μの軌跡・逆襲編 第8話「重なる再会」
【人間→ポケモン】
一体何が起きたんだ?確かに自分はあのポケモンをモンスターボールでゲットしたはずだった。 しかしあのポケモンが抵抗したからゲットすることが出来なかった。そこまでは分かる。しかし、 だとしてあの光と自分の体を吹き飛ばすほどの突風は一体なんだったのか?アレは間違いなくあのモンスターボールから発生したものだった。
「・・・まさか・・・あのポケモンが・・・?」
ゼンジはあのモンスターボールを握り締めていた自分の手を見つめてあの光る瞬間を思い出していた。 そしてしばらくすると辺りを見渡し自分の位置を確認しようとするが木々で生い茂る広大な森の中では正確な位置や距離などを推し量るのは困難だった。 太陽の位置と遠くに見える山々の位置から方角だけは何とか確認できるが、自分が今いるのが結局何処なのかは分からずただ立ち尽くしていた。 しかしやがて思い出したかのように自らの携帯端末を取り出し通信をかける。そして相手が出た瞬間に問いかける。
「・・・どういうことだ?」
「・・・ゼンジ・・・?どうしたの急に?」
「いいか、ソウジュ。俺の質問にだけ答えろ。今回の任務はどういう目的なんだ?」
「・・・伝えておいた通り、珍しいポケモンの捕獲・・・ただそれだけの話よ」
「しかし珍しいって言ってもお前あれは・・・!」
「・・・話はそれだけ?・・・私も忙しいんだけど」
「おい、こっちの話はまだ終わってない・・・!」
ゼンジは怒鳴りかけた自分の言葉を止めて、ふと通信の向こう側のソウジュの気配が本当に何か慌しく動いていることに気付く。・・・ そういえば1週間前・・・前の長い任務を終えて帰ってきた辺りから彼女の様子がどうもおかしかった。何かに焦っているというか、 いつも落ち着いている彼女らしくない言動が多く見られた。ゼンジはそれらを落ち着いて順序だてて話を組み立てる。その任務で何があったのか。 彼女ほどの人間が焦らなければいけない理由があるはず・・・。そして考えていくうちに、一つの推測が成り立ち、彼の口からこぼれた。
「まさか・・・ミュウ・・・!?」
その声は向こう側のソウジュにも聞こえたはずだったがソウジュは何も言わずただ黙ってゼンジの声を聞いていた。 ゼンジは一度気持ちを落ち着けて改めてソウジュに問う。
「ソウジュ・・・答えろ、あれは・・・ミュウなのか・・・?」
「・・・」
ソウジュは口を閉ざしたまま一言も発しようとはしなかった。しかし、それが彼女の答えを物語っていた。 その沈黙が肯定の意味であることをゼンジは理解した。しかし、ゼンジは続けて問いかける。
「何故・・・何故今になってミュウを追っている!?12年前に・・・全てを終えたはずだ!」
「・・・私は・・・ただ彼らを救いたいだけ・・・」
「彼ら・・・まさか・・・ミュウツーもか!?」
ようやく口を開いたソウジュが言った”彼ら”という言葉を聞き、ゼンジは再び考えをめぐらせてとっさにそのポケモンの名を叫んだ。 その表情が驚きと焦りと、或いは怒りで険しくなっているであろうことは声だけの通信でもソウジュは容易に想像できた。
「MT4が・・・自分を求めて彷徨っている・・・」
「バカな・・・!」
「・・・だから私は彼を止める義務がある・・・全ての時を止める必要がある・・・」
「また・・・あの過ちを繰り返すつもりか!」
「繰り返させない!だから・・・私自身の手で彼を捕まえる・・・!」
ソウジュは静かに、しかし力強く答えた。ゼンジはその決意を聞いてそれ以上彼女に何も言えなくなってしまった。いや、 寡黙で冷静な彼にしてはそもそもそれまでが喋りすぎだった。ソウジュの話を聞いてゼンジはようやく彼女の様子がおかしかった理由に気付いた。 自分でさえ動揺を隠せない出来事なのだから、当然ソウジュも同じように考えて然るべきだと感じたのだった。 しばらく2人はお互いに何も喋らず、端末をただ握り締め続けていたが、やがてソウジュのほうが話を切り出した。
「・・・私は・・・MT4を追う・・・ゼンジ達は引き続きポケモンの捕獲任務を」
「だが・・・ミュウの力で突風が起き、部隊は散らばってしまったし、ミュウの行方ももう・・・」
「行方なら分かっている・・・」
「・・・何?」
「・・・ミュウは導かれているの。私達と同じように・・・」
「・・・まさか・・・ミヤマ家・・・!?」
「・・・」
ソウジュはまた肯定の沈黙でゼンジに答えた。ソウジュが彼と仕事をしていて一番やりやすいと考える点といえば、 一を言えば十を理解するその頭の回転の速さだろう。こうして何も答えなくても彼は自分の立場を理解し、なすべきことをはじき出してくれる。 細かな指示の出す必要が無いのが彼が上からの信頼も厚く重用される理由でもあった。
「・・・分かった。しかし・・・だとするとお前は分かっていてロウトにこの任務に着かせたのか?」
「彼も組織に関わっている以上・・・いずれは通る道だった。早いか遅いかだけの違いで・・・」
「・・・確かに・・・そうかもしれん・・・しかし、そちらは宛があるのか?」
「あぁ・・・オガサワラ方面の小さな島でポケモン同士の戦闘があったらしいと報告を受けた」
「オガサワラ・・・そうか、MT4がアオギリを探してオガサワラに行ってそこで戦いに・・・」
「その可能性があるだけ・・・でも手がかりは他にはないし、いずれ・・・アオギリには会わなければならなかった・・・」
「そうか・・・そうだな・・・」
ゼンジは改めて話をしながら辺りを見渡した。ミュウがもし、運命に導かれているのなら・・・ 自分もまた運命に導かれてミュウと出会ったのだろうか?・・・いや、 今回の場合はソウジュが全て分かった上で自分にこの任務を与えたのだから運命と呼ぶには、話が出来上がってしまっている部分はある。しかし、 それでも今こうしてミュウという存在と向き合うことになるとは思っていなかった彼にとって、 どこかでやはり運命と言う言葉を使って目の前の事実から逃れたかったという考えもあるのかもしれない。 逃れることなど出来ないと分かっていたとしても。やがて2人は改めて何点かお互いに確認をし合い通信を切った。
「・・・ミュウ・・・何故・・・現れてしまったんだ・・・!」
ゼンジは吐き捨てるように一言呟き天を仰いだ。風はすっかり静かになり、戦闘が中断した森は鳥ポケモンのさえずりが響き渡り、 普段の静寂を取り戻しつつあった。
セイカとエリザを、本来なら逆らいがたいはずのトレーナーの命令に背いてまでも逃がし、 彼女たちを見送っていたガルガはやがてその巨体と体長を辺りを見渡したが、ロウトや他のポケモン達の姿を見つけることが出来なかった。 どうやら彼らは大分遠くまで飛ばされてしまったようである。しばらく長い首を右へ左へと振りながら影を探していたがふと、 遠くから影が近付いてくるのに気付いた。それが仲間であることを祈ったが、彼の願いは通じず、そこに現れたのは恐らくこの森の長・・・ 確かジュテイという名のフシギバナだった。彼はまるで全てを見通したかのように落ち着いた様子でガルガを見つめ、静かに語りかけてきた。
『それがお前の答えか・・・』
『・・・ミュウの存在を知っているポケモンとしては当然の判断だ』
『そうかもしれない・・・が、付き従う人間に逆らうのもまたポケモンの道理にはそれるのではないか?』
『・・・我々ポケモンも生き物だ。どんな忠誠を誓っていたとしても奴隷ではない。最後は自分で決めるさ』
『・・・成る程・・・な』
フシギバナはガルガの回答を聞いて静かに笑った。
『・・・何がおかしい?』
『いや、変わらないな・・・と思ってな』
『・・・?フシギバナに知り合いは居なかったはずだが・・・』
『確かに、フシギバナには・・・な』
ジュテイにそう言われてガルガは自らの記憶をたどる。しかしやはりフシギバナの知り合いは居ない。フシギバナの・・・?
『・・・お前・・・まさか・・・!?』
ガルガはふと記憶の中にあるポケモンの知り合いを思い出しジュテイのほうを見つめなおす。 その様子を見たジュテイは全てを悟っているかのように静かな目でガルガを見つめていた。そうだ、フシギバナには確かに知り合いは居ないが、 記憶の中にふと目の前のジュテイと面影が重なるポケモンを知っている。ガルガの口からその名がこぼれる。
『ダフ・・・なのか・・・!?』
ジュテイはその名を聞き静かに首を縦に振った。確かに、記憶の中のダフはフシギバナではなかった。ダフは・・・。
『まさか・・・お前が・・・あの時の小さなフシギダネがこんなところに居たとはな』
『・・・こっちはその姿を見たときからもしかしたらとは思っていたが・・・ロウトに忠誠を誓いながらも自分の道を信じる姿。 イワークの頃と変わっていないな』
『お前が変わりすぎなのだ・・・』
ガルガはさっきまで敵として対峙していたのが旧知の者だったと知り、すこし複雑な印象を受けた。
『しかし、お前がここに居て、お前のそばに居たチコリータの名前がエリザだとなると・・・どうやら事態は思っていたより複雑らしい』
『・・・心配は要らない。彼女達なら必ず進むべき道を自分たちで見つけ出せるし、いざと言う時のために我々が見守っていればいい』
『・・・だが、今自分はあのポケモンを追う身分だ・・・意思に関わらずな』
『・・・もし、万が一その時が来たら・・・』
『分かっている、全力でやるさ・・・それが礼儀だ』
ガルガはジュテイにその大きな身体で威嚇するようにして見せた。そして小さく笑うとそのまま後ろを向き進み始める。
『さて、そろそろロウトを探しに行かなければな・・・』
『・・・さっきの風の吹き方からして割と西の方に飛ばされやすかったようだ。そっちから確認するようにした方がいいだろう』
『あぁ・・・』
『・・・どうかしたか?』
『ミュウに言われたよ・・・戦う日が来ないことを信じている・・・と』
『・・・ミュウの子らしいな・・・だが、今は我々もそれを信じておいた方がいいだろう』
『そうだな・・・そうするよ』
そう言ってガルガは仲間を探すためにそのまま森の中に消えていった。
『ミュウの子・・・やはり不思議な子だ』
ジュテイは古き友の姿が見えなくなると、彼がセイカたちを見送った方角を振り返り見つめ静かに呟いた。
やがて森には夜が訪れた。セイカとエリザは2匹とも身体は疲れきっていたが、少しでも逃げるため、 そして早くその家に行くために身体を引きずりこんな時間まで歩いていたが、流石に暗くなっては歩くことさえ出来ないため、 適当な川辺で腰を下ろし野宿をすることにした。月は天高く昇り彼女たちを優しく見下ろしていた。 そしてエリザは川の水を手にすくい飲んでいるセイカを見ながら問いかけた。
『・・・セイカ?』
『・・・何?』
『・・・ううん、なんでもない。・・・見つけようね、ミュウの手がかり』
『うん、ありがとうエリザ』
セイカはこのとき本能的に、うっすらとではあるが、きっとエリザが本当に聞きたかったのはそんなことではなく、 記憶のことだったのかもしれないと、そう思った。でもそれは口にしない。信用しあっているから、だから、だけどこの距離感。 2匹は今はお互いにお互いしか頼ることが出来ない状況だからこそ、更に距離を縮めるタイミングは未だと分かっているけど切り出せずにいる。 すると今度はセイカから問いかけてきた。
『月・・・綺麗だね』
『あ、うん』
『・・・ねぇ・・・エリザ?』
『ん?』
『いつか・・・私がもし人間に戻る時が・・・もし来たら・・・その時が来ても私と一緒にいてくれる?』
『え?』
『・・・私はやっぱり人間に戻りたい・・・だからミュウの事を知りたいの・・・自分のことを・・・』
『・・・』
『でも私が人間に戻ったら、もしかしたらこうして話すことも出来なくなるかもしれない・・・それでも私と・・・ってずうずうしいかな? 少し』
『ううん、そんな事無いよ!』
エリザは腰を上げるとセイカのそばまで走っていき、そして前足を上げてセイカに抱きつくように彼女の身体にかけた。
『わっ、エリザ!?』
『勿論何があったって私たちはずっと一緒だよ!』
『エリザ・・・』
『だって・・・私はセイカのことが好きだからね』
『え!?ちょ、』
セイカはその言葉を聞き顔を赤らめた。今こうして抱きつかれた状態でそんなことを言われたら動揺してしまう。
『はは・・・ゴメンゴメン、変な意味じゃなくてね。・・・でも私はセイカのそのミュウの綺麗な姿や綺麗な鳴き声、 そして泣き虫だけど優しい性格・・・全部好きだよ』
『・・・』
『でも、それはセイカがミュウだからじゃなくて、セイカがセイカだからなの』
『私が・・・私だから?』
『そ、私はセイカだから好きになったの』
『・・・ありがとうエリザ。・・・私もエリザのことが好きだよ』
『ん、サンキュ!』
エリザはその瞳を細めて満面の笑みでセイカに答えた。 そしてエリザは彼女の体から前足を下ろし川から少しはなれた草むらに向かって歩いていく。
『じゃあ今日はもう寝ようか?』
『そうだね・・・色々あって疲れちゃった』
セイカも彼女のあとを追って歩き始める。エリザは自分の後ろをついて来るセイカの方を振り返り話を続けた。
『ねぇ、セイカ知ってる?』
『ん?』
『本当にね・・・強い絆で結ばれた女の友情って、どんな男女の恋愛よりも強いんだから』
『・・・そうかもしれないね』
『だからさ、私たちもそういう2匹になろうね!』
『うん・・・そうだね。私達まだ会って短いけど・・・これから・・・恋愛よりも強い友情って作れたらいいね』
『大丈夫!だってコレだけ短いのに私達仲良くなれてるんだから、きっとこれからだって大丈夫!』
『うん!』
セイカは元気よくエリザの言葉に答えた。そして2匹は適当な草むらの中で身体を丸くして静かに眠りについた。 月は今は静かに彼女たちの寝息を聴きながら見守り輝く。やがて明ける夜だが、その夜は2匹にとって不安と希望を抱えた、 しかし2匹ならきっと希望の朝を見つけられると信じることが出来たから2匹共に安らかな眠りにつくことが出来た。
『待ってて・・・ミュウ・・・貴方を・・・見つけるから・・・』
セイカは昨日の夢で出会ったミュウに寝言ながら小さく答えた。その約束をいつか果たすその日が人間に戻れる日なのかもしれない。 しかし今は疲れたその身体を少し休め、また明日から始まる旅に夢の中で想いを馳せていた。
μの軌跡・逆襲編 第8話「重なる再会」 完
第9話に続く