フュージョン 第7話
【人間→ポケモン獣人】
by 人間100年様
今から、5年前のこと。
場所はこのオーシャンシティから遠く離れた小さな町、カームタウン。「のどかな町」という意味の名がついたそこは、 周りを青々しい野原が包み、徒歩ですぐ辿り着ける場所に技術が発展した都市があるにも関わらず、 どこか古風な雰囲気が漂うとても小さな人々の拠り所だった。そんな場所に、私は住んでいた。
その時の私は、まだまだ幼稚な9歳の小さい子供。トランスはうまく出来る時と出来ない時とがあって、 まだ完璧にトランスを使いこなせて無かった。そんな私はいつものように朝早く起きて、いつもの場所まで走っていった。
いつもの場所というのは、カームタウンの外れにある木造の小さな家だ。その家は一見すると物置小屋と間違えてしまいそうな程小さくて、 人が住んでるようには見えない感じすらしてしまう。
けれど、私はそんな小さな家に人が住んでいることを知っていた。私はいつものように扉の前に立つと、 その扉を叩きながら家に住んでいる人の名を叫ぶ。
「ヒトミちゃーん!」
「あ、カナちゃん!」
私が叫ぶと、扉越しから女の子の声が響いた。それはこの家に住んでる人の声であるため、別に私は驚くこともなく、 その声の主が出てくるのを待つばかり。少しすると、ドタドタと大きな足音と共に私の目の前にある扉が開いた。
扉から出てきたのは、可愛らしいシャツとロングスカートに身を包み、セミロングの髪をした私と同い年の女の子。そう、 この子がこの家に住んでいる人で、私の親友、ヒトミだ。
ヒトミは私の顔を見ると可愛らしい笑顔を見せて、私に元気な声を聞かせてくれた。
「おはようカナちゃん!今日も来てくれたんだね!」
「うん!だってヒトミちゃんはカナの友達だもん」
「エヘッ、カナちゃんがいつもそう言ってくれるから、ヒトミ嬉しいよ」
私の言葉に、ヒトミは嬉しそうな笑顔で答えてくれた。こんな風な朝の会話はいつもしているけど、この時も私は楽しくて、嬉しかった。 私はそれが顔に出るタイプだったので、私もヒトミと同じような笑顔を零した。
「あ、家入ってよー。今日もいっぱい遊ぼー」
「うん、遊ぼー」
ヒトミに導かれるようにそう言われ、私もそれに答えながらヒトミと一緒に家の中に入る。これもいつものことだけど、 私が日々の楽しみにしていることの1つであり、私がヒトミの家に行く理由でもあった。
家の中に入ると、入口のすぐ目の前に置かれている木で出来たテーブルと椅子が私を出迎えてくれた。 壁に目を向けるとお皿が綺麗に並んだ小さな流し台があり、その反対側の壁にはベッドが2つ並んでいる。 更に部屋の隅に設けられた扉はトイレに繋がっている。6畳ほどの小さな家の中に、それらが集まっていた。
そんな狭い空間を歩き、私達はベッドに腰を掛ける。硬い布団のためか座り心地はあまり良くはなかったけど、 まだ幼かった私はそんなことを気にすることはなかった。私達はお互いに微笑み返すと、楽しそうに会話を始めた。
「ねーカナちゃん、あれからトランスうまく出来た?」
「う〜ん・・・昨日の夜に何回かうまく出来たんだけど、その後すぐにポケモン達が元に戻っちゃって、まだうまく出来ないよ」
「そうなんだぁ・・・。でも、前に見たカナちゃんのトランスがすーっごくカッコ良かったから、また見てみたいなぁ」
「は、恥ずかしいよぉヒトミちゃん・・・!そ、それは私だってうまくなりたいけど、ね・・・」
「『お兄ちゃん』みたいに?」
「・・・うん」
私は恥ずかしさで少し火照った顔を頷かせ、そう答えた。そんな私を見たヒトミはいつものようにクスクスと笑う。
お兄ちゃんというのは、文字通りヒトミの兄のことだ。私が座っているベッドもその兄が使っているものだが、 その兄は仕事で遠くに出ているためあまり家には帰ってこない。ヒトミの両親はヒトミが物心ついた時に亡くなっていて、 兄妹2人暮らしの家庭を養うため、ヒトミの兄は若くして仕事に出ているのだ。
「あの人はすごいよ。いつもお仕事で疲れてるのに、あんなにフュージョンがうまくて・・・。私もあんな風にうまく出来たらなぁって、 いつも思うんだ」
「うんうん、カナちゃんがそう思う事はいいことだと思うよ。でも、ヒトミはフュージョンもトランスも出来ないから、 それが出来るお兄ちゃんとかカナちゃんが羨ましいよ」
ヒトミはその羨ましい気持ちを表情に現しながら、そう呟いた。 自分の兄と違いヒトミがフュージョンもトランスも出来ないことは知っている事だったけど、ヒトミのそういう言葉を聞くと、 私は自分のこの力をヒトミに譲りたくなる。
叶うならそうしたいけど、実際はそんなこと出来ない。だから、私はヒトミに喜んでもらえるトランスをしたい、そういつも思っていた。 ヒトミもそんな私の気持ちがわかっているためか、羨ましそうな表情で笑顔を見せてくれる。
そうこうしている内に、会話はヒトミの兄の話になった。
「そういえば、あの人今度はいつ帰って来るんだっけ?」
「んー?今日だよ」
「今日っ!?えっ、それ本当に!?」
「うん。昨日の夜に手紙が届いてね、今日の朝には帰れるーって」
「そうなんだぁ。じゃあ、そろそろ帰ってくるのかな」
「そうだねー。お兄ちゃんが帰ってきたら、お兄ちゃんとカナちゃんと一緒に遊んでー、 カナちゃんはお兄ちゃんに上手にトランス出来る方法を教わるーっと」
「うん。あの人が帰ってきたら、トランスのやり方いっぱいいっぱい教わるよ」
私は期待に満ちた声でそう答え、瞳を輝かした。それを見たヒトミは頑張ってという気持ちの込められた笑顔を見せ、 じっと私を見守ってくれた。
その時だった。玄関の扉越しから微かに足音が1つ響き、同時にゆっくりと扉が開かれた。私達はまさかっ! と期待を胸に扉の方に顔を向け、開かれた扉をじっと見る。
そして、家の中に入って来たのは、私達の期待していた通りの人物だった。
「ただいま」
そう呟きながら家の中に入って来たのは、迷彩柄の軍人服に身を包んだ青年。その姿を見た瞬間、 私とヒトミはベッドから勢いよく立ち上がり、彼の元へ走った。
「お兄ちゃん!」
声を上げながら走ったヒトミは彼の体に飛び込む勢いでジャンプし、彼の体に抱きついた。彼は驚きながらもその小さな体を受け止め、 そして抱きかかえた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
「ただいま。あと急に飛びかかるなよ、危ないから」
彼はそう答え、抱きかかえたヒトミを床に立たせる。そんな兄妹の久しく微笑ましい再会を、私は笑顔のまま見つめていた。
そう、ヒトミと、その兄であるアキラ兄さんの再会を。
何日ぶり、いや、何か月ぶりに見る顔だろうか。この時の私は久しぶりに見るアキラ兄さんに懐かしさを感じていたためか、 ずっとアキラ兄さんを見ていた。そんな私に気づいたアキラ兄さんは私の方へ視線を向け、声を掛けてきた。
「あ、カナも来ていたのか。久しぶりだな」
「う、うん!お久しぶり、アキラ兄さん」
「・・・やっぱり、その呼び方で呼ばれると違和感があるな。なんか、妹が2人になったような気がする」
「えーっ!?お兄ちゃーん、本物はヒトミだよー!?」
「ハハッ、分かってる分かってる」
アキラ兄さんは微笑しながらそう呟き、目の前にある木の椅子に座った。 家に帰ってくるまで疲れてしまったのかアキラ兄さんは軽くため息を吐き、座ったまま瞳を閉じた。
アキラ兄さんの仕事は、陸軍の兵士だ。
この頃の軍では有力な戦力としてフュージョンやトランスを扱える人々を集め、普通の軍人とは違う特殊な軍人として活動を始めていた。 アキラ兄さんもそれに影響されて陸軍に入隊して、災害地での援助活動等の活動に身を投じている。 そんなアキラ兄さんの活動は戦うためだけだと思っていた私の軍人のイメージを大きく変えてくれて、 私もアキラ兄さんのような軍人になりたいと思ったこともあった。
「ねーねーお兄ちゃん。今回のお仕事はどんなことしたの?」
「あぁ、ホウエン地方のフエンタウンという町の近くの火山付近で地震が起きてな。それによって崩れた岩石の撤去作業だった」
「てっきょさぎょう?」
「物を片づけるってことだ。全く、カナは物わかりが悪いなぁ」
「う、うるさいなー!私まだ8歳だからそんな難しい言葉わからないもーん!」
「あぁ、そうだったな。悪い悪い」
分かりきっていたような表情でそう呟きながら、アキラ兄さんは私を見て微笑んだ。 こういうアキラ兄さんの悪戯心にこの時の私は何度も引っ掛かって、その度に私はよくムキになっていたような気がする。でも、 それはそれで楽しかったから私は本気で怒りはしなかった。
その後も、アキラ兄さんはいろいろと話してくれた。ホウエン地方に向かうまでの軍艦で起きた出来事や、 同じ軍人仲間と一緒に災害地で食べたカレーのこと、撤去作業を終え基地に戻る前日にフエンタウンの人々に感謝の印に貰った温泉卵のことなど、 アキラ兄さんの話はどれも私とヒトミの興味を引くものばかりだった。
しかし、流石に長い時間そんな話を聞いて飽き始めたヒトミが、アキラ兄さんの腕を引っ張り始めた。
「お兄ちゃーん、そんな話はいいから、カナちゃんと外で遊ぼうよー」
「ん?あぁ・・・そうだな」
口元に小さな笑みを浮かべたアキラ兄さんはそう答えると、腕を引っ張るヒトミの頭をそっと撫でた。 本人も疲れているのにヒトミのわがままを聞いたアキラ兄さんは、 自分が帰ってくるまでずっと1人だったヒトミのことを察してわがままを聞いたものだと、その時の私は思った。
そうしてアキラ兄さんは椅子から立ち上がると、腕を引っ張るヒトミの手を取り、一緒に外に出た。私もその後を追うように外に飛び出し、 私達は家の裏に広がる野原まで歩いた。私もそうだったが、アキラ兄さんと手を繋いで歩くヒトミの顔は楽しそうな笑みに満ちていた。
少し歩いて、私達は青々しい野原についた。見渡す限り草が広がり、 何処からか吹いてきた微風によってその草がさわさわと音を立てながら踊っている。そんな場所に私達は足を踏み入れ、そして歩いた。
少し歩くと、アキラ兄さんは足を止めてベルトのボールホルダーからモンスターボールを1つ手に取った。 それを見た私とヒトミも足を止めると、アキラ兄さんは目の前の野原に向けてモンスターボールを放り投げた。 投げられたそれは野原の草と地面にぶつかると、その衝撃で眩い光と共に蓋が開いて、中からポケモンが飛び出した。
出てきたのは、ハガネール。 大きな頭と鋼のような皮膚と剣のような尻尾を持ったその大きなポケモンはのどかな野原には似合わないシルエットだったけど、 私達にとっては久々に見るアキラ兄さんのポケモンであり、とても優しい格好の遊び相手だった。
「わぁ、ハガネールゥ!」
ヒトミは声を高らかに飛び上がって、目の前にいるハガネールに向かって走った。 まだ小さかった私達にとってハガネールは怪獣のような大きさを誇っていたけど、ヒトミはそんな大きなハガネールを恐れることなく、 その鋼の体に抱きついた。
「久しぶり、ハガネール!元気にしてた?ちゃんとお兄ちゃんの力になってあげた?」
ヒトミの言葉をハガネールは理解しているのか、大きな頭を大きく頷かせる。それを見てヒトミは嬉しそうな表情を浮かべて、 そのままハガネールの体をよじ登った。岩を登るように器用にハガネールの体を登って行き、 ヒトミはあっという間にハガネールの頭の上まで登りきってしまった。そんなヒトミを振り落とすことも出来ず、 ハガネールは少し困った様子だった。
「エヘッ、ハガネールゥ!ヒトミを落とさないように動き回ってぇ!」
――――ガ、ガゥ?
「ほ〜らぁ、はやく〜!」
――――ガゥ・・・。
仕方無い、というような鳴き声を上げると、ハガネールはヒトミを頭に乗せたまま野原を動き回った。 ゆっくりと野原を周るように動くハガネールにヒトミは楽しそうな表情を見せて、楽しさのあまり声を上げている程だった。
そんなヒトミの姿を見て、アキラ兄さんは微笑していた。
「全く・・・カナと一緒に遊ぼうと言っておきながら、結局1人で遊んでるじゃないか」
「ハハッ、そうだね」
私は笑いながらアキラ兄さんの言葉に答え、ハガネールと一緒に遊んでいるヒトミを眺める。 アキラ兄さんがいない間にも私とヒトミは毎日のように遊んでいたけど、ハガネールと遊ぶ今のヒトミは今まで以上に楽しそうで、 それでいて満たされていなかったものが十分に満たされているような感じがした。やっぱり、兄が帰ってくると嬉しいんだなぁと、 この時の私は思った。
そう思うと、私は1つの疑問を抱いた。
「そういえば、アキラ兄さんはいつまでここにいるの?」
「1週間だ。撤去作業後の休暇だから、あまり長くないんだ」
「そうなんだ・・・」
それを聞いて、私は少し気を落としてしまった。1週間したら、またヒトミの傍からアキラ兄さんがいなくなってしまう。 またヒトミが寂しい思いをしてしまう。そして私も、アキラ兄さんとしばらく会えなくなってしまう。そんな事を思うと、 私はいつまでもアキラ兄さんがここに居てほしいと願ってしまう。
でも、アキラ兄さんがいなくなるのは、仕事のため。ヒトミが生活できるように支えているのだから、私は居てほしいと願っても、 すぐにその願いを消し去っていた。
代わりに、私はこの1週間を無駄にしない方法を思いつき、それをアキラ兄さんに打ち明けた。
「アキラ兄さん」
「なんだ?」
「私、私ね、まだトランスがうまく出来ないの。だから・・・」
「うまく出来るように教えてほしい、か?」
「う、うん・・・」
唐突なお願いにアキラ兄さんは少し迷いを見せていたが、少し考え込んだ後、アキラ兄さんは私に返事をした。
「・・・お前は物わかりが悪いからな、1週間かけて教えてやる」
「ホ、ホント!?」
「あぁ。フュージョンとトランスじゃ力の感覚が違うからあれだけどな」
「・・・ありがとう、アキラ兄さん!」
私は嬉しかった。アキラ兄さんの優しい言葉が、アキラ兄さんの優しい心が。それに触れられて、私は表情に嬉しさを見せる。
「カナちゃーん、何やってるのー!?カナちゃんもこっち来てよー!」
遠くからヒトミの声が聞こえ、私は声のした方に目を向ける。 視線の先には動き回るハガネールの頭の上でこちらに向かって手を振るヒトミの姿があった。
「ほら、あいつが呼んでるぞ。さっさと行ってこい」
「うん!」
アキラ兄さんの言葉に押され、私は頷きながら元気よく答える。そしてハガネールと一緒にいるヒトミの所まで、私は力強く走って行った。
夕方。
一頻り遊んだ私達はヒトミとアキラ兄さんの家まで帰り、私は遊び疲れて寝ているヒトミをおぶるアキラ兄さんと肩を並べて歩いていた。 夕日のオレンジ色の光に体を染めながら私達はヒトミの寝息に耳を傾け、やがてアキラ兄さんの家に着いた。
アキラ兄さんは寝息を立てるヒトミに呆れた表情を浮かべながら玄関まで歩くと、その表情のまま私の方に顔を向けて話しかけてきた。
「今日は悪かったな。こんな時間までこいつのために付き合ってくれて」
「ううん、別にいいよ。アキラ兄さんがいなかった間も、私達ずっとこの時間まで遊んでたし」
私がそう言うと、アキラ兄さんは「そうか」とだけ呟き、玄関の扉に手を伸ばす。しかし、 ふと何かを思い出したのかアキラ兄さんはその手を止めて、また私に話しかけてきた。
「カナ、トランスの練習・・・明日から始める」
「え?明日?」
「あぁ。時間は昼過ぎから。午前中はヒトミと遊んでやってくれ」
「う、うん!わかったよ、アキラ兄さん」
「フッ、いい返事だな。それじゃ明日、またな」
「うん。バイバイ、アキラ兄さん!」
私は元気よくそう言うと、アキラ兄さんに手を振りながら自分の家へと走った。 その背中をアキラ兄さんは最後まで見てくれていたかどうかわからなかったけど、私は余りある元気を使って目の前の道を走った。
アキラ兄さんの家はカームタウンの外れにあるため、私の家からはそれなりに距離が離れていた。 朝の時はまだ元気があるため気にもならない距離だけど、今の遊び疲れている状態では家まで帰るだけで息が上がってしまう。 それを承知でヒトミと遊んできたわけだけど、やはり夕方の帰り道は疲れて仕方無い。そう思うと私は走っている足の速度を緩め、 ゆっくりと歩くことにした。
そんな時だった。私があの会話を耳にしたのは。
「ねぇ聞いた?この近くの街でアレが起きたんですって」
「アレって、『化け物狩り』のこと?」
「そうそう。あそこで起きた化け物狩りで一家揃って殺されたそうよぉ」
「ホントにぃ?酷いわねぇ、本人だけならまだしも、その家族まで殺しちゃうなんて」
会話をしているのは2人の主婦だった。何か怖い話をしているようだったけど、その時の私にはどんな話なのか全くわからなかった。 聞いてもわからない話に興味がなかった私は、そのまま家まで歩いていった。
この後、私達に悲劇が襲い掛かるとも知らずに・・・。
時が過ぎ、6日後。
その日はアキラ兄さんが仕事に戻る1日前を迎えた日。アキラ兄さんと一緒にいられる最後の日なのに、天気はどんよりとした曇り空。 ゴロゴロと唸り声のような音が雲から聞こえて、今にも雨が降り出しそうだ。そんな空の下で、私とアキラ兄さんはトランスの練習をしていた。
場所はアキラ兄さんの家の裏に広がる野原。ヒトミとよく遊ぶ場所での練習だったけど、午前中にヒトミとは遊んでいたため、 今この場所にヒトミはいない。遊び疲れて家で1人昼寝をしているのだ。もっとも、 この練習はヒトミが目覚めるまでの少しの時間でいつもやっているけど。
そんな私の目の前には、ピジョット、ヨルノズク、オオスバメの3匹がいる。 このポケモン達は私が初めてアキラ兄さんと出会った時に捕まえて、一緒に遊んでいるうちに成長した、ヒトミとアキラ兄さんに次ぐ私の親友だ。 ヨルノズクが眠たそうに頭を揺らしたり、オオスバメが草をつっついて遊んでいるが、私はそんなことを気にしている暇ではなかった。
何故かと言われれば、目の前にいるアキラ兄さんがいつもに増して真剣な表情だったからだ。 陸軍で鍛え上げられたと思うその精神力と集中力に私は圧倒されてばかりだったが、それに負けないように私も真剣な顔つきになる。
そうしている内に、アキラ兄さんが話し始めた。
「今日で最後の練習になるだろうが、ここまでの練習でお前も大分トランスがうまくなったと思う。 今日はいままでの練習の最終チェックだ」
「うん、わかってる」
「よし。だが所々不安要素がありそうだから、その時は俺が言う」
「うん」
「なら、トランスを始めろ。まずは自分の神経を1つにまとめる所から」
アキラ兄さんの真剣な言葉に私は頷きで答え、ゆっくりと目を閉じる。視界が真っ暗になったと同時に私は右手を高く上げ、 掌を大きく開く。一見すると変な姿だけど、これが私にとって1番神経を1つにまとめることが出来る形だから仕方がない。
右手の掌に神経を集中させ、私は次の段階に入る。
「神経を1つにまとめたな。なら次は1つにまとめた神経でポケモン達の神経を感じ取れ」
アキラ兄さんの助言と共に、私は掌に集中させた神経で目の前にいるだろうポケモン達を探す。 目を閉じているためこの作業は自分の感覚で行っているけど、私は確かに目の前に3匹のポケモンがいることを感じ取り、 そしてそのポケモン達が何を考え、何をしようとしているのかが手に取るようにわかった。
ここまで来れば、残りの作業も少なく、次の段階に行ける。
「ポケモン達の神経を感じ取ったら、そのポケモン達に自分のトランスをしたい気持ちを命じろ」
アキラ兄さんの言葉を合図に、私は手に取るようにわかるポケモン達の神経に言いつける。皆と1つになりたい、皆と一緒になりたい、と。 そう強く言いつけた瞬間、目を閉じて暗くなっていた私の視界が明るくなり、瞼をも通過する程の温かい光が私の右目、右手、 そして背中にくっついているのを感じた。
光を感じることが出来たら、もうトランス出来たも同然。私は最後の段階に足を踏み入れる。
「お前の気持ちにポケモンが従ったら、自分の頭の中で理想のトランスを強く描け」
最後になるだろうアキラ兄さんの助言を耳にし、私は頭の中で自分のトランスをイメージした。天使の弓矢のような形をしたピジョットと、 映画に出てくるスパイがつけているゴーグルのような形のヨルノズク、そしていつか見た飛行機のジェット噴射器のような形のオオスバメ。 それら全てを頭の中で強くイメージし、それらをイメージの中で装着する。
そして、不思議と私はこう叫んでいた。
「トランス!!」
ふいに出た叫び声が自分の耳に響いた瞬間、瞼をも通過していた光が更に強い光を出して、 目を閉じて暗いはずの私の視界を完全に真っ白くした。目を防ぎたくなる程の光のはずなのに不思議とその光は眩しくなく、 いつまでも眺めていたいと思うほどに温かい。けどその光はしばらくすると輝きを失っていって、目を閉じた私の視界はまた暗くなってしまった。
その時、アキラ兄さんの声が聞こえた。
「うまく出来てるな。俺からすれば合格だ」
「ホント?」
「あぁ。目を開けて自分で見てみろ」
アキラ兄さんの言葉に誘われるように、私はゆっくりと目を開く。すると、右目の視界だけがオレンジ色に染まっていて、 遥か遠くにある木々が見えるほど右目がよく見えていた。
その時、私はようやく気付いた。私の右目、右手、そして背中に、先程頭の中でイメージしたトランスが装着されていることを。
「わぁ、出来たぁ!」
それを見て、思わず私は大声を上げる。ここまでの間に何度か完璧なトランスは出来ていたが、トランスが出来るとやっぱり嬉しい。
「騒ぐなカナ。トランスが出来たからっていちいち喜んでたらキリがない。 それにトランスって奴は本来なら幼稚園児でも出来るものなんだぞ?」
「え?そうなの?」
「あぁ。だからお前にも出来て当然なんだ」
「そうなんだぁ・・・。そう思うと、やっぱり嬉しい!」
「はぁ・・・まぁ別にいいが、トランスが出来たら今度は自分でいろいろそれを使ってみろ。 頭の中でイメージすればお前のトランスはそれに従う」
「うん!」
私は頷きながら大きな声でそう答え、試しに頭の中でオオスバメのジェット機で空を飛ぶイメージをした。 大きな火を出しながら私の体が鳥のように空を飛ぶ。そんな夢のようなことをイメージした瞬間、 オオスバメのジェット機の噴射口から猛烈な音と共に炎が噴き出した。
突然の事に驚いている間に私の体はその炎によって宙に浮き、私は空を飛んでいることを実感した。 地面に足がつかない事に少し怖くなった私は空を飛ぶイメージを頭から無くすと、オオスバメのジェット機から噴き出していた炎が途絶え、 宙に浮いていた私の体は地面に落ちた。足から着地した私は改めて空を飛んでいたことを実感し、 そしてうまくトランスが使えたことに嬉しさを感じた。
「うまくトランスも使えるようだな。だがそのトランスだと・・・少し危なっかしいな」
「えーっ!?大丈夫だよ、すぐにマスターするから!」
「ハハハッ、それだけやる気があるならすぐマスター出来るな。とりあえずトランスがうまく出来ただけでも良かったとするか――――」
アキラ兄さんが話していたその時、それは私達の耳に入り込んだ。
それは、足音。それも1つではない、幾つもの足音。
足音がした方向を見ると、そこには大人達が立っていた。年齢もバラバラで着ている服にも特に共通点はない人達が、 ざっと数えただけで20人。こんな野原にそんな大人数で大人がいることに驚いたけど、その人達が手にしているものにも驚きを隠せなかった。
なぜなら、大人達が手にしているのは、鉈や斧といった刃物だったからだ。明らかに場違いな代物に、 私は思わずアキラ兄さんの後ろに隠れる。アキラ兄さんも私を守るように腕で軽く私を覆い隠して、鉈や斧を手にした大人達を睨みつけた。
「お前達、何者だ?」
アキラ兄さんの問いかけに対して、大人達は何も答えない。ただじっと、目の前の獲物を睨むように鋭い視線でこちらを見ている。 そうしてしばらくの沈黙が続いたけど、やがて大人達の中の1人が口を開いた。
「陸軍一等兵、アキラとは貴様のことだな?」
「そうだが、何故お前達がそれを知っている?」
「・・・化け物め」
大人の1人がそう呟くと、周りにいた大人達が鉈や斧を一斉に構え始める。私には一体何が起きるのか全くわからなかったけど、 その時のアキラ兄さんは身に感じる危機をすぐに感じ取っていた。
「化け物は・・・・・ここで死ねぇ!!」
1人の大人が大きな声で叫び出すと、周りの大人達が雄叫びをあげながら一斉に襲い掛かって来た。地に生える草を踏みにじり、 獲物に襲いかかるハイエナのように、大人達は私達に迫って来た。怖くなった私はアキラ兄さんの腕にしがみ付こうとしたけど、 アキラ兄さんはそれよりも早く私に小さく叫んだ。
「カナ、空へ飛べ!お前のトランスならここから逃げられる!」
「えっ?や、やだよ、怖いよ!それにアキラ兄さんは――――」
「いいから飛ぶんだ!俺の事は心配しなくていい。頭の中で空を飛ぶ自分を描いて、空高く飛べ!」
「う、うん!」
アキラ兄さんの強い言葉に私はこれ以上何も言えず、頷きながらそう答えた。私はアキラ兄さんの言われた通りに頭の中でイメージをし、 オオスバメのジェット機から炎を噴射させた。それによって私の体は空高くへと舞い上がり、あっという間にアキラ兄さんの上空まで辿り着いた。
それと同時に、アキラ兄さんはベルトのボールホルダーからモンスターボールを取り出して、 それを襲いかかってきた大人達の目の前に投げる。地面とぶつかったモンスターボールが勢いよく蓋を開いて、 眩い光と共にポケモンが飛び出した。
出てきたのは、ハガネール。鋼の体と大きな頭を持つ巨大な蛇が大人達を威嚇するように大きな鳴き声を上げて、 鋭く大きな目で大人達を睨む。大人達は目の前のハガネールに驚いたのかその足を急停止させ、1歩2歩と後ずさった。 その間にハガネールはアキラ兄さんを守るようにその周りにとぐろを巻き、 とぐろの中央で仁王立つアキラ兄さんはハガネールの体を撫でながら大人達に視線を向ける。
「いきなり襲いかかるとは外道並の神経だな。お前達、何者だ?」
「このぉ・・・ポケモンと融合する化け物め・・・」
「トランス使いの子供を手駒にして、俺達に害を成そうとするとは・・・」
「・・・なんのことだ?それにその口だと、俺を化け物だと言っているようだが」
「その通りだ!俺達は貴様ら化け物を狩る『化け物狩り』!お前達はポケモンと融合することで、俺達に害を成そうとしている!だから・・ ・貴様らを叩きのめす!!」
大人達の1人が雄叫びを上げると、それに合わせて周りの大人達も雄叫びを上げ、一斉にアキラ兄さんに襲いかかった。しかし、 とぐろを巻くハガネールに守られたアキラ兄さんはそんな大人達を前にしても恐れるような表情を1つも見せずに、 むしろ半分呆れた様子を見せていた。
「フュージョンが『化け物』か・・・。そんなことをほざく奴らに、フュージョンする必要もないな。ハガネール、ロックブラストだ」
――――ガゥゥ!
ハガネールが「わかった」と言うような鳴き声を上げると、ハガネールは大きな口を開き、開いた口を大人達の方へ向ける。そして、 ハガネールは躊躇うことなく大人達へ向けて口から大きな岩を発射した。
大砲の如し勢いで放たれた岩石は真っ直ぐに大人達へと迫り、それを見た大人達は慌ててその場から逃げて岩石を避ける。 岩石は野原の地面に衝突して、その地面にめり込んでいた。そんな威力を持つ岩石をハガネールは口から何回も撃ち出して、 大人達を追い払っていった。
アキラ兄さんから距離を離した大人達は攻めようにも迫られない状況に苦しそうな表情を浮かべ、 ただただ手にしている鉈や斧を構えているだけだった。何も出来ないで苦しむ大人達を見て、アキラ兄さんは口を開いた。
「このハガネールは軍隊で特別な訓練を受けている。だから人を襲う事にこいつは何も思わない」
「クッ・・・ポケモンまでも悪にするとは・・・」
「化け物狩りと言ったな、お前達がフュージョン使いを化け物という理由は知らないが、 これ以上俺に攻め入るようならタダではおかないぞ」
「この・・・・・仕方無い、ここは一旦引くぞ。1人片づけたことだしな」
「『1人片づけた』・・・?」
「ヘヘヘッ!家に帰るのを楽しみにするんだな!」
そう言い残し、大人達は逃げるようにその場から立ち去って行った。 アキラ兄さんから大人達が離れて行ったのを見た私は地面に着地するイメージをしながらゆっくりと地面に降下していき、 イメージした通りにゆっくりと地面に着地した。地面に着地した私がアキラ兄さんを見ると、 アキラ兄さんはハガネールをモンスターボールに戻している所だった。
ハガネールを納めたモンスターボールをボールホルダーにしまうアキラ兄さんに私は駆け寄り、アキラ兄さんの顔を見る。 その顔は何処か険しく、それでいて疑問を抱いているような表情だった。
「アキラ兄さん?」
「1人片づけた・・・家に帰るのを楽しみに・・・・・・・ま、まさかっ!」
突如大きな声を上げたアキラ兄さんに私は思わず声を上げて驚くと、それを他所にアキラ兄さんは走り始めた。 いきなり走りだしたアキラ兄さんに私は動揺けれど、今まで見せなかったアキラ兄さんの異様な様子に私もアキラ兄さんの後を走った。 息を荒くしながら、ただひたすらに。
全速力で走るアキラ兄さんの歩幅と私の歩幅にはかなりの差があったため、アキラ兄さんと私との距離は徐々に離れて行く。けど、 私はそれに負けないように力強く走り、アキラ兄さんの背中に喰らい付くように走った。 そうしているうちにどんよりとした雲から大きな滴が1つ2つと落ちてきて、やがてそれは音を立てる程の雨に発展した。
大粒の雨が降り、私達の服は雨によってびしょびしょに濡れ始める。しかしそんな事などお構いなしに私達は走り、 雨に潤う野原を駆け抜けて行く。やがて私達はアキラ兄さんの家まで辿り着き、雨の音を耳にしながら、 私はアキラ兄さんと一緒に家の中に駆け込む。
そして、私達は絶望した。
私の目に映ったのは、玄関の目の前にあるテーブルの上に倒れたヒトミの死体。小さな体の胸や腹、背中や手足に至るまで切り裂かれ、 その傷口から流れた大量の血が床に滴り落ちていた。私はその赤い空間に倒れているヒトミに、何も言葉が出なかった。
「そ、そんな・・・ヒトミ・・・」
アキラ兄さんは生気を感じさせない声を発して、ふらついた足でテーブルに横たわるヒトミの死体に近づく。 雨でびしょびしょ濡れた体から垂れる滴が床に広がる血の湖に垂れ落ち、静かな水音を響かせる。 ヒトミの傍まで来たアキラ兄さんはテーブルの上にあるヒトミの小さな体を抱きかかえ、そのまま力を無くしたように血の湖に膝をつけた。
「どうして・・・どうしてヒトミがこんな目に・・・!!どうして・・・どうして・・・!!」
アキラ兄さんは傷だらけのヒトミの体を抱きしめ、泣き叫んだ。 ヒトミの血だらけの体はアキラ兄さんのびしょびしょに濡れた体によって血を洗い流され、冷たくなった体をアキラ兄さんはただただ抱きしめる。
「・・・・・ヒトミイイィィィィィ!!!」
その後も、アキラ兄さんは泣き叫んだ。
大粒の雨が降る中で、
私は、
ヒトミの死体を抱えて泣き叫ぶアキラ兄さんを、
ただ見ていることしかできなかった。
「その次の日、アキラ兄さんはカームタウンからいなくなりました。陸軍に連絡してもアキラ兄さんは戻っていないって言われて、
アキラ兄さんはそのまま何処かへ行ってしまったんです・・・」
黙々と、過去を語ったカナ。それに耳を傾けていたジンは、今にも泣き出してしまいそうな程その瞳を潤していた。
「酷過ぎる・・・。化け物狩り、そんなことが5年前に起きていたなんて・・・」
「この事実を知ってる人は意外に少ないから、初めて聞いた人はみんな驚きます。ヒトミが殺された後、 私はその日から化け物狩りを倒そうと必死になって情報を集めました。けど、 その時まだ子供だった私の収集力ではほんの少ししか情報が手に入らなくて・・・。でも、 カームタウンに何度もやってくる化け物狩り達を追い払うために、私はそれから1年間、戦いました」
「1年も・・・。それでよく化け物狩りも諦めなかったですね」
「向こうは、アキラ兄さんがまだカームタウンにいるものだと思っていたみたいで、それを言わなかった私もいけなかったんです。でも、 その1年の間に地方の法律に化け物狩りを処罰する法が出来て、それ以降の化け物狩りは無くなって事件は解決したんです」
「っ?じゃあ、アキラさんの願いは何なんですか?まさか、殺された妹を生き返らすこと・・・ですか?」
ジンは不安げにカナにそう問いかける。その問いかけにカナは首を横に振って答え、更に口を開いた。
「大蛇の涙は、命を蘇らせるような願いは範囲外なんです。ただ、人を殺すような願いは叶いますけど・・・」
「で、でも、化け物狩りはもう無くなったんですよね?なら、人を殺す願いを叶えても・・・」
「はい・・・。化け物狩りが無くなって、もうあの事件は解決したはずなんです。でも・・・アキラ兄さんの中では、 まだ解決されていなかったんです」
「どういうことですか・・・?」
「・・・あの後、化け物狩りが無くなった後、いろいろな街や都市に潜んでいた化け物狩り達が次々に惨殺される事件が起きたんです。 そして、それを起こしている犯人が、ハガネールのフュージョン使いという噂が流れて・・・。 私はすぐにそれがアキラ兄さんの仕業だとわかりました」
「あ、アキラさんが化け物狩りを!?」
「はい。それで・・・私はいろいろな所から入るアキラ兄さんの情報から、あの人の願いがわかったんです」
「アキラさんの願いって、一体・・・?」
ジンの言葉が静かに響き、数秒の沈黙が広がる。静けさを保っていた2人だったが、少ししてようやくカナがジンの問いかけに答えた。
「ジンさん、今この世界に、ほんの少しでもフュージョンする人を化け物だと思う人がどれぐらいいると思いますか?」
「え?い、いきなりそう言われても・・・・・世界だから、1万人ぐらいかな?」
「・・・少な過ぎですよ。初めてフュージョンを見た時に化け物だと思う子供だって数に含まれるんですから。言ってしまうと・・・・・ 今ある世界の人口の・・・3分の2です」
「さ、3分の2!?」
「はい・・・。今のアキラ兄さんは、化け物狩りだけじゃなくて、少しでもフュージョンを化け物だと思う人を殺そうとしてる」
「ま、まさか・・・アキラさんの願いって・・・」
アキラの願い、それをジンはカナの言葉によって察し始めていた。そのジンにカナは頷き、そして言った。
「アキラ兄さんの願いは・・・その3分の2の人達を殺すこと。自分の妹を惨殺した、 フュージョン使いを化け物だと思う人達を殺すことなんです」
カナの口から発せられた言葉は、殺戮を意味する言葉。アキラが叶えようとしている願いは、正にその殺戮。 復讐心から生まれた全世界を滅ぼしかねない願い、それがアキラの願いだった。その事実を知ったジンの表情は驚き以外の何もなく、 驚きの余りに手に汗を握っていた。
「そんな・・・アキラさんがそんな願いを・・・」
「・・・このままアキラ兄さんの願いが叶ってしまったら、無意識にフュージョンが化け物だと思った人すらも死んでしまう。 そんなことになったら、フュージョンを化け物だと思った以外に何も罪もない人々が、大勢死ぬことになるんです。 それを止めるために私はここまで来たけど・・・アキラ兄さんを前にして負けてしまって・・・」
言葉を発するカナの声が歪み始め、その目から大粒の涙が零れ出す。零れた涙は頬を伝い滴となって落下し、 膝の上に置いた自分の手に垂れ落ちる。その滴から、ジンはようやくカナが泣いていることに気づいた。
「アキラ兄さんを止めることが出来るのは・・・もう・・・ジンさんしかいないんです・・・。だからお願いです・・・アキラ兄さんを・・ ・アキラ兄さんを・・・」
「・・・わかりました」
静かに、それでいて優しさの込められた声でジンがそう答え、垂れ落ちた涙に濡れたカナの手を優しく握った。 温かなジンの温もりにカナは涙に濡れた顔をジンの方へと向け、ジンも潤ったカナの瞳を見つめる。
そして、ジンは断言した。
「アキラさんは、僕が止めます。3分の2の人間が死ぬのを止めるために」
「ジン・・・さん・・・」
「・・・それに、僕にも叶えたい願いがある。その願いを叶えるためにも頑張るから・・・・・だからもう、泣かないで・・・」
そう呟き、ジンはカナの頬を伝い涙を指でそっと拭う。他人のはずなのに、 ついさっき出会ったはずの面識もない同い年の少年であるはずなのに、とても優しい指の温もり。それを感じてかカナの涙は止まることなく流れ、 それを必死に止めようとカナは目をギュッと閉じる。
「ありがとう・・・・・ホントに・・・・・ありがとう・・・・・」
カナの口から声ではない声が零れ、カナはそのままジンの胸に顔を押し付け、抱きついた。小さな子供のように泣きじゃくるカナに、 ジンはそっとカナの頭を撫でる。
そして、胸に感じるカナの涙の感触と共に、ジンは再び決心した。自分の願いのために、罪のない人を助けたいカナのために、 次の試合でアキラを倒すと。
To be continued...