μの軌跡・逆襲編 第10話「違和感」
【人間→ポケモン】
『・・・うん、これでいいよ』
セイカはそう言うとエリザの首の後ろに回していた手をそっと下ろした。直後にエリザがセイカのほうを振り向く。
『本当!?・・・どうかなぁ?』
『凄くいいよ、似合ってる』
セイカはエリザのその姿を見て素直にそう答えた。その言葉を聞いたエリザは笑みを浮かべ、 そしてそのまま見張りのため少し離れていたジュテイのところにかけていき自分の姿を見せる。
『ねぇジュテイ、見てみてよコレ!』
『ん?どうした?』
『ほら、セイカに作ってもらったんだ!』
エリザに言われジュテイは彼女に視線を落とす。すると彼女の胸の辺りに小さく輝くものがあることに気付いた。
『それは・・・』
『そ、この間貰った指輪』
それはセイカとエリザが初めて出会った日、エリザがジュテイから受け取った指輪だった。木のつるを細くしたものを指輪に通し、 彼女の首の後ろで結んでおり、丁度首飾りのように首からさげていた。
『セイカに作ってもらったんだ。どう、似合う?』
『あ、あぁ・・・よく似合っている』
その言葉を聞いたエリザは子供のように嬉しがり、飛び跳ねながら首に輝くその指輪を揺らしていた。確かに、 指の無いエリザにとってはこうした方がアクセサリらしく身に付けられる。ジュテイは、 エリザから少し遅れて自分の傍に来たセイカに声をかける。
『さすがに元人間だっただけあって、手先は器用だな』
『・・・ミュウの手、人間のに近いから』
セイカはジュテイを見上げて短くそう答えた。そしてセイカはジュテイがエリザの首に輝くその小さな指輪を見つめながら、 何故か悔恨にも似た複雑な表情を浮かべている事に気付いたものの、深くを追求することは避けた。・・・ ジュテイがエリザとミュウの関係を知っている。それはセイカの中で、根拠こそ全く無いもののほぼ核心に近い手ごたえを感じていた。 ジュテイと共に森を出てから更に2日がたった。その間3匹は森を進みながらも生活を共にしていた。 セイカは少し意識をしてジュテイの視線や表情を窺っていたが、やはり意識を自分よりもエリザに費やしていることの方が多く感じていた。 勿論それは、エリザの育ての親として後から来た自分よりも長く面倒を見てきたエリザのほうを気にかけるということだって自然な話しだし、 先のバトルで怪我をしているエリザを心配しているのだと考える事も出来る。が、そういう意味を持つ視線とはとても思う事が出来なかった。
『・・・どうした?』
『ううん・・・別に。ところでどう?やっぱりあの人たち、襲ってきそう?』
『うむ・・・家のある方角から人の気配を感じるな・・・恐らくは・・・来るだろうな』
『そう・・・』
セイカは申し訳なさそうな表情を浮かべながら家があるという方角を見つめた。 きっとそこに行けばまたあのポケモン達とバトルをする事になり、エリザとジュテイを傷つけてしまう事になるだろう。
『・・・そう思いつめた顔をするな、ミュウの子よ。我々は何もお前に無理に連れられて来たわけではない。エリザも自分で望んで、 お前を守ると誓ったのだ。お前が巻き込んでいるわけではない』
『・・・』
セイカはジュテイのその言葉に静かに頷いたが、心の底ではここまで付き合ってもらってしまっている事に対する感謝と、 申し訳なさが渦巻いていた。
『もぅ、またそうやって落ち込むんだから!』
セイカが暗い影を落とす表情を浮かべていると、後ろからエリザがそう声をかけてきた。
『ゴメン・・・エリザ、でも・・・』
『ほら、くよくよしないの!いつも言ってるでしょ、セイカは笑った方がかわいいって!』
『・・・うん』
『ほら、2匹とも行こう!ジュテイ、もうすぐなんでしょ?その家って』
『あぁ、この坂を下りた先にある、大きな家がそうだ』
『この先に・・・!』
この先に、自分がミュウになってしまった事の手がかりがあるかもしれない。そう思うと内から何かがこみ上げてくるか、 張り詰めるというか、兎に角彼女の気持ちは高まっていた。
『・・・行こう』
セイカがそう小さく、しかし力強く告げると、エリザとジュテイは静かに頷き、 そして3匹は再び大分拓けてきた森の中をゆっくりと進み始めた。坂をゆっくりと下りながら、セイカは再びジュテイの方を見上げる。・・・ ジュテイは一体何を、何処まで知っているのだろうか・・・ミュウのこと、エリザのこと・・・何を思って自分とエリザを、 そこに導こうとしているのだろうか。考えても、見つめても、答えが出るわけじゃない。だけど不安ばかりが自分の心を覆う中で、 何かの答えを見つけたくてついまた、ジュテイを見てしまう。セイカはそんな自分に言い聞かせる。その研究者の資料があれば、 何か分かるかもしれない。自分がミュウになった事だけじゃなく、エリザの失われた記憶が・・・。そう思うと自然に足取りも軽くなるどころか、 気持ちが逸ったセイカはミュウの力で浮かび上がり先を急いだ。その時目の前に急に現れる壁。
『・・・ひょっとして・・・!?』
『・・・そうだ・・・ここが、その研究者の家だ・・・』
セイカとエリザは目の前にあるその家を見上げた。それは思っていたよりもずっと大きなものだった。 それは決してポケモンの目線だから大きく見えるというだけでなく、事実一般的な一戸建ての住宅と比較すると大分大きなものだった。 しかしその壁は殆どがツルで覆われており、大分荒れ果てている感じだった。セイカはその家を見つめながら小さく呟く。
『思ってたより・・・廃墟という感じ・・・』
『仕方も無いだろう。もう何年もまともに人が住んでいないのだからな』
ジュテイは落ち着いた表情ながらも、どこか感慨深くその家を見つめていた。まるで何かを懐かしむように。 その表情を見てセイカの中でジュテイに対する疑念は益々膨らんでいた。しかし、 今はとうとうたどり着いた自分の手がかりを前に興奮と緊張の方が先走っていた。たまらずセイカはその家の中に入ろうとするが、 いつもなら真っ先に聞こえてくるはずのエリザの元気な声が聞こえてこない事に気付き、辺りを見渡した。 すると少し後方に家を見たまま立ち尽くすエリザの姿を見つけた。セイカはすぐに近寄り声をかける。
『エリザ、どうしたの?』
『・・・え?』
『・・・本当にどうしたの?ボーっとして、エリザらしくない』
『ぁ、ううん、何でもない、何でもないよ!ほら、そう、行かなきゃね!』
エリザは慌てたようにそう言うと、駆け足で家の方へと近づいていく。セイカはその様子に首をかしげながら彼女の後を追って行った。 エリザは駆けながら目の前の家を見つめる。・・・エリザはこの家に来たのは初めてのはずだった。事実この家のことは記憶が無い。しかし、 その記憶が無いという事がどうにも違和感を感じて仕方が無かったのだ。それだけではない、 何か決定的に自分の中で何かに対する違和感が沸々と湧き上がってきていた。エリザはそれを心の中に押し込めながら、 セイカと共に家の傍へと近づいてゆく。正面のドアは当然開いておらず、建て付けも悪くなっているためびくともしなかったが、 すぐ傍の窓ガラスが割れていたためそこから入る事にした。当然、ジュテイの身体では入る事が出来ないため、 見張りの意味も含めて外で待っている事になった。
『ちゃんと見張っててよ!』
『わかっている、心配するな』
エリザとジュテイがそう言葉を交わした後、セイカはエリザと共に家の中へと入っていった。 床に下りた瞬間舞い上がる埃で一瞬視界を失ってしまう。
『うわ・・・!凄い埃・・・本当に何年も人が来なかったんだ・・・』
『・・・』
『・・・エリザ?』
『え?・・・あ、うん、そうだね。埃が凄くて・・・』
エリザはまたどこか虚ろな目で辺りを見渡していた。そしてしばらくして埃が落ち着くと、不意に部屋を飛び出し家の中を走り始めた。 セイカも慌てて彼女を追いかける。
『どうしたの、急に?』
『・・・多分、コッチにある・・・と思う』
『え、何が?』
『・・・ミュウの情報』
エリザは小さくそう呟いた。セイカは驚いてエリザのほうを見つめる。彼女の表情はいつもと違い、焦りや戸惑いが混じっていた。・・・ セイカは一つの可能性が気になり、エリザに問いかけてみる。
『どうして、コッチにミュウの情報があるって分かったの?』
『私にも分からない・・・でも、コッチなの』
『この家の事、知っている訳じゃないの?』
『・・・分からないの、本当に・・・』
エリザはそういって口を閉ざした。エリザ自身だって本当は気付き始めている。 この家の事を知らないはずの自分がこの家の案内を出来ている事は、つまりそれは自分の失われた記憶に関わっている可能性が高い事を。しかし、 それは彼女にとって不安と違和感以外の何ものでもなかった。そしてエリザは古びた扉の前で足取りを止めその前に立ち尽くした。
『・・・ここ?』
『うん・・・』
セイカはエリザのその返事を受けてゆっくりと浮かび上がるとそのドアノブに手をかけた。しかし、 表の玄関のドアとは裏腹にこちらのドアは少し力を入れただけですんなり開いてくれた。まるで、自分たちを受け入れるかのように。 しかしエリザが導いたその部屋は酷く荒らされており、恐らくはここに住んでいた研究者のものだったのであろう、 様々な本や資料が散乱していた。セイカはそれらを流すようにさっと見ていくが、ミュウに関すると思われる資料が見当たらなかった。
『・・・ここにはなさそうだね』
セイカはそういってエリザがいると思った方を振り返ったが、そこにエリザの姿はなかった。
『・・・エリザ?』
セイカは更に少し浮かび上がると部屋全体をキョロキョロと見回した。すると薄暗い部屋の奥にエリザの姿を見つける事が出来た。 そしてゆっくりと彼女の傍に近づく。エリザはなにやら壁を見つめたまま黙っていた。
『エリザ・・・この壁がどうしたの?』
『・・・セイカ、さっきつけてもらったばかりで悪いけど・・・この指輪、はずしてもらってもいい?』
エリザはそういいながらセイカのほうを振り向いた。セイカは小さく頷き、言われるまま彼女の首から指輪を外した。
『それを・・・この溝に沿って、ゆっくりと転がしてみて』
『この・・・小さな溝?』
セイカはエリザの視線の先に眼をやると、そこには確かに小さな溝が有った。丁度エリザの指輪と同じぐらいの太さの。 セイカは彼女に言われたとおり、その小さな手で指輪を器用に掴み、溝の一番上に押し当てるとゆっくりと溝の一番下まで転がしていく。 そして指輪が一番下にぶつかった時に突然その壁が音をたてて動き始めた。
『え・・・何!?』
『・・・この指輪には、肉眼で見えないほどの細かい模様が彫られていて、更に微かな磁力を持っているの。 それに反応するようにこの仕掛けは作られている・・・』
『・・・エリザ・・・?』
淡々と解説をするエリザに、いつものような快活さは無かった。まるで、別人のような・・・ セイカの知らないエリザがそこにいる気がしてならなかった。自分がミュウのことに近づこうとする度に、 エリザがどんどん離れていってしまうような・・・それは錯覚でしかないはずなのに、セイカはその不安をどうにも拭う事が出来なかった。 やがて壁が動きが止まると、その奥に更に1つあった部屋が現れた。荒らされていた自分たちが今いる部屋とは違い、 まるで手付かずで様々な資料や本が綺麗に並べられていた。恐らく、今までの部屋は誰かが何かを探すために色々かき乱したのだろうが、 目の前の部屋はこの仕掛けがあるために今まで誰も入ることなく、主を失ったその時のままその姿を残していたのだろう。 セイカは再び浮かび上がるとその部屋を飛び回る。そして机の上におかれていた1つの封筒に目が行った。
『・・・未来の・・・娘たちへ・・・?』
そう表に書かれた封筒をセイカは手に取る。その文字の筆跡にどこかで見覚えがあったのが彼女の中で引っ掛かった。 そして中にある紙を取り出し、その内容に眼を通し始める。
”今もし、この紙を見ているのがミュウなら、これから書かれている事を驚かずに、しかししっかりと受け止めて欲しい。・・・”
・・・ミュウである自分がこの封筒を読むことを予言したかのようなその一言に、 セイカは自分が確実に答えにたどり着きつつある事を確信していた。一方エリザはその部屋の中をゆっくり歩きながら見渡していた。 失ったはずの記憶。知るはずのない光景、知識。それらが自分の中からあふれ出して来る事に対しての言い知れない不安。 こうしてこの部屋を見ても、確かにどこかで見たような、来た事があるような感覚を強く感じていた。その時、 ふとセイカが紙を読みながら浮かんでいる下の、その封筒が置かれていた机の上にあった別のものにエリザは眼が引かれた。 それは二人の男女が映った写真だった。
”・・・。その研究中に私はついにミュウの力を使い・・・”
『ミュウの力!?・・・やっぱり、この研究者は・・・!』
セイカの驚きと確信が入り混じった声が部屋中に響き渡ったが、エリザにはその声も聞こえてはいなかった。 エリザはただもうその写真にだけ全ての集中力が向けられていた。その写真に写っている男女に見覚えが有るような気がしてならなかったのだ。 この家の記憶が有る事も考えると、もしかするとその2人も自分の失われた記憶の中で出会っているのかもしれない。が、 その出会っているという表現がどうにも引っ掛かって仕方が無かった。特にその写真の少女、映っている姿はまだ4歳ぐらいだろうか、 あどけない笑顔でレンズを見つめていたその姿を見れば見るほど、自分の中の最も底辺の部分を揺るがすような、 まるで否定されるような圧力を心に受ける。その写真を見つめる事の違和感。エリザの中の何かが目覚めかけていく。
”・・・、ここに私のミュウの資料を残す。私の・・・”
『・・・え・・・!?』
セイカは紙の最後まで文章を読み終えかけていたが、その最後に書かれていた言葉に一瞬言葉を失う。
”・・・。私の最愛の娘セイカへ。そして・・・”
『・・・そんな・・・!』
・・・最愛の娘・・・セイカ・・・?セイカはその突然の文字に動揺を隠せなかった。自分が読んでいたこの手紙を書いたのが・・・ 自分の父親?・・・確かに言われて見れば、どこかで見たことあると思っていたその筆跡が父親のものである事にセイカはようやく気付いた。 しかし、セイカの父親はついこの間の、家族旅行でフェリーに乗る時だって一緒にいた。それなのに、それよりもずっと昔に、 こうして文章を残す理由。
『・・・全部・・・父さんは・・・知っていた・・・!?』
セイカが浮かびながら戸惑いの表情を浮かべる。 そしてその文章に付け加えるようにして書かれていた一文を見て更に彼女の身体を動揺が走り抜けていった。
一方でエリザの中の何かも徐々に崩れ始めていた。思えばこの家に着いたときからずっと感じていた違和感・・・ それは全て自分の思い過ごしだと、そう決め付けていた。いや、決め付けたかった。 自分はチコリータのエリザとして森でジュテイたちに助けられ、そこで育った。だからそれ以前の記憶なんて必要ない。必要なかったのだ。 しかし、今エリザはそれまでに感じていたその違和感が何だったのか。この写真を見てようやくそれが分かった。・・・分かりたくはなかった。 何故ならそれは・・・。
自分が・・・人間ではないことへの違和感だったから。
”最愛の娘セイカへ。そして最愛の妹エリザへ”
セイカはその最後の行を読み終えると、その紙を手から床へと落とした。セイカ・・・エリザ・・・それらがただ偶然同じ名前である、 などといった事ではない事はセイカにだって分かっていた。分かっていたからこそ、 セイカはただその紙に書かれていた事実をすぐには受け入れる事が、 気持ちの整理が出来ずに呆然とした表情のまましばらく静かなその部屋の真ん中でたたずんでいた。
μの軌跡・逆襲編 第10話「違和感」 完
第11話に続く
というわけで設定処理モード突入w次回からどんどん急展開ですw
フェリーに乗っていた両親も予想以上に深く関わってたことが明かされましたね。これからどう動いていくのかいつも以上に楽しみにしたおります。
コメント有難う御座います。二人のこの関係が、そして甦りつつあるエリザの記憶が今後の物語の鍵を握っているのは間違いないですねwこれからの二人の、そして周りの人々やポケモンの動きをこれからも意外な展開を交えつつ駆ければイイナと思っていますw