2006年04月22日

ラベンダーフォックス 第1話

ラベンダーフォックス 第1話「戦姫覚醒!ファーストキスは変身の味!?」

【人間→獣人】

別に私は北海道が嫌いというわけじゃない。私が北海道に移り住む事を最後まで嫌がっていたから、周りの友達とか、 家族も私が北海道の事嫌いなんじゃないかって思っているし、私も面倒だから北海道のことが嫌いだということにしてある。 だから嫌いな理由を追求された時は返答に困ってしまった。嫌いなわけじゃないから、理由も何もない。 その時は何か適当な事言ってごまかした気がする・・・が、よく覚えてはいない。

 

しかし、北海道に引越しをするのは最後まで私は反対していた。北海道の事は嫌いでなくても、 北海道には住みたくない理由が私にはあった。でも、その理由をきちんと説明する事がどうしても出来ずに、最終的には母さんのためだから、 と父さんに説得されてしまった。母さんのため、という言葉には弱かった。父さんには悪いけど、私は小さい頃から母さんっ子だったから、 母さんの事を言われると私は反論できなくなってしまうし、ソレを盾にした父さんの事を私は卑怯だなって思うけど、 母さんのためっていうその言葉には嘘がなく、 心の底から本気で言っている言葉だったから私はもう抵抗せずに北海道行きを了承せざるを得なかった。

 

「姉さん、ほら、雪だよ。まだ積もっている」

「・・・本当だ・・・千歳でもパラパラ降ってたけど、コッチの方は結構残ってるんだ」

「毎年この時期まで残ってるのかな?だったら雪掻きとか大変そうだけど・・・」

 

きっと弟はその瞬間、頭の中で雪掻きしている自分を想像したんだろう。嫌そうな表情を浮かべながら線路脇から遠くの山まで、 まるで一枚の画用紙のように真っ白な景色を見つめていた。彼の頭越しに私もその景色を見る。引越先は実は両親の出身地で、 私は小さい頃から何度かコッチの方には訪ねてきたことが有るけど、この時期訪れたのは初めてだった。何となく、 うろ覚えではあるがこの路線は、前訪れた時にも当然乗ったことが有るけどその時は雪の無い時期だった。 雪が有るか無いかだけで景色というのは大きく変わるものだな、と思いふと視線を下ろすと、弟の足元に彼の切符が落ちている事に気付き、 身体をかがめてソレを手に取り、彼の目の前に差し出した。

 

「ほら、景輔。切付落としてる」

「あ、ゴメン。・・・カバンから落ちちゃってたんだな」

「気をつけてね・・・そのカバン、もう古いしそろそろじゃない?」

「やっぱもうダメかなぁ・・・結構気に入ってるんだけど」

 

景輔はそう言って私から切符を受け取り、そのカバンにしまいこんだ。私はその様子を見て小さくため息をつき、 何気なく腕時計に目をやった。・・・まだ目的地までは時間がかかりそうだ。私は閉じていたお気に入りの作家の推理小説を再び読み始めた。 リズミカルな列車の音を聞きながら、視界の情報はその一文一語を読み取る事に集中させた。

 

 

 

母さんは病気だった。私には難しい事が分からないけど、父さんや担当医の話で母さんが深刻な状況だってことぐらいは分かる。 病状を上向きにするには、少しでも環境のいいところで療養する事が必要だった。場所は幾つか候補があったし、 北海道よりも病院的にも環境的にも整っている所だってあった。私は最後までその候補の1つだった猪苗代の総合医療施設を推してたけれど、 さっきのとおり、北海道は母さんの故郷。実家に近いほうが母さんにとっても、私達家族や母さんの家族にとってもいいだろう、 というのが結局決め手となった。と言っても、引越先となった母さんの故郷は近くに炭鉱があって昔はそれで栄えていた事もあり、 今でも空気が悪い、ということはないものの、まぁ病人にとってはいい環境でない事は確かで、 そこから山を一つ越えたところにある病院に入院する事になった。それでも電車に乗ればすぐに会いにいける距離だし、 東京から福島までの距離を考えれば大分近いのは確かだった。

 

それに北海道行きを決定付ける要因はもう一つあった。そもそも父さんが仕事の関係で北海道に住んでいたのだ。私がまだ小さい頃、 仕事のためだといって、当時まだ入院こそしてなかったものの既に発症しており、 身体の弱っていた母さんと小さな私と景輔を置いて父さんは北海道へ移り住んでしまった。そして今、母さんの容体が深刻になったと聞くと、 急に手のひらを反したように自分の近くにおいておきたくなったようだ。全く都合がいいと思う。勿論、 わざわざ北海道まで仕事に出なきゃいけなかったのは母さんの負担を少しでも減らし、家族を養い、 母さんの入院の時のための費用を稼ぐためだったってことは、今の年齢なら私にだって分かる。でも当時は納得できなかったし、 その時の感覚を今でも引きずっているのだと思う。結果として私達姉弟2人はは病弱な母一人の手で育てられる事になったんだけど・・・。

 

 

 

「姉さん、姉さん!」

「・・・?・・・ん・・・何・・・景輔・・・?」

 

・・・いつの間にか寝てしまってたらしい。景輔が私の肩を叩きながらそう声をかける。私は唸り声を上げながらゆっくり身体を伸ばすが、 その瞬間膝元においてあった小説が落ちそうになり慌てて手で押さえた。

 

「で、どうしたの?もうすぐ駅?」

「いや、駅までまだもうちょっと有るけど・・・」

「・・・?じゃあどうしたの?」

「さっきから携帯鳴ってるよ」

「えっ!?」

 

私はそういわれると慌ててカバンに入った携帯を取り出そうとして、思わず小説を押さえていた手を離してしまう。当然ずり落ちる小説。 私はソレを再び押さえようとしたけれど今度はカバンを手に取っていた事を忘れてカバンを落としてしまう。 結果私たちの席の足元は小説やらカバンの中身やらが散乱してヒドイ状態になってしまった。

 

「あっ、ちょっ!?」

「あぁもう、何やってるんだよ姉さん」

 

私は急いでそれらを拾い集めようとしたが、そんな私を見かねて景輔も手を伸ばしてきた。そして真っ先に携帯を手にすると私に手渡す。

 

「ほら、さっさと出なよ、これは俺が片付けておくから」

「あ、うん・・・ごめん、ありがと・・・でもあんたが出てくれたっていいじゃない?」

「いや、出来れば姉さんのほうがいいと思うし・・・」

 

その景輔の言葉に私は初め首を傾げたが、 携帯のディスプレイに表示された発信者の名前を見て景輔のほうを鋭く睨むように見つめて声を大にする。

 

「ちょっと、姉さんからじゃない!何で出てくれないの!?」

 

姉さん、姉である私がそう呼ぶ人物。つまり私達は2人姉弟じゃない。もう1人上に姉がいるのだ。

 

「俺、あの人苦手なんだよね」

「ちょ、姉弟なんだからそういうこと言わないの!」

「ほら、さっさと出た方がいいんじゃない?」

「・・・あぁ、もう!ちゃんと拾っておいてよね!」

 

私は景輔にそう告げると携帯を手にしたまま席を立ち携帯の着信ボタンを押した。

 

「遅い!」

 

電話口の第一声がそれだった。私は急いで謝る。

 

「ゴメン!ここ数日片付けと準備で忙しくて・・・つい寝ちゃってて・・・!」

「・・・景輔は?あんた寝てるんならあいつ出ればよかったじゃないか」

「・・・景輔も寝てて」

 

・・・自分でも見え透いていると思うけど、とりあえず取り繕うための嘘をついておく。姉さんはふぅん、と小さく鼻で答えた。 少し間をおくと姉さんは本題を切り出してくる。

 

「・・・とりあえず駅前に着いたからさ、そっちも着いたら電話入れて」

「うん・・・分かった。多分後・・・20分・・・25分ぐらい?ソレぐらいで着くと思うから」

「分かった、じゃあ頼んだよ、光音」

「うん、じゃあね姉さん、また後で」

 

姉さんは最後には、穏やかな声で私の名前を声に出し、そして通話を切った。私は深くため息をつくと、自分の席に戻っていく。

 

「お帰り。あの人、何だって?」

 

景輔は既に私が散らかしてしまったカバンの中身を全て拾い集めてかばんの中に戻してくれていた。 私は席に腰を下ろしながら彼の問いかけに答える。

 

「姉さん、駅に着いたって」

「そう」

 

景輔の返事はそっけないものだった。そして彼は再び外を見る。相変わらず雪景色が続いていて、変わり映えのしないそれは、 さっきからそれほど時間が経っていないのではないかと錯覚を感じさせるほどだった。私はまた、 一つ小さなため息をするとさっきの推理小説をまた読み始めた。

 

 

 

私と景輔は1歳違い。だから学校へ通ったりするのも一緒に行く事が多かった。 私が中学に入った去年は方向が逆だったから別々に通う事になったけど、今年から引越先の中学でまた同じ学校に通う事になる。 つまり私が中2で景輔が中1になる。一方姉さんは私たちとは少し歳が離れていて、私よりも5歳年上、つまり今年で大学1年生。 しかし姉さんは今回こっちに引っ越してきたわけではない。先述の通り母さんと今まで一緒に暮らしていたのは私と景輔の2人。 姉さんは父さんが北海道に仕事で移り住む事を決めた時、一緒に北海道に移り住んでしまっていた。母さんの負担は少ない方がいいだろう、 といって父さんと話し合って決めた事らしい。だから数年の間私達3人姉弟は離れ離れに住んでいたから、 年齢のさも手伝って私と景輔2人と姉さんとの間は結構疎遠だった。特に姉さんと景輔は性格の違いからか、関係の希薄さは深刻だった。 別にソレが何か問題やトラブルを生んでいるわけじゃない。しかし、間で板挟みになっている私の気苦労は、 自分で言うのもなんだけど結構なものだった。奔放な姉と冷めた弟、病弱な母、家にいない父親。 結局家の事は私に圧し掛かってくる部分が多かったのだ。一歩間違えばバラバラになってしまいそうな家族を私が何とか繋がなきゃいけない。 私が考えたのは小さい頃からずっとそんな事ばかりだった。

 

 

 

やがて、車内スピーカーから駅名を告げる声が聞こえてきた。私達は降りる支度をする。ようやく目的の町、 私達の引越先であり母さんの故郷へと到着した。ホームへと降り立った私達はそのまま改札口を出て早々に駅の外へ出る。駅前は、 想像していたよりかは街として結構大きいイメージだった。前に来た時、といっても相当昔だが、 その時は随分小さい街だった印象が強かったから、結構それから街が大きくなったようだ。かつて炭鉱で栄えていた街だって聞いていたから、 そのまま寂れてしなったのではいかと不安だったのだが、私の不安はよそに、この町はしっかりと持ち直し、成長してきたらしい。

 

「ぉ、こっちこっち!」

「姉さん!久しぶり!」

 

姉さんは駅前の通りの端に車を止めて、その前に立ち私たちを呼んだ。私達2人は姉さんの車のところまで行くと、 すぐに車の後ろに荷物を乗せて、私が助手席に、景輔が1人後ろの席に乗り込んだ。

 

「免許取ったって聞いてたけど、本当だったんだね」

「当然、嘘ついてどうするのさ?」

 

姉さんはそう言うと車のエンジンをかけて走らせ始める。

 

「ゴメンな、本当は千歳まで向かいに行ってやろうと思ったんだけど、時間取れなくてな」

「ううん、だってバイトとか忙しいでしょ?仕方ないよ」

「そういってもらえると助かるよ。私、これからも家には不在がちだから」

 

ソレは私に家の事任せるよ、ということを暗に期待しているのだ。私は声を出さずに姉さんのほうを見て小さく頷いた。 景輔はその様子を見て後ろで聞こえないぐらい小さなため息を一度つき列車の時と同じく窓の外を見つめていた。車の中に乗っている間、 姉さんと景輔が言葉を交わすことは最後まで無かった。

 

駅から家までは姉さんの車で10分も経たないうちに着いた。私と景輔は窓から自分たちが移り住む、自宅となる家を仰ぎ見る。 前から写真や間取り図は送ってもらったものを見ているから、物件の大体のイメージは出来ていたけれど、 東京に住んでたときはずっとアパート暮らしだったから、戸建に住めるっていうのは、実は何となくワクワクしている。 ここに一応私達3人姉弟と、父さんとの4人で生活することにはなるけれど、姉さんは大学とバイトで、 父さんは仕事で家にいることは少ないだろう。実質私と景輔の2人で住むようなもんだ。 中学生の姉弟2人っきりでの生活は大変そうに思えるけど、実際それに近い状況を小学生の頃からずっとやってきた私にとっては、 別段困ることなんて何も無かった。姉さんが家の鍵をあけている間、私達は車の後ろから荷物を降ろす。 そして姉さんに導かれて家の中のリビングに荷物を運んだ。

 

「先に送ってもらった荷物は届いてたからさ、後は自分たちで自分の部屋に運べよ」

「うん、ありがとう。姉さんは?これからバイト?」

「そ、大学入学したら昼間は働けなくなっちまうからな。今が稼ぎ時なんだよ」

「そっか・・・大変だね、頑張ってね」

「あぁ、任せとけって。おまんま食いっぱぐれちまわねぇようにしっかり働いてきてやるよ」

 

姉さんはそう言うと早々に家を出て、再び車を走らせ始めた。とりあえず私と景輔は自分たちの家を見て回ることにした。 間取りは5LDK。1階に2部屋、2階に3部屋あるので、2階の部屋を3人姉弟で分けることになるだろう。 事実既に3階の部屋は姉さんの部屋として今までも使っていたらしい。私達が来るチョット前から父さんと姉さんはここで暮らし始めたようだ。 悪いと思いながら姉さんの部屋をチラッとのぞき見たが、そこはベッドと机、クローゼットがあるだけで酷くこざっぱりとしていた。 姉さんらしい、と思いながら私達は1階に戻るとリビングに並べられていた荷物を見て、ふぅっとため息を小さくつく。

 

「じゃあ、さっさと運んじゃおうか」

 

私は景輔にそう声をかける。景輔は小さく首を縦に振ると、互いの荷物が詰められたダンボールを自分の部屋へと運び始めた。

 

 

 

新居での1日目は引越の片づけであっという間に過ぎてしまった。それでもまだ半分も片付いていない。まぁ引越なんてそんなモンだろう。 ダンボールや衣服、小物が散乱する新しい部屋で、私は開いたスペースに何とかとりあえず布団を敷き、チョット早いけど横になった。しかし、 この春も間近という季節に、まさかストーブを焚かないと寒くて寝れないとは思ってなかった。私は天井を見つめながら何気なく考えふける。・・ ・結局何だかんだ言って北海道に来ちゃった訳で。来たく無い理由はあったのだけれど・・・まぁ、 来てしまった以上今更何言ったってしょうがない。兎に角普通どおりに生活していれば、特別何かおかしなことになったりはしないだろう。 今までだってずっと何事も無く順調に普通の少女としてやってこれたんだから、きっとこれからも大丈夫。私は自分に言い聞かせながら、 ゆっくりと思考の糸をほどき、瞳を閉じた。新しい生活に期待と不安を抱きながら。

 

 

 

翌日、私と景輔は部屋の片付けも早々に切り上げ、早速今春から自分たちが通う中学へと挨拶と手続きに向かった。当然、 父さんも母さんも、姉さんさえ付き添ってもらうことが出来なかったので結局私達2人、 転校と新入学する本人たちだけで学校へ赴くことになった。私達は校長室で校長、教頭、そしてそれぞれの担任と学年主任の先生を紹介される。 返答代わりに改めて私達も自己紹介をする。

 

「青藤光音です。宜しく御願いします」

「青藤景輔です」

 

2人揃ってお辞儀をする。そして私は再び自分の担任の方を見た。比較的若い女性教師。20代半ばぐらいだろうか。 担当科目は英語だという。彼女は私の方を見ると優しく微笑んだ。・・・まだまだ、教師として理想に燃える年頃なんだろう、何となく気配で、 彼女の熱意が伝わってきそうだった。まぁ、悪い先生じゃなさそうだし、 これから卒業までの2年間導いてくれる教師としては十分期待できると思う。私達はその後簡単に始業式以降の流れについて確認し、 意気込みなどを語った。そして一通り話を終えると私達は再びお辞儀をして校長室を後にしようとした。が、私はふと足を止め、 先生たちの方を振り返って問いかける。

 

「・・・あの・・・」

「・・・まだ何か、分からないことがありますか?」

「いえ、そうじゃなくて・・・折角なんでこの校舎の中、少し見て回りたいんですが・・・いいですか?」

「あぁ、別に構いませんよ。もしよければ案内してあげますし」

「いえ、自分のペースで色々見たいので・・・有難う御座います」

「でも、余り遅くならないように気をつけてくださいね」

「はい、分かりました」

 

私は最後にもう一度深くお辞儀をして校長室を後にした。直後に景輔が話しかけてきた。

 

「じゃあ俺、先帰ってるけど?」

「うん、私も一通り見て回ったらすぐ帰るから」

「わかった。じゃあ先帰るよ」

 

景輔はそういって玄関の方へと歩き始めた。私は一息つくとゆっくりと長い廊下を歩き始める。そして色々な教室をのぞき見る。 当然といえば当然だけど、比較的普通の学校。特徴があるわけではないけど、馴染みやすそうではあった。学校は今春休み、 日曜日であることもあってか、部活動で学校に来ている生徒も無く、校舎は静まり返っている。多分、本当に私と、 さっきの先生たちぐらいしか学校にいないんだろう。私が廊下を歩く音だけが校舎の中に響いている。私はそのまま廊下を端から端まで歩くと、 上の階に上がり更にまた端から端まで、ソレを繰り返し最上階の廊下を往復し終えると、ふと上を見上げる。・・・この先にあるのは当然、 屋上だ。別に屋上に見るものなんて無い・・・私はそう思いつつもどこか導かれるように、更に上へと上がる階段を昇り始める。

 

・・・鍵・・・かかってるよね・・・普通・・・。そう思って私はゆっくりノブに手をかけて回してみる。しかし、ドアを押す感触に、 手ごたえが無い。

 

「・・・開いてる・・・!?」

 

・・・かかってなかった。私が力を入れると扉はゆっくりと音をたてて開いていく。私は一瞬ためらったものの、そのまま外へと歩み出た。 その瞬間に開ける視界。吹き込んでくる風。

 

「うわぁ・・・!」

 

思わず感嘆の声が漏れた。私の目の前に広がったのは、この街の全景。・・・まぁ、学校の屋上だからそれほど高いわけじゃないけど、 澄み切った風と遠くに見える海、後ろに広がる山。ひねりが無いけれど、何となくこういう景色を見てると、あぁ、北海道に来たんだなぁ・・・ と実感が湧いてくる。・・・結局何だかんだ言って北海道に来ちゃった訳で。私は一歩一歩まだ雪の残る屋上をゆっくりと進みながら、 昨夜と同じことを再び頭で巡らせてみる。そして屋上の端に立ち、ゆっくりと目を閉じた。・・・風が吹きぬける音だけが聞こえる。 本当に静かだ。まるで世界に私1人だけで誰もいないような錯覚に陥りそうだった。・・・でも・・・近くに本当に人いないよね・・・? 私は辺りを念のため見渡してみる。当然人影は見当たらない。

 

・・・ここならいいかな・・・?

 

私はしばらく自問自答を繰り返していたが、やがて小さく一人で頷くと、ポケットから小さな小瓶を取り出す。白い陶器の、 手のひらに乗るほどの本当に小さな小瓶。私はしばらく、無言でソレをずっと見つめていたが、もう一度静かに頷くとそのフタをゆっくり外す。 しばらくするとそのビンから漂い始める花の香り。私はゆっくりと鼻から息を吸い、その香りを感じる。そして再びゆっくりと目を閉じる。 すると、残る感覚は嗅覚だけなのに脳裏には鮮やかで優しい紫が広がっていく。・・・ソレはラベンダーの香り。 小瓶にはラベンダーの香りの素が入っていて、フタをあけるとソレが私の周りを、そして心を包み込んでいくように広がっていく。 でもソレは私にとって、ただの香りじゃない。その香りが私の中に眠るモノを奮い起こしていく。

 

「ん・・・!」

 

私の口から小さなうめき声が漏れる。内側から広がっていく何かが、そのキャパシティを超えあふれ出した感じ。何か、それは私という、 青藤光音という少女そのものを変化させていく不思議な力。私が私でなくなっていく感覚。やがて私の顔に目に見える変化が訪れていく。 私の漏れるその声に押し上げられるように、鼻先が黒く色づき前へと尖り伸びていく。耳も徐々に頭の上へと尖っていく。そしてその耳には、 いや、耳だけじゃない顔全体に柔らかく短い毛が覆っていく。耳先は黒く、下あごの周りは白い毛が覆うが、 その他顔の大部分は淡いオレンジ色が太陽の光を受けて黄金色に輝く。鼻の周りには細く尖ったヒゲが飛び出す。ソレはもう私の、いや、 人の顔じゃなくなっていた。

 

「クゥ・・・!」

 

私の口から漏れる声も徐々に人のものではなくなっていく。やがて私が来ていた服が緩くなっていく。 当然服が大きくなっているわけじゃない。私の身体が小さくなっていっているんだ。その服の内側の全身の皮膚にも、 顔のような毛が覆われていく。やがてすっかり私の身体は服に埋もれてしまう。しばらくするとその変化が収まると、私は服の中から這い出て、 ためしに一声出してみる。

 

「・・・キャン!」

 

それは完全にかん高い獣の鳴き声だった。・・・久々に自分のこの声を聞いた気がするなぁ。私はそう思いつつふと、 何かを確認するように自分の手を見つめる。いや、私の手は既に手じゃない。短い指先に鋭い爪が尖り、手のひらには柔らかな肉球が並び、 全体を黒い毛で覆われている。ソレは完全に獣の前足だ。私は鼻から小さく息を吐き出すと、その前足を地面に下ろし、 後足に力を入れすっと4足で立ち上がる。そして全身の毛を、まるで鈴を鳴らすように身体を大きく身震いさせ奮い立たせる。 脱ぎ散らかされた私の服の前に現れたのは1匹のキツネ。・・・そう、そのキツネは勿論私だ。耳、ヒゲ、尻尾、全身で風を感じる。 一糸纏わぬ姿で外に出るなんて人の姿じゃ絶対に出来ない。この姿だから出来る事。 私は久しぶりのこの心地よさを感じながらグッと身体を伸ばした。

 

 

 

この姿に私が変身できるって気付いたのは何時ごろだったか・・・確か、小学中学年ぐらいだと思う。 久しぶりに帰ってきた父さんが持ってきたお土産がこの小瓶だった。ラベンダーの香りのする小瓶、北海道のお土産としては無難なもので、 普通なら香りを楽しむためにただ飾ったりとかするだけだったはずだった。しかし、始めてその香りをかいだ時、私は急に全身に違和感を覚えた。 そして鼓動が早くなり、心も高揚していく。最初私は、何故花の匂いをかいだだけでそうなってしまうのか、自分で自分が分からなかった。 そして何が何だか分からないうちに私の身体は変化してゆき、気付いた時にはキツネの姿になってしまっていたのだった。 初めて変身したのは自分の部屋だったから、その姿を鏡で見て自分の姿がキツネだと気付き、その事実を認めなきゃいけなかった時、 私のショックはかなり大きかった。自分が自分であることを否定されてしまった感じがしたんだと思う。 その日はどうしたらいいか分からないまま、キツネの姿のまま一晩を過ごす事になってしまった。普段なら私が寝ていたベッドの上には、 1匹の小さなキツネがその瞳の周りを涙で濡らし、丸くうずくまっていた。幸い、家族はみんな早く寝たから、 私が変身してしまった事にみんな気付かなかったから、ソレが救いだったと思う。

 

しかし翌日、目を覚ました時にはベッドで寝ていたのはいつも通りの私だったから、 その直後はキツネに変身してしまったのは夢だったと考えほっとしたが、後日再びその小瓶の匂いをかいだとき、 また変身してしまったから私の安心はあっさりと砕けてしまった。でも、2度目の変身の時は、 1度目の変身で人間に戻れる事が分かっていたからパニックに陥る事は無かった。どういうわけかまるで分からないけど、 私はラベンダーの匂いを嗅ぐとキツネに変身してしまう体質になってしまったのだ。やがて何度も変身を繰り返していくうちに、 キツネの身体にも慣れ、キツネに変身してからある程度の時間が経てば人間に戻る事に気付き、更に変身を繰り返すとやがて、 ある程度では有るが、人間に戻るタイミングも任意で調整できるようになり、好きな時間だけ狐に変身できるようになった。ただし、 変身のきっかけにはラベンダーの香りが必要だった。いや、逆を言えば、 あの小瓶でなくてもラベンダーの匂いを嗅いでしまうと自分の意思とは関係なくキツネに変身してしまうのだ。すぐに人間に戻れるとはいえ、 キツネへの変身を自分の意思で抑制できないのはトラブルの原因にもなる。一度、 父さんと同じように友人が北海道土産でラベンダーの匂いのする商品を持ってきたとき、 友人の目の前で変身しそうになり急いでその場から逃げ出し見えないところで変身した事があり、たいそう不思議がられ、 不審がられてしまったことがあった。

 

北海道に来たくない理由はこれだった。私はキツネに変身することは嫌いじゃないしむしろ楽しんでいたけれど、 結局こういうトラブルがあるから、極力ラベンダーからは距離を置いて生活をする必要があったのだ。勿論、 北海道に来たからといってラベンダーの香りを毎日かぐなんてことは無いけれど、 それでもラベンダーという存在が東京にいる時よりも身近になってしまうのは不安があったのだ。 だからなるべく北海道に関する物事は極力避けるようにしてたから、周りからは私が北海道を嫌っているように映ってしまうのだ。

 

 

 

でも、やっぱりキツネの姿はとても心地がいい。最近ずっと変身してなかったから、久々の変身はいつも以上に気持ちが高まるものだった。 しかもこの見晴らしを1人占め・・・じゃないか、1匹占め出来るのだから。・・・まぁ、こういう事考えたら北海道も悪くないかな、 って思えてくる。そしてふと、自分が今まで着ていた服を見ると、私はソレを口にくわえて運び始める。もし万が一、ここに人が来れば、 こんなところに女の子の服が脱ぎ散らかされているのはあまりに不審だから騒ぎになりかねないので、物陰に隠す事にした。 キツネの姿でコレを運ぶのは大変だから、変身前に脱いでしまって隠せばいいんだけど、 まさか屋外で人の姿のまま全裸になるのはさすがにマズイから、服を着たまま変身して、変身した後こうするしかない。 一通り人の目のつかないところに服を隠すと、私はまた鼻から小さく息を吐き出す。・・・一息つくと、 ポカポカとした暖かい日差しと心地よく吹き抜ける風、そしてキツネの姿に変身した事が相乗効果を呼び、私の気分はまどろんできた。・・・ 何か・・・チョットだけならいいかな・・・人も来なさそうだし・・・。私は細い目をいっそう細くして、尻尾もだらんと垂れ下がる。 そして一度大きくあくびをすると、そのまま雪の少ないところまで歩いていき、そしてそこに丸まると、高まっていた気分は落ち着き・・・ そのまま・・・ゆっくり・・・眠りの中に・・・。

 

 

 

と、その意識があと一歩で完全に途切れかけた瞬間。

 

 

 

『危ない!!』

『・・・え・・・!?』

 

突然何処から声が聞こえてきたかと思うと、突然私の近くから耳が痛くなりそうなほどの爆音が轟いた。 ソレと同時に周りが煙で覆われていき視界が奪われてしまう。私はあまりに突然すぎる事に何が起きたのか分からず、 しかも半分眠りに足をつけていた私の思考はすぐには動いてくれなかった。ただただ呆然と立ち尽くすだけしか出来ない。 やがて煙が晴れていくと目の前に見えてきたもの。

 

『・・・何・・・これ・・・!?』

 

・・・きっと寝ぼけてるんだ、私は。そうだ、本当は既に眠っていてコレは夢なんだ。私は初めそう考えた。 だってどう考えたっておかしい。1匹の白いキツネが、巨大な蜘蛛の化け物と向かい合って戦っているなんて・・・夢に決まってる・・・ そういくら思い込んだとしても、はっきりとその爆風が耳や尻尾を揺らし、舞い上がった砂埃が目と鼻に痛みを感じさせ、そして蜘蛛の化け物の・ ・・鳴き声なのだろうか、地の底から響くような、車のエンジン音にも似た強烈な騒音。五感全てが、 ソレがどうしても現実である事を告げている。

 

『え・・・待って・・・何・・・!?』

 

私はすっかり眠気も覚めて、徐々に不安と恐怖が心を覆っていく。私は混乱のまま、 その異様な状況から少しでも遠ざかろうと一歩一歩後ろに下がっていく。イヤだ。逃げ出したい。コレは悪夢なんだ、悪い夢だ、 そう何度も心で呟き続ける。が、その時。

 

『逃げじゃダメだ!』

 

突然響いたのはかん高いキツネの鳴き声だった。しかし、ソレは私の耳にはまるで少年の声のように意味を持って聞こえてきたのだ。 私は声の主の姿を一瞬探しかけたが、冷静になれば今この状況で私以外にいるキツネ、ソレは目の前にいる白いキツネしかいない。

 

『・・・え・・・何でキツネが喋ってるの・・・!?』

『いや、別に喋ってるわけじゃなくて・・・キツネ同士なんだから言葉が分かって当然じゃないか!』

 

・・・そういうもんなんだろうか・・・まぁ言われてみればそうかもしれない。 今まで東京では自分以外のキツネにあったことが無かったから、キツネと話が出来るなんて考えもしてみなかった。・・・ ていうかそんなのんきな事考えている場合じゃない。私は蜘蛛の怪物の方を見上げた。 キツネになった私だと見上げなければその全身が見れないほど巨体。しかもよく見るとその身体は生物としての蜘蛛の特徴を持ちながらも、 ところどころがまるでロボットのように機械的で、金属的な外殻を持っている。 蜘蛛の怪物はその8つの目を輝かせてまるで狙いを定めるかのように私と目の前の白いキツネを交互に見ていたが、 やがて白いキツネの方に照準を合わせたのか、口の周りが突然光りだしたかと思うと、次の瞬間数条の光線がキツネ目掛けて放たれる。 一方のキツネはその蜘蛛を睨みつけ大きく甲高い鳴き声で叫ぶ。

 

『瘴壁!』

 

その瞬間キツネの前に光の幕のようなものが現れ、蜘蛛が放った光線を弾いて彼の身を守った。そして蜘蛛の攻撃が落ち着くと、 キツネの前に有った光の幕は消えキツネは再び大きく叫ぶ。

 

『塞縛!』

 

すると今度はキツネから数条の光が放たれ、それらが蜘蛛の身体に纏わりつきその動きを封じたのだ。そして、 蜘蛛が動けなくなった事を確認すると、キツネは私の方を振り返り一気に私の近くへと近寄ってきた。私は思わず問いかける。

 

『一体・・・貴方たちは何なの!?』

『ゴメン、詳しい説明は後にして!』

『でも、何でこんな所で戦ってるの!?何も・・・私のいるところで戦わなくたって・・・!』

『いや・・・君のいるところじゃなきゃいけなかったんだ・・・』

『・・・え・・・!?』

 

キツネはその白い毛を輝かせて、少し俯きながら何か考え事をしていたようだった。何かをためらっているようにも見えたが、 冷静な判断力を欠いていた私に彼の心中を察するだけの思考力は無かった。私もまた、何もする事が出来ず、 ただ彼を見つめることしか出来なかった。2匹のキツネはお互い何度か目線を合わせては反らし、また合わせては反らすと繰り返していたが、 やがて私の方を見つめながら力強く語り始める。

 

『・・・あいつを君のところまで連れてくる必要があったんだ』

『それって・・・わざと私のところにつれてきたってこと!?何で!?』

『君が・・・華の戦姫だから・・・』

『え・・・私が・・・何・・・!?』

『・・・あいつの攻撃を防ぐのは僕の瘴壁でも出来るけど・・・僕には戦う力は無い・・・』

『ショウヘキ・・・?・・・さっき叫んでた・・・!?』

『そう、アレは守る力、攻める力じゃない・・・だから戦姫である君の力が必要なんだ・・・!』

『ちょ、ちょっと待って!?・・・何・・・言ってるのか・・・分からないよ・・・!?』

 

私の鳴き声は焦りで震えていた。急にわけの分からないことを一度に言われても、 パニックに陥っている私にはとても処理する事は出来ない。私の瞳は潤み始めていた。彼は私のその様子に気付きながら、 少し申し訳なさそうにしながらも、その強い瞳で私を見つめ言葉を続ける。

 

『・・・君にしか倒せないんだ・・・あいつは・・・!』

『そんな・・・私に・・・戦う事なんて出来ない・・・!』

『だから・・・戦う力を君に与えに来たんだ、僕は』

『え・・・!?』

『・・・だから・・・ゴメン!』

 

白キツネはそう謝ると突然その顔を私に近づけ始める。そして彼は私と彼自身の長い鼻がぶつからないように、首を傾けてその唇を・・・ 私の・・・唇に・・・。

 

って・・・え、待って・・・、今・・・この状況・・・私の口に感じるのは白いキツネの柔らかな唇で・・・ 私と彼の唇が重なり合ってるってことは・・・え、もしかして・・・これって・・・。

 

 

 

これって・・・つまり・・・ファーストキス!?

 

 

 

『な、何してんのよ!?このエロギツネ!』

 

私は思わず前足を彼の顔面目掛けて思いっきり振りかぶったが、私の殺気を感じ取ったのか彼は急いで顔を放すと、 大きく後ろに飛び跳ねた。

 

『ゴメンって前もって謝ったじゃないか!』

『そういう問題じゃないでしょ!』

 

乙女の純情返せ!思わずそう訴えたくなったけど、ふと私は言葉を止めた。・・・何だか身体が妙に熱くなってる気がしてきたのだ。 初めは突然の出来事に気分が動転し、高揚したのかと解釈しようとしたが、そんなんじゃない・・・何か・・・ 自分の内側から壁をつきあがって何かがあふれ出すような・・・どこかで感じた感覚・・・。

 

『・・・その君が今感じている力が、戦う力・・・君の本当の力だ』

『え・・・!?』

 

白キツネは私の考えを見透かすかのようにそう告げた。私の・・・戦う力・・・本当の力・・・ ソレが何を意味するのか私にはまだ理解できないけど・・・けど、そうだ、この内側から何かがあふれ出す感覚・・・ 人の姿からキツネの姿になる時、もしくは逆にキツネの姿から人の姿に戻る時に感じる、私を変える力。

 

『・・・コレは・・・変身する時の・・・!?』

 

そう口にした瞬間、私の内側からあふれ出る力が勢いを増して、ソレは紫色の光となって私を包み始めた。 そしてその光が徐々に私の身体を覆う獣毛にしみこんでいき、私の所謂キツネ色の毛をその光と同じ紫色に染めていく。 そして四肢が徐々に長くしなやかに伸びていく、まるで人間に戻るように。私は一瞬、自分が人間に、 自分の意思に関わらず戻ってしまったのかと焦ったが、その焦りはすぐに違う焦りへと変貌する。異変に気付いたのは自分の手を見たときだった。 そう、手。前足じゃない。しかし、その手は人のもののようにすっと長い指を持つのに、 手のひらにはキツネの時のような肉球が残ったままになっていたのだ。私は慌てて全身を見る。その姿かたちは人間のそのもの、 だが体中を覆った紫色の毛は消えることは無く、また私の顔はキツネのものそのままだった。尻尾もキチンと後ろに垂れ下がっている。 それはところどころにキツネの特徴を残した人、まさにキツネ獣人だった。そして変化はまだ止まらない。 私の身体自体の変化は止まったようだが身体の周りを包んでいた光は徐々に私の身体を覆うように形作られていき、やがて瞬間的にパァン、 とはじけたかと思うと、まるでソレは神社の巫女が着ているような和風の服になった。

 

「な、何・・・この姿・・・!?」

 

私はすっかり変わった自分の姿を見てそう呟いた。その声はキツネの鳴き声ではなく、人の私の声だった。

 

『・・・華の戦姫・・・ラベンダーフォックス・・・!』

「え・・・ラベンダー・・・何・・・!?」

『説明している暇は無い・・・僕の塞縛じゃ・・・もう・・・限界だ・・・!』

 

白キツネはそう苦しそうに告げる。塞縛の限界・・・そう聞いて私はさっきの蜘蛛の怪物を思い出し振り返る。 蜘蛛はその身を縛っていた白キツネが放った光を引きちぎろうとしていた。

 

「あいつ・・・動き出す・・・!?」

『だから、早く戦うんだ!』

「そんな・・・私に戦うなんて・・・!」

『無理じゃない、いや、君にしか出来ないんだ!』

 

私にしか出来ない・・・そんな事言われたって・・・!

 

『大丈夫・・・僕の言う通りに動くんだ』

「あなたの・・・!?」

『そうだ・・・そうすればあいつを倒せる』

「・・・」

『あいつを倒せるのは君だけなんだ!僕を・・・信じて!』

「・・・わかった・・・どうすればいいの?」

 

・・・もうこうなったらやるしかない。私は腹をくくると蜘蛛の方を睨みつけ白キツネの言葉に耳を傾ける。

 

『まず右手を前に出して』

「・・・こう?」

『そう、そしてその手に、君が感じている紫の力を集中させるようにイメージするんだ』

「紫の・・・力・・・!」

 

私は始めじっと右手を見つめ続けたが、やがて心を落ち着けて、体中を流れる紫のイメージを手に集中させるように想像する。 するとやがて手が熱くなってきたことを感じて瞳を開くと私の右手には紫色の炎が揺らめいていた。

 

「・・・これが・・・!」

『そう・・・君の力・・・攻める力だ』

 

確かに感じる、強いエネルギー。私の身体から溢れる戦うための力。

 

『その力をアイツにぶつけるんだ!』

「・・・うん!」

 

私はそう頷くと自分よりもずっと大きい蜘蛛の怪物を見上げた。白キツネの塞縛という力で動きを封じられており、 激しくそれから逃れようともがいている。私は蜘蛛の顔に照準を合わせると、軽く地面を蹴った。・・・すごい、 軽く蹴ったつもりだったのに私の身体はまるで重力を感じさせないかのようにふわりと宙に浮かぶ。 蜘蛛は私のスピードに対応しきれていないようだ。突然目の前から消えた私の姿を探している。・・・今しかない!

 

「このォっ!!」

 

私は炎で包まれたその右手を思いっきり蜘蛛目掛けて、自分の全体重と思いを全て右手に集中させそのまま振り下ろす!

 

その瞬間に私の右手からはじけるように光が広がりあたりを包み込んでいく。私の手に揺らめいていた炎は、 蜘蛛に触れた瞬間蜘蛛の身体に広がっていき、大きく燃え上がる。そして全身にひびが入り始め細かく分かれていくと、 最後には強烈な爆破音と共に紫色の光を放ちながら灰となり私たちの目の前で砕け散った。

 

「・・・やった・・・!?」

 

私はその爆風の反動を利用してゆっくり後ろへと下がり着地する。その私の傍に白キツネが寄ってくる。

 

『・・・やっぱり華の戦姫、その強さは確かだったね』

「・・・ところで、キチンと説明してくれる?・・・ラベンダーフォックスって・・・一体何なの?」

『そう・・・だね、・・・戦いの事・・・あいつらの事・・・そして君の力のこと・・・君には話す事がたくさんあるから・・・』

 

キツネは私の方を見上げながらそう告げるとさっきまで蜘蛛がいたあたりに視線を向けた。私もつられるようにソッチを向く。 その瞬間心地よい風が私の横を駆け抜けていき、私の耳やひげを優しくなでて揺らしていった。その心地よさに一瞬心を落ち着かせたけど、 ふと再び自分の手を見て急に不安が押し寄せてくる。そこに有るのは人としての私の手ではなくキツネ獣人の・・・ 彼の言うところのラベンダーフォックスの手なのだ。私であって私でない・・・自分は一体何なのか・・・揺るぎ始める自分という存在。 私の北海道での新生活の波乱とは裏腹に空は晴れ渡り、私の紫色のしなやかな毛は太陽の光を受けて強く鮮やかに輝いていた。

 

 

ラベンダーフォックス 第1話「戦姫覚醒!ファーストキスは変身の味!?」 完

第2話に続く

この記事へのコメント
 いよいよ始まりましたね。
 こちらでは転校ですか…姉や弟との関わり合いはもちろん、コンビを組む事になるであろう白狐とのロマンス(?)も気になります。

 この世界のヒロインの行方…次回も楽しみにしています。

★宮尾レス

今度からこうしてコメントに直接レスつけちゃいます。。。
というわけでカギヤッコ様コメント有難う御座います。

ついにというか、いよいよというか、始まるわけです。
冬風様のほうと共にお互い独自路線でがっつりまったり描いていきますので、これからもお付き合い宜しく御願いします!

>白狐とのロマンス(?)

は、どうなんでしょうかね?有るんでしょうかね?よく分からないのでワクワクします(マテ作者
Posted by カギヤッコ at 2006年04月22日 22:59
 新作キター!!今度は戦隊ものですか(違)。
 何の前触れもなくキツネになったかと思ったら、いきなり謎の防御狐登場ですか。主人公の変身できるワケや力の意味がこれから明らかになるのでしょうか?(期待しすぎ;)
 続き楽しみにしております。


★宮尾レス
都立会様コメント有難う御座います。
まぁ、ズバリ特撮を意識した作品ですね。。。初回の敵が蜘蛛なのは仮面ライダ○からの系譜なのです(謎
まぁ、どちらかといえばセ○ラ○ム○ンとかプリキュ○とかのイメージの方が強いんですがw
主人公の謎など諸々初回でドババーンと出ましたが、追々ゆっくりと説明していきますっていっつもそんな小説の書き方だ(汗
Posted by 都立会 at 2006年04月25日 14:26
何か・・・、異様に親近感感じる作品でしたね。
自分が住んでいるのが北海道だし、話の中にチラッと出てきた『猪苗代』は私の実家のすぐ近くだし・・・

失礼いたしました。
実にスピード感があって、面白い作品だったと思います。人物の描写もしっかりしているし、何より戦闘シーンがカッコいい!
次の展開が、非常に楽しみです。
これからもちょくちょく来たいと思うので、如何かよろしくお願いいたします。

★宮尾レス
青珠様、コメント有難う御座います。
北海道に猪苗代、偶然関係のある地名が続けざまに出てきてビックリしますよねw
猪苗代は小学生の頃、野口英世の事を調べに訪れた時に幼いながらもいいところだなぁ、と感じて何と無く出してみました。
戦闘シーンは、やはり漫画やアニメなどと比べると、小説で何処までスピーディーさを描けるかというのが中々難しいところです。盛り上がる戦闘シーンを書けるようにこれからも頑張って生きたいと思います。
Posted by 青珠 at 2006年04月27日 08:39
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