PBE Beginning 第3話
【人間→ポケモン】
『うん、今のはっぱカッター、いい感じだよ!その調子でどんどん攻撃してきて!』
『はい!』
私から少し離れたところでピカチュウが私に向かって叫んでいる。私はそれに答えると、 自分の頭の上にある葉に力を込めると身体の重心を上手く動かしその葉を大きく揺らす。 すると葉から衝撃波のようにもう一枚葉が勢いよく飛び出しピカチュウ目掛けて飛んでいく。 ピカチュウはその動きを確実に見極めて横に飛び跳ね、私のはっぱカッターをかわした。
『カナ、もっとよく狙って!コレじゃあ今の私みたいに簡単にかわせちゃうよ!』
『はい!スミマセン!』
私はそう答えると再びはっぱカッターを何度も連発する。私がPBEに加わってから3日がたった。私とマイ先輩は今、 4日後に控えた新人戦に向けて技の練習をしているところだった。入団してから1週間で新人戦。急すぎる展開だけど、 PBEの一員としてポケモンになった以上、ポケモンとして最低限のバトルはしたい。今まで舞台を憧れながら見る側だったのが、 今はその舞台に立つ側になり、私と同じようにこの舞台に憧れる人たちの前でバトルをする事になる。 新人戦だから興味を持つ人は少ないだろうけど、だからといって手を抜いたバトルは出来ない。今の私は人間じゃなくチコリータなんだ。 私はそう自分に言い聞かせてマイ先輩の指示を聞き技を練習していく。
思えばこの3日間でこの身体にも大分慣れてきた。4本足で歩き手が使えない生活。結構困るのかと思ったけど、 人間だったときとの精神的、意識的ギャップを除けば、肉体的な違和感というのはほとんど無かった。 このスーツがチコリータとしての行動パターンまで記憶してくれているらしく、難しく考えなくても体が自然に動いてくれた。 だから身体の動かし方は覚えるというよりも思い出す、といった方が何となく近い。勿論それは技に関しても同じ事だった。 はっぱカッターの出し方は身体が自然に動いて簡単に出す事が出来た。が問題は威力と精度だ。コレは結局操る人間次第になる。 技は出せても当たらなければバトルにはならない。元々命中率の高い技だけど、元人間の私がやると中々うまくいかないものだった。
『うーん、さっき出た一撃はよかったんだけどね。やっぱりそうすぐには習得できないか・・・』
『・・・スミマセン・・・』
『ま、後まだ4日もあるし、たいあたりはいい感じで仕上がってきたし。あとはつるのムチを中心にした、 つるをつかった行動が出来れば新人戦も大分有利に進められると思うんだけどね』
『そうですね・・・何とか頑張ってみます』
『ん、でもチョット休もうか。身体を動かしすぎるのも疲れが溜まってよくないし』
『分かりました、じゃあちょっとドームの外に出ていいですか?』
『OK!15分経ったら戻ってきてね!』
『はい!』
私は疲れた体から元気を振り絞り返事をして、ドームの外へと駆けて行った。 ドームの外に出ると冷たく気持ち言い風が私の頬をなで葉を揺らしていった。 ドームの中は練習をするポケモン達が一杯いて熱気がムンムンして正直かなり熱い。 そんなところから出てきた私にとってこの涼やかな風は非常に心地よかった。ふと空を見上げるとすっかり暗くなっていて、 満天の星空が私を出迎えてくれた。もう夜になっていたんだ・・・。ドームの中は窓のようなものは無く、外の景色はまるで分からなかった。 しかしそれでも時間が分からなくなるほど練習に集中していたって事だ。我ながら、疲れも忘れてよくここまでやれるものだと感心しちゃいそう。
しかしそうは言っても疲れないわけではない。折角の15分の休憩、無駄にはしたくないけど少しでも休まるには・・・ そう思った私は自然に走り出し、寮の中へ入るとスラロープを駆け足で上っていき、そして寮の屋上へと出る。 ここはポケモンの姿で出入りが出来る施設の中では一番高い位置になり、星空を眺めるには最適だった。 私は空を見上げながら屋上をゆっくり進んでいく。・・・みんなまだドームで練習をしているから、てっきり私1人だと思ってた。 けれど屋上には既に先客がいた。尻尾に暖かな光を宿すそのポケモンもまた遠い空を見つめていた。私は彼の横に行き声をかける。
『リョウもここに来てたんだ?』
『なんだ、カナかよ』
『なんだはないでしょ?なんだは』
『悪い悪い』
ヒトカゲは今まで空を見ていたその青い瞳を私に向ける。・・・やっぱり違和感有り過ぎ。 チコリータの目線で見れば自分とヒトカゲは大して目線の高さに差は無いけど、それでもついこの間まで同じクラスで勉強していたリョウが、 今こうして自分の隣で、当時の面影を全く残さない小さなヒトカゲの姿になっている事は2、3日で慣れるものではなかった。 ましてその愛らしいヒトカゲの姿の口から聞こえてくる声が人間の時のリョウの声そのままだから余計に拍車がかかる。
『しかし、未だに慣れないな・・・チコリータの姿からカナの声が聞こえてくるのに』
・・・ヤバイ、考えてる事同じじゃんか・・・。思考回路近いってこと?
『そう?私はそうでもないけど』
とか、無駄に強がってみる私。かなり無意味な張り合いだけど。そんな様子の私を見てヒトカゲは、フーンと鼻を鳴らし再び空を見上げる。 私も空を見上げる。私達は並んで無言のままその星空を眺めていた。時々ふく、優しい風は私の葉とリョウの尻尾の炎を揺らしていく。 私は何気なくリョウに問いかけてみる。
『・・・どう、調子は?』
『え?』
『ヒトカゲの身体、慣れた?』
『ん、まぁ、それなりだな・・・お前はどうなんだ?』
『いい感じ・・・って言いたい所だけどね、正直やっぱり難しいよ』
『だな・・・でも、だから楽しいってのもあるかもな』
リョウはそのヒトカゲの顔を私のほうに向けると微笑んでくる。私も顔を下げリョウの方を見るとヒトカゲの青い瞳と目線が合う。 私の赤い瞳とは対照的なその色は、星空の光を反射していっそう輝いていた。その瞳の輝きはヒトカゲの愛らしい姿をいっそう際立たせている。 ヒトカゲ・・・本当に・・・って何考えてるんだ私は・・・!結局このヒトカゲはリョウなんじゃないか。何気になってるんだか・・・。
『カナ、どうした?顔が赤いぞ』
「チコォ!?」
私はリョウに急に話かけられて思わず言葉にならない鳴き声を上げてしまう。 その様子を見てヒトカゲは私に近づきその小さな手を私の額にかざそうとする。
『ドームの中暑かったし・・・熱でも出てきたんじゃないか?』
『だ、大丈夫だよ!』
私はまだ上手く使い慣れない頭の葉っぱでリョウの手を払う。・・・つるが使えればいいんだけど、葉っぱ以上に使い慣れてないので、 何かを払うんだったら身体の重心移動で動く葉っぱの方が楽だった。葉っぱはリョウの手に当たり私はそのままリョウとは反対の方を向く。
『何だよ、心配してやってるのに・・・!』
『・・・だって、そりゃあ急に迫ってきたらビックリするじゃない・・・』
私はリョウに背を向けたまま答える。・・・だって、やっぱりヒトカゲの姿をしてたってリョウはリョウじゃんか。 ましてそれぞれチコリータの姿とヒトカゲの姿でスーツを着ているって言っても、スーツは完全に身体と同化していて、 つまり私達はお互いに全裸な訳で・・・って3日前も同じ事考えた気がする・・・。 兎に角全裸の男女が向かい合って男が女に触れようとしているなんて!絶対ヤバイ!って私の頭がヤバイの?考えすぎ?・・・だよね・・・ 少し気持ちを落ち着けよう。リョウは本当に私のこと心配してくれてるわけだし。
『おい、本当に大丈夫かよ?』
『え・・・うん、大丈夫だよ!』
私は振り向きざまにリョウの方を見つめ、今度は私のほうが彼に微笑んでみせる。 その時また風が吹き私の葉っぱがポニーテールのようになびいた。リョウは初めその様子を輝く青い瞳で見つめていたが、 次第にそのオレンジ色の顔が僅かに赤らんでいく事に気付く。
『・・・リョウ?アンタこそ顔赤いけど大丈夫?』
『え、あ?お、俺は元から赤い色だろ?』
『いや、だから益々赤くなってるって』
『気のせいだろ・・・!』
今度はヒトカゲが私から目線を反らす。その表情は更に赤くなって、私のほうをチラッと見てはまた視線をずらす、それの繰り返しで・・・ って、あれ?・・・ひょっとして・・・リョウも私のことを意識してる・・・?
・・・イヤイヤイヤイヤ。
私達はただ同じハイスクールのクラスメイトで、 お互いに男女って単純な線引きが嫌いで性別問わずにフランクに付き合ってきていたただの友人だ。 ただの友人とたまたま職場も同じだっただけで、別にここから何かなんて想像もしてないし、有り得ない。・・・有り得ない・・・? よき友人が発展することだって・・・何考えてるんだ私は。ポケモンの姿にドキドキするなんて・・・人間のうら若き女の子としてどうかしてる。 ・・・あ、でも・・・考えてみれば今は私もポケモンなのか。じゃあポケモン同士だから・・・でもアイツも私も元人間で友人な訳で・・・あれ? 何か混乱してきた・・・!?
『・・・カナ』
『あ、え!?な、何?』
急にリョウに話しかけられて思わず私は飛び上がりそうになりながらも、落ち着いた素振りを見せて答える。
『・・・別に、名前を呼んでみたかっただけ』
『な、何よそれ・・・?』
『いや、何か・・・お前がさ・・・目の前のチコリータが・・・カナだって再確認したかったから』
『え・・・?』
リョウのその言葉が私の心に不思議と響いた。・・・そうだ、私は何を深く考えすぎてたんだろう。 今の私はカナでもありチコリータでもある。それと同じようにリョウも、リョウでありヒトカゲでもあるわけだ。 深く意識する事なんか無かったんだ。目の前のリョウは姿が違うだけで、人間だったときと他に何か違いがあるわけじゃないんだ。
『・・・じゃあさ、私も・・・呼んでいい?』
『え・・・あぁ、別にいいけど・・・』
『・・・リョウ』
『・・・おぅ』
ヒトカゲは小声で私の呼びかけに答える。そうだ、自然体でいいんだ。私達は元のままの感じで接していくだけでいいんだ。 私は急に視界が開けたような気がしてきた。そして再び空を見上げ、リョウに話しかける。
『空、綺麗だね』
『・・・あぁ』
『新人戦・・・お互いに頑張ろうね』
『そうだな・・・お互い勝てるといいな』
私達はそうしてまた並びながら星を見つめる。一つ一つは小さくだけど確かな光を放っている。私達は無言でそれに見とれていたが、 休に後ろに気配を感じ2匹揃って振り向いた。そこには少し険しい表情のピカチュウとハッサムがいた。マイ先輩と・・・ ハッサムのほうはたしかリョウの指導をしている・・・。
『ジョウ先輩・・・!?』
『リョウ、何時まで休んでるつもりだ?サボってばかりじゃ強くなれないぞ?』
『カナも休みすぎ!15分って言ったじゃない!』
『え・・・もうそんなに経ちました?』
『20分だよ、もう!』
『『・・・スミマセン・・・』』
と小さく呟いた私とリョウの声がハモり、2匹揃って頭をうな垂れさせる。その様子を見てピカチュウとハッサムは少し表情を和らげる。
『・・・まぁ、他のポケモンと交流をするって言うのは重要な事だけどね。まして二人はハイスクールから知り合いなんでしょ?』
『まぁ、息抜きは必要だからな。今回は深く追求しないが、息抜きしすぎも問題だからな?』
2匹の先輩は私たちに諭すように語った。私たち2匹はまた揃って首を縦に振りそれぞれの先輩の顔を見つめた。 するとマイ先輩が突然声をあげ私たち二人に笑顔を見せながら語りかけてくる。
『そうそう、新人戦の組み合わせ決まったわよ!』
『え、本当ですか!?』
『リョウ、お前もだ』
『俺もですか?』
私はマイ先輩の前まで駆けていく。そう、新人戦が4日後に控えているのは決まっていたのだが、 その対戦相手は新人同士で戦う事になっていたが練習の進度を見て対戦相手を決めるという事で、今まで決まってなかったのだ。 私は気になってマイ先輩に問いかける。
『で、誰なんです、相手って?』
『カナの相手ね、リョウに決まったわよ!』
『で、リョウの相手はカナに決定した』
『・・・』
え?
カナの相手がリョウで?リョウの相手がカナで?あ、カナって私?
・・・それって・・・!?
『『コイツとやるってことですかー!?』』
再びシンクロする私たち2匹の叫び声。そのステレオをほほえましく見つめるピカチュウとハッサム・・・楽しんでる・・・ 絶対この人たち、私たちの事楽しんでる・・・!
『マジかよ・・・!』
横でヒトカゲは驚きと戸惑いの表情を浮かべながら私を見つめてくる。私はぎこちない笑顔で見つめ返す。多分、 今の私の顔も彼と同じような顔になってるんだろう。さっき交わした、お互いに勝てればいい、というリョウの言葉が一気に霞み始める。・・・ でも、やると決まったからには全力でやるしかない。
『・・・リョウ』
『ん?』
『私、負けないからね!』
『・・・あぁ俺も負ける訳にはいかないな』
『ほら!そう思うんだったら練習練習!』
『2匹とも、ショーでは恥ずかしいバトルを見せるわけには行かないからな。頑張れよ』
『ハイ!』
私達2匹は元気よく返事をすると先輩達とあわせて4匹でスラロープを下っていった。新人戦まで、リョウと戦う日まであと4日。 戸惑いはあるけど、迷いは無い。ここでやっていくんだと決めた時から、いつかはリョウと戦う日が来るのは当然だった。 それがたまたま始めての戦いとしてセッティングされただけ。だったら私は全力でリョウと戦う。自然な気持ちで接し、戦い、リョウに勝ちたい。 私の練習にかける思いはいっそう熱くなっていった。
PBE Beginning 第3話 完
第4話に続く
今回の恋愛部分は深く掘り下げず、単純思考回路の二人を好き勝手に動かしてますw何だか今回も青春してるなぁ(爆
ヒトカゲ接近っ!!(ナニ)
青い瞳〜っというところあたりがもう・・・。(ニヤニヤ・・)
この先、まだまだ続きそうですが(個人的にはどんどん長く続いて欲しいですっ!)頑張ってくださいね!
一応裸になっている事へのドキドキ感も面白いと言いますか。
一方ではポケモンバトルに悪戦苦闘しながら慣れていく過程もなかなかですし。
カナとリョウの新人戦、どちらが買ってもよい試合をの一言です。
コメント有難う御座います。ヒトカゲ少年は書きたかったものの一つです。チコ嬢を
意識する彼の可愛さが伝わればイイナと思ってますw
PBE Beginningは一応元々が短い話なので、あと1〜2話程度で終わる予定です。ただPBE BeginningはPBEのBeginning・・・ということは・・・つまり・・・(意味深)
カギヤッコ様>
コメント有難う御座います。
>裸になっている事へのドキドキ感
そういえばお約束なのに、まだやってなかったなぁ。と思いましてw2匹の新人戦の行方は次回、もしくはその次のどちらかでお送りできればと思い鋭意思索中ですw