フュージョン 第4話
【人間→ポケモン獣人】
by 人間100年様
「あれぇ・・・どこ行ったんだろうなぁ、アキラさん」
キョロキョロと辺りを見回しながら、リュックサックを背負うジンはそんな事を呟く。視界に映る人々の姿を1人1人確認し、 ジンはいつもの如くアキラを探していた。
場所は、ロビー。月のように真白い壁に包まれ、 自然な明るさを醸し出すそこには試合を見にきた観客やジンのように試合に参加している選手等の人間で犇めき、 だだっ広いそこの人口は計り知れない。そんな人混みの中を縫うようにジンは歩き、 アキラを探し疲れたのかロビーの一角に設けられた鉄のベンチに腰を掛ける。
リュックサックを下ろし座ったベンチの座り心地は思ったよりも悪く、待合室の椅子と同様鉄で出来ているため、 硬く冷たい感触が尻に伝わっていく。しかし、ジンがそんなことを気にするはずがなく、視界に映る人々をただただ眺めていた。
(ホントにここは人が多いなぁ・・・。準々決勝が始まる前よりも増えてるし、やっぱアキラさんを探すのは難しいのかなぁ・・・)
そんな事を心の中でぼやき、ジンは思わずため息を零す。ジンがアキラを探して話しかけるのはいつものことだが、 今回はアキラに聞きたいことがあるため、ジンはいつもにも増してアキラを探すことに力を入れていた。
ジンがアキラに聞きたいこと。それは、準々決勝でアキラが戦ったカナの存在。
観客席にいた時にジンが小耳に挟んだ情報では、カナはアキラの事を「アキラ兄さん」と呼んでいたらしい。 それはアキラがカナのお兄さんに当たるためなのだろうが、ジンにはそれが妙に納得できなかった。納得できない理由として、 アキラとカナの関係にいろいろと疑問があるためだ。
まず1つに、顔が似ていないこと。顔の似ていない兄妹もいるかもしれないが、アキラとカナの場合は明らかに別人過ぎる。 にも関わらずカナがアキラの事を「アキラ兄さん」と呼ぶのは何故なのか。そんな疑問が、ジンの頭の中で引っ掛かっていた。
(アキラさんの妹・・・だとしても、やっぱ顔似てないしなぁ・・・性格も全然違うみたいだし・・・。でも・・・あの子、 ちょっと可愛かった・・・かな)
ふと心の中で呟いた自分の本音に、ジンは頬を少しだけ赤く染める。そんな自分の顔に気づいたジンは慌てて顔を大きく振り、 若干熱を帯びていた顔を強引に冷ました。
(な、何を考えちゃってるんだ・・・!一目惚れじゃあるまいし、初めて見た女の子に変なこと考えちゃうなんて・・・)
「すみません」
すぐ近くから聞こえた声にジンは思わず肩を跳ね上げ、慌てて声のした方に顔を向ける。慌てふためくジンの目に映ったのは、 茶色い紳士服に身を包んだ少し老いた男。見た目は60代ぐらいであろうその男だが、 きっちりとネクタイを締めたその身はスラリとした直立を保っており、シルクハットを被るその姿は「ジェントルマン」 という言葉が似合う程だった。
そんな男が小さな微笑みを浮かべると、再びジンに向けて言葉を発した。
「お隣、座ってもよろしいでしょうか?」
「え?あ、はい、どうぞ」
突然の男の声に戸惑いながらもジンがそう答えると、男はシルクハットを取り軽く頭を下げる。 外したシルクハットを胸まで運び頭を下げるその紳士らしいお辞儀を済ませた男は再びシルクハットを被り、ゆっくりとジンの隣に腰を掛けた。
少し老いた見た目のわりに身長が高いためか、男の肩はジンの耳の位置まであり、 そのギャップにジンはどうすれば良いかわからなくなっていた。アキラならいざ知らず、 観客か選手かはっきりしない男にどう話しかければ良いか全く分からない。そんな思いのためか、ジンはただただ口を閉じ続けていた。
しかし、そんなジンに男が話しかけてきた。
「選手番号12番、トランス使いのジン君だね?」
「えっ・・・!?」
「あぁ、気にせず。私もこの試合の出場者、あなたのストーカーではありません」
「あ、なるほど・・・そうだったんですか。えっと、あなたは?」
「申し遅れました。私はロバート。まぁ、ただのジェントルマンです」
「ロバート・・・あ、そういえばトーナメント表に名前がありましたね。で、そんなあなたがどうしてここに?」
「フフフ、ベンチに腰を掛けることに、理由が必要ですか?」
「そ、そうじゃないですけど・・・なんか、訳があって来たのかなぁって」
「そんな事はありませんよ。ただ試合が終わり、何処かで腰を落として休もうと思い歩いていたら君の姿が見え、 話し相手になってくれるかと思いここに座った。それだけです」
淡々とそう語ったロバートという名の男は軽く鼻から息を吐き、目の前を歩き過ぎる人の波を見渡す。どんな原理かはわからないが、 ロバートがここに来たのはただ単に自分を話し相手にしたついでに休みに来ただけ。そうジンは解釈した。
だとしたら、ロバートの話し相手になってあげなければならない。そう思ったジンは、自分からロバートに話しかけた。
「そういえば、さっき試合が終わったって言ってましたよね?ロバートさんは、勝ったんですか?」
「えぇ、勝ちましたよ。それに、負けていればこんな場所まで来れませんよ」
「ハハッ、それもそうですね」
「しかし・・・勝ちを得ることは、同時に相手の願いを挫くことにもなる。それを考えると、世の現実が思い知らされます」
「そうですね・・・。でも、相手の願いを挫いてでも、自分の願いが叶えられるなら・・・・・僕は、そんな辛さも乗り越えます」
「その言葉から察するに、余程強い願いがあるようですね。もしよろしければ、お聞かせ願えませんか?」
ロバートの問いかけにジンは少し迷いを見せながらも、頷きながら、はい、と答える。そして、ジンは自分の願いを語り始めた。 不治の病に侵された姉を助けたいという、ジンの強い願いを。
ジンの願いを瞳を閉じながら聞いたロバートは、うんうん、と軽く頷きながらその内容を吟味し、少しして、ゆっくりとその口を開いた。
「なるほど・・・確かにそれは、相手の願いを挫いても叶えたい願いですね」
「・・・ホントは、こんなことしないで、もっと普通に姉さんを助けたかったです。でも、 今はどういうわけか戦って何かを得るような時代だから、仕方無いんです」
「フュージョン、それに、トランス。この2つの力は過去に人間とポケモンが起こした奇跡。故に今の人間にもその奇跡は根付き、 気づけば戦いや娯楽の道具になっている。まぁ、世の流れがそうさせたのだから、仕方無いことでしょうが」
「そうですね・・・。あ、そういえばロバートさんの願いってどんなものなんですか?」
唐突にジンが問いかけ、ロバートは少しばかり驚きの表情を見せる。しかし、ロバートはすぐに微笑みを見せその問いに答えた。
「フフフ、私の願いを聞いたら、君は多分怒りますよ。君のような立派な少年が聞いたら、ね」
「そんな事、聞いてもないのにわかることじゃないですよ。それとも、聞かれたくないような願いなんですか?」
「さぁ、どうでしょう?ふむ、そうですね・・・私と試合する時が来たら、話してあげますよ」
「そ、そんなぁ・・・」
「フフフ、まぁからかうのはここまでにしましょう。君の試合の時間も近づいているようですしねぇ」
そう呟くと、ロバートはロビーの中央に立つ時計台を見る。その視線を追うようにジンも時計台を見ると、 その針はジンの試合開始の10分前を示していた。
「あ、もうこんな時間!」
「フフフ、では君の邪魔になる前に、私はここを後にするとしましょう」
ロバートはそう言うやベンチからゆっくりと立ち上がる、両手を腰の後ろまで運び直立する。 その紳士らしい姿にジンが思わず見惚れ始めた瞬間、ロバートはその場から歩き去る。
そんなロバートにジンが声をかけようとした時、それよりも先にロバートがジンの方に顔を向け、こう呟いた。
「そうそう、次の君の相手、かなりの強者(つわもの)らしいですよ」
そう言い残し、ロバートは微笑みを見せながら人混みの中に姿を消した。次の相手、つまりこれから始まる試合の相手が、かなりの強者。 ロバートの口から呟かれた言葉が脳裏を駆け巡り、同時に妙な緊張が全身を伝わっていく。
しかし、今はそんな言葉を気にしている場合ではない。試合までの時間が迫っている中、 ジンはリュックサックを担ぎ慌ててその場から走り去った。
リュックサックを片づけ、ジンが舞台に駆け付ける。少しばかり息を荒くするジンを出迎えたのは、
コンクリートの地面で出来た舞台を明るく照らすスポットライトと、周りに広がる観客席から轟く観客達の大歓声だった。
目を刺激する照明の眩さと、耳を貫かんばかりの大歓声の騒音。 試合が始まってから変わることのないそれらを受けながらジンは荒くなっていた息を落ち着かせ、舞台の中央へと歩き出す。 ふとジンが視線を舞台の中央に目を向けると、そこには既に対戦相手が腕を組んで立っていた。
立っていたのは、剣道着に身を包んだ老人。真白く長い白髪を腰の所まで下ろし、 老人とは思えないほど鋭い目を持つその老人は近づいてくるジンの姿を見るや、その目から闘気にも似た眼光を放つ。 それを見たジンは少し驚いた表情を見せたが、その足の動きを緩めることはなく、老人のいる舞台の中央に辿り着いた。
それを確認すると、老人はその口を開いた。
「来たか。トランス使いの童(わっぱ)」
「わ、童ってなんですか童って・・・。僕はジンって名前ですよ?」
「フン、童と言われて反応する時点で、十分童だ。それに、お主の名前なんぞ当に把握しておる」
子供であるジンを侮辱するような老人の言葉に、ジンは嫌悪の表情を見せる。どうしてそんな事を言うのだろう、 そんな疑問も浮かべながらジンはただただ目の前にいる老人を睨み、老人もまたジンを鋭い視線で睨みつけていた。
そんな時、コロシアムに設けられたスピーカーからアナウンスが流れた。
『舞台に選手が出場致しました。これより、オーシャンコロシアムマッチ準々決勝第4回戦、ジン選手対ミツヒデ選手の試合を始めます』
アナウンスがコロシアムに響き渡り、それと同時にスピーカーから試合開始のゴングが鳴り響く。 その瞬間観客席から騒がしいほどの大歓声が上がり、辺りの熱気が一気に上昇する。
そんなコロシアムの舞台で、2人は互いに睨み合っていた。周りから聞こえる観客達のざわめきを他所に睨み合っていた2人だったが、 少しして、ジンの目の前にいるミツヒデという名の老人がその口を開いた。
「どうした?わしを前にして指1つ動かさんとは、童わしに恐れておるのか?」
「そんなことないです。ただ、あなたがかなりの強者と聞いているんで、どんなことをしてくるのかなぁって」
「フン、童らしい答えだが、それは動かない理由にはならん。わしに恐れておらんのなら、さっさとトランスを見せてみよ」
鋭い睨みと図太い老いた声で、ミツヒデはジンにトランスを促す。視線を受け、言葉を耳にしたジンは少しばかり迷いを見せたが、 ミツヒデの言う通りジンは先にトランスすることを決意した。ミツヒデを睨む視線をそのままに、 ジンはベルトに設けられたボールホルダーからモンスターボールを3つ取り出す。取り出した3つのモンスターボールを地面に投げ、 地面と衝突したそれらが勢いよく蓋を開き、眩い光が放出する。
そして、眩い光と共にモンスターボールに納められていたポケモンが姿を現した。
現れたのは、ピカチュウ、サンダース、ライボルト。黄色いネズミと針のように鋭い体毛の犬、 そして硬質の黄色と青の体毛に包まれた小さな狼はジンの目の前に姿を現すや、視線の先にいるミツヒデに戦う姿勢を見せ、 威嚇するかのような鳴き声を上げる。しかし、その3匹のポケモンを前にミツヒデは眉一つ動かさず、 早くトランスしろと言わんばかりにジンを睨んでいた。
それに応えるかの如く、ジンは真剣な表情で両腕を交差させながら目の前に突き出す。交差させて突き出した両手を大きく開くと、 目の前にいたピカチュウ、サンダース、ライボルトの体から眩い光が放たれ、光に全身を覆い尽くした3匹は光の玉となって宙を浮遊した。 その光の玉の1つは両足、1つは右手、1つは左手に纏わりつき、ジンの体を明るく照らしている。
そして、ジンは力強く、こう叫んだ。
「トランス!!」
ジンの声がコロシアムに轟いた瞬間、両手両足に纏わりついていた光の玉から更に眩い光が発し始めた。 放出する強い光にジンの両手両足は光に包み込まれ、トランスを始めたジンに観客席からどよめきが広がる。
そして、光が輝きを失い、ジンの両手両足は武器を装備した姿でそこに現れた。
ジンの両足に装備されているのは、サンダースの針のように鋭い体毛を模った脛当て。左手に装備されているのは、 ライボルトの頭部を模った籠手。そして右手に装備されているのは、ピカチュウの尻尾を模った剣。 戦場を駆け抜ける剣士の如し姿になったジンは、ピカチュウが変形して出来た剣を構え、その刃にミツヒデの顔を映した。
その姿を前にようやく眉を動かしたミツヒデは、ジンの姿を見て鼻から息を吐いた。
「フン、予選の試合で観戦させてもらったが、直に見るとやはり良いトランス。あの変人を軽く討ち取っただけはある」
「それは、僕を褒めてるんですか?」
「そう思っとる時点で、やはりお主は童よ。ただトランスが良いと言っただけのこと、特別な意味はない」
「そうですか・・・。ん〜、よくわからないなぁ・・・」
「わからんでも良い、戦う前のわしの戯言と受け止めよ。・・・さて、今度はわしの番だ」
そう呟くと、ミツヒデは剣道着の懐に手を入れ、懐にしまっていたモンスターボールを3つ取り出す。 そのモンスターボールを土に種を撒くかのように地面に落とし、地面と衝突したそれが勢いよく蓋を開く。
そして、蓋を開いたモンスターボールから放出した眩い光と共に、中に納められていたポケモンが姿を現した。
現れたのは、ストライク、ヘラクロス、テッカニン。鎌状の大きな腕を持つ巨大な二本足のカマキリと、 硬質の青い皮膚に包まれた巨大な二本足のカブトムシ、 そして音速の速さで翼を羽ばたかす巨大な黒いセミのような姿のポケモンは視線の先にいるジンを虫の眼で睨み、 鳴き声を上げずに戦う姿勢を見せる。しかし、その3匹のポケモンにジンは驚くこともなく、3匹のポケモンの睨みを受け止めるかの如く、 じっとそのポケモンに目を向けていた。
「ストライクにヘラクロスに、テッカニン・・・。みんな、ムシポケモンですね」
「いかにも。ムシは本来の姿にしても、フュージョンやトランスにしても、弱者として扱われてきたポケモン。じゃが、 使い方次第でその原理は覆すことが出来る」
そう言うと、ミツヒデは目の前にいる3匹にポケモンに向けて右手を伸ばし、大きく手を開く。その瞬間、 ヘラクロスとテッカニンの体から眩い光が発し始め、光に包まれた2匹は光の玉となって宙を浮遊し、吸い込まれるように右手に纏わりつく。
そして、その右腕をゆっくりと高く上げ、ミツヒデはこう叫んだ。
「行くぞ、フュージョン!」
闘気に満ちた声でそう叫んだミツヒデは高く上げた右手を胸にぶつけ、右手に纏わりついた光を押し付けるように胸に強く触れる。 光の玉はミツヒデの体に浸透し、その瞬間、ミツヒデの体から眩い光が発し始めた。
全身を包み込むほどの強烈な光に、周りの観客席からどよめきが広がる。 ざわめく観客席を他所にジンは光に隠れたミツヒデをただただじっと凝視し、どんな姿で現れるのか気になる表情を浮かべていた。やがて、 光が輝きを失い、ミツヒデの体がジンの前に曝け出される。
その瞬間、ジンは驚愕の表情を見せた。
ジンの目の前にいるのは人の姿をしたミツヒデではなく、ヘラクロスの青い皮膚に包まれ、ヘラクロスの角を生やし、 ヘラクロスの巨大な黄色い眼を持つ頭部を成したミツヒデ。腕はヘラクロスのそれに疑似しており、足もそれに伴い疑似している。 更に背中から胴体と同じぐらい大きなテッカニンの羽が生えており、ヘラクロスとテッカニンの特徴が混ざったその姿は宛ら「ムシ人間」 と化していた。
そんな姿に驚きを見せていたジンだったが、同時にある疑問が浮かび上がった。
――――ストライクが、フュージョンされてない?
ジンがムシ人間と化したミツヒデの足元に目を向けると、そこにはまだ本来の姿でいるストライクがいる。 フュージョンする時にミツヒデが伸ばした右手に反応せず、光の玉とならずにずっとそこに居たのだ。何故そんな事が起きているのか、 ジンにはそれが謎めいた事になっていた。
その時、巨大な黄色い眼でジンを睨みながらミツヒデが言葉を発した。
「フン、ストライクがフュージョンされてないことに疑問を抱いておる顔だな。ここに出したポケモンと全てフュージョンするなどと、 誰が口にした?」
「フュージョンじゃない・・・?ま、まさか!?」
ミツヒデの行おうとしている事に気づき、ジンは思わず声を上げる。しかしその時、ミツヒデは既にそれを行動に移し始めていた。
ヘラクロスのものに疑似した両腕を勢いよく大きく広げ、その両手を大きく開く。その瞬間、 ミツヒデのすぐ傍にいたストライクの体が眩い光に包まれ、光に体を覆い隠したストライクは光の玉となって宙に浮き始めた。 やがてそれは2つに分裂し、ミツヒデの大きく開いた右手と左手に纏わりつく。
そして、ミツヒデはこう叫んだ。
「行くぞ、トランス!」
ミツヒデの声が力強く轟いた瞬間、両手に纏わりつく光の玉から眩い光が放出した。 大きく広げた両腕を覆い隠す程の強烈な光に観客席から更にどよめきが広がり、ジンもまた予想していたことが当たり驚きを隠せないでいた。 そんな事を他所に、光はミツヒデの両腕を眩いばかりの輝きで覆い隠し続ける。
そして、その光の輝きが無くなりミツヒデの両腕が晒された時、ミツヒデが手にしているものにジンは驚愕した。
ミツヒデの両手にあるのは、ストライクの鎌のような両腕を模った双剣。黄緑色の柄と鍔と峰、 そして鋼色に輝く刃が舞台を照らすスポットライトの光で輝きを見せ、 そのストライクの双剣を手にするミツヒデの姿は正に乱戦の中を斬り進む剣客そのものだった。
「フュ、フュージョンに、トランス・・・!それが、あなたのスタイルですね・・・!」
「いかにも、これこそがわしの戦闘形式。フュージョンとトランス両方を使うことで、弱者であるムシの力を強者の力へと昇華させる。 弱者から強者へと生まれ変わった力、とくとその身で受け止めよ!」
ミツヒデは闘気に満ちた力強い言葉を吐くと、背中から生えたテッカニンの羽を羽ばたかせ始めた。 最初はゆっくりと羽ばたいていたそれだが次第にその速さが増していき、やがて原型の羽が見えなくなる程の音速の速さで羽ばたいていく。 その光景にジンが緩んでしまったピカチュウの剣の構えを正した瞬間、凄まじい風切り音と共にミツヒデの姿が消えた。
突然のことにジンは慌てながらもすぐに辺りを見回すが、ミツヒデの姿は何処にも無い。前にもいない、後ろにもいない、 そして上空にもいない。音速で羽を羽ばたかせたミツヒデが何処に消えたのか、ジンは全くわからずにいた。
だがその時、ジンの右側から微かに風を切る音が発した。その音に気づきジンが右側にピカチュウの剣を構えた瞬間、 その刃に2つの斬撃が襲い掛かった。それと同時に、消えていたミツヒデの姿がジンの前に姿を現した。
大きく鋭い黄色い眼でジンを睨むミツヒデは両手に力を込め、刃が交えているピカチュウの剣にストライクの双剣を押し付ける。 そのピカチュウの剣の刃に重くのしかかるストライクの双剣の刃にジンは両手でピカチュウの剣の柄を握り締め、 押し付けられる2つの刃の力を押える。そんな鍔競り合いになった2人だったが、しかし、ジンが全体重をピカチュウの剣に込め、 勢いよくストライクの双剣の刃を弾き飛ばした。
2つの刃を弾き飛ばしたことによりミツヒデの体は大きくよろけ、その隙を突こうとジンがピカチュウの剣を振り下ろす。だが、 その刃が襲い来る前にミツヒデは再び羽を羽ばたかせ、凄まじい風切り音と共に再びジンの前から姿を消した。 再び姿を消したミツヒデにジンは慌てふためき、再び辺りを見回す。
その時、今度はジンの左側から微かに風を切る音が発した。 それに気づいたジンはサンダースの脛当てが誇る神速の速さでステップするように後方へ移動し、その場から離れる。その瞬間、 ジンの立っていた場所に2つの刃が勢いよく振り下ろされた。
ドガンッ!と音を立てながらストライクの双剣はコンクリートの地面を叩き斬り、その場所に深い斬痕を刻み込んでいる。 刃を振り下ろした張本人であるミツヒデはそれと同時にジンの前に姿を現し、その巨大な黄色い眼に攻撃を外した事に対する驚きを見せていた。
「1度ならず、2度もわしの刃を避けるとは大した腕だ。その剣といい脛当てといい、実に良いトランスをしておる」
「その羽・・・空を飛ぶためのものではないですね?多分・・・今の高速移動をするための、加速装置みたいな役割なんですよね?」
「いかにも。この羽はわしの動きを電光石火の速さまで高めてくれる、速さを極めた部位」
そう答えると、ミツヒデはジンの方にゆっくりと顔を向け、巨大な黄色い眼でジンを睨む。その鋭い視線にジンはピカチュウの剣を構え、 同時にミツヒデもゆっくりとストライクの双剣を構え始める。
「童、お主の洞察力はなかなかのものだ。それは老いたわしからも褒めてやろう。だが、相手の力がわかった所で、 それを防げなければ全くの無意味だ」
ミツヒデがそう呟くと、背中から生えた羽を再び音速の速さで羽ばたかせ、凄まじい風切り音と共にその場から姿を消した。 ジンはミツヒデが攻撃を仕掛けてくると感じ、攻撃の前兆である微かに聞こえる風切り音を探す。
しかし、少し待っても何処からも音がしない。耳にはいるのは観客席から聞こえるざわめきだけであり、ミツヒデの足音も聞こえない。 ミツヒデの言葉が意味していた通り、ジンはミツヒデの行動が分かっていても、それに対応することが出来ないでいた。
しかし、全く対応できていないわけではない。ジンはその時、ある事を思いついたからだ。
――――相手が高速で動くのなら、こっちも同じ速さで動く!
ジンはそれを行動に移す決意を固めると、地面を力強く蹴り、前方に向かって走り出す。 その瞬間にサンダースの脛当ての力でジンの走りは神速の域まで達し、舞台からジンの姿が消える。そして、 それと同時にジンが立っていた場所に2つの斬撃が襲い掛かっていた。
ガギンッ!と地面を叩き斬る甲高い音に気付き、神速の速さで走っているジンは足を緩めることなくその音のした方向に目を向ける。 神速の速さで走っているため辺りの光景が水彩絵の如く滲んで見えるその視界の中に見えたのは、 音速で背中の羽を羽ばたかせながらストライクの双剣を持つミツヒデの姿だった。この時、 ジンは同じ速さならミツヒデの姿を見ることが出来ると理解した。
そんなジンに気づいたのか、ミツヒデは巨大な黄色い眼を神速の速さで走るジンの方へと向け、同じ速さで走るジンをその眼で追いかける。 そして音速で羽ばたかせている羽をそのままに、ミツヒデはジン目掛けて突進した。
ミツヒデの疾走は地に足をつけるそれではなく、地面すれすれで空を飛ぶ超低空飛行。それが目にも写らない速さを実現させ、 そしてジンの神速の速さに匹敵する速さを起こしていたのだ。速過ぎて辺りのものが滲んで見える視界にいるジンに接近し、 ジンもまた接近してきたジンに走りながらピカチュウの剣を構える。
「せぃっ!」
ジンのすぐ傍まで接近したミツヒデは気合いに満ちた声を上げ、左手に持ったストライクの双剣を薙ぎ払う。 それをジンはピカチュウの剣を振り上げることで弾き飛ばし、ミツヒデの左腕を大きくよろめかす。
だが、それと同時にミツヒデは右手に持ったストライクの双剣を薙ぎ払い、ジンの左肩を切り裂こうとする。 素早い薙ぎ払いにピカチュウの剣で防ぎきれない程の一閃だったが、しかし、 ジンはとっさに左手に装着した肘まで覆うライボルトの籠手を振り上げ、その刃を防いだ。ガチンッ!と鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が響き、 攻撃を防いだジンにミツヒデは驚きを露にする。
その一瞬の隙を突き、ジンはライボルトの籠手から電気を放出させた。 黄色く輝くその電気はライボルトの籠手から刃の交えるストライクの双剣へと伝導し、そしてそのままミツヒデの体にまで伝わった。 青い皮膚に包まれた体に電気が感電し、ミツヒデは苦い声を上げながらその場を離れる。
サンダースの脛当てを装着した足の速度を緩め、走るのを止めるジン。滲んでいた視界が元に戻り、 ざわめきの広がる観客席やコンクリートで出来た地面がはっきりと見えるその目をミツヒデが離れて行った方向に向ける。すると、 距離の離れた何もない地面の上に、苦しそうに巨大な黄色い眼を歪ませたミツヒデが姿を現した。 余程感電したダメージが大きかったのかその眼は歪んだままであったが、体はその痛みを堪えているため直立を保っており、 痛みに堪える余りストライクの双剣を握り締める手に力が入っていた。
「んぐぅ・・・!籠手で防ぐと同時に電気を放つとは、童にしてはなかなか良い判断。やはり・・・強さに老若男女は問われないようだな」
「そんなこと、僕にはわかりません。でも、僕が強いのは多分・・・僕を支えてくれるこのポケモン達と、 絶対に叶えたい願いがあるからだと思います」
「なるほど・・・ポケモンの支え、そして叶えたい願い、それが童の強さか。ならば・・・その強さ、 わしの持つ最高の技で迎え撃ってくれよう」
苦しみながらそう呟くと、手にしたストライクの双剣のゆっくりと高く上げ、高く上げたそれの刃を頭上で交差させる。 そして交差させた刃をゆっくりと目の前まで下していき、交差させた刃を視線の先にいるジンの首の位置に合わせた。その姿は宛ら、 巨大なハサミを構えているようだった。
「我が秘技・・・首斬り鋏(くびきりばさみ)。こんな早くこの技を使うことになるとは思わなかったが・・・この技を使うだけの相手が、 童、お主だという事だ」
「ミツヒデさん・・・」
「さぁ、剣を構えよ・・・。この技を迎え撃つ、お主の強さを秘めた技をわしにぶつけてみせよ・・・!」
「・・・・・わかりました。僕は、あなたの強さが込められた首斬り鋏を・・・討つ!」
力強くそう口にすると、ジンはライボルトの籠手が装着された左手でピカチュウの剣の柄尻を掴み、両手でピカチュウの剣を構える。 そして、ライボルトの籠手から黄色く輝く電気が放出し、ピカチュウの剣にその電気が流れ込んだ。
ピカチュウの尻尾を模ったその剣に流れ込んだ電気は鋭い輝きを放つ刃へと伝導し、黄色く輝く電気が刃に纏わりついている。それは宛ら 「雷の剣」のような神々しいものへと変貌し、刃に電気が行き届いたのを確認すると、ジンは柄尻からライボルトの籠手が装着された左手を離す。
ライボルトの籠手から電気が消え、いつもの片手で構える姿を見せたジンに、ミツヒデは歪んでいた巨大な黄色い眼を引き締め、 闘気に満ちた視線をジンに向ける。互いに戦闘態勢を整えると、その場に幾秒の静寂が訪れた。
そして、2人は同時に呟いた。
「・・・いざ、勝負」
2人の声が静かに舞台に響いた瞬間、ジンはサンダースの脛当てを装着した足で地面を蹴り、ミツヒデは音速の速さで羽を羽ばたかせる。 そして2人は互いに突進し、その瞬間、2人は同時に舞台から姿を消した。
辺りのものが滲んで見える「速さの世界」で、ジンとミツヒデは互い目掛けて疾走する。電気に覆われたピカチュウの剣と、 刃を交差させたストライクの双剣の構えをそのままに、2人は目に写らない速さで互いに接近する。
そして、2人はそれぞれの力が込められた技を、放った。
「ボルト・・・スラッシュ!!」
「秘技・首斬り鋏!!」
少年と老人の気合いの声が響き、電気を纏った刃は勢いよく振り上げられ、交差した刃は力強く突き出される。互いの技が放たれ、 その場で足を止めた2人は景色が滲んで見える速さの世界から抜け出す。
周りがはっきりと見える元の視界に戻った2人は、技を放った後、その体を硬直させる。どちらの攻撃が当たり、どちらが倒れるのか。 結果がわからない今のぶつかり合いに、観客席からどよめきが広がり始める。
しかし、結果は、あっさりと姿を見せた。
「・・・見事・・・」
ミツヒデがそう呟いた瞬間、青い皮膚に包まれたミツヒデの腹から胸にかけて大きな斬痕が刻み込まれ、 同時に血の噴き出す傷口から電気が感電した。斬撃による痛みと、感電による痛みの両方を受けたミツヒデは短い断末魔の叫び声を上げ、 手にしていたストライクの双剣を地面に落す。
そして、大きな傷口から血を流しているミツヒデの体は、重たく地面に倒れた。
『ミツヒデ選手、ダウン。よって、準々決勝第4回戦の勝者はジン選手に決定致しました』
試合終了を告げるアナウンスが流れた瞬間、どよめきの広がっていた観客席からこれまで以上の大歓声が上がった。 耳に響く大歓声を他所に、ジンはすぐ傍で倒れるミツヒデを眺める。
腹から胸にかけて出来た大きな切り傷から真紅の血が流れ、青い皮膚に包まれた体を赤く染めている。 感電しているため体の所々がピクピクと震えているようだったが、荒々しく呼吸する音がしているため、 ミツヒデがまだ生きていることが確認できた。
その時、ふとミツヒデが声を発した。
「見事・・・だ・・・。これが・・・お主の強さ・・・か」
「ミ、ミツヒデさん、喋っちゃ駄目です。傷が悪化します」
「フン・・・お主が斬り込んでおいて・・・よくそんなことが言えたものよ・・・。だが・・・・・強さを求めたわしの末路は・・・・・ こんなものであったか」
「強さを求めた・・・?まさか、あなたの願いって・・・」
「いかにも・・・。わしの願いは・・・この世界で1番強くなること・・・。この老いた体でも・・・まだ戦えることを・・・ 世界の民に知らしめたかった・・・・・それだけのことよ・・・」
自らの願いを呟いたミツヒデは巨大な黄色い眼を動かし、地面に落ちたストライクの双剣に目を向ける。 初めてフュージョンとトランスをし、老いてもなお共に戦い続けてきたポケモン。自らの体と融合したポケモンと、 自らの武器になってくれたポケモンに、ミツヒデは願いを叶えられなかった無念さを黄色い眼に映していた。
しかし、そんなミツヒデに、ジンはこう呟いた。
「・・・強さは、願って叶えるものじゃないと思います」
静かに呟くジンの言葉に、ミツヒデはその眼をジンの方へと向ける。その視線を確かめると、ジンは続けて言葉を発した。
「強さっていうのは、自分で積み上げて、自分で作り上げていくものだと思います。大蛇の涙に願いを叶えてもらって、 すぐに強くなっても、僕は・・・真に強くなったとは思えません。自分で体を鍛えて、先の見えない道を進むのが・・・ 強さってものじゃないでしょうか?」
「・・・フン、フハハハハハ・・・。このわしが・・・童のお主に教えられるとはなぁ・・・。だが・・・そうであったな・・・。 老いたわしは・・・強さの真の意味を・・・忘れておったようだ・・・」
そう呟き、ミツヒデはゆっくりと瞼を閉じる。黄色い眼が青い瞼に覆い隠され、それを見たジンが慌ててミツヒデの容体を伺う。しかし、 寝息にも近い荒い呼吸の音を立てているため、ジンは平気であることを知り安堵の表情を浮かべた。
そんなジンは倒れたミツヒデに深々と頭を下げ、ありがとうございました、と礼をする。 ジン自身その言葉がどんな意味合いを持つのかはわからなかったが、試合が終われば挨拶をする、そう思っての行為だった。
そして、それを済ませたジンは倒れたミツヒデに背中を向けると、大歓声の響き渡る舞台を後にしていった。
その時、スピーカーから再びアナウンスが流れた。
『予選突破選手全8名による準々決勝が終了致しました。よって次の試合から、オーシャンコロシアムマッチ、準決勝を開始致します』
To be continued...