PBE Beginning 第5話
【人間→ポケモン】
PBEスタッフ寮の前には移動用の専用車両が数台並んでいた。しかし、移動車両と言っても大きなものではない。少し大きめのワゴン、 と言った感じのものだ。しかし今回バトルに参加するのは私達のような小さなポケモンばかりではない。ゴールドやプラチナともなれば、 必然的にサイズの大きいポケモンも多くなる。とてもそれらのポケモンが全て乗り込むのはこの車両ではどう考えても不可能だった。私は思わず、 隣にいたマイ先輩に問いかける。
『あ、あの・・・』
『何?』
『あの車で・・・移動するんですよね?』
『そうだよ』
『でも・・・どうやってポケモンを運ぶんです?かなり大きいポケモンがかなりの数いるのに・・・』
『あのねぇ、根本的なこと忘れちゃダメじゃない』
『え・・・?』
マイ先輩にそういわれ、私は首を傾げた。根本的なこと・・・?頭で考えるがいまいちピンとこない。
『もう、しっかりしなよ。今の私達は何?』
『え・・・?・・・ポケモンですけど・・・』
『ポケモンでしょ?なら・・・ほら、答えが来たよ』
そう言ってマイ先輩は私とは逆の方向を向いた。私もつられてそちらに顔を向けた時、すぐにその意味が理解できた。
『あれ・・・モンスターボール・・・!?』
『そ、アレで運べば、重さなんてそもそも関係ないでしょ』
そこにいたのは、手にモンスターボールを持ちこちらへと向かってくる人間のスタッフだった。ソレはつまり、そういうことだ。 私は慌ててマイ先輩のほうを向き直り問いかける。
『え、でも、ほら、私達、人間だし・・・』
『でも今の私達はポケモン。アナタもさっき言ったばかりじゃない』
『そりゃあ、そうですけど・・・』
『本当のポケモンなのか、人間がスーツを着て変身したポケモンなのか、モンスターボールには関係ないもの』
そう言われて私は改めて自分がポケモンであることを突きつけられる。それは私にとって、きちんとポケモンであると言う安心感と、 ポケモンでしかないと言う不安を同時に感じていた。PBEの中にいるから、私は自分がポケモンに変身した人間だって分かっているし、 分かってもらえるけど、事情を知らない人が見れば私は小さな1匹のチコリータでしかない。もしも仮にココを出たりして、 何も知らない人が私を見つけたら・・・チコリータとしてその人に飼われる・・・。
・・・怖すぎ。
あぁ、ダメだダメだ、何これから大一番て時にネガティブなこと考えちゃってるんだ私は。私は考えを振り払うために首を大きく振った。 その様子を見たリョウが、心配そうな表情を浮かべて私に話しかけてくる。
『・・・どうした、大丈夫か?』
『ぇ・・・うん、大丈夫、何でもないから』
『そうか・・・?・・・もしかして・・・緊張してるとか?』
『・・・そうだね・・・少し・・・』
・・・実際のところは、緊張と言うのとは少し違うんだけど、適当な返しが見つからないから私はとりあえず頷いた。 その答えを聞いたリョウは、そのヒトカゲの小さな手で、まだ握っていた私のつるをより力強く、しかしそれでもなお優しく、 私の方を見つめながら握りなおした。
『大丈夫だよ』
『・・・リョウ・・・』
『大丈夫、カナと俺なら。きっと大丈夫』
リョウはそのややかん高く、しかし綺麗なヒトカゲの鳴き声で優しく私に語り掛ける。その声が私の心を瞬間的に安心させてくれるけど、 すぐにソレが逆効果に感じてしまう。リョウの優しさに触れるたびに私は、恥ずかしながら、彼を強く意識してしまっている。・・・この間、 ようやく意識しないで済むようになったはずなのに・・・私はまた、意識を始めている。リョウはただのクラスメイト。だったはずだ、 ついこの間、卒業するまでは。当然私もずっとそのつもりだったし、ココに入ってからもずっとその感覚を引きずっていた。・・・でも、 いつからだろう、この短い1週間の中で、私はいつ・・・。
『ほら、2人とも何時まで繋いでいるつもり?ボールに2匹は入らないよ』
『あ、ゴメン、俺・・・!』
そういってリョウは慌てて私の手を離した。・・・その仕草1つ取っても、私にはもう、 言葉では言い表せない暖かいものが心に流れ込んでくるように感じる。・・・どうしよう、私は・・・リョウが・・・。
『ほら、早くボールに入れてもらわないと。折角早く出た意味がなくなっちゃうでしょ』
『え、あ、ごめんなさい・・・!』
私はマイ先輩に謝ると、再びさっきのボールを持ったスタッフの方を見た。その瞬間、私は自分の鼓動が早くなっていることに気付いた。 不安なんだ、モンスターボールに入ってしまう事で、自分が完全なポケモンに、チコリータになってしまうのではないかと。・・・ 大丈夫だって分かってはいる。だって、ココの人たちが、更に言えばマイ先輩だって、初めてあったときは人間の姿だったんだから、 人間に戻れないなんてことはないわけで。それでも・・・。
『ほら、怖がらないで。初めてボールに入るんだから、ボールをぶつけてもらわないと』
『は、はい・・・!』
マイ先輩に押されるように私は一歩前に出る。スタッフの人はその様子を見て確認するように聞いてくる。
「チコリータ、準備はいいかい?」
「・・・チコォ!」
私は自分の不安をかき消すように、スタッフの人の呼びかけに元気に答えた。って言っても、内心、ドキドキは止まらない。 それどころかどんどん鼓動は早くなっていく。・・・だって、今はポケモンだって言っても私はやっぱり人間だし、 モンスターボールに入る事に抵抗はあるし、第一、リョウと闘う心の準備だって出来てないし・・・。
「ホラいくよ!それ!」
「チ、チコォッ!?」
・・・チョット待って!って言ったつもりだけど、当然ソレは人間の姿のスタッフの人には通じない。 最近ポケモンの姿同士でしか話すことなかったから、つい人間には言葉が通じない事を忘れてしまいがちだ。 相手がポケモンの言葉が分かって当然ていう感覚で生活しているし、 そもそもポケモンにしか通じない言葉を喋っていると言う自覚も少なかったりして・・・とか考えてる場合じゃなかった! ふと気付いた時にはボールは私の目の前まで飛んできていた・・・ぶつかる!
「チコッ!?」
私が驚きから眼をつぶったのと同じか直後に、私の身体にコツン、と軽いものが当たったのを感じた。 そして次に眼を開けたときには自分の体が赤白い光で包まれていることに気付いた。・・・ 野生のポケモンがモンスターボールに入るところは私だって見た事ある。でもまさか、自分が入ってしまうなんて思っても見なかった。 あのボールから発せられる光って、ポケモン達にはこう見えてるんだな・・・とか考えて意外と余裕があったりする私・・・。 でもそれだけ物事を考える事が出来るのは、きっとあれだ、 よく言われる話で事故にあった人が事故の瞬間にものすごく時間がゆっくりに感じるってやつ。 アレと同じで時間をものすごくゆっくりに感じてしまっているのかもしれない。そのゆっくりとした、 あまりに短く長い瞬間は少しずつ私の感覚を失わせていく。自分が消えて吸い込まれていく感覚。上手く言葉では言い表せないけど・・・ でも私はさっきほどの不安は感じていなかった。ボールが当たった瞬間、私の身体は不思議と受け入れていた。多分、 スーツとしての効果なのかもしれない。ポケモンは本能的にモンスターボールに対しての恐怖心が少ないのではないか、 そしてソレが私の不安も中和してくれたんじゃないのか。
・・・って本当に時間が長く感じるなぁ。何もしないでじっと、思考だけ冴えて、 他の五感が血の気が引くように消えていく感じは不思議な感じだった。きっと慣れれば、これもなんてことはなくなるんだろうけど・・・。
とか考えていた時、ようやく私は自分の視界も白く広がり、やがて私の思考は一時的に、極短く一瞬途切れる。
次に私が感じたのは徐々に自分の感覚が戻っていくところからだった。しかし、 正確に言えば自分がチコリータであると言う程度の感覚しか戻ってはこない。多分、モンスターボールの中に入ってしまったからなんだろう。 重さとか大きさとか、根本を無視してどんなポケモンでも入れるモンスターボールが如何なるところなのか気になっていたけれど、 案外想像よりかはシンプルだった。上下左右、比較的何もなく、自分の体よりも何倍かある空間にまるで浮かんでいるようだ。・・・ 地に足が着かないって落ち着かないなぁ・・・とか思っていた瞬間。急に身体全体に重力を感じて身体が落下していく感覚を覚えた。
『な、何、え、ちょっとぉ!?』
と、叫んだ時に私は大地・・・大地?床?ボールの外壁?まぁ兎に角私の4本の足が地面についた。・・・ どうやら私が地に足がつかないと落ち着かない、と考えたからから地面が出来たらしい。ある程度の環境はイメージする事で整えられるようだ。 何でも出来るわけじゃないけど、最低限住みやすい環境を構築する事は出来るようだ。夢だと分かっている夢を見たときに、 夢の大きなストーリーを変える事は出来なくても、比較的に自由に好き勝手なことが出来るのと少し似ている。 仕組みは分からないがよくできているものだ。
私は一通り周りを見渡すと、一息ついて膝を曲げそこに丸まって伏せるようにする。モンスターボールの中は至って静かだった。 基本的には外部と完全にシャットダウンされているようだ。決戦を前にした私にとっては非常に落ち着ける空間・・・のはずなのに、 落ち着いてしまうと考えるのはリョウのことばかりだった。
リョウ・・・何時から私は彼を意識し始めたのか・・・本当は分かってる。あの寮の屋上で2人で星空を見上げたあの時だ。 あの時私はようやく、リョウをクラスメイトとして捉える事から卒業できた。仕事を共にする仲間として、 そして1匹のヒトカゲとして彼を捉えられるようになった。・・・きっとソレは男の子と女の子、 という関係から大人の男女としての関係に変わったって事なんだろう。高校生と言っても、私達は性別への意識って薄かったし、 だからいい友人関係が保ててたし、だからソレが崩れて一歩踏み出すのが怖かったんだ。
でもあの瞬間、深くソレを意識する必要がないって気付いた瞬間から、間違いなく私たちの、 少なくても私の中のリョウの距離は自分でも知らないうちに縮まってしまっていたんだ。
『リョウ・・・』
私は彼の名を小さく呟き、彼のことを思い浮かべる。彼の優しさ、彼の表情、彼の技、彼の戦い方、1週間見てきたけれど、 そのどれも今の私にとっては思い浮かべるだけでも・・・って・・・あれ?
『・・・ヒトカゲの姿のリョウしか・・・出てこない・・・?』
ふと私はリョウのことでヒトカゲの姿の彼ばかりイメージしている事に気付いた。当然と言えば当然だ、 意識してから見た彼の姿はヒトカゲの姿のものだけだから。人間の姿の彼を忘れたわけじゃない。けど・・・。
『私・・・私が想っているのは・・・リョウ自身・・・?・・・それとも・・・ヒトカゲとしてのリョウ・・・!?』
・・・どうしよう、気持ちがバトルどころじゃなくなってきた。何でこんな事になっちゃってんだろう、私。バトルのために、 心を落ち着けなきゃいけないのに、私の心は、バトルとは明らかに違うベクトルに対してどうしようもなく熱くなっている。やっぱり・・・ こんな気持ちでどうやってリョウとバトルすればいいの・・・?今日まで頑張ってきた自分のために・・・そしてリョウのためにも、 精一杯のバトルをしたいのに・・・その彼のことを考えるとバトルどころじゃないし、彼の事を考えないようにするなんて出来ないよ・・・。 そのうちに私の心には様々なものがこみ上げ始めてソレはいき場を失って心の中で悶々と渦巻いていく。 いつの間にか私の赤いチコリータの瞳は潤み始めていた。・・・自分では気の強い方だと思ってるし、事実そうだし、私が泣くってことはない。 だから今回も泣きはしない、でもその私が泣きこそしないもの涙目になってしまっている事自体、およそ平常と呼べる状態にはなかった。
隔絶された静かなボールの中で私は1匹、自分の中で複雑に思いを絡めさせていた。 私が入ったボールを乗せた車は既に寮前を出発し会場との中間地点まで来ていた。私に気持ちの整理をつけるため制限時間は、 限りなく残り少ない。
PBE Beginning 第5話 完
第6話に続く
で、今回のポイントはお約束「ボールに入っちゃおう」です。モンスターボールの仕様については、ろくすっぽ資料も見ないで書き進めたので何かおかしな点があるかもしれませんが、この小説ではそういう設定なんだ、と思って心の奥に臭いのつかないムシューダと一緒にしまいこんで下さい(意味不明
で、多分あと1、2話で終わります(信憑性薄
こっちもなんか裏がありそう;
次がたぶんバトルかな?
コメント有難う御座います。
バトル・・・メインなんだからもういい加減書かなきゃいけないですよねw
このまま書いていくとすると、1話で終われば次回に、2話かけるなら2話目=最終話でバトルを書くことになりそうです。
ともあれ長い作品になってしまいました。よろしければ最後までお付き合い願えればと思ってますw