聖都のキマイラ #1-1
【人間→獣】
聖都エスパーダは大陸の東端にあるこの大陸最大の都市だ。昔から皇帝の血族が代々この地を治め、発展させてきた。 発展の土壌となったのは、過去の大戦で生き延びた魔術師の一族が戦後この都市に移り住んだこともあり、 魔術による発展は特に高い功績として伝えられている。しかし一方で海岸に面した南から東にかけては海産物の水揚げや他都市、他島、 他国との貿易が盛んであり、西側に伸びる街道は大陸西端の大都市と繋がれており、ここもやはり交易によって人の往来が盛んである。 そして北は森や山など豊かな土壌が拡がり、植物の栽培や動物の飼育には最適の環境だった。 このように恵まれた立地条件であったことからエスパーダはこの大陸最高の人口を誇る大都市となった。しかし、人間がそれだけ多くなれば、 人間を狙って魔獣も襲ってきやすくなると言う事実がある。だからこそ、この都市を魔獣の手から守る人間が必要なんだ。俺たちのように。
「ウィル!そっち行ったよ!」
「分かってる!」
俺は自分の名を呼んだ少女の声の方を振り返る。すぐ視界に入る巨大な魔獣。魔獣といっても、便宜的にその分類で読んでいるだけで、 その姿は巨大な鶏のようだ。しかし羽毛は闇のような漆黒が包んでおり、鶏冠も紫。正直悪趣味なカラーリング。しかし、 その強さはかなりのもので、巨大な足の爪は一撃でも当たれば致命傷になりかねない攻撃力を持っているし、知能も高く、 魔法を詠唱することは当然出来ないが、代わりに甲高い鳴き声を上げることでその代わりとして高度な魔術を駆使してくる。 コイツは餌を求めてはるばる遠くからこの大都市までやってきた。餌とは勿論、人間。 コイツの被害は尋常ではなくコイツのせいで毎日どこかで葬式があげられていると言ったって大袈裟じゃない。だから、俺たちが呼ばれたんだ。 この都市を魔獣の手から守る人間が。
「気をつけてウィル!そいつ並みの奴よりずっと強いよ!」
「ディア、誰に向かって心配してるんだ?俺はAA級魔獣ハンター、ウィル・トライだぜ!」
俺に声をかけてきた少女、ディアの心配をよそに俺は鶏モドキの前に立ち剣を構える。ディアが俺を心配してくれる気持ちは分かるが、 だったらなお更心配する必要が無いことだって彼女には分かっているはずだ。俺の実力を、一番長く見てきた、幼馴染だから。 俺は手に構えた剣に力を込め、意識を集中し小さな声で呪文を詠唱する。やがて俺の剣を持つ手の上に、 炎を纏った不思議な生物が突然姿を現した。
「今日も頼むぜ、相棒!」
「フィー!」
俺が相棒と呼んだソレは瞬く間にその姿を本当の炎に変え、俺の腕と剣を激しく燃え上がらせる。しかし、俺にはソレは熱くは無い。 相棒は俺が契約を結んでいる炎の精霊。相棒である俺にダメージを与えることは無い。俺は炎に包まれた剣を一振りし、 こちらに向かって突進してくる鶏モドキに剣を一度向けるとそのまま飛び上がり空中で鶏モドキ目掛けて大きく剣を振り下ろした。
「っりゃぁ!」
「ギィィゥルルル!」
その手に感じる確かな手ごたえ。俺が地面に着地した時には俺の剣は鶏モドキの首を刎ね、俺の炎で燃え上がらせていた。 鶏モドキは最早鳴き声ともつかない音を失いかけた喉から必死に絞り出して首だけで悶えていた。
「まぁ、こんなもんだろ。俺と、ファースの力なら」
俺は自分の腕に纏わりつく炎を見て、その炎の名を呼んだ。炎は嬉しそうに燃え上がる。 俺はそのまま鶏モドキの首に背を向けてその場を立ち去ろうとした。既に動くことすら出来ない奴に戦う力なんて残っていない。 経験からいって俺の勝ちが確定したと、確信したからだった。が、しかし。
「ギ・・・ギィィィリィィィィ!」
「・・・なっ!?」
あたりに響き渡る奇声に思わず振り返ると、さっき切り落とした鶏モドキの首が、 首だけになりしかも俺の炎で燃え上がっているにもかかわらず、俺目掛けて飛び掛ってきたのだ。正直その時の感想は、驚きでしか言い表せない。 そして突然のことに俺は身構えることすら出来ずに立ち尽くしていた。
やられる!そう思った瞬間だった。
「よけて!ウィル!」
「ディア!?」
突然頭上からディアの叫び声が聞こえてきた。俺は上を見上げた瞬間、彼女の言葉の意味を理解した。彼女が避けろと言っているのは、 鶏モドキの攻撃のことじゃない。俺はとっさに後ろに飛び跳ねたが、自分が着地するかしないか、 そのほぼ同時に鶏モドキの首目掛けて巨大な斧が振り下ろされ、鶏モドキの首は真っ二つに割れるとそのまま、俺の炎を一気に消し去り、 それどころか今度は逆に凍り付いてついに全く動かなくなった。あたりはその斧が振り下ろされた衝撃で地面と、 その攻撃で生じた氷が破片となって飛び散り煙のように舞い上がっていた。やがてその煙の中から1人の少女が姿を現す。 身の丈の3倍近くはあろうかという超特大の斧を軽々と持ち、その腕を俺とは対照的に氷で覆わせた彼女は、 俺の姿を見るなり襲い掛かるように話しかけてくる。
「全く、気をつけてって言ったでしょ!何油断してるの!」
「そう怒るなよ、ディア。悪かったって、反省してるよ」
「口調が全然反省してない!」
ディアは初め怒った表情で怒鳴っていたが、すぐにいつもの大人しい口調に戻り言葉を続ける。
「・・・最近の魔獣の強さ、常識を超えているんだから、今までと同じ考えじゃすぐに足元すくわれちゃう・・・」
「・・・だな・・・いや、本当に油断していた。気の引き締めが足りなかったよ」
「気をつけてよ?ウィルがいなくなったら・・・私・・・」
「・・・ゴメン、今度から本気で気をつけるから」
俺はそう言って彼女の頭に手を軽くぽんっと乗せた。彼女は無言のまま小さく頷いた。俺はそのまま言葉を続ける。
「・・・さぁ、戻ろう。これで当分は被害も減るはずだ」
ディアはもう一度小さく頷く。俺たち2人はそれぞれ炎と氷で覆われた自分の腕に声をかける。
「もういいぞ、ファース」
「ありがとう、リーザ」
「フィー!」
「キュキュ!」
その言葉を聞くと炎を氷はそれぞれ光となって俺達の手から離れると上空ではじける様にして消えた。 そして俺達はそのまま都市の方に向かって歩き始めた。
確かにここ数週間、魔獣の強さが突然、異常なまでに高くなってきている。今日の戦いだって、 あの鶏モドキも普段だったらあそこで大概くたばっていたはずなのに、しぶとく生きていて、しかも自分にまだ攻撃を仕掛けてきた。 首だけになってもまだ生きていたんだ。生命力も尋常じゃないほど高くなっている。 そこで事態を重く見た聖都上層部は大陸各地の魔獣ハンターを呼び寄せて魔獣討伐軍を設立した。俺とディアも元は聖都出身者ではなく、 地元の田舎町で2人で故郷を守っていたが、聖都の襲撃率が高くなったこともあって互いに召集されることになった。 今日あの鶏モドキを攻撃したのも討伐軍としての任務だった。俺達は任務を滞りなく終えたことを聖都で待機していた部隊長に報告をした。
「ご苦労だった。報酬は銀行に振り込んでおこう」
「有難う御座います」
俺達は報告を終えると市街地の方へと足を運んだ。魔獣討伐軍は実際のところまだ急造されたばかりであり、 隊員の宿舎などもまだ用意できていない状態のため、俺達は近くの宿屋で生活をしていた。 しかし宿屋代も馬鹿にならないため俺達は2人で同じ部屋を取っている。 さすがに幼馴染とはいえ同じ部屋に若い男女が寝泊りするのは抵抗があったものの、背に腹はかえられなかった。俺たち2人は部屋に入ると、 互いにベッドに座り一息をつく。俺はふと何気なく、ディアに話しかけた。
「・・・どうしてるかな・・・みんな」
「バースの人たち?」
バースは俺たちがいた町の名前だ。今、魔獣たちの攻撃が聖都に集中しているとはいえ、他の町が襲われないという保障は無かった。 一応俺達がいない間は他のハンターが町を守ることになっているが、自分たちの故郷はやはり自分たちで守ってないと不安があった。
「・・・元気でやってると思いたいけどね」
「どうしても気になっちまうよなぁ・・・」
「・・・まぁ気にしてても仕方ないよ。今日は疲れたしさ、早くご飯食べて休もうよ」
「そう・・・だな」
ディアはそう言って市街地で事前に調達しておいた食料をテーブルの上に並べた。 そして俺達はそれぞれさっきの様に自分の精霊の名前を呼んだ。
「ファース、出てこいよ」
「おいで、リーザ」
「フィ!」
「キュー!」
俺達の声に応えて突然空中に炎と氷がいきなり生じる。しかしそれらは昼間とは異なり、 そのままの姿ではなく徐々に生物の形を成していく。炎の精霊であり、俺の相棒であるファースはその姿を、 自らの属性である炎を連想させる紅の鱗を持つドラゴンの姿へと変える。大きさは、俺の腕に留まれるほどの小さなサイズだ。一方氷の精霊、 ディアのパートナーであるリーズもその姿は小さなドラゴンそのものだったが、その外観はファースとは異なり鱗ではなく、 氷を思わせる白く透き通った美しい毛で覆われていた。精霊はもともと実体が無いが、 普段生活するにはやはりそれなりの実体があったほうがいいため、状況にあわせて適当な生物の姿になる習性を持っている。 そして自然の力を最大限に発揮し、また生物の潜在能力を開放する力を持っているため、 ハンターを初め戦闘を生業とするものは好んで精霊と契約していた。 ファースとリーザも俺達がハンターになった頃に契約をしてからの相棒であり、その関係は主従関係を超えて友情に近い、 確かなもので結ばれていた。
俺達2人と2匹はテーブルに並べた食事を口に運ぶ。この仕事は命がけであることもあり、収入はよく食い扶持に困ることは無かった。 2匹のドラゴンは美味しそうに俺達と同じものを食べる。精霊といっても食べるものとかは普通の生物と同じらしい。しかも食欲も旺盛で、 その小さな身体で人間と同じか、それ以上喰うことだってある。一体その小さな身体の何処に消えていくのかは謎だが、 そもそもその小さなドラゴンの姿も仮の姿、実体がないのだから論じるだけ無駄かもしれない。 俺達は食事を終えると近所の公共の温泉施設に行き汗を流し、宿に戻ってきて今日はそのまま眠りについた。きっと明日もまた、 命をかける戦いとなる。休息はこの仕事にとって一番大事なことだった。別々のベッドに入った俺達は、 それぞれの精霊を枕元に寝かせ少しでも疲労を取るために深い眠りについた。
聖都のキマイラ #1-1 完
#1-2に続く
本格的なファンタジー世界観を書くのは初だったりします。現実世界で獣化するのが萌えなのでwまぁ、このレベルの想像しかできませんがお付き合い宜しく御願いします。。。
そして、乙カレー。
コメント有難う御座います。最近獣とポケモンばかり書いていたのでドラゴンが急に書きたくなったので、精霊をドラゴンの姿にしてみました。まぁプチ変身ネタということでw
これからも色々なキャラを出す予定なので宜しく御願いします。