PBE Beginning 第2話
【人間→ポケモン】
『はぁーおなか一杯!』
私の目の前でピカチュウが皿に盛られたポケモンフードを綺麗に完食して、満面の笑みを浮かべた。ピカチュウの笑顔はとても愛らしく、 もし普段の私だったらもしかするとあまりの可愛さにこのピカチュウを抱きしめているかもしれない。・・・ 私にピカチュウを抱きしめるだけのリーチの腕があればだけど。
『うーん、やっぱりチコリータいいなぁ・・・私もチコリータのほうがよかったなぁ、かわいいし目もパッチリしているし』
そんな事言いながらピカチュウはまだポケモンフードを食べ続けている私の周りをうろうろしながら、 私の身体を眺めたり触ったりしてくる。・・・そう、今の私はチコリータの姿。ピカチュウを抱くだけの腕の長さはないし、 そもそも4本足のため抱きつくという姿勢自体困難だった。・・・今は兎に角目の前にある食べなれないポケモンフードを食べ終えたいのに、 ピカチュウは私の周りをまだうろうろし続ける。いい加減気になって私はピカチュウに反論する。
『マイ先輩・・・私・・・別にチコリータになりたくてなったわけじゃないんですけど・・・』
『わかってるわかってる、ごめんね。でも、本当にかわいいなって。正直な気持ちでね』
ピカチュウ・・・マイ先輩は笑顔でごまかそうとこちらに微笑みかけてきたが、私はその時ふと気になった疑問をぶつけてみた。
『・・・でも、何で私、チコリータなんです?』
『あぁ、それはカナの身体や性格がチコリータに一番近かったからだと思うよ』
『私が・・・チコリータに近い?』
『そ。このスーツはね、あらかじめ何十体のポケモンの姿を記憶や能力、性質を記憶しておく事が出来てね、 誰かがこのスーツを着ると記憶しているポケモンの中から、着た人間に最も適した姿に変身させる様になっているの』
『それで・・・その中で私はチコリータに適していたってことですか?』
『そゆこと。今回のスーツは初心者用の扱いやすいポケモンを選んであるからねー』
今回の、ということは今後別のスーツを着る機会があるということだろうか。スーツを着てチコリータに変身した私だが、 1週間後に控えたデビュー戦を終えた後人間に戻った後も、 もしかするとチコリータ以外のほかのポケモンに変身することになるかもしれないということも考えられる。が、 今現在の事でさえ分からない事だらけなのに、先の見通しなんか考えている余裕は私には無かった。 ようやく皿に有ったポケモンフードを全て食べ終えた私は一杯になったお腹を、何となく少し気にしつつ、じゃあ早速、 とマイ先輩に連れられて自分の部屋を出た。そしてそのまま階を下に・・・と思ったが、 自分の体が変わってしまうというのは私が想像している以上に何気ないことでも大きな影響があることを早速気付かされる。
階段が下りられない。
・・・多分、この身体になれさえすれば出来ない事はないんだろうけど、 こんな短い4本の足をどうやって動かせばこの階段を降りる事が出来るのだろうか。というか、高い。 こんな高い段差を人間の頃の私は何も気にせず歩いていたのかと思うと、 って人間の姿なら別に高くない段差だからどうってことなかったんだろうけど。 身体が小さくなるというのは予想もしていなかったほど私の行動に変化を与えるようだ。そんなマイ先輩は私を見かねたのか、 それとも困っている様子を楽しんでたのかは知らないけど、 しばらくすると階段から少し離れたところに緩やかなスロープがあるのを教えてくれた。身体が小さかったり、 或いは逆に大きすぎるポケモンは階段が使えないのでこっちのスロープを通るのだという。そういうことは先に言って欲しい、 と訴える私の声が聞こえなかったのか、聞き流したのかは分からないが、マイ先輩は既に半分ほどスロープを降りていた。 私も彼女のあとを追って緩やかなスロープを降りていった。そして社員寮を出た後、目の前にある先ほどのドームに連れられて入っていく。・・・ 人間の姿のときはこのドームもあまり大きくは感じなかったけど、チコリータの姿だとものすごく大きく感じる。・・・ なんかさっきから大きさの感想ばかり。一気に目線の高さが三分の一近くになったんだから、 単純に考えて全てが3倍の大きさで見えるんだよなぁ・・・。
『ほらほら、ぼさっとしてないでシャキシャキ行こ!』
辺りをキョロキョロ見渡しながらゆっくりと歩いていた私をマイ先輩が急かす。私は先輩の後を追ってドームを中へと進んでいく。 中には様々な種類の、たくさんのポケモン達が各々1匹でだったり、他のポケモンとバトルをしたり、 人間のトレーナーが付くなどしてトレーニングに励んでいた。聞くまでも無いのだが、念のためマイ先輩に確認する。
『・・・ここにいるポケモンってやっぱり・・・』
『そ、みんなスーツを着て変身した人たちね』
やっぱりそうなんだ。しかし頭では分かっていても、周りのポケモン達の仕草を見るとポケモンそのものであり、 とても本当は人間だったとは、自分がまさにそういう状態であるにもかかわらずにわかには信じづらいものはあった。 そうして様々なポケモン達を見ていく中で、ドームの奥のほうに今までに見たポケモン達とは違い、 私みたいにどこかその姿にぎこちなさがあるポケモン達がいた。多分、私と同じ新人だろう。そこには見た限りで4匹いるが、 ぎこちなさを感じるのはそのうち2匹、他の2匹はマイ先輩と同じようにそれぞれの新人の指導に当たる先輩なんだろう。 そして更に新人と思われる2匹をよく見ると分かるが、1匹はオスのワニノコで、もう1匹はメスのアチャモだった。・・・ ということはこのアチャモは誰なのか、答えは出ていた。私はアチャモにそのまま声をかける。
『えと・・・ユカリさん?』
『え・・・?あ、もしかしてカナ!?』
アチャモ・・・ユカリさんはそのつぶらな瞳をいっそう丸くして驚きの表情を浮かべながら、 鮮やかなオレンジの羽毛をフワフワさせ私をじろじろ見てくる。
『・・・いやー、自分がポケモンになったと分かっても、いざ他の人もポケモンに変身したんだと思うと、何だか変な感じ』
『ですよねー、お互い人間の姿を知っているから余計に変な感じで』
確かに、目の前にいるアチャモがユカリさんだとは、普通だったら気付く事は出来ないだろう。 そして何気ない話をユカリさんとしていたが、ふとそのひよこのような愛くるしい姿のアチャモの後ろにもう1匹のポケモンがいることに気付く。 文字通り、美しい花のような姿を持つキレイバナだった。
『・・・そちらの方は?』
『あぁ、私についてくれる先輩で、サヤカさん』
キレイバナはその愛くるしい姿で私に微笑みながらゆっくりと頭を下げた。どうやら大人しいというか、無口な人らしい。 私もつられて頭を下げる。その時私達の後ろに別の気配を感じたので頭を上げつつ振り返ってみる。すると動きのぎこちないヒトカゲと、 その彼の後ろをまるで見守るようにして歩くハッサムがいた。ヒトカゲはこちらに気がつくと突然駆け出し私とユカリさんの前に立つ。 そして私たち2匹の顔を交互に見て何か考えている様子だった。・・・多分、このヒトカゲは・・・。 私は試しに心当たりのある名前を呼んでみる。
『・・・リョウでしょ?』
『・・・じゃあ、お前がカナで・・・そっちのアチャモがユカリさんか』
どうやらあっていたようだ。ヒトカゲ・・・リョウはそういいながら再び私のほうをじっと見つめてくる。・・・ていうか、 人間のときにでさえ、リョウにそんなに見つめられた事なんて無いから、なんか、凄い変な感じを感じてる。考えてみれば、 スーツを着ているとはいえ、そのスーツは私の体と完全に同化している。つまり、ポケモンそのものだから、一糸纏わぬ姿ってことで・・・って、 ヤバイ、今ちょっと変な事考えちゃったよ私。流石に気になって、視線をそらしながらリョウに問いかける。
『・・・何よ?』
『・・・何が?』
『私に何か・・・変なところでもあるわけ?じろじろ見て・・・』
『あぁ、いや、何となく予想通りかな・・・って』
『予想・・・?』
『来るまで予想してたんだよね、カナがどんなポケモンになってるのかなって』
『で、どういう予想をしてたのよ?』
『あ、いや、それは・・・』
『何よ、言ってよ!気になるじゃん!』
『だから、アレだよ、ほら、予想があってたんだから、えぇと、草ポケモン系かな、とかさ』
『・・・』
『な、なんだよ』
『嘘ついてる目だ!』
私はヒトカゲの青空を映したような青い瞳に、どうにも焦りによる濁りを感じていたので追求してみる。ヒトカゲは露骨に慌てる。 そんな私たちのやり取りを見ていたユカリさんが微笑みながら私たちに語りかけてきた。
『はは・・・仲いいんだね、二人は』
『いや、全然ですよ!』
『そうそう、本当にクラスが同じだっただけで!』
って揃って弁明する私たち。その様子を見てますます笑みを浮かべるユカリさん。・・・あぁ、何だか王道パターンじゃん、私。でも、 リョウとは本当に何も無いわけで、むしろ何も無いからこうして普通の関係が保てる、よき友人てところだろうか。なんて騒いでいるうちに、 残る新人二人もいつの間にか揃っていた。それぞれフシギダネとキモリの姿で。 ようやく6匹揃ったそのポケモンの組み合わせを見てマイ先輩の話を思い出す。今ここにいるのはヒトカゲ、フシギダネ、チコリータ、ワニノコ、 アチャモ、キモリ。私はPBEに夢中だったから他の事は余り詳しくないのが正直なところだけど、 確かこの6匹ってどれもポケモントレーナーを目指す子供が一番最初にもらえるポケモンだったはず。初心者が扱いやすいってことは、 人間が変身した場合でも身体を扱いやすいってことなのかもしれない。そんな事を考えていた時、不意にマイ先輩に声をかけられた。
『ほら、そろそろ来るよ』
『え・・・来るって、何が?』
『いいから、大人しくしてなよ?』
急に神妙な表情を浮かべるマイ先輩。一体どうしたのか始め分からなかったが、 その直後に急にドーム全体の空気が張り詰めていくのが分かる。トレーニングをしている先輩ポケモン達の間にも緊張が走っていくようだ。 未だポケモンの姿に慣れない私達でさえ感じる威圧感。私達はその威圧感を感じた方を振り返る。 そこには1匹のポケモンがゆっくりとこっちに向かって歩いてくる姿があった。全身青い皮膚で覆われ、 額からはクリスタルのように形作られた長い角を持ち、紫色の長い鬣をなびかせる、そのポケモンを私は見たことがある。 PBEに何度も足を運んでいる中で、たまにしか見ることが無いが、 そのポケモンは多くいるPBEのポケモンの中で間違いなくBEST5に入る実力の持ち主だった。 その美しい姿と圧倒的な実力で人気もものすごく高い。私もそんなファンの一人だった。そして私はそのポケモンの名を呟く。
『・・・スイクン・・・!』
そう、それは伝説のポケモンと呼ばれる中の1匹、スイクンである。 スイクンは私たち新人の目の前で歩みを止め新人とその指導に当たる先輩たち、 計12匹をゆっくりと見回すとその口をゆっくりと開き私たちに語りかけてきた。
『・・・声を聞けば・・・私が誰だかわかりますか・・・?』
・・・私はその声に聞き覚えがあった、というか誰だか分かった。そうだ、このスイクンもまた、 本当のスイクンではなく誰かがスーツを着て変身した姿なんだ。そして、今私たちが知っているPBEのスタッフで自分たち新人と、 先輩以外で女の人といえば、あの人しかいない。
『サイバラさん・・・!』
誰とも無く彼女の名を口にした。さっき私たちを案内してくれたサイバラ代表が、今目の前でスイクンになっているのだ。 スイクンはゆっくりと首を縦に振り、そして再び私たちのほうを見つめて語り始める。
『・・・皆さんも突然の事で驚かれる事が多かったことと思いますが・・・これが、PBEの真実です』
PBEの真実・・・戦っていたのはポケモンではなく、ポケモンに変身した人間だった・・・ 確かに私にとってそれは何度考えても驚きでしかなかった。18年間生きてきた中でここまで常識を覆されたのは初めてだと思う。でも、 同時に私の鼓動は、今サイバラ副代表・・・スイクンの姿を見て高鳴り始めている。 さっきまで不安で仕方なかったはずのチコリータとしての自分が、急に不安が吹き飛んだ気がしている。何故なのかは分からない。もしかすると、 スイクンの言葉を聞いて覚悟を決めたのかもしれないし、 憧れていたスイクンを目の前にして興奮で後ろ向きな事考えている暇が無いだけかもしれない。それでも、 私はもうむしろ自分が人間であったこと、というか人間とかポケモンとかそういう縛りを超えた次元でスイクンに魅せられていたのだった。・・・ 憧れは時に人の心の大きな原動力になることがある。今の私の中でもまた、確実に何かが動き始めていた。
PBE Beginning 第2話 完
第3話に続く
新たなポケモン変身シリーズ、世界観がステキですね。媒体がスーツというのは科学的変身の王道ですね(?)。
主人公はチコリータですか。チコは首のつるを使うので慣れるのに一番大変そう…。性格でポケモンが決まるのはダンジョン的ですね。登場人物が他にどんなポケになっていくのか楽しみです。
コメント有難う御座います。スーツは前々から使ってみたかったネタの一つでした。μとはまた違った世界観をうまく作っていければと思っています。
μといいPBEといい、チコリータ贔屓甚だしい宮尾ですが、主人公がどうやってこの世界で生きていくのかを上手く描ければと思っています。