Good luck! Dog run! 第5話
【人→獣】
「これ、御願いします」
ミオは一通り必要事項を記入した書類をリッコに手渡した。リッコは一通り目を通すが、やがて笑顔を浮かべミオのほうを見つめて呟いた。
「ん、OK。じゃあロビーでさ、ジュースでも飲んで待ってて。今カード作っちゃうから」
「分かりました」
ミオとチィカはロッカー室から出て、長い廊下を進んでいく。やがて入り口のところまで来た時、 出入り口のドアが開いたのに気付き思わずそちらを何気なく見た。しかし、 その直後それまで明るい笑顔を見せていたミオの表情が一瞬にして堅くなった。 チィカは突然立ち止まり言葉を無くしたミオのことを不思議に思ったが、彼女の目線の先にいた男の姿に気付き、その理由を理解した。 その男もミオを見て驚いた表情を浮かべた。そしてミオはその男の名を呟いた。
「・・・シタラ・・・!」
「・・・ミオ?・・・何でここに居るんだよ」
「私が連れてきたのよ!気分転換になると思って」
「・・・君は確か・・・ミオの友人で・・・」
「邑楽智香子。あのねぇ、私、あんたとクラスメイトなんだけど」
チィカはそう言ってミオをかばうように彼女の前に出てきたがシタラはそんなチィカに対して興味を示さずミオのほうだけを見つめていた。 ミオは彼の視線にあわせることなく俯いたまま彼に問いかける。
「・・・何で・・・シタラがここにいるのよ・・・!」
「何で・・・って・・・自分の家に入っちゃいけないのかよ」
「・・・ぇ・・・!?」
「あぁ、義弘。帰ってたんだ」
シタラの発言に驚きを隠せない二人の背後、カウンターの奥から現れたリッコがシタラの名前を呼んだ。 チィカは思わずリッコに問いかけた。
「あの・・・リッコさんて本名は・・・苗字はなんていうんです?」
「・・・あれ?言ってなかったっけ?フルネームなら設楽律子で、律子を縮めてリッコって皆からは呼ばれているんだよね」
「ってことは、シタラは・・・」
「・・・アレは姉さんだよ。俺の」
シタラのその言葉を聞いた瞬間、ミオは何にもめもくれず走り出し、玄関を飛び出していった。 シタラはそんな彼女を呼びとめようとしたが、すぐにチィカに阻まれる。
「あんた、自分がしたこと分かってて追いかけようとしているの?」
「いや・・・俺は・・・!」
「・・・私が追いかけるから。あんたが追いかけたら逆効果でしょ?」
「・・・分かったよ・・・」
シタラは俯いたままもう何も言わなくなった。その様子を見てチィカは入り口の方を振り返り、そのままミオを追いかけていった。 入り口にただ突っ立っているだけの弟の様子を見かねたリッコは彼の肩をぽんっと叩き語りかける。
「義弘・・・あんたまた何かやったの?」
「姉さんには関係ないだろ」
「ふぅん・・・そうなの・・・ならいいけど」
「・・・」
「結局、ミオの会員カード渡しそびれちゃったな・・・どうしようかなぁ?」
リッコはそう言いながら手に持ったカードを光らせて、意味深な笑みを浮かべてシタラの方を見つめた。 シタラはしばらくそのカードを見つめて考え事をするように黙っていたが、やがて少し恥ずかしげな表情を浮かべながら彼女の前に自分の手を、 手のひらを上にしてすっと出した。
「姉さんに感謝するんだよ」
「誰がするかよ・・・」
そう言いつつもシタラはリッコからカードを受け取り、二人を追って玄関を飛び出していった。既に玄関先に二人の姿は無かったが、 シタラは家の車庫から自分の自転車を出し、目の前の坂道を急いで下っていった。
アレから何処をどう走ったのか覚えていない。ミオはようやく自分の脚が自転車をこぎ疲れて、痛みを感じていることに気付いた。 先に犬に変身したのと合わせて、身体はもうくたくただった。気付いた時は学校の近くを流れる河川敷の土手の上に居た。ミオは自転車を留めて、 疲れた身体を芝生の上に投げ出した。そのうちミオの自転車を見つけてきたのか、チィカもまた自転車にのりミオのいるそばにやってきた。 そして同じように自転車を留めてミオの横に座り込んで、彼女の方を見つめて一言呟いた。
「・・・ごめんね」
「え?」
「設楽の事知らなくて・・・知ってれば連れて行ったりしなかったのに・・・」
「・・・ううん、大丈夫・・・少し驚いただけだったから。むしろ私が何で元彼の家を知らなかったのって話だしね」
「そういえば・・・」
「結局付き合っているときも、シタラは家の事教えてくれなかったんだよね」
ミオはそういいながら身体を起こしチィカのほうを見つめた。チィカは申し訳なさそうな顔をしていたが、 そんな彼女を見てミオは静かに声をかけた。
「・・・チィカがあそこに連れて行ってくれたこと、本当に感謝してるよ」
「ミオ・・・」
「シタラの事は確かに驚いたけどさ・・・でも、それ以上に・・・今はまた行きたいって気持ちが強いから・・・だから・・・」
「・・・」
「また一緒に行こうね、今度も二人で走り回ろ!」
「・・・うん、いいよ。また今度ね!」
チィカもようやく笑顔を取り戻し二人は笑いながらそのまま芝生の上で話を始めた。学校の事、犬に変身した事、シタラの事・・・ いろいろ話をしていたが、そのうち大分日も暮れだした。どうも何かに熱中すると時間と言うのはすぐ過ぎてしまう。 やがて二人は立ち上がり自転車を押しながら河川敷を歩いていった。そして住宅街に入り家の方向が別になる途中の十字路、 二人はまた明日あのドッグランに行く約束をしてそのまま分かれた。 そしてミオは疲れた身体に力を入れてゆっくりと家まで自転車をこいでいった。そしてようやく家にたどり着いた時、 家の前に人影があることに気がついた。人影はミオが帰ってきた事に気がついたのかこちらを振り返った。 その顔を見たミオは少し戸惑いの表情を浮かべるが、しかし今度は気持ちを落ち着けて彼の名前を呼んだ。
「・・・シタラ・・・何のよう?」
「ミオ・・・やっぱ家の前で待ってて正解だった。探しに行ってたら見つからなかっただろうし」
「だから、何のようなの」
「ほら、これ姉さんから」
そう言ってシタラはカードを彼女に手渡した。それはチィカが持っていたのと同じあの店のカードだった。自分の名前と、Good luckと言う文字がカードに書かれていた。
「ぐっどらっく・・・?」
「ウチの店の名前だよ・・・看板もかかっているのに気付かなかったか?自分が会員になったところの名前ぐらい知っとけよ」
そう言ってシタラは自分の自転車にまたがりそのまま帰ろうとした。しかしミオはその彼を呼び止めた。 シタラはそのまま彼女に無視されると思っていたところを呼び止められ少し驚いてた。
「チョット待ってよ」
「・・・なんだよ?」
「・・・有難うね、カード」
「あ?・・・俺は姉さんが持っていけって言うから・・・」
「でも・・・私がシタラに会いたくないかも・・・って分かっていたのに持ってきてくれたでしょ?私と自分のことよりも、 私があの店の会員になったことを優先してくれたってことでしょ?」
「・・・なんだよ、急に喋るようになって」
「別に・・・リッコさんによろしく言っておいて。凄く楽しかった、また明日行きますって」
ミオは明るく彼にそう伝えた。シタラはその明るさに戸惑ったのか、彼女に思わず聞き返す。
「・・・俺の家だぞ、来るの辛くないのかよ?」
「気を使ってくれてるの分かるんだけど、日本語としておかしいよ、それ」
「聞くんじゃなかった・・・!」
「ゴメンゴメン・・・でも、もうあなたの事意識しなくて済む様になっただけ。それだけなの」
「そうか・・・いや、謝らなきゃいけなかったのは俺の方だったのに・・・」
「・・・仕方ないよ、人を好きになるならないは人それぞれだから・・・」
「・・・アレは・・・」
シタラは何か言いたそうな表情を浮かべるが、そのまま言葉を飲み込み彼女から視線をそらした。 そしてそのまま自転車をゆっくりとこぎ始め、彼女とすれ違う時に一言呟いた。
「俺が言うのもおかしいけど・・・元気になってよかったよ」
「ありがとう、シタラも彼女と仲良くね」
「・・・」
シタラはその言葉に返事をせずそのまま走りさっていった。その様子に首をかしげつつ、自転車を車庫にしまい自分の家に入っていった。
それからミオは休みになると毎日のようにGood luckに通うようになった。日常でいい事があればここでチィカ・・・ いやリルやガイア、他の犬に話をしたりして楽しみを分け合い、嫌な事があれば彼らと走り回ってすっきり気分転換をする事にした。 特にガイアと過ごす時間は彼女の生活にとって重要な意味を次第に持つようになっていった。犬に変身できる本当に短い間だけど、 この時間が彼女にとって何よりも幸せな時間の一つとなりつつあった。楽しい時間ほどすぐすぎてしまうのは前述の通り、 季節はあっという間に移り変わっていき、秋、そして冬へと差し掛かっていった。 このサービスに出会ってからミオは泥沼のようにいやな事を引きずる事が無くなり充実した日々を送っていった。・・・ ただ1つ抱え込んでいるわだかまりを除いての話だったが。その日は雪が降っていた。 彼女たちの町は例年の冬にそれほど雪が積もる事が無かったのだが、今年はどうも勝手が違い、 道には靴がすっぽり隠れてしまうほどの雪が積もっていた。折角の休み、この様子じゃGood luckに行っても楽しみきれないかもしれないと思いながらも、どうしても気になり店に行くことを決めて家の外に出たときだった。 彼女の隣の家のドアも偶然同じタイミングで開き中からガクが出てきた。
「あ・・・」
「・・・」
ガクはそのままミオのほうは振り返りもせずに彼女の家の前を通り過ぎ家の前の道路を雪を掻き分け歩いていった。 身重玄関のドアの鍵をかけると彼の後を追いかけるように、といっても行くべき方向が同じだけだが、歩き始めた。 この雪では自転車が使えないため、あの遠いGood luckまで歩いていくのは大変だったが、 少しでも気になってしまった以上行かないわけにはいかなかった。しかし雪の多い道路は歩きづらいため、 少しでも雪の少ないところを通ろうと考えたミオはあえて近道になる細い住宅街ではなく、一度大きな通りに面した歩道を歩く事にした。 たまたまガクも同じ方向に用があるのだろうか、彼も彼女の前を同じ方に歩いていく。 そして大きな通りに出ても二人は微妙な距離を保ちつつ歩いていくが、やがてガクは途中の信号で引っ掛かってしまい、 ついに二人は並び信号を待つ状態になった。無言ながら張り詰めた緊張が二人を包んでいた。ミオはガクに何かを語りかけようとするが、 言葉が何も出てこない。・・・最近よく知っているはずの彼のことがよく分からなくなってしまっていた。彼の本心が聞きたい。しかし、 聞けばまたこの間のように突き放されるかもしれない、それが怖かった。そんな考え事をしているとき、 ふと上を見上げると信号が青になったことに気付きミオは慌てて歩き始める。・・・考え事をしていたからだった。 すぐ近くから車がスリップするけたたましい音がしていたのに、そしてそれが自分に向かってきているのに全く気付くことが出来なかったのは。
「危ない!」
「えっ、あぁっ!?」
ミオは始め何がおきたのかさえ理解できなかった。 ガクが自分を突き飛ばすように身体をミオに当ててきたその衝撃と滑る道路のせいで横断歩道の上に倒れこんでしまったが、 その時更に大きな爆発音が聞こえる。その音を聴いた瞬間、フラッシュバックするあの日の記憶。大きな爆発音、物が焦げる臭い。そして、 広がる赤・・・。その目の前の赤が何処から生まれるものなのか目線を追っていくと、その先には頭と腕からその赤を流すガクの姿を見つけた。
「ガク・・・ガク!?」
ミオはその姿を見て息を呑む。 その向こうには電柱にぶつかりひしゃげた乗用車が凍えそうな冬を燃やしつくさんとばかり赤々とした炎を上げていた。・・・また、 私はガクに守られた。ミオはその事を考えつつも動く様子の無いガクの姿に戸惑いと焦りと不安が胸の中にこみ上げてきた。 彼女はふと我に返ると、自分の体からも赤が流れ出ている事など気にもせず携帯を握り締め、1・1・9とボタンを押した。 そして今の自分が置かれている立場を説明し、通話をきった。そして再びガクの方を見つめる。・・・ その時彼の上着がぶつかった衝撃から破けている事に気付き、そこから彼の肌が寒空の中露出してしまっていた。 ミオはそれを見て自分が着ていた上着を一枚彼にかぶせようとした・・・そのときだった。その右肩に大きな怪我があることに気がついたのは。
「・・・これ・・・!?」
ミオはその傷を見て、頭の中で一つの線が繋がる気がした。まさか、まさか。 頭の中で色々な考えが巡る中遠くからサイレンの音が聞こえ始める。・・・地上のそんな事件など知らないのか、 灰色の雲はただただ永遠に続かんとばかりに雪を降らし続けていた。
Good luck! Dog run! 第5話 完
第6話に続く
折り返しということで、後半も期待してます。もっと犬キャラも登場するのでしょうか(^^。
コメント有難う御座います。ガクとシタラがミオにどう絡んでくるか、二人の少年にとってのミオという存在をうまく描く事が出来ればと思っております。
>もっと犬キャラも登場するのでしょうか(^^。
・・・それはお楽しみと言う事でw