Good luck! Dog run! 第8話(最終話)
【人間→獣】
「・・・ガク・・・」
「ほら、何ぼさっとしているの!」
病院の入り口で立ち止まっていたミオを、少し先を歩いていたチィカが呼びかけた。 チィカの横にいたシタラもミオのほうを振り返り声をかける。
「早くミオとして相楽に会いたいって言ってたのはお前だろ?早くしろよ」
「う、うん、ゴメン!」
ミオは二人に促されて二人のところまで走っていった。そして3人揃って病院の中に入っていく。・・・ 人の姿で最後にあったのもこの病院だった。ミオはあの日のことを思い出すのと、 人間の姿の彼に再会できるのだと考えると鼓動はどんどん加速していく。その様子は彼女の前を行くシタラとチィカにも伝わるほどだった。 そんなミオを気にしながら必死で平静を装おうとするシタラの表情を隣で見ていて、 チィカはそれまで噂で聞くなどして自分の中で構築されていた単純で典型的な女性好きというシタラの像を自分なりに書き換えていた。 3人が3人、様々な思いを馳せながら病院の廊下をガクがいる病室まで進んでいった。
ルナの姿から戻れなくなったあの日、ガイア・・・つまりガクと2匹でタグが鳴るまで一緒にいたが、 彼のタグがなると2匹は全速力でGood luck目指して白い町を駆け抜けていった。その走っている間も、ガイアの後ろについて走ったが、 その姿や走る呼吸さえ今のミオにはいとおしく感じていた。そして何とかガイアはガクに戻る前にGood luckにたどり着き、 そのまま更衣室に入っていった。既にチィカとシタラは戻ってきており、戻ってきたルナを温かく迎えてくれた。 そしてルナはリッコが用意した人間に戻る薬を飲ませてもらう。犬に変身する薬とは違い、効果が表れるまで時間がかかるらしく、 リッコの話ではそのまま更に4時間程度ルナの姿のままでいなければならず、 人間に戻っても後遺症で何日かは身体が重くまともに動くのも難しくなるそうだった。 その間にガクはぐったりとした姿で更衣室からシタラの肩を借りるように出てきた。完全に開いてしまった傷口から血が流れていくのは、 それと同時に彼の体力を容赦なく奪っていく。リッコは急いで彼を自分の車に乗せ、 また彼女を手伝うためにチィカも車に乗りガクが入院していた病院に走り出していった。その車をルナは犬の姿で見送るしか出来なかった。
「キュゥン・・・!」
「・・・鳴くなって。元々たいした傷じゃあなかったんだ。治療さえ受ければすぐに回復するだろうさ」
寂しげな表情を浮かべるルナに、シタラは腰をかがめ彼女の身体に手を当てて慰めの言葉をかけながら彼女と共に車を見つめていた。・・・ 愛する女性が、犬の姿とはいえ腕の中にいるのに、彼女は自分以外の人間を想っているのはシタラが想っていたよりも辛い事だった。 このまま抱きしめてしまえば、もしかしたら、そんな事も考え手には自然と力が入る。だが、決してそれはしない。彼女の幸せを願うなら、 自分では彼女を幸せにする事が出来ないのなら、今はただ自分の姉の車で病院に運ばれていった恋敵の無事を願うしかないと言うのが、 何処までも歯がゆかった。やがて車が見えなくなると、1人と1匹は店内に戻っていった。そして店内でそのままその時を静かに待っていたが、 やがてシタラが静寂を破るようにルナに話しかけた。
「今度は・・・」
「クゥン?」
「・・・今度はお前がガクに会いに行く番だ。人間に戻って・・・まともに動けるようになったらその姿をあいつに見せてやるんだ」
「・・・ウォン!」
ルナはしばらく考え込んだ後、肯定の意味で力強く吠える。そしてその優しいながらも強い意志を宿した瞳でシタラを見つめ返した。・・・ そんな目で見つめられるとシタラは余計に辛かった。このままだと益々彼女への想いが強くなってしまいそうだった。 シタラはそのまま視線をそらし明後日の方を見るようにした。 そして再び店内には静寂が戻り時計の秒針が刻む一定感覚のリズムだけが鳴り響いていた。ルナは4時間、 と告げられたその時間を待つため何度も時計を見上げたが、見上げるたびに殆ど変わっていない針の位置に苛立ちさえ感じていた。 早く人間に戻りたい。人間に戻ってガクの傍にいたいのに。このときになって初めて、 自分が犬になったことが自分にとってどういう意味を持っていたか理解した。犬の姿から戻れなかったら、 きっとずっとこの辛い思いを抱き続けなければ鳴らなかったのだと。私はルナである前に、やっぱりミオなんだと。 そう何度か時計を見つめながら想っていると、外から車が止まる音が聞こえてきた。どうやらリッコたちが帰ってくるほうが早かったようだ。 リッコは店内に入るとルナのほうを見つめた。犬の姿なのに、その表情に彼への想いと不安が溢れているのがはっきりと分かった。 リッコは始め真剣な表情だったがやがて笑顔になるとルナに彼のことを告げた。
「大丈夫。大事には至らないって。 まぁ傷口が開いちゃったのを再度治療が必要なのと病院を抜け出した事がばれたから入院期間は大分延びそうだけどね」
それを聴いた瞬間、ルナの尻尾は激しく左右に揺れた。意識していなくても身体が自然に喜びを体現してしまう。 しかしそれを遮るようにリッコは言葉を続けた。
「ほら、そろそろ時間じゃない?早く更衣室行かないと、義弘に見られちゃうよ?」
「ウォウ!?」
ルナは時計を一度見上げるとすぐさま更衣室に駆け込んでいった。
「・・・見ねぇよ。誰も」
シタラは益々意識して遠くを見つめるようにした。そんな純情な弟を微笑みながら見つめるリッコだったが、 そのうちチィカと共に更衣室に入っていった。二人が部屋に入ると既にルナの変化は始まっていた。 1匹のゴールデンレトリーバーの姿は瞬く間に変化していき、四肢は長くしなやかに伸び、 全身を覆っていた毛が消えうせていき柔らかな肌が露出する。しばらくするとその姿は完全にミオのものとなっていた。 チィカは床に力なく伏せる彼女にバスタオルをかぶせ彼女に語りかける。
「・・・お帰り、ミオ」
「・・・チィカ・・・」
弱りきった小さな声でミオはその名を呼んだ。その声を聴いた瞬間、チィカの目には涙が溢れていた。そしてそのままミオを抱きしめる。 あふれ出る涙が頬をつたいミオの露になっている肌に落ち流れていく。
「・・・怖かったんだから・・・!ミオ・・・いなくなっ・・・私、もう・・・会えないかって・・・怖くて・・・!」
「ゴメン・・・チィカ、ごめんね・・・」
ミオは力の入らないその腕で、しかししっかりとチィカを抱きしめ返す。そして気付く。自分の居場所は決してガクだけじゃなかった事を。 チィカもまた自分にとって大切な存在だと言う事を。彼女の身体を、涙を通じて深く深く感じていた。 お互いの存在を強く確かめ合う二人の少女をリッコは静かに微笑みながら見つめていた。
「・・・ここだよね?」
「当たり前だろ?相楽学って書いてあるだろ」
チィカとシタラはその病室の前に掲げられている名札を見て会話を交わしていた。 その二人の後ろでミオは赤らむ顔を俯けたまま無言で立っていた。人間に戻ってからミオはすぐにガクに会いたかったが、 リッコの話どおり人間に戻ってすぐはまともに身体を動かす事が出来ずに家で寝ている日々が続いた。その間ベッドの上でも、 寝ても覚めても考えるのは彼のことだった。会いたい。ただその思いだけが四六時中彼女の頭を支配していた。そしてようやく今日、 ミオはまだ少し身体に疲れが残るものの、まともに歩くまでに回復した事からいてもたってもいられずガクに会いに病院に行く事にした。 体調が万全ではないため万が一の時の事を考えて、 また1人出会う勇気も無かったためチィカとシタラに一緒に来て欲しいと頼み込んで3人で会いに行く事になった。彼に会いたい。 今度は私が彼に出会う番。そう自分に言い聞かせるが、しかしどこかでまだ不安もある。ドアを開けてそこにいるのが、 また以前のような彼なのではないか。信じていないわけではなかったが、 2年間で出来た溝は自分が思っている以上に自分にとって大きくなっていたようだ。ミオは小さな声で彼の名前を繰り返す。
「ガク・・・ガク・・・」
「・・・ほらミオ、しっかりして!」
「え?あ、うん」
「お前がドアを開けなきゃ仕方ないだろ?早くしろよ」
チィカとシタラに急かされてミオはそのドアの前に立つ。・・・胸が何かで叩かれるように痛い。 ドアの向こうにいる彼を想うだけで息苦しくなる。でも、このドアを開けなきゃ始まらない。ミオとガクとして再び出会わなければならない。 ミオは意を決してドアをゆっくり2回ノックし、しっかりとドアノブを掴みまわしドアを開ける。そして1歩1歩進む。 そしてベッドに横たわる少年の姿が視線に入る。少年はミオのほうを振り向くと、始めは落ち着いていて無表情だったが、 やがて顔に笑顔が広がり、小さく、しかし力強く彼女の名を呼んだ。
「ミオ・・・!」
「・・・ガク・・・ガク!」
その姿を見、声を聞いた瞬間、ミオの心に張り詰めていたものが一気にこぼれ落ち、彼のベッドに駆け寄りそのまま彼を強く抱きしめた。 強く・・・傷口を。
「・・・いてぇって!強い強い強いっ!」
「あ、ガク!?あ、ゴメン、私・・・!」
「はは・・・ミオはそんだけあんたに会いたかったってことだよ?分かる?」
「折角こうして再会できたんだ。贅沢は言うものじゃないな、相楽」
「邑楽・・・シタラも・・・」
ガクは自分のためにこうして3人が集まった事を強く受け止めていた。・・・自分もミオも、きちんと居場所があるじゃないか。 こうして一緒にいてくれて、自分の名前を呼んでくれる人が。ガクは自分の心の傷に何かが満たされていくのを感じた。結局、 居場所を失って彷徨っていたのはミオだけじゃないことをようやく気がついた。そしてガクはそんな自分を想ってくれる少女を見つめた。
「・・・ミオ・・・!」
「ガク・・・私・・・」
その目に溜まる涙。ガクは無言のまま自然に彼女の顎に手を持って行き彼女の顔を上げると視線が合う。 ミオはやがてその瞳を閉じると涙が頬をこぼれていく。そしてガクはミオに顔を近づけ、唇を重ねた。 あの日犬の姿で交わした口づけがルナとガイアにとっての始まりだとすれば、この瞬間がミオとガクにとっての本当の始まりなのだ。 時間を忘れてしまったかのようにそのままの二人を、外野二人はしばらく見とれていた・・・ 正確に言えばシタラの視線には羨望も含まれていたが・・・やがてチィカはシタラの腕を引っ張りながら、 ようやく顔を放した二人を見つめて語りかける。
「じゃあ、私達は邪魔みたいだからそろそろいくね!」
「え、でもチィカ、もう少し・・・」
「邑楽、俺はもう少しミオと相楽に話が、」
「ほら、シタラ行くわよ!」
チィカはまだ部屋にいることを望むシタラの腕を強引に引っ張り二人は部屋を後にした。病室に残った二人はお互いの顔を見合わせたが、 思わず笑いがこぼれた。そして再び相手を見つめて言葉を交わす。
「・・・ガク、いても良いんだよね?私は、貴方のそばに」
「あぁ・・・いや、俺がいて欲しいと願っているんだ。だからもう、俺はお前を・・・!」
「ガク・・・!」
そして二人は再びお互いを抱きしめあい口づけを交わした。その様子はいまだ部屋の前にいたチィカとシタラの二人にも、 見ていなくても伝わっていた。シタラの心中は全くもって複雑極まりなかった。自分で決めた事とはいえ、 こうも見せ付けられるとやはり黙って穏やかに過ごすと言うのは困難だった。 そんなシタラを見つめてチィカは呆れと笑みが入り混じった表情と声で語りかけてくる。
「あぁもう、未練たらしいな!男なんだから、一度はっきりと諦めたことに何時までもしがみついてないの!」
「・・・だが、この間言っただろう?俺は今でもミオを、」
「だったら、勝ち目無い恋を何時までも引きずってないで、他の女でも好きになれば良いんじゃない?」
「・・・ハァ?」
「お、二人とも来てたんだ」
丁度シタラの素っ頓狂な声と重なるように、彼の姉、リッコが病室の前にいた二人に声をかけてきた。 その様子を疑問に思ったリッコは二人に更に問いかける。
「何で中に入らないの?折角きたんでしょ?」
「まぁ、色々ありまして・・・」
「あぁ・・・御取り込み中?」
チィカの笑顔での返答と、 不満げな表情で無言でたたずむ弟の姿を見て中でのことをとっさに判断したリッコは手に持ったお見舞いの袋を見て呟く。
「折角持ってきたんだけど・・・どうしよう?」
「少し時間おけば落ち着くと思いますし、どっかで時間つぶしてからまた来たらいいんじゃないですか?」
「そうだね、じゃあ一旦車に戻るかな」
「じゃあ私たちも帰ろうと思ってたんで」
そういって3人は病室の前から来たばかりの廊下を引き返していく。静かな院内を3人の歩く音だけが響き渡る。 シタラはリッコの顔を見つめて、再びあの日のことを思い返す。
「・・・どうするつもりだったんだよ?」
「何が?」
「もし・・・本当にミオが元に戻れなくなったら、どう責任とるつもりだったんだよ」
リッコがミオと、彼女に付き添う事になったチィカをミオの家まで送り届けてきて戻ってきた時、シタラはリッコに問いかけた。 リッコはしかし、落ち着いた口調で彼に答える。
「大丈夫よ、実は元々ね、薬の数を多くする代わりに薬の濃度を下げてあったの。どんなに大量に飲んでも、 戻る薬さえ飲めば人間に戻れなくなることは無い程度の量にね」
「・・・それでも、相楽がミオを見つけられなかったなら?ミオか相楽のどっちかに何かあったら?」
「万が一の時は私が動けば済むだけの話でしょ?」
「・・・今回の事、全部計算済みだったのか?」
「え?」
「俺がミオと付き合ってたことや、ミオや相楽、邑楽の性格考えて、 始めからこうなるだろうって予想してミオに薬飲ませたんじゃないのか?」
「・・・流石に分かったか。まさかここまでうまくことが運んでくれるとは思わなかったけどね」
リッコは笑いながら着ていたコートを脱ぎ腕の中でまとめた。全く、自分の姉ながら怖いと思わざる得なかった。今回の事をきっと、 ミオから相談を受けた瞬間にリッコの頭の中でできたプランだったのだろう。そして彼女の口ぶりからも感じ取れるが、 想像以上にうまくことが運んだらしくリッコは上機嫌だった。しかし、結局自分はリッコの手の内で動かされ、ミオとガクのためとはいえ、 それぞれ人間に戻れなくなるような危険を負わせたり、けが人を走らせたりなど、やり方は強引にもかかわらず、 それこそ一歩間違えば取り返しのつかない事になりかねなかったのに、うまくまとめしかも自分への責任の追及を、自分という盾を使いかわす等、 いや考えればキリが無いくらい思いつく。本当に怖い女だと、つくづく思った。
「でも、アンタもこう見えて結構恋愛ってどういうことか分かってんじゃない」
「あぁ?」
「さっきの義弘、かっこよかったよ。女のために身を引く・・・そういう男って好きだよ、私」
「・・・これほど嬉しくない好きって言葉も珍しいけどな」
「照れない照れない!」
「照れてねぇ・・・!」
そうだ、一つだけ忘れてはならないことがあった。自分はそんな怖い女の弟だった。 シタラは段々どうでもよくなってカウンターにもたれたまま頭を抱えるようにしていたが、 そのうち急な睡魔に襲われてそのまま眠りに落ちてしまった。
「・・・疲れているよね、そりゃ」
リッコはそう良いながら、手に持っていたコートをそっと、彼の背中にかぶせた。
「・・・やっぱ、辛いよね。好きな女取られるのって」
女として、ミオの話を聞いたとき、彼女の力になりたいと思ったものの、 ミオのためにはやはりガクとの関係を取り戻させる事が必要だとリッコはわかっていたし、それが同じ女に惚れた弟にとってどれほど辛いことか、 想像に難くない。女に対して優しい性格が災いして、 本人に悪気は無くてもいつもこういうそんな役回りと弟が受けているのは姉として以前から気付いていた。それでも、 愛する女のために身を引いた自分の弟のことを誇らしくさえ思う。そして今は静かに寝息を立てる弟の肩を静かにポンっと叩くと、 そのまま店の奥に入っていった。後はまた、時計の音が響くだけになった。
「・・・どうしたの?私の顔に何かついている?」
「いや、別に」
リッコがシタラの視線に気付き彼のほうを振り返ったが、その途端彼は視線をそらした。リッコは首を傾けてそのまま歩いていたが、 病院を出た3人は並びながら病院の前の駐車場にたどり着いた。やがてリッコは自分の車の前で二人に問いかける。
「この後二人はどうするつもり?」
「いや、特に用事ないしこのまま帰、」
「これから二人でチョット町のほうにでも行ってきたいと思ってます!」
「ハァ!?」
自分の言葉を遮ってまで答えたチィカの突然の発言に、普段は声のトーンの低いシタラも思わず大きな声を上げてしまった。 そんなシタラを構うことなくチィカは言葉を続ける。
「だからシタラ・・・義弘くんをお借りするので、リッコさんよろしく御願いしますね!」
「おい、何言ってるんだおま、」
「OKOK。あんまり遅くならないように気をつけてね」
「いや、姉さんも何安請け合いを、」
「よし、ほらシタラ行くよ!」
「お、おい待てって!」
シタラは再びチィカに腕を引っ張られて駐車場を出口の方に連れられていく。
「さっきから何なんだよ!お前は!」
「さっきアドバイスしたでしょ?他の女でも好きになって、ミオのこと忘れれば辛くないでしょ?」
「だから他の女なんて、」
「ほら例えば、目の前にいるでしょ!ミオ以外の女が」
「ハァ!?」
どうもシタラには女難の相があるらしい。ミオに姉に、そしてチィカ。 自分の周りの女はどうしてこうも自分のペースをかき乱す女ばかりなのか。頭を抱えながらも結局シタラはそのままチィカに連れられていく。 リッコは自分の車にもたれながら、そんな影が小さくなっていく二人の後姿を見ていたが、 大分離れたのにはっきりと会話の内容が聞こえるほど大きな声で会話を続ける二人をほほえましく見ていた。
「何だ・・・心配しなくても、義弘を見てる子はいるもんだね」
リッコは前途多難ながらも新しい居場所を模索し始めた弟を温かく見守っていた。
その日は久しぶりに雲ひとつ無い青空が広がっていた。坂の上でひっそりと営まれているドッグランでは、 今日も多くの犬たちがフェンスの内側のフィールドを思い思いに走り回っていた。しかし、ふとフィールドの端に目をやると、 2匹の犬が寄り添うように座り蒼く広がる空を2匹で見つめていた。そのうち2匹のうちの1匹、 メスのレトリーバーが隣にいたオスのハスキーに語りかける。
『ガイア・・・覚えてる?丁度・・・あの時もこんな雲ひとつ無い青空の日で・・・』
『勿論、覚えているさ。・・・思えば、あの時ああして出会ったから、今こうして一緒にいられるんだよな・・・ミオ』
『ガイア!この姿のときは・・・』
『あぁゴメン、ルナ。くせでつい・・・』
ハスキーは照れくさそうな表情を浮かべレトリーバーを見つめた。レトリーバーも始めは怒ったような表情を見せたが、 すぐに笑顔がこぼれハスキーのほうを見つめ返した。そしてふと、彼の右肩の傷が視界に入り、自分の左肩の傷を見つめる。 そして何気なくレトリーバーは身体をハスキーに寄せ、ハスキーもまた彼女を受け止め2匹はお互いの傷を重ね合わせた。・・・ この傷は決して二人を引き裂く傷ではなく、今ではこの傷が二人を繋いでくれている様な気にさえなる。2匹はそのままお互いを見詰め合うが、 その時遠くから2匹を呼ぶ声が聞こえてくる。
『ほら、二人とも!何時まで休んでるの!』
『折角4人珍しく揃ったんだ。座ってるだけじゃつまらないだろ?』
2匹が声の方を振り返ると、メスのドーベルマンとオスのシェパードが並んでこちらを見つめている。
『だってさ、ガイアどうする?』
『行こうぜ?確かにここは座って話を楽しむ場所じゃないもんな』
『うん!』
2匹は揃って立ち上がり、そのまま2匹並んでフィールドを走っていき、 さっきの2匹と合流すると4匹はそれぞれじゃれあいながら広いフィールドを走り回った。青空の下、 犬たちの楽しそうな鳴き声が響き渡っていた。
・・・青空は決して永遠に続くわけじゃない。雨の日もあるし、曇る日もある。しかし、だからこそ、雨の後の虹は美しく、 雲間から見える月は魅力的なのだ。だから、雨の日は傘をさせばいい。曇りで暗ければ光で照らせばいい。貴方の心に影が生まれれば、 私が大地を照らす月になる。私の心が蝕まれた時は、貴方が私のガイアになる。月と地球が寄り添うように、私たちもずっと一緒にいよう。
私の居場所は、貴方だから。
Good luck! Dog run! 第8話(最終話) 完
Good luck! Dog run! 完結
思えば年賀用に考えたネタなのに気付けば1月も半分をとうに過ぎ、作品もかなりの長さになってしまいました。しかし短編ではない連載作品を完結させることが出来た事は自分にとってのはずみになると思っています。
これからもμを始めとする様々な作品で皆様を楽しませる事が出来ればイイナと思っていますが、今は最後までこの小説を読んでいただき、お声を寄せていただいた皆様に感謝の気持ちを込めてこの最終話を発表させていただきたいと思います。皆様本当に有難う御座いました。そしてこれからもお付き合い宜しく御願いします。
ウィルド・ウィンド 宮尾
ストーリー変更と聞いて少しヒヤリとしましたが…見事に決めたの一言ですね。
リツコさん…危険な賭けではありましたが、計算した上での雨降って地固まるの妙、決まりました。
ミオとガクはもちろん、シタラはチィカとですか…まさに水も漏らさぬと言いますか。
となると、悲喜こもごもはあれども二組には幸せであって欲しいの一言です。
宮尾さん、本当にお疲れ様でした。
TSFの要素のある青春小説…見習いたいです。(しみじみ)
最後に4人(4匹)がすっきり居場所を見つけて、犬の姿でラストが描かれてるのも見事でした。
年末から今日までお疲れ様でした。戌年の最初に堪能させていただきました。これからも期待してます。
コメント有難う御座います。毎回コメントをお寄せいただき本当に感謝しております。
>危険な賭け
リッコさんは、きっとこういう綱渡りをいつもしているんじゃないかなと書いてる自分が思いました。怖いお姉様なのです(何
>二組には幸せであって欲しい
まだまだシタラ×チィカ組の関係はスタートしたばかり(というかスタートさえしてない恐れあり)ですが、喧嘩するほど仲がいい、何だかんだで似たもの同士幸せになって欲しいですねw
Zuilang様>
コメント有難う御座います。いつもご意見やご感想を頂きお世話になっております。
>戻れない覚悟や探しに行くための目的ある変身
楽しむ変身が何より一番ではありますが、しかし楽しいだけが日常ではないなと思い、作品の流れにメリハリが付けれればいいなと思いこのような展開も設けました。
>犬の姿でラストが描かれてる
戌年作品としてラストはやっぱりこう締めたかったのですwあとは、犬の姿が彼らの始まりでもあり、これからでもあるので、という感じです。
正月過ぎてからしばらく居なかったので5〜8話は今日、一気に読ませていただきました。その息をつかせぬ展開やそれぞれの心の動き、要所要所での描写や背景、そして完璧なまでにキメられたラスト…もう胸がいっぱいです。いつもすばらしいお話をありがとうございます(あぁいつも同じような事しか言えない自分の表現力が憎い…)。
私事で恐縮ですが、今自分はこの度新たな生活を初めました。こちらにもあまり来れなくなってしまいましたが、今日みたいに帰ってきた時は貯まった話を一気に読んで、感想を書かせていただこうと思います。これからもよろしくお願いいたします。
コメント有難う御座います。5〜8話は確かに急展開ですので、一気に読むと結構大変だったのではないかなと思いますw
>新たな生活
新生活は慣れるまで大変ですが、頑張ってくださいね。都立会様が来られるが少なくなると寂しいですが、来るたびに新しく楽しめるお話を御覧いただけるように自分も執筆を頑張りたいと思います。こちらこそ今後とも宜しく御願いします。