μの軌跡・幻編 第9話「12年前の時計」
【人間→ポケモン】
「ガァッ!」
リザードンは大きく一吼えすると翼を大きくはためかせて宙に浮かび上がり、そのまま女めがけて飛び掛る。 そして自らの拳を強く握り女めがけて振りかぶったが、その拳は彼女の周りのポケモン達によって止められ、はじき返される。
『邪魔するんじゃ・・・ねぇ!』
リザードンはそのまま浮かび上がり女とその周りのポケモンを睨みつける。 そして突然急降下を始めると再び彼女に攻撃を加えようとするが、ことごとく周りのポケモン達に阻止されてしまう。 リザードンはそれらを圧倒する力で攻撃を仕掛け、女のポケモン達は防戦一方だったものの状況は一方的だった。 やはり頭数の違いは状況に大きな影響を与える。リザードンは見た目ほど相手に有効なダメージを与える事が出来ていなかった。 リヒトはその様子を見ながら横にいたラズに問いかける。
『・・・何かやばくない?押されてるわけじゃないけど・・・不利な感じで』
『アレだけの怪我をしているんだ・・・本調子を出せていない』
確かに今のリザードン、トウヤは全身に傷を負っている。一体何があったのかは知らないが、 アレだけのダメージたった1日病院にいただけで直っているわけは無かった。よく見れば、 この戦闘では大したダメージを受けていないはずなのにその表情は苦悶で歪み始めていた。その表情を見て、 今度は今まで考え事をしていたタツキがラズに問いかけてくる。
『ラズ・・・さっきあの女の人が言ってた神の血を引くってどういう意味?』
『俺にもよく・・・確かにビャクヤも同じようなこと言ってたが・・・何のことか・・・』
『直接聞いたほうが早そうね・・・アルファの事も、神の血の事も』
『・・・って、おい!何してるんだ!?』
ラズは自分の横をタツキが横切り戦っているポケモン達のほうへと向かっている事に気付いた。 そして呼び止めようと彼も走り出し叫びかける。
『お前、アルファとして覚醒していないのに、何が出来るんだ!?』
『何も出来ないかもね』
『分かってるんだったら、何で・・・!』
『そういう性格なの。多分』
タツキはそう告げて更にスピードを上げる。トウヤは自分の後ろで彼らがそんなやり取りをしている事には全く気付いていなかった。 兎に角目の前のポケモンと、それ以上に全身の痛みとの戦いに意識が集中していた。女のポケモンへの指示は正確だった。 ポケモン達は傷口を確実に狙って攻撃してくる。勿論それを卑怯とは言わない。相手に勝つための然るべき戦法なのだ。 そしてその攻撃はトウヤの体力と集中力を徐々に奪っていく。そして途切れた集中力は隙を生んだ。背後に回りこんだ女のポケモンの、 その気配に気付くことが出来なかった。その事に気付いた時には既に相手は攻撃準備が整い拳を振り上げトウヤ目掛けて振り下ろす瞬間だった。 当たれば間違いなくクリーンヒット。トウヤは完全にやられたと思った、がインパクト音が聞こえても自分にはダメージが当たらない。 慌てて振り返るとそこにはさっきのハクリューが自分の角で相手の攻撃を受け止めていたのだ。
『お前、何やってるんだよ!?』
『はは・・・ハクリューの角ってこんなに小さいのに結構頑丈だね。チョット頭グラッとしたけど・・・』
『アルファに覚醒してないんだ・・・まともに戦うことなんて出来ないだろ!手を出すな!』
『私の秘密教えてあげる』
『な、何言ってるんだこんな時に!?』
『小学生の時、柔道で全国ベスト8だった』
『・・・ハァ!?』
そういうとタツキは自らの尻尾を器用にうねらせ、相手の腕に巻きつける。 そしてそのまま丁度人と比較して胸に当たる部分を基点に大きく身体をねじらせる。・・・要領は人間のときと同じ。 1箇所支点を決めれば後は相手と自分の力をコントロールして相手を投げ飛ばす。ただそれを手足を使わないでやるだけ。 相手のポケモンは突然のその行動に身動きを取れずタツキのなすままにバランスを崩しそのまま一気に投げ飛ばされた。 しかし何とかすぐに体勢を立て直すと再び身構えトウヤとタツキに向かってくる。
『・・・やっぱりダメージ与えるほどじゃないけど・・・技なんて無くても、結構戦えるもんだね』
『どういうつもりだよ?勝手に戦いに入ってきて・・・』
『アルファの意味、教えてくれるって約束でしょ?それに・・・さっき話してた神の血ってのも気になるし』
『・・・お前には関係ない』
『私の秘密教えてあげたんだから、教えてくれてもいいじゃん』
『アレは勝手にお前が言い出した・・・って、くそ、後ろに!』
気付いた時にタツキのすぐ後ろにさっきのポケモンがいて今にも襲い掛かってこようとしていた。 トウヤはそう叫ぶととっさに大きく息を吸い込んで、肺が一杯になるまで膨らませると、 それらを一気に放出するように力を込めると口から勢いよく火炎を吐き出し襲ってきたポケモンを焼き払った。 そして一通り炎を吐き終わるとタツキのほうを睨みつけ声を荒げる。
『ったく、助けに来たんじゃなかったのか!?何余計にピンチ増やしてるんだ!』
『あくまでアレはとっさの行動だし・・・何だかんだでやっぱ私戦う力まだまだみたいだしね。・・・でもホラ、 私以外にも戦えるのいるし』
タツキはそういうと長い身体をひねらせて後ろを向く。トウヤもそれにつられてその方向を見ると、 そこにはいつの間にか雷で黒焦げになったポケモンと、全身引っかかれたような傷だらけのポケモンが横たわり、 その前にはピカチュウとグラエナが誇らしげに立っていた。
『お前らまで・・・!』
『水を差すべきではないと思ったが・・・あのまま見てるわけにもいかなかったしな』
ラズは驚きの表情を浮かべるリザードンに対して落ち着いてそう答えた。タツキとトウヤが言い合いをしている間、 リヒトとラズはそれぞれ女のポケモンに攻撃を仕掛けていた。ポケモン達にはトウヤが十分なダメージを与えていたため、 万全の状態であったリヒトとラズがこれらを倒すのは難しい事ではなかった。そしてリヒトとラズはタツキとトウヤの傍に駆け寄り、 4匹は揃って女を見ながら身構えた。そしてラズが高らかに吼える。
『コレで頭数もほぼ互角・・・これ以上はやらせない!』
「成る程・・・随分と慕われたものね・・・でも、だったらなお更・・・!」
「そこまでだ!」
女が再びポケモン達に命令をしようとしたときに、別の男の声があたりに響いた。タツキ達はその声がした方を振り返る。 そしてその姿を見たタツキは思わず彼の呼び名を叫んだ。
『・・・ドク!?どうしてここに・・・』
ドクは走ってきたのか、息切れしかけており、肩で荒く呼吸をしていた。そして女の方にゆっくりと歩み寄りながら語りかける。
「ソウジュ・・・何故今更ここに来たんだ?」
「貴方には・・・一度きちんと聞いておきたい事があったのよ、アオギリ」
『え・・・ちょ、チョット待って!アオギリって・・・ドクの事だったの!?』
『・・・あれ、言っていなかったか?』
驚きの表情を浮かべるタツキに対し、ラズは再び落ち着いた口調で答えた。
『ドクって言うのは、あくまで医者って言う意味でついた呼び名だ。キヌガワ アオギリが確か本名だ』
『って、アオギリって名前なの!?苗字じゃないの!?』
『いや、そこは別に突っ込みどころでは・・・』
『だって・・・苗字っぽいじゃない、アオギリって・・・』
タツキはそういいながらドクを見つめる。思えばこの島の人もポケモンもみんな彼のことをドクと呼んでいた。 勿論それを本名だと思っていたわけではなかったが、 まさかさっきチラッと話に出ていたアオギリがドクの事だとは思ってもいなかったので驚きは意外と大きかった。 ドクはソウジュのほうから視線をそんな驚きの表情を浮かべるタツキたちのほうに向ける。正確に言えば、トウヤの方を見つめ声をかけてくる。
「・・・そっちのリザードンはトウヤだな?」
「・・・グルゥ」
トウヤは喉を小さく鳴らしながら長い首を縦に振った。どうやらドクもこのリザードンがトウヤである事を、 つまりアルファであることを知っているらしい。ドクはその様子を見たあと、全員に呼びかけるようにして声をかける。
「一旦全員診療所に来て欲しい。ポケモン達の手当てと・・・そして話もしなきゃいけないらしいから」
「わかった・・・休戦だな」
ソウジュはそう言って自分のポケモン達をモンスターボールに戻し、そしてリザードンのほうを見つめた。 リザードンは無言のまま答える事はなくドクの方を見つめていた。
「さぁ行こう。他にも騒ぎを聞きつけてくる人がいるかもしれない」
そして2人の人間と4匹のポケモンはそれぞれ少し距離を置きながらドクの診療所を目指して進み始めた。 タツキは自分の横を歩くトウヤに小声で話しかける。
『ねぇ・・・あのソウジュって人、一体何者なの?ポケモンの扱い方、異常に上手いんだけど・・・』
『・・・彼女は、ある組織の人間だ・・・』
『組織・・・?一体何の?』
『知らない方がいい・・・』
『何でよ?』
『アルファにも目覚めていないお前が首を突っ込んでいいことじゃない』
『アルファアルファ、ってこだわるね・・・それにこの場合、確かに首を突っ込んだのは認めるけど、 そもそも巻き込んだのはそっちじゃない?』
『・・・わかってる』
リザードンは小さく鳴くとそのまま黙り込んでしまった。タツキも、もうトウヤからは今は何も聞き出せないだろうと感じ取り、 視線を彼からそらしたが、今度はラズがタツキに話をかけてきた。
『・・・全くお前は・・・火事の時といい、今回といい、ポケモンの話を聞かない癖があるな』
『ゴメンゴメン。身体が勝手に動いちゃう体質で』
『にしても、タツキって本当に人間だったんだねー』
間に入るようにしてリヒトが顔をのぞかせる。
『だから、何度も言ってるじゃない。今更信じたの?』
『目の前で人間がポケモンに返信するところ見たらさすがにね・・・。にしてもさっきの投げ技、凄かったねー。アレ、なんていう技?』
『んー、一応イメージは一本背負いなんだけど・・・身体の運びからして全く違うし・・・まぁ、強いて言えばハクリュー投げ?』
『うわ、ネーミングセンス無いね』
『・・・そんなこと言うなら、リヒトもリヒトって名前やめて、私が新しい名前つけようか?例えば・・・げっ歯類とかげっ歯類とか・・・ げっ歯類とか』
タツキはお得意の笑いの無い笑顔でリヒトを見つめる。お約束どおりリヒトは萎縮し一言呟く。
『・・・スンマセン・・・』
後ろから何だかんだで楽しそうなポケモン達の鳴き声が聞こえる中、前を行くドクとソウジュ、 大人の男女は並びながら言葉を交わしていた。
「・・・何年ぶりかしら?」
「・・・ミュウのプロジェクトが終わったのが12年前・・・別に聞かなくてもお前の方が覚えているだろ?」
「・・・随分経つわね・・・」
「・・・何故今現れた?」
「時はもう・・・動き始めたの。12年前の時計が、また」
「・・・」
「貴方たちの子供たちも動き始めている・・・もう誰かが止めないと、また悲劇を繰り返してしまう・・・」
「・・・出来れば静かにこの島でのんびりとした暮らしを、もっと続けたかったんだけどね・・・」
ドクはそういって足を止め、黒くなったこの島の山を見つめる。静かだった島に訪れた歪み。 それは自分を中心におきていることを悟らざるを得なかった。12年前の時計は、止まっていたものが正しく動き始めたのか、 それともより大きく狂い始めたのか、刻み始めた今はまだ誰にも分からない。
μの軌跡・幻編 第9話「12年前の時計」 完
第10話に続く
そしてタツキの無駄設定”柔道強い”が登場。多分、今回限り(マテ