μの軌跡・幻編 第11話「知るということ」
【人間→ポケモン】
その日、オガサワラ諸島方面はよく晴れていた。空は雲ひとつ無く晴れ渡り、 上空から見渡すと空の青と海の青を分ける水平線がくっきりと見える様子は美しかった。ソレを飛行機のようなガラス越しではなく、 自分の力で風を感じながら空を飛びつつ見る事が出来るのは、ポケモンだから出来る事かもしれない。
『・・・綺麗・・・本当に』
『だろ?この感じ・・・この姿にならなかったら分からないからなぁ』
『だね。・・・リヒトもつれて来て上げようかな?今度』
『まぁ、アイツが高所恐怖症でなければね』
『はは・・・ソレもそうだね』
遥かに続く蒼の中を2匹のポケモンが言葉を捜しながら風を切り飛び回る。何処か飛ぶのがぎこちないメスのハクリューを、 オスのリザードンがリードし、フォローするように彼女の周りをゆっくりと旋回するように飛び回る。その2匹の姿を見た誰かがいたとしても、 それがポケモンに変身した人間だとは誰も気付かないだろう。ハクリューは、普通の獣で言うところの耳のある場所に生えた小さな羽を、 細かく動かし風を感じながら、その長い身体をゆったりとくねらせて空気のじゅうたんの上を歩くように空を進む。眼で、羽で、角で、 身体全体で空気の流れを読む。ハクリューはその感触を確かめて、ゆっくりと今自分がハクリューである事を再確認していた。
『・・・トウヤ?』
『ん、どうしたタツキ?』
『何か・・・さ、段々私、ハクリューが板についてきた感じしない?』
『あぁ、たった2日で飛べるようになったしな。成長は早いよ、お前』
『ていうかさ、本当にこんなことしてて戻れるの?人間に』
タツキは横で自分を見守るように見つめながら飛び回るリザードンのほうを見つめて問いかける。トウヤはその大きな口を開き答える。
『一昨日言っただろ?初めてポケモンに変身したアルファが人間の姿に戻るには、まずその身体に慣れる事だって』
『分かってるけど・・・さ、なんかかえってポケモン度が高くなっているだけのような気がして・・・』
『まぁ、不安になるのは分かるけどさ、とりあえず、アルファである信用をして欲しいね』
『・・・うん、そうだね』
タツキは、少し不安そうながらもそう答えた。そして2匹は更に速度を上げ、蒼い空を縦横無尽に翔けていった。
タツキがトウヤに、自分がアルファであり、人間に戻る事が出来ると教えられたあの日から2日が経った。思えばあの日はトウヤと出会い、 初めてポケモンとして戦い、そしてドクが自分の父親と知り合いだった事を知るなど、兎に角眼が回るほど忙しく、 しかしどこか充実した1日でもあった。少なくても、自分が人間に戻る事が出来る、その事を知っただけでもかなり日々の感じ方が変わってきた。 ハクリューの姿になってしまった時、ハクリューの姿でも生きていこうと誓ったけれど、それでも人間の姿に戻れるなら、やはり人間に戻りたい。 明確な目標が見えたタツキには以前にも増して活力が溢れているようだった。
トウヤの話では、アルファは何かのはずみで突然ポケモンに変身してしまう人間のことで、そのはずみは人それぞれだが、 一度ポケモンになってしまった人間はまた逆に何かのはずみで人間に戻る事が出来、 それ以降徐々に人間とポケモンの姿を自由に変身できるようになるとのことだった。そしてそのきっかけをつかむ上で、 自分がなってしまったポケモンの身体に兎に角なれていくことが、人間に戻る近道なのだとトウヤは言う。だからタツキは昨日、 今日とトウヤについてもらい、ハクリューの姿に慣れるように様々なことを試していた。その一つに教えてもらったのが空を飛ぶことだった。 教えてもらった、と言ってもリザードンの飛び方とハクリューの飛び方とでは飛ぶ原理が根本的に違うので、 教えてもらったのはあくまで感覚的な概念だけだったが、コツはすぐ掴む事が出来た。頭の横にある小さな羽根、 見た目ではどう見ても揚力を得られないが、この羽根が風を感じ取る事で身体を浮かせることが出来るようだ。原理は自分でもよく分からないが、 ポケモンがそもそも不思議な事が多い存在、それに自分がなってしまっている事も普通に考えれば不思議な事だから、 余り深く考えすぎてはいけないのかもしれない。 ソレよりも風がこの羽根を通り抜けてハクリューの長い身体を撫でていく感覚の気持ちよさに心を弾ませていた。
『・・・タツキ?』
『え?』
不意にトウヤに声をかけられてタツキは彼の方を振り返る。彼は何か話したそうな表情を見せていたが、のどの奥で何かを飲み込み、 多分本当に口にしたかった言葉とは違う言葉を口にする。
『・・・戻るか、そろそろ。ドクたちも帰りを待っているだろうし』
『そう・・・だね、帰ろうか』
タツキはその事に気付きながらも、何も聞かずに彼に寄り添うように近づきそう答えた。2匹はそのまま島の方へと旋回し、 自分たちが飛び立った砂浜へと降り立つ。リザードンはそのまま岩場の影まで歩いていく。そしてハクリューの方を振り返り小さく呟く。
『・・・覗くなよ?』
『覗かないよ!・・・っていうか毎回やるつもり?天丼も大概にしないと飽きられるよ』
『・・・お前のリヒトいじめは天丼じゃないのかよ・・・』
『・・・何か言った?』
『いやっ、別に』
リザードンはその背に殺気を感じつつ、そそくさと岩場の影に隠れた。タツキはその岩場とは反対側のほうを向き、 さっきまで自分が飛んでいた蒼い空を見上げながらふと考えにふける。・・・思えば自分がハクリューになってしまってから10日が経った。 10日前まさか自分がハクリューになって空を飛ぶなんて考えてもいなかったし、そんな空想にふけっている余裕なんて無かった。 ただただ家族を失ったことで無気力な日々を送り、何も感じず、何も考えず、時間が過ぎることばかり願っていた。そんな自分が今はこうして、 自分でも感じるぐらい生き生きとしている。ハクリューになった事・・・少なくてもソレが、 今の自分を突き動かしている根本的な要素である事には違いない。そんな自分が、人間に戻ろうとしている。
(戻っても・・・大丈夫かな、私・・・)
タツキは自問自答する。ハクリューになった事が今の自分を支えているなら、その自分が人間に戻って、 今の前向きな自分でい続ける事が出来るのか。人間に戻ると言う目標を失ったらまた、かつてのような無気力な自分に戻ってしまうのではないか。 考えても仕方が無いと分かっていても、考えてしまう、感じてしまう不安。
(・・・私は・・・)
「待たせたな」
ふと後ろから人間の声が聞こえた。タツキが振り返ると既に人間に戻りしっかりと服を着込んだトウヤがそこにいた。
『遅い!待ちくたびれたよ』
「ごめんごめん、疲れてたから、結構変身に時間がかかって」
トウヤは軽い笑みを浮かべながらタツキのほうを見つめた。その姿こそ違えど、 トウヤは人の姿とリザードンの姿とで大きな性格の差異は無い。・・・人間の姿でもリザードンの姿でも、 トウヤがトウヤであることにはかわりが無かった。
(私も・・・戻っても・・・大丈夫だよね・・・?)
「ほら、行くぞ」
『あ、待ってよ!私だって待ってあげたじゃんか!』
ハクリューは先に歩き始めたトウヤを追いかけていく。砂浜からドクの診療所は近く、少し歩けばすぐたどり着く事が出来た。 トウヤは診療所のドアを開けると、タツキと共にその中へと入っていく。火事から数日、 怪我をした野生ポケモンの多くはもう山へと戻っていった。 焼けてしまったあたりに住んでいたポケモン達は焼け残った山の反対側移り住む事が出来たようで、 思っていたよりも大きな生活の変化は人にとってもポケモンにとっても少なかった。 すっかり静かになった診療所の中でトウヤはドクの部屋のドアをノックする。
「アオギリ、戻ったぞ」
「あぁ、お帰り。入りなよ」
タツキとトウヤはその声が聞こえると揃って中へと入っていく。
『あ、お姉ちゃんお帰り!』
入るなりいきなり聞こえてきたのは、元気なポチエナの声だった。その声と共にパルがタツキにじゃれるように飛びついてきた。
『ただいま、いい子にしてた?』
『うん!』
「すっかりお姉ちゃんだな、お前も」
トウヤは笑いながらポチエナになつかれるハクリューの姿を見て言った。
『まぁ、元々長女だしね、私』
「弟いるのか?」
『いたよ。チョット前までね』
タツキは笑顔でパルを相手しながら、淡々とそう答えた。その答えを聞いた瞬間、 トウヤは自分が触れてはいけない部分に触れてしまったことに気付きすぐに表情を変えてタツキに声をかけようとした。
「わ、悪い、俺・・・」
『いいよ、別に。・・・リヒトのことはもう、人間だった頃の話しだし』
「リヒト・・・?」
『あぁ、今のリヒト、弟の名前とって私が名付けたの。記憶失って名前無かったから』
「ふぅん・・・そうなの・・・か・・・」
『・・・あれ、そういえばリヒトは?話をすれば大概いるのに・・・』
「確かに・・・アオギリ、ピカチュウは?来てないのか?」
トウヤは机に向かって何か資料のようなものを見ているドクに声をかける。ポケモン達がいなくなって静かになった今、 彼がすることといえば如何なる時に備えてポケモンの知識を入れていく事だ。 暇な時は大概こうしてポケモンの学術書などを読んでポケモンの生態について日々学習しているようだ。ドクはその資料を閉じると、 トウヤたちの方を振り返って応える。
「多分、山の反対側に行ったんじゃないのかな?その子の父親のグラエナと一緒に。彼らはこっち側の森に住んでたからね」
『そっか・・・そんな中、空中散歩なんて楽しんじゃって良かったのかな?』
「ソレよりも・・・やっぱり信じられないな・・・クサカさんが自殺してしまっていたなんて・・・」
ドクはハクリューの方を見つめるとそう口からこぼした。クサカタツヒト、ドクのかつての知人であり、 タツキ1人をおいて自ら命を絶った彼女の父親の事だ。タツキの口から、正確に言えばトウヤの言葉を借りて、 彼が亡くなっていた事を知ったドクは、初め聞いた時酷く驚き狼狽した様子を見せた。そしてそれからというもの、 タツキの姿を見るたびに彼はその事を口にもらした、余程ショックが大きかったのだろう。 タツキは自分の知らないところであの父がココまで思われていたことは意外だったし、少し変な感じだった。
『・・・父さんとドク・・・か』
「・・・どうした?」
トウヤは小さく呟いたタツキの声を聞き逃さなかった。心配そうに声をかける。
『別に・・・世間って、狭いなと思って』
「まぁ、そんなモンだよな・・・偶然て結構あることだし」
『・・・偶然・・・』
そう、偶然。たまたまそれが重なっただけ。そう考えればそれまでであり、それですっきり終えることだって出来る。しかし、 タツキは今になってあの時のラズの言葉が引っ掛かり始めていた。
”もし・・・この島に流れ着いたのが・・・偶然でないとしたらどう思う?”
ラズが何かの確信を持って言った事なのか、ただ何となく本能的に感じて口にしたことなのかは分からない。しかし、 もしかするともしかするかもしれない。偶然が偶然を呼んだ。本当にそれだけだろうか。それだけでこうも人の運命は交錯していくものだろうか。 いろいろな事が重なりすぎて、今のタツキには整理しきれない事も多い。・・・だからこそ。
『・・・トウヤ?』
「ん?」
『・・・私やっぱり、人間戻りたい』
「・・・どうした急に?」
『別に・・・私、ポケモンの姿になって、この姿で一生生きていっても構わないって本気で思ってたけど・・・ね』
「けど?」
『・・・知りたいこと、たくさん出てきたんだ。父さんのこと、リヒトの記憶のこと、アルファのこと、そして・・・アナタの事もね』
「・・・俺も?」
トウヤは少し怪訝そうな顔で首を下に傾けながら応えた。
『だって何も教えてくれないじゃんか、聞いてもはぐらかすし』
「あのな、ソレは無関係のお前を巻き込まないためだって言ってるだろ」
『まぁ、分かった上で言ってるんだけどね・・・でも兎に角、ハクリューの姿のままだけじゃ、得る事のできる情報って少ないでしょ? ドクに直接質問も出来ないし』
「まぁ、そりゃあ・・・」
『だから、私人間に戻って、色々なことをもっと知りたいと思う。さっき言った事だけじゃなくて、もっといろいろな事。だから、ね』
タツキはその瞳を輝かせながら言葉を続ける。自分でもココまで饒舌に語れるのは少し驚いていた。昔の自分からは想像も出来ない。でも、 思い返せば元々タツキはこういう少女だった。ハクリューになったから、こういう性格になったんじゃない。これが、 これこそがタツキらしさだった。そしてタツキは自分に言い聞かせる。大丈夫、今の自分ならきっと人間の姿に戻っても。 ハクリューとしてただ生きていく事も出来る。でも、今のタツキはそれよりも生きる事に大きな目的が出来始めていた。知るということ。 漠然としているけど、ただ生きる事に固執していたかつての彼女より、今の彼女はずっと、生き生きとしていた。大丈夫、今の自分なら。 そう言い聞かせながらタツキはまだじゃれついてきていたパルの身体を、彼女の長い尻尾で優しくなでる。その彼女の心に宿り始めた希望の光を、 トウヤが心配そうに見つめている事にはさすがの彼女も気付かなかった。
μの軌跡・幻編 第11話「知るということ」 完
第12話に続く
μ幻自体は1ヶ月以上更新されてなかったんだ・・・みんな、覚えている?忘れちゃった君は戻ってココまでの話を要チェックだ!
・・・俺もね(マテ
だんだんとポケモンでいることに慣れてきている一方、調べたい事柄が出てきて早く人間に戻りたいという板挟みなハクリューにかなり萌えました。
この先、リザードンな彼との付き合いもストーリー進行もかなり気になります。
頑張って下さいね!陰ながら応援しています。('-^*)/
挨拶おくれてすみません。はじめまして。ユッケと言います。
管理人さんに質問なんですが、だいたい中央あたりの文で、
「リザードンはその背に殺気を感じつつ、そそくさと岩場の影に隠れた。タツキはその岩場とは反対側のほうを向き、殺気まで自分が飛んでいた蒼い空を見上げながらふと考えにふける。」 とありますが、「殺気まで自分が飛んでいた」の「殺気」は本当は間違いですよね?
何か裏(秘密)がありそう。
とんでもない、予想外の展開を待ってます。(あ、そうじゃなくても待ってますw)
並んで飛んでいるトウヤとタツキがいいですね。そういえばリザードンもハクリューも飛べるドラゴンですからね。
人間に戻っても今の自分でいられるのか不安になる、とてもいい展開ですが・・・、自分もやろうとしていたらみごとに先越されてしまいました(何?)。
これから明かされるトウヤやタツキの父のことがが気になってしかたないです。
紅龍様>
板挟み、イイですよね。葛藤する様子って、本人には凄く深刻でも、傍から見てるとむしろほほえましいぐらいに見えてしまう事があるのは何ででしょうね。兎に角自分で書いててそんなハクリューがかわいいです(ヲーイ
>リザードンな彼との付き合い
そうです、今回はそのフラグ強化です(そうなの?)。今後2人、そしてリヒトがどう話を盛り上げていくかが書きどころですね。
ユッケ様>
こちらこそ初めまして。
ご指摘有難う御座います。そうですね、明らかにおかしな日本語ですよね、何だよ"殺気まで自分が飛んでいた蒼い空"って。アホ丸出しでスミマセンw。サクサクっと修正しちゃいます。失礼しました。
4A様>
そうですね、多分もうすぐ人間に戻れると思いますが、そこから更に一波乱起こせれば楽しくなると思うのでうまく書ければと思ってます。ご期待にそえるか分かりませんが、是非次回をお待ちくださいませ。
都立会様>
いやードラゴンってイイですよね。あの姿で空自由に飛べるし。羨ましい限りです。。。
>自分もやろうとしていた
都立会様も考えてらっしゃったのですか。。。ならば是非いずれ都立会様が書いたこのシチュを見てみたいです。ご遠慮せずに、機会がありましたら書いてみてくださいね☆