μの軌跡・幻編 第7話「限りないブルー・遭遇の中で」
【人間→ポケモン】
本土から遠く離れたこの小さな島は空港が無い。この島を訪れるためには空港のある近くの大きな島から定期船を使うしかない。しかし、 そもそも何も無い島なので人が訪れることがそもそも少なく、本土から食品や衣料品、郵便などが届くぐらいで、 観光客などが訪れることは滅多に無かった。だから、その船に乗っていた彼女は当然注目の的だった。
「一体あんな島に何の用事があるんだい?」
船に乗って物資を運ぶ仕事をする男が何気なく窓の外を見ていた女に話しかけた。
「そうですね・・・まぁ仕事のようなものです」
女は男のほうを振り返ることなく窓を見つめ続けながら答えた。何か考え事をしているのか、やや上の空のようにも見えた。 男はその様子に気付きながらも話を続けた。
「何の仕事かは知らんが、あそこは昨日山火事が有ったんだ。行っても今は慌しいだけだ」
「そのようですね」
女は相変わらず窓の外を見ていた。彼女の目線に移るのは水平線を境に下に濃いブルーの海と上に淡いブルーの空が限りなく広がり、 この世界の広さを今更ながら思い知らせれていた。やがて彼女の視界に小さな島が入る。彼女は息を飲み込むと、じっとその島を見つめ続ける。 そして思い立ったように今度は女の方から男に問いかける。
「一つ伺いたいんですが」
「ん、何だ?」
「あの島にアオギリという男性は居ませんでしたか?ポケモンの研究家か医師、或いは別の仕事かも知れないかど・・・」
「・・・アオギリ?・・・確かポケモン診療所を営んでいる男が・・・そんな名だったような気がしたが」
「そうですか・・・有難う御座います」
女は小さくお辞儀をして改めて限りない青の中に静かに浮かぶ小さな島を見つめた。 辺りには船がけたたましく奏でるエンジンの音だけが残り、そして静かに確実に船は島へと近付いていった。
『例えば・・・の話だがな』
山に向かう道を駆け足で進んでいた3匹だったが、不意にラズがタツキの方を向いて話しかけてきた。
『・・・何?』
『もし・・・この島に流れ着いたのが・・・偶然でないとしたらどう思う?』
『・・・いきなり何の話?』
『だから例えばの話だよ』
例え話・・・だとしても、この島の場所を知った今の彼女の頭の中はあの謎のポケモンのことで頭が一杯であり、 話の流れから考えてもあのポケモンに助けられてこの島につれてこられたとしか、今は考えられなかった。・・・だから、ふと、 同じ境遇のリヒトももしかすると・・・と考えてもみた。もしかすると本当にリヒトもあのポケモンに助けられて、 この島につれてこられたかも知れない。しかし記憶を持たないリヒトにそのことを聞くことは出来なかった。
『・・・聞いているのか?俺の話』
『あ・・・聞いてるよ、きちんと・・・でも、偶然でないとしたら、っていう質問が漠然としすぎているよ』
『・・・まぁ、それもそうだな・・・変な事聞いたな』
ラズはその後一言も口にせず走る速度を上げ始めた。タツキとリヒトもそれについていくようにスピードを上げる。・・・今の口ぶり、 まるで何かをタツキから聞き出そうとしているかのような、或いは彼なりに何か野生のポケモンとして感づいたところがあるのかもしれない。 タツキももうそれ以上聞き返さず3匹は静かに道を走りぬけ、昨日青年が倒れていた山の中腹へと向かった。 そして3匹は少し距離をとるように拡がりあたりをよく見ながら山を上の方へと駆け上がっていく。そして丁度この間、 あの青年が倒れていたところに差し掛かったときに、タツキが今は山に居るはずの無い人影を見つけた。
『・・・!いたよ、あの人だ!』
タツキは他の2匹を大きな声で呼んだ。そして3匹が揃って改めて人影を確認する。それはあの青年で違いなかった。 そしてその姿を見た瞬間、ラズの表情が変わった。そして再び、あの時ここで初めてこの青年を見たとき感じた感覚。
『・・・アンタ・・・やっぱり・・・!?』
『・・・ラズ・・・知ってるの?』
ラズのうなり声を聞いた青年が振り返る。そしてその顔を見て何かを確信したかのようだった。・・・昨日は暗雲の下の暗い状態で、 しかも泥と血にまみれた姿だったため確信がもてなかった。しかし今目の前に居る青年の顔に、ラズは確かに見覚えがあったのだ。 そして小さくその男の名を呟いた。
『・・・ビャクヤ・・・!?』
青年は突然目の前にグラエナとハクリュー、ピカチュウと珍しい組み合わせのポケモンが現れたため一瞬戸惑ったが、ラズの声を聞き、 少し顔を横に反らし考え事をするようにしばらく黙っていたが、やがて再びラズを見返し答えた。
「残念だけど、俺はビャクヤじゃないよ・・・ラズ」
『な・・・!?しかし、その顔も・・・声だってビャクヤじゃないか!俺の名前も知っている・・・!』
「・・・ビャクヤは俺の弟だよ。・・・よく見ろよ。髪の色も、目の色も、体つきだって違うだろ?お前のことはあいつから聞いたんだ」
『ビャクヤの・・・兄・・・!?アイツに兄がいたなんて、アイツは一言も・・・!』
『ちょ、チョット待って!』
戸惑いの表情を見せるラズの言葉を遮るようにタツキが彼に制止をかけた。そして、率直に突っ込む。
『・・・今、あの人間と会話成り立ってなかった?』
『・・・あ、あぁ・・・そうだな、ビャクヤの兄なら・・・俺達の言葉が分かってもおかしくないだろうな』
『私たちの・・・ポケモンの言葉が分かる?』
タツキとリヒトは半信半疑で青年の方を見上げた。青年はその2匹の様子を見て、 鼻から笑いがこぼれたが1回ゆっくりと呼吸をすると小さく頷き、そして答えた。
「・・・あぁ、分かるよ」
『・・・本当に?』
「本当さ・・・ほらな?」
『すごい・・・ポケモンと話せる能力だなんて!』
リヒトはまるで新しい玩具を与えられた子供のように瞳を輝かせて青年を見つめた。 青年は自分に興味を持ったらしいピカチュウに笑顔で答えたが、 やがてピカチュウの隣に居たハクリューを見つめて何かに気がついたように彼女を見つめる。 そんな青年を訝しげに思ったタツキは目を細めて彼を見返し、そしてついに言葉を切り出す。
『・・・ちょっと、何なのよ。さっきからジロジロと・・・』
「ん?あぁ・・・いや、さっきそっちのピカチュウがポケモンと話せる人間がすごいって言ってたけどさ・・・」
『そりゃあ凄いでしょ・・・珍しい能力だし』
「でも・・・お前もアルファだろ?」
『な・・・ハクリューが・・・アルファ・・・!?』
その言葉に驚いていたのは、タツキよりもラズだった。 流石に普段は落ち着きのある彼だがこう何度も驚きを繰り返されて精神的にいささか高揚している様だった。 そして驚きの表情のままタツキを見直しポツリと一言こぼすように呟いた。
『・・・ハクリュー・・・人間だったのか・・・!?』
『え・・・!?』
『だってお前・・・アルファなんだろ・・・?』
『た、確かに人間だったけど・・・でもアルファって何なの!?』
「・・・そうか。アルファの事を知らないって事は・・・目覚めたばかりなのか」
『だからそのアルファって何!?』
「まぁ・・・後で教えてやるよ」
青年はハクリューの首筋をポンっと軽く叩きそして彼女の言葉の追撃を交わすように再びラズの方を見て話しかける。
「なぁ、ラズ?」
『あ・・・あぁ、何だ?』
「この島にアオギリ博士が居るって聞いたんだけどさ・・・知ってる?」
『あぁ・・・彼ならこの島に居るよ』
「そうか・・・だからか・・・」
そう言って彼はまだ高く遠い山頂を、何かを思い出すように見つめた。そしてタツキは改めて彼を見直す。 歳は10代後半か20代前半ぐらいだろうか。病院で用意された服は彼のがっちりと引き締まった彼の肉体を隠すには薄く小さすぎた。 オレンジ色の短い髪の毛は太陽の輝きを受けて一層明るい色になり、山頂からの鋭いながらも柔らかな風を受けて静かに揺れていた。 そして蒼く澄んだ瞳。まるであの時の深い海のような・・・。
(・・・あれ・・・?)
タツキは彼の目、彼の表情を見つめているうちに、それらをどこかで見た記憶があるような錯覚に陥る。・・・ しかし間違いなく彼とはコレが初対面のはずだった。・・・なのに・・・それだけじゃない。
(何で・・・何でこの男と・・・あの時のポケモンがダブって見えるの・・・?)
その瞳、その表情、そしてその雰囲気・・・記憶さえおぼろげな、あの時タツキを助けたあのポケモン・・・何故か彼と重なって見えた。 タツキは頭に浮かんだ何かをかき消すように数度瞬きをしてゆっくり小さく左右に数度頭を振った。 一方青年は静かに見つめていた山から視点を再びラズに戻し彼に問いかけた。
「悪いけどさ・・・アオギリ博士の所に連れて行ってもらえないか?」
『あぁ・・・それは構わないよ・・・あ・・・あぁ、と・・・』
「ん?あぁ、俺の名前か?俺はトウヤだ」
『トウヤ・・・分かった、着いて来いよ』
「助かるよ」
『ほら、お前たちも来いよ』
そして1人と3匹は山をゆっくり降りていく。 勿論この間それぞれの心の中で様々な憶測と葛藤と不安と期待とが複雑に入り乱れあっていたが、 だからこそ彼らの周りにはただひたすらに静寂が張り詰めていた。タツキの心の中に浮かぶのはアルファという単語、そしてあのポケモンのこと。 リヒトのこと。そして自分がポケモンになった理由。それらが少しずつではあるが、 しかし確実に答えに近付いていることを感じずにいられなかった。
μの軌跡・幻編 第7話「限りないブルー・遭遇の中で」 完
第8話に続く
コメント有難う御座います。幻編はここら辺が第1部の山場でいよいよ次回から謎解き(と呼べるほど大それた物は無く少しずつ説明が入るだけですが)されていきます。逆襲編の謎を補完する部分もあるのでお待ちくださいね!