PBE Beginning 第4話
【人間→ポケモン】
高校を卒業した元クラスメイトが、その後再開したときお互いに進学した学校や、就職した会社、 その授業の事や仕事の事を話し合ったりするのはとても普通な事で、 きっと普通に進学したり普通に就職したりしてたら私も通る道だったんだろうけど。残念ながら私はその道を通らなかった。
何故なら私はチコリータになったんだから。
・・・素で見ると、やっぱりおかしな文章だよなぁ。私も人間がポケモンになる、 なんておとぎ話の世界とかでしか絶対ありえないと思っていたから、いざ自分がポケモンになってみて、 ポケモンとして生活を始めてようやく実感が湧き始めたぐらいだ。実際こうして鏡の前に立ってみても、目の前に映るのはチコリータの姿。 右を向いても、左を見ても、間違いなくその容姿はチコリータそのものだった。背中に有る、スイッチさえ除けば。 マイ先輩の話ではこのスイッチを押すことで、スーツが解除され人間の姿に戻る事が出来るらしい。しかし、 背中にあるスイッチをチコリータの姿では到底押すことは出来ない。と、思っていた。しかし、このポケモンの姿に慣れていくうちに、 私はひとつのことに気付いた。その事に気付いたのは、新人戦を明日に控えた今日の練習での事。 ようやく前々から練習してきたつるの使い方がそれなりのレベルにまで到達した時、私は自分がつるをかなり上手に、 まるで自分の指のように思い通りに操れる事に気がついた。そしてつるは伸縮自在。・・・ということは、ということである。
私は鏡の前に背中を向けるようにして立つ。そして限界ギリギリまで首を回して背中のスイッチの位置を確認し、 首元からゆっくりとつるを延ばす。・・・考えは単純。チコリータのつるなら、自力でスイッチを押せることに気付いたのだ。・・・別に、 マイ先輩のことを疑っているわけじゃなくて、練習がイヤになったから逃げ出したいんじゃなくて、ただ、そう、確認したいだけ。 スイッチ押せれば人間に戻れる・・・そう、戻れるかどうか確認するだけだから、 きちんと戻れたらその後すぐにスーツ着なおしてチコリータに戻るんだから・・・とか自分に言い聞かせつつも、内心、凄いどきどきしている。 ようやく使い慣れたはずのつるが緊張で震えている。・・・大丈夫、別に悪いことしているわけじゃないし、チョットだけだし・・・。 そんな事を考えつつ、ついに私のつるはスイッチに触れた。触れた瞬間私はゆっくり唾を飲み込んだ。 そして思い切ってつるに力を込め思いっきりスイッチを押し込む!
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・あれ?
私のつるは間違いなくスイッチを押している・・・なのに私の身体には何の変化も無い。 鏡の前には驚きの表情を浮かべて背中につるを延ばすチコリータがいるだけ。ためしに何度かスイッチを押してみるが、 おしてもおしても何も起きない。スイッチを押しても人間に戻れない・・・!?ひょっとして・・・マイ先輩にかつがれた・・・!?
『・・・カナ、何やってるの?』
『え?・・・って、ぅわあぁっ!?マ、マイ先輩!』
私は背後から聞こえた声に飛び上がりながら大声を上げて振り返る。そこにいた声の主は1匹のピカチュウ、つまりマイ先輩だった。 必死でごまかそうと頭の中をめぐらせるが突然の事と・・・チョットの罪悪感から巧く言葉が出てこなかった。 そんな私の様子を見てマイ先輩は初め黙ってみていたが、そのうち僅かな笑みを浮かべながら私に問いかけてくる。
『ひょっとして・・・背中のスイッチ押してた?』
『え、あ、その・・・!』
『・・・あれ?言ってなかったっけ?そのスイッチ、人間の姿の人が押さないと効果ないって』
『・・・え?』
『だってそうでしょ?バトル中にポケモン同士がぶつかったり、技が当たった時にスイッチが押されちゃったら、 観客の前で変身が解けちゃうでしょ?』
『・・・確かに・・・』
『それじゃマズイから、人間が触れないとスイッチが反応しないようになっているの』
・・・そんな話全然聞いてない、ってマイ先輩に訴えようとしたけど・・・その時マイ先輩の表情が落ち着いた様子を見せながらも、 どこかで必死に笑いをこらえているようにも見えた。・・・ひょっとして、マイ先輩、私のこの様子が見たくてずっとこのこと黙ってたんじゃ・・ ・!?
『ほら、ダメってわかったんだから、さっさと明日に備えてご飯食べて寝なきゃ!』
『え、あ・・・はい』
マイ先輩はそういうと鏡の前で立ち尽くす私の後ろを通り過ぎ、 ピカチュウの小さな身体ながら慣れた手つきでポケモンフードを準備し始めた。・・・結局、 マイ先輩に真意を問いただすタイミング逃しちゃったよ・・・。
『さ、早く食べよ!』
マイ先輩はあっという間にポケモンフードを皿に盛り終え、私に呼びかけた。私は皿の前に立ち、 いつものように顔を皿に近づけソレを食べ始めた。・・・そして食べながら時々マイ先輩のほうを何となく見つめてみる。 思えば第一印象ではものすごく体育会系のイメージが強かったけど、ここ数日のマイ先輩の行動を見ていると、 私の一挙一動を楽しんでいるようにさえ見えてくるが、もし先輩がソレを私がそう行動するように筋道立てて誘導しているとすると、 実はマイ先輩ってかなり計算高いんじゃないかとか思えてくる。それだけじゃない、真面目な話をすれば練習の時も、 慣れない私に対して的確な指導と指示を出してくれる。お陰で私の技は形になっていき、 はっぱカッターやつるのムチもほぼ完璧に本物のチコリータのソレと遜色ないレベルになった。明日のヒトカゲとの・・・ リョウとの決戦に向けて、準備は万端、体調は万全。後は本番で全力を出せるよう頑張るだけだ。そう思うと食べる勢いにも力が入る。
『・・・カナ、いよいよ明日だね』
『え?・・・そうですね、もう、明日なんですね』
マイ先輩は食べながら私に話しかけてきた。私は顔を上げて応える。マイ先輩のピカチュウのつぶらな瞳は、 しかしまるで練習の時のような真剣な光を宿していた。
『まぁ、本当なら・・・明日は勝てるように頑張ってね!って言うのが、普通なんだろうけど・・・』
『・・・え?』
『PBEで大事な事は圧倒的な強さで勝ち続ける事じゃないの。勿論勝つ事も重要だけど、それだけじゃダメ』
『・・・じゃあ・・・?』
『PBEはね、文字通り、ポケモンバトルのエンターテインメントなの。 お客さんが求めるのはただ強いだけであっさり終わる勝負じゃなく、白熱した、盛り上げる試合なの。 そして勝負の世界だから必ず勝つポケモンと負けるポケモンがいる。もしスポーツとしてのバトルなら勝ったポケモンに称賛がいくけど、 PBEはショーとしてのバトル、大事なのは勝ち負けよりもよりバトルが盛り上がることが大事なの』
『分かります。私も・・・観客として、一ファンとしてPBEを見ていたときはそうだったから』
『だったら。その時の、お客さんの視点からの気持ちを忘れないで。勝ち負けよりも、 自分だったらどんなバトルが見たいか意識して戦えば、きっとバトルは自然と盛り上がるはずだから』
『・・・はい!』
私の元気のいい返事を聞くとマイ先輩は嬉しそうな笑顔を浮かべた。そうだ、明日の試合は勝ちたい。でも、それ以上に私を、ううん、 チコリータのバトルを見に来てくれる人たちを楽しませて上げなきゃ。ソレが私の仕事。私が生きていくと決めた道なんだ。 確かに普通の道じゃないけど、選んだ事は後悔していない。むしろ、自分の進んだ道に間違いはなかったと、 自分にはぴったりの仕事だと今なら思える。私はポケモンフードを食べ終えると、少し身体を動かしたあと、すぐに眠りについた。決戦前夜、 眠れなくなるものだと思っていたけど、さっきのマイ先輩の言葉もあってか、緊張とか不安は無く、 落ち着いて明日に望む心の準備が出来ていたんだろう、 チコリータ用に用意された小さなベッドの上で私は丸まるとすぐに眠りの中に意識を落とした。
そして翌朝。いよいよ決戦の日。普段は正直少し朝が弱い私だけど、今日はすっかり意識が冴え渡っている。
『おはよう、カナ!』
『おはようございます』
既に私よりも先に起きていたマイ先輩が笑顔で挨拶してくれた。
『一応、今日の新人戦について説明するね』
マイ先輩はそう言うと手に持っていたプリントを広げた。今日のスケジュールが書かれたものらしい。
『今日の公演は本拠地であるこの街のアリーナ。今日はPBEの上位ポケモンのバトルがあるの・・・って当然分かるよね?』
私は首を縦に振った。PBEにはそのポケモンの強さによって明確にレベル分けがされている。 加入したてのポケモンを初めとする最も下位のプライマリから始まり、強くなるにつれてセカンダリ、ブロンズ、シルバー、ゴールド、 そして最強のプラチナと順位が上がっていく。初日に私たちに会ってくれたスイクン・・・サイバラさんは文句なしのプラチナランクだ。 いまだデビュー前の私たちはプライマリですらない。
『今回の新人戦は主にゴールドとプラチナのバトルの・・・まぁ言えば前座ね。 これからの大舞台を前にまずはお客さんには捕まえてきたばかりで調教したての・・・という設定のポケモンバトルを見てもらって、 雰囲気を作ってもらおうってわけ』
『何か・・・結構大役ですね?』
『ま、大丈夫。今日まで練習してきた事と昨日言ったことをきちんと理解していれば、お客さんに伝わるバトルが出来ると思うよ』
『そうですね・・・頑張ります!』
私は力強くそう応えた。大丈夫、今の私に緊張や気負いは無い。今まで学んできたポケモンとしての自分をそのまま表現すればいいんだ。 私は自分に言い聞かせる。
『さぁ、じゃあ早速移動の準備しよ!下見も兼ねて、現地入りは早めに予定してあるから』
『分かりました』
そして私達2匹が部屋から出たとき、同時に隣の部屋からもヒトカゲとハッサムが出てきた。
『お、カナ。おはよう』
『おはよ、リョウ!いよいよ今日だね』
『あぁ、そうだな』
私達はそのまま合流して4匹でスラロープを降りていく。私はヒトカゲ、リョウと並びながら歩く。この隣にいるヒトカゲが、 私の元クラスメイトであり、同僚であり、そして最初のバトルの相手となるんだ。・・・ほんのチョット前の卒業式の時とかは、 まさか二人ともポケモンになってバトルするなんて思ってなかったなぁ。私達はあのままただのクラスメイトで終わるはず・・・ だったんだけどね・・・。
『ほら、カナ何してるんだよ?』
『え?』
考え事をしていたわたしの歩みはいつの間にか止まっていた。リョウは私のほうを少し先に進んだところで振り返り見つめている。 そして少しこちらに戻ってくるとすっとその小さな手を私に差し出す。
『ほら、ぼぅっとしてないで行こうぜ?』
『うん、でもさ』
『何だよ?』
『折角手を差し伸べてもらっても、繋いであげる手なんて私には無いんだけど?』
『あっ』
リョウはしまったという表情を浮かべてすっと手を引いた。私はその様子を見て思わず含み笑いを浮かべた。 そしてふとした思い付きを口にする。
『まぁ、折角出してくれた手だし・・・これでよければ』
私はそういって慣れた様子ですっとつるを彼の手先に伸ばした。リョウは私のつるを見て呟く。
『・・・つる、使えるようになったんだな?』
『うん、御陰様でね』
『そうか・・・バトル、楽しみだな』
リョウはそういうと私のつるをその小さな手で優しく掴んだ。そして私達は手とつるを繋いだまま走り出し、 既に移動用の車の前で待っていたマイ先輩たちのところへと向かっていった。・・・今私たちを繋いでいるこのつるが、 数時間後には戦うための力として使う事になるんだ。彼の小さく優しい手の、その先に有る爪が私に向けられる事になる。 ポケモンの姿でスーツを着ているとはいえ、私達はお互いを、悪く言えば傷つけあう事になる。そう考え始めると、 リョウとバトルをするということが、頭ではきちんと理解できているはずなのに、急に視界にモヤがかかったような不安がよぎった。 私は本気でリョウと戦う事が出来るんだろうか。私は彼の手を伝わってくるヒトカゲの体温の暖かさを感じながらも、 同時にもどかしさも覚えていた。でも私の心がどうであるかは時間の流れには関係ない。私たち2匹のデビュー戦の時間は刻一刻と迫っていた。
PBE Beginning 第4話 完
第5話に続く
今回はスイッチの設定を細くしたかっただけなのです、本音は(爆
多分あと2話ぐらいでfinの予定です。今しばらくお付き合いくださいませ。。。
そして初舞台にかける心の動き、いつもながら見事と言いますか。
あと2回との事ですが、いい展開を期待です。そして今回はスイッチは「誤作動なし」でお願いします。(苦笑)
コメント有難う御座います。
>妙なドキドキ感
今回の話は兎に角スイッチの話を書きたかった回なのですwスイッチの設定思いついた後、「でも、バトル中に押されたら大変だよなぁ」とか思ったらこういう設定を孵化せざるを得なくなりましたw
いよいよ残る2回でカナとリョウのバトルが描かれる予定です。どちらが勝つのか、どんなバトルになるのか、そしてソレを通じて2人の関係がどうなるのか。そこら辺を描ければと思っています。