キャンプファイヤー
【人→ポケモン】
「キャンプファイヤー?」
「そ、どうする?行く?」
クラスの女友達が、にやついた顔で登校途中の私によしかかりながら声をかけてきた。
「親しい友人同士でさ、親も先生も抜きでワイワイやろうってこと!私ら受験生だけどさ、たまにはさ、
こういうことぐらいしようやってことでね」
「うぅん・・・」
「・・・おろ?何かリアクション薄め?こういうイベントごと好きなはずじゃ?」
「キャンプファイヤーってさ・・・火、だよね?」
「・・・何を、当たり前のっ」
「だよねー・・・」
私は小さくため息をついた。確かに、私は小さい頃とか、運動会とか、学園祭とかそういった類のものは大好きだ。だけど・・・ キャンプファイヤーは・・・なぁ・・・。
「おい、忘れたのかよ?」
私が渋い表情で言葉に詰まっていると、横から男の子が声をかけてきた。私の幼馴染で、中学3年になった今も同じ学校で、同じクラスだ。 彼は私に寄りかかる女友達を見ながら話を続けた。
「こいつ、小5の時火事になっただろ?」
「・・・あ、そっか・・・。ごめん、無神経だったね・・・私・・・」
「う、ううん!いいの!全然そんなのは気にしてないから!」
私に寄りかかるのをやめた彼女は、申し訳無さそうな表情で頭を下げた。
「でも・・・やっぱり、キャンプファイヤーはなかったことで・・・」
「・・・ううん、やっぱり私行くよ!」
「え、大丈夫なの?・・・火が・・・怖いんじゃ・・・?」
彼女は、恐る恐る私に聞いてきた。
「大丈夫!気にしないで!皆でワイワイやれば、多分大丈夫!」
「本当?・・・じゃあ、出席ってことで、本当に良いんだね?」
彼女は念押しするように、私に顔を近づけて問いかけてきた。私は少したじろぎながら小さく首を縦に振った。 すると彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべて、皆に報告してくると言って一足先に学校へと走り出した。
「・・・どうするんだよ。そんな約束して」
横にいた幼馴染の彼が、呆れた表情で私のことを見ていた。
「大丈夫だよ。火事って、もう4年近く前の話だよ?・・・もう、大丈夫だよ・・・多分・・・」
「多分・・・って何だよ。多分って」
「だってさ、ライターの火とか、ガスコンロとか見ても平気になったし。・・・キャンプファイヤーだって・・・」
「その4年前の時だって、お前が大丈夫大丈夫だって言っていながら、ああなっただろうが」
「でも、あれから4年経ってるんだよ?」
「もし何かあったら、尻拭いするの俺なんだぞ?」
「ってことは、キャンプファイヤー・・・あんたも来るの?」
「勿論」
彼は目線を私のほうに向けて、表情を変えずにそう答えた。
「だったら、一安心だ」
「何でそうなるんだよ。迷惑掛けないように努力します、ぐらい言えないのかよ」
「めいわくかけないようにどりょくします」
「棒読みじゃねぇか」
「それだけ、あんたのこと信頼してるってことだよ?」
「嬉しくねぇ」
そう言いながら、彼の顔は少し色づいて、目は穏やかになっていた。・・・この幼馴染と言う距離感が、温かくて、優しくて、歯痒くて・・ ・切なくて。そういうところも含めて私は、彼とのこの距離感が好きだった。
「・・・ったく・・・ほら、行くぞ!遅刻しちまう」
「うんっ」
返事をした私の声が少し嬉しそうに弾んでいたことに、彼は気付くだろうか。一緒にいることの素晴らしさを、 どれだけ彼と共有出来てるだろうか。私は考えながら、彼と共に学校へと向かった。
そして、キャンプファイヤー当日。
私達は学校から程近い山の中にテントを張り、皆でワイワイやりながらドッジボールしたり、カレーを作ったりした。
こんな風に皆で馬鹿騒ぎするのが久しぶりだったから、不思議なほどに楽しかったし、時間はあっという間に過ぎてしまった。
「楽しんでるか?」
「まぁね」
彼に声をかけられて、私はブロックに腰掛けながら微笑み返した。
「大分暗くなってきたし、そろそろキャンプファイヤー始めるってさ」
「そか。じゃあ行かないと」
「・・・なぁっ」
「何?」
「・・・やばくなったら、すぐに席外していいからな。異変感じたら、俺がすぐ追っかけてやるから」
「あれ?珍しいね、そっちからそうやって言ってきてくれるなんて」
私は立ち上がり、小さく伸びをしながら問い返した。彼は私と目を合わせようとせず俯きながら答えた。
「何だよ、人が気を使ってやってるのに」
「ん、サンキュ。・・・ほら、始まるみたい。行こ?」
「あ、あぁ・・・ったく、しょうがないな」
少し首をひねりながら、彼はうっすらと笑みを浮かべて、私が差し伸べた手を握った。彼の体温は、少しだけ上がっていたはずだけど、 私の体温も上がっていたから、あまり感じなかったし、むしろ同じ体温で感じている、その連帯感が心地よかった。
キャンプファイヤーは丁度、松明の炎を点火しようとしていたところだった。暗い闇の中で、炎の灯は美しく揺らめきながら、 燃え上がっていく。
「綺麗・・・!」
「・・・そうだな」
炎はまるで生きているかのように躍動感に溢れ、暗かったあたりを強く照らす。その炎を見ていると、凄く心まで温かくなっていくようで、 身体の内側から、燃え上がるような気持ちの高まりを感じていた。ドクン、ドクン、と私の命の炎も力強く、脈動する。
・・・って、この感じ・・・まずい!私ははっと気付き、自分の手の甲を見た。・・・遅かった。私が見た自分の手の甲は、 既にオレンジ色に変色し始めていた。私は、あたりにそのことを気付かれないように、急いでその場から走り去る。突然のことに、 友人たちは驚いて私を止めようとするが、私はそれを潜り抜けて森の中へと走っていった。
・・・大丈夫だと思ったのに、ダメだったようだ。
実は私は、別に炎が怖いわけじゃないのだ。むしろ、炎は好きで仕方が無いぐらいだ。ただ、炎を見ると抑えられなくなってしまうのだ。 自分の、姿を。
私は、走りながら後ろを振り向いた。誰も追っかけて来てないかどうか確認する。・・・誰も追って来てはいないようだ。 そして私はそのまま目線を、背後から自分の手へと移した。既に手の変化は大きく進んでいた。
私の手は、オレンジ色に変色するにとどまらず、その形も大きく変わっていた。指が3本に減っており、 その指先からは白く鋭い爪が伸びていた。
やがて、走っているうちにどんどん身体が走りづらくなっていく。走るのに向かない体型に変わってきているのだ。
「うっ・・・グゥゥっ・・・!」
私は苦しそうな声を上げる。・・・仕方ないんだ。だって、身体の形が変わっているから、苦しくないわけ無い。例えば、おなか。 私だって女の子だからそれなりにスタイルには気を使っているけど、変化しつつある私の身体では、そんなことを言ってられない。 身体の重心を保つかのように、私のおなかは大きく膨らみ、はいていたズボンを引き裂いて突き出していた。これじゃまるで、妊婦のようだ。 もっとも、この姿では標準的な膨らみ方だろうけど。
脚も太く短くなり、足先も手と同じように鋭い爪を持つ三本指のものへと変化していた。お尻の辺りからは肉が盛り上がり、 それは木の幹が伸びるようにぐんぐんと長くなり、太い尻尾と化し、その先にはボゥっと炎が宿る。
首も尻尾のように長くなっていき、その先の顔も、もう大分私の面影は無くなってきていた。
「グゥ・・・ウォゥ・・・!」
首が伸びて、喉の仕組みも変わったせいで、声まですっかり様変わりしている。女の子らしい高い声はもう出なくなって、 出るのは猛々しい獣のような鳴き声だけ。その声が発せられる口は、大きく裂けて口の中には鋭い牙が生えている。鼻先は前へと突き出し、 鼻孔は小さな山のように鼻先に盛り上がるように開いていた。頭の上からは二本の角が頭の後ろの方へと伸び、 私の長い髪の毛はいつの間にか消えてなくなっていた。
「グウォォォゥウッ!!」
私は、まるで天に頭を突き刺すかのごとく、長い首を縦に伸ばし大きく雄たけびを上げた。・・・こんなに大きな声を上げたら、 皆に気付かれちゃうかなぁ・・・だけど、この姿になったら、やっぱり一度は叫ばずに入られない。そして、私の叫び声と呼応するように、 私の背中からは何かが伸びてくる。それは角のようにグぐっと長く伸びたかと思うと、その間が青い膜で覆われていく、そう、翼となったのだ。
ようやく全身の変化が終わったことを確認した私は、自分の身体におかしなところが無いか確認する。
鋭い爪。
長い尻尾とその先で燃える炎。
爬虫類のような、伝説上のドラゴンを思わせるその顔や翼。
それはまさにポケモン、リザードンの姿そのものだった。
(ハァ・・・久々にやっちゃったな・・・)
私はリザードンの顔で少し残念そうな表情を浮かべながら、首を下げた。
そう、私は火が怖いわけじゃない。ただ、火を見てしまうと、私の中にいるリザードンとしての私が目覚めてしまい、 リザードンに変身してしまうのだ。
「はぁ・・・だから、お前が来るのは反対だったんだ」
不意に私の後ろから声が聞こえて、私は慌てて後ろを振り向いた。そこには、幼馴染の彼が、 呆れた表情を浮かべながらすっかり姿が変わってしまった私のことを見ていた。
「結局、また全て俺の予想通り。・・・4年前とおんなじだな」
「グルルゥ・・・」
私は、少し申し訳無さそうに頭を下げ、長い首を伸ばして彼に擦り寄った。彼は「全く・・・」と小さく呟きながら、 その表情は何処か嬉しそうに私の首をさするように撫でた。
「あの時だって、コンロの火を見て変身して、自分の家を火事にしちまったんじゃねぇか」
「・・・グウォゥ・・・」
「ったく・・・みんなには、お前のこと少し休ませてくるって言ってあるからさ・・・」
私はため息をつく彼を見て更に顔を摺り寄せた。彼に迷惑掛けちゃったのは申し訳ないけど・・・でも、 折角久々にリザードンの姿になったんだから、もっとこの姿を満喫したい。それに・・・私は彼ともっと一緒にいたい。
「何だよ・・・」
「ガゥゥ・・・」
「・・・ハァ・・・分かったよ、少し待ってろ」
彼は私の表情や行動を見て何かを悟ったのか、すっとその手で私の首を退けるようにして私から少し距離を置いた。 そして首を小さく左右に鳴らし、全身を小さく振るわせた。
「っ・・・フゥッ!」
彼が小さく掛け声を上げた瞬間、彼の身体が変化を始めた。彼のてもまた、私と同じように指が3本に減り、 その肌の色は薄い緑色に変色していく。ズボンを突き破って、長い尻尾が伸び、シャツの背を破って、ひし形の大きな翼が生えてくる。
「クゥッ・・・!」
彼が声を上げるのと呼応するように、彼の首は長く伸び、その顔も人のものから変化していく。 目の周りに赤いガラスのようなドーム上の複眼が覆い、眉間から後ろにかけて長く尖った、触角のような角が伸びる。
「フラィ・・・!」
「・・・グルゥ・・・!」
その格好いい姿に、私は思わず喉を鳴らしていた。彼がいたところには、破り捨てられた服と、1匹のポケモン、 フライゴンがたたずんでいた。フライゴンはしばらく自分の身体の各部を見回して、状況を確認すると私の方を見て鳴き声を上げた。
「フラッ!」
「ガゥ!」
私達は互いの姿と声を確認すると、互いの長い首を軽く絡ませながらお互いの存在を確かめ合った。彼もまた、 私と同じようにポケモンに変身できる人間だ。もっとも、私と違ってすっかり変身はコントロール出来るようだけど。
ひとしきり互いのことを確認しあった私達は、2人・・・いや、2匹揃って空を見上げた。・・・雲ひとつ無い、綺麗な星空。 こんな星空の中を、飛びまわったらどれだけ気持ちいいだろうか・・・なんて私の考えが彼に伝わったのか、彼は私の方をじっと見つめてきた。 私も彼に目線を移して、彼に問いかけた。
「・・・グルゥ?」
すると、フライゴンは静かに首を縦に振った。そして再び2匹共に空を見上げて、静かに構えると、ゆっくりと翼を動かし始めた。1回、 2回、そして3回はためかせた時に私の身体はゆっくりと中に浮かび上がった。そしてそこから翼を勢いよく上下させて空高くへと登っていく。 フライゴンも私の横で、同じように飛び上がっていた。
「フラ、フラィ?」
上空まで上がり、ゆっくりと飛びまわり始めたリザードンの私に、フライゴンの彼が声をかけてきた。 私は笑顔を浮かべながら彼に手を差し伸べた。そして、彼は少し戸惑った表情を浮かべながらも、私の手をぎゅっと握り返してくれた。
「グルゥッ!」
私はリザードンの声で嬉しそうな声を上げた。それを見てフライゴンは、複眼の中の瞳を嬉しそうに細めていた。
私たちの眼下では、クラスメイトたちがやっているキャンプファイヤーの炎が綺麗に揺らめいていた。
・・・彼は気付いているのだろうか。あのキャンプファイヤーの炎のように、そして私の尻尾の炎のように、私の心にも、 確かな炎が宿っていることを。そんな思いでフライゴンを見ていたら、フライゴンはもう一度微笑んでくれた。
幼馴染。この切ない距離感は好き。だけど、やっぱり私の気持ちはもっと熱くなっている。もっと傍にいたい。もっと・・・ この距離感を縮めたい。・・・だから。
「グウォウ・・・」
「・・・フラァ?」
「・・・グルゥ!」
私は、自分の想いをぶつけるように声を上げながら、飛びながらと言う不安定な状態で、 リザードンの大きな口をそっとフライゴンの首筋に当てた。・・・本当は、フライゴンの唇に当てたいけど・・・飛んでいる状態だと難しいし・・ ・。
「フッ、フラァィ!?」
フライゴンは少し驚いた表情で、頬を赤らめたけど、しばらくして今度は、フライゴンのほうが私の首筋にその唇を当ててきた。・・・ 私も多分、リザードンの顔がもっと赤くなっていると思う。
そんな私たちの、互いの行動のお陰で高まる互いの体温を、夜の風は優しく涼しくしてくれて心地よかった。・・・やっぱり、 キャンプファイヤーに来て正解だったな。こうして、彼ともまた・・・少しだけその距離を確認できたし。
そして私達2匹のポケモンは、キャンプファイヤーが終わるまでの間、空で想いの炎を熱く燃え上がらせていた。きっと、
燃え尽きることの無い炎を。