2008年09月14日

フュージョン 第6話

フュージョン 第6話

【人間→ポケモン獣人】

by 人間100年様

 

純白の壁に包まれたコロシアムの美しく広いロビーの鉄のベンチに、ジンは居た。 深く頭を落としているジンはロビーに溢れる人々に目を向けることもなく、ただただ悩み苦しんでいた。

悩み苦しむ理由、それはアキラが試合で見せた、無情なまでの行為。

両腕をへし折り、泣き叫び戦意を失っている相手に更に止めの一撃を放ったアキラ。 いままでのアキラの試合では見たことがない酷過ぎる倒し方に、ジンの脳内は疑問に満ち溢れていた。

観客席で小耳に挟んだ情報では、エニシに化け物扱いされたためにアキラが激怒したというらしいが、まずその情報の真偽が怪しい。 そもそもフュージョンとは過去の人間とポケモンが起こした奇跡の力であり、 その力を操る人が化け物と位置付けられる存在ではないはずだからだ。

(でも、あの時は確かにアキラさんは怒っていたようにも見える・・・。『化け物』って言われて怒るようなことが、 アキラさんにあるのかな・・・)

考えれば考える程、謎が増えて行く。他人の事を考える程愚かしいものはないが、ジンにとってアキラはもはや他人ではなく、 心から尊敬する強い人。それ故に、アキラにとって他人であるジンはアキラのことを考えてしまうのだ。

しかし、考えれば考える程に頭の中に靄が現れるのも事実。最初に疑問に思ったアキラとカナの関係、そして今回の「化け物」 と言われて激怒したと思われるアキラの心境。次々と残る謎に、ジンはただただ悩むばかりだった。

その時、ジンの目の前から声が発した。

「おやおや、どうされたんですか?ジン君」

聞き覚えのある男の声。その声を耳にしたジンは落としていた頭をゆっくりと持ち上げると、その目に映した人物は、 茶色い紳士服に身を包んだジェントルマン。

「ロバートさん・・・?」

「フフ、覚えてくれていましたか。あっ、お隣、失礼しますよ」

頬笑みを浮かべながらそう答えると、ロバートはジンの隣にある鉄のベンチに腰を掛ける。 鉄の冷たい感触を尻に受け止めながら背中を伸ばし姿勢よく座るロバートは、ジンの表情を見て思わず問いかける。

「どうしましたか?何か悩んでいるようにも見えますが」

「あっ、そんな風に見えますか?」

「えぇ、見えます。もしかして、自分の願いで悩んでいるのですか?」

「いえ、そんなことじゃないですよ。なんと言えばいいか・・・・自分の尊敬する人が、あんな酷いことしたから、ちょっと・・・」

「その尊敬する人、もしかして先程の試合に出ていた、アキラとかいう選手でしょうかな?」

ジンの言葉で察しがついたロバートが、ジンにそう問いかける。その問いにジンは、はい、と答えながら軽く頷き、 その視線を自分の足元に向けた。

「アキラさんはどう思ってるかわからないですけど、さっき言った通り・・・僕はアキラさんを尊敬してます。 あんな強い人がいたなんて思わなかったですし、何よりも、遠まわしな優しさがあるんです。でも・・・さっきの試合を見てたら、 なんかアキラさんのイメージが崩れちゃって・・・」

「なるほど、そういうことでしたか。しかし、それは仕方無い事だと思いますね」

「仕方無いって・・・どうしてですか?」

「人間には、相手が思っている以上に複雑な面が存在します。相手が持つイメージとは別の、暗くて見えない部分がある。それが、 人間という生き物なのです」

「暗くて、見えない部分・・・」

「そう。そこにはその人だけが持つ感情や気持ち巣食っている。だからこそ人間は見た目の雰囲気とは別の何かを持っているんです。 君はその人間が持つ暗い部分を、ほんの少し垣間見ただけ。だから、そんなに悩む必要はありません」

「ん〜・・・・・そう言われると、なんか納得出来た気がします」

悩みで曇っていた声とはうって変わって、いつもの元気な声でそうジンが答える。その声を聞いてロバートは口元に笑みを浮かべ、 それと同時にベンチからゆっくりと立ち上がった。

「悩みが解消したようでなにより。これで、試合で君とも存分に戦えます」

「えっ・・・?」

ふとロバートの口にした言葉に、ジンは耳を疑った。

――――存分に、戦える・・・?

心の中でロバートの言葉を確かめ、ジンはようやく理解した。次の試合、つまり自分の出る試合で戦う相手が、 すぐ傍にいるロバートだという事を。

それを知ってか、ジンは慌ててベンチから立ち上がり、ロバートに話しかけた。

「ロバートさん、次の試合で僕と戦うのって・・・」

「その通り、私です」

「そ、そうですか・・・。あなたのような優しい人と戦わなくちゃならないなんて・・・なんか、悲しいです」

「フフフ、そう思ってくれるのは私としても嬉しいですが、私も大蛇の涙を手に入れるためにここにいる。 病のお姉さんを助けようとする君の願いを挫いてでも、ね」

「ロバートさん・・・」

「残念ながらジン君、君も私もこの試合に参加している限り、この戦いを避けることは出来ませんよ。私がこうして君の元に来たのも、 戦いの前の挨拶に来ただけですし」

「・・・なら、僕も負けません」

そう呟き、ジンは高い位置にあるロバートの顔を見上げ、闘気に満ちた目でロバートの顔を見つめる。決意に満ち、 闘う事に迷いのないジンの視線を受け、ロバートもその視線をジンの方へと向けた。

「僕には、叶えたい願いがある。本当はこんなことしたくないけど、願いを叶えるためなら、僕は・・・・・あなたが相手でも、 勝って見せます」

「・・・フフフ、今の君の目は強い気持ちに満ちている。いいでしょう。私も、その気持ちに対するとしましょう。それでは、 私は先に舞台に行っていますよ」

それだけを言い残し、ロバートはゆっくりと歩き出した。腰の後ろで手を組んで歩く紳士は、 ロビーの人混みの中へとその姿を消していった。

 

 

 

 

 

それから、ジンは大歓声が響く舞台へと足を踏み入れていた。

耳に重く響く観客達の歓声とその観客達が放つ熱気が舞台を包み込み、ジンの体にずしりとした重みを感じさせる。しかし、 ジンはそれを払いのけるように力強く舞台の入口から歩き出し、舞台の中央に立つ人影を見つめながらその足を動かしていく。

コロシアムのスポットライトに照らされた舞台の中央に立つ人影、それはジェントルマン・ロバート。

スポットライトの光を浴びる茶色い紳士服は照らされている影響で明るい茶色へと色が変化しており、 その色がジンの目を微弱ながら刺激する。それを知ってか知らずか、ジンの視線の先にいるロバートは口元に小さな笑みを浮かべ、 腰の後で手を組み背筋を綺麗に伸ばした状態でジンが来るのを待っていた。そんなロバートの元に、ジンは歩み続ける。

そして、舞台の中央に到着したジンを確認し、ロバートがその口を開いた。

「お待ちしてましたよ、ジン君」

「・・・本当に、戦わなきゃいけないんですね」

「えぇ。それが選手としての定め、というものです。ですから、先程のロビーでの決意を今更消し去ってはいけませんよ?」

「わかってます。あなたが戦う意思を見せるなら、僕だって戦います」

ロバートの目をじっと凝視しながら、ジンがそう答える。それと同時に、コロシアムに設けられたスピーカーからアナウンスが流れた。

『舞台に選手が出場致しました。これより、オーシャンコロシアムマッチ準決勝第2回戦、ジン選手対ロバート選手の試合を始めます』

試合開始のアナウンスが流れ、その直後に甲高いゴングの音が鳴り響く。それを合図に観客席からこれまで以上の大歓声が上がり、 辺りが更なる熱気に包まれていく。

そんな中で、2人はじっとお互いを見つめ合っていた。

「ついに始まりましたね」

「えぇ。ここで、あなたを倒さなきゃならないんです。叶えたい願いを、叶えるために・・・」

「そうです。それでは早速ですが、君から準備を始めてもらってもよろしいでしょうかな?」

紳士として相手を優先する気持ちが込められたロバートの言葉を聞き、ジンは軽く頷いて答える。 それと平行してベルトに設けられたボールホルダーからモンスターボールを3つ取り出し、それらを地面に投げる。 投げられたモンスターボールは地面と衝突し、その衝撃でモンスターボールは勢いよく蓋を開く。

そして、眩い光と共にモンスターボールに納められていたポケモンがジンの目の前に飛び出した。

出てきたのは、ピカチュウ、サンダース、ライボルト。黄色いネズミ、針の体毛を生やした犬、 硬質の黄色と青の体毛に覆われた小さな狼のようなそのポケモンは出てくるや視線の先にいるロバートを睨み、いつもの如く戦う姿勢を見せる。 その3匹のポケモンを前に、ロバートは微笑みを見せながら呟く。

「ふぅむ、直に見るとやはり可愛らしいポケモン達だ。これであれだけのトランスを行えるのだから素晴らしいものですねぇ」

「ポケモンは見た目で判断するものじゃないと思いますけど?」

「そうでしたね。私の失言でした。では、その素晴らしいトランスを間近で見せてもらいましょうか」

謝ると同時に遠まわしにトランスをしろと言ってきたロバートに、ジンは答えるようにゆっくりと両腕を動かし、 動かした両腕を交差させながら目の前に突き出す。その両手を勢いよく開くと、ジンの目の前にいるピカチュウ、サンダース、 ライボルトの体から眩い光が発し始め、全身を光で覆い隠した3匹は光の玉となって宙を浮遊し始めた。光の玉の1つは両足、1つは右手、 1つは左手に纏わりつき、その体を照らしていく。

そして、両手に纏わりついた光を眺めながら、ジンはこう叫んだ。

「トランス!!」

そう叫んだ瞬間、その声に呼応するかの如く、両手両足に纏わりついていた光の玉から更に眩い光が発し始めた。 放出する眩い光がジンの両手両足を見えなくし、トランスを始めたジンに観客席からどよめきが広がり始める。

そして、ジンの両手両足から光が消え去り、ジンはそれをロバートに晒した。

ジンが晒したのは、両足に装着されたサンダースの針のような体毛を模った脛当て、左手に装着されたライボルトの頭部を模った籠手、 そして右手に持つピカチュウの尻尾を模った剣。それらの武器を目にしたロバートは感動の意の込められた表情を浮かべ、 それを他所にジンは真剣な表情でピカチュウの剣を構える。

「素晴らしい。これだけ素晴らしいトランスを直に見れるとは、私も幸せ者だ」

「褒めても何も出ませんよロバートさん。さぁ、今度はそっちの番です」

「フフフ、そうでしたねぇ。では、準備するとしましょう」

そう答えると、ロバートは上着の内ポケットに手を伸ばし、その中に納めたモンスターボールを3つ取り出す。 ロバートは手にしたそれらを地面に落としていくと、地面と衝突した衝撃でそれの蓋は勢いよく光、中から眩い光を放出する。

そして、その光と共に、中に納められていたポケモンがその姿を現した。

現れたのは、キュウコンと2体のブーバーン。黄色かかった白色の美しい体毛に9つの尻尾を生やした大きな狐と、 何かの噴射口のような形をした両手を持つ尻尾を生やした二本足生物のような姿をしたそのポケモンは出てきたと同時にその体から熱気を放ち、 急に感じた熱さにジンは少しばかり動揺を見せた。

「こ、この熱は・・・?」

「フフフ、早速熱さを感じているようですね。その熱は私のポケモン達が放つ戦う意思。 その戦う意思が今君が感じている熱という形で現れているだけです。もっとも、こんな場所では暑苦しくなるだけですが」

そう呟くと、ロバートは目の前にいるポケモンに向けて右手を伸ばす。その掌を勢いよく開いた瞬間、キュウコンの体から眩い光が放出し、 光に全身を包み込んだキュウコンは光の玉となってロバートの右掌へと浮遊する。光の玉がロバートの右掌に纏わりつくと、 ロバートはその右手をゆっくりと高く上げる。

そして、ロバートはシルクハットのつばを左手で掴み、ロバートはこう呟いた。

「さぁ、フュージョンです」

不気味な頬笑みを浮かべながらそう呟いたロバートは高く上げた右手を胸へと近づけ、掌に纏わりついた光の玉を胸に押し当てる。 光の玉がロバートの体に浸透し始めたその瞬間、ロバートの体が眩い光が放たれた。

光の中に姿を隠したロバートに観客席からどよめきが広がり始め、ロバートの目の前にいたジンもまた、 ロバートがどんな姿となって現れるか不安に思いながら光を凝視する。ロバートの全身を覆っている光はやがてその輝きを失い、 徐々にロバートの姿を見せて行く。

そして、光が完全に無くなり姿を見せたロバートに、ジンは驚きの表情を露にした。

ジンの目の前にいたのは、茶色いシルクハットを被った少々歳老いた男。 だがそのシルクハットを被っている頭部はキュウコンのそれに変形しており、その全身を黄色かかった美しい白色の体毛に包まれている。 更に尻から9つの大きく美しい狐の尻尾が生え、その姿はシルクハットを被った「キュウコン獣人」と化していた。 ここに来るまでに多くのフュージョンを見てきたためロバートの姿を見てもジンはそれほど驚きはしなかったが、 2本足で立つ九尾の狐がシルクハットを被っているという異様な姿は流石のジンでも驚きを隠せずにいた。

ジンの驚く顔を目にしたロバートは、キュウコンの頭部と化し細長く尖った口に笑みを浮かべ、 狐の鋭い眼でジンを凝視しながらその口を開く。

「フフフ、私の姿に畏怖されましたかな?」

「そんなことはないです。ただ、フュージョンしても帽子だけは被ってるからちょっとビックリして」

「戦う時も、紳士は紳士でなければなりません。このシルクハットはそれを象徴するシンボル。戦いの時でも外しはしませんよ」

「は、はぁ・・・そういうものなんですか」

「フフフ、今の話にあまり興味がないようにも見えますね。でもご心配なく、 これを被っているからといって特別何かが起きるわけでもありません。それに、私の準備はまだ終わっていませんしね」

ふと呟いたロバートの言葉に、ジンはようやくその言葉の意味を知った。 キュウコンとフュージョンし新たな姿に変身を遂げたロバートの目の前には、フュージョンされていない2体のブーバーンがいたのだ。 キュウコンとフュージョンした状態で2体のポケモンがフュージョンされていないこの状況に、ジンはロバートが行おうとする事を察した。

それと同時に、ロバートは両腕を軽く横に広げ、黄色かかった白い体毛に覆われた両手に力を入れて勢いよく両掌を開く。その瞬間、 ロバートの目の前にいた2体のブーバーンの体から光が放出し始め、その全身を覆い隠す程の眩い光に包まれた2体は光の玉となって宙を浮き、 吸い込まれるようにロバートの両肩に纏わりつく。

そして、両肩に纏わりついた光の玉に頬を明るく照らされながら、ロバートはこう呟いた。

「フフフ、トランスです」

細長い口を動かしロバートがそう呟いた瞬間、両肩に纏わりついていた光の玉から眩い光が発し始め、 その光がロバートの胸から上の体を包み込んだ。肩や顔を光によって隠れてしまったロバートにジンは不安を募らせ、 辺りの観客席からは更にどよめきが広がっている。やがて光がその輝きを失い始め、ロバートの姿が少しずつ露になる。

そして、光が消え姿を現したロバートに、ジンは驚愕した。

そこにいたのは、キュウコンとフュージョンし変身したロバート。 しかしその両肩にはブーバーンの腕を模った身の丈と同じぐらい巨大なバズーカ砲の如し兵器が装着されており、 シルクハットと並んだ巨大な兵器がロバートの異様さをますます高めていた。

「なっ・・・これは!?」

「『ブーバーンブラスター』とでも言いましょうか?まぁ、装着型のロケットランチャーと考えてください」

「ロ、ロケットランチャー・・・!?」

「えぇ。しかし・・・発射するのは、ミサイルなどではありません」

不気味な笑みと共にロバートが呟き始めた瞬間、肩に装着されたブーバーンの砲台の巨大な銃口から朱色の光が零れ始める。 その光を目の当たりにしたジンは自分の身に「危機」が訪れることを感じた。

「発射するのは・・・・・灼熱の炎」

ロバートの言葉がジンの耳に届いたその瞬間、 朱色の光を零していたブーバーンの砲台の銃口から凄まじい轟音と共に巨大な炎の塊が発射された。 綺麗な球状を形作っているそれは太陽の周りに噴き出すプロミネンスの如し炎に包まれ、 凄まじい熱を帯びながらとてつもない速度でジン目掛けて突き進む。

突然の砲撃にジンは驚愕しきっていたが、目の前まで迫って来た2つの炎の玉にジンは我に戻り、 サンダースの脛当てからなる神速の速さで慌ててその場から離れる。 それと同時にロバートが撃ち放った炎の玉は2つともジンの立っていた場所に着弾し、けたたましい紅蓮の炎を巻き上げながら爆発した。 地面を吹き飛ばす程の威力は無いものの、爆発と同時に巻き上がる炎は凄まじい勢いを持っており、 その勢いが衝撃となってコンクリートの地面に地響きを広げていた。

ロバートから遠く距離を離したジンはその凄まじい威力を誇るブーバーンの砲台に、ただただ驚きを露にしていた。

「つ、強い・・・。これが、ブーバーンのトランス・・・」

「これはこれは。この距離で放った砲弾を避けることが出来るとは。その脛当ては伊達ではないですねぇ。しかし、 その足で私の砲弾を何処まで避けられるでしょうかな、フフフ・・・」

不気味な笑みと共にそう呟くと、ロバートはその体の向きを遠く離れたジンの方へ向け、肩に装着したブーバーンの砲台をジンに向ける。 それと同時に巨大な銃口から朱色の光が零れ、それを見たジンは慌てて地面を蹴ってその場から離れる。その瞬間、 ブーバーンの砲台から凄まじい轟音と共に炎の砲弾が発射された。

瞬間移動の如し速さで動いたジンが横に移動した途端に炎の砲弾はジンの立っていた地面に直撃し、 爆発したそれがけたたましい炎を巻き上げて地面を焼き尽くす。その威力に圧倒されていたジンだったが、 続け様に輝いたブーバーンの砲台の銃口が目に入り、ジンは神速の速さで再びその場から離れる。

それと同時に、再びブーバーンの砲台から炎の砲弾が発射された。 けたたましい轟音と共に発射されたそれはジンの立っていた地面に衝突し、先程と同様爆発して紅蓮の炎を巻き上げる。 ジンはその炎から遠く離れた場所で足を止めようとしたが、ジンの姿が見えてるかの如くロバートは体の向きをジンの方へと向け、 ブーバーンの砲台の銃口から朱色の光を零させる。それを見たジンは足を止めずにそのまま走り出し、 それと同時にブーバーンの砲台から轟音と共に炎の砲弾が発射された。

ジンが走り出した場所に着弾した炎の砲弾は爆発と同時に紅蓮の炎を巻き上げ、衝突したコンクリートの地面を焼き尽くしていく。 それを神速の速さで走りながら目にしたジンは、とてつもない威力を誇るロバートのトランスにどう対処するかを考えた。

ブーバーンの砲台が撃ち出すのは炎に包まれた砲弾。否、巨大な球体を帯びた炎そのもの。 直撃すれば大怪我に繋がる威力のそれは僅かながらに連射が効き、相手に隙を与えない。一見すれば敵うはずの無い相手であったが、 ジンはその中から確かな弱点を見つけ出した。

それは、発射までに掛かる時間。

僅かながらに連射が効くと言っても、物は肩に装着する巨大な砲台。撃ち出すと同時にその反動が白い体毛を生やした体に襲いかかり、 次の発射までに僅かに時間が掛かる。それがロバートが持つ、唯一無二の弱点だった。

その僅かな隙を突けばロバートを倒せる。そう確信したジンは次々と炎の砲弾を撃ち出すロバートの隙をを走りながら伺い、 その視線をロバートから離さなかった。すぐ背後で爆発する炎の砲弾を他所にロバートを伺っていたその時、 炎の砲弾を撃ち出したブーバーンの砲台から再び朱色の光が零れる。

そこだっ!そう確信したジンはサンダースの脛当てを装着した足の向きをロバートの方へ向け、 ロバートがジンに向けて炎の砲弾を撃ち出したと同時に地面を強く蹴り、神速の速さでロバート目掛けて突進した。

身を低くして空中を飛翔する炎の砲弾の下をくぐり、瞬間移動の如し速さでジンはロバートに接近する。目にも止まらない、否、 目にも写らない速さで迫って来たジンに、ロバートはジンの姿が見えないでいたが驚きの表情を浮かべていた。

だが、そのすぐ後に、ロバートは口元に不気味な笑みを見せた。

「甘いですよ、ジン君」

静かに呟かれた言葉がジンの耳に入り込んだ瞬間、ロバートは右手を軽く広げ、その右手を自分の足元に向けて薙ぎ払う。すると、 突如ロバートの目の前の地面から紫色の炎が巻き上がり、それを目の当たりにしたジンは驚きの余り思わずその足を止めてしまった。 不気味すぎる紫色の炎はまるでロバートを守るようにその勢いを増し、ロバートの前方を覆い隠す。

けたたましい紫の炎を前にジンは攻撃できないと判断し、悔しそうな表情を浮かべながらロバートから距離を離す。 少し距離を離した所で足を止めてロバートを見ると、紫色の炎はその勢いを緩め、やがてロバートの爪先程の大きさにまで鎮火していた。

「クッ・・・なんなんだ、あの炎・・・」

「フフフ・・・君はこのトランスの弱点を見つけたようだが、私がキュウコンとフュージョンしたことを忘れていましたね。 私がオシャレのためにこの姿になったとでも思っておりましたかな?」

「そうか・・・あなたがフュージョンしているのは攻めのためじゃなく、主力のトランスを補佐するため・・・ ブーバーンのトランスに出来た弱点を、キュウコンのフュージョンで無くしているんですね?」

「ご明答。フュージョンとトランスの両方を使う者は、両者の特性からフュージョン主体で戦う者が多い。 君が準々決勝で戦ったミツヒデという人も、フュージョンの力を軸に戦闘していました。しかし、 その逆のパターンも決して弱い戦い方ではありません。 トランスを軸にしてフュージョンのサポートを受けながら戦えば相手は私を攻撃することが、出来ない」

キュウコンの鋭い眼でじっとジンを見ながら、ロバートはそう呟く。 フュージョンとトランスの組み合わせによって弱点を無くしたロバートに圧倒され、 ジンは倒しようがない相手に対する苦しい表情を浮かべていた。

それを他所に、ロバートは続けてその口を開いた。

「しかし、君のトランスには驚きましたよ。至近距離からの砲撃を見事に回避し、続けて砲撃しても避けられてしまうのですから。 その籠手と剣の力はまだ実際に目の当たりにはしてないですが、それもかなり強力なものと見える。そんな君には卑怯とは思いますが、 こうさせてもらいましょう」

不気味な微笑みを浮かべながらロバートがそう呟くと、自分の前に右手を軽く伸ばし、ゆっくりとその掌を軽く開く。すると、 黄色かかった白い体毛に包まれた掌から紫色の炎が噴き上がり、火玉と化したそれがジン目掛けて飛翔した。 突然のことに驚いてしまったためにジンは反応を遅らせてしまい、迫りくる紫色の火玉に無防備な状態だった。

ジンに接近した火玉はジンの目の前まで来ると吸い込まれるようにジンの足元に降下し、 ジンの足を覆い尽くすかのようにその足元で火玉は燃え盛った。熱さは感じはしなかったが、 ジンは紫色の炎から離れようとその足を動かそうとする。

だが、その時だった。炎を纏った足に力を入れても、地面と触れている足が動かなかった。おかしい、 そう思い力を込めて何度も足を動かすが、縄で縛られているかのようにその両足は全く動かなかった。

「なっ・・・あ、足が!?」

「その炎の影響ですよ、ジン君。私の手から作り出すこの『鬼火(おにび)』はいかなる者の動きを止める熱無き炎なのです」

「お、鬼火だって・・・?」

「フュージョンしたキュウコンの能力は、様々な効力を持つ鬼火を作り出すこと。先程のように私を守る『業火の鬼火』も、 相手の動きを止める『金縛りの鬼火』も、全てこのキュウコンの能力なのです」

「ク、クソッ・・・!」

「フフフ、足掻いても無駄ですよジン君。その炎は私の意思で解くか私の意識が停止でもしない限り、永遠に燃え続ける」

そう呟くと、ロバートは肩に装着したブーバーンの砲台をジンの方へ向け、その照準をジンに合わせる。 それを見たジンは慌てて両足を動かすが、いくら動かしても足は動かず、その場から逃げることも、動くことすらも出来ないでいた。

もう駄目だ・・・。ジンは半ば諦めた表情を浮かべ、自分の願いが挫かれる悔しさから歯を食い縛る。 食い縛った歯は敗北の絶望や悲しみで震え、ジンは涙を流したい気持ちでいっぱいだった。

そんなジンに止めを刺そうとしたロバートだったが、ロバートはふと何かを思い出したのか、その口を開いた。

「そう言えば、まだ話していませんでしたねぇ。私が大蛇の涙を欲する理由を」

「え・・・?」

ロバートの口にした言葉を耳にし、ジンは思い出した。ロビーのベンチで初めてロバートと会話を交わした時、 ロバートが口にしていた言葉を。

『フフフ、私の願いを聞いたら、君は多分怒りますよ。君のような立派な少年が聞いたら、ね』

『そんな事、聞いてもないのにわかることじゃないですよ。それとも、聞かれたくないような願いなんですか?』

『さぁ、どうでしょう?ふむ、そうですね・・・私と試合する時が来たら、話してあげますよ』

ベンチで交わした些細な会話。しかし、それは確かな口約束であり、事実、こうして試合を共にしている。それをロバートも、 そしてジン自信も思い出したのだ。

そして、ロバートは自らが大蛇の涙を欲する理由を、話した。

「私が大蛇の涙を手に入れ、叶えたい願い・・・・・・・フフフ、実はそんなもの、私には無いのですよ」

「え・・・?」

ロバートの口にした言葉に、ジンは自分の耳を疑った。

――――叶えたい願いが、無い?

それはあり得ない事だった。この試合に出ている人は、皆大蛇の涙を手に入れ、願いを叶えたいがためであり、 叶えたい願いが無いのに大蛇の涙を手に入れようとする人など、居るはずがなかったのだ。

しかし、その居るはずの無い者が、今ジンの視線の先にいる。その事実に、ジンはただただ驚くばかりだった。

「わからないって顔してますね、ジン君。まぁ・・・ジン君のような純粋に願いを叶えたい少年にはわからないでしょう。 私はジェントルマンでありますが、同時に『コレクター』でもあるのですよ」

「コ、コレクター・・・?」

「そう。コレクターとは貴重で価値のある物を集め、それを自分の楽しみにしている人のことです。その行動に意味など全くない、 自分の楽しみを満たすだけにそれを行う。私もそんなコレクターの1人。大蛇の涙という文明的にも、歴史的にも、 そして科学的にも価値の高い代物を手に入れ、それを喜びとする。それが、私が大蛇の涙を欲する理由なのです」

「・・・・・」

手に入れて喜びを得る。ただそれだけの理由を聞き、無言になるジン。そんなジンを見てか、 ロバートが軽くため息を零しながら続けて口を開いた。

「やはり、怒ってしまいますね。願いを叶えたい君にとって、ただ手に入れるためだけに試合に参加してる私は、 怒りを抱く者以外の何者でもありません」

「・・・・・別に、怒ってはいません」

黙っていたジンがロバートの言葉にそう答え、その視線を鋭いキュウコンの眼と化したロバートの目に向ける。 13歳の少年とは思えない程の鋭く、それでいて純粋な気持ちに満ちた視線に、ロバートは少しだけ驚きを見せる。

その視線を絶やさないまま、ジンはその口を開いた。

「この試合に出てる人には、皆それぞれの想いがあります。そのほとんどが願いを叶えたい気持ちだと思いますけど、 ロバートさんみたいに、願いがなくても大蛇の涙が欲しい人だっているかもしれません。だから、 僕はコレクターであるあなたに怒ったりはしません。けど・・・」

そう呟くと、ジンはロバートに向けていた視線をより一層鋭くさせ、ロバートの顔を睨みながら手にしたピカチュウの剣を構えた。 眉を真一文字に引き締め、闘気に満ちた視線をロバートに叩き込みながら、ジンは再び口を開く。

「叶えたい願いを持たないで大蛇の涙を手に入れようとするロバートさんに、僕の願いを・・・・・姉さんを助けたい僕の願いを、 挫かせるわけにはいきません!」

力強い声で決意に満ちた言葉を吐いたジン。その言葉に嘘迷いは全く無く、純粋で強い気持ちが込められている。 そう感じたロバートはジンの気持ちの強さに圧倒され、 そんな気持ちを全く持ち合わせていなかった自らの恥ずかしい顔を茶色いシルクハットのつばで隠した。

「君は・・・本当に純粋な少年だ。ここまで戦ってきた選手の中で、君が1番純粋で、自分の願いに対する気持ちが強い。 そんな君をここで倒してしまうのは残念ですが・・・・・この勝負、私の勝利で幕を落とさせてもらいましょう」

そう言うと、ロバートの肩に装着されたブーバーンの砲台の巨大な銃口から朱色の光が零れ始め、砲弾の発射準備が整い始める。 ロバートの作り出した鬼火によってその場から動けなくなってしまったジンにとって、それは終わりを告げる狼煙のようなものだった。

だが、それを前にしてもジンは構えた剣を下ろそうとはせず、ロバートを睨む視線を決して緩めなかった。 それを見たロバートは口元に微笑みを浮かべ、尖ったキュウコンの鼻から軽く息を吐いた。

「どうやら、最後まで諦めないようですね。ですが、剣を扱う君にこの間合いでの攻撃は不可能。私のようなトランスでも行わない限り、 君は私を倒すことが出来ないのです」

「あなたのようなトランス・・・ですか。確かに、それは出来ませんね」

「フフフ、そうでしょう――――」

「けど、間合いの外からの攻撃なら、僕にだって出来る!!」

「何っ!?」

ジンの強い叫び声に、ロバートは思わず驚きの声を上げる。 その間にジンはライボルトの籠手を装着した左手でピカチュウの剣の柄尻を掴み、両手でピカチュウの剣を構える。そして、 ライボルトの籠手から黄色く輝く電気が放出し、その電気がピカチュウの剣に流れ込んだ。

ピカチュウの剣に流れ込んだ電気はピカチュウの尻尾を模った鋭い刃へと伝導し、黄色く輝く電気が刃に纏わりつく。宛ら「雷の剣」 と化したそれの刃に電気が行き届いたのを確認すると、ジンは両手で柄を掴んだままピカチュウの剣の切っ先を地面に突き刺した。 電気はコンクリートの地面にへと流れるものの、ライボルトの籠手から絶え間なく電気が流れているため、刃に纏う電気が消えることはなかった。

そして、ジンは気合の言葉を放った。

「ボルト・・・ソニッカー!!」

力強い声を上げたジンは地面に突き刺したピカチュウの剣の柄を両手で力強く握り締めると、 地面を切り裂くかの如くその剣を勢いよく斬り上げる。すると、切っ先が地面から離れると同時にそこから電気を帯びた衝撃波の刃が発生し、 凄まじい速さで地面を切り裂きながらロバート目掛けて突き進んだ。

弾丸の如し速さで駆け抜けるそれにロバートはその場から離れようとしたが、 その時には既に衝撃波の刃はロバートの目と鼻の先にまで接近しており、避けることは不可能だった。衝撃波の刃に纏った黄色い電気の光が、 ロバートの黄色かかった白い体毛を明るく照らす。

そして、電気を帯びた衝撃波の刃は、ロバートの足から胸にかけての体に斬痕を刻み込んだ。

「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

斬撃の痛みと、その斬撃によって生じた傷口から全身へと感電する電気の痛みに、ロバートは断末魔の叫び声を上げる。 体に刻み込まれた斬痕から真っ赤な鮮血が噴き出し、白く美しい体毛を血で汚していく。体中を駆け巡る痛みにロバートは体をふらつかせ、 痛みで震えた膝が更に踊り出す。

そして、全身を走る痛みに耐えきれなくなったロバートは、そのまま背中から重たく地面に倒れた。

『ロバート選手、ダウン。よって、準決勝第2回戦の勝者はジン選手に決定致しました』

試合終了を意味するアナウンスが響き渡り、静けさが広がっていた観客席からざわめきが広がり始める。 やがてそれはいつもの大歓声へと移り変わり、静かだったコロシアムは一気に熱気と騒音に包まれていった。

そんな中で、ジンは足を動かして倒れているロバートの元まで駆ける。ロバートが倒れたことにより足元で燃え盛っていた紫色の炎が消え、 足が自由になったのだ。しかしそれは、同時にジンの不安も募らせていた。

動きを止める紫色の炎は、ロバートの意思で解くか、ロバートの意識が停止しなければ消すことが出来ない。その炎が消えたという事は、 ロバートの意識が止まってしまったことになる。命に影響したのではないかと不安を抱きながら、ジンは倒れたロバートの傍に駆け寄った。

感電してピクピクと震えているロバートの体を見ると、先程の攻撃による斬痕が刻まれており、その傷口から血が流れ出ている。 しかし傷そのものはそこまで深くないため、命に別条はないようだった。今は気を失っているだけ、そうジンは思った。

だがその時、閉じていたロバートの瞳が微かに開き、キュウコンの尖った鼻先がピクピクと動く。それを見てジンは少々驚きながらも、 酷く苦しそうなロバートに話しかけた。

「ロバートさん、大丈夫ですか!?」

「フ、フフ・・・面白いことを言いますね・・・。一瞬気絶するほどの傷を負わせたのは・・・あなたじゃないですか・・・」

「そうですけど・・・死んだりしたらやっぱり嫌ですし、対戦相手でも身の心配ぐらいはします」

「君は・・・優しい少年ですねぇ・・・。本当に・・・優しい少年だ・・・」

「ほ、誉めても何も出ませんよ、ロバートさん」

「フフ、フ・・・まぁ、そうでしょうね・・・。ジ、ジン君・・・私に勝ったという事は・・・次が・・・君にとって最後の試合だ・・・。 負けた私が言うのもおかしいものですが・・・君の勝利を・・・君の願いが叶うことを・・・祈ってますよ・・・」

「ロバートさん・・・」

「・・・私は少し眠るとします。では・・・また機会がありましたら・・・お会い・・・しま・・・しょう・・・」

徐々に力が抜けていく声でそう言い残し、ロバートは微かに開いた瞳を閉じた。 痛みで乱れた呼吸音を立てながら眠るロバートにジンは安堵の表情を浮かべ、頭を深々と下げて、ありがとうございました、そう呟いた。

試合の後に行うお辞儀を済ませたジンは眠っているロバートに背を向け、そのまま舞台を後にする。そして、 コロシアムに設置されたスピーカーからアナウンスが流れた。

『準々決勝突破選手全4名による準決勝が終了致しました。よって次の試合から、オーシャンコロシアムマッチ、決勝戦を開始致します』

 

 

 

 


その後、ジンはロビーに足を運んでいた。

背中にはいつも背負っているリュックサック。試合を終えたばかりで疲れがたまっているためかそれはいつもよりも重く感じ、 ずしりと肩にのしかかる重みが少しばかりジンを苦しめていた。しかし、それでもリュックサックにはいろいろと大事なものが入っているため、 その苦しみに耐えながらロビーを歩いていた。

歩いている理由は、もちろんアキラを探すためだ。

ミツヒデと戦う前からアキラと出会っていないジンは、頭の中に残っているアキラに対する疑問を晴らすべく、アキラを探し続けていた。 しかし、舞台へと続く通路にも、ロビーに来る途中の道にも、控え室にも、そしてコロシアムの入口の壁にも、アキラの姿はなかった。

「はぁ・・・アキラさん、ホントにどこ行ったんだろうなぁ」

アキラが見つからないためジンはそんなことをぼやき、ロビーの中央でただただ立ちつくしていた。 見まわしたロビー一帯をもう1度見回して見るが、 純白の壁に包まれた人という人で犇めくだだっ広い空間にアキラらしき人物は全くと言っていいほど見つからず、 無駄な行動をしたとジンはため息を零すだけだった。

――――少し休もう・・・。その後は今度はコロシアムの隅々まで探して、試合前までにアキラさんを見つけて聞きたいこと聞かなくちゃ。

心の中でそう呟き、ジンは一休みできそうなベンチを探す。自分の背後から、1つの人影が近づいて来ているとも知らず。

そして、その人影は慌てながらも、ジンに声をかけた。

「あ、あのっ!」

背後から聞こえた声に、ジンは後ろを振り返る。そこにいたのは、 額や喉など体のあちこちを包帯で巻いたジンと同じぐらいの年頃の少女だった。そして、その少女はジンにとって見覚えのある人物でもあった。

その少女の名は、カナ。準々決勝でアキラと戦った、トランス使いの選手である。

包帯で治療された傷だらけの体ですぐ目の前に立っているカナに、驚きと戸惑いが混沌した表情を見せるジン。何故この人がこんな所に? その疑問がまずジンの脳内を駆け巡っていた。

だが、それに悩むよりも先に、カナがその口を開いた。

「ついさっきの試合で勝ち進んだ、選手番号10番のジン選手・・・ですよね?」

「えっ?え、あ、はい。そうですけど?」

「・・・良かった・・・試合前に、間に合った・・・」

「間に合った?どういうこ――――」

ジンがカナに問いかけようとしたその時、ジンの目の前にいたカナは傷だらけの体でジンに体当たりするかの如く、 ジンの体に力強く抱きついた。あまりに突然過ぎるカナの行動にジンは顔を真っ赤にして慌て、 周りの人々も何が起きたのかと2人に視線を向ける。

「ちょ、ちょっと!?いきなりな、なな何を!?」

「お願いです、ジンさん・・・決勝戦であの人を・・・・・アキラ兄さんを止めてください!」

「え?ア、アキラさん・・・を?」

「お願いです!このままじゃ・・・このままじゃ、皆が・・・世界が終ってしまうんです!」

胸に顔を押し付け、ジンの袖を握り締めながら懇願するカナ。胸に押し付けている顔からは涙の感触が感じられ、 カナが顔を押しつけながら泣いていることにジンは気づいた。

様子がおかしい。普通ではないお願いの仕方にそう判断したジンはいつまでもこのままでいるのは周りにも迷惑だと考え、 カナの肩を掴んで抱きついた体を離させた。

「えっと、カナさん・・・ですよね?とりあえずここだとあれだから・・・あそこのベンチで話しましょう。ね?」

「・・・は、はい」

涙を拭いながら返事したカナにジンは軽く頷き、カナの手を取って人混みの中を移動する。 人の間を縫うように抜けて行きロビーの壁に設けられた鉄のベンチまで辿り着いたジンはカナを目の前のベンチに座らせ、 ジンもリュックサックを下してその隣に腰を掛けた。

そして、ジンが話しかけようとしたその時、それよりも早くカナがジンに話しかけた。

「あの・・・さっきはすみませんでした。いきなり、抱きついたりして・・・」

「い、いや、それは別にいいですよ。アキラさんの止めろって必死にお願いしてたのは通じたし」

「そ、それで、アキラさんを止めること、出来ますか!?」

「ちょ、ちょっと待って。その前にまず、僕の質問に答えてくれないかな?」

「質問・・・ですか?」

「うん。準々決勝の時、あなたとアキラさんが会話してた時なんだけど、あなたアキラさんのこと『アキラ兄さん』って言ってましたよね? ということは、あなたはアキラ兄さんの妹ってこと――――」

「・・・違います」

ジンの言葉を制するかのように、カナはそう呟いた。カナがアキラの妹ではない、その事実にジンは少々驚いていた。

「私は・・・・・アキラ兄さんの妹の親友。アキラ兄さんとは幼馴染みたいな関係なだけで、兄さんとは呼んでますが、 本当の兄さんではないんです」

「そうだったんですか。でも、それならどうしてアキラさんを止めようとするんですか?」

「・・・あの人の願いを・・・実現させてはならないから・・・」

「じ、実現させてはならないって・・・カナさんは、アキラさんの願いを知ってるんですか?」

「・・・はい」

「えっと、もし良かったらそれがどんな願いなのか教えてくれませんか、カナさん?」

「はい。少し、話は長くなりますが・・・」

そう言うと、カナは全てを話した。アキラが叶えようとしている願いを。そして、アキラが決して表には出さない、全ての真実を。

 

 

 

 


To be continued...

posted by 宮尾 at 04:22| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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