Good luck! Dog run! 第2話
【人間→獣】
自転車で町を駆け抜けることの気持ちよさは誰だって感じたことがあるだろう。風が、音が、 景色が自分の横をすり抜けて流れていくこの感覚。自分の自転車のチェーンの音が心地よく耳に響く。ミオは暗くなりすぎる自分の気持ちを、 せめて今だけはこの心地よさの中にしまおうと夢中でペダルを漕いでいた。
「・・・と、この辺・・・かな?」
そのうち目的にはあっという間にたどり着いた。ミオは携帯を取り出しGPSで位置を確認する。どうやらこの辺で間違いは無いようだ。 ミオは顔を上げ辺りを見回すと、少し離れたところにチィカが手を振りミオを呼んでいた。 ミオは自転車から降りて手で押しながらチィカの元に向かい、小さく手を上げて声をかけた。
「おはよ」
「おはよ、ミオ。少しは頭冷えた?」
「ん、まぁ・・・微妙?」
「どうせそんなトコだろうと思ってね。呼んだわけ」
そういってチィカは坂道を駆け上がり、再びミオを呼ぶ。
「ほら、さっさと行こうよ!」
「待ってよ、チィコ!」
ミオも自転車を押しながらチィコの後ろを追いかけ緩やかな傾斜を上っていく。道の端には木々が生い茂っている。日差しも強い夏の日。 心地よい風が彼女たちの汗を拭っていく。
「ほら、ここだよ!」
チィカは坂の上にある建物を指差して少し下にいるミオに声をかけた。ミオは静かに頭を上げ目の前にある建物を見る。 2階建てのカフェのような建物だが、明らかにカフェとは異なる部分が多々見受けられた。 建物の横から高い網のフェンスが広い芝生の空き地を囲み、その中をフェンス越しに覗いて見ると、 様々な犬が走り回ったり他の犬とじゃれたりしていた。ミオはしばらくその光景を見ていたが、やがて横に居たチィカに問いかける。
「ここは・・・?」
「見ての通りのドッグラン、犬が開放的に走ることが出来る場所・・・って感じかな」
「ふーん・・・でも、コレでどう気分転換になるの?犬を見て和む・・・ってのはあるかもしれないけど・・・」
「ま、慌てないの。ホラこっち来て、手続きしなきゃ」
「手続き?」
「百聞は一見にしかず、聞くより見るが、見るよりやるが一番よ」
そう言ってチィカはミオの腕を掴んで引っ張ろうとしたので、 ミオは慌てて自転車を留めてチィカに引っ張られるがままに建物の中に入っていった。 中に入るとそこは外見にたがわずカフェのような造りになっており入り口にはカウンターが設置されていたが、そこに人はいなかった。 ミオは建物の中を珍しげに見ていたがチィカに腕を引っ張られて奥に連れて行かれる。
「ちょ、チィカ、勝手に入ってもいいの!?」
「大丈夫、私ここの会員だからね」
チィカは手に会員証と思われるカードを持ちミオに見せてきた。しかし、ふとミオは疑問を抱く。
「・・・あれ、チィカって犬飼ってたっけ?」
「うぅん、飼ってないよ」
「・・・じゃあ何で会員証なんて・・・?」
「ほらいいからいいから、細かい事は気にしない!」
チィカは首をかしげるミオを引っ張り、カウンターの横の細い廊下を進んでいく。 そして一番奥の突き当りにはカードリーダーでロックがかかっていると思われるドアが有った。 チィカが手に持っていたカードをカードリーダーに通すと、 ドアから開錠される音が鳴りチィカはドアノブをまわしドアを開き二人はその部屋の中へと入っていく。 するとその部屋の奥に再び先ほどのようなカウンターがあり、そこには女性が暇そうに新聞を読んでいた。
「リッコさん、おはよ!」
「ぉ、チィコ久しぶりだね!最近来ないからどうしたかと思ったよ」
「正直ここに来なくても色々充実しててね」
「そっか、そりゃあよかった・・・で、そっちの彼女は?」
リッコと呼ばれた女性は新聞を置きミオの方を見て問いかけてくる。
「彼女、私の友達でね、チョット落ち込んでることがあったから誘ってみたの」
「あ、神楽 澪です。初めまして」
ミオはリッコに頭を下げて挨拶をした。
「いいよいいよ、堅くならなくても。私は一応ここのオーナー。皆からはリッコって呼ばれてるから、ミオ・・・だっけ? 貴方もそう呼んでくれていいから」
「あ、はい。そうします」
「ほら、挨拶よりも、準備してよ」
チィカはどうにも待ちきれない、といった表情でリッコを急かした。リッコは少し笑いながら答えた。
「はは・・・ゴメンゴメン。ちょっと待ってな、まずはチィカの今回分のを用意するから」
「はーい」
リッコはそういってカウンターの下や棚の上などからいくつかの袋を取り出し、それをチィカに手渡した。
「・・・何ですか?それは?」
「あれ?チィカから話を聞いてないの?」
「だって・・・ここの事って説明するの難しくて・・・」
そう答えるチィカを、リッコははじめ呆れた表情で見ていたが、やがてチィカの言い分も尤もであると感じたのか、 すぐに表情を変えてミオの方を振り返って話しかける。
「ミオ?」
「はい、何か?」
「こっから先さ、多分貴方が今まで生きてきた常識を覆すようなことが起きるけど・・・深く考えないで楽しんでね」
「・・・はい・・・?」
ミオは頷きながらもその言葉の意味を理解するのに苦しんだ。常識が覆される・・・深く考えない・・・ そんな意味深なこと言われたら考えたくなってしまう。そんなミオを見てチィカは再びミオの手を握り引っ張っていく。
「ほら、言われたばかりでしょ?深く考えないの」
「・・・うん、分かった」
「あ、一応ミオは初めてだし私もついていくよ」
リッコも二人の後を追い奥に進んでいくと、途中で道が男女に分かれており、そこから更に進むと、 またさっきと同じようなカードリーダーのついたドアがあった。コレほどまで何十にも防護する意味は何なのだろうか。 チィカは再びカードリーダーがついているためカードを通しドアを開けて中に入ると、そこは小さなロッカー室とでも呼べばいいのか。 数人分のロッカーが置いてあり、それぞれのロッカーの間はプラスチックのパーテーションで区切られていた。 まるでロッカー付きの試着室のようだった。
「じゃあ、私準備始めるね」
「あぁ、勝手にやってていいよ。私は初めてのミオに色々話があるから」
チィカはそのパーテーションの1つの中に入っていく。リッコはチィカのほうには目もくれず、なにやら書類をミオの前に差し出した。
「まぁ、一応誓約書のようなものかな?・・・それと会員登録と」
「書いて出せばいいんですか?」
「うん、まぁ出すのは後でもいいけどね。一応ルールみたいなものだから、事前に目だけは通しておいてね」
「分かりました」
ミオはリッコから書類を受け取り目を通そうとしたが、その時チィカから呼び止められ彼女の方を振り向いた。
「ミオ、まず先にどういうことするのか見たほうがいいと思うよ。これから私がやるから見てたら?」
「って・・・ちょ、な、何裸になってるのよ!?」
チィカを見るといつの間にか彼女は一糸まとわぬ姿となりその柔らかでつややかな肌を恥ずかしげもなくあらわにしていた。
「あぁ、服着てたらかえって邪魔だからね」
「え、何?気分転換て・・・もしかしてそういうサービス!?」
「あ、違う違う、誤解しないで・・・って言っても無理か」
「まぁ、他の人のを見たほうが分かりやすいからね。まずはコレを見て、このサービスに納得してもらえるかどうかは大事だし」
「はぁ・・・」
ミオは二人に言われるがままに、チィカのことを見ることにした。 チィカの手には数粒の錠剤とジュースのような色の液体が入ったコップがいつの間にか握られていた。 どうやらさっきリッコから手渡された袋に入っていたもののようだが、その怪しげなものに思わず引いてしまいリッコに問いかける。
「あれ・・さっきの袋の中身?」
「あれがこのサービスの、ある意味柱って所かな」
「柱・・・?」
「だから、考えるよりも見たほうが早いって。私が飲むから見てて」
そういってチィカはまず錠剤を口に運び、その後すぐに液体を口にした。 そしてそのままフゥと一息つくとそのまま数分間は何も無かったがやがてチィカの肌が突然汗ばみ始める。 そしてそれまで普通に立っていた彼女の体が急に崩れ、地面に手をついた格好になってしまう。
「ちょっと、チィカ大丈夫!?」
あまりに突然のことにミオは彼女に近づこうとしたがすぐにリッコに止められる。
「大丈夫よ、副作用のようなものなの。健康には影響は無いから安心して」
「・・・それなら・・・いいんですが・・・」
そう止められたものの、やはり親友が苦しんでいる様子は彼女にとっては心配なものだった。何時しか彼女の手にも汗が握られていた。 ミオはその手をズボンで拭い、自分の手を少しの間見つめて、再びチィカに目を移す。・・・その時、ミオは異変に気付いた。 チィカの手が何かおかしい。もう一度自分の手を見つめて、チィカの手を見返す。・・・やはり何か違う。 普段の彼女の指よりもどうも短く見える。いや、ずっと見ているとよく分かる。指は間違いなくどんどん短くなっていっているのだ。
「・・・これって・・・!?」
「ここから変化が早くなるよ」
リッコは冷静に答えた。ミオの目の前でチィコの身体はどんどん変化を始めていく。 手は指が短くなるだけでなくその大きさが小さくなっていき、手のひらには地を駆るための柔らかな獣の肉球が形成されていた。チィカはその手・ ・・いや前足と呼ぶべきそれでしっかりと地面を掴む。下半身もひざまずいている状態から足も同様に指が短くなり、 つま先立ちをするようにぐっと下半身を持ち上げ起用に四足で身体を支える。その四足には茶色い獣の毛が覆っていく。 その毛は徐々に体全体から生じ始めるが、その色は足首を境にはっきりと異なり、 脚部から全身にかけては黒く艶やかな毛が彼女の柔らかな肌を覆い尽くしていった。 そして背中を覆う毛は更に周りの肉を引っ張るように身体を飛び出して身近な尻尾になる。一方上半身も顔は既にチィコの顔ではなくなっていた。 体と同じように黒い毛が覆われたその顔の鼻先は長くなり、体が熱いためか大きく開いた口から舌がたれている。 その口の中の歯は人のようにきれいに並んだものではなく肉食動物としての立派な牙となっており、頭の上には耳がピンとたっていた。 そしてゆっくりと開かれた瞳の上には、麻呂眉とでも呼べるだろうか、そこだけ茶色い1対の斑点が模様となっていた。
「・・・チィカ・・・!?」
ミオはずっと変化の間言葉を失っていたが、やがて少し冷静さを取り戻すとさっきまでそこにいたはずの友人の名を呼ぶ。 すると目の前にいる1匹の犬、すらりとした細身で美しい毛並みを持つメスのドーベルマンがウォン!と元気よく答えた。
「・・・コレがうちのサービスね」
それまで彼女の変化を見ていたリッコが口を開いた。そしてミオのほうを見て呟く。
「つまりうちは、普通の犬を開放するところじゃなく、人間を犬に変身させて開放させる、そういうドッグランなの」
「・・・」
「非公式だけどきちんと許可・・・暗黙の了解って言ったほうが正確かな・・・でも安全性は保障されているの。でも、 貴方が実際に犬になるかどうかは貴方次第が決めることよ」
「・・・元に戻ることは出来るんですよね?」
「勿論。チィカだって何度も犬に変身したことが有るけど、貴方は知らずに今まで付き合ってきてるでしょ? 数時間したら戻れるようになっているから安心して」
「・・・私も・・・」
「ん?」
「私も・・・やってみたいです・・・!」
ミオは静かながら力強くそうリッコに伝えた。 ミオの心は不安を浮かべながらも今の私を変えることが出来るものにやっと出会えたその期待で膨らんでいた。
「・・・分かったよ、待っててね。今準備するから」
リッコは静かに暖かく微笑むとロッカーからさっきチィカが持っていたのと同じような錠剤と液体を取り出した。 それを見たミオの気持ちはどんどん高まっていった。
Good luck! Dog run! 第2話 完
第3話に続く
自ら獣になる事で心を解放し癒しの効果を得る…プラスに働けばコレに勝る事はないかと。
果たしてミオの変身はいかに。そしてどんな成長をとげるのか。
思い切り楽しみです。
早速のコメント有難う御座います。獣化セラピーは前々からやってみたかったネタの一つでした。変身して身も心もリフレッシュ!こんなサービスが本当にあれば・・・と言うのはこの界隈の切なる願いのような気がしますw
ミオには変身を通して気分転換以上の効果が出てくれればと自分も思っております。
こんなサービスが本当にあれば・・・>>同じく。もしあったら絶対に通ってますw。獣化セラピーって発想がまたすばらしいですね。はたしてミオはどんな姿になるのか、楽しみです。
明けましておめでとう御座います。コメント有難う御座います。
>もしあったら絶対に通ってます
多分自分も通いますw。獣化することで身体共に開放できる、というのがサービスの売りですね。
>ミオはどんな姿に
次回はいよいよミオも変身するのでお楽しみにと言うことで。正月なのでTFシーンをガンガン書きたいと思っておりますw