聖都のキマイラ #1-2
【人間→獣】
「ウィルー、支度できたー?」
「あぁ、すぐ行くよ」
玄関先でディアの呼ぶ声が聞こえた。俺は自分の装備をしっかり整え、持ち物に不足がないことを念入りに確認すると、 彼女の待つ玄関先へと向かった。
「悪いな、待たせて」
「ううん、しっかり準備しとかないとね。今日もどんな奴相手にするか分からないし」
「あぁ」
俺達はそう言葉を交わすと玄関を2人揃って一歩出る。朝の光が俺達2人の目を鋭く突く。 一瞬目を細めながらもやがてその明るさに慣れてくるとゆっくりと澄んだ空気を思いっきり吸い込む。 エスパーダは聖都と言われるだけあって大陸最大の大都会だが、この町は魔術で発展してきたため、 工業都市と違い緑に溢れ人が住むには非常にいい環境だ。だからこそ、魔獣の被害も多いのだが。
「じゃ、行くか」
「うん」
そういうと俺達は横にいるそれぞれの相手のほうにある手をゆっくりと上げ握りこぶしを作り、 それを互いに軽く相手の手とぶつけ合わせた。俺達なりの気合の入れ方だ。そして俺達は自分たちの泊まっている宿を後にした。目的地は勿論、 討伐軍の本部だ。本部は聖都の中心に位置する大神殿の中に設けられている。本来は皇帝の血族の住居であり、政を司る場所なのだが、 時代がたつにつれて都市の発展や治安に必要な様々な施設や組織が入っており、 最早神殿というよりも雑居建造物とでも言ってしまったほうがしっくり来るほどだ。
俺達は朝早くにもかかわらず多くの人が行き交うこの建物の中をゆっくりと歩いていき、本部の前までやってきた。 そこは俺達と同じように今日の任務を受けるために訪れたハンターで溢れていた。こうして見ると老若男女様々なハンターがいるが、 唯一つ言えることは、誰も皆ここにいるハンターは一流の実力を持つ者ばかりだってことだ。無名のハンターは少なく、 有名とまでは呼ばないにしろ、以前ハンターとして功績を残したなどでその名を耳にしたり顔を見たりしたことがある連中ばかりだ。 ランクで言えば殆どA級以上が集まっているのだろう。俺達はその連中に混じり自分たちの順が呼ばれるまで待つことになった。
やがて10分ぐらいすると、奥の部屋から俺達を呼ぶ声が聞こえた。それを聞くと俺達2人はその部屋の中へと入っていった。 そして中に隊長の姿を確認すると2人並んで挨拶をする。
「AA級ウィル・トライ、並びにA級ディア・パレス参りました」
「ご苦労。こっちへ来たまえ」
隊長は自分たちを更に奥へと招く様に言った。俺達はそれに従い更に部屋の中を奥へと進む。小さな部屋に隊長の机と椅子が置いてあり、 他にあるのは机の上の報告書とそれを保管してある後ろの棚があるだけで、こざっぱりしている。 最近の魔獣被害に対応するために緊急に設置された対策本部のため、必要最低限のものしかここには無い。俺達は隊長の机の前まで行くと、 奥に隊長とは別に男女1人ずついることに気付く。彼らも恐らくハンターだろう。しかし、 俺達が任務を受けようとしている時に他のハンターがまだいるのはおかしい・・・と思い隊長に問いかけようとしたが、 隊長はそれを察したのか先に口を開いた。
「彼らについてはすぐに説明する。まずは今回の任務の概要から話をさせてもらう」
「・・・わかりました」
隊長から話してもらえるなら、こちらから無理に先走る必要も無い。俺達はまずは隊長の話を聞くことにした。
「今回お前たちにはここから北西にあるケンダリ遺跡の調査を行ってもらう」
「ケンダリ遺跡・・・あのケルベロスの話で有名な?」
「そうだ。最近の魔獣の急激な増加と凶暴化には、 こういった過去に存在していた魔獣を封印してある遺跡から漏れているそれらの魔力が作用していると考えられている」
「・・・ケルベロスの魔力がこの地域の魔獣に影響を及ぼしているとお考えで?」
「可能性があるから、調査を行ってもらうのだ」
隊長はそういうと俺達にケンダリ遺跡の地図を手渡した。その地図にはケンダリ遺跡を中心にして、 その周辺に無数の×印が書き込まれていた。
「・・・これは・・・」
「そのバツはここ数週間で出現した魔獣が始めて目撃された地点だ。一般の目撃情報だけではなく、 魔獣ハンターや偵察部隊の報告も含まれている」
「・・・確かにケンダリ遺跡から一定距離以内に殆ど収まってますね」
「こういう結果がある以上、調べないわけには行くまい」
隊長はその鋭い眼光で俺達のほうを睨みつける。
「そこでお前たち2人に今回の任務の白羽の矢が立った。受けてもらえるな?」
「受けるのは構いません。・・・しかし一つ質問が」
「何だ?」
隊長の目はいっそう鋭く光り俺を威圧する。流石に寄せ集めのハンター達を纏め上げるだけあって大した風格だった。 しかし俺もそれに動じずに言葉を続ける。
「お言葉ですが、何故我々なんです?自分ら2人は対魔獣の戦闘を得意とする魔獣ハンター、遺跡の調査は経験がありませんし、 知識も持ち合わせちゃいませんよ」
「慌てるな・・・だから彼らも呼んでいるんだ」
そう言って隊長はさっきの男女の方を見つめた。俺達2人もそれにつられて彼らの方を見る。
「右の彼女はダイアナ・オズワルド。AAA級遺跡ハンターであり、B級魔獣ハンターでもある彼女が調査を主導する。 しかしケンダリ遺跡は尋常ではないほどの数の魔獣の存在が報告されている。彼女だけでは危険だ。君達はその護衛というところだ」
「そういうことですか」
ようやく俺はことを飲み込み、落ち着いた。さっきも言ったが遺跡の調査なんてやったことはない。 もし俺達2人だけじゃ調査なんてとてもじゃないが出来やしないだろう。ダイアナは一歩歩み出ると俺達2人に声をかけてきた。
「ダイアナ・オズワルドよ。宜しく御願いするわ」
「ウィル・トライだ」
「ディア・パレスです」
「話は聞いているわ。現役最年少の10代魔獣ハンターコンビってあなたたちよね?本当に若いのね、お目にかかれて光栄だわ」
「いや、こちらこそ。・・・ダイアナ・オズワルドって言えば2年前、海に沈んでいたタイタニア諸島を発見した、あのダイアナ・ オズワルドだよな?」
「知っててもらって嬉しいわ。・・・まぁ、あれは私がやったというよりも、サルベージ部隊の実力ね、 私は古文書から場所を推測したに過ぎないから」
そうは言いながらもダイアナは確かに嬉しそうだった。間接的とはいえ、 タイタニア諸島発見は彼女の名を大陸中に知らしめた彼女最大の発見だからだ。そんな時、 会話を続けようとした俺達の言葉の隙を突いて隊長が咳払いをした。そしてもう1人の男のほうを見た。
「彼はテツ・ジョウイン・コノエ。お前たちと共にオズワルドを護衛するB級ハンターだ」
「・・・名前も容姿もこの大陸の人間じゃないよな?それにB級なんて・・・大丈夫ですか?」
「こっちの大陸に来て間もないからこっちの評価はB級だが、 彼が故郷にいたときはこっちのAAA級に当たる甲種というハンターレベルを持っていた。言葉もまだ片言だが会話に困るレベルじゃない」
そう言われて俺達はテツの方を見る。確かにぱっと見の風格は百戦錬磨の実力者ってところだろうか、 かなりの死線を潜り抜けてきた実力者の気配を漂わせている。 彼はいかつい体躯とは裏腹ににこやかな笑顔を浮かべるとダイアナの横に並びこっちに声をかけてきた。
「ドモォ、俺、名前テツ呼バレマス、ヨロシク」
「ぁ、あぁ、ウィルだ、よろしく」
「ディアです。こちらこそよろしく」
「ドモドモ、ヨロシィク!いや、でも、俺、幸運!ぁー、ダイアァナそしてディーアー、右そして左の手、花ノヨウナ女性!シカモ、 ウイル、ぁー、強い話自分過去に聞くことした!最も上の幸運!ヨロシク!」
・・・。
「・・・隊長、思いっきり会話困りそ・・・」
「以上だ。健闘を祈る」
「いや、隊長・・・」
「・・・彼の実力は確かだ・・・健闘を祈る」
「・・・わかりました・・・」
「お前たち4人の働き・・・期待している」
隊長はそう告げると、俺達が退室するのを待たずに次のハンターの名を呼んだ。俺達4人は一礼し、すぐに部屋を後にした。 そして俺達は一旦神殿内の空き部屋を借りてそこで詳しい話を続けた。緊急性から言えば今すぐにでもケンダリ遺跡に向かうべき何だろうけど、 隊長の話にも有ったとおり魔獣の数が尋常じゃないとすればきちんと策を練る必要が有る。 俺達は事前に目撃例のあった魔獣の姿と対処法を資料を見て頭に叩き込んだ。・・・テツに伝えるのは少し苦労したが、そこはやはり彼もプロだ。 こっちの意図はすぐに理解し、魔獣の対処法に関する知識もしっかりしている。確かに、戦闘中においては困る事はなさそうだ。
「・・・よし、行くか」
俺がそう言うと、他の3人も静かに頷いた。俺達は部屋を後にすると、市場の方へと向かう。食料や小道具の準備を怠りはしない。調査、 なのだから場合によっては長期戦だってあり得る話しだ。しっかり必要なものを買い揃えた俺達は街の外へと出て行く。 街からほんの少し歩いた先で事前に待機させておいた馬車に乗り込んだ。 討伐部隊の非戦闘隊員が操るその馬車に乗って俺達はケンダリ遺跡へと向かう。
ケンダリ遺跡は聖都エスパーダから北東に馬車でおよそ半日程度かかる。何もない荒野に忽然と姿を現すそれは、 遠目に見てもすっかり荒れ果てているのが分かる。 古代の人々が当時最高の技術と知識を総動員して神を祭るために作り上げたとされるその神殿も、この時代になればただ石を積み重ねただけの、 魔獣の生産工場へと化している。俺達が遺跡の近くについた頃には既に日は暮れかかっていた。俺達は馬車を降り、そのまま帰らせると、 4人で少しはなれたところから遺跡を見る。まだ遺跡までは歩いて30分程度の距離が有るが、 周りに何もない荒野の中にたたずむ巨大な神殿はこの距離からでもその形をはっきり捉える事が出来た。・・・そして、その神殿と、 周りに多数いるといわれる魔獣が放つ魔気も。
「・・・ピリピリここまで張り詰めてんな・・・!」
「これじゃ魔獣の位置を掴むのだって難しいよ・・・」
「確かに面倒ね・・・折角の世界的な遺跡が台無しね」
「ウイル、魔獣の数、大きいソレがある、ドウスル?すぐ行くカ?」
「・・・焦る任務じゃないさ」
俺はそう一言言うと辺りを見渡す。・・・ディアの言う通り、当たり一帯に魔気が漂っているため、 魔獣の気配が埋もれてしまい感じ取る事が出来ない。これから夜の闇が訪れる中で戦うのは、目の利く魔獣のほうが圧倒的に有利だ。 長期戦もしやに入れる必要が有る以上、無駄な力を消費するのは利口じゃない。
「何処か適当にテントを張って、明日の朝・・・日が昇る直前ぐらいに遺跡に向かおう」
俺のその言葉に3人は頷いた。すぐに俺達は持ってきていたテントを組み立てその場でキャンプを始めた。 こういう感覚は割と嫌いじゃないし楽しみの一つでもある。もっとも、何時魔獣に襲われてもおかしくないこの地なだけに、 気が抜けないのが難点だが。一通り準備を終えると、俺達は順に仮眠をとることにした。夜が明けるまで8時間程度、 1人2時間ずつ仮眠を取りその間他の3人が見張りをする。1人当たりの睡眠時間は少なくても、 グッと眠りにつけるため身体を休めるには十分な時間だった。まず初めにディアから仮眠をとることにした。
「私が寝てる間、気をつけてね」
「分かってるっての」
俺とディアは一言ずつ会話を交わすと、ディアはテントの中へと入った。ソレを見届けると俺は遺跡の方に視線を向けた。 しかし既にあたりは闇に包まれており、遺跡の姿を確認する事は出来なくなっていた。
「ウイル」
「・・・何?」
突然テツが後ろから声をかけてきた。俺は振り返ると顔を上げて彼と視線を合わせる。 俺よりも大分身長の高いテツが俺を見下ろしつつ語り掛ける。
「ウイル、強い話、聞くことした。ウイル、精霊を持つ、ぁー、炎、聞くことした。今、イナイ?」
「あぁ、いるけど、召喚・・・分かるか?・・・呼び出しをしていないんだ」
「ん、ソレは理解持ってる。ウイル、炎、ぁー、ケルベロスも炎の話、聞くことした」
「・・・確かにケルベロスも炎の魔獣だが・・・?」
「ウイル、強い。ぁー、ケルベロス、強い。強い炎と強い炎、重なる。ソレ・・・最も上の強い炎」
「・・・何が言いたい・・・!?」
俺がそう聞き返すと、テツは突然笑みを浮かべ無言で振り返り俺に背を向け、別の方へと足を進めた。・・・ケルベロスも炎の魔獣。 テツはあっちの大陸じゃトップクラスのハンターだったと言われている。適当な発言はしないはずだ。そいつの言った意味深な言葉・・・ 俺の心にがっちり引っ掛かっていた。そして俺は再び遺跡の方を見る。・・・今は闇に隠れて見えない神殿の下に眠るであろうケルベロス。 テツが何を伝えようとしていたのか・・・俺の頭の中はテツの言葉で一杯になっていた。明日になれば、 その答えを出す手がかりが得られるだろうか・・・その一瞬だけとはいえ、任務を履き違えそうに成る程、俺は気になって仕方がなかった。 そして、夜はまだ更け続ける。
聖都のキマイラ #1-2 完
#1-3に続く