののありのままの動物の姿っていう意味じゃなくて、何ていうか・・・ 動物である事の誇りや尊厳・・・そんなものを感じた・・・んだけど・・・どう・・・かなぁ・・・?」

 

自分のいってることの意味不明さに途中から僕の声は自信無さ気に小さくなっていってしまった。ヒナはそんな僕をじっと見ていたが、 やがて噴出すように笑い出す。・・・僕に気を使ってなのか、何とか笑いをこらえようとするが、それがかえって苦しそうで、 笑いを加速させているようにも見えた。

 

「ハハ・・・ごめんね。あんまりに力んで言うんだもん、つい」

「いいよ・・・自分でも何言ってるか良く分かんないし」

「・・・でも、いい言葉だと思う。動物である事の誇りや尊厳・・・って」

「え?」

「・・・動物園、好きなの?」

「あ、ぇ・・・うん、好き、だけど?」

 

ヒナはふぅん、と言って檻の前の柵に手をかけて、何も居ない檻の中をじっと見つめていた。 そして何か独り言を短く呟いたようだったようだが、僕には聞こえなかった。そして、彼女はしばらくすると急に僕の方を振り返り、 笑顔で問いかけてきた。

 

「会わせてあげよっか?」

「・・・ぇ?」

「豹に。・・・ていうか、豹もミドに会いたがってる」

「豹が・・・僕に・・・?」

「・・・まぁ、多分だけどね。・・・動物好きな人、悪い人いないってよく言うでしょ」

 

ヒナは笑顔のまま僕の方へと再び歩み寄ってきた。僕は彼女の後ろに見える豹の檻の中を見る。 やっぱりそこにあるのは空虚な空間があるだけだった。そして再びヒナの方に目線を戻した・・・その時。

 

「・・・?」

「・・・どうか・・・した?」

「あ・・・いや、別に・・・一瞬・・・いや、何でもない」

「・・・そう・・・?」

 

彼女は不思議そうに僕の方を見て言った。・・・ほんの一瞬だった。檻とヒナの姿とが一直線に並んだ時に、 ふとそこに豹の影が見えたような、そんな気がした。勿論、そこに豹は居ないから、錯覚でしかないのだけれど。

 

「で、どうする?」

 

不意にヒナが問いかけてきたので、思わず何が?と聞き返しそうになるのを直前で飲み込み、 さっき言っていた豹にあわせてくれる話のことだと気づく。

 

「そりゃあ、僕は豹に会いに来たんだから、会わせてもらえるんだったら嬉しいけど」

「じゃあ、会わせてあげる。・・・でも今すぐは無理・・・だな、やっぱり」

「・・・じゃあ、何時なら・・・?」

「・・・今晩・・・ならいいかな」

「夜・・・?」

「うん、閉園した後」

 

ヒナはそう言って時計を見る。まだ昼をまわって少し経った位だった。

 

「・・・それまでどうする?」

「・・・折角だし、閉園まで色々な動物を見ていくよ」

「じゃあ、一緒に回ろうか。私もどうせそれまで暇だし」

 

そう言って僕たちは2人で園内を回り始めた。回り始める前は内心、 2日連続で見る事になるためすぐ飽きてしまうんじゃないかと思っていたけど、 なかなかどうして動物たちの様子を見ていると飽きが来ないものだ。ヒナもまた、ここの職員なんだから毎日のように動物を見ているはずなのに、 楽しそうに動物を見て、時々その動物に関しての知識を僕に教えてくれたりした。そしてあちこち回っていたら、 夕方なんてあっという間に訪れた。僕達は園の外へと出て一息つく。先に言葉を繰り出したのはヒナの方だった。

 

「じゃあ・・・準備にまだ時間かかるからさ。私は一旦園内に戻るね」

「うん・・・でもどれぐらい?」

「そうだね・・・9時位・・・かな?」

「え・・・そんなに・・・?」

「まぁ、色々許可とか面倒だし、極力他の職員とかにばれないようにしたいし」

「ふぅん・・・じゃあそれまでここで待ってるよ」

 

そう言って僕は入り口の前にあったベンチに座り込む。

 

「でも、4時間も暇じゃない?」

「寝不足だし・・・少し横になるよ。9時になったら起こして」

「分かった。9時になったら起こしてあげるよ」

 

ヒナはそう言うと園の方へと戻っていく。僕はそのまますぐにベンチに横になった。また豹のことが気になって、 余り眠れないだろうなと初めは思っていたけど、流石に寝不足のせいなのか、すぐに意識は眠りの中へと沈んでいった。

 

特に夢も見ることなく刻々と時間が流れていく中、ふと僕は辺りの気配が急に変わった感じを覚えて、眠りから覚めてしまう。 ぼうっとする頭をゆっくりと起こし、暗くぼやける視界の中で、半ば寝ぼけながら辺りを見渡す。・・・今確かに何かの気配を感じたような・・・ そう思っていたとき、暗闇の中少しはなれたところに光る何かに気づく。初めは何かわからなかったけど、次第にそれが2つ並んだ丸い光であり、 そして何か動物の目が光っている事に気づくまでには更に数秒かかった。

 

・・・その時点で、僕はその瞳の主が誰なのか、既に気づいていた。昨日散々その瞳に魅入られたんだ・・・見間違えるはずがない。 自らの体をまるで僕に確認させるためのように明かりの下へと躍り出た、彼女は紛れもなく豹だった。

 

僕は一つ、ごくりと唾を飲み込んだ。言葉が出るどころか、呼吸さえ忘れてしまったかのように、僕の中の時が完全に固まっていた。・・・ 恐怖はなかった。目の前に獰猛な肉食獣が放されているというのに、僕には豹に対しての恐怖心というものが芽生えなかった。 それは僕の中できっと、漠然とした確信があったからだ。そう、絶対にこの豹が襲ってくるはずがないという、普通じゃ考えにくい理論。

 

それは動物園で僕が感じていた違和感と繋がる。いや、それさえも今ますます僕の中でその違和感の正体がより明確に見え始める。 これだけ至近距離に豹が居るのに・・・豹が居る、という感覚を感じないのだ。見た目も、動きも豹でしかないのに、 それを豹だと認識する事が出来ないのだ。まるで違う誰かがそこにいるような、変な感覚・・・おかしな話だと自分でも思う。でも、 それを否定する要素は、僕の中には見つからなかった。

 

その時豹が突然、僕とは反対方向へと振り返り数歩駆け出した。そして少し先で止まると僕の方を振り向き、 まるで僕を誘っているかのように尻尾をゆっくりと左右に揺らす。僕は慌てて立ち上がり、彼女を追いかけようとするが、 その瞬間脚に殴られたような鈍い衝撃と痛みが走り、夜の静けさを切り裂くような激しい金属音が鳴り響く。ふと足元を目を凝らしてみてみると、 今まさに僕が倒したであろう自転車が転がっていた。・・・というか寝る前までこんなところに自転車は置いてなかった。誰かが忘れた・・・ にしては時間も場所も不自然だ。まるで僕に乗れと言わんばかりだ。

 

「・・・それで、追いかけろってことか?」

 

僕は独り言を呟く。そして時計を見る。・・・9時を少し回ったぐらい。ヒナに僕を起こすように頼んだ時間。 そして僕を起こしたのは目の前で僕が追いかけてくるのを待っている豹。僕が自転車を立て直すと、豹は再び走り出した。・・・ 追いかけるしかない。何故彼女が外に出ることが出来、僕を誘おうとするのか。そして感じる彼女の違和感の正体・・・ 頭の中で色々なピースを並べつつも、僕は自転車のペダルをゆっくりとこぎ始めていた。

 

 

Fascination2-闇は光に導かれて- 第2話 完

第3話へ続く

posted by 宮尾 at 01:11| Comment(1) | Fascination(獣人・獣) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 うう…確かにTFこそないものの流れが読めるがゆえのもどかしさが全開です。
 野生の気をみなぎらせる動物達…やはり「充実している」と言う事なのでしょうか。

 いよいよ次回の展開、楽しみすぎです。

★宮尾レス
コメント有難う御座います。
「CMの後衝撃の展開が!」で期待してしまうのはテレビ時代に生きるが故の性でしょうね(何の話だ
次回が多分最終回か、最終回直前となると思います。また、長くしちゃいました。もっと短く文章まとめる練習しないとw
Posted by カギヤッコ at 2006年09月04日 20:56
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