華麗なるジェミニオン-進化少女隊 E.O.N. 3rd Season- 前編
【人間→ポケモン】
『はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・!』
それは、変な夢だった。
『諦めちゃ駄目だ・・・諦めちゃ・・・!』
まるで映画のワンシーンを切り貼りしているかのような、断続的でストーリーが見えない夢。
『僕が・・・僕が逃げ切らなきゃ・・・この世界は・・・!』
でも、そんな見るのも覚えるのも思い出すのも大変なこの変な夢の中で、はっきりと印象に残っているものがある。
『この世界は・・・終わってしまう!』
強い意志を感じる、小さな男の子の声と、一匹の獣。
『早く・・・早く、”向こうの世界”に行かなくては!』
・・・いや、獣じゃない。見た目は確かに動物そのもの。茶色い毛皮に長くて大きい耳と尻尾。犬や猫、或いは兎の仲間のようにも見える。 でも、それが何なのか知っている人が見れば、それを動物だとは呼んだりしない。
そう、あえて呼ぶとすれば、それは・・・。
「・・・ポケモン・・・?」
私はベッドから体を起こし、眠い目をこすり、長い髪をかきあげ、一つあくびをした後に、 ようやく夢で見たあの獣のような生き物のことを思い出す。更に一つ伸びをして、ある程度醒めてからもう一度あのポケモンのことを考え、 そしてようやくそのポケモンの名前を思い出す。
「何で・・・イーブイの夢なんか見たんだろ・・・」
小声で呟きながら、首を傾げる。ポケモンは割と好きなほうだけど、最近はあまりやってないし、だからといってアニメや漫画、 雑誌で見てもいない。だから、唐突にポケモンの夢を見たことに少しだけ驚きと戸惑いがあった。・・・ でもすぐにそんなことは気にしなくなってしまう。大概の場合、夢に大きな意味なんて無いから。
私はふっと時計を見る。長針が7を指していた。
「やばっ、支度しないと!」
私は慌てて二段ベッドの上から軽い身のこなしで飛び降り、二段ベッドの下を覗き込む。そこには、 私と同じ顔をした少女が幸せそうな表情で寝ていた。
「ほら、千春起きて!もう7時だよ!」
「んん・・・」
鈍い唸り声を上げながら彼女はゆっくりと身体を起こし、ベリーショートの頭をぽりぽりと掻きながらしばらくボーッとしたあと、 10秒ぐらいしてから私のほうを見上げて呟いた。
「・・・あれ?千秋、何でそこにいるの?」
「何時まで寝ぼけてるのよ!もう朝だよ!さっさと目を覚ます!」
「朝〜?・・・じゃあ、あれって夢なのかぁ・・・」
千春はとろとろとした口調で何か呟いていたので、私は彼女の額の前に手を持っていき、一発デコピンを喰らわしてみる。
「ッ・・・痛いなぁ!何すんの!」
「ほら、目ぇ覚めたでしょ?早くしないと、2人とも遅刻しちゃうよ」
「うぅ・・・分かったよぉ」
千春はそう言ってベッドから降りゆっくりと伸びをする。私はそれを見届けると、先に部屋を出てリビングへと向かった。
「おはよう、千秋。おはよう、千春。・・・2人とも、眠そうだな?」
先に現れた私と、少し遅れて現れた千春を見て、既に朝食を終えたらしい父さんが、読んでいた新聞を折りたたみながら挨拶してきた。
「おはよう。何か変な夢見て」
私は父さんにそう返事をしながら、食卓の椅子に座った。食卓には既に、母さんが用意した朝ご飯を食べ始める。
「ほら、千春もさっさと食べちゃいなさい!」
母さんは忙しそうにしながら、またボーっとし始めた千春に声をかけた。
「・・・え?あぁ・・・うん」
「ほら、寝ぼけてないの」
「うん」
千春はそう返事をして、ようやく朝ご飯を口に運び始めた。
周囲が双子と言うものに対して抱いているイメージはよく分からないけど、少なくとも私たちの場合は、大して似ていないほうだと思う。 顔は確かに全く同じだけど、私、千秋は髪を長く伸ばしているのに対して、千春は男の子みたいに、かなり大胆な短髪だ。それだけで、 同じ顔だと言うのに印象が異なるため、私たち二人が間違われることはあまり無い。
性格だって、私はどっちかって言えば真面目で、千春は大雑把だったりするし、私は文科系で千春は体育会系と、得意分野も全然違う。 だから私たちはお互い、自分たちのことをあまり双子らしい双子だとは思っていない。仲は、勿論いいけど。
・・・でも、時々ビックリするようなシンクロをすることがある。言おうとしたセリフや、好きなもの、好きなこと、行動が被ることが。 そういうことがあると、やっぱり同じ遺伝子を持っているのかなって感じる時もある。
・・・そして、もしかすると私たちはもっと、深い部分でシンクロしているのかもしれない。私たちが知らないだけで。
「・・・おい。おい、千秋!」
「あ・・・え?・・・なんだ、寿人(ひさと)か」
「寿人か・・・じゃないだろ?何ぼうっとしてるんだよ?」
体育館の隅で一人考え事をしていた時に、不意に一人の少年に声をかけられた。
「ちょっと考え事」
「試合のことか?」
「ううん」
「部活中に、試合以外のこと考えるなよ」
「あんただって、部活中に何女子の方に平気でやってきてんのよ」
私が反論すると、寿人は笑顔を浮かべ私の頭に手を置きながら返事をした。
「気にしない気にしない」
私はため息をつきながら、彼の手を払い除ける。
「幼馴染だからって、馴れ馴れしすぎ」
「幼い頃から、馴染んでいるから幼馴染って言うんだろ?」
「それは屁理屈」
「何処がだよ」
私たちが不毛なやり取りをしていると、コートのほうから先輩が私を呼んだ。
「千秋、交替!1番入って!」
「はい!」
私は慌ててコートへ向かおうとするが、その時寿人に呼び止められた。
「千秋!」
「何?」
「俺、中体連出るの決まったわ」
「え?」
「しかもレギュラーで」
「・・・マジ?」
「マジ」
きょとんとした私の顔を見て、寿人はまた小さく笑い、立ち止まっている私の横を通り過ぎようとしてまた頭に手を乗せて一言呟いた。
「だから、お前もガンバ!な?」
「言われなくたって」
私はまた、手を払い除けながら答えた。
「ほら、千秋早く!」
「はい!」
私は改めて急かしてきた先輩に大きな声で返事をし、寿人の方を振り返って一言だけ伝えた。
「見てなよ。千春ばかりがエースじゃないんだから」
そして私は急いでコートに入り、交替する別の選手から赤い1番のゼッケンを受け取る。すると、 私が受け取ったものと同じ色で3番のゼッケンをつけた千春が腕を高く上げてきた。私は笑顔を浮かべて腕を上げ、私たちはハイタッチをする。
「寿人くん、何て?」
「レギュラー決まったってさ」
「本当?私達も負けてられないね!」
千春は、額に少し滲んだ汗を、腕で拭う。
「二人とも、ポジション着いて!」
先輩に促されて、私たちはそれぞれのポジションに着く。すると、私の傍に先輩がやってきて、バスケットボールを私に手渡してきた。
「コートの外でいちゃつくなんて、余裕ね?」
「べ、別にいちゃついてるわけじゃ・・・!」
「冗談冗談。・・・でも、気は引き締めてよ?ウチの次期司令塔なんだから」
「はい!」
私は大きな声で頷くと、先輩は一度コートの外で見ていたコーチのほうを振り向き、コーチが小さく頷いたのを確認すると、 先にコートに入っていた選手も含めて指示を飛ばした。
「ハーフコートで、青ディフェンス!ボールホルダーにダブルチーム!赤は積極的に掻き乱して!」
私は、先輩のその声を合図に持っていたボールをドリブル始めたが、すぐに青チームが2人がかりで迫ってきたのを見て、 横にいたチームメイトにボールをパス、そしてすぐさまマークを外してゴール下に入る。
私がボールを渡したチームメイトは、そのボールを千春へとパスをする。それを見た瞬間、私は千春に背を向けてゴール下を走り抜ける。 千春は私が千春に背を向けているのを知った上ですぐさまパスを出してくる。・・・見なくても分かる。千春が、何処にいて、何をするのか。 それは千春も同じで、私が何をしようとしているのか、すぐに分かるらしい。
私は、急な切り返しでボールを正面で受け取り、やや後ろに飛びのくようにジャンプシュートを放つ。ボールは、 相手チームの頭上を越えて、リングに吸い込まれていく。
「さすが正確ね。・・・フォワードでもやってけるんじゃないの?」
相手チームの先輩が私へのマークを兼ねて声をかけてくる。私は笑顔で、3Pラインまで戻りながら答える。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、競り合いには弱いし・・・ウチにはアレもいますし」
苦笑いしながら私は千春のほうを見た。千春は、今度は私にしっかりマークがついているのを確認すると、私へパスは出さずに、 フリースローラインから踏み切り、そのままスクープシュートを決める。そしてそのままゴール下を少し越えて着地する。
「・・・フリースローラインからゴール下までって、結構あるよね?」
「4.6メートルですね」
「・・・今、5メートル近く飛んだってことだよね?」
「そうですね」
「・・・あれ、シュート打つために、高さ優先して飛んでるんだよね?」
「だと思います」
「まっすぐ飛ぼうと思ったら、もっと飛べるってことだよね?」
「かもしれませんね」
「・・・アンタの双子って化物?」
「私も同感です・・・」
千春の運動神経のよさは、はっきり言って人間離れで、超人的で、驚異的で、常識外れで、呆れるほどだ。 一見細く見えるあの身体の何処をどう使えば、あんな風に飛べるのか不思議でならない。本当に同じ遺伝子を持っているのか、疑いたくもなる。
「・・・千春がうちにいてくれるのは助かるんだけどさ・・・あのバネがあれば、陸上部の方が活躍できるんじゃないの?」
千春を見ていた先輩が、私にそう問いかけてきた。
「そうなんでしょうけどね・・・本人が、バスケやりたがってますし」
「それってやっぱり、彼のこと?」
先輩は隣のコートで練習をしていた男バス部の方を見る。すると、千春はそっちのほうへ走っていき、大きな声で誰かを呼んだ。
「琢磨く〜ん!今の見てた!?」
「見てたよ、勿論。さすが千春ちゃん、凄い格好よかったよ」
すると、隣のコートで練習をしていた一人の少年が、手を止めて千春のほうを振り返り、返事をした。
「全く・・・双子とも揃って部活中にベタベタと・・・」
「私は別にベタベタなんてしてないです!」
「でも、琢磨くんも寿人くんも、幼稚園から仲いいんだって?長い付き合いだよねー」
「まぁ・・・そうですね」
私は楽しそうに会話をしている千春と琢磨のほうを見ながら、返事をする。同じように、 複雑な表情で2人を眺めている寿人を遠目で見ながら。
気がつけば、いつも私たち双子の傍には寿人と琢磨がいた。私たち4人はよく一緒に行動することが多くて、 周りからも仲がいい四人組として捉えられていた。
それが何時からだろうか、私たちの中で急に、千春と琢磨の仲が急接近した。 そして結果的に私と寿人は取り残されたような格好になっていた。勿論、別にそれが原因で仲が悪くなったなんてことは無い。・・・でも、 千春と琢磨の仲の良い様子を目の当たりにすると・・・どうしても意識してしまう。寿人のこと。
あいつにそんな意識が有るのか無いのかは分からないけど、さっきのことといい、妙に私を構ってくる。そして、 妙に優しい言葉をかけてくる。悪い気はしないけど、どうにも調子が狂って仕方が無いわけで・・・。
その時だった。突然校内の非常ベルが一斉に鳴り出した。けたたましい音に私たちは戸惑いながら辺りを見渡す。 するとしばらくしてから校内放送が流れた。
「・・・火が出ました。全校生徒、職員は校庭に避難してください。繰り返します・・・」
どうやら、不審火らしい。ふと、校舎のほうを見ると煙が上がっている教室があった。・・・こんな避難訓練みたいなこと、 実際に起きるんだ・・・まぁ、そのための避難訓練なんだろうけど。
そしてすぐに、生徒、及び職員全員が校庭に避難を完了した。既に放課後の部活動時間なので、校内に残っている生徒は多くなく、 避難も速やかに完了。火もあまり大きくは広がらずに消され、大事にはならなかった。けど、この火事の原因が、 私たちの運命を大きく動かすものだとは、この時まだ気付いてもいなかった。
結局、この火事で今日の部活動は途中で中断。私たちは体育館で早速後片付けを始めていた。
「千春!千秋!ボール片付けてきて!」
先輩の一人が、ボールの入ったかごのほうを指差して、私たち双子のことを呼んだ。私たちはすぐに返事をすると、 かごを体育準備室へと運んでいく。
「でも、火事怖いよねー」
二人でかごを押していると、千春の方から私に声をかけてきた。
「・・・火事自体が怖いというか・・・火事の原因のほうが気になるけど」
私は目線を目の前の体育準備室に向けたまま答えた。そして更に言葉を続ける。
「不審火・・・って言うけどさ、正確な出火原因ってわかんないみたいだし」
「まだ調べている途中だからじゃない?」
「・・・でも、明らかに火の気の無い教室。電気は消していた。タバコも見つかっていない。何でそんなところから火が・・・」
「確かに、気味は悪いよね」
千春は私の言葉に賛同するように頷きながらそう答えた。今まで、うちの学校でこういう問題や事件が起きたことは聞いた事が無い。 平和だと思っていた学校のことが、突然怖くなった。それから私たちは珍しく二人とも黙り込んで、体育準備室の前までかごを押す。 体育準備室のドアは、練習開始のときに閉め忘れたのか、開いたままになっていたので、そのままかごを準備室の中に押していく。
かごを所定の位置まで押して一息を付き、準備室を出ようとした・・・その時だった。
「・・・あれ?」
急に千春が立ち止まり、どこか一点を見てる。
「どうしたの?」
「千秋、あれちょっと見て・・・」
千春は急に声を小さくして、準備室の隅のほう、何かの用具の陰を指差した。暗くて見えづらいその奥のほうを、 私は目を凝らしてよく見てみる。・・・すると、なにやらふわふわとした毛のようなものが、奥から出ているのが見えた。
「何だろう・・・犬かな・・・?」
「・・・まさか・・・」
私は、その茶色い尻尾のような毛を見て、ふと今朝見た夢を思い出す。・・・でも、それはありえない。ありえるはずが無い、 と頭の中で否定する。
その時、更に人が準備室に入ってきた気配を感じ入口のほうを振り返る。 私たちと同じようにボールのかごを片付けにきた寿人と琢磨だった。
「おい、何やってるんだ?」
「シーっ!・・・何かいるの・・・」
「・・・何かって何だよ」
寿人は怪訝そうな顔で私たち双子のほうに近づき、私たちが目線を向ける準備室の奥を同じように見始める。
「・・・本当だ・・・何だ、あれ?」
寿人も眉をひそめながらそれを見る。すると彼の後ろから琢磨が被せるように声をかけてきた。
「もし動物だとしたら・・・全く動かないってことは、まずい状況なんじゃないかな・・・?」
「・・・じゃあ、様子を見ないと・・・!」
「待って。一応・・・千春ちゃんと千秋ちゃんは待ってて。僕と寿人で見てみようよ」
「ん?・・・あぁ・・・そうか、そうだな」
寿人は心配そうな表情を浮かべる私たち双子の方を振り返りながら、琢磨の呼びかけに答えた。・・・琢磨は気を使ってくれたんだろう。 動く気配がないと言うことは・・・もしかすると、もしかするかもしれない。
2人は、ゆっくりと準備室の奥のほうへと入っていき、その動物のようなものを確認する。
「・・・どう・・・なの・・・?」
千春が恐る恐る問いかける。
「怪我はしてるけど・・・生きてはいるみたい。・・・けど・・・」
「けど・・・?」
「・・・寿人、僕の目がおかしいわけじゃないよね?」
「多分・・・お前も俺と同じこと、考えてるんだろ?」
琢磨と寿人の表情は驚きのものへと変わっていた。首を傾げる私たちを見て、琢磨は私たちを手招きする。私と千春は顔を一度見合わせて、 互いに小さく頷くと琢磨と寿人の下に駆け寄る。そして彼等の間から、動物のようなものが何なのかを見る。
・・・そして、確信する。あの夢には、何かの意味があったのだと。
「イーブイ・・・!?」
その姿を見て思わず、口走る。その生き物の呼び名を。目を閉じたまま動かない、小さな身体に茶色い毛並みを持つ犬のような生き物。・・ ・でもそれは犬じゃない。今朝夢に出てきた、あのイーブイそのものだ。
「やっぱり、コレってイーブイ・・・だよな・・・!?」
「・・・4人ともきちんとイーブイだって認識しているっていうことは、そういうことだと思う」
「或いは、4人とも寝ぼけていたりしないよな・・・」
寿人と琢磨は眠っていると思われるイーブイを優しく撫でながら、会話を続けていた。私は、はっと驚きから我に返り、 皆に今朝の夢のことを話そうとしたときだった。
「そういえば私、夢にイーブイ出てきたよ」
私が言おうとしたセリフが、準備室に小さく響いた。私によく似た声。・・・でもそれは私の声じゃない。はっとして私は隣を見る。 今のセリフは、千春のものだった。そして思わず彼女の言葉に付け加えた。
「千春も!?」
「えっ・・・?」
千春は驚いた様子で私のほうを振り返る。
「・・・千春も・・・って・・・千秋も、ひょっとして・・・イーブイの夢を見たの・・・!?」
私は彼女の問いに大きく頷いた。千春はぱぁっと笑顔を浮かべ、やや大きめの声を出す。
「すごい!二人ともイーブイの夢を見て、本当にイーブイが現れるなんて!凄い偶然!」
「いや・・・偶然じゃないだろ・・・何か関連があるとしか・・・思えない」
「千春ちゃんと、千秋ちゃんの見た夢って・・・どんな内容なの?」
寿人と琢磨は、私たちのほうをまた振り返り、問いかけてきた。・・・やっぱり、偶然なんかじゃないのかもしれない。私たち双子は、 自分たちが見た夢を説明したけれど、夢の内容もまるっきり一緒。何かから逃げるように走っているイーブイの姿だった。
私たち2人が寿人と琢磨に説明している、丁度その時だった。彼等の後ろのほうで眠っていたイーブイがピクっと動いたかと思うと、 ゆっくりとその目を開き始めた。
「あっ・・・みんな見て、イーブイが!」
私はイーブイのほうを指差して叫んだ。すると一斉にイーブイのほうを振り向く。私たちの目の前でイーブイは手足をゆっくりと伸ばし、 震わせながら、その小さな口を開いた。
『・・・ここ・・・は・・・ここは・・・どこ・・・?』
そして、私の耳に聞こえてくる、聞いた事の無い男の子の声。・・・いや違う、この声には聞き覚えがあった。夢で聞こえた、 あの声と同じなのだ。そしてその声はイーブイが口を動かしたタイミングで聞こえてきたわけで。
「イーブイが・・・喋った・・・!?」
私と千春は声を揃えて呟いた。見て、聞いて、感じたままに。でも、男子二人のリアクションは違っていた。
「喋ってないだろ、ただの鳴き声じゃんか」
「え・・・寿人には聞こえなかったの?」
「だって今、”ここはどこ”って言ってたよ!琢磨も聞いたでしょ!?」
「いや・・・僕にも、ただの鳴き声にしか・・・」
詰め寄る千春に、琢磨は困惑した様子で答えた。すると、イーブイが再び口を開き声をかけてきた。
『君たちには・・・僕の言葉が分かるの・・・!?』
「・・・うん、分かるよ。あなたの言っている言葉が」
『そうか・・・僕は、ついているのかもしれない・・・!』
「・・・どういうこと?」
首を傾げる私の目の前で、イーブイは傷ついたその体を一度起こし、すぐにその場に座り込み、その顔を下げた。まさに、礼をするように。 そして顔を下に向けたまま大きな声で話しかけてくる。
『お願い!僕と一緒に、ポケモンを・・・世界を救って!』
・・・。
「・・・イーブイ、何かお願いしてるみたいだけど、何て言ってるの?」
「・・・千秋?何黙ってるんだよ。俺達にイーブイの言ってることを教えろよ」
私の傍にいた男子2人組みが、興味津々で問いかけてくる。私は、彼等のほうを見ながら、精一杯間をおいた後、 ゆっくりとした口調で答えた。
「世界を・・・救って・・・だって」
「・・・世界てっ・・・」
「・・・話、でかいね」
「だ、だってそう言うんだもん!このイーブイが・・・!」
ややリアクションに困っている2人を見て私は少し顔を赤らめながら言葉を付け足した。
「ねぇ、ポケモンと世界を救うって、どういうこと?」
私が慌てている頃、千春はいつもと変わらぬ様子のマイペースで、イーブイに問いかけていた。するとイーブイは、 その表情を更に深刻なものに変え、私たちに説明を始めた。
『・・・実は・・・僕の住んでいたポケモンの世界が・・・大変なことになっているんだ』
「大変なこと?」
『あるポケモンが・・・ポケモンは戦うための存在だと突然言い張り・・・ポケモン達から理性を奪い始めたんだ』
「ポケモンが・・・理性を失う?」
『うん・・・理性を失ったポケモンは暴走し・・・時も場所も相手も選ばずバトルしあうようになってしまったんだ・・・』
イーブイは再び頭を下ろし、悔しそうな表情を浮かべ小さな前足を握り締めていた。私たちはイーブイの話を聞き続けた。
『・・・そして戦いに敗れたポケモンは、理性を取り戻すことが出来るけど・・・弱いポケモンだと判断されて、 戦う力を奪われてしまうんだ』
「・・・戦う力が奪われるって・・・どういうことだろう・・・?」
「・・・ゲームで言えば、レベル1に戻されるってことじゃないかな・・・?」
千春の問いに、私は推測で答えた。・・・というか、ゲームで仮定して答えるしかなかった。他に説明も例えもしようが無かったから。
『強いポケモンはどんどん強く凶暴に・・・弱いポケモンはどんどん弱くなっていき・・・ 僕たちの世界はすっかり混沌としたものになってしまった・・・!』
「・・・あなたたちの世界には、人間はいないの?」
『僕たちの世界は、ポケモンだけが住む世界なんだ。・・・ポケモンが、こっちの世界の人間みたいに、文明を築いて、生活している・・・ 生活していた・・・それなのに・・・!』
そう語るイーブイの目は、一層潤んでいた。思わずこっちまで、こみ上げてくる何かを感じてしまう。だって、 もしもこのイーブイの話を人間に置き換えたら・・・理性をなくして暴れる人達・・・それに怯えて逃げ惑う弱者・・・想像するだけで、 寒気がした。
「でも・・・どうして君は人間の世界にいるの?・・・それに、私たちが世界を救うって・・・どうやって?」
『・・・実は、理性を失ったポケモンが、こっちの世界にも逃げて来てしまったんだ』
「えっ・・・!?」
「じゃあ・・・あなた以外にもポケモンがこっちの世界に来てるの!?」
『うん・・・このまま放っておけば、今までポケモンのいなかったこの世界は、パニックになってしまう!』
確かにそれは大変なことだ。ポケモンは人間よりも強い。この世界に存在しないはずの生物。 私たちはポケモンと言うキャラクターとして慣れ親しんでいるけど、もしそれが実在し、理性もなく人を襲うとなれば、 まさにそれはモンスターだ。
「でも、私たちは普通の人間だよ!・・・この世界を救うなんて大きなこと・・・!」
『いや、君たちなら出来る・・・だって、君たちは僕の言葉を理解している。君たちなら・・・この世界を救えるんだ!』
イーブイは強い口調で私たちに語りかけてくる。鬼気迫るようなその口調に、私も押し切られそうになる。すると、 イーブイはその前足を私の前へと突き出してきた。
『僕の手を握ってみて』
「・・・へ?」
『いいから早く!』
イーブイに言われるがまま、私はイーブイの前足を軽く握り締めた。するとイーブイが真面目な表情で呟いた。
『君に・・・麗しき氷の力を!』
「っ・・・何!?」
すると、私の手が突然パァっと明るく、青く光り始めた。そして、光に包まれた私の手の指が徐々に短くなっていき、 光と同じ青色の毛が手を覆っていく。そしてその形はすっかりさっきまで私が握っていたイーブイのそれと同じ、動物の前足になってしまった。
腕は水色の毛に覆われながら、徐々に短くなっていく。私の履いていた靴は光に包まれながら消えて、その下から現れた私の足は既に、 手と同じ青い毛に覆われ動物の後足と化していた。
「何これっ!?」
私は思わずそう叫んだが、その間にもどんどん変化が進んでいく。私の着ていた体操服は、靴と同じように光に包まれながら消えてしまい、 私の身体があらわになってしまった。私は慌てて身をかがめて身体を隠そうとしたけど、その身体ももうすっかり水色の毛に覆われ、 尻尾からは薄っぺらくダイヤの形をした尻尾が姿を現していた。そして、私の身体自体がどんどん小さくなっていく。
「身体が・・・ポケモンになって・・・クッ・・・グレェ・・・!?」
身体だけじゃなく、声にまで変化が現れていた。自分の声が出せない。そして、その声に対応するかのように、私の顔も変化し始める。 顔にも水色の毛が覆っていき、目は大きく、青く変色していく。鼻先は黒ずんで前へと突き出し、耳は大きく頭の上へと尖っていく。 髪の毛も青く変色し、顔の横に長くまとまって垂れ下がった。私はそのまま両手を地面につけると、身体のサイズと形が、 徐々に人のものではない、動物のものへと変化していった。
「グレィ・・・グレッ!?」
予想だにしなかった、自分の身体の変化に、私は自分の声がポケモンの鳴き声になっているのも構わずに、千春や寿人、琢磨に訴えかけた。 ・・・その彼等が、私よりはるかに大きくて見上げても顔が見えないほどだったのは戸惑ったけど、 何とか私の言っていることがわかって欲しかった。
『千春!寿人!琢磨!私、どうなっちゃったの!?ポケモンになっちゃったの!?』
しかし、寿人と琢磨は困った表情を浮かべて私を見下ろしていた。・・・そうか・・・私の言葉が、分からないんだ・・・!
「グレィ・・・!」
私は、しゅんとなって・・・私自身意識したわけじゃなかったけど・・・耳と尻尾を垂れ下げた。すると、 千春がしゃがみこんで笑顔を浮かべながら私に話し掛けて来た。
「大丈夫だよ、千秋。その姿、すっごく可愛いよ!」
千春は、相変わらず能天気な口調だった。・・・でも、ふと思い出す。千春と私は、イーブイの言葉が理解できた。ひょっとして、 今の私の言葉も、千春なら理解できるかもしれない・・・!
『千春・・・私の言ってる言葉、分かる!?』
「え?わかるよ、勿論」
・・・よかった・・・!ポケモンの姿になって、誰とも会話が出来なくなったらどうしようかと思ったけど、千春には通じるみたいだ。 私は続けて、千春に問いかけた。
『千春、私どうなっちゃったの?私、今どんな姿なの?』
「姿?凄く可愛い、グレイシアだよ」
・・・グレイシア。やっぱりそうか、と自分の中で納得した。自分で自分の全身が見えたわけじゃないけど、 見える範囲の特徴と鳴き声から、何となく覚悟はしていた。・・・でも、改めて千春に言われて、自分に言い聞かせる。自分はグレイシアに、 ポケモンになってしまったのだと。
『・・・どういうことなの・・・!?』
私は、グレイシアの鋭い目を更に細めながら、イーブイの方をにらみつけた。イーブイは悪びれる様子も無く答えた。
『ポケモンが、ポケモンの力を持っていると理性を失ってしまう。でも、人間ならポケモンの力を使っても、理性を失わないんだ!』
『つまり・・・それは、私にポケモンに変身して、理性を失ったポケモンと戦って、大人しくさせて、平和を取り戻せと?』
『さすが人間、飲み込みが早い!』
『ふざけないで!』
『ふざけてなんてない!僕は真剣なんだ!』
体育準備室に、グレイシアとイーブイの鳴き声が響き渡った。イーブイの真剣な表情を見て、 彼がふざけてこんなことをしているわけじゃないことは分かる。でも、私の気持ちも意見も聞かないまま、こんな姿に変身させられて、 私の怒りもすぐには収まりそうに無かった。
すると、横から千春が私たち2匹の間に割り込むように入ってきた。
「ねぇ、そろそろいい?」
『・・・何がよ?』
「次はさ、私の番だよね?」
『だから何が・・・』
「私が、変身する番だよね?」
千春は笑顔でそう告げると、イーブイの目の前に自分の手を差し出した。
『ちょ・・・千春!?何してるの!?』
「千秋ばっかり、ポケモンに変身してずるいもん。私も変身したいもん」
『私は好きで変身したんじゃない!』
「でも、ポケモンになるなんて、凄い貴重な体験だよ!私もポケモンに変身したいし、それに・・・」
話の途中で、千春はチラッとイーブイの方を見た。イーブイの真っ直ぐな視線が、私たちに刺さる。
「私は、困っている人を・・・じゃなくて、ポケモンか。・・・でも、誰かが困っていたら、私は助けになりたい。 自分に出来ることなら協力したいの」
『・・・千春・・・』
千春も私のことを真っ直ぐな瞳で見つめてくる。イーブイに千春・・・ダブルでそんなに素直な目で見られたら、私はもう、 一言しか言えなくなる。
『・・・好きにしなさい・・・』
「ありがと、千秋!」
千春はそう言って、私に抱きついてきた。・・・私の身体が小さくなったこともあって、千春のことがとても大きく、そして・・・ 逞しく見えた。千春は改めてイーブイの前に手を差し出し、イーブイもまた自分の前足をあげ、それを千春が優しく握り締めた。
『準備はいい?』
「うん、勿論」
『君に・・・華々しき草の力を!』
イーブイがそう告げた瞬間、千春の手から緑色の光が放たれた。すると、彼女にも私と同じような変化がおきていく。 手の指が短くなっていったのだ。・・・端から見ていると不思議な感じだった。自分もこうして変身したのかと思うと。
私の目の前で、千春は千春でなくなっていく。その手には茶色い毛が覆いすっかり動物の前足に変化し、 腕はクリーム色の柔らかな毛で覆われていった。私と違うとすれば、足首の辺りから生えた毛が、徐々に長くなり、 緑色に変色し草になったことだろうか。
彼女の服や靴もやっぱり光と共に消えていき、その身体を徐々にクリーム色の毛が覆っていく。骨格も、徐々に手足が短くなり、 足はかかとが伸びていき、四足で立つのに適した身体になっていく。こうした変化は、見ている方じゃないと分からない部分かもしれない。 さっき自分で変身した時は、きっとそうだろうという意識はあったけど、気付けなかった。
「んっ・・・!」
彼女は身を震わせながら、手を地面につき、お尻を突き出す。すると、お尻からするすると緑色の草が生え育ち、立派な尻尾へと変化した。 胸元からも、小さな葉っぱが芽を出す。顔ももう私の知っている千春のものじゃなくなりつつあった。鼻先はやっぱり黒ずんで尖り、 目は大きな茶色いものへと変化していた。耳も私と同じように大きく尖っていったが、その先が草へと変化している。そして額にも、 前髪のようにちょろんと葉っぱが生えていた。
「リフィー!」
完全に変化を終えた千春・・・だったポケモンは、元気よく一つ鳴き声をあげた。
『・・・千秋、私って何になったの?』
千春は楽しそうに私に問いかけてきた。私は改めて千春の姿を確認しながら、彼女に告げた。
『・・・リーフィア・・・だよ、多分』
『やっぱり!千秋がグレイシアに変身したから、きっと私はリーフィアに変身できるって思ってたの!』
千春は嬉しそうな表情を浮かべて自分の胸や耳に前足をあてて、自分の姿をひとしきり確認した。そういや千春、 リーフィアのことが好きだったんだっけ。
『ありがとう、イーブイくん!』
『え、あ?いえ、どういたしまして・・・?』
突然お礼を言われて、イーブイもあっけに取られていた。そして今度は琢磨のことを見上げながら問いかけた。
『琢磨くん!私の姿ってどう!?可愛い!?』
『ちょ・・・気付いてないの、千春!私たちの声はポケモンの鳴き声になってるから、人間には通じな・・・』
「勿論、可愛いよ。千春ちゃん」
『・・・って通じたぁぁっ!?』
そのやり取りに私は呆気にとられた。私たちの言葉って、ポケモンの言葉だから、普通の人間には通じないはずじゃないの!?どうやら、 寿人も同じことを疑問に思ったらしく、琢磨に問いかけた。
「おい、琢磨。お前・・・千春の、リーフィアの言葉が、分かるのか?」
「ううん、分からないよ?」
「・・・じゃあ、さっきの、適当かよっ!?」
「適当じゃないさ。だって、千春はこういうとき、僕に意見を求めてくるし、僕は今の千春を見て純粋に可愛いと思っただけだし」
琢磨は笑顔を浮かべながら寿人にそう答えた。そして、リーフィアとなった千春に手をさし伸ばしながら、笑顔で声をかけた。
「おいで?」
『・・・うん!』
千春は元気な鳴き声を上げながら、しゃがみこんだ琢磨の元へと駆け寄り、琢磨はそんな彼女のことを優しくなで始めた。・・・ 微笑ましい光景・・・なんだけど・・・リーフィアの姿になった千春は・・・その・・・毛皮が体中を覆っているとはいえ、 何も着ていない状態な訳で。そんな彼女のことを、琢磨は全身触りまくっているわけで。そして、2人とも少しだけ照れているみたいだけど、 極端に恥ずかしがる素振りも見せないわけで。
・・・見ているこっちの方が、恥ずかしくなってくるわけで。
私は、思わず目線を外そうとすると、たまたま寿人が視界に入ってきた。・・・寿人もまた、 自分の友人たちのラブラブな光景を見せ付けられ、呆気に取られていたが、私に見られていることに気付くと、 2つほどわざとらしい咳払いをして、リーフィアと琢磨から視線をそらした。そして私のほうを見ようとしない。もしかして・・・ 何か想像しているのだろうか・・・私も、琢磨に擦り寄った方がいいのかな?
・・・なんて余計なことを考えている時だった。急に、外のほうが騒がしくなったことに気がついた。すると、 また校内放送が鳴り響いてきた。
「火災発生!火災発生!3階2年3組の教室から火災が発生し、広く燃え広がっています!至急避難してください!」
『私たちの教室だ・・・!』
その校内放送の声が、さっきよりも慌しかった。どうやら、さっきの不審火よりも燃え広がりが早いらしい。その時、 イーブイが突然大きな声で叫んだ。
『気配だ・・・ポケモンの気配がする!』
『えっ!?』
『それって、もしかして理性の失った・・・!?』
『多分、そうだと思う』
私とリーフィアは顔を見合わせた。ひょっとして、この火事・・・ポケモンの仕業なのかもしれない! 私たちは慌てて寿人と琢磨の方を見上げた。
「・・・その顔・・・もしかして、この火事、ポケモンに関係有りそうなのかな?」
琢磨は私たちの表情を見て察したらしい。私たちは首を縦に振って答えた。
「そうとなりゃ、俺達も全く無関係って訳じゃないな。・・・学校の平和を脅かす奴は、ポケモンでも許せないよな」
「丁度僕たちの頭数は、イーブイも入れて5。・・・僕たちのチーム力を発揮するには、うってつけの数だね」
・・・バスケの1チームの人数は5人。今の私たちも5人・・・正確には2人と3匹だけど・・・頭数はぴったりだ。
「よっしゃ!いっちょ放火ポケモンとっ捕まえて、俺達の学校生活とポケモンの平和、守って見せようぜ!」
寿人は、私のほうを見ながら笑顔でそう問いかけてきた。私は強く頷いて、リーフィアと顔を見合わせた。
『行こう!ポケモン達と私たちの平和のために!』
『うん!』
私たちはお互いに確認しあうと、一斉に体育準備室を飛び出して校舎の3階へと向かっていった。
華麗なるジェミニオン-進化少女隊 E.O.N. 3rd Season- 前編
後編に続く