2006年04月29日

μの軌跡・逆襲編 第12話

μの軌跡・逆襲編 第12話「大丈夫」

【人間→ポケモン】

「・・・どうかしている・・・俺は・・・」

 

ようやくロウトは、辛うじて取り戻した平静の中で、独り言のようにそう呟いた。 確かに今の彼は自他共に見てもどうかしているとしか思えなかった。 まるで魂が抜け落ちてしまったようにただただ呆然と立ち尽くす姿もそうだが、彼自身それを強く感じていたのはあのチコリータを、 かつて知り合った人間の少女エリザと、一瞬でも見間違えたことだった。人間とポケモンの影が重なるなんて、 まともな状態ならまず考えにくいことだった。・・・疲れているんだ。ロウトは自分に心の中でそう言い聞かせる。ここのところ、 あのミュウを追い続けてずっと心が休まる暇も無かった。ミュウのことを考えれば自然とエリザのことも考えるようになる・・・ だからきっとそうやってエリザのことを考えすぎていただけの話。深い意味なんて無い。分かっている、分かっているはずなのに・・・ あの瞬間に感じた直感的な何か、漠然としているけれどあのチコリータをエリザと呼んだ自分もまた何故か否定できずにいる。

 

「全く・・・どうしたんだ・・・俺は、どうしちまったんだ・・・!?」

 

不安と憤りが言葉になってあふれ出す。その様子を見かねたゼンジが彼の傍により、小さく声をかける。

 

「・・・ロウト・・・」

「・・・ぁ・・・ゼンジ・・・」

「大丈夫か?顔色が優れないが・・・?」

「・・・あんたが他人の心配するなんてな」

「俺はただ・・・任務を果たすことがお前に出来るかどうか知りたいだけだ」

 

・・・そう、任務。あのミュウを捕獲することがソウジュからロウトに与えられた任務。多額の報酬に釣られて、 いつもと同じように軽い気持ちで受けた任務。

 

「・・・大丈夫だ・・・大丈夫」

 

ロウトはそう答えながらもその声はどこか弱弱しかった。そしてゆっくりと空を見上げる。風が強いせいなのか、雲の動きも速く感じる。 ロウトは内側に溜まったものがあふれ出すように小さく、しかし深くため息をついた。そしてゼンジの方を振り返り、小さく言葉を続けた。

 

「少し・・・一人にしてほしい」

「・・・わかった。お前のポケモン達も近づかないようにしておこう」

「すまない・・・」

 

ロウトはそう告げると、ミヤマ邸から離れるように歩いてゆく。そんな力の抜けきった後姿をカイリキーのイルはただ黙って、 どこかで自分へのふがいなさを感じながら見つめていた。自分のマスターが一人で何かを思い悩んでいるのに、自分には何もする事が出来ない。・ ・・しかし、何故こうなってしまったのか。全てはあのミュウというポケモンを追い始めてからだった。あれからロウトの・・・ そしてガルガの態度がおかしくなってきたのだ。明らかに何かの歯車が狂い始めて様な気がしてイルはたまらなかった。 そして自分ひとりだけがどこか取り残されているような漠然とした不安が彼の心を包んでいた。

 

ロウトは山林をすこし入り、見通しのいいところからミヤマ邸を見下ろした。・・・ こうして見ているとますます過去の事を思い出してくる。エリザのこと、彼女との約束の事、そしてミュウのこと・・・ 考えれば考えるほど彼の心はますますミュウに、そして何よりあのチコリータの事に意識が集中してしまう。・・・そんなはずは無い。 ロウトはふと頭に浮かんだ考えをすぐさまかき消した。・・・ありえないことだ。死んだ人間が、ポケモンになって自分の目の前に現れるなんて。 第一、仮に万が一もしもそういう事が起こりえたとしても、互いに初めてあった時点からその事に気付きそうなものだ。

 

「・・・そうだ・・・ただの・・・思い過ごしだ」

 

そう言い聞かせるように呟けば呟くほど考えはより複雑に絡まりあっていき、どんどん膨らんでいく。そしてどうしても拭えない感覚。・・ ・もしかして・・・もしかしたら。

 

「・・・エリザ・・・!」

 

やはり頭の中で重なるチコリータとエリザの影。・・・確かに頭をどうかしてしまったのかもしれない。おかしいと思われるかもしれない。 ポケモンと人間を見間違えて影を重ねるなんて、明らかにまともな人間のすることじゃない。・・・ けど今はただあのチコリータの事が気になって仕方が無かった。・・・確かめるしかない。ロウトは心の中で静かに決意する。 あのチコリータを追えば何かの答えが分かるかもしれない。勿論何も分からないかもしれないが、 ただ胸のうちにモヤモヤとしたものを抱え続けたまま黙っているよりかは、何かをしていた方が気も楽だろう。・・・大丈夫、 さっきミュウが飛んでいった方角は、放心状態にありながらも確認はしていた。それだけ分かれば、大丈夫。 ずっとこうやってポケモンの捕獲とかを任務で繰り返してきた。ポケモンを見つけ出す嗅覚には自身が有った。

 

「・・・行くしかない・・・か・・・」

 

ロウトは小さくそう呟いた。そして再びミヤマ邸の方を見る。・・・ゼンジ達には告げずに行こう。 これからあのチコリータを追うのは任務としてではないどころか、任務を無視した行動になる。しかし、 これは1人で解決しなきゃいけない問題であり、今のロウトにとってはミュウを捕まえる事よりも意味が大きくなっている。いや、 エリザの影を追う事がミュウに近づくことでも有るような気がしていた。そしてロウトは静かに頷くと、 ゼンジたちに気付かれないように気配を潜め、山林をミュウが飛んでいったほうへと駆けはじめた。

 

 

 

『もう・・・大丈夫かな・・・?』

 

セイカは切れ切れな呼吸でそう呟きながらすっかり暗くなった辺りを見渡す。あの家を飛び出した後、セイカはとりあえず体力の持つ限り、 真っ直ぐに飛び続けた。自分を捕まえようとするあの人間たちから少しでも離れるために。しかし、さすがに限界がきたのか、エリザを掴む腕も、 飛ぶ力も殆ど残されていなかった。そしてセイカは辺りが安全である事を確認すると木々が生い茂った森の中の適当な場所へとゆっくりと降下し、 既に気を失い身体をぐったりさせたエリザを、起こさないように優しく地面へと下ろした。

 

『まだ・・・目が覚めない・・・』

 

セイカ自身もゆっくりと地面へとエリザに寄り添うようにして降り立つ。あの家を飛び出してから、 エリザはずっと何かに怯えたように身を震わせうわごとを呟いていた。セイカの呼びかけにも、まるで聞こえていないのか応じることなく、 やがて心身疲れてしまったのだろう、眠るように気を失ってしまった。

 

『・・・最愛の妹・・・か・・・』

 

セイカはふと、さっきあの部屋で見た一文を思い出す。父が書いたと思われる紙に書かれていた、自分の知らない父の妹の名前。

 

『エリザ・・・』

 

それは目の前にうずくまっているチコリータと同じ名前。セイカはそっと自分の手を彼女の身体に添え、 ゆっくりとその背をなぞる様に撫でる。そこにいるのは紛れも無く1匹のチコリータでしかない。しかし、セイカは知っている。 この世界には常識の域を超えたことが起こり得ることを、彼女はその身を持って体験している。

 

人間がポケモンになってしまう事。

 

普通に考えれば絶対にありえない話だ。セイカ自身、おとぎ話や昔の伝説でしかそういった話は聞いた事が無かった。しかし、 現実に今こうして自分はミュウというポケモンになってしまっている。そして、人間がポケモンになってしまう現象が、 何故自分だけだと言い切る事ができるのか。自分以外にだってポケモンになってしまった人間がいても、なんら不思議は無いのだ。・・・ そしてもし、ポケモンになってしまった時に人間だったという記憶を失ってしまっていたら。 セイカはポケモンになっても人間としての記憶と意識を持ち続けたから、自分が本当は人間だったと認識している事が出来るが、 ポケモンになってしまった時に人間の記憶が無ければ、周りにポケモンしかいない環境でポケモンとしての生活しか触れることが無かったら、 きっと自分が人間であったという認識無くポケモンとして生きていく事になるだろう。

 

そんな記憶を失ったチコリータの名前にエリザと名付けたのはきっとジュテイだろう。 思えば自分たちをあの家に導いたのはジュテイだった。ジュテイがいくら物知りだからって、 ミュウの研究をしていた人間の家を知っているなんて都合が良すぎると思っていたが、もしもエリザが本当にそうなら、全ては線で繋がる。・・・ 憶測でしかないが、きっとジュテイは過去に人間のエリザと出会っていた、いや或いはエリザのポケモンだったのかもしれない。 だとすればエリザとミュウ、そしてジュテイの謎も一気に繋がるだけじゃない、 あのハガネールも恐らくは人間のエリザと出会ったいたとすればあの態度も納得いく。 ハガネールが知っているといっていた人間の少女とはエリザの事を指していたのだろう。・・・全てはミュウである自分が中心ではなかった。 あくまで表面だってミュウという存在を巡って自分たちは動いてきたけれど、その中心に本当にあったのは、いや、 全ての始まりそのものがエリザという名の少女だったのかもしれない。

 

『エリザ・・・あなたは・・・』

 

セイカは既に確信していた。明確な証拠こそ1つも無いが、あの父の書いた一文と、今までの出来事を照らし合わせれば、 そう結論付ける事に無理は無かった。

 

『・・・父さんは・・・どうして・・・』

 

そしてセイカが考えたのは父親の事だった。そもそも、父親が研究者であった事さえセイカは知らなかったし、 妹がいる事だって初耳だった。自分の父親の事を何一つ知らなかった事はかなりショックが大きい。しかも、 その父親がミュウの研究をしていたのであれば、自分がミュウになってしまった事と関係があった可能性も高い。それを調べるためにも、 あそこから手に入れた資料には目を通さなければいけないが・・・。持ち出した試料のほうに目を向けようとした瞬間、 セイカは自分のまぶたが重く、視界がぼやけてきたのを感じた。思えば逃げ出すためにかなり体力的には無茶をしたんだった。 体が休息を求めている。

 

『・・・仕方ないか・・・明日・・・にでも・・・』

 

その独り言は徐々に小さくなり、やがてセイカはその瞳を閉じて、 エリザの横にぴったりと寄り添い身体を丸くしてその意識を眠りへとゆだねた。

 

それからしばらくして、セイカが小さな寝息を立て始めると、まるでセイカが完全に眠りについたのを見計らったかのように、 入れ代わるようにエリザがゆっくりとその瞳を開いた。そして自分の横で寝息を立てているミュウのほうを見た。 だがその表情はいつものエリザとは異なるものだった。エリザはそのまましばらくセイカを見つめていたが、やがてその瞳が潤み始める。

 

『・・・セイカ・・・私はね・・・』

 

エリザはセイカを見つめながら小さくそう呟いた。そして小さく息を一度吐き出したあと、言葉を続けようとするが、 どうにも言葉が詰まって出てこない。・・・セイカが眠っている今なら・・・聞こえていないであろう今なら、 独り言のように本当のことが言えるかと思ったけれど・・・エリザがそう戸惑っている時に、セイカの口がゆっくり動いた。

 

『エリザ・・・』

『ッ!』

 

エリザは一瞬息を呑んだ。・・・目を覚ました・・・!?しかし、しばらくしてもセイカの瞳は開かずに、相変わらず寝息が続いていた・・ ・寝言のようだ。エリザはほっと胸をなでおろした。だが、セイカの寝言は続く。

 

『・・・エリザ・・・』

『・・・セイカ・・・私は・・・』

『エリザは・・・私が・・・守るよ・・・』

『・・・!』

『だから・・・安心して・・・ずっと・・・一緒に・・・』

『セイカ・・・私は・・・!』

 

エリザはセイカの言葉を聞くと、胸の中で渦巻いていた思いが、自分の中で処理できない感情が、涙と言葉になってあふれ出し始めた。 そして雫は月の光を受けながら頬をつたい、彼女の緑色の身体に一筋の光の線を走らせた。

 

『どうしたらいいの・・・私は・・・どうしたら・・・!?』

 

どうしたらいいか分からない。自分の瞳から溢れ出す涙も、自分のことをセイカにどう伝えるべきかも、 そしてこれからどうやって彼女を救えばいいかも、エリザにはどうしたらいいか分からなかった。セイカは自分が守る。そう誓ったはずなのに、 自分がセイカに助けられ、苦しめてしまっている。・・・そして、これからもきっと、 もっとセイカを心身ともに傷つけることになるかもしれない。それがエリザにとっては辛かった。エリザはセイカから目線を放し、 空を見上げて呟いた。

 

『・・・兄さん・・・私は・・・私とセイカはどうすれば・・・』

 

・・・エリザにとっているはずの無い兄の存在。だが今のエリザの記憶には確かに兄は存在していた。 それが自分にとって何を意味しているのか、エリザ自身には分かっていた。・・・もう後戻りは出来ない。全ては始まってしまったのだ。 エリザはあふれ続ける涙をツルで拭うと、再びセイカにぴったりと傍に寄った。・・・今日は兎に角休もう。 エリザにとってもセイカにとっても今日という1日は長く、疲れる1日だった。大きく変わり始める明日に備えて、 今晩はただひたすらに疲れを取ってしまおう。そしてエリザは再び瞳を閉じると、すぐに眠りについた。

 

途方もなく広い森の中、 2匹の小さなポケモンは、互いに互いのことを思っていた。その思いは同じでありただ1つ。 相手を自分の手で守ること。今の2匹の思いは、互いがおきているときよりもずっと近く重なり合っていた。 勿論眠っているのだからその事に気付く事は無いけれど、そのせいか2匹は不安の中にあってもどこか安心した表情だった。大丈夫、 あなたとなら、きっと。月はそんな2匹を優しく照らしながらまだ高くなっていき、暗い闇をいっそう明るく照らしていった。

 

 

μの軌跡・逆襲編 第12話「大丈夫」 完

第13話へ続く

posted by 宮尾 at 01:12| Comment(4) | μの軌跡(ポケモン・→) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
μの軌跡シリーズ大好きでヒマをみつけては読ませていただいています。
今回読み終わってさらに物語の続きが知りたくなりました。
これからのセイカ達が気になる・・・。

今回の執筆お疲れ様でした
次回の作品も楽しみにしています

★宮尾レス
rate様コメント有難う御座います。
μの軌跡気に入っていただけて光栄です。
セイカ達の関係もようやくまとまりだして、物語として大きく動き出そうとしています。書いている自分も結構楽しんでますw
他の作品の執筆もあるので更新頻度は少し落ちてしまっておりますが、これからも楽しんでいただけるようなストーリーを書いて行きたいと思っておりますので、是非これからもお付き合い宜しく御願いします。
Posted by rate at 2006年04月30日 21:33
いやー、とても面白かったです。早くつづきが読みたいです。次はいつ出るのですか教えてください。

★宮尾レス
myuu様コメント有難う御座います。
正直、色々な小説の執筆が重なって、現在μの軌跡はお休みを頂いている状態です。年末の連載再開に向けて調整を進めておりますので、お気を長くお待ちいただければと思います(謝
Posted by myuu at 2006年08月24日 12:09
ゆっくりでもいいのでがんばってください。でも本当に面白いですよ、まさにポケモン版ブレイブストーリー、これからもがんばってください。

★宮尾レス
コメント有難う御座います。
次回の公開までまだ大分かかると思いますが、皆さんに楽しんでいただける小説書けるように頑張りたいと思っています。応援有難う御座います!
Posted by myuu at 2006年09月04日 05:32
一応セイカ達の声をアニメとかの声優がやったらどうなるか考えてみた。

セイカ 声 川澄綾子
エリザ 声 名塚佳織
ジュテイ 声 東地宏樹
ロウト 声 欆井孝宏
ソウジュ 声 小林沙苗
タツキ 声 豊口めぐみ
リヒト 声 浪川大輔

というかんじです。この声の人たちは.hack//GUの声優から抜き取ってみました。これを読んでる人はその声優の声を思いだして読むと面白いかもしれません。とりあえず作者さん、がんばってください。

★宮尾レス
コメント有難う御座います。
.hackシリーズは特に見たこともやった事もないので良く分からないですが、好きなアニメの声優を当てて想像するのも小説や漫画の楽しみ方のひとつですね。かだ、こういった本編の内容とは離れた意見や感想は問い合わせのメールフォームにいただけると幸いです。
Posted by myuu at 2006年09月06日 17:32
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