μの軌跡・幻編 第10話「交わり始める真実」
【人間→ポケモン】
「ほら、僕の服だ。君の身体じゃ少し小さいかもしれないけど・・・」
「グルゥ」
ドクはそういうと、自分の上着から下着までの一式をリザードンに手渡した。リザードンはゆっくり一礼すると、 診療所の奥の部屋に入っていこうとするが、一瞬ピタっと足を止めてタツキたちの方を振り返り一言告げる。
『・・・覗くなよ?』
『覗かないよ!てかアンタのなんか誰も見たくないから』
ハクリューに怒ったようにそう言われ、リザードンは少し小さな笑みを浮かべながら奥の部屋に入っていった。 そしてドクにドアを閉めてもらうと彼は瞳を閉じ、ゆっくりと心を落ち着かせる。そしてしばらくすると、 人の姿からリザードンに変身した時のような、その皮膚と同じオレンジ色の光が彼を包み始める。
「グ・・・!」
リザードンは全身に力を入れるように構える。やがて光はどんどん強くなっていき、その光の中で彼は変化を始める。 腹部から脚までは一気に引き締まり、ゆっくりと伸びていく。 尻尾は徐々に短くなっていき彼の下半身がリザードンのものから人のソレに戻るころには完全に消えてなくなっていた。 翼も同様に短くなり背中に消えていき、手足の指は5本へと戻り鋭い爪もなくなっていた。首も短くなり、顔も人間の、 トウヤと呼ばれた青年のものへと戻っていく。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・!」
やがて光が消えるとそこには変化を終えて人間へと戻ったトウヤの姿があった。彼は一息つくと、 すぐさまドクに受け取った服を身につけ部屋から出てきた。
「・・・待たせたね」
『本当に・・・人間に戻れるんだ・・・!』
部屋から出てきたトウヤの耳に最初に飛び込んできたのはタツキのその言葉だった。 トウヤは驚きの表情で自分を見つめてくるハクリューを見つめ返し、ゆっくり語りかける。
「コレで分かっただろう?アルファのことが」
『・・・でも、どうして私がアルファだって分かったの・・・!?』
「アルファとしての能力が高まると、アルファ同士感じあう事ができるんだ。つまり相手がアルファかそうじゃないか、 一目で分かるってことだ」
『それで・・・私がアルファだって・・・人間だって分かったの・・・?』
「そういうことだ」
『じゃあ、じゃあどうすれば私は人間に戻れるの!?』
ハクリューは今にもトウヤに襲い掛からんばかりの勢いで彼に迫った。
「落ち着けって!後で順序だてて話すから!」
『・・・そうやってはぐらかしたりするんじゃない?』
「しないって!疑り深いな・・・」
トウヤはタツキをなだめながら、ドクとソウジュの方を振り返った。ドクは他の人やポケモンの様子を見て、 それまで押し黙っていた重い口をゆっくりと開いた。
「・・・一応、話を聞く準備は出来たのかい?」
「あ、あぁ」
「私も・・・早く事態を確認したい」
ソウジュは腕を組んだままドクの問に答えた。ドクはソウジュとトウヤの顔をゆっくりそれぞれ見つめると、一度呼吸を整え語り始める。
「多分・・・二人が聞きたいのは同じ事・・・だけど、結論から言えば・・・MT4はここへは来ていない」
「来ていない・・・!?しかし、彼の反応は確かにこの島に・・・!」
ソウジュはドクが嘘をついているのではないかと疑いの表情で彼に問いただしたが、 ドクの落ち着いた表情がそれが決して嘘ではない事を物語っていた。
「・・・MT4が僕に会いに来た。それは事実だろうけど、それを阻んだ者がいた・・・」
ドクはそう言いながら、トウヤの方を見つめる。トウヤはその瞳に答えるように小さく口を開く。
「強かったよアイツ・・・見ての通りさ」
ドクから借りてきている服の上からでも分かる、全身の激しい傷。その口ぶりからすればそれらはどうやら、 そのMT4という者にやられた傷らしい。だとすれば確かに説明がつく。昨日トウヤは山で、 恐らくリザードンに変身してそのMT4というのと戦ったのだろう。しかし敗れ、全身に傷を負ってしまった。 山火事は恐らくその時のバトルでトウヤが誤って・・・。ラズは彼のその表情と言葉から頭の中でその時の話を窺い知ることが出来た。
「・・・俺の不注意から、アンタたちの島・・・大変な事してしまって・・・」
ラズのその視線に気付いたのか、トウヤは申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を垂れ下げた。しかし、ソウジュはその様子を気にも留めず、 一息ついたかと思うとそのまま診療所を出て行こうとした。
「待てよ、何処に行くんだ?」
ドクは彼女を呼び止める。ソウジュは一瞬足を止めたが毒のほうを振り返る事は無くドアの方を見つめたまま答えた。
「・・・アオギリからMT4の話が聞けないならここにとどまり続ける理由も無い・・・私にはすべき事がある」
そう告げると彼女は診療所を後にした。ソウジュはすぐさま携帯端末を手に取ると、何処かへと連絡を取り始める。 そして端末から男の声が聞こえてきた。
「・・・どうした、ソウジュ。このタイミングで連絡してくるなんて・・・」
「アオギリのところにはMT4は来ていなかったわ」
「っ・・・!・・・そうか・・・」
「だとすれば・・・次に彼が向かうのは・・・」
「成る程・・・こちらを・・・ミュウを狙ってくるかもしれない・・・!」
「そういうこと・・・頼んだわよ、ゼンジ」
ソウジュは手にした端末の向こうの男に対して強くそう伝えた。そこでMT4を押さえることが出来なければ、 当分その機会を失ってしまう可能性が高いのだ。彼女にとっては何としてもその最後のチャンスを逃すわけには行かないが、 それを例え信頼しているゼンジにとはいえ、自分以外の人間の力を借りなければいけないというのは歯痒いものだった。しかし、 だからこそ今の彼女はドクの元にとどまり続けるわけには行かなかった。少しでも早く本土に戻り、MT4の捕獲をしなければならないのだ。 その数時間後ソウジュはまた忽然と姿を島から消した。
『・・・それで、私のアルファの能力の話は?』
一方で診療所に残っていたタツキはロウトに問いかける。
「あぁ、そうだったな」
「・・・何の話だい?そのハクリューと」
ドクはトウヤにそう訊ねてきた。ドクはトウヤとは違い普通の人間、ポケモンの言葉は彼には通じていないため、 ポケモンが何と喋っているかはトウヤに聞く必要が有った。
「いや、タツキ・・・あ、ハクリューがアルファのことを教えろって」
「・・・え・・・?今・・・なんて・・・!?」
「え?・・・だからハクリューがアルファのことを・・・」
「そのハクリューは・・・アルファ・・・そしてタツキという名前なのか!?」
ドクは少し慌てた表情でハクリューのほうを見つめた。ハクリューは長い首を横にかしげる。
「・・・別にアンタだったら、今までたくさんのアルファを見てきただろ?何も珍しくは・・・」
「いや・・・タツキ・・・まさか・・・!?」
ドクはまるで自問自答するようにぶつぶつと言葉を繰り返した。そしてハクリューの方を見つめると、 戸惑いの表情を含みながら問いかけてきた。
「ひょっとして・・・君の父親は・・・クサカタツヒトじゃないのか!?」
「リュッ!?」
ドクがクサカタツヒトの名を上げた瞬間、ハクリューは驚きの表情を浮かべた。ドクはその姿を見たあと、今度はトウヤの方を振り返る。 つまり、ソレは彼に訳を催促しているということだった。トウヤはソレを感じ取り、自分の耳に聞こえたハクリューの言葉をドクに伝える。
「・・・どうして父さんの名を知ってるの・・・だってさ」
「そうか・・・ハクリューは・・・君はクサカさんの娘だったのか・・・!」
貴方たちの子供たちも動き始めている・・・ソウジュがさっき自分にそう告げた言葉の意味を、ドクはようやく真に理解始めていた。 彼女の言うとおり、何かがまた動き始めてしまったのだ。一方タツキも突然父親の名前を出されて戸惑いを隠せなかった。 自分をおいて自ら命を絶ったあの父親が・・・ドクと知り合いだった・・・!?ソレが偶然なのか必然なのかはまだ彼女には分からなかったが、 しかし自分を取り巻く運命が少しずつ、しかし大きな音をたてて動き始めているのは認めざるを得なかった。
μの軌跡・幻編 第10話「交わり始める真実」 完
第11話に続く
もう、すごいの一言です。僕にもこんな小説が書けたらなぁと思います。
これからも、がんばってください!
ところで、ソウジュが診療所から出て行くときに、「毒のほうを振り返る事なく」となってるんですが、ドクの間違いではないでしょうか?
★宮尾レス
燕さま、コメント有難う御座います。
お楽しみいただけたようで嬉しいです。こういった小説を書く人はまだまだ少ないので、もし機会があれば書いてみるのも良いかもしれませんね。
誤字についてご指摘有難う御座います。どうしても一人でチェックしているので、公開時点でも誤字が残っていることが多いのです。
時間を見つけて修正させていただきます。