μの軌跡・逆襲編 第11話「メモリー」
【人間→ポケモン】
「・・・どう?」
「あぁ、問題ない。映っている」
ゼンジは小さな携帯端末に映し出された画像を見つめてその映像の鮮明さを確認した。 そこには大きな家を探索する小さな2匹のポケモンの姿が映し出されていた。ロウトはその映像をチラッと見たあと視線をすぐにずらし、 家の前で見張りをしているフシギバナの方を見つめた。今彼らがいるのは家の前の小高い山の森の中、 見通しがよく家の位置が良く確認できる場所。こちらから家の様子を確認しやすい代わりに、 逆を言えばフシギバナにもこちらの様子はばれやすく、きっと彼だってこちらの気配には気付いているはずだった。しかし、 それでもこちらに関心を示さないのは彼の役目があくまで見張りであり、彼からこちらに攻撃を仕掛けるメリットが無いからだった。 だからじっとこちらの様子を伺い、こちらの動きにすぐに対応できるように様子を探っているのだろう。
「・・・でも、何でこんな回りくどい方法なんだ?」
「ミュウをより確実に捕らえるためだ」
ゼンジは既に前日から家の中に隠しカメラを多数設置し、現在彼の端末に表示されている映像はその隠しカメラが捉えた映像だ。 部屋の中を調べるミュウとチコリータの様子を窺いながらゼンジは無言のまま考えをめぐらせる。一昨日、ソウジュから伝えられたMT4の動向。 アオギリとは遭遇しなかったMT4が次に狙うのは、いや狙う事ができるのはもうあのミュウしか残されていなかった。 あのミュウを狙うのが自分たちだけではないと言う事は、それだけ任務に支障をきたす可能性が高いと言う事。 それであれば成功の可能性を高めるためには、念には念を入れる必要があった。この機会を逃せば後が無い。
「エリザ・・・」
ゼンジがモニターに意識を集中させている間、ロウトは家のほうを見つめたまま小さく彼女の名前を呟いた。かつてこの家に住んでいたが、 一年前に突然命を落としてしまったその少女の事を、ロウトは思い出していた。彼にとってミュウを捕まえる事は任務以上の意味を持っていた。 エリザと交わした約束・・・そのためにもミュウの捕獲は果たさなければならない事だった。たとえどんな手を使ってでも。
「・・・ん?」
「ゼンジ、どうした?」
ゼンジの声を聞いてロウトもモニターを覗き込んだ。
「いや、さっきから2匹ともミヤマ博士の資料室の壁に向かったまま動かなくなったんだが・・・」
「あの部屋で・・・?」
確かにゼンジの言う通り、モニターにはミュウとチコリータが壁に向かったまま動く様子が無い・・・いや、 よく見るとミュウの手に何かが握られているようにも見える。
「・・・?このミュウの手元・・・もう少しよれないか?」
「手元・・・?これ以上拡大しても精度が落ちて見づらいだけだと思うが・・・」
ゼンジはそう呟きながらボタンを押す。すると画面がよりミュウの手元を詳しく映すが、しかし確かに不鮮明で非常に見づらいものだった。 それでも目を凝らしてミュウの手元を良く見る。そこには何かが握られており、ソレを壁に押し付けているようにも見える。
「・・・指輪・・・か・・・?」
「指輪・・・!?」
ゼンジが映像を見て呟いたその一言を聞いて、ロウトは表情を変える。・・・指輪、ただそれだけの言葉にロウトは妙に強い反応を示す。 指輪・・・指輪・・・エリザ・・・ロウトは喉に何か引っ掛かるものを感じた。その時映像を見ていたゼンジが突然大きな声を上げる。
「・・・何だ・・・これは・・・!?」
「・・・仕掛け扉・・・!」
さっきまで2匹が向かっていた壁がゆっくりと動き出しその奥にもう1つ部屋が現れたのだ。そして2匹はその部屋の中に入っていく。
「まさか、隠し部屋があったとはな・・・」
当然、その部屋には隠しカメラは設置していない。この状態では2匹のポケモンが中で何をしているか、確認をとることが出来ない。 しかし、隠し部屋ということであれば、ココが一番奥にある部屋、つまり逃げ場が無い状態という解釈も出来る。 ならば上手くタイミングを合わせて押し入ればすぐに追い詰める事も出来る。後はそのタイミング・・・姿が見えない以上、 感覚を頼りにするしか・・・ゼンジがそう考えていた時、隣にいたロウトが手にモンスターボールを持って、サカを駆け下りる準備をしていた。
「オイ、何をやっている!?」
「攻めるんなら今だ」
「いや、まだ早い!もう少しタイミングを・・・!」
「いいや、今だ、今いくしかない」
ゼンジの制止も聞かず、ロウトは一気に坂を駆け下り始めた。そして手に持っていたモンスターボールのスイッチを押し、 地面に近いところでフシギバナの目の前目掛けてボールを放り投げた。そして現れる4体のポケモン。 フシギバナはすぐにその事に気がつくとツルを伸ばし臨戦態勢を整えた。目の前に現れたポケモンの中にはハガネール、ガルガの姿もあった。
『・・・また、会ったな・・・』
『ダフ・・・!』
ガルガは外に出ると同時に視界に入ったフシギバナを見て、とっさにその名を口走った。その言葉を、 カイリキーのイルは聞き逃さなかった。
『ガルガ・・・何故フシギバナの名前を・・・!?』
『・・・』
『お前は・・・何を、何処まで知っているんだ・・・!?』
イルはガルガに問いただしたが、答えは返って来なかった。ガルガはただただ押し黙ってフシギバナのほうを見つめた。 自分のポケモンの浮かない表情に疑問を浮かべながらも、ロウトはミュウ捕獲のために、なすべき事をなさねばならない。
「・・・フシギバナを攻撃しろ。家への侵入経路を確保するんだ」
ロウトは普段の軽い口調は鳴りを潜め、落ち着いた、冷静な口ぶりで4匹のポケモンに指示を出した。家の玄関先で、 ポケモン達はお互いに空気と意識を張り詰めらせていた。
セイカはただ、ココへは人間に戻れる方法が何か分かるかもしれないという思いで来ていた。確かに自分が人間に戻れる情報が、 直接の方法ではないけれど、豊富なミュウの情報がたくさん手に入ったことを考えればココに来た目的は十分果たせてはいる。だが、 実際に知りえたのはミュウに関する情報だけではなかった。むしろ知った事で余計に分からない事、謎が増えてしまっている。父の事、 エリザの事・・・ミュウに、自分に深く関わりあってくる親しき者達。それらがセイカの頭に複雑に絡まり纏わりついてくる。 セイカは父とエリザとミュウのつながりを考えながらただ宙にずっと浮かんでいた。しかしその時、ふと入り口の方から衝撃音が響いてくる。 ポケモン同士が戦う音。
『ぁ・・・ジュテイ・・・!?』
彼らが襲ってきた・・・そして入り口を守っているポケモンとバトルをしている。セイカはその事に気付くと、 急いでその手に持てる限りの資料を手に、エリザと共に部屋を出ようとした。が、その時部屋からエリザの姿が見えなくなっている事に気付いた。
『・・・エリザ・・・!?』
部屋を隅から隅まで探しても、エリザの姿は見当たらない。一体何時の間に・・・そう考えながら部屋を見ているとふと、 さっきまで自分が浮かんでいた机の上に1枚の写真が飾られている事に気付く。その写真には1人の青年と1人の幼い少女が写っている。 そしてその青年を見てセイカは直感的に感じた。
『父さん・・・若い頃・・・!?』
自分の知っている父親よりかはずっと若いが、その特徴は年齢が違っても変わっていない。 その写真の男性は間違いなくセイカの父親だろう。だとすれば、写真に写っている少女は・・・いやセイカじゃない。彼女が・・・。
『この子が・・・エリザ・・・?』
父が書いたと思われる紙に書かれていた言葉、父の妹の名がエリザであるという事実。写真の青年と少女は年こそ大分離れているようだが、 2人には共通する面影がどこかある。恐らくはこの少女が父の妹だと考えて間違いはないだろう。そんな事を考えて写真を見入っていたが、 ふと再びエリザがいないことを思い出したセイカは急いで部屋を飛び出し家の中エリザを探し始めた。
『エリザ!何処にいるの!』
セイカは家中に聞こえる大きな声を出してエリザを呼ぶ。だがその声はエリザの耳には届いていなかった。
(違う・・・!私は・・・私は・・・!)
エリザはその小さな身体で大きな家の中をまるでゴムマリが跳ね回るように駆け回っていった。その流れていく視界の中、 家の1つ1つの部分が、見覚えがあるような感覚に陥る。・・・この家を始めてみた時から気付いた違和感。 何故自分がこの家の事を詳しく知っていたのか。ソレが自分の中に眠る記憶であることは勿論気付いていた。だが、 写真を見るまではその確信がもてずにいたし、むしろその事を頭の中では否定しようとしていたし、否定したかった。だがあの写真を見た瞬間、 自分が今まで森でチコリータとして生きてきた事全てを逆に否定される感覚を感じた。
あの写真に写っていた少女を見ると、まるで鏡に自分の姿を映したかのような錯覚に陥ったのだ。その錯覚の直後、 すぐに自分の体を確認すれば、間違いなく自分はチコリータの姿。しかし、徐々に何故自分がチコリータの姿をしているのか、 その根本に疑念を抱き始めてしまっていたのだ。そして急に心が恐怖に脅かされたエリザは思わず部屋を飛び出し、家中を駆け巡り始めた。 走る事で意識を集中させ、兎に角何も考えないようにしようと、これ以上何も思い出したくないのだから。しかしソレは逆効果だった。 視界に入るものは全てこの家のもの、つまり失った記憶を補完するためのものに他ならないのだ。それらを見れば見るほど、 思い出したくない何かが彼女の中に戻り、チコリータのエリザとしての部分を蝕んでいく。
『私は・・・チコリータなんだ!・・・人間・・・なんかじゃ・・・!』
やがて不安な想いが口からこぼれ始める。自分で自分をどうしたらいいか分からない。いや、自分が誰なのかさえ、 チコリータの記憶とそれ以前の失っていた記憶が混同し始め分からなくなり始めていた。 そしてやがて走り回っていたエリザは家の玄関先まで戻ってきていた。
(・・・ジュテイ・・・そうだ!ジュテイに聞けば何か・・・!)
そう思っていた次の瞬間だった。突然大きな音をたてて目の前のドアが吹き飛び、粉々に砕けたのだ。 エリザは初め突然の事に状況が分からなかったが、やがてそのドアがあった向こう側から3匹のポケモンが姿を現した。ブーバー、スピアー、 そしてカイリキー。
『・・・アンタたち・・・!じゃあ、ジュテイは・・・!』
『少し眠っててもらったよ。さすがに3対1ではあのフシギバナも・・・な』
カイリキーはそう答え、入り口の外を指差す。その先には傷つき倒れたフシギバナ、ジュテイの姿があった。
『さぁ、今度はお前の番だ。今度こそ、決着を付けようじゃないか』
『くっ・・・!』
決着を付けたいのはエリザも同じだった。この前の戦いから行けば、自分でもこのカイリキーとは十分渡り合える。しかし今は3対1。 頭数が圧倒的に不利であるし、更に今のエリザの精神状態はとても戦えるものではなかった。エリザは詰め寄ってくる3匹の隙を計り、 一気に後ろを振り向くと近くにあった階段を駆け上がりその場から逃げ出そうとした。その時、3匹に指示を出すために、 そしてミュウを探すためにロウトが家の中に入り込む。そして次の瞬間、再びカイリキーのイルたちとの距離を測るため、 階段を二階まで昇りきったエリザは一瞬後ろを振り向く。その時外では突風が吹き荒れた。そして丁度、 二階の階段付近の窓はガラスが割れてしまっており、そこからその風が勢いよく吹き込みエリザの頭の葉っぱを勢いよく揺らしていった。 そのチコリータの姿を見た瞬間、ロウトは突然動くのをやめてその姿をじっと見入り始めた。そして、口から小さく、1人の少女の名がこぼれる。
「・・・エリ・・・ザ・・・!?」
「・・・チコ・・・!?」
チコリータは突然自分の名前を呼ばれて思わず動きを止める。・・・正確に言えば、ロウトが呼んだエリザは、 チコリータのことでは当然無く、彼の知っている少女の名だった。しかし、エリザはその声を聴いた瞬間、 辛うじて今の記憶と失われた記憶とを分けていた壁がついに砕け散ったのを感じていた。エリザ・・・ その名前は今のチコリータとしての名前だが、失った記憶の中の自分もまたエリザと言う名前であると言う事。
『違う・・・!』
目の前にいる青年が、ロウトが、 今までミュウであるセイカを捕まえるために自分を攻撃してきた彼が失われた記憶の中で出会っていたこと。
『イヤだ・・・違う、私は・・・!』
この家に暮らしていた少女の名はエリザ。1年前事故で他界したこの家の住人。そして今、ココにいる1匹のチコリータの名はエリザ。 この家から少し離れた森で育った1匹のポケモン。それらが彼女の中で渦巻き交わっていく。まるで2色の絵の具をキャンパスで混ぜるように、 静かに、確実にそれらはもう分離できないほどに。
『イヤ・・・イヤ、や、やめて・・・もう、私は、私は・・・!』
『エリザァ!』
エリザが動揺で動けなくなりうずくまりかけた瞬間、下の階からセイカが飛び上がり一気にエリザの傍に近寄る。 その手には数枚の紙を紐で束ねたものを持っていた。
『誰、私は、イヤ・・・違う、やめて、もう・・・!』
『エリザ、エリザ!?しっかりして!』
『私、私は・・・私は・・・』
『エリザ・・・!』
何があったのかセイカには分からなかったが、兎に角今のエリザにもうまともに動ける心の余裕は無いように見えた。 セイカは急いで彼女を抱きかかえそのまま壊れた窓から飛び出した。
『くそ、逃がすかよ!』
イルは急いで駆け上がろうとしたが、老朽化していた階段は乱暴なカイリキーの上がり方に耐えられず、 音をたててあっという間に崩れてしまった。すぐに起き上がったカイリキーは今度外に出てミュウたちの姿を探すが、 既にその姿を見つける事が出来なかった。イルはロウトのほうを振り返り大きく鳴き声を上げる。
『指示を、マスター指示を!』
しかし、ロウトはさっきまでチコリータがいた、崩れた階段の上を見つめたまま返事が無かった。
『・・・マスター・・・?』
『そっとしておけ』
イルは不意に後ろから声をかけられ振り向く。声をかけてきたのはガルガだった。
『だが、あのポケモンは・・・!』
『・・・全てが動き始めた』
『ハァ・・・!?』
『・・・大丈夫だ、お前にもいずれ分かる。我々も、既にこれから綴られる物語に組み込まれているのだから』
『また・・・わけの分からない事を・・・』
イルはそう言って、少し呆れながらも再びロウトの方を見つめる。彼のポケモンになってから、 アレほどまでに力の抜けた彼を見たのは初めてだった。確かに、何かが確実に変わり始めている。自分の知っているものが、信じてきたものが、 ゆっくりと崩れていく。ソレは程度の違いこそ有るものの、このことに関わっていた誰もが感じていた。夏の暑い中、時折拭く突風が、 新しい流れを森の中に作っているようにも思えた。
μの軌跡・逆襲編 第11話「メモリー」 完
第12話に続く
しかし段々主人公が本当にどっちか分からなくなってきたw シンとアスランみたい(禁句
と、言ってみる推理小説好きな自分
がいる(ぇ
コメント有難う御座います。複雑ですよねぇ。書いてる自分もそう思ってます(マテ
とりあえず、作中で順を追って少しずつ整理していく予定なので気長にお待ち下さいw