2008年09月30日

トランスフルパニック! 第5話

トランスフルパニック! 第5話「滲む未来」

【人→ポケモン】

 

孤独なんて、もしかすると思い込みなのかもしれない。孤独だから不安に感じるし、不安だから孤独に感じる。だけど、 傍に誰かがいるだけで、簡単に心強くなれたりもするんだから。

 

 

 

「どう?少しは落ち着いた?」

「・・・はい、何とか」

 

マネージャーの問いかけにあかりは小さな声で答えると、手に持っていたカップを口元に運んだ。温かいココアが喉を通り、 その熱が体全体を暖めていく。そして口からカップを離し、小さなため息をついた。

 

こうして、落ち着いた空気の中でマネージャーと2人きりでいると、2人とも口数がいつもより少ない以外は、 いつもと変わらない雰囲気だった。とても、あんなことがあった後とは思えないほど、とてもゆったりとした時間を過ごしていた。 あかりがそれを望んでいたし、マネージャーもそのことを感じ取ったからこそ、 なるべくいつもと変わりのない時間を過ごせるようにと気を配っていた。

 

だが、その雰囲気を打ち破ったのはあかりの方だった。

 

「・・・あの後、どうなりました?」

「どうなったって、何が?」

「番組。・・・放送、中止ですか?」

 

聞くのに勇気が必要だった。しかし、不意ではあってもあかりは今回の事件の張本人。自分が何をして、どうなったのか、 知る必要が有った。

 

「・・・何処まで、知りたい?」

「出来るなら、全てを」

「・・・あかりちゃんに、言える範囲で話すよ」

 

マネージャーは少し言葉に間を置いて、ゆっくりと状況を説明し始めた。

 

「まず、あかりちゃんがヒトカゲに変身していく様子は、全部生で流れた。全国に」

「ッ・・・!」

「・・・番組は中止。その後はテレビ局に電話が鳴りっぱなし。ウチの事務所にも・・・あとは、ゲームの販売会社や製作会社にも」

 

それまであかりのために表情を作っていたマネージャーの顔が、少しだけ困惑と疲れで歪んで見えた。あかりは改めて、 起こった出来事の大きさを痛感した。全国の人が、あかりがヒトカゲに変身するところを見てしまった。 きっとその様子はニュースなどで取り上げられて、リアルタイムで見なかった人達にも知れ渡るだろう。更にその映像は恐らく、 動画サイトに投稿されて世界中の人が見ることになるかもしれない。

 

あかりがヒトカゲに変身してしまったことを、世界中の人が知ることになる。そうなれば、芸能界でやっていくことだけでなく、 普通に生活することさえ困難になってしまうのではないか。あかりの胸に不安がよぎった。

 

「本当に・・・続けられるんですか?」

「・・・タレント業のこと?」

「だって、こんな状況じゃ、外に出て普通に歩いていたって、きっと指をさされたりするはずです!・・・そんな状態じゃあ・・・」

「それを考えるのは、僕等大人の仕事だよ。あかりちゃん」

 

マネージャーは優しい表情のまま、だけど少し強い口調であかりの言葉を遮るようにして言った。普段あまり耳にしない、 マネージャーの強い口調に、あかりは少しびくついた。そして、何となく感づく。マネージャーもまた、 今まで経験した事の無い今回の事態に対して、焦りや戸惑いを抱いていることに。

 

それはそうだ。自分の担当するタレントがポケモンになってしまったマネージャーなど、今世界にただ一人、彼だけだろうから。 それだけに、プレッシャーもかかっているのかもしれない。

 

「これからどうすればいいのか・・・どうすればあかりちゃんをもう一度タレントとして活躍させてあげられるのか・・・、 社長とも相談して方針を決めようと思ってる」

「・・・いつ、決まるんですか。それは」

「出来るだけ早く決めたいとは思ってるよ」

 

マネージャーの答えにならない答えを聞いて、あかりは何も返事をしないまま俯いて、もう一度ココアを口に運んだ。

 

「そのためにはどうしてあかりちゃんがヒトカゲに変身してしまったのか、それを知る必要があると思うんだ」

 

真っ直ぐあかりの方を見つめながら、マネージャーは言葉を続けた。

 

「だから、まずは医者に見てもらおうと思って、呼んだんだ」

「呼んだって・・・お医者さんを?」

「うん、もうすぐ出来てくれるはずだ」

「・・・病気じゃないんだから、お医者さんに見てもらっても・・・」

「実際その医者は、既にポケモンに変身した人間を診たことがあるらしいんだ」

「えっ・・・!?」

 

あかりは眼を丸くしてじっとマネージャーの方を見た。マネージャーの今の説明は、 自分以外にポケモンに変身した人間が既にいるという意味になる。

 

「私のほかにも、ポケモンに変身しちゃった人間がいるの?」

「信じ難いけど、別にありえない話じゃないだろ?・・・あかりちゃんだって、現に・・・」

「それは・・・そうだけど」

 

もし、既にポケモンに変身してしまった人間がいたというなら、ニュースにでもなっていいはずなのに、 あかりは今までそんな話は聞いたことなかった。どうも信憑性が疑わしい。

 

「だからとりあえず、一旦着替えてその医者を待とう。医者の言っていることが真実なのかどうかは、 会って話を聞いてからでも遅くは無いと思ってる」

「そう・・・ですね」

 

あかりはあまり気乗りしなかったものの、マネージャーの言うことには一理有ると考え従うことにした。それに、 さっきからずっとあかりは、マネージャーがかけてくれた上着を一枚羽織っている意外は何も身につけていない状態だ。このままの姿で、 マネージャーなどの親しい人以外に会うのは嫌だった。

 

「じゃあ、一旦着替えるから・・・外出てもらっていいですか?」

「わかったよ。着替え終わったら声かけてね」

 

マネージャーはそう言って立ち上がると楽屋から出て行き、あかりはひとりきりとなった。小さくため息を吐き捨てながら、 あかりはマネージャーの上着を脱いで、一糸纏わぬ姿となる。

 

「・・・ポケモンに変身しちゃう人間・・・か」

 

ポツリと呟きながら、自分の手を見た。いつもと変わらない、すらりと伸びた指。見ているだけで、自分はまだ人間なのだという、 安心感を得ることが出来た。そして同時に、この手が変形していき、人間のものではなくなってしまったあの瞬間のことも、 はっきりと覚えていた。自分が自分でなくなる恐怖。

 

「・・・だめだ・・・考えないようにしよう・・・」

 

ちょっとでも考えると、手が振るえ、息が乱れ、胸が苦しくなった。それだけ、 あかりにとってあの変身は心に受けた影響の大きいものだった。あかりはパンと自分の顔を柔らかく叩き気持ちを入れ替え、 ハンガーにかかっていた自分の私服へと手を伸ばして取ろうとした、まさにその瞬間だった。

 

「・・・ァッッシュン!」

 

万全で無い体調で、少しの間裸でいたせいなのか、急に鼻がむずむずとしてくしゃみが出てしまった。

 

「ぅぅ・・・さっさと着替えなきゃ・・・」

 

あかりは、くしゃみのタイミングで思わず引いてしまった手を、再びハンガーへと伸ばした。しかしおかしい。 十分ハンガーが届く距離にいるはずなのに、ハンガーに手が届かない。そう気付いた時、あかりは嫌な予感を覚えた。まさか。

 

あかりは慌てて自分の手を確認した。そして、愕然とする。自分の嫌な予感が的中してしまったことに。

 

あかりの手は、そして腕はオレンジ色に変色しながら短くなり始めていたのだ。

 

「嘘・・・何で・・・!?」

 

もう1度経験しているから分かる。自分に何が起ころうとしているのか。でも、信じたくなかった。折角人間に戻れたのに、このまままた、 ヒトカゲになってしまうのか。もし今度ヒトカゲに変身してしまったら、今度こそ戻れないかもしれない。あかりの不安は広がっていくが、 変化は容赦なくあかりを襲っていく。

 

あかりの細く長い指は、まるで子供の手のように小さくなったかと思うと、指は更に短くなり、とうとう3本の身近な指に白い爪の生えた、 ヒトカゲの手と化してしまう。

 

体全体が縮んでいき、その骨格も人のものではなくなっていく。足は平べったく大きくなり、手と同じように指は3本だけになっていた。 お尻からはぐぐっと肉が盛り上がり、一気に伸びて太く長い尻尾へと変化した。

 

「いや・・・ヒトカゲになんか、なりたくない・・・駄目、誰カ・・・カゲ・・・止メテ、ト・・・カゲ・・・カゲェェ・・・!」

 

助けを呼ぼうとする力の無い声が、徐々にあかりの綺麗な声ではなくなり、ヒトカゲ独特の鳴き声へと変化していく。 人間でありたいと声を出せば出すほど、人間ではないことを証明してしまう皮肉。そしてその声の変化と共に、 あかりの顔はあかりでなくなっていく。

 

自慢の美しい髪は消えてなくなり、つるっとした丸い頭が姿を現す。その頭も勿論オレンジ色。眼は青く変色し、大きくなっている。 口は大きく左右に裂け、口元には小さな牙が姿を現していた。

 

「カゲ・・・カゲェ・・・!」

 

弱弱しいヒトカゲの鳴き声が、楽屋にこだまする。また変身してしまった。また人間ではなくなってしまった。ヒトカゲは、 既に完全に変化が終わってしまった自分の身体を見渡しながら、その心を悲しみで埋め尽くそうとしていた。さっき変身した時は、 身体が非常にだるくすぐに気を失ってしまったため、悲しみに浸る間もなかったが、今回は違う。意識がはっきりとしている。変化が終わっても、 気を失う気配が無い。それは、1秒1秒時間が経つごとに、自分をヒトカゲとして認めなければならないという苦痛を生んでいた。

 

「カァ・・・カゲ、カァゲェェ・・・!」

 

言葉を話したい。自分は人間だと主張したい。だけど、それは今の彼女には、ヒトカゲには出来ないことだった。服を着ようにも、 小さくなってしまったこの手ではまともにものは着られないし、身体も小さくなってしまった以上、彼女の服も合わない。尻尾が生えている以上、 スカートやズボンも履けない。人間らしいことが何一つ出来ないこの体。その不安と悲しみは、徐々にあかりの心を追い詰めていき、 やがて青く清んだ瞳が潤み、一筋の涙が頬をつたって落ちていった。

 

(どうして・・・私がこんな目にあわなきゃいけないの・・・!?)

 

理不尽すぎるこの出来事に、あかりの気持ちは押しつぶされそうだった。自分で自分をどうしていいか分からないジレンマ。 何かをしなければいけないが、一体何をすればいいのか分からず途方に暮れていたその時だった。楽屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

「あかりちゃん?入るよ?」

 

マネージャーの声だった。その瞬間、あかりはとっさに叫んでしまう。

 

『嫌っ!入らないで!』

 

しかし、マネージャーの耳にはきっとこう聞こえたはずだった。

 

「カゲッ!カゲカゲェ!」

 

紛れも無いヒトカゲの鳴き声。マネージャーは慌ててドアを開けて中にいるはずのあかりを探した。しかし、 マネージャーの目に飛び込んできたのは、まるで自分の姿を隠そうとするかのごとく、その身を屈めてうずくまる、一匹のポケモンの姿だった。

 

「あかりちゃん・・・また、変身・・・!?」

「カゲ・・・」

 

ヒトカゲはうずくまったまま、小さく鳴き声で答えた。人間でなくなってしまった姿を誰かに見られるのは、やはり怖かった。 例え事情を知っているマネージャーであっても、見てほしくはなかった。

 

しかし、そんなあかりの気持ちを裏切るようにして、声が聞こえてきた。

 

「ちょっと、見せてもらっていいですか?」

 

それはあかりの知らない声だった。マネージャーの後ろから聞こえた、若い男の声。あかりが顔を上げて確認すると、 マネージャーの背後に、20代後半ぐらいの白衣を着た青年がいて、マネージャーをかわすように前へと出てきて明かりへと近づいてきた。 あかりはおびえた様子で、一歩後ろへ下がろうとする。

 

「大丈夫。怖がらないで」

 

医者と思われる男は、優しい口調でヒトカゲに話しかけた。ヒトカゲは後退を止めて、しかしおびえた様子でその場に固まってしまう。

 

「確かに、ポケモンに変身してしまっているようですね」

 

医者の男は、マネージャーの方を振り返りながらそう告げる。

 

「あかりは、元に戻れるんですか?」

 

マネージャーは心配そうに問いかけた。すると医者は少し眉をひそめながら答えた。

 

「恐らくは」

 

短くそう答えただけだった。そして、マネージャーが更に何か言おうとしたが、それを遮るように医者は声を上げた。

 

「じゃあ、入ってきていいよ」

 

医者がそういうと、マネージャーの後ろから更に1人現れる。今度は、あかりと同い年ぐらいの少女だった。

 

「後は任せてもいいかな?」

「はい」

 

医者と少女がそう言葉を交わすと、医者はマネージャーを連れてすぐに楽屋の外へと出て行ってしまった。

 

「カ、カゲェッ!?」

 

少女と共に取り残されたあかりは、ヒトカゲの声で思わず叫んでしまった。あの医者は何のためにここに現れたのか、 そしてさっきからジロジロとこちらを見ているこの少女は一体誰なのか。あかりの頭ははてなマークでいっぱいだった。

 

「うーん、やっぱり芸能人だからかなぁ・・・」

 

それまでずっと黙っていた少女が、おもむろに口を開いた。

 

「やっぱり、ポケモンの姿も可愛いなぁ・・・生まれながらのモノなのかな、こういうのも」

「カゲェ・・・?」

 

独り言のように呟く少女に、ヒトカゲは戸惑いを隠せなかったが、少女の奇行は更にエスカレートする。突然着ていた服を脱ぎ始めたのだ。 唖然とし立ち尽くすヒトカゲに向かって、少女は服を脱ぎながら声をかけた。

 

「待っててね。今、貴女の話を聞いてあげるから」

 

あかりの頭はますます混乱した。一体どういう意味なのか分からないまま、目の前で少女はとうとう何も身につけない状態となった。 そしてあたりを見渡し、ティッシュペーパーを見つけると、そこから一枚引き出してこよりを作った。

 

「ヨイショっと・・・」

 

そして作ったこよりを自分の鼻へと注し込み、しばらく動かしていた。そして。

 

「ァ・・・ックシュンッ!」

 

少女は一つ大きなくしゃみをすると、こよりを放り出してそのまま両手を地面へとつけて四つん這いとなった。 一体この少女はさっきから何をしているのか・・・あかりはヒトカゲの顔を歪ませながら困惑していたが、 しばらくしてその表情が驚きのものへと変わっていった。そして少女は、ヒトカゲが自分の変化に気がついたことを察すると、彼女に声をかけた。

 

「よく見てて。これが・・・変身するってことだから」

 

変身。そう、彼女も変身し始めていたのだ。

 

地面につけた手は、指が徐々に短くなっていき、ついには手と同化して代わりに身近な爪が手から伸び、 あっという間に小さな前足へと変化した。腕も脚も短くなっていき、その肌は青緑に変色していく。少女が身体をよじらせると、 その身は徐々に縮んでいき、背中からは何か植物の蕾のようなものが生え始めていた。

 

その様子を、ヒトカゲはただただ黙ってみているだけだった。人間が、人間でなくなっていく様。それを、 まさか自分以外の人間で見る事になるとは思っていなかった。目の前の彼女は、徐々に彼女ではなくなりつつあった。

 

既に顔も大きく変化し、可愛らしかった少女の面影は消え、、口はヒトカゲと同じように横へと大きく裂け、鼻先は尖り、 目は大きくなって赤く色づき、髪の毛はやはり消えていて、頭の上には角のような耳のような突起がピンと立っていた。

 

「ダネ・・・ダネェ!」

 

自分の変化が終わった事を確認したのか、目の前の少女・・・でなくなった1匹の奇妙な生き物は元気よく鳴き声を上げると、 ヒトカゲの方を振り返った。

 

『・・・まさか・・・フシギダネ・・・!?』

 

あかりは、小さく呟いた。間違いない。今自分の目の前には、自分と同じポケモンがいる。ポケモンの、フシギダネがいるのだ。そして、 そのフシギダネはさっきまで、人間の少女だったはず。それはつまり。

 

『初めまして。私、汐見さくら。・・・貴女と同じ、ポケモンに変身する人間です』

 

それは確かに、フシギダネの鳴き声に聞こえた。聞こえたが、同時にあかりにはその意味が理解できたのだ。 フシギダネは笑顔を浮かべながら、その短い前足をヒトカゲの前へと突き出した。ヒトカゲは呆気に取られていたが、 やがてつられる様にして自分の手を差し出して、フシギダネの前足と合わせながら声をかけた。

 

『あの・・・滝元・・・あかり、です。その・・・』

『よろしく、あかりちゃん。・・・って呼んでいいのかな?芸能人に馴れ馴れしすぎる?』

『そ、そんなこと無いと思う!むしろ、普通に接してくれた方が・・・』

『じゃ、お互い敬語無しで話そ?ポケモン同士』

『え?あ・・・う、うん。よ、よろしく・・・さくら・・・ちゃん』

 

さくらと名乗ったフシギダネのペースに飲まれるように、ヒトカゲは引きつった笑顔で答えた。いつの間にか、ヒトカゲの頬は乾いていた。

 

 

 

再び、小さな変化と小さな変化が出会った瞬間だった。不安の中で彷徨っていた少女と、 その不安を知っている少女が出会ったからこそ生まれる変化が、ここから始まろうとしていた。だけど、その変化が呼ぶのが、 本当に彼女たちが思い描いている未来なのか、待ち望んでいる未来なのか。変化は思いもよらない変化を時に呼び出してしまうのだけれど、 それはもう少しだけ先の話。

 

 

トランスフルパニック! 第5話 完

第6話に続く

posted by 宮尾 at 23:31| Comment(3) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
早く次の話が読みたいです。
Posted by at 2008年10月02日 21:36
早く次の話が読みたいです。

☆宮尾レス
ねこた様、コメント有難う御座います。
私も早く次の話が書きたいです。
書きたいですが、色々やることも、順序もありますので、
恐れ入りますがしばらくお待ちくださいませ。。。
Posted by ねこた at 2008年10月02日 21:37
早く続きお願いします
Posted by at 2010年08月19日 23:52
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